第二百話
わたくし姫宮ランにとって今日という機会は待ち焦がれた瞬間でした。
住良木レオさま。住良木グループの御曹司。でもそんな事は(まったくではないけれど)本質とは関係ない。
わたくしの王子さま。その隣にずっと立ちたいと願っていたのです。
憧れていました。才能を持ち、その力を持って気高く隣に立てることを。
けれど今のわたくしはまだ、ただの女子高生に過ぎません。刀はなく、それを癒やす力もないのだから。
思わずにはいられないのです。レオさまのお力になれる自分になりたいと。
侍候補生となったレオさまは会社の人と協力して、ある研究を進めています。
隔離世の視覚化。それはこの世界と侍、そして刀鍛冶のありようを変えるものです。
向かい風も追い風も強い人生をお選びになったレオさまの隣に、わたくしは立ちたい。
一年生屈指の剣士沢城ギンに対する一年生唯一の刀鍛冶佳村ノンのように。
或いは一年生指折りの刀を抜いた二人の剣士、結城シロと仲間トモのように。
それか……副会長とお付き合いしている、あの生徒会の方々と実力者が認める影の一年生頂点、青澄春灯のように。
以上、敬称略です。と、とにかく!
わたくしだって。わたくしだって、レオさまの隣に立ちたいのです!
そのために刀を手にしなくては。
それが無理ならせめて、刀鍛冶となってレオさまのお役に立たなくては。
ゆえにまずは戦う力がわたくしにあるのかどうかを調べたいのです。
今日という日を活用しなくてはいけません!
いけないのですが、ピンチです。
「うおお! 雷やっべ! 超こえええ!」
頭上を仲間トモと結城シロが雷の化身となって駆け抜けるのです。
カジノのある街や遊園地のアトラクションのようだと盛り上がるクラスメイトたちの声に、内心で焦ります。
和やかでのほほんとした空気の中で、果たして戦いに赴く心持ちで刀を抜くことができるのでしょうか? とてもそうは思えません。
一生懸命走っていたら、のほほんとした顔で「がんばってー」と言っているユリカさんを発見しました。ユリカさんは月見島タツキさまの恋人でいらっしゃいます。その身体から月見島タツキさまの刀を出すことができるのです。
そう考えたら、なるほど。ユリカさまは参加の必要がありませんね。
くうっ、羨ましい……! わたくしもそんな力を手にしたいです……!
「鬼が来た! やばいやばい! 分身してる!」
「分身ってなに!? マジで現代ファンタジーかよ!」
「いまどきはやんないぞ!」「なめてんのか! 大人しく異世界いってろよ!」
「きゃっ」
大声をあげて逃げ惑う男の子たちにぶつかられて、よろけて転んでしまいました。
地面が迫る視界にぎゅっと目を閉じたのですが、いつまで待っても衝撃は来ません。
代わりにふわりと香るお菓子の匂い。恐る恐る目を開けると、青髪の鬼の男の子が私を抱きかかえていたのです。
「失礼。怪我はさせたくないから気やすいことをした」
「あ、ど、どうも……助けていただいてありがとうございます」
間の抜けた声を出す私に、青い髪の鬼は微笑みました。
「でもごめん。鈴はもらっていくね」
「あっ」
生徒会から支給された、手首に巻く紐の鈴をぷち、と奪われてしまいました。
青鬼さんに下ろされたかと思うと、彼は走り去ってしまったのです。
ぽかんとしていたわたくしがはっとした時にはもう、その場に人はいませんでした。
な、な、な、
「なんてことですのー!!!!」
◆
マドカ、と呼ばれて私はフブキくんたちに頷いた。
長屋の中には私、山吹マドカを含めた青組応援団の仲間たち四人でいる。気がついたら応援団のみんなで集まっていたんだ。
同じクラスの友達よりも絆が深いのかな。そう思うと少しおかしい。
私たちは隠れて、影に隠れてそっと空を見上げた。
青澄春灯。私たちの自慢の仲間であり、狐の化身となった強い女の子が空に立っている。
足下から煌めく金の粒子に乗って。その姿の神々しさといったら、ちょっとなかった。
みんなして鈴を手でおさえながら顔を見合わせる。
「青澄さん、城を気にしてないか?」
「……うん」
フブキくんの言葉に頷いた。
彼女は城に向かって時折顔を向けて、スマホで話していたよ。
素直な子だ。話す時には人の顔をちゃんと見る子だ。
だから城にきっとスマホで話している相手がいるのだろう。
ひょっとしたらそれは、空から全体を見渡す彼女が伝えるべき情報を活用する人物で。
もしかしたら一年の侍候補生の中心人物かもしれない。
「追い込み半端ないぞ。刀……欲しけりゃ自分たちを倒せといわんばかりだな」
同じクラスでそばにいるのは木崎くんだけだ。
闘志を燃やした瞳は城を睨んでいる。
けれど外には出られない。九組の生徒が、それも眼光鋭い男の子が陸上部の男の子と二人で歩き回っているせいだ。私たちを探しているに違いない。
「おいおい。授業で剣道やってるくらいで、なんかRPGの化け物みたいな連中を倒してるあいつらに勝てる気かよ」
呆れた顔をして小声で話すフブキくんとは違って、フブキくんと同じ六組のルミナさんは笑っていた。
「うちは勝たなくてもいいと思う」
「なにいってんだよ、ルミナ! やるなら勝つしか道はねえだろ! フブキもだらしねえこと言ってんじゃねえ!」
木崎くんに思わずしーっと呼びかけずにはいられなかった。突然大声出すなんて、どうかしてる。それくらい許せなかったのかもしれない。勝ちを手放すということが。
木崎くんの勢いにフブキくんが唸る。
「べ、べつにだらしないこと言いたいわけじゃねえって」
「二人とも落ち着いて。それに木崎くんは単細胞。ちがうよ? このゲームは鈴を取る取らないでごまかされているけど、本当の目的はうちらが刀を抜くことでしょ?」
自然体で話しているように見えるルミナさんの手は、けれど小さく震えていた。
怖いのかもしれない。でもしょうがない。
人が空を飛び、雷になる。そんな光景を目の当たりにして落ち着いていられるほど、私たち刀を持たない生徒の日常はまだまだちっともファンタジーになってない。
でも、待って。冷静に考えてみて。
私はどう? 私は怖がっているのだろうか。
自分の心に尋ねてみると、これが不思議と落ち着いている。
士道誠心に入る時、願っていた。運動音痴の私でもできる何かを知りたいと。
狛火野ユウくんの葛藤に触れ、彼を思わずにはいられなくなった。
力と恋。それはどちらも古より続く魅力溢れる道だ。
私はどちらも手にしたい。駆け抜けていきたい。女の子はわがままにできていると私は信じている。
まだ、一年も過ぎてない。なのに同じ一年の侍候補生たちは既に私たち刀なしの手の届かないところにいる。まずは隣に立ちたい。だって置いてきぼりなんて。
それを許せる? 置いていかれて、現代に生きるただの学生のままでいられるの?
私はいやだ。
同じ門をくぐった仲間たちが今はもう随分先に進んでいて、そこから手を引かれて導かれるなんて……そんなの断じて、許せない。
学内トーナメントで青澄さんが叫んでいた。
折れない、それが自分だと。
なら私は諦めない。絶対に。
願いを叶えるまで、決して諦めたりなんかしない。
「やりたいことがあるの」
私の言葉に三人が私を見た。
「特別体育館は昔の……江戸時代くらいの日本の都市を再現した超巨大ホール。江戸時代ともなれば、とうぜんあるよね。武器が」
そっと視線を壁に向けた。
設置されているのは――……刀。
「あの刀には侍候補生のみんなや刀鍛冶の言う、魂とやらはないかもしれない。それでも」
「竹刀代わりにはなる、か……へ、いいぜ。乗った!」
木崎くんが攻撃性を剥き出しにするように笑った。伸びた犬歯の野生は頼もしい。
「うちも当然乗る。やられっぱなしは好きじゃないからね」
言い終えてすぐ、瞼を伏せて深呼吸をしたルミナさんの手はもう震えていなかった。
だから三人でフブキくんを見たよ。すると彼は肩を竦めた。
「もちろん俺も……どうせ男に生まれたのなら、手にしてみたいぜ超能力ってな」
しょうがないからついていく、という体裁を取るところは高校生男児って感じだ。
なんだかおかしくてみんなで声を潜めて笑う。
青組応援団の絆は今もここにある。あの子とは立場が今は違うけど、だとしたら目に物見せてあげないとね。
青き勝利を掴み取るのは彼女だけじゃない。私たちも、あの子の仲間なのだから。
「抜くよ、みんなで刀を掴み取るの。覚悟はいい?」
私の言葉に三人は力強い笑顔で頷いた。
作戦を告げながら決意する。
さあ、反撃の時間だ!
つづく。




