第二十一話
特別扱いはねえ、困るんですよねえ、とネチネチ言ってくるバーコード教頭先生にライオン先生は「自主的にきてもらえれば、誰に対しても同じ接し方をします。それは教頭もおわかりかと」ばしっと言い返していた。
かっこいいよ、ライオン先生!
「キラキラした目で見るな。いくぞ」
そそくさと立ち去るところはちょっと可愛いの。
みんなして特別体育館へ行く。その途中、挨拶してきた先輩たちに「こい」とか言っちゃう。
だから辿り着いた時、私たちのクラスを囲んでいるのは凶悪そうな顔をした先輩たちだ。
みんな……刀を持っている。
「さて、選択授業で実践剣術を選んでない者もいるだろうから、改めて説明しよう」
ライオン先生に指示されるまでもなく、先輩たちが自主的に扉を閉める。
トモが刀を手に入れた時に出来た穴から差す光に混じるように、特別体育館の天井についた照明に灯がともる。
「斬られるな、根性を見せろ」
わお。明快!
「特別指導の特別ルールだ。三時間、立ち向かえ。斬られても、斬られても根性が続く限り。いいか?」
「「「「おすっ!」」」」
「いらないとは思うが、一応言っておこう。つらければ、いつでも逃げ出していい」
「「「「逃げないっす!」」」」
「意気や良し。それでは青澄、こちらへ」
満足そうに頷くと、ライオン先生は私に手招きをしてきた。
……なんだろう?
刀を二振り抱いてのんきに歩み寄っていったら、肩に手を置かれた。
くるりと向きを変えられて、クラスのみんなとこんにちは。
……うん?
「なお、青澄はクラスの全員を斬らねば罰ゲームを与える。我の刀の鯖になる、というな」
「え」
「その状態で青澄に質問する権利をみなにやろう。そうだな……斬られなかった生徒を対象とするか」
「「「「マジっすか」」」」
「二・三年生も参加していい。青澄を斬った生徒にもまた権利を与えることとする」
「「「「っしゃー!」」」」
え、え、え、え。
「では我がクラスの諸君、三分やる、散開せよ」
「「「「応!」」」」
唱和して駆け出すみんな。
去り際に「すげえこときくぞ!」「追ってくれるな、青澄!」なんて適当なことを言ってくる。
さっきまでの一致団結感はどこへ?
「二・三年の刀持ちにとっては、恒例行事だ。いつものように、全力で頼む」
「「「「はッ!」」」」
世紀末感溢れる先輩たちはびしっと背筋を正し、拳を胸に当てる。
次の瞬間にはもう、足音を揃えて疾走して追いかけていった。
残されたのはライオン先生と私だけ。
「ら、ライオン先生?」
「なんだ」
「そ、そのう……たいへん聞きにくいのですが」
肩に置かれた手はがっちりとホールドされて、私を地面へと押しつけてくる。
追いかけるの禁止! と言ってくれていいのに。
でもそんなことを聞いても、ライオン先生は大人だから流されてしまいそう。
だから聞くのは別のことだ。
「なんで、私を使ってけしかけるんですか?」
「苦労をかけてすまん」
「え――」
私の肩から手を離す。
痛みは一度だって感じなかった。
刀の柄に手を掛けて、深く息を吸いこむ。
ライオン先生が何かを呟いた時、全身から毛が生えてきて……本当にライオンみたいになっちゃった。
金色の毛、猫科の瞳。
なのに顔立ちはやっぱり、優しくて強そうなライオン先生のもの。
「通例、女子は刀を手にする確率は低い代わりに強力な、唯一無二の御霊を引き当てる。だが、そのせいで刀に振り回され、傷つくことも多い」
真っ先に浮かんだのはニナ先生で。
「玉藻前は要注意だが十兵衛はいい師匠となるだろう。とはいえ我は我で教師だ。お前を導かねばな」
ライオン先生なりの考えが……! と感動した私に、ライオン先生は刀を抜いて構えた。
「獅子は我が子を谷底へ突き落とす」
あ、これ死亡フラグだ。
『任せろ』
ライオン先生の身体が膨れ上がった、と思った時には、おじさんが私の身体を操って鞘を構えた。
鞘をすり抜けて、その刀は私の刀にぶつかり、そのままはじき飛ばす。
地面を転がる方法ですら、私とは全然違う。
おじさんは身を捻り、ぶつかる前に地面を自分から蹴って身体の制御を取り戻していた。
ずざざざ、と特別体育館に敷き詰められた道の砂をローファーで押しのけて、やっと動きが止まった。
ほっとひと息吐くと『眼帯が邪魔だ』おじさんが文句を言ってきたので、あわてて取る。
視線の先にはもう、ライオン先生はいなかった。
私に追撃するのではなく、みんなを追いかけていったんだと思う。
ほっとすることが出来たのもつかの間だった。
「ひゃっはぁー!」「女だぁ!」「一年の頃に仕留めとかないとなぁ!」
先輩たちが列を成して、刀を手に遠くから駆け寄ってきていた。
「み、みんなの相手はいいんですか!?」
「「「「そんなことより女子に恥ずかしい質問していろいろ喋らせたい!」」」」
さ、最低だ!
『有象無象にいいようにされるのは好かん。十兵衛、やっておしまい!』
『……まあ、いい。語るも書もあるがせっかくだ。覚えろよ、娘』
右目に灯がともる。
身体中に力がみなぎってくる。
おじさんはパーカーを脱ぎ捨て、ついでにブラウスのボタンも三つ開けると「おお!」先輩たちの歓声も無視して、腰にパーカーを使って二振りの鞘を結びつけた。
「稽古をつけてやるよ」
私の声が私よりもかっこよさげなことを言っている!
その煽りに先輩たちの熱量は増していくばかりだ。
一人、また一人……って!
『気づいたら百人くらいいませんか!?』
私の悲鳴は口から出ず頭の中に響くだけ。
それに応えるのはおじさんだ。
「足りんな」
獰猛に笑う表情の作り方は、私には無理で。
この状況に心を揺さぶるのは歓喜と、凍り付くような知性。
その日、私を動かすのは――……そう。
一人の無双に違いなかった。
つづく。




