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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十七章 未熟で不器用な私たちの戦い

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第二百五話

 



 尻尾の手入れをするカナタを、私はじっと見つめます。

 カナタは素知らぬ顔で尻尾の金色に櫛を入れているけど、その手つきがいつもよりも乱れているの。

 当然だよね。


「ハル……なんだ。さっきからじっと見て。何が言いたい」

「……べつに?」


 気づかないならいいですけど。

 気づいているなら早く白状した方がいいんじゃないですかね?

 そんな気持ちをこめて、手入れが済んだ尻尾でカナタの顔をくすぐる。

 結構煩わしいみたいで、カナタがあわてて顔を背ける。

 けど尻尾を顔から離したらそれっきり。また手入れに戻って黙り込むの。

 こうなると意地の張り合いになる。

 ケンカといえばケンカだ。繰り返すけど意地の張り合いでもある。

 そしてこういう空気が苦手な私は、シュウさんと和解するまでたびたび衝突し続けていたカナタほど気が長くない。

 私にだって兄弟がいる。弟のトウヤだ。

 もちろんケンカすることはあるよ? でも、あいつは割と早々に折れるので長期戦の経験はあまりないのです。

 だから、ぶすっとしながら言いましたよ。そういう意味では私は折れまくりなんですけど。


「手を引いてくれた先で見世物にするの、ひどくないですか」

「それは……ハルならみんなの士気向上にきっと力を貸してくれると思ったから」

「あーっ! ちょっと間があった!」

「……すまないと思ってはいる」

「思うならちゃんと言ってくれてもよくない? 何か私に掛けるべき言葉がありません?」

「……わかっている。切り出せなくて」


 急に不器用か。

 内心でツッコミを入れる私にカナタは視線をさ迷わせた。

 けどじっと見つめていたら、耐えかねたのか諦めたように私を見た。


「事前に話したら嫌がると思ったんだ。力を貸してくれたとしても、その場のハルの反応がぎこちなくなるかもしれない、とも思って」

「……そんなことないもん」


 嘘。本当は気づいている。

 私はラビ先輩たちほど意図的にみんなを誘導することができない。

 だいたいそれができるなら、もう少し私のSNSアカウントのフォロワーは多い気がします。

 未だにツバキちゃんくらいしか熱心に反応してくれる人いないもん。

 まあただの一般人で、フォロワー増やすための努力とかしてないので当たり前なんですけどね!

 そもそも私にとってはツバキちゃんがいてくれればいいのだし。SNSというかツバキちゃんは癒やしです。それはそれとして。


「もし私がぎこちなくなるからって言わなかったんだとしても。ちょっと傷つきました」

「すまなかった」


 カナタは私に謝ることが多いなあ。

 私が謝らせている気がするのだけど。特に今回はね。

 微妙に強ばる空気なんて居心地悪い。

 引きずって欲しいわけでもない。


「尻尾、ちゃんと手入れしてくれたらいいよ?」

「……ああ」


 心の底からほっとした顔をするところ、気持ちが顔に出すぎです。

 それくらい心の距離が近くなったんだと思うし、でも謝ってもらったりするくらいには遠いのかもしれない。

 人と人は難しいです。

 そんなことを考えながら、私は腰掛けていたソファに寝そべってカナタの膝上に腰をのせた。尻尾の手入れの時、たまにする姿勢。

 カナタが一番やりやすい姿勢の一つだそうです。重たいのにね。


「ねえ、カナタ」

「なんだ?」

「……私とカナタも戦うの?」

「合戦だからな。場合によっては、ぶつかることもあるだろう」

「カナタは勝つ気でいる?」

「お前の刀鍛冶だからな。自分が手入れをする刀に斬り殺されたら浮かばれないさ」


 んー。それはそうだけど。


「なんで、刀鍛冶を斬れないのかな」


 私の素朴な疑問に、カナタは長い息を吐く。


「……刀の御霊を愛し、理解し、支える。鎮め、受け止める。そして癒やす。それが隔離世に関わる刀鍛冶だ」


 穏やかな声にはさっき浮かんだ緊張なんてどこかへいっていた。

 そしてそのトーンが私はやっぱり好きなのだ。

 尻尾から伝わってくる心地よさにうとうとしながら、大好きな声を聞く。


「ならば受け止めるさ」

「じゃあ……現実に、この刀で切れない理由はなあに?」


 眠気が頭に広がっていく。

 ぼんやりする私の尻尾に丹念に櫛が入れられていく。


「隔離世に関わる刀は霊子を斬る。けれど現実は霊子が濃いからな。断ち切れないのさ。それでも斬ったなら、その刀と心は邪にとらわれ、巨大な魔となる……なんていう話を聞いたことがあるな」

「――……うん」


 だめだ。すごく眠い。今日はやまほど変化の力を使った。慣れないことをしたせいかもしれない。

 うとうとする私にカナタが微笑む気配がした。


「歪んだ思いを断ち切る力だ。それには何より心が大事なんだ。それさえわかっていればいい。おやすみ――……」

「……ん」


 返事をしたかどうかもわからないまま、耐えきれずに私は意識を手放した。


 ◆


 朝、目覚めると私はベッドに寝かされていた。

 カナタはタオルケットをまとってソファで眠りについていた。

 まったくもう。久々に寮生活に戻ったと思ったらこれだよ。


「身体いたくなっちゃいますよー?」


 ベッドから下りてカナタのほっぺたに触れる。

 けど起きる気配なし。熟睡しているの。


「……もう」


 なんとか横に寝かせて、私が使ったお布団をかける。

 九月の朝は少し冷えると思う。

 風邪を引いたら問題だ。

 二人でくっついて寝た方があったかくていいと思うんだけどなあ。

 お母さんに見つかったら怒られちゃうんだろうけどさ。

 やれやれですよ。

 朝風呂を考えたけど、部屋に備えつきのユニットバスだとカナタを起こしちゃうかもしれない。夏休み前なら気にしない日もあったけど……久しぶりだと、ほら。

 照れるというか。あるじゃん。なんか、そういう羞恥心。

 いそいそとタオルや着替えを準備して廊下に出る。

 一階に向かったところで、私は足を止めた。


「……あら」


 コナちゃん先輩がぼんやりした顔でロビーにいたの。

 私の姿に気づいたコナちゃん先輩はジャージ姿で、長い髪は水気を吸っていた。

 膝の上に無造作に置かれたタオルから、乱れた衣服まで。

 普段のコナちゃん先輩からは想像もできないくらい気が抜けていて。


「何か……あったんですか?」


 私は近づいてそう尋ねずにはいられなかった。

 コナちゃん先輩の視線はどこか遠くを眺めていた。

 まるで心がどこか遠くへ飛んでいっちゃったみたい。

 昨日みんなを煽った時の活発さなんて今のコナちゃん先輩には欠片もない。


「……そうね」


 憂鬱な瞳の理由を知りたい。

 私はコナちゃん先輩が大好きだから。


「もし。もし……相手のいる人を好きになったら、あなたならどうする?」

「え――……」


 コナちゃん先輩がもっとも言いそうにない言葉だとまず最初に思った。

 それから、それこそがコナちゃん先輩の憂鬱の正体なんだと気づく。


「夏の夜の夢。置き去りにして、本命に会いに行くひどい男のことなんて忘れて終わり」

「……コナちゃん先輩?」

「だけど私、動揺してる。ごまかすので精一杯」


 コナちゃん先輩の身体が震えていた。

 耐えきれずに抱き締めた。すごくすごく冷たかった。

 いつからここでぼんやりしていたのかわからないくらい、冷え切っていたの。


「忘れたい。けど、無理。迷うには十分すぎた……花火に溶けて消えてくれたらいいのに」


 ずっと苦しんでいたのかな。ずっと。


「あの日、彼に見た弱さを忘れられない。一瞬感じた、満たされる何かを忘れられない……」


 一人で迷って、悩んで。


「私はもう……傷つきたくない」


 流れ出た涙を見て、朝風呂を思いついて良かったと思った。

 あんなに強くて気高くてかっこいいコナちゃん先輩が、どうしようもないほど弱っていた。

 力になりたい。そのためにはただ話しかけるより、そばにいるべきだと思った。

 二人でくっついて朝を過ごすんだ。

 すべてを聞いたのは、二人でこっそり授業をさぼって寮のお部屋に入ってからのことだった。

 ラビ先輩の迷い。そしてコナちゃん先輩が過ごした砂浜での花火のこと。

 落ち込んだ人に元気を取り戻してもらって、置き去りにされるのに構わず送り出せるコナちゃん先輩はやっぱりかっこいい。

 でも、完全な人なんていないんだ。私はこの学校でいろんな人にそう教わってきた。

 コナちゃん先輩にだって……弱くなる時がある。

 当然だ。


「……ひどい男なの」


 私の布団をかけて、備え付けのポットでいれたお茶を渡す。

 ちびちび飲んでるコナちゃん先輩はなんだかすごく可愛い。


「でも、いい男?」

「そうじゃなかったらこんなに迷わずに済んだ」


 断言するコナちゃん先輩に笑う。

 隣に座ってゆっくりと言葉を待つの。


「強くて、なんでもできて。人を翻弄して……いつでも私を手玉にとって、余裕たっぷりの顔でからかって。むかつくくらい……ひどくて。なのに」


 お茶を持つ手を見下ろすコナちゃん先輩を見つめる。


「無視できないの。頭にずっと引っかかってる。まるで……まるで、私を好きだった、みたいな。そんな言葉が、ずっと」

「本命がいるのに」

「そうなの」


 お茶を見つめるコナちゃん先輩の顔は浮かない。

 でも当たり前だよ。

 私だったら学校来ることさえできなかったかもしれない。ラビ先輩の顔さえまともに見ることができなかったと思う。

 だけど同時に納得した。ラビ先輩の本命は……恋人は、メイ先輩だ。マイクパフォーマンスの時に対峙してコナちゃん先輩の顔が強ばる理由なんて、もうそれだけで十分だ。


「弱ったら人は本音を言うものなの」


 浮かないながらにコナちゃん先輩は笑った。


「私は忘れられない。迷っている。ひどい男で、彼女がいるのに」


 そう言ってますます笑って、そしてぎゅっと目を伏せた。


「……意識したが最後、それは蔦となって私をがんじがらめに捕らえる」


 その蔦の正体を、コナちゃん先輩は俯いて囁いた。


「好きなの」


 鼻を啜る音がした。


「だけど、気づいた時には……いつだって手遅れなの」


 忘れることができたらどれだけいいか、と。もう一度繰り返した。


「ずるいじゃない。もし私の考えている通りなら……最初にわかりやすく言えっていうのよ」


 その通りだと思う。でもそれがどれほど難しいことかもわかる。

 私より、コナちゃん先輩の方が。カナタにずっと打ち明けられなかったコナちゃん先輩の方が。

 絶対に、わかっている。


「……私みたいに、もやもやして。諦めて。諦めたなら、惑わさないで」


 そうじゃないなら、置いていかないでよ。

 コナちゃん先輩の呟きにたまらず、コナちゃん先輩の手を握った。

 お茶の熱が伝わって少しだけあたたかくなってた。


「ずっと……ずっと、私を置いていくの」


 それが許せない。

 はっきり言ったコナちゃん先輩の声には、私のよく知る力がこもってきた。


「じゃあ。私たちはがつんと一発かまさないと!」

「ふふ……ええ、そうね」


 やっと、素直に笑ってくれた。


「二年生だから、仲間に弓を引くことはできない。でもね、ハル」


 意思の力がこもった視線を向けて、コナちゃん先輩は力強く言うの。


「私はあなたを応援してる」


 じんときた。すごく、すごくじんときた。


「……私が一年だったらよかったのに」


 本当に悔しそうに言う。コナちゃん先輩なら誰より率先して行動するから。

 自分が立ち向かいたいはずだった。だってね?


「悔しいから……直接、本人に文句を言ってくる」


 お茶、ごちそうさま。

 そう言って立ち上がるコナちゃん先輩はもういつものコナちゃん先輩だった。

 背筋に一本筋が通った見事な姿だ。


「頑張ってね。そして合戦で出くわしても手加減はしないから」


 微笑むコナちゃん先輩はもうすっかりいつも通り。

 そう見せているだけかもしれない。だとしても、それはコナちゃん先輩のぶれない強さによって成立している。それを私は凄いと思う。

 私に託して大人しくしているような人じゃない。

 立ち去る背中を見送りながら考える。

 ラビ先輩さえ弱くて甘えてしまうだけの強さをコナちゃん先輩は持っている。そして、一方的に責めたりしない。しゃんとしろと背筋を正すことはあっても、殴りかかってくる人じゃない。抱き締めてくれる人だ。

 惹かれるのも当然だ。カナタだって、シュウさんのことがなかったら……惹かれていたと思う。

 でも、だからこそ……ラビ先輩は頼ったし、その頼り方はひょっとしたら年相応の普通の男の子みたいな弱さに満ちていたのかもしれない。

 ああ。あれだけ完璧に見えた人にすら、未熟な部分があるんだ。

 思えば最強の侍であり刀鍛冶として働いているシュウさんにだって未熟なところがあった。それより子供な私たち。もっともっと何か未熟な部分があって当然なんだ。

 だからぶつかりあうし、傷つけあいもする。

 それでも未来へ進むために、自分や相手を理解しようとすることができる。その意思こそ私は知性であり優しさだと思う。

 優しさの象徴こそコナちゃん先輩なのかもしれない。刀鍛冶で、生徒会にいて。率直に言えば生徒会長でもおかしくないくらい、かっこよくて誰かを引っ張る力のある人。

 ずっと好きだったカナタの恋人になった私を嫌いだとなじり、突き放すことさえできたのに。コナちゃん先輩は私が力に目覚める切っ掛けをくれた。私を抱き締めてくれた。いつだってずっと優しくしてくれた。

 文句を言うと決めて出て行ったけど、きっとコナちゃん先輩はすべてを伝えた上でラビ先輩を許しちゃうんだろうなあと思う。

 そんなコナちゃん先輩だからこそ、幸せになって欲しい。その気持ちをラビ先輩には受け止めて欲しいと……私はわがままに思ってしまう。

 どうか。未熟な私たちに祝福を。うまくできない私たちに未来を。どうか。


「……決めたよ。タマちゃん、十兵衞」


 めいっぱい息を吸いこんで、刀を取る。


「私にも戦う理由ができた」

『仇討ちにでもいこうといわんばかりの顔じゃな』

「いらないよ。コナちゃん先輩にそんなの必要ない。自分でやるもん」

『……そうじゃな』


 タマちゃんは笑って、それから十兵衞に委ねる。


『どうする、十兵衞』

『ハル。仇討ちでないならば、なぜ戦う』


 息を吸いこむ。めいっぱい肺に酸素を取り込むの。そうすると思考がしゃんとする気がする。

 勝ちたい。戦いたい。全力で向き合いたい。ラビ先輩と。好きだからわかりたい。あの人の弱さも、ちゃんと。

 なによりね?


「女の子はいつだって恋する女の子の味方なんだって」


 私はコナちゃん先輩の味方だから。

 ラビ先輩だけじゃない、コナちゃん先輩とも、もっと向き合いたい。

 それに、勝たなきゃいけない理由がもう一つある。

 メイ先輩。

 気づいてないはずない。コナちゃん先輩とラビ先輩のこと。

 なら、なぜ。

 マイクパフォーマンスの時にメイ先輩はコナちゃん先輩に歩み寄ったのか。コナちゃん先輩からマイクを直接うけ取ったのか。

 意図がないとは思えない。

 だから知りたい。苛烈で強くて、コナちゃん先輩に負けず劣らず輝いていて。誰より気高いあの人の心を。

 三年生と戦うためには、二年生に勝たなきゃいけない。


「やるよ」

『おう!』『……ふ』


 二人の御霊に誓う。

 そのためにも、私には――……私たち一年生には策が必要だ。

 立ち向かうために。挑むために。

 届くために。知るために。弱ささえ愛するために。

 さぼっている場合じゃない! 学校へ行くよ!




 つづく。

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