第二百三話
二年生の試合がはじまった。
刀鍛冶と刀なしチームのみなさんは一年生のように無銘の刀を使ったりしない。
試合開始と同時に散らばっていく。それを侍候補生のチームは一年生のように防いだりもしない。
ディスプレイに映ったラビ先輩は楽しそうな顔で天守閣から城下町を眺めている。
まるで城を治める大名様のようだ。
となると優雅に座っているユリア先輩はお姫さまかなにかかな。
のほほんと見ていられそうだと思ったのは一瞬でした。
「はじまったぞ!」
カゲくんが叫ぶ。
ディスプレイの映像が切り替わっていた。
港湾区、水の張られたその大地の上にコナちゃん先輩とシオリ先輩が映っている。
『コナの鈴はボクがもらう』
『去年もそれ聞いたけど……』
できるの? と自慢げに笑うコナちゃん先輩にシオリ先輩がその刀を振るう。
氷の蔦が地面から生えてコナちゃん先輩を捕まえようとする。
けれどその手を振るい、払うだけでコナちゃん先輩は蔦を溶かしてしまった。
ノンちゃんがいたら説明を聞けたけど、刀鍛冶のノンちゃんは霊子を行き届かせるための大事な作業員だから天守閣にいるままだ。
もどかしい思いで見ている私たちを見て、シロくんが口を開く。
「刀鍛冶は霊子を操る術を持つという。住良木のそれは少し具合が違うようだが」
レオくんがその通りだと言わんばかりに頷いた。
「刀鍛冶には……とりわけ優れた刀鍛冶には、侍候補生の攻撃が通らないという」
シロくんの言うとおりだった。
シオリ先輩がどれだけ氷を繰り出しても、コナちゃん先輩は防ぎ続けている。
まるで踊っているみたいにして。その光景があまりに幻想的過ぎて、綺麗で。
九組の男子のほとんどが見とれていた。でもしょうがない。コナちゃん先輩はもともと魅力的だと私は思うから。氷を散らして踊るところなんて、美しすぎて見とれちゃうのも当然だ。
「二年のこの時期に純粋に力に目覚めてない生徒は全体の一割から二割だと聞く」
みんなが素直に聞いているから、シロくんの声がだんだん得意げになってきた。
「僕が二年生なら、そういう生徒を城に送り込む」
「なるほどな……で、山吹さんだっけ。君ならどうすんの?」
シロくんの得意げな話に相づちを打ったカゲくんが、一年生刀なしチームを率いたであろう山吹さんに話を振った。
みんなの視線が集まると、山吹さんは狛火野くんの隣からしれっと返事をする。
「逃げ続けるかな」
「ど、どうしてだ」
動揺するシロくんに山吹さんは人差し指を頬に当てて首を傾げる。
「一年と違って二年は刀を持ってないだけの人ってそもそも人数すくないでしょ? それに侍候補生は人数が増えてる。となれば攻めと守りのバランスが一年生と圧倒的に異なるわけ。だから攻めても圧倒される危険性が高いよね。高いってことは危ないってことだから、つまり回避するべきだと考えるの。で、逃げるよねって」
笑顔でマシンガンを放つ山吹さんにシロくんが動揺を隠せず眼鏡の蔓を上げ下げしながら「な、なるほど」と答えていた。
面白い変化が一年生に起きてる、と内心で思う。
これまでならシロくんの言葉にそこまで反応できた人はそうそういなかったから。
「二年生になって純粋に鬼ごっこになるってわけか」
「一年生も素敵な鬼ごっこでした」
いつの間にかやってきたユリカさんがタツくんの隣に座ってお茶を啜っていた。
似合うなあ。和服の二人、昔の長屋、お茶。憎いくらいの配置です。
そこへいくとノンちゃんがいないからなのかなんなのか、ギンは畳に横になって退屈そう。
見るより遊ぶ方がギンには似合ってるからしょうがないか。私もカナタがいないから寂しいし、それなら参加している方が性に合ってる。
同じように鬼ごっこは観戦よりも参戦の方が楽しめそうなトモはシロくんの腰掛ける椅子の後ろに立ってのんびり映像を眺めていた。
私の視線に気づくと肩を竦める。
「ハル……なんか、あれだね」
「なあに?」
「刀鍛冶が今後増えていくと、あたしとシロの必殺技さえあの先輩のように防ぐ人が出てくるんだと思うと……複雑」
「なんで?」
「刀の技や刀そのものを防がれてしまうということは、侍候補生よりも刀鍛冶の方が刀について理解しているみたいで」
それは……確かにトモの言う通りかも。
今だってシオリ先輩が振り下ろした刀をコナちゃん先輩が片手で受け止めた。
まるで片手そのものが刀みたいに当たって、切れる気配がない。
そもそも刀がそれを拒んでいるかのように、コナちゃん先輩を斬るまで至らない。
それをわかっているからシオリ先輩は刀を引いて、やっぱりだめかと呟く。
『私たち刀鍛冶に刃は届かない』
その言葉にシオリ先輩は笑った。けど私たち九組プラスアルファの顔は困惑に曇る。
「一枚上手という感じだね。侍候補生だってすごく強いのに」
岡島くんの呟きに誰も何も言えなかった。
私たちは私たちなりに、とうぜん刀を大事にするし愛着だってある。
常に携帯しているし、身体の一部になってきたとさえ感じる。
けれどその刀のメンテナンスをできない。真実、刀のメンテナンスをするのは刀鍛冶だ。
私たちは刀鍛冶よりも刀を理解できないのか。
『そうではあるまいよ。立場の違いでしかない』
十兵衞の言葉に唸る。
ううん、そうなのかなあ。でも刀鍛冶を切れないわけじゃない?
『同志を斬る刀があれば、それは人とあらば必ず斬る妖刀の類いよ』
妖刀……。
真っ先に頭に浮かんだのはギンだ。
村正。それが妖刀でなくてなんなのか。
だとしても……ノンちゃんには届かない気がする。
そもそもギンがノンちゃんに刀を向けるシチュエーションそのものが信じられないから。
そんなことを考えていたら、ギンが私に気づいてふてくされたような顔で呟いた。
「緋迎の野郎には届かなかった。俺たちの村正でもまだまだだ」
俺たちって……ギンとノンちゃんのことだよね?
侍候補生だけじゃない、刀鍛冶と二人の刀か。そっか……それもそうだ。
ねえタマちゃん、十兵衞。私がもしカナタに斬りかかったらどうする?
『斬るわけにはいくまい。あれが浮気でもしたら話は別じゃがの』
『そういうことだ』
なるほどなあ。
コナちゃん先輩はシオリ先輩の刀鍛冶になった、と前に聞いたことがあったっけ。
そうなればシオリ先輩の刀がコナちゃん先輩を傷つけるわけない。
そもそもシオリ先輩がコナちゃん先輩を傷つけるわけもないと思うのだけど。
「他のところの戦いも似たような感じだね」
「そうですわね」
レオくんと、長屋にやってきた姫宮さんがしみじみとディスプレイを眺めている。
映像は城下町各地で起きる戦いを切り替えて映す。
シオリ先輩たちのように、侍候補生が刀を振るうけれど刀鍛冶が防いでいた。
それは概ね、ペアで行われている。
私たちの長屋の外で怒鳴り声が聞こえたので、興味を惹かれて外に出た。するとね。
「いつもいつも女子の尻を追い掛けて! 恥を知りなさい!」
「ちっげえよ! 可愛い子とみたらついみちまうだけだろ! 男の習性だっての!」
「私というものがありながら……! くたばれ!」
刀を振るった女子の先輩から雷が放たれた。
それは男子の先輩に当たるすんでの所で、空へと逸れていく。
男子の先輩はじゃあ、刀鍛冶で。女子の先輩が侍候補生なのか。
「一年! 一年が見てるから! 落ち着けよ!」
「いやよ! この好機を逃すわけがないでしょ! ちっとは反省しろおおおお!」
ばちばち飛ぶ雷に悲鳴をあげて男子の先輩が逃げていった。
あっけに取られる私たちです。
隣の長屋の入り口にいたメイ先輩たちが私たちに気づいて、笑いながら教えてくれたよ。
「あれ、士道誠心高等部の風物詩。侍候補生と刀鍛冶が普段の鬱憤をぶつけあうの」
「次の三年の部はもっと激しいよー」
ルルコ先輩が笑いながらそう言って、メイ先輩の手を引いて長屋に戻っていった。
な、なんというか。
「……これから先の戦いが怖くなった」
シロくんの呟きにトモが笑顔で尋ねる。
「なんで? なにか問題でも? シロは私に怒られる覚えがあるの?」
「べ、べつにないから!」
どもりながら急いで長屋に戻るシロくん。
トモと視線を合わせて笑い合う。そして内心で思った。
もしカナタと刀をぶつけ合う機会が来たのなら。
私とカナタの戦いって……どうなるんだろう? って。
つづく。




