第二百一話
クレイジーエンジェぅとして顕現した私が空から見下ろしていると、みんなの移動の流れが少しおかしい。
わらわらと楽しそうに逃げていた人たちの姿が見えなくなった。
屋根伝いに待機していたギンやタツくん、青組応援団をはじめとする包囲網を抜けた生徒を迎え撃つはずのカゲくんや神居くん、うちのクラスの面々がばってんをつくって私にアピールしてくる。
『何か動きが?』
スマホから聞こえてきたレオくんに頷いた。
「見つからないみたい。かくれんぼだったら負けちゃうくらい、静か……」
獣耳を立てて耳を澄ませるけれど、微かな物音がそこらじゅうからする。
でもそれは侍候補生のみんなが一年生の刀なしのみんなを探す足音のような気もする。
不気味だ。さっきまでは行事に参加する雑な集団だったのに、それが急に統率者が現われたみたいに動きを揃えて消えちゃうなんて……。
『面白いことになりそうだ。プランBに移行しよう。指令を出す。みなに合図を』
「了解!」
すう、と息を吐いて鳴いた。こんこんこおおおおん! って。
するとみんなが気づいて城に集まり始める。
ちょうど、その時だった。
「あ、あれ?」
屋根瓦を走っていたトモとシロくんの足下にある長屋から生徒が二人出てきた。そしてトモたちに向かってお尻を叩いて挑発している。
そんな安い挑発でも好戦的なトモは放置するわけない。長屋から飛び降りて駆け寄る。
あわててシロくんが呼び止めるけど、トモはスルー。だからシロくんも急いでトモを追い掛ける。
見れば各地で同じように生徒が出てきて侍候補生を挑発して、追ってこなかったらいろんな罵詈雑言を投げて怒りを誘っていた。
動じない人、たとえば岡島くんの隣には茨ちゃんがいて。そんな具合に誰かしらが反応しちゃうから、気がついたら鬼が鬼じゃない人に翻弄されて城からどんどん離れていく。
でも私は空から見ていたから気づいた。
細い屋根の隙間から、大勢の一年生が城に向かって駆けていく様が見えたの。
それはあっという間に城の前に現われた。
山吹マドカ。私の友達を筆頭にした刀なしの別働隊……ううん、きっと本隊が。
彼らはその手に刀を持っていた。あわてて天守閣に待機してるノンちゃんを見たら頭を振る。あれは本物じゃない、とスマホを通じて聞こえてきた。きっと長屋とかに置かれた刀に違いないと。
戸惑う私にレオくんがスマホ越しに呼びかける。
『ギン、君の出番だ。手はず通りに頼む』
『待ちくたびれたぜ』
大勢がその刀を鞘ごと地面に突き刺して、緊張した面持ちで城を見る。
そこには彼がいる。
沢城ギン。
トモと私には神さまの力がある。
それを差し引いて純粋に人間としての戦闘力で評価するなら、誰もが素直に認めるだろう。
彼は特別。彼こそ一番だって。
スマホをポケットに入れて村正をおさめた鞘を手にするギンを前に、真っ直ぐ前に出たのは山吹さんだった。
決意の表情に見る覚悟にギンが鞘ごと刀で肩を叩いた。
何かが起きるんだ、と思った私の昂揚をなだめるようにレオくんが言うの。天守閣へ来いって。みんなはって尋ねたら、今の状況はむしろ望むものだから放置でいいって言うの。
後ろ髪を引かれる思いで眼下の緊迫を見つめる。
何をするつもりなのかはわからない。ただ……山吹さんは、いいようにやられるタイプの女の子じゃない。
狛火野くんが認めた女の子なんだから、絶対に何か考えがあるはず。
どうしてあそこにいるのが私じゃなくてギンなんだろう。
ずるい。
そう思いながら、私は空を駆けていくのでした。
◆
沢城ギンくん。
彼を前にするだけで身体中の毛穴が叫び出しそう。怖い! って。
運動音痴の山吹マドカには勝てるわけがないって。
だけど。
「青澄が城に行くぞ」
刀を手にした木崎くんの囁きに開き直ることにした。
ルミナさんは女子とネットワークを構築していた。いつでも連絡が取れるだけのネットワークを。
ひたすら顔が広いのだ。そんな彼女に連絡を飛ばしてもらって、作戦を伝えてもらった。
そして今、それは実行にうつされつつある。
ありったけの無銘の刀を集め、足の速い生徒で侍候補生のほとんどを引き寄せる。
受験で燃え尽きた九組のみんなならきっとだませる。問題は知恵者で有名な結城シロくんと冷静な岡島くんを引きはがすのが困難だということ。それでも相棒が単細胞ならいけるかもしれない、と木崎くんが言った。
さて、現実はどうか。
周囲に視線を向けた。
羽村くんがこちらに駆けてくる。
「あいつの相手は俺がやる。マドカ、そっちは」
「沢城くんの相手なら、うちが――」
「私がやる」
ルミナさんを制した。みんなを巻き込んだのは私。なら誰より最初に立ち向かうべきなのもまた、私。
「い、いいの?」
「うん。ルミナさんはフブキくんと二人で手はず通りに誘導して」
私の顔を見たルミナさんが逡巡するけれど、フブキくんに肩を叩かれて頷いた。
沢城くんは笑顔で待ってくれているから、私は一度だけふり返ってみんなを見る。
将来が掴めるかもしれない、そこまでいかなくても素敵な力が手に入るかも知れない。
とはいえ学校行事だ。気のない顔をした人がいるかもしれない。
そう思った。
けど……けどね? 一人もいなかった。
士道誠心には、いないんだ。みんなが刀を求めているんだ。
この事実が世界を変える素敵な魔法じゃないならなんなのか。
既に私は理想の中にいる。
その事実に胸が熱くなって、刀を抜いた。
彼らのためになら戦える。彼らの願いのためになら、この身を賭けに勝負に出られる。
隣で刀を抜く音が聞こえる。木崎くんじゃなかった。
「わたくしも、及ばずながら力をお貸し致します」
青澄さんと京都にいた時に見た子だ。
綺麗な子だ。金の髪をしたモデル体型のお姫さまみたいな子が、私のように刀を抜いて隣にいる。
それだけじゃない。続いて刀を抜く音がいくつも聞こえたの。
後ろから。みんなが抜刀していた。地面にそれでも刀の入ったままの鞘が無数にある。
とはいえこれは……これは、想定外。
でも。
「いいぜ、かかってきな!」
挑発する沢城くんに私は走りだす。金髪の子が私の隣に並ぶ。
大勢が私たちの後に続いてくる。
戦いの火ぶたは切って落とされた。
◆
一年生の戦う場面を長屋で眺めながら、私……真中メイをはじめとする三年生は笑っていた。
「一年生激アツだな」
「つい刀探すの手伝っちゃったわー」
「あの山吹ちゃん? いいね」
盛り上がってる男子の声を聞きつつ、隣を見た。
ルルコが興味津々と言った顔でモニターを眺めている。
交流戦の時同様に、各地に設置されているカメラの映像をとらえたディスプレイが設置されているのだ。
「どうしたの」
「……妬けちゃうなあって。あの子たちにはまだあと二年も学生生活があるのが羨ましくて」
「私たちだって熱い三年を過ごしてきてるよ?」
そうだね、とはにかみ笑うルルコが手を伸ばす。
我関せず、常に自由で何者にも捕われない(ただしオタク趣味は除く)サユの手を掴んで、引き寄せて抱き締めて。それでも足りずに私を抱き寄せた。
「マドカちゃん、か……シオリ以来かも。ハルちゃんの影に隠れていたせい? 応援団の頃よりも随分よくなってる」
「ルルコ?」
「メイとラビくんがハルちゃんを指名して、お助け部の一年生は一人空席があるんだよね?」
その言葉に私はひたすら驚いた。まるで彼女を入れたいと言わんばかりの口ぶりだ。
「そんなに気に入ったの?」
「うん……金髪の子もいいけど。でも今、ルルコがとらわれているのは」
画面を食い入るように見つめるルルコの鼓動は、制服越しでもはっきりわかるくらいに高鳴っていた。
「あの子だよ」
◆
金髪の子の突きを主体とした苛烈な攻めを避けて避けて避けぬいて、沢城くんは彼女の腹部を鞘でとらえて強引にほうり投げた。
「てめえは他に任す!」
「なら私が相手だ!」
だからすかさず私は無銘の刀を彼へと振り下ろす。
村正とぶつかりあう無銘が悲鳴をあげる。けれど構わない。
つばぜり合いをしている隙に、私たちの横を生徒たちが駆け抜けていく。
城へ。攻めるなら、団体で。一人でも多く刀を持って。これが私の策の表面だ。
「頑張りやがって……鈴だけ守ってろよ!」
「鬼に立ち向かっちゃいけないって誰が決めたの!」
にらみ合う。それでも沢城くんの膂力に、村正の切れ味に徐々に押されていく。
悲鳴をあげてヒビが入る無銘を見て、咄嗟にその場に屈んだ。
断ち切れた刀身のあった空間を村正が切り裂く。ただのつばぜり合いで起きなそうな現象だけど、この現世に重なる隔離世とかいうところなら何でもあり得るのか。
慌てず急いで後ろに転がる。無様でもなんでもいい。一生懸命走って、地面に大量に突き刺さった鞘の一つから次の刀を抜いた。
そうして構える。ふり返ったところに沢城くんはいた。切り裂いたままの姿勢で。
「……なるほど」
堀を見下ろしてから、刀を鞘に戻して彼は息を吐く。
「てめえが俺の足止め役か。確かコマの野郎の彼女だったか?」
「役不足?」
「ふん……てめえからはハルと同じ匂いがぷんぷんしやがる。そういう女は手強いって経験上知ってるからな、いいぜ。全力できな!」
獰猛に笑う沢城くんに向かっていく。
彼もまたやってきた。
だから、
「――い散れ千鳥!」
仲間さんの声が遠くに聞こえて、次いで閃光が弾ける音がした時に感じた恐怖は尋常じゃなかった。
まさか、もう? 仲間さんと結城くんが戻ってきちゃったの?
「させませんわ!」
総毛だつ私が目を横に向けた時、ほうり投げられていたはずの金髪の子が間に入って雷光を切り裂こうと刀を振るった。
それを防ぐためにか、雷は一瞬で天守閣へとのぼっていく。
立ち止まれない。でも。そんな私の悩みを断ち切るように彼女が叫んだ。
「行って!」
だから開き直って前へと踏み出す。一歩だけで済まない。そうして全力で刀を振るった。
受けてくれる沢城くんは手加減してくれているのかもしれない。
そんな私の甘えを断ち切るように、彼は目にも留まらぬ乱打を繰り広げてきた。
防ぐので手一杯だ。当然、刀が折れる。
当然だ。才能溢れる男の子が、才能溢れる女の子の心血を注いだ刀を振るっている。
対する私は努力を重ねるけど剣道部で最弱で、刀だって無銘だ。
敵うわけがない。それでも私が食い止めなきゃ。誰かの願いに繋がるのなら、この戦線は維持するただそれだけのことにさえ意味がある。
なのに刀がないなら無理。今すぐ刀を。
無銘でもいい。刀を。
最弱だろうがなんだろうが、知ったことか。私が戦うのだ。
だから立ち向かう力が欲しい。今すぐに刀を!
『ならば使え!』
誰かが投げてくれた刀が私の手におさまった。
防ぐ。防ぐ。折れる。
『まだまだ!』
また一本。
防いで、折れて。
『いけるだろ!』
さらに一本。
顔も見れない誰かのアシストに感謝しながら必死に沢城くんの攻撃に立ち向かう。
城から歓声や悲鳴が聞こえる。雷の音、金髪の彼女の気迫も。
遠くで斬り合う木崎くんと羽村くんの怒鳴りあいだって、気づけば遠くに聞こえていた。
沢城くんの繰り出す攻撃だけが意識に鮮明に浮かぶ。
ああ。
弱いなあ。私は。
剣道部に入って、頑張ってきた。ユウや仲間さんに何度も特訓してもらった。
だからこそ身に染みる。生まれ持ったセンスは私にはない。
ずっと黒星だらけ。弱くて弱くて仕方ない。最弱の剣士だ。
それゆえに折れる。
振るうべき力量に見合わず、無銘すら折れてしまう。
青澄さんなら折らないだろう、と思う。
他人と比べても私の腕がどうなるわけでもない、と切り替える。
『諦めるのか!』
諦めたくない。
でも、もう何本目だろう。
わからない。
『折れても立ち向かえ!』
それでも誰かが投げてくれる刀を掴んで立ち向かう。
諦めたくないから。
わかっているさ。積み重ねるしかないんだって。
どんなに愚かな手でも、たとえ間違いでも。愚直にただただ積み重ねるしかない。
叶うまで諦めず、積み重ねればきっと、いつか。
叶うかどうかが問題なんじゃない。どういう自分でいたいのかが問題。
諦める自分を私は許さない。諦めない私でいたい。たとえ愚かでも。
「世界が終わったみたいな面しやがって!」
沢城くんの言葉に歯を噛みしめた。
違う。違うよ。終わってなんかない。そもそも、始まってすらいないのだから。
私は願っているだけ。わがままでいたいだけ。
恋は進んでいる。それは現実を素敵に変える魔法の一つ。
でも士道誠心にはもう一つ素敵な魔法がある。
光り輝く私だけの一振り。
私はそれを掴みたい。
できない事実にぶつかって心が砕けそうになっても、きっと小石になってでも願いにいつか届くと信じたい。
いつか救われると信じたいんだ。
『ならば抗え!』
たくさん折ってしまう。けれどきっと本物に辿り着くその時まで、抗い続ける。
誰かの願いを受けて。私は無銘を振るい続ける。
ユウの村雨ほど綺麗でなくていい。
青澄さんのように身体が変わるほど強烈でなくていい。
諦めなければなんでも叶えられる力が欲しい。
そうしたら、きっと救えるはず。
『マドカ!』
ああ、まただ。誰かの声に混じって、懐かしい声がする。
私を呼ぶ声をもっと聞きたい。
そんな私の願いさえ傲慢だとあざ笑うように折れる。
『前を見ろ! 願いを見ずに、何を見る!』
『おねがい、マドカ! 受け取って!』
それでも見知らぬ誰かが刀をくれる。
だから立ち向かえる。
一分一秒でも長く、沢城くんと斬り合える。
それはきっと、誰かが願いを掴む一秒に繋がるはずだ。
私が立ち向かうことには意味がある。
『そうとも!』『そうだよ!』
折れた刀にだって、最弱にだってできることがあったのだ!
「そうだ、その面だ!」
沢城くんの声が歓喜に満ちる。
わからない。彼の昂揚が。そしてわからない。私もまた昂揚しているの?
剣道の練習試合では体感したことがないときめきが、私の身体を支配している。
なのに刀が数え切れないほど折れたせいなのか、どんどん頭の奥底が冷えていく。
身体に染み込んでくる。沢城くんの無軌道に見えて、受ければ受けるほど息を呑む攻め手の多さに。いつだって彼なら私の首をはねることができるはず。
戦うことそのものを楽しんでいる? いいや、違う。
私が抗う姿を見るのが嬉しくてたまらない。そんな顔で刀を振るうの。
羨ましい。恨めしい。
一瞬でも気を抜いたら終わるけれど、永遠に続いて欲しい意味のある時間がここにある。
私はそれを維持するのに精一杯。でも彼にはまだまだ余裕がある。
それが恨めしい。羨ましくて仕方ない。
きっとこれが才能の差だ。埋められない溝の形に違いない。
名のある刀を持っているから? やっぱり折れた刀たちには意味がない?
私は最弱のまま? 彼が天才だから……決して至らない? 超えられないの?
あの子から逃げた、私のまま?
『マドカ!』
また声が聞こえた。だから、
「――っ!」
違う、と叫ぶつもりで刀を振るった。折れる。けれど村正をはじき飛ばす。
「ッ!」
断じて違う。終わらない。意思をこめて刀を掴んだ。
すべてに意味はある。私の弱さだってきっといつか掴む未来に捧げる一段に過ぎない。
超えられないものなんて、そんなもの!
「――ないッ!」
諦めない。絶対に。
京都では傍観者だった。部活では端っこにいた。恋人は強くなるけれど私は弱いまま。
そんな現実、許さない。
答えは単純。
いやだから。
置いてきぼりは、いやだから。
隣に立ちたいから。あなたの隣にいられる私でいたいから。
「わたしは、」
掴む。絶対に。
だってみんな願うから見るんだ。
いつか夢が叶う物語を。
私の歩く道は必ず続いているはずだ。私が諦めない限り、きちんと頑張る限り。
そうでなきゃ報われないじゃないか。
何年かかっても掴むんだ。できれば今すぐにでも掴みたいんだ。
『――ならば何年と言わず、今こそつかめ! 最後にして最初、至高の一振りを!』
『お願い! マドカ! 私を掴んで!』
聞こえた誰かの声に応えるように叫ぶ。
「ぜったい、諦めないんだから――!」
「ちぃっ!」
私のがむしゃらな攻撃を沢城くんが受ける。
どこにこんな力があったのか、と思う一撃は彼の身体を城へと吹き飛ばした。
空中で身を捻り、壁へと着地する彼は真実、天才剣士だと思う。
けど、私はそれどころじゃなかった。
荒々しく呼吸する私の視界に映る刀の姿は、これまで折れた無銘とは明らかに違っていた。
禍々しい黒と神々しい白の不思議なオーラをまとったその刀は、決して無銘などではありえない。
慌ててふり返る。
山ほど刀を投げてくれたはずの誰かはそこにはいなかった。
無銘の刀をおさめた鞘が、地面にたくさん突き刺さっているだけ。
ならば、手の中にあるこれは最後の一振りなのか。
「はあ、はあっ……な、なんで」
戸惑う私のそばへと着地した沢城くんが笑う。
「抜いたな」
「え――……」
構えた沢城くんのプレッシャーに思わず後退る。だめだ。切れてしまった。
緊張が切れた私の懐に一瞬でもぐりこんだ沢城くんが刀を振るう。
いつもの私なら、剣道部で一本を取られるほど見事な一撃。
にも関わらず、ゆるやかに見えた。ついさっきまでなら絶対に避けられなかったはず。
なのに身を屈めて避けることができた。まるで沢城くんのように。
私は震え上がるほどに驚いたのに、沢城くんはまるで避けることがわかりきっていたかのように刀を振るう。けれど避けれてしまう。鋭さも速度も段違いなのに。
不意に背後に飛んで刀を振るうと、満足したようにその場に胡座を掻いて彼は座るの。
「けっ、また妖怪の類いか」
「え、ええと?」
どういうことでしょう。
「俺にはわかる。てめえの刀は……ハルやあの青鬼野郎と同じ匂いがする」
「こ、困ったな。待って。刀を抜く時には名前がわかるものだとばかり。これ、じゃあ……本当に、あなたたちと同じ刀?」
「てめえで山ほど刀を引き寄せておいて、気づいてねえなら大したバカだ」
「え……」
引き寄せるって、どういうことだろう。誰かが投げてくれていたんじゃないの?
だって誰かが私を励ましてくれていた。あの子の声さえしたんだ。ずっと。誰にも話していない、話せない私の大事な子の声が……だから頑張れたのに。
「まあいい。ここでの仕事は終えた。あんたの後ろの連中も……いい頃合いだ」
もう一度ふり返った。背中合わせで座って荒い呼吸をしている木崎くんは私同様、姿を変えた刀を手にしていて、私に気づいて笑って親指を立ててきた。
それに仲間さんと一緒に地面に倒れている金髪の子の刀もまた、姿を変えている。
「上はどうなったかな……まあ、どうでもいい」
沢城くんの言葉にふと疑問を感じて尋ねる。
「いつだって倒せたはずなのに、それでも私の相手をしてくれたの?」
「レオからの指令はこうだ。もし万が一、鬼を攻めてくる奴がいたら……その中で一番根性ある奴の相手を俺がする。つまりあんただ。金髪と二人の相手はしんどそうだったからな、仲間が来てくれて助かったぜ」
村正をおさめた鞘を片腕に抱いて、沢城くんは微笑んだ。
「山吹マドカ。覚えたぜ、アンタの名前」
「……ど、どうも」
いつもなら喜びと共に炸裂するはずのマシンガンは、けれど不発。
まだまだ余裕たっぷりの沢城くんは、すぐに立ち上がって仲間さんたちの様子を見に歩いて行く。
対する私はだめ。動けない。身体にあるエネルギーは完全にすっからかんで、刀を見ればオーラは消えていた。
けれど、その長さと反りは無銘のそれとは明らかに異なっている。
私の刀だ。私の刀なんだ。
青澄さんのように声が聞こえたならいいのに。ううん。聞こえなくてもいい。
私にとって特別であることに違いないのだから。
それでも刀に願う。
「もしかして……励ましてくれたのは、刀をくれたのは……きみなのかな?」
なんてね、と囁いて私は力尽きてその場に寝転ぶのだった。
つづく。




