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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十七章 未熟で不器用な私たちの戦い

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第二百十一話

 



 並木コナの見つめる前に戦地があった。

 住良木と姫宮の指揮に応じて戦う、一年九組。

 岡島、茨。二人の鬼相手にシオリが大立ち回りをみせている。

 他のクラスメイトたちは二年生の侍候補生が相手をしていた。

 派手さはないが意思の強い羽村、井之頭を筆頭にみな妙に士気が高い。折れない。さすがはあの子のいるクラスだと思う。

 沢城の相手を緋迎くんがしている。

 なら、私は? 月見島の相手をしていた。

 六本の刀を操る彼の攻撃を、刀鍛冶の資質だけでかわし、避ける。

 けれど彼の刀は一振りでさえ一つの意思を信じる男達の集まり。少しでも意識を逸らしたら危ない。

 とはいえ、避けることはできる。

 全体を見渡す余裕さえ。

 二年生全員、一年生への対応はきちんと取れていた。

 程なく拮抗は崩れ、神社は落ちるだろう。

 焦れた月見島に寄り添う少女が叫ぶ。


「タツさま、お抜きください!」

「借りるぞ、ユリカ!」


 少女の胸に手をあてがった月見島が、彼女から刀を引き抜いた。

 そして自らの刀と同じように扱う。

 身体中が震え上がった。その光景の意味を、この場にいる誰も理解していない。

 刀は自分の心の結晶。ならば少女の心を自らの心のように扱う月見島はいったいなにか。

 いや、少女の方が凄いのだ。月見島と共にある。彼女の心は、彼と共に。

 きっと月見島が彼女を自らの刀で貫こうとも、彼女の心にしまわれるだけ。

 それのなんと歪で、なんと儚く美しいことか。

 あれが愛でないなら、なんなのか。

 本来は――……本来は、大勢の二年生に二人背中を合わせて戦う住良木と姫宮の方があるべき姿だろう。

 まるでラビとメイ先輩のように。

 二人で立ち向かうなど、侍候補生同士でなければあり得ない関係性。

 私たち刀鍛冶はどこまでいっても、邪と直接戦うことはできない。邪は刀でしか断ちきれない、というのが現実の通説だから。

 私では侍候補生の――……ラビの隣に立てない。

 でも、そんなの悔しいじゃない。

 だからこうして鉄火場に身を投げている。いつだって逃げないようにしている。

 だからこそ少女の心のありように震えた。

 まるで理想そのものだ。私だって、大好きな人の隣にたちたい。その心と共にありたい。それを証明することができるのなら、迷わずこの身を捧げよう。

 けれどその思考と覚悟のせいで、私には一瞬の隙ができた。月見島が見逃すわけがない。

 迫り来る八本。目を塞ぎたい弱さに抗う。

 塞ぐな、見開け!

 立ち向かうためにラビに話した。尋ねた。なのにここで逃げてちゃ話にならない。

 一本、身を屈めた。襟元を切り裂く。

 二本、前に飛んだ。背中の布地が縦に割れた。

 三本目から夢中で身を翻した。手をかざしてはねのけて、衣服が切り裂かれていく。

 それでも構わず前へと突き進む。咄嗟に少女を背に隠した月見島の横を通り抜けて、彼が守っていた御珠へと飛びついた。

 壁に激突するけれど構わない。確かに私はいま、奪い取った。勝ち取ったのだ。


「取った!」


 私の歓喜を目の当たりにした神社の一年生たちが惚けた顔で私を見ている。

 急いで駆け寄ってきたシオリが私の身体を隠した。

 見れば制服がずたずただった。咳払いと共に、隔離世では霊子の存在である私は制服を元の姿に戻す。

 城から轟音が鳴り響いた。

 見れば八岐大蛇を出したユリアが城を攻撃していた。それこそ私の策だった。

 恐らく住良木のいる隊が一年生の本命。一年生代表と強い戦力を集めて手堅く固めてくるだろう、と読んだ。

 そうなればお城に集まるのは誰かを考える必要がある。

 一年生の山吹が先日の鬼ごっこで見せた才能の片鱗には非凡なものがあると感じた。彼女を軸に、あの日彼女に組みした生徒たちを集めてくる可能性がある。

 どちらにせよ攻城戦になる。となればユリアほど効果的な存在はいない。彼女の刀なら、たとえなにが相手であろうと脅威を感じさせることができるだろう。そして事実、城は落ちようとしている。

 雨雲が特別体育館の天井に集まってきた。

 雨粒が落ちて、それは豪雨へと変わる。狛火野ユウ。村雨という――……虚構の刀を手にした、夢の結晶を自らの心にした少年によるものだろう。

 戻ろう、と一年生の誰かが叫んだ。一人が走りだした。一人、また一人、続いていく。そうして一年生たちが城に向かっていく。

 誰かが私に呼びかけた。どうするのか、と。私は頭を振る。

 行くまでもない。ユリアなら成し遂げる。

 遠目に見守る。

 黒い巨体が城を攻める。長屋を破壊して私たちの行動を阻もうとした二つの閃光がユリアに迫る。けれど二年生の刀鍛冶一同がそれを許さない。結城と仲間の姿を閃光から人へと戻すのだ。

 そうなるともう、御珠を守るためには愚かだとしても立ち向かうしかない。八岐大蛇に、人の身で。ここで折れるなら、所詮はその程度。むしろ手加減をしろと教師と三年生の先輩方に私たちは怒られるだろう。

 それでも私には確信があった。

 たった一人で立ち向かう少年が、オロチの頭をはじき飛ばす。

 狛火野ユウ。

 すぐに並ぶ少年がいた。

 八葉カゲロウ。ユリアに思いを寄せる少年だ。その刀を八岐大蛇が嫌がる。

 それでいい、と叫ぶ少女がいた。彼らに続いて刀を振るって立ち向かう山吹マドカが。

 諦めないという彼女の叫びに、体育祭の青組応援団で見かけた少年と少女が続く。その意思は誰かへと届いて、広がっていく。

 折れずに前へ進む強い意志が大勢へと広がって、刀を手にしたばかりの少年少女が立ち向かっていく。ユリアは意図してはじき飛ばした。

 傷つきへこたれそうな誰かに、刀を持たない誰かが寄り添う。

 折れそうな誰かに誰かが近づき、声を上げて励ます。

 がんばれ。負けないで。

 その願いをもった誰かが触れた誰かの刀に伝わって、傷やヒビを直していく。

 刀を持たない少年がオロチに殴りかかった。城に迫ろうとする頭を掴んで、必死に押し返そうとする男の子がいた。見ていられないと、手伝う女の子が現われた。

 彼らの両手が光り輝く。それはゆるやかに、けれどオロチの身体を蝕み始める。あるべき姿へ――……そう、一振りの刀へと戻す力。

 刀鍛冶の力だった。

 目覚めていくんだ。

 一年生の意思が一つになっていく。御珠を守るためというよりは、もう……ただ、理不尽な強さに抗おうとする若く強固な願いとなって。

 放置したら、容易く劣勢を覆すほどの心の力。侍の刀が真実、侍の心なら……心は力。指をくわえて見ていたら、彼らはどんどん強くなっていくだろう。

 この状況さえ、ひっくり返してしまうかもしれない。

 可能性に満ちている輝きそのもの。

 ハルが宣言した通りの結末に、彼女たちなら至れるだろう。私たちが何もしなければ。

 オロチの頭の上からユリアが神社に視線を向けてきた。いいの? と訴えるように。

 わかっている。

 一年生の覚醒はなった。私の宣言は現実のものになった。

 だから……勝つかどうか。あとはそれだけ。


「――……」


 深呼吸してから頷いた。

 勝ちたい。

 私の意思に応えるようにユリアも頷き返して、息を吐く。

 八岐大蛇が雄叫びをあげた。降りしきる雨がうねりをもって、一年生たちを無慈悲に押し流して城から遠ざける。

 あとはもう、御珠を奪うだけ。制限時間まで十分余裕がある。

 一年生たちは強い。けれど私たちだって強い。三年生に証明してみせた。

 それで済んだ、と思ったから。


「――ラビ?」


 そばで見守っていた緋迎くんがあげた声にどきっとした。

 金色の粒子を散らして、あの子が天守閣へと駆けていく。その眼前を一人の青年が飛んでいた。

 私が見間違えるわけない。

 あれはラビだった。

 ずっと二人は戦っていたのか。ならばなぜラビは刀を抜いていないのか。

 わからない。わかるのは、ただ一つのことだけ。

 二人の戦いの結果が、私たちの命運を決めるのだ。

 そうとわかった瞬間、私は駆け出していた。

 ラビとあの子の戦いの行方を、私は見届けなければならないのだ。


 ◆


 ハルちゃんの攻撃は苛烈の一言だった。

 右目を真紅に輝かせて、二本の刀で僕の首を切り飛ばそうとしてくる。

 柳生十兵衞。いくら僕が特別な訓練を受けていたとしても、真っ向勝負ができる相手ではない。だから真実、攻撃をよけることができる理由は一つだけ。

 天守閣に辿り着いた僕の首まで金色の粒子が伸びてくる。筋を描いた粒子を辿るように正確に刀が振るわれる。筋は常に二つ。そしてハルちゃんはそれを完璧になぞる。

 速度も強さも尋常ではない。だからなんとかよけるが、いずれ限界がくる。

 なにせユリアによって天守閣はほとんど崩壊寸前だ。屋根はなく、天井から降る雨に濡れて足場が悪い。いつか滑らないとも限らない。

 目的は単純だ。

 コナちゃんの作戦通りに進行した状況下で、僕が御珠を取れば試合は終わる。すぐそばに御珠はあるのだ。長引かせる理由など、一つもない。それはハルちゃんにもわかっているのだろう。

 勝ち逃げなど許さないと叫ぶようにハルちゃんは攻撃を続ける。


「――なんで戦ってくれないんですか!」


 何度目かになる彼女の叫びに顔を顰める。


「抜いてください! 子供扱いするなら許しませんよ!」


 金色の粒子を吐き出して、願いを口にする彼女は眩しい。

 メイの言うとおりになった。ハルちゃんが僕に迫ってくる。立ち向かってくる。

 輝く彼女から視線をそらせない。逸らしたらすぐに斬られてしまう。


「どうしても抜かないっていうなら――」


 ハルちゃんから吐き出される金の粒子が広がり、僕を包み込もうとした。

 それは事実、ハルちゃんの攻撃の範囲を示していた。

 剣筋の見えない二振りの一閃。金の中に目立つ黒い炎が僕を包みこもうとする。

 咄嗟に刀を抜いて焔を切り裂いた。その刀を目指して、ハルちゃんが刀を当ててくる。

 切り返す手にがつんと衝撃が走った。それでもはじき返すことはできた。

 次いで金の粒子が筋を描く。抜いてしまった以上、刀で受ける。

 柳生十兵衞。彼女にとっての最強が彼女にとっての真実なら、僕が受け続けられるわけがない。

 なのに金の粒子が教えてくれる。彼女は自分の御霊を裏切らない。

 なら真実、金色の霊子を使ってハルちゃんが教えてくれているのだ。なにを?


「ラビ先輩!」


 呼びかけられる。けれど悠長に喋るほどの余裕はない。

 金色が僕を包み、周囲に満ちていく。

 眩い光の中に包まれながら、ハルちゃんの願いを受け続ける。

 痛いくらいに伝わってくる。きっとカナタから、或いはコナちゃんから聞いたんだろう。僕のことを。

 なのに責めるでもなく、教えてくれる。自分の願いを。

 悔いのない選択をして。

 彼女の願いは結局のところ、それに尽きる。

 なぜか。

 軌跡がわかるなら、全力ではじき返せばいい。そうすればハルちゃんに隙ができる。よけることがなんとかできたのなら、よけて彼女を切り裂けばいい。

 そんなことは自明の理だ。ハルちゃんはそれをわかっていて、僕に軌跡を教えてくれる。

 そして御珠を取る安易な選択肢を奪い、引きつけてくる。求めてくる。戦いの上での選択を。なぜ勝ちたいのか、その理由を。

 ならば、ならばいっそ。

 勝ちたいのならば、彼女を斬ればいい。

 ……できるわけがない。ハルちゃんは大事な後輩だ。女の子なんだ。傷つけたくない。


「――いいんです!」


 思わず声が出そうになった。

 決死の顔で僕に打ち込むハルちゃんの顔は本気そのもので。

 だから。


「傷つけてもいいんです! あなたがそうするしかないのなら、私は受け入れます!」


 そんなことを言える気持ちを理解できなかった。

 ――嘘だ。

 すぐに否定する。

 部長を失ったメイに僕は殴られたことがある。蹴られたこともある。言葉で傷つけられた事だって何度もある。

 それでもいいと思った。受け入れようと、いつか傷つけられた僕は思ったのだ。


「ラビ先輩!」


 泣き叫ぶようなハルちゃんの声を聞きながら、それでも僕は思い出していた。

 コナちゃんに惹かれた。

 好きだった。一目惚れに近い。切っ掛けは単純だ。最初のテストでいい点を取ったら、憮然としたコナちゃんが「絶対勝つから!」と挑んできた。今時そんなこと言う子なんていない。

 いつだって彼女は僕から見てとても個性的で面白くて。気になって見るようになって……頭の中は彼女でいっぱいになった。だから彼女が誰を見つめていたのか、すぐに気づいた。その頃にはカナタと遊ぶようになっていたから、苦しみもしたっけ。

 悩んだけど、コナちゃんには恋心に一途でいてほしかった。彼女に迷いは似合わないから。その思いは胸の底に秘めるべきだとすぐに決めた。

 その頃かな。士道誠心お助け部に誘われたのは。

 面倒くさかった。

 コナちゃんへの思いを諦めなきゃいけないというタイミングだったから、何かをしたいと思わなかった。なのに強引に入部させられて、あれこれ指導される。

 部長やメイに怒られてばかりいたっけ。

 だけどすぐに気づいた。

 あの頃のメイはいつだって笑顔だった。僕が面倒をかけても怒りはするけど最後は笑って許してくれる。僕の抱えている悩みを感じながらも優しくしてくれた。この人の力になりたいと気づけば思っていた。

 部長が邪に飲まれて心を失ってからは荒み、メイは人が変わったようになってしまった。寮の部屋から出ない。誰かが近づいたら放っておいてと泣き叫び、物を投げて追い返す。

 つらかった。悲しかった。元のメイに戻って欲しかった。

 なんでもしたさ。毎日通った。メイがかつて好きだったものを運んだ。ルルコ先輩に教えてもらってメイに化粧をしたり、髪の毛を整えたり。当然、素直に聞き入れてはくれなかったよ。

 あの頃の僕は生傷だらけだった。それでも僕にとっては勲章だった。メイが元気になっていく証拠のように思えたから。

 メイがしてくれただけのことを、僕もちゃんと返したかった。コナちゃんへの失恋で腐っていた僕が、メイのおかげで学校を楽しく感じられるようになったから。

 好きだった。大好きだった。明るくて強くて気高くて……優しいメイが。

 だから当然、当時のメイのあまりの苛烈な辛辣さに毎日がつらくてしかたなかった。

 何度も挫けそうになった。

 拒絶されても手を伸ばすことの難しさを、その時はじめて知ったんだ。

 刀さえ折ろうとしたメイの弱さに僕はすべてを投げ出しそうになった。

 そんな時……コナちゃんが僕を励ましてくれた。

 真中先輩は弱っているだけ。弱っていたら人は怖くて容易に傷つき、傷つける。でもね、ラビ。私はあなたがしようとしていることをちゃんとわかるよ。力になれることはない?

 コナちゃんの言葉がどれほど特別になったのか、僕は一度だって誰かに話したことはない。

 心の一番深い場所に、コナちゃんが住み着いた瞬間だった。

 メイが立ち直って、そばにいたいと思った気持ちに嘘はない。なにより不安だ。何かがあってメイがまたあんな風になってしまったら? 僕が離れることで彼女がそこまで傷つくかどうかはわからない。それでももしかして、と考えてしまう。

 メイがまたあんな風になったら、きっと自分で自分を殺したくなる。

 怖い。傷つけるのが怖い。あんなメイには戻って欲しくない。わがままだけど、願ってしまう。

 そして気づいてる。

 傷つくことが怖いんだ。僕は臆病で、情けないけど。メイを傷つけて、傷つくのが怖いんだ。すべてを嘘に変えてしまう気がして。

 カナタは言ってくれた。何よりメイ本人が言ってくれた。

 僕がしたことを疑わない。信じるって。嘘にはならないんだよって。

 だとしても……僕には選べない。やっぱり……傷つけたくないんだ。

 でも選ばなきゃいけない。選ばなければもっと傷つけてしまうから。

 みんなが望んでいる。僕の選択を。

 ――……なにより、僕自身も理解している。望むなら今しかないって。

 考えてもみろ。

 きっと僕は、何かがあれば絶対にコナちゃんを頼るだろう。カナタの言うとおりだ。

 コナちゃんは優しく背中を押してくれた。コナちゃんは何気ない日常の出来事すぎて覚えていないかもしれない。

 でも僕にとっては特別なままだ。どうしたって……無関係ではいたくない。いたくないんだ。

 メイには笑っていて欲しい。明るく笑って、僕にそうしてくれたように誰かを照らせるメイでいてほしい。僕の大好きなメイでいて欲しいんだ。

 なら……ならばせめて確かめないと。

 今のメイがどれほど強いのか。確かめないと、僕は先へは進めない!

 どうしたって、ここで負けるわけにはいかないんだ!


「ッ!」


 首を切り飛ばす二つの軌跡を強引にはじき返した。

 ハルちゃんの腕が後方に流れる。

 隙だらけになった彼女が笑っていた。さあ、傷つけて、と。待ち焦がれていた、と。

 僕の意思を、全力で受け止めようとしているんだ。

 年下の女の子が見せる途方もない包容力に飛び込むのか?

 勝ちを掴み取るなら突き刺すべきだ。

 まさに選択の時。

 僕は刀を伸ばす。

 受け入れるように瞼を伏せるハルちゃんの身体に刀は届かなかった。

 代わりに僕の刀を受け止めたのは、


「――え、」

「すこし……ううん、かなり、いたい、けど」


 コナちゃんだった。

 すっかり雨に濡れた彼女の頬を、雨粒が伝い落ちる。


「……だめ、そのこを、きったら……だめ」


 躍り出た彼女の胸の中に僕の刀が吸いこまれている。


「この刀は――……わたしのもの。だれ、にも……あげない」


 貫かず、飲み込むようにして。


「こ、コナちゃん先輩! そんな、そんな!」

「――……いいの」


 驚き目を見張るハルちゃんを片手で制止して、コナちゃんが僕を抱き締めた。


「――ラビ」


 僕の刀を――……心をまるまる飲み込んで。

 それだけで僕の気持ちすべて伝わったのかもしれない。

 歪む僕の顔を見て微笑み、頬に両手を添えて、囁いた。

 とても冷たい手だった。


「……勝って。あの人に伝えて……待ってるから」


 そう囁いて、コナちゃんが崩れ落ちた。

 僕の刀を飲み込んだままに。

 あわてて駆け寄るハルちゃんがコナちゃんを抱いた僕を見て懊悩する。

 僕を倒すなら今だった。今しかなかった。

 けれど彼女は悩んだのだ。

 その優しさゆえに、好機を逃した。

 或いは既に、彼女は選んでいたのかもしれない。一年生の結末を。


「ハルちゃん、ごめん」


 謝り、僕は手を伸ばした。

 御珠を掴む。

 勝敗は決した。二年生の勝ちだ。この後すぐに三年生との戦いが待っている。

 メイとの対決が、待っているのだ。

 刀はなく、僕の心を飲み込んだコナちゃんは眠りに落ちた。

 すっかり冷えた彼女を放っておけなくて、自分のジャケットを彼女に掛ける。

 決意と共に、コナちゃんを抱いて城下町を見下ろす。

 探すまでもなく一瞬で見つけた。

 メイは僕を見つめていた。遠く離れていても、メイが笑っていることが――……どうしてか、僕にはわかったんだ。




 つづく。

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