第二千十八話
打ち込みは単純。
太刀筋もギンほど縦横無尽でなければ、トモや狛火野くんほど鋭くない。
茨ちゃんや岡島くんのような荒れ狂う力! みたいな感じもない。
ただ、本気で斬りつけてくる。ギンやトモたちにないものを浴びせられている。
力任せで無茶にも思えるくらい、連続して。ただ、殺すつもりで?
足りない。
斬って。砕いて、ばらして。解体して。血を抜いて。ひとつひとつを味わうつもりで。
恍惚とした表情で叫んでいる。年下の女の子が。五分どこから、三分も経たずに大勢が集まる繁華街がある場所で。ホテル街の中で。刀を振り回している。
斬り返してはね除け、次の一手に惑う。その隙を見逃す相手じゃない。
思ってよりも膂力がある。体力もある。意欲も強い。緩急をつける余力もある。だから斬り合いは続く。剣戟の音を久しく聞いていなかったけれど、まさかこんな形で。
「殺せ、ない、から!」
彼女は笑っている。
「化け物は! 人に! 殺される!?」
ばかげている。彼女は私を一方的に煽る。
斬り合いでいえば。そう、立ち会いにおいては、私が何度も好機に恵まれる。
なのに彼女を止めるにはどうすればと考え、判断するだけの時間はなく、その僅かな機をものにできない。
そんな私を愚かだとなじりながら、彼女は刀を何度でも振り下ろす。
当たれば致命傷。彼女は私を殺せる。手にする日本刀は、結局やはり、斬るものだ。
私はちがう。
隔離世の刀は現世のものを傷つけない。私は彼女を殺さないし、そのつもりもないし、たとえ殺すと決めたとしても殺せない。十兵衞とタマちゃんの刀は、同じ刀でも奉納して大事にする類いのもの。
見た目や構造は似通う。同じ部分もある。
でも別物。
彼女の感情を浴びせられるほど、むしろ冷静に分ける。
受けることはできているけれど、思いのほか腕の筋肉がつりそうになってきた。
時折、バランスが崩れそうになる。お尻回りが軽くなったり、重たくなったり、変化している。人と狐憑きの境界線を示す綱の上で揺れているのかもしれない。視界に映る髪の毛の色がどんどん暗く淀んでいく。
人の身でこれほど苛烈な攻撃をいつまでも防げる自信はない。
気圧されている。
恋だの愛だの。夢だの願いだの、欲求だの。
暴力でたたき壊す、それだけの意欲で向かってくる相手に。
なのに、頭のどこかで考えている。
相手こそ私の忌避する姿の一例。これほど極端な存在もない。道玄坂で刀もって襲いかかってくるって、なにぃ!? ちょっと待てぇ! ツッコミどころしかないが!? なんて言ったところで、彼女のテンションは熱することも冷めることもない。無視されるかも。反応されても困るしなあ。
「いやなら! なってみろ! でかい獣にでもさあ!」
ただ交差させるだけだと、身体ごと押されたり、不意に蹴られたりする。
受けるのも、避けるのも、体力がいる。
人の身に戻ろうものなら、やられる。
さりとて獣にでもなろうものなら? これほど露骨に誘導されているのだ。とても危うい。
相手の土俵で戦うな。極端を思い浮かべて避けて。中庸を。
それはなんだ。
いったい、どう戦う。
私が求める時間にしてしまえ。
化かすなら、相手の望む怪異になるかって?
いやだね!
魂の炉に薪をくべろ。ようく空気を送って、火を燃やせ。強く。強く。
膂力で無理してでも相手を押しのけて、タマちゃんの刀を抜く。
飛び退いても態勢が崩れることなく、よろけることもない。運動神経はかなりいい。
「げーのーじん? なら、サービスしてよ」
十兵衞の刀を振って、深呼吸。
納刀の後、タマちゃんの刀を抜く。
獣憑きになる力そのまま流し込むイメージで人へと戻る。
「あれ。雑魚になった?」
徹頭徹尾、失礼だなあ。
真面目に受けとめずに刀を確認する。
絢爛豪華に煌めく黄金の刀身がますます輝きを増していた。
彫りも装飾も増えている。タマちゃんの刀とくれば煌びやかでないとね?
「士道誠心学院高等部、二年九組。青澄春灯。あなたのお名前は?」
期待せずに問いかけると、案の定、彼女は鼻で笑った。
彼女の向こう側でカナタが周囲に鼻を利かせている。スマホを片手に持って。
通報してくれたか、あるいはシュウさんに連絡を取ってくれたのか。
女の子がひとりで刀を手に、このあたりにいるという状況が腑に落ちない。
そうだ。彼女だけとは限らない。他にだれかがいたとしても不思議はない。
そんなこちらの想像など意に介さないのか、私を殺したくてたまらないのか、こちらを睨みつけて言うのだ。
「人じゃないものに名乗る名はない」
わあ。
ずいぶんな言われようだね?
「斬ってばらしたい、というのなら。私は食材かなにかかな」
「研究材料」
おー。
いちおう、答えてくれることもあるのか。
「じゃあ正確に知るためにコミュニケーション取っても損はないんじゃない?」
「むずかしいこと言うな。私はあなたを殺してバラバラにしたいだけ」
前言撤回!
やばい人です!
それでも飽きずにしゃべるよー?
時間稼ぎをしたいし、呼吸を整えたい。
それに情報を引き出したい。
「つまり研究したいのは、あなたじゃなくて、だれかなんだ。だれかな」
「その話、いまいらないよね」
うーわっ。
飽き性かな? キッズなのかな?
両手で柄を握り直して肩の前で掲げる。
やっぱり、ずいぶんと特徴的な構えだ。
でもなー。そういう問題じゃあ、ないよなあ。
銃刀法違反。暴行。躊躇なく振り下ろせる、慣れた体さばき。そして、女の子ひとりじゃない。他にもだれか関係者がいる。そうでもないと、日本刀を持って振り回せるはずもない。
どうしたって気になる。
それに時間がいる。
「いるでしょ。愛の有無はさておき、ふれあいを求めたふたりが」
中には集団でただ楽しくしゃべるだけ、みたいな会を開く人たちもいるというけれど!
さておき!
「集まるホテル街で斬りかかってこられても困るでしょ」
「知ったことじゃない。降って湧いたお前が悪い」
わあい!
会話が成り立たないぜ!
なにかを話そうと投げたボールを毎度スマッシュで打ち返される気分。
いや。バレーでも卓球でもテニスでもないんだけどな。
キャッチボールしたいんだけどな?
だめですか?
めげませんけどね。
心を落ち着けて、キューブふたつが入ったポケットに触れる。
装備を変えても有効だろうか。あの刀を前に防げるだろうか。
正直、ぜんぜん自信がない!
それにいまの格好で派手に動き回りたくもない。
パンツが見えてしまう! あとは寝るだけだから適当に履いたスーパーのやっすいやつなのに!
『こういうときに手抜きが祟る』
いやいや、タマちゃん。待ってよ。
たっかいやつだから「見られても、おっけー!」とはならんて!
スパッツに変えようかな。キューブスーツを。
そんな無駄遣いもないような気がするけど、大事。
こっそり展開。動きやすいし、恥ずかしさを気にせずに済む。地味に胸回りが楽なのは大きい。蒸れないのもね。
よしよし。
だいぶ調子が戻ってきたぞ?
「人をラピュタのシータみたいに言って。さては出会いを求めているな!?」
「――……は?」
わあい!
間が持たないと困るし、なにか言おうと思って振ったらさ?
まさかのまさか、冷たい返し! おまえなにいってんの? と言わんばかりの返し!
知ってるよ? 中学にもいたよ。小学校にもいた。みんなが観ていると思うなよ! っていうやつだ。舞浜のテーマパークについた冠の、あの世界的企業のアニメだって、映画だって「知観たことがない」って言う人はいる! もしかすると「知らない」人さえいるかもしれない!
けど、端的に抉られちゃうって! 「は?」は。
なんでか知らないけどさ?
「さては私のこと、大嫌いだな!?」
「興味ないね」
お、おぅ。
急にこじらせ男子みたいなこと言うじゃん。
「予想が外れた。私の期待も。でも、あなたを斬れば喜ぶ人がいるの」
お?
意外といろいろしゃべってくれるじゃん?
だいぶ息が戻ってきた。
これまでの戦争で散っていった侍たちを思う。
みんな戦になると御霊を失い、散っていった。
恐怖が与える影響力は大きそうだ。
斬り合いで刀が砕けたり折れたりする可能性だってあった。
理解しよう。
まともに付き合う必要性なんかない。
私には私のやり方がある。
いったいだれになにを遠慮する必要があるの?
「それ、私が付き合わなきゃいけない理由があるの? なきゃ帰るけど」
次の準備に気持ちを整えながら、私なりに煽ってみる。
金色雲を出して逃げることだってもちろんできる。けれど、女の子とは別にいるだれかが攻撃してこないとも限らない。だから正直、やっすいブラフでしかない。
果たして彼女の反応は。
「本当にあなたが必要になったら家にお邪魔するだけ」
「……ったくもう」
アダムのときと同じだ。
なんで、うちがバレているのか。
いや。茶封筒を寄越した犯人と繋がっているのなら、知っていて当然。
むしろそれ以外に理由があったら困る。だれかが私の家の住所をバラしてる? ネットにあげてる? それこそ「ネットよくわからない」ときの怖がり方じゃない? あるいは、なに? うんちゃらマップに私んちって載ってるの? そういうレベルの話?
やなんだけど!
「飽きた」
そう呟いて彼女は駆けてくる。
突然中断するじゃん? でも予想はするじゃん。それくらい。
ホルスターから銃を抜いて、金色を転化。めいっぱいの卵を足元に出す。
彼女が迫るその前に、タマちゃんの刀の切っ先を当てて化かした。
せり上がれ! 私のステージ!
階段状に、何段も。
女の子は思わず立ち止まり、どんどん高くのぼっていく私を憎そうに睨んでくる。
構わず私はあがる。あがる。
卵銃で空に撃って、金色を飛ばして化かしてしまえ。
ライトに、スピーカーに変えて、即席ステージでタマちゃんの刀を鞘へ。
ラスイチ卵をマイクに変えて、空いた手で彼女を指差した。
「へい! そこのきみ! 銃刀法違反だぜ!」
いまは人の姿だ。獣耳がない。
それでもサイレンの音が遠くから近づいてくる。ざわめきに混じって聞こえてくる。
「そんなに私を殺したきゃあ、のぼってくるんだね!」
苛立たしげにステージに振り下ろす。
傷はつけられた。だからといって瓦解するほどじゃない。
のぼってこようと見上げた彼女の前には、数十、いや百に届きそうな段がある。
どれほど身体能力が高くても、人の身体じゃ時間がかかるし? ある程度は疲れる。
中国の信じられないほど階段がある場所で歩荷のようなお仕事している人は、すいすいあがるというけれど! 彼女はさすがにちがうでしょ!
「卑怯者! 降りてこい!」
「いやいや。絡んできたのはそっちでしょー? ごめんですよ!」
精いっぱい胸を張って煽る。
思いのほか消耗していて、くたびれている。
もうそれほど無茶はできない。いまさらながら、狐憑きになっているだけで疲れる自分を改めて自覚する。でもね? ここはハッタリの仕掛けどころだ。
卵銃を眼下の彼女に向けて、なけなしの金色を卵に変えて放つ。
素早く飛ぶ卵を途中で網に変えるんだ。目的は言うまでもなく、彼女を捕らえること。
迷わず後に下がる。私を諦めて、すぐさまカナタに照準を変えようとした。そんな彼女の腰から着信を告げる音が鳴る。一切の躊躇なく、ポケットからなにかを取りだして足元へと叩きつけた。直後に煙が広がって、姿が見えなくなる。彼女が走る音が遠のいていく。
思いきりがいい。どんどんパトカーが近づいてくるし?
スマホの撮影音が聞こえてくる。
煙が晴れて彼女がいないこと、カナタが無事なまま私を見上げていることを確認してから即席ステージをすこしずつ解体して地面に降りた。
ふり返ると? けっこうなギャラリーが集まっている。かき分けて、警察官が数人でやってきた。応対する元気はないので、カナタにお任せするし? 覚悟を決めた。
明日、ぜったいマドカに叱られる。
それでも今日という日に得られた情報は、あまりにも多い。
けれど同時に相手に与えてしまった情報も無視はできない。
なぜ私たちがここに来たのか。その意図は?
戦闘での経験も大きい。
彼女を呼び出すだれかがいた。やはり彼女はひとりではなかったのではないか。
すると、ひとりか集団かはわからないだれかは私たちを見ていたのでは?
考慮する要素が一気に増えた。
それでもひとまず中断できた。戦いを。
それだけじゃ終わらせないぞ?
「カナタ、神水!」
「ほら!」
すぐにペットボトルを渡してくれる。
自販機に売ってるうめえ水! スーパーで買うと六十円台のものもあるし? 八十円ちょいのものもある。よくあるお水。
ごくごく飲み干して、気力チャージ! 欲を言えばエナドリなんかを土台に霊子を入れてほしいけど、夜ねむれなくなっちゃうからね! カフェインは夜に取るの、なし!
すぐさま卵銃で卵を出して、ドローンに化かす。空へと飛ばして女の子の後を追わせる。
さっそく探査術を試すというわけ。細かな説明を思い描こうとしても、その時間は残念ながらない。
「ちょっとちょっと! なにやってるの!」
「通報したのは?」
強面の警察官ふたりが声を掛けてきた。
こうなると、しばらくできることがなくなるぞ?
時間もかかるかも。
「兄さんに連絡しておいた」
カナタが私のそばによって囁く。
そしてすぐに挙手しながら警察官のもとへと向かう。
のみならず、後ろで撮影している人たちに「すみません! 撮影していた方で、走り去った子を撮っていた方はいますか?」と呼びかける。
ホテルの壁に背中を預けて目で追うと、冴えないおじさんがスマホを私に向けながら「ああ、はいはい。見ていましたよ」と出てきた。柔和で温厚そうな顔立ちをしている。特徴という特徴がない。なのに、既視感があった。見覚えはない。それだけはわかるのに。
なんだろう。この矛盾は。
「見せていただいても?」
「なんなら送りますよ。こういう場合、警察に? それとも、こちらの青年に?」
おじさんが如才なく受け答えをしながらスマホの画面をタップする。
いまのいままで撮影していたのか。その動画を再生して見せるつもりなのだろう。
事情がよくわからない警察官ふたり。よくよく見ると、おじさんと若いお兄さんで、おじさんは「いいから説明を」と言うけれど、お兄さんは「見たほうが早いのでは」と提案する。
なにやってんだか。
百聞は一見にしかずを心得ているのだろう。おじさん警官は一瞬渋り、お兄さんを目で威圧するも、結局は再生を依頼する。
「わ。俺たちが降りてきたところからだ」
「いやあ。空からなにかが降りてきたから、つい、ねえ」
あっはっはと笑うおじさんにカナタが「これなら説明する必要がないかも」と語る。
なにがなんだかよくわからないけど、ひとまずなんとかなりそうだ。
精いっぱいの感想を述べるのなら?
生き延びた!
「は、はっ」
息が浅い。
寒気を感じて身体を抱くと、引くほど汗を掻いていた。
おまけにとても冷えている。いまさら震えがくるんだから困る。
慣れるもんか。こんなのに。
慣れるもんかよ。ぜったいに。
浅いままじゃつらくて、深く息をしようと試みるけどむずかしい。
ただただ、いきなり狙われたことよりも強い実感があった。
あれにまともに付き合うようじゃ?
なるほど。
みんなと一緒はむずかしい。
そういう社会じゃないもんね?
いたい環境って。
すこし歩いた先にあるスクランブル交差点を歩いていたら、すれ違いざまに見知らぬだれかが刃物で斬りかかってくる、みたいなことだもの。
そんなの望んじゃいないからさ?
それを表現しなくてどうするのさ。
そんな意地が大事なんだという実感を支えに、私は胸を押さえていた。
鼓動は高鳴るばかりで、いつおさまるのかなんて見当もつかなかった。
つづく!




