第二千十三話
渋谷、新宿。次は池袋。
三本目もまた、愛の巣に。
裸身を晒す少女は肉柱に埋もれながら、恍惚の息を吐く。
柱のすぐそばに並べた屍肉が肉に飲みこまれていく。ごく、ごくと。ばり、ばりと。音を立てて。
気にせず地図を広げる。
「上野、両国。豊洲に、しなが、わあ? タワーがいいかな。それなら両国よりもツリーか」
紙とスマホの地図を見比べながら唸る。
「ここまでくると、欲が出るね」
人差し指で地図を撫でる。
叩く。とん、とん、とん。
「したいなあ? 嫌がらせ。憂さ晴らし、したいよなあ?」
なで回す。千代田区。
千代田、虎ノ門、赤坂。
「無茶な要求ばかりするじいさん連中の、アゴで使われてたまるものかよ。なあ?」
強めに指先で引っかく、永田町。
「なんて、ねえ? 厄介者どもに時間を吸われたくないだろう? 利用するなら、楽しく振り回してやらなきゃさあ。憂さなんか晴れやしない」
紙の地図は閉じて、懐へ。
スマホ画面に触れて、起動中のアプリを終了。
立ち上がって、ふり返った。
三本目の楔の打ち込み、人柱の成立ともなれば影響は大きい。
床にたまっていた血が吸われていく。そのたびに柱に変えた少女の顔色が朱に染まる。額に汗がにじみ、呼吸と共に声が漏れ出る。官能のままに。至福に身悶える。
よろこびがなくては。
「これは、いうなれば捧げ物だ。であれば、大勢の支援が必要だ」
少女に語ってみせてから、たまらずに噴き出す。
なんて滑稽。なんて醜悪。
「でもね? きみは、きみたちは、組織的には関係などないよ。一切、問題がないのさ。わかるかな?」
ぴくん、と。少女の目が開いた。
白く濁った瞳はなにを、どこを、どのようにして捉えているのか。
さっぱりわからない。
眼下から上へと泡立つように黒に染まっていく。
色づく素肌に汗がますます滲んでいく。痙攣し、くねり、振る。
声が次々と溢れ出てくる。
「きみはなにを産んでくれるかな。前に会ったろう? 他の六人もきみと一緒さ」
黒の薬だけでは足りない。
思いついてしまったからには、やらずにいられない。
「どんなものでもいいよ。無理なら無理でも構わない。薬だけでもあればいい。いまのところ、勝率は決して高くないが、液体だけでも十分といえるから問題ない」
でも、できることなら孕んでほしい。
七本の人柱を用いて、商売をしよう。
デモンストレーションをするのだ。
三本目の柱を立てる段階になってもまだ、自分に繋がる情報の報道はない。
この調子だと、七本の設置は思ったよりもあっさり済んでしまうかもしれない。
早く止めにこないと、もっと人が死ぬよ?
スマホをポケットにしまって、少女のそばへ。
よく育つようにと祈って捧げた屍は既に消化に入っている。
先を急ごう。
よく祭りは準備が楽しいというが、自分に言わせればちがう。
火種は弾ける瞬間が最も高揚する。
仕込みの段階は手間で面倒ばかりを感じる。
段取りを踏むだけなのだから。
導火線に火をつけるまでが、いつだって大変。
無償で手伝ってくれる者がいるというのなら?
悪魔にだって魂を捧げようか。
いやあ?
一度でも依頼するだけで、体内にいつ起爆するかわからない爆弾を飲みこむようなもの。
結局、自分たちで、信頼の中で行なうしかなく、その術は手間で面倒。
楽をしたい者、迂闊で粗忽な者が利用するに過ぎない。
「おじさんねえ。何度も痛い目みてきたんだよ」
身悶え喘ぐ少女の悩ましげな眉を、目元を見つめながら囁く。
だから、きみたちのような立場の人を利用するんだよ?
「さあ。もっともっと人間性を捧げよう」
今回は「爆破」で終わるのか。
それとも「ヒーローが助けにくる」のか。
どちらでも構わない。
田中くんが少女を寄越す前に、ひとしきり済ませておきたい。
あの子たちは殺しすぎてしまうから。
◆
聖歌ちゃんたちがうちに来る。
親戚の葛葉さんち、狐憑きの美希さんの教えでぷちたちとの過ごし方を心得ているという。
私よりもね。あくまで式神との付き合い方として。
じゃあそれを見せてもらいたいぞ? と思いはするけどね。
まず、ぷちたちのペースで過ごすから。こっちがお願いしても、元気あふれるユメたちは、なかなかなあ。テンションがぶち上がると、追いつかない鬼を追いかける鬼ごっこくらいのきつさを感じる。
いつまでも終わらないの。
瑠衣くんたち一年九組のみんな、まるで砂漠を横断するくらいの決死の表情なんだけど。だいじょうぶかな?
ゆっくり休んでていいよって聖歌ちゃんに言ってもらえるんだけど、そこはね。なかなかむずかしい。いろいろとやることがある。
みんなで宝島に移動して、聖歌ちゃんと理華ちゃんに「なにかあったら、即連絡」とお約束したうえで、マドカたちと合流する。
烏天狗の館の一室で再現するんだ。千葉の現場を。
古びて老朽化した木造の学び舎。野草が生え放題の庭。塗料が落ちて剥げた遊具。校舎のそばにある地面にあいた穴に蜂の巣。そして、女王バチになった女性。
加えて鍵を用いて、マドカやノンちゃんたちと協力しながら遺体を再現する。
数限りなく並んでいく。腐乱した状態の亡骸も多い。
佐藤さんとあねらぎさん、そして集まった警察の人たちが知りたがっていた地下室の異様。
匂いはきつい。なのに虫が卵を産みつけ、屍肉を喰らうような状態は見受けられない。
時が止まっているかのよう。
ううん。それっぽいことばを持ってきて、わかったつもりにならずに切りかえる。
「なんか、すごく、変だね」
「ほんとにね」
酸素ボンベとヘルメットを装着した私とマドカを横目で睨む、ノーヘルメットのノンちゃんたち。いや、たしかにえげつない匂いでトラウマものだとしても、そこまでやるかよと言わんばかりだ。
でも仕方ない。私たちの嗅覚だと、たいへん厳しいっ!
匂いは空気中に散乱するごく微少な組織から香っている、みたいに聞いたことがある。すっごく雑な例えだけど、おならはごくごく微少なうんちの霧を出してるようなものだとかね。
もしも本当だとしたら? これほどきつい話もない。
でもさ。待って?
それってほんとかな?
おならでいえば?
口から吸った息、食事中に飲みこんだ空気、あるいはおなかの中で消化する際に発生したガスの一部が出ているのだよっていうよね。
こっわい、おっかなーい都市伝説っぽい、刺激的なワードで捉えるのなら? 実際なんて、いくらでも塗りつぶされてしまう。
刺激的な惨状を眺めながら、塗りつぶしてしまわないように実際を探る。
そのために現場から遺体を運んで検死をするのかな。現場を何枚も撮影して、会議室に貼りつけるのかな。
「に、におい、減らしません?」
「十人に届かないんだけど。中に入れる人」
ノンちゃんとシロくんが鼻を摘まんで青ざめた声をだす。
「入れないなら無理しないってことで」
「ヘルメットつけてもらうとかして」
マドカと私は引かない。
そりゃ、だって。防臭してるもの。なら、それをすれば問題ないかって?
そうもいかない。
あくまで映像的に再現したものに過ぎないし、現世の状態に戻されて縮小した蜂の巣と穴、それより前に運び出された亡骸とで時間軸も合わない。私たちの調査のためのあべこべの場所。
調べたいのは、この異質な猟奇さ。あるいはなにかべつのもの。
だけど、惨状を理解しようとすることは、だれかの悪意を、その犠牲になった人たちを目の当たりにすること。よく見つめ、よく捉えようとすることだからさ?
そんなの、しないで済むのなら、それに越したことはない。
においで無理なら、もうね。たぶん、見るのも無理だ。
けっこう人が集まっているし、シロくんはカメラを抱えているし、ドローンも飛んでいる。
警察にぃ、だまってこっそり、そうさちゅう。
「エアコン、つくとは思えないね」
「電気ガス水道、動いているのかな」
視覚化しただけの遺体につま先が当たりそうになるけれど、そのまま素通りした。
立体映像となんら変わりない。金色を凝縮させて「見える」ようにしているだけ。
なのに匂いは再現しちゃえる、なのか。それとも烏天狗の館が、試練の部屋で私たちの設定を聞いて、場所を再現したら? 場所に留まる匂いまで、見事に再現されたからなのか。
後者かな。視覚と重なって、嗅覚も反応しちゃっているのかな。感じようとしちゃうのかな。
いずれにせよ、この場は相当な匂いだ。
冷却されていたら、もうすこしマシだったろう。
木造で隙間風も入るし、窓枠もガラスも気密性のあるものじゃない。
真夏が迫ってくるこの時期に。どこからでも入ってきそうな、この場所で。
冷房もなにもないまま、朽ちていく亡骸に虫一匹ついていない。
「やっぱり、なんか妙じゃない?」
「これだけ大勢の人がいて、近くの住宅街までゴーストタウン状態で。腐敗の度合いはまちまちで? 死因がなんだか、さっぱりわからない」
これが妙じゃないとでも? とマドカに返されて唸る。
ふたりで通路を進んで校長室を覗く。シロくんもノンちゃんも、他のみんなも入り口から進めない。進んじゃう私たちも鳥肌が立っていて、正直かなりきつい。
「こんな現場を作る、となると。現世の手段でどうやって? と思うね?」
「でもゼロではないよ。同じくらい、隔離世の力を用いた犯行という可能性だってあるけどね」
マドカの返しに唸る。
そりゃあ、そうなんだけどさ。
「どちらにしても、常軌を逸してる」
数えきれない遺体の数。
腐敗してどろりと落ちた肉が垂れ下がる頭蓋骨。眼窩にあるべき眼球はどこへ。
衣服は人だったものの液体で濡れていた。床にシミがいくつもできている。
待ってましたとばかりに虫が飛び込んできてもおかしくないようなこの場所で、虫を一匹も見かけない。アリ一匹いやしない。
かろうじて人に濡れずに済んだ床も渇いていたし、ほこりがたまっている。
仮に死者がこの場にいなかったとしても、ずいぶんほこり臭く感じたんじゃないかな。
勇気を出してトイレを探して覗き込んだら? 言わずもがな。何年も掃除をしていないのだろう。黄ばんでいたし、いろいろとこびりついていた。ぷんと漂うアンモニア臭からして、強烈。いわゆる「汚いトイレでございます」と自己紹介されているような気分になる。
トイレがこんな状況であったなら?
立ち並ぶ教室の掃除度合いも察しがつく。
ここに泊まることになった人たちの布団はどこに? それらにダニは? ついていそうだ。日干しもなにもせずに、ぺったりとした万年床が並ぶ部屋があったとしても不思議はない。
なのに、生きているものの気配がない。
不自然なくらい、死者だけが並べられている。乱雑に。
「運び込んだ形跡は、あるのかな」
「警察も調べたろうけど、ぱっと見じゃわからないね」
校長室に戻って、おじさんの遺体を確認する。
高城さんの元を訪ねたという。けれど、どう見ても、その前に死んでいる。
どうしたってうちに来た茶封筒とおじさんを結びつけるし?
それをやったことさえ疑わずにはいられない。
「事務所に来たおじさんは、だれ」
「姿をごまかす術を心得ている人、かな」
やっかい!
「ミッションインポッシブルの変装みたいな?」
「見た目はこども、頭脳はおとなの名探偵に出てくる怪盗も得意だね」
そもそも変装なのか。
「私やレンちゃんみたいな化け術かな?」
「も、あり得る。現世でも隔離世でも、化ける術がある」
現世はまだまだ限界あると思うけどね!?
ああでも、ハリウッドのような映画産業の特殊メイクはすごいもんね。
めちゃくちゃお金かかるだろうけど。ミッションインポッシブルばりの特殊メイクだってそう。ボディメイクにしたって、ボディスーツにしたってたいへんだ。
そもそもお金があればOKという話じゃない。
できる人がいなけりゃ意味がない。
その線から当たる、という手もあるだろうけどなあ。佐藤さんたちは、ちゃんと当たってくれていると思うの。で!
「謝肉祭遊園地との関わりを連想しちゃうね」
「確定はしないものの、可能性は高まっているよ」
決定的な証拠が出るまでは確定しない。
マドカの考えに気づいて、焦りがちな自分を抑える。
「それより春灯に接触する意味が気になるな。貸倉庫から歩いてくる茶封筒たち。事務所に何度もアタックしてきた、CM出演依頼。その際に提示された金額」
「人殺しには好かれたくないなあ」
「住良木の研究所でしれっと研究されてるんでしょ?」
「髪の毛の提供とか、金色を出すのとか、いろいろお手伝いしたことはあったけど」
「今回のも案外、その手のアプローチだったりして」
「……やだなあ」
大勢を殺して、蜂を巨大にして、人を別のなにかに変えるようなだれかが私を狙う。
ビルの連続爆破事件や連続殺人事件との繋がりも想定される。
警察は先日のビル火災事件もあって、大忙しのようだ。
世紀末かな? と不安を刺激するような事件が立て続けに起きている。
それらもある意味では、目立つ刺激。
塗りつぶさず、つぶさに観察すると? 異質さはいろんなところで目にする。
ヘイトクライムの問題視。進んではいる。けど、でも、書店にヘイトを煽る書籍があるのも事実だ。ネット記事にすれば? 偏見と差別の味つけをした刺激的な記事は増えている。
象徴化は差別化によって加速される。分断と共にね。
そうして分けること、分かたれることで、訴求力は強化されていく。
ゆるやかに。確実に。
でも、それは結局のところ、そう考えたくて行なわれるもの。
キラリに話したら? 私とマドカは軽めに尻尾ではたかれて怒られちゃう。
そこまで単純じゃないもんね。単純に見たい私がいるだけ。
見たとしても?
切りかえるかどうかの選択肢がある。
だれもが容易に選べるだなんていうのは、悲しいけど、いまはまだ妄想の域を出ないような気がする。それゆえに、苦境に陥る立場や勾配をなくしていこう、環境にいかにアプローチしていこうかって話をする。
「そろそろ出ようか。調べる技術がないと、もうなにもできそうにない」
「じゃあ春灯のアイディア教えてよ。なにか思いついたんでしょ?」
「まあまあの手段を、ね」
鍵を出して振るう。
並ぶ遺体も校舎も、どこもかしこも金色に散っていく。
匂いだけが、たぶん残っている。荒れ放題のグラウンドも消えていく。
地面に鍵の先端を押し当てて、さらに押し込む。
回して、願う。
再現するのはビル群。私の連想できる場所。
渋谷がいいかな。センター街のあたりになってとお願いすると、地面からビルが、アスファルトが生えてくる。みんながあわてて「おぉい!」と悲鳴をあげながら、歩道に退散した。
今日の目的はむしろ、ここからだ。
「それじゃあ、みんなにお願いがあるんだけどー! このフィールドで、かくれんぼしないー?」
「いや。かくれんぼって!」
そばにいたマドカがあきれ果てたといわんばかりの顔で詰め寄ってくる。
「先んじて対策を取るにしても、かくれんぼで試す気?」
もうちょっと手段があるのでは、という。
たしかに刺激的とは言えないかもしれない。でもね?
「マドカとノンちゃん、ノノカ。あとは、そうだな。何人か指名するから、その人たちに残ってもらって協力してほしいの。探査術を試してみたいから」
プランの土台は練ってある。
結ちゃんと試してもいる。
「隠れる役の指名は決まっているんだよね?」
言うまでもない。
「もちろん」
決まってますよ?
かくれんぼ得意勢を相手に見つけられるようになりたいの。
それだけじゃないよ?
見つけたことを悟られたくないの。
そこまで練り上げることが目標だ。
今回のような犯人が相手なら? いくら備えても足りないくらいだ。
余裕がないと「自分の欲求」という枠内で思い描ける「5W1H」に線を引いて、すこしの誤差も認められなくなる。先が、浮かばなくなる。
私の言動を、他者がどう受け取り、どう反応するか、想像さえしなくなる。
もちろん他者は私ではないので、わからない。選択は他者がそれぞれに行なう。
ただ、なんの想像もしないというのは?
シオリ先輩のいうプログラムでミスチェックどころか、ミスの想定をまるでしないようなものだ。
どう受けとめるかは、他者が決める。
私が決めることじゃない。
だから自分の言動は決めても、どう対応するのか決めるのだって他者が決める。
なら? 想像するじゃない?
すごーく当たり前の話じゃない?
常にちがうものだから気が合うとうれしいし、楽だし、意見が合うと気分があがることもある。
同じで当たり前って話じゃないし、いつだって合わないもの。合わなくなるもの。合うこともあるもの。
自分の目的に近づきたいのなら? 向かいたいのなら。
いくらでも、アドリブ上等で。
どこまでも、予測して。対応して。
「やるつもりで来たの。お願い」
決意を示すために進む。
アドリブうんぬん。予測も対応も?
結局のところ、妄想に過ぎないのが悲しいところ。
それでも私はやるのだ。
やらずに済むならいいけれど!
みんなでやることやってかなきゃ、ひどいことになっちゃうからなー!
勝算をあげるために、できることを精いっぱいやるぞ?
つづく!




