第二百四話
三年生の試合の迫力といったらなかった。
あちこちでどっかんどっかん爆発するよ!
一年生や二年生なんて目じゃないくらいの超常現象を侍候補生が起こすんだ。なのに刀鍛冶の先輩たちは身体一つで立ち向かっていくの。
二年生の先輩たちと違うのは、三年生の侍候補生の先輩たちは体術を用いて刀鍛冶の先輩たちから鈴を奪おうとするところ。
両者のとっくみあいの苛烈さといったらなかった。
ほとんど殴り合いみたいな感じなんだよね。リアルガチファイト。男だとか女だとか関係ねえ。そんな次元じゃ済まない何かを見ちまった。そんな気分なのだぜ。なんちゃって。
鬼ごっこの体裁を取っているんだよ? マジな格闘シーンなんてあるわけないと思っていた私は息を呑むばかりです。
三年生ともなると侍か刀鍛冶、どちらにもなっていない生徒はほとんどいないようです。いや、いないのかも。
とにかく圧巻の一言。
上級生たちが起こす戦のあまりの迫力に私たち一年生は言葉もない。
長屋の外に出て観戦していたカゲくんが、不意にぼそっと言いました。
「俺らも二年経ったらあんなんなっちゃうのかな……」
あんなんとかいわないで!
「そろそろ……終わったな」
シロくんが天井を見上げる。
四月にトモが開けた穴は塞がれていた。夏休みの間に工事をやったのかもしれない。
特別体育館の中に試合終了を告げるチャイムの音が響き渡った。
荒い呼吸をすぐに落ち着かせて刀をおさめる三年生の侍候補生たちと、破壊された建物の修繕に霊子を操る術を用いる刀鍛冶たち。試合が終わると、あっさりしたものだ。
すごいなあ。
カゲくんじゃないけどさ。私たちもあんな風になれるんだろうか。来年になったらカナタやコナちゃん先輩もあんな風になっちゃうんだろうか。
ぼんやり考えていたら、おでこをこつんと叩かれた。
視線を向けると、カナタが不思議そうな顔をして私を見つめている。
「ハル。どうした、ぼうっとして」
「あ……うんとね。来年になったらカナタとコナちゃん先輩がリアルガチファイトするのかなって」
「何の話だ」
呆れた顔をしたカナタが私の手を取って、引っ張る。
「ついてこい」
「ど、どこへいくの?」
「ちょっとしたサプライズだ」
「え? え?」
カナタが歩いていく先にはお城があった。
その前にコナちゃん先輩やシオリ先輩、何よりラビ先輩とユリア先輩が待っている。
生徒会のメンバーが集まっているんだ。
私とカナタが合流してすぐ、帽子を取ったラビ先輩にコナちゃん先輩がマイクを渡す。
何を考えているのかまるで読めない綺麗な笑みを浮かべたいつもの調子で、ラビ先輩は言った。
「士道誠心のみなさん。お疲れ様でした! まずはみなさんの健闘をたたえましょう」
隣にいるユリア先輩がぱちぱちと控えめに手を叩く。
その音は徐々にゆっくりと広がって、特別体育館の中に響き渡った。
自然と静かになるのを待って、ラビ先輩はマイクで語りかける。
「さて。一年生のみなさんは今日の戦いで刀についての意識が芽生えたのではないでしょうか」
確かにそうかもしれない。
無銘の刀を手にして戦った刀なしのみんなはきっと、これまでよりも刀について考えたと思う。
「刀を手にした生徒が大勢いますね。実に素晴らしいことです」
一人、また一人生徒が城の前に集まってくる。
誰が集めたのでもなく自覚的にそれらは集団になっていく。
一年生、二年生、三年生。
「今日の二年と三年の戦いを見て、気づいたと思います。刀鍛冶であったとして、それは戦えないことにはならないと」
そっと横目で見たら、心なしかコナちゃん先輩がどや顔をしているような。
「今日の鬼ごっこは侍候補生としての資質に目覚める大事な機会でした。そして……士道誠心は侍候補生と刀鍛冶を育成する学校です。ならば?」
帽子を持つ手を胸に当てて、ラビ先輩は語り続ける。
「当然、刀鍛冶の素質に目覚める機会も必要ですね」
まあ……確かにそうかも。四月から私は侍候補生に目覚めるための機会ばかり意識してきた。
でも、じゃあ……刀鍛冶は?
ノンちゃんは自然と目覚めて、その力を持ってギンの刀鍛冶として活躍している。
それはいい。でもさ。
今日の鬼ごっこで刀を抜けずにいた、そして潜在的に刀鍛冶の資質を持った生徒はどうなるの?
ある日とつぜん力に目覚めることを期待して放置?
ないない。あり得ない。
刀を抜くために生徒総出で、学年別に鬼ごっこやるような学校が生徒を放置するなんてあり得ない。
ならいったい何をするのか。
「迫る文化祭の準備前に、やりましょう。学年対抗合戦を」
が、がくねんたいこうがっせん?
「ルールは単純です。一年生対二年生。勝者と三年生の対決。例年通りなら二年生が勝つわけですが、今年の一年生は侮れないことをすでに二年生の僕らは知っているよね?」
ラビ先輩の煽りに二年生の誰かが叫ぶ。負けるかよ、と。
その声に一年生の誰かが言い返す。勝ってやる、と。震えた声だったけど。
やりとりのほほえましさに三年生が和んでます。
「ルールは単純。今日の一年生の侍候補生がやったように、一年生は陣地で御珠を守ってもらう。そして陣地は二つ。神社とお城……士道誠心の御珠ある場所さ」
思わず生唾を飲み込んだ。
一年生が陣地を守る、ということはつまり。
「二年生は御珠を奪う。二つ奪われたら一年生の負け。制限時間まで守り切れたら一年生の勝ちだ」
や、やっぱり!
どきどきしながらそばにいる生徒会の二年生たちを見た。
みんなして私を笑顔で見つめている。な、なぜに!
いっそ逃げようかと思った私の肩をシオリ先輩とコナちゃん先輩ががしっと掴んだ。
おう……逃げるの失敗です!
みんなの視線が私に集まってくる。な、な、なぜに私がこの場にいるのですか?
今更ながら浮かんだ私の疑問に答えるように、ラビ先輩は高らかに言いました。
「士道誠心お助け部一年生の青澄春灯さん。君に尋ねたい」
「な、な、なにをでしょう」
震え声になる私にラビ先輩は楽しそうな顔して聞いてくる。
「君は体育祭で青組応援団としても活躍していたね。そしてその勢いのままに青組は優勝した。故に聞きたい。君は、一年生と二年生どちらの勝利を応援するのかな?」
ゴゴゴゴゴ……と迫力漂う二年生の圧力。
くっ! デモンストレーションだ、これ。
私が引いたら一年生のみんなに黒星がついちゃう。マイクパフォーマンスのダシにされてる!
だけど大勢の前で、みんなが見つめている前でラビ先輩に逆らうみたいなことを言った経験なんてない。当然、ないよ!
焦る。
どうしよう。勝ちたいか勝ちたくないかで言ったら、勝ちたい。
私たち一年生だってちゃんと頑張れるところを見せたい。
だけど二年生は強い。ラビ先輩たちは、いつだって私の先にいる。
しおれて内股に尻尾が潜り込んできそうになったその時だった。
「ハル、言ってやれよ!」
ギンが大声をあげた。
ふり返る。
「ちょっとちょっと。あたしたちが遅れを取ると思ってんの?」
トモが呆れた顔で腰に両手を当てている。
みんなが私を見つめている。名前もしらない同級生ですら、そうだ。
山吹さんが叫ぶ。
「青組、ファイトーっ!」
その声援にきゅんときた。
仲間だ。私の見つめる先に、大勢の仲間がいる。友達も。
トモが叫ぶ。
「ぶちかませ、ハル!」
私は誰を信じる? 誰を応援したい?
ラビ先輩たちを信じるのはもう青澄春灯にとって自然すぎることだ。
カナタを応援するのだって当たり前すぎる。
でも同じくらい、同級生のみんなを信じてもいいはずだ。応援していいはずなんだ。
深呼吸して、めいっぱい尻尾を膨らませてから私はラビ先輩の手にあるマイクを奪った。
そして言ってやりましたよ!
「私たち一年生が勝ちます! 二年生を超えて、なんなら三年生だって超えてやります!」
よくいった、とギンが叫ぶ。カゲくんが続いていいぞ、と叫んだ。
タツくんやレオくんが困った顔して笑っていた。大風呂敷を広げすぎたかな。
そっと三年生たちを見たら、メイ先輩が物凄い笑顔! ちょうこわい!
しゅっと萎む尻尾に唸りつつ、ラビ先輩が差し出す手にマイクを返した。
「カナタ、彼女がこう言っているが……君ならどう答える?」
ラビ先輩の呼びかけにカナタが身体を寄せてマイクに口を寄せた。
「超えられない壁があると教えるさ。僕たちの二年は伊達じゃない。そうだろう、みんな」
カナタの煽りに二年生が一斉に歓声をあげた。
マイクを引ったくるようにして、コナちゃん先輩が口を開く。
「宣言するわ。二年生の総力を持って、今日という機会に刀を抜けなかった生徒すべての素質を目覚めさせてみせると。その上で勝利を掴み取るのは私たちだということを!」
ますます二年生の歓声があがっていく。
熱気の凄さに煽られたように、メイ先輩が歩いてきた。
そして何も言わずに手を差し出す。
コナちゃん先輩はメイ先輩を見て一瞬顔を強ばらせたけど、すぐにマイクを渡した。
あれ? なんだろう……。
今のちょっと、違和感がある。
コナちゃん先輩が怯むなんて、どこか変。夏休みの間に何かあったのかな?
私の考えなど関係なしにマイクパフォーマンスは続く。
「三年生諸君。生徒会を二年生に引継ぎ、受験ないし就職。進路に向けて忙しい我々ではあるが……問おう。二年が伊達じゃないなら三年はなにか?」
メイ先輩の呼びかけに三年生が声を揃えて張り上げる。
輝きそのものだ、と。
二年生の盛り上がりよりもさらに超えた、それは統率のとれた強固な意志だった。
途端に迫力に押された二年生と一年生が静まりかえる。
「その通り。真中メイの刀、真打ちアマテラスの御名にかけて誓おう。太陽には勝利の輝き以外あり得ないと!」
メイ先輩が刀を抜いて、その先端を眩い輝きに満たした。
瞬間、三年生が一糸乱れぬ動きで地面を足で踏む。
そして声を揃えて、応! と何度も連呼する。
メイ先輩が光を天井に打ち出した。それは弾けて消える。即座に三年生の先輩たちの動きも収まる。
「お返しする」
声を張ったメイ先輩から感じる雄々しさに私の尻尾はすっかり縮こまってしまっていた。
だけどラビ先輩は余裕たっぷりのいつもの笑顔でマイクを受け取るのだ。
「そういうわけで。来週までに準備、よろしくね」
解散と呼びかけて、その場はお開きになった。
す、すごいなあ。圧倒されちゃうよ。
だからこそ負けたくないと思った。
二年生と三年生に並びたい。私たち一年生だって、同じ士道誠心の生徒なのだから。
◆
解散になってすぐ、折れた無銘の刀をせっせと集めて直すノンちゃんを放置なんてするわけない。
ギンやトモ、それだけじゃなく山吹さんをはじめとする一年生のみんなで刀を集める。
一人で山ほどの刀を直す作業をノンちゃんに押しつけるわけもなく、上級生の刀鍛冶のみなさんも手伝ってくれた。
刀を元の位置に戻して、それでもなんか帰る気にならなくて。
それは私だけじゃなかったみたい。
気づけば一年生のみんながお城の前に集まっていた。
誰からともなく口を開く。
「俺たち勝てるのかな……」
誰かが続けて呟く。
「二年が化け物なら、三年はもう神だよな」
それはいいすぎだろ、いやそうでもないぞ、と気弱な声が続く。
さっきのマイクパフォーマンスの効果は絶大だった。
みんな気圧されている。私の尻尾も萎んじゃう。
「……っ」
そばにいる山吹さんの息づかいが聞こえた。
彼女の顔を見て悟る。ああ、こういう空気嫌いなんだなって。
だって顔をきゅっと歪めて悔しそうな顔をしていたから。
けれど口に出せずにいるみたいだ。
刀を手にしようと一致団結して立ち向かったみんなの弱気に。だから、
「結城、勝算はあるよな?」
タツくんの自信たっぷりの声にみんな顔を上げる。
「戦力で言えば、僕らは決して見劣りしない」
シロくんはみんなの視線にも動じずに、眼鏡越しに強い視線で見つめ返した。
「やるなら勝つ。勝つために努力する。負けるために挑むつもりはない」
「勝った方が気分いいからな!」
「ああ、カゲの言うとおりだ」
からっとした声で笑うカゲくんにシロくんの顔が和らいだ。
ひょっとしたら気丈に見えて緊張していたのかもしれない。
すぐにシロくんは顔を引き締める。
「今日、僕らは戦った。鬼の圧勝かと思いきや、結果は逆。みんなに戦う意志さえあれば、劣勢だって覆せる。それを証明したばかりのはずだ! 君たちがいれば僕らはもっと強くなる!」
シロくんの声がどんどんこわばり、大きくなっていく。
それゆえに伝わってくる。シロくんの緊張――……思い、なにより願いが。
「そうだ……そうだよ……」
拳を握りしめて、囁く山吹さんを思わず見た。
「諦めないよ。諦めない。敵がどれほど強大であろうとも。私たちは今日、立ち向かったのだから! 諦めないで、戦おうよ! 今日がんばれたならいけるよ!」
その腕が震えていた。背中に狛火野くんが触れて、山吹さんがどうすればいいのかわからないという顔をした。
潤んだ瞳には、みんなに応えて欲しい、という願いが満ちていた。
だからかな。誰かの瞳に意志が宿った。それは一人から二人へ、そしてみんなの心に広がっていくんだ。
やっぱり今日、私たちには確実に変わった。
どんなに凄いことだろう。中学時代に見た高校生がみんなこうだったなんて言わない。だからみんなの意思の尊さに気づく。
それは涙が出るほど凄いことだと私は思う。
そう思ったら、言わずにはいられなかった。
「ねえ、いいかな」
みんなの視線が私に集まる。
さっきのように緊張したりはしない。
「刀は侍の心なんだって」
刀を抜いた。二振り。
「私の刀はね。憧れと夢を諦めない心、そして強くあろうとする心の結晶なんだ」
玉藻の前、柳生十兵衞。
その二つの名前は私にとって、もはやかけがえのないもの。
「刀を抜いたみんなにもそれぞれあると思う。それからね?」
そのかけがえのないものを癒やし、支えてくれる力。
ノンちゃんを見つめながら言うの。
「それを理解して癒やせる刀鍛冶の資質はきっと愛なんだと思う」
ギンを一途に思うノンちゃんだからこそ、何かを掴もうと一途に健気だったノンちゃんだからこそ誰より早く顕現した力。
ならば、きっと。
「二年生を理解しよう。勝つために。乗り越えるために。大好きになるために」
それこそが、私たちが力に目覚める切っ掛けになるから。
なにより。
「私たち自身を理解するために。そして」
それこそが目的だから。
刀を掲げて、素直な気持ちを告げる。
「みんなで笑顔になるために。がんばって、戦ってみよう」
私の言葉に誰かが頷いた。
誰かが笑ってくれた。俯いた顔をあげてくれた誰かもいた。
強ばっているけれど、拳を握りしめる人もいた。
それでいい。決意が私たちの背中を押すのだ。それがどれほどささやかであったとしても。
「やろう! 今度の合戦、みんなで全力で!」
二年生のように熱狂的ではなかったけど。
三年生のように揃ってもいなかったけど。
それでも、みんなは声をあげて応えてくれた。
きっとこれこそが、今日誰かが夢を見た光景に違いなかった。
つづく。




