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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十七章 未熟で不器用な私たちの戦い

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第二百十三話

 



 ただの板の間と化した天守閣に降り立つ。

 僕を迎え入れたメイはその手にスマートフォンを握っていた。


「一同に告げる。兎が罠にかかった。諸君らの血気盛んぶりに感謝を告げる」


 笑っていた。


「しかしこれで三年生が終わりだと思われては心外だ。兎と太陽の仲直りのために気を利かせているつもりなら、がっかりさせるな」


 楽しそうだ。


「綺羅。ツバキを悲しませる気か?」『――く、そが』


 背後、足下が揺れた。


「南。氷の世界は誰の物だ?」『わ……わたし、の、ものだ……!』


 ひび割れる音がした。氷が悲鳴をあげている。


「作戦を破り自由にした北野だけが二年生の相手をしている。諸君に問おう。それほどまでに弱かったのか?」


 揺れる。揺れる。まるで大勢が揃って足踏みしているかのように、規則的に揺れ続ける。

 心底ぞっとした。ふり返って目にした光景に。


「後輩と愛しき学舎で競える時間は有限にして残り少ない。なのに、私に気を遣って投げ出すのか?」

『そんなわけ――な、い――ふざけるな!』


 声が聞こえた。スマホから。誰かの声だ。三年生の声だ。

 待ってくれ。嘘だ。シオリが凍らせているんだ。凍り付いたら動けないはずだろう?

 なのに。


「今こそ後輩に気合いを魅せろ! 私が信じる諸君らの輝きは、この程度で曇るはずなどないのだから!」

『うあああああああああああああああ!』


 砕けた。氷が千々に粉砕されて、蘭々と瞳を輝かせた三年生が姿を現した。

 震える。これほどまでに強かったのか。僕らの先輩は。

 見せられた。魅せられた。身体中の毛穴が開くような、圧倒的な勢いが眼下にあるのだから。


『南、後輩の足止めをする』

『綺羅だ、愚連隊は続け! 後輩を一人残らずぶっとばす!』


 耳鳴りがするくらいの歓声があがった。

 爆発的な勢いは、二年にはコナちゃんを軸にしてしか発揮できないものだ。

 このままでは呑まれてしまう。事実、ポケットに入れたスマホから悲鳴があがる。


『ラビ! まずいぞ!』『ルルコ先輩の相手はボクがする!』『愚連隊は私が!』


 生徒会の仲間の声に顔を歪める。助けに行こうとした僕の行く手を阻むように、一瞬で炎の壁が天守閣を包み込んで空さえ覆ってしまった。


『なに、この馬鹿なノリ……兄さん! 長くは持たない!』『勢いで押し切られる! 急いで体勢を立て直せ!』


 ユリアとカナタの悲鳴にも似た思いに歯がみした。

 助けに行かなきゃ負けてしまう。コナちゃんを悲しませてしまう。きっと信じてくれているはずだ。なのに僕はそれを裏切るのか。


「ラビ」


 はっとしてふり返った。迫り来る光の刀を無銘でかろうじて受け流す。悲鳴をあげる刀が壊れないように気をつけて。


「よそ見はだめ。これは大将戦」

「メイ――……ッ!?」


 放たれる殺気は本物だった。

 刃が僕の首筋に迫る。無銘ではじき返す無茶はできなかった。

 必死に受け流して飛び去る。


「勝てると思った?」


 挑発を口にしながら刀を突きつけるメイを見た。

 身体中から光と炎がちりちりと燃え上がり、制服を焼き払って衣へと化す。


「私は弱くて、あなたはそれを背負わなきゃいけない。三年生は無鉄砲で、策を弄せば必ず勝てるって?」


 刀が放つ光が変容する。柄頭が七つに弾けるような独特の形状へ変化する。

 真打ち、天照大神。

 太陽の象徴。あらゆる解釈を述べてもいいが、士道誠心ではもっと単純にこう表現するべきだ。

 最強。

 対するこちらは名もない刀しか持ち合わせていない。当然だ、僕の心に名前をつけてないのだから。


「あの子を選んだのはもう、わかってる」

「メイ……」

「コナちゃんと慰め合えばいい。けどね? 勝ちは譲らないよ」


 なんで、と気づけば喉から放たれていた。

 僕の弱音にメイはただ肩を竦めた。


「結局……許せないのよ。あなたがいつまでも、私を心の砕けた弱い女の子扱いするのが」


 嘘だと思いたかった。本音の純度は高い。わかっている。メイは嘘を言ってない。でもそれがすべての答え、本心だとも思えない。


「勝手に私を背負わないで。恋をするなら隣に並んで一緒に歩いてよ!」


 周囲の炎が熱を増していく。勢いも。

 まるでメイの激情そのものを表しているかのように。

 必然、立ち上がり、壁から離れなければならなかった。

 燃やされてしまう。激情に。


「あなたの重石になるくらいなら!」


 構え、


「死んだ方がマシ!」


 放たれた炎の龍を必死によける。

 よけて、どうする。次々に放たれる顎をよけていたらじり貧になるのは明らかだ。


『すすめ!』


 コナちゃんの声が聞こえた気がして、がむしゃらに前へと距離を詰める。

 詰めてどうする? 刀を振るうしかない。本当に?

 わからない。わからないまま振るう。心のありかを探し求めて、太陽へと手を伸ばす。


「感謝してる! 大好き! でも、私を勝手に背負って本音から目を背ける材料にするのなら、私はあなたを許さない!」


 激情に刀を重ねる。

 眩い光はすぐに視界を白一色に染め上げた。

 熱い。熱くてたまらない。

 閃光に浮き上がるのは影。太陽の光を浴びて姿を現すのは、何か。

 メイの思いを浴びて、僕の何が浮き上がる?


「白状しろ!」

「ことわる!」


 悲鳴をあげる。ひびわれていく。一年生の彼女のように刀を次々引き寄せるような離れ業はできない。だから僕にはこの、たった一振りしかない。それがいま、砕けようとしている。


「大嫌い!」


 割れて。


「コナちゃんが好きなんでしょ! なら振ってやるわよ! こっちから願い下げ!」


 砕けて。


「だからもう――……」


 私を捨てて。

 その一言を灼熱に変えて僕へと注ぐメイを見た。

 涙を浮かべて怒って、なのにいまにも壊れそうな儚さが見える。

 理解する。

 彼女のこの危うさすらある強大な激しさこそ、僕が愛したものなんだと。

 弱り陰った太陽。なのに誰かを照らさずにはいられないくらい、眩しい。彼女の激しさ、儚さこそ僕にはかけがえのないものなのだ。

 コナちゃんの面影を見たかもしれない。彼女も眩しいから。

 けど違う。メイはそれ以上に眩しくて厳しい、なのにあたたかくてしょうがない。

 この激情を僕は愛したのだ。


「――メイ」


 ああ……終わるしかない。

 太陽に焼け焦げて、霊子が塵へと変わっていく。

 熔けて消える。

 イカロスのように落ちるのか。まだその方がマシではないか。

 太陽を求めて、手を伸ばして。けれど僕では至れない。地面に落ちることさえ許されない。

 彼女の激しさを愛して……その激しさは儚さを伴うからきっと彼女さえ苦しめるものだと知っている。だから。

 ああ、終わるしかないんだ。

 メイ。

 悲しそうな顔をしないで。

 ごめん。思えば僕はずっと、そんな顔ばかりさせてきた。

 メイがだめなんじゃない。

 僕がだめなんだ。

 メイを幸せにできない、僕がだめだったんだ。

 ――なら、もう。いいか。負けて。終わりにしてしまえば、それで。メイの思いで熔けるなら本望じゃないか。


『ふざけるな!』


 叱咤にまばたきをする。

 この手にはまだ、刀の感触があった。

 メイの刀を受け止める手応えが、まだあった。


『太陽に焦がれてさ! いつだってそうだ。太陽に照らし出されて浮かび上がる君には、妹を止める刀だけじゃない。もっと似合いの刀があるはずだ!』


 コナちゃんの声に似て、けれどどこか違う。混じっているような、声に目を向けた。

 御珠が光り輝いていた。そこから確かに念を感じる。


『ラビ! ラビ・バイルシュタイン! 手元にあるボクを見ろ!』


 刀を見た。ひびわれて、砕けたはずの刀身に黒い闇がある。

 光を浴びて浮かび上がる影のように、それは刀身の形をしてメイの激情を受け止めていた。


『ラビ! あなたの思いを私は待っているの!』


 コナちゃんの声にはっとして、全力でメイの力に抗う。


『世界はあなたの告白に待ち焦がれているの! しっかり前を見なさい!』


 はっとしてメイを見た。

 泣き顔だ。ずっとそばにいて慰めてきた、大好きな女の子の泣き顔だ。

 振られたとして放っておけない顔だった。


『さあ、今こそ叫びなさい!』『ボクの名は――』


 口を開く。震えるままに、叫べ。


「ツクヨミ!」


 闇の表皮が弾けて刀身が浮き出る。

 刃紋がまるで月の満ち欠けのようだった。


『太陽の光を浴びて、今こそ輝け!』

「おおおおおおおお――ッ!」


 重なり合う刀からどんどん光を吸収していく。

 身体中に流れ込んでくる。メイの力、メイの霊子。

 瞬間的にフラッシュバックする、語るには長く、表現するなら一言の瞬間。

 メイとの思い出。そのすべて。


「アマテラス! もっともっと輝け!」

「ツクヨミ、受け止め続けろ!」


 メイの叫びに叫び返す。

 アマテラスの光をどんどん吸収する。

 同時にメイの気持ちが痛いくらいに伝わってきた。


「大嫌い!」


 痛いくらいに伝わってくる。


「大好きだ!」


 たとえここで別れようと。この先なにが起きようと。

 僕らは互いに結びつき、それをなかったことにはできない。

 証明するように刀は重なり、互いの激情を注ぎ合う。

 周囲の壁を築いた炎さえ飲み込んで、太陽の光を吸いこみきった。

 荒い呼吸を互いにしながら見つめ合う。

 重ね合う刀は二振り。心は一つ。


「……」「……」


 すでに互いに言葉は尽くした。刀を――心を重ねることで。

 だからもう適切な言葉なんてない。


「あなたが月なんて、ひどい皮肉」

「……メイは太陽だ」

「ただの女の子だよ」


 見つめ合う。永遠のようで、短い張り詰めた一瞬だった。


「……大好きだから、別れよう」


 切り出したのは僕から。

 顔を苦しげに歪めて、僕を睨んで……その瞳を潤わせて伏せる。

 ゆるやかな深呼吸。

 開いた瞳は強く気高い、僕の大好きなメイだった。


「さよなら……大好きだよ、これからも」

「……僕も」


 告げた僕の唇を指を当ててすぐ、メイが天守閣から飛び降りる。

 ゆるやかに歩いて御珠を取った。

 チャイムが鳴る。

 眼下を見下ろした。神社の前は惨状だった。三年生があらかた二年生を取り押さえていたから。気力さえあれば立ち直る三年生に勝つには、僕らにはまだ足りない物がやまほどある。


「負けちゃったな……」


 手の中にある、新たな刀を見つめながら空を見上げる。

 視界に入る二つのふさふさした耳に気づいて、頭に触れた。どうも兎の耳が生えたみたいだ。この様子じゃ遠からず、ハルちゃんのように尻尾も生えそうだ。

 困ったな……これじゃ帽子をかぶれない。


「ふう……」


 その場に座り込んで、刀を見つめた。

 ツクヨミ……月。夜を統べる神。

 女の子は太陽だ。

 メイはもちろん、コナちゃんもハルちゃんも。

 彼女たちに照らされて僕らはやっと輝ける。

 ボーイミーツガールが叫んでる。女の子の出会いが世界を変えるのなら、彼女たちこそ少年の未来を照らす太陽だ。

 僕は月。太陽の輝きを求める月なんだ。

 なら……やっぱりさ。


「……メイ」


 君への思いは恋だった。僕には確かに恋だったよ。




 つづく。

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