第二百二話
外でギンがみんなの相手をしようと出て行って、レオくんに呼ばれた私は入れ替わりでお城に戻った。さすがにエンジェぅとしてでなく普通に春灯として尋ねる。
「それで、レオくん。Bプランってなに?」
「恐らく九組と一年生の誘い役が交戦に入る」
レオくんは涼しい顔で胡座を掻いていた。
隣にはノンちゃんとカナタがいる。刀鍛冶として天守閣から特別体育館中に霊子を届けているのかもしれない。
階下にはタツくんや狛火野くんが退避して待ち構える手はず。
「ギンには本体を率いた子の相手を頼んである。仲間と結城両名もいずれは合流して、城の前の戦場で刀を抜くだけの戦い繰り広げようとするだろう」
実にいい、と微笑むレオくんにぞくっとした。
「それでも大勢が城に入る。多勢に無勢だ。それゆえに君に力を借りたい」
レオくんの言葉にいそいそとノンちゃんが後ろにある箱を出して、蓋を開けた。
中には山ほどの葉っぱがある。
「京都で狸の女の子が葉っぱを媒介に化けさせていた。君の宿した御霊は妖狐の類いなんだろう? なら、同じ事ができるはず……」
「わかってる。昨日の打ち合わせで確認したから覚えてるよ」
葉っぱを一枚取って念じる。
「どろん!」
ぽいっと放ってすぐ、葉っぱはもう一人の私に化けた。
動物のおひげが生えているし、髪の毛の色も金よりはくすんだ茶色だ。
微妙に間の抜けた顔をしているように見えるのですが。
『おぬしの化け力じゃまだまだこんなもんじゃ』
呆れたタマちゃんの念に苦笑い。
「それを大量に出してもらい、君と僕とで操り、城の中に兵を配置する」
「急ごう!」
箱の中身をわっとぶちまけて、一本の尻尾で足りずに刀を胸に刺す。タマちゃんの霊気を取り込んで尻尾を九つへ。そして一気に葉っぱを私に化けさせる。
ざっと数えて九十九。化けた端から急すぎる階段を下りていく。
私の意識だけでは散漫になりすぎて届かない化け私をレオくんが操るのだ。
霊子を操る術をどういう方法によってなのか会得しているレオくんが睨み、命じるだけで動く気配のない化け私も動き出す。
すぐに階下から大きな喧噪が聞こえてきた。
「コマとタツが交戦に入った。押しとどめ、さらに襲いかかる」
「わかってる」
レオくんの言葉に短く答えて、私の分身たちを自らの霊子で念じて操る。
尻尾がずっと膨らみうねっている。こんな力の使い方はしたことなかった。
初めての挑戦だ。それでもやりたい。
刀を抜くための切っ掛けをみんなに。そのためにならどんなにだって頑張れる。
分身を通じて見える。タツくんにフブキくんが挑んでる。
私の分身の相手を名前も知らない男の子が買って出た。
彼を放っておけない女の子が横に並ぶ。無銘の刀で私の分身に挑んでくる。
ここは任せて先に行け。
そんな呼び声に背中を押された生徒が次の階層へ。狛火野くんの武器と私の霊力は相性が悪い。階段から覗き込んでいたら、大勢の屈強な男の子たちが挑んでいった。士道誠心お助け部で学内を歩き回っている時に見覚えがある。格闘技系の部活の男の子たちだ。
その後ろを他のみんなが急いで駆けてくる。
となればそこから先は私とレオくんが操る分身の出番だ。
二人で集中し、乱戦へと持ち込む。それでも一人、また一人と上へのぼってくる。
だから数と密度で勢いを殺して押しとどめる。
天守閣は無事なまま。それがレオくんの作戦だったし、私たちみんな作戦会議の時点で異議なしの内容だった。
ああ、だから不意にレオくんの背後の壁が開いてルミナさんが出てきた時には血の気が引いた。
隠し扉――! 選択授業で私が使った道! 盲点過ぎた!
「とった!」
隠し扉を開けたのは別の生徒だ。
溜めた力を一気に解放するように躍り出たルミナさんが抜き身の刀をレオくんへと振り下ろす。
間に合わない。分身の制御で忙しい私も、虚を突かれたレオくんも動けなかった。
それゆえに、真実。
「ちぃ!」
「させない!」
雷光と共に躍り出たシロくんが間に入ってくれなかったら、無銘は確かにレオくんを切り裂いていたはずだった。
なんでここに、と。よくある漫画のような台詞をルミナさんは言わなかった。
まるで執念でもあるように、シロくんにはじき飛ばされた刀を放ってレオくんに飛びついたの。シロくんガン無視で。その手はその場にいる誰も読めなかった。
レオくんがルミナさんと天守閣の床を転がる。
集中が途切れたレオくんの分の負担が一気に私にのしかかり、尻尾がぶるぶる震えてきた。
それでも事態の推移を見ずにはいられなかった。
起き上がってレオくんを背中から抱き締めるルミナさんが、その手に小刀を持っていた。それもまた、城下町に飾られた刀なのだろうか。
大将を人質に取られて私もシロくんも動き出さない。
笑っているレオくんだけが歪だった。
「な、なにがおかしい!」
勝利をもぎ取ったに近い状況下で、なのに余裕を見せられてさすがにかちんときたルミナさんが怒鳴る。けれどレオくんは呟くだけでよかったんだ。
「ひれ伏せ」
途端にその場にいるみんなの膝が、背中が地面に引き寄せられた。
絶対的な王者の力。彼の言葉にはなぜか抗えない。
でも待って! レオくん、効果範囲がクリティカルじゃないよ! 範囲攻撃すぎるよ!
今そんなことされたら分身の制御が! 片っ端から葉っぱに戻っていっちゃう!
「く、ううう!」
地面に倒れたルミナさんが四肢を震わせる。
両手で床を掴み、ぶるぶる震えながら身体を起こそうとする。
「繰り返す。頭を垂れろ」
あげようとしたルミナさんの頭が床に引き寄せられる。
それでも抵抗している。痙攣しているように見える勢いで、彼女の身体が震えていた。
抗おうとしたことがないからわからない。抗えるのなら、それにはどれだけ強い力が必要なのか。
「いや、だ……!」
その言葉に震えた。
「ルミナ!」「そっちへ――」
「きちゃだめ! 待ってて!」
怒鳴るルミナさんに、隠し扉の向こう側から苦しむような息づかいが幾つも聞こえてきた。
「助けを求めないのか?」
レオくんの問い掛けに、身体を構成する霊子への拘束を引き千切るようにルミナさんが顔を上げる。
「マドカに頼まれてきたの……鬼に一矢報いて、刀をみんなで掴むんだ!」
一矢報いたら刀をもらえる、なんて事実はない。
だとしても、戦う者の願いに応えてくれるのが刀だと私は知っている。
ルミナさんの心が露わになっていく。
「うちだって、青組応援団だ!」
負けてたまるか、という叫びと共に彼女が見えない鎖を引き千切って立ち上がった。
佳村、とカナタが囁く。ノンちゃんの霊子が天守閣中に満ちる。
「士道誠心の生徒なんだ! 刀をよこせ!」
目を閉じて叫ぶルミナさんの持つ小刀がはじけ飛んだ。それは霊子となって一振りの刀へと姿を変える。
無我夢中で刀を振るうルミナさんをレオくんが制止する。
ぴた、と止められて震えるルミナさんを見ていられなくなった生徒が一人、また一人隠し扉からやってきた。
階段からも、生徒が押し寄せてきた。
レオくんの制止にみんなが総出で抗う。その手にある無銘の刀が一つ、また一つ弾けて消えていく。それは姿を変えて、御霊となって宿っていくの。
みんなにではない。もしかしたらそれが侍候補生と刀鍛冶のボーダーなのかもしれない。
レオくんの力も無限ではなく無敵でもないのか、不意に拮抗が崩れた。
みんなの刃が迫る。
慌ててシロくんが雷となってレオくんを外に連れ出さなかったらずたずたにされていたに違いない。
修羅と化したみんなの目が私をぎろりと捉えた。
「ぴぃ」
リアルに鳴き声が出た。
「待って待って待って、怖い怖い怖い、顔が怖いよ待ってこれは行事であって、」
一歩、また一歩。
ひたひたと歩いてくる大勢の顔が笑顔なのがひたすらに怖い。
「いやあああ!」
慌てて私も外に飛び出したところで、一年生の部の終了を告げるチャイムが鳴ったのでした。
あ、あぶなかった! 殺されるかと思ったよ!
◆
長屋に分散して喜びと悲嘆の声をあげるみんなを見る。
刀を抜けた抜けないの比率は大ざっぱに半々くらいだった。
私の分身だらけの階層にいた人ですら刀を抜けてたりもするから、これは本当に素質の問題なのかもしれない。
大きな長屋の中に今回の侍候補生チームで集まって、二年生の部の開始を待ちながらぼやく。
「隠し扉のことすっかり忘れてたよね」
「四月のことだからね」
レオくんも肩を竦めていた。そばにいるシロくんも項垂れている。
「今回は相手の作戦との相乗効果で、行事自体はうまくいったと思うが。それでも戦いだったら僕らは負けていたな」
「俺は余裕あったけどな。コマの彼女、マドカはよかったぜ」
ギンの言葉に狛火野くんは複雑そうだ。
「お、俺もその場で見ていたかったな」
「後で山ほど本人から話してもらえばいいだろ、彼氏」
タツくんのからかう言葉に狛火野くんが赤面しながら俯く。初々しいなあ。
みんなで和んでいた時だった。
「あのう……大丈夫だった?」
噂の張本人こと山吹さんがルミナさんとフブキくん、木崎くんと四人で入ってきたんだ。
「なんか盛り上がったみんなが無茶しようとしたってルミナさんに聞いたんだけど」
「あ、あはは、ご、ごめんねえ」
自棄気味に笑っているルミナさんにレオくんが気にしないでと告げる。
そうして和やかにみんなが話しているのを見ながら、けれど私の背中には冷たい汗がにじんでいた。
山吹さんの刀を見ていると恐れにも似た感覚がこみ上げてくるの。
「肌が泡立つこの感じ……似ていて遠い何かを感じる」
そばで聞こえた囁きに顔を向けると、元の黒髪に戻った岡島くんがいた。
「彼女の刀。僕らと同じくらいの、それも悪い妖怪のものかもしれない」
「タマちゃん――……玉藻の前、酒呑童子と同じ妖怪って?」
「崇徳天皇だね」
「ぬらりひょんとかじゃないの?」
なんかお父さんの本棚にあった漫画では強そうだったけど。
「彼女が強くなればわかるかもね」
岡島くんの言葉を聞いた私は思わずタマちゃんに尋ねた。
どうなの、タマちゃん。山吹さんの刀に宿った御霊は誰か、わかる?
『……先ほど聞いた中に答えがあったように思う』
ぬらりひょんか昔の人ってこと?
『名を隠し、姿を隠しているから明らかではないわ』
……ふうん。
なんで隠すんだろう。耳を澄ませてみたけれど、よく聞こえすぎる獣耳で捉えた喧噪に紛れてしまって山吹さんの刀の声を聞くことはできなかった。
どうしようか悩んでいたら、長屋に設置されたモニターに変化が起きた。
天守閣が映し出されたのだ。
試合開始を告げるチャイムが鳴って、ラビ先輩とユリア先輩が画面に入ってきた。
『二年生諸君。未だどちらの資質に目覚めてもいない生徒、そして希望者である刀鍛冶も含めた生徒たちとの鬼ごっこの開始だ。ホームルームで取り決めた通りにいこう』
『試合終了時点で鈴をたくさん保持していたチームに学食一回分おごりで。カナタみたいに刀鍛冶でも刀を掴めるかもしれない。がんばって』
ユリア先輩……! あなたの一回分はとても高そうであります……!
ぐうう、とユリア先輩のお腹が鳴ったのが試合開始の合図だった。
どきどきしながら私はディスプレイを見つめる。
二年生の鬼ごっこはどんな風なのかな?
つづく。




