第二十話
それはシロくんとカゲくんの二人に誘われて、三人でお昼休みの学食でご飯を食べていた時のことだった。
「お、おい、あれ」「ああ……」「白銀の君……」
ざわつく学食に顔を向けると、長蛇の列を作っていたみんなが一人の女の子に見とれて道を譲っていくの。一人、また一人と。
その間を通り抜けていく女の子を見て思わず目を見開きました。
銀色の腰まで伸びた髪、ブラウスと膝丈のスカート姿なのにまるでドレスでも着ているかのよう。
お人形さんが優雅に歩いているような、そんな雰囲気さえあるの。
腰には蛇がまとわりついているような鞘。
それだけなら綺麗で絵になる光景でした。それだけなら。
「すげえ……今日も満腹定食三人分だ」「さすがだぜ、白銀の君」「ご飯が天井に届きそうだぜ!」
両手にそれぞれ持っているトレイは揚げ物富士山盛り、白米は天井に届きそうな芸術的なアーチを描いている。味噌汁はラーメン一杯くらいありそう。
しかも意識して聞いてみればわかるの。
ざわつくみんなの足音にまぎれて、一歩進むごとに「ぐううう」「きゅるるるる」とか鳴ってるのです。
美貌に見とれて意識を忘れちゃうけど、よく見れば唇の端からヨダレも垂れています。
……あの美貌、あのスタイルで腹ぺこキャラ。
しかもあれだ! 「私食べても太らない体質なんですよね」系キャラだ!
羨ましい、わけてください! 私食べたらお腹だけが太るんです!
「……お」
他の男の子達同様、シロくんが目を奪われている。
しょうがない、あれは目を引くよ。
だから、
「……なあ、青澄さん」
「へ!?」
隣に座っていたカゲくんが小声で話しかけてきたのにはびっくりした。
女の子好きそうなカゲくんが無反応って意外すぎる。
「放課後、付き合って欲しいんだけど」
「ど、どうしたの?」
「ちょっと、話聞いて欲しいんだ。いい?」
「別にいい、けど」
「やりぃ!」
カゲくんは嬉しそうに笑って「じゃ」と言って、トレイを手に立ち去っていってしまった。
どうしたんだろ?
立ち去り際、白銀の君と呼ばれた腹ぺこ美少女を見て切なげな顔をしているように見えた気がして、もやもやしている内に私の天ぷらそばはだるんだるんののびのびになってしまいました。
……とほほ。
◆
放課後の学食で、私は苦笑いをしていました。
「エンジェぅー」
隣の席から抱きついてくるツバキちゃんは、どうやって高等部にもぐりこんだのか。私のそばにいたいらしくて、むげに出来ないのです。
「エンジェぅ、昔の姿にちかづいた! ちからをとりもどした!」
わーって歓声あげながら眼帯を見つめられても、その。困ります。
「ご、ごめんカゲくん。ちょっとその……」
「いい。俺も諦めた」
向かい側の座席に腰掛けて、カゲくんはあきれ顔だ。
二人で何度も説得しようとしたんだけど、そのたびに泣き出しそうな顔するんだもん。
ぱっと見完全なるか弱い美少女なので、罪悪感がね。ひどくてね。
男の娘の涙には勝てなかったよ……。
「まあいいや、中等部なら」
ため息をつくと、カゲくんは言いにくそうに何度も口を開いては閉じてを繰り返して。周囲を見渡して……私の荷物を見て、さらに深いため息をつくの。
放課後の学食は人が疎らで、そばで私たちの話を聞こうとするような酔狂な人はいません。
みんなしてコーヒーとかコーラ片手に顔を背けるから、顔見知りがいるかどうかもよくわからないの。
知り合いがいるか以上に気になるのかも。
私の荷物に立てかけて置いてある二振りの刀を今はじっと見つめていた。
ううん、訂正。妙に恨めしそうに見ているよ。
「……その」
いいから吐けよ! と言っちゃうなんて無理。出来ない。
一生懸命しぼりだそうとしているのが丸わかりなんだもん。
だからツバキちゃんの頭を撫でながら、のんびり待つ。待つよ、私。
「刀って……どんな風に見えるんだ?」
やっと出てきた言葉がそれで、だからカゲくんの悩みはすぐにわかってしまった。
「刀のこと、見えない……の?」
「……この学院に、高等部に入るヤツに必須の資格だってのにさ」
皮が裂けちゃうくらいの強さで、手を握りしめている。
「ニナ先生のも、お前のも……俺には見えなかった」
んぅ? と顔をあげるツバキちゃんに笑いかけてから、悩む。
答え方難しい。難しすぎるよ。
カゲくんはいい人だと思う。気さくで、明るくて。
だから経験値の少ない私のコミュ力で傷つけたくない。
ちゃんとクラスメイトとして、向かい合うこの距離感で話したい。
が、がんばるぞ。えっと。
「な……なにか、わけがあるのかも?」
「適当なこというなよ」
わんあうと。
「先生に聞いてみたりは?」
「したけど教えないの一点張りだった」
つうあうと。
や、やばい。いきなり追い込まれましたよ?
くっ……う、ううん……。
へ、下手なこと言うからだめなのかな。
えーっと。えーっと。
「カゲくんは、どうして困ってるの?」
「それは……その」
顔がふいっと背けられる。
眉間の皺がひどい。
「ある人のために、俺はどうしても刀が欲しいんだ」
「ある人?」
「……好きな人がいる」
「「なんですと」」
カゲくんがぼそっと言った瞬間、私とツバキちゃんは俄然前のめりに。
周囲もざわついた気がするし、カゲくんの背中越しに座っている人が咳き込んでいる。
けどごめん、それどころじゃない。
「好きな人」「とは」
「な、なんだよ! お前ら! さっきまでの空気はどこへ!」
「そんなことより」「好きな人とは!」
ふんふん、と鼻息を出す私たちに負けたのか、カゲくんが「ああああ」と身もだえしながら髪をかき乱した。
「ったく、柄じゃねえな! ちびっこは知らないかもしんねえが、青澄さんは見ただろ? 白銀の君」
「ああ、お昼休みの?」「しってる……中等部でもゆうめい。びじん、はらぺこ、つねになにかくってる、さいきょーじょし」
ツバキちゃんが机を指先で叩きながら教えてくれる。その一つ一つにカゲくんが頷いた。
「白銀の君。抜かずの白ウサギの双子の妹で、名前をユリア」
ということは……ユリア・バイルシュタインっていうんだ。
ラビ先輩の双子の妹かあ、美人なのも納得。イケメンと美女の双子兄妹とか最強かよ……。
先輩が私の下着姿見ても動揺せず妙に慣れている感じがしたのは、じゃあユリア先輩がいたからなのかな?
「彼女が睨むと誰もが身動きを封じられてしまう。結果、誰もが兄同様、刀を抜いたところを見たことがない。二年の最大の謎、それは兄と妹どちらが強いのか、そして二人の刀はどんなものか……というくらいの人らしい」
噂で聞いただけだけどな……そう言ってごまかすカゲくん。
なんだか顔が暗かったので、ツバキちゃんに目配せ。
「おまけに美人」「むねばいんばいん、こしきゅーっ」
真顔で冗談を言う私とツバキちゃんにカゲくんが顔を真っ赤にした。
「そ、それはいいだろ、それは」
「男の子的に大事なところでは?」「まちがいないとおもわれる」
意識してますよね? ねーっ! と盛り上がる私たちにカゲくんは咳払いをしてごまかした。
まあいいですけどね。元気出たみたいだから。
「……俺、適当な気持ちでこの学校受験した帰りにさ。ユリアさんに助けてもらったんだ」
「え」
「ニナ先生の言っていた邪なるものに襲われたんだ、と思うんだけど。あんまよく覚えてなくて」
テーブルに頬杖を突いて、遠くを眺めるカゲくん。
「覚えてるのは、見えない刀を抜いて俺を庇ってくれたユリアさんと、彼女を泣きそうな顔で見てる彼女のお兄さんで」
たぶん、と呟いてから。
「刀を抜いたら、死ぬとか……言ってたと思うんだ。意味わかんねえし、誰に言っても信じてもらえなかった」
あんまり悲しそうに俯いちゃうから何かを言わなきゃ、そう思ったけど。
「ならもう……」
カゲくんには必要なかった。
「俺が助けるしかないと思って」
あっけらかんと笑って言えちゃうカゲくんは、凄くかっこよかった。
「刀が欲しいけど見えないから困ってたんだ。でも、なんでかな。青澄さんに話してすっきりしたわ。らしくねえな、もやもやしてんの」
ありがとな、と笑って立ち上がるカゲくんにあわてて声を掛ける。
「どうするの?」
「獅子王……や、ライオン先生にお願いして、刀が出るまで稽古つけてもらうよ。断られても曲げない。手に入れるまで粘る」
お前に話せたおかげで決まった、なんてすっきりした笑顔しちゃって。
『いい男じゃの。成長の見所があるぞう。声をかけなくてええんか?』
『たわけが。想い人がいるのに野暮だろう』
『なにをいう。横恋慕も立派な恋じゃぞ? それはそれで楽しいぞう? まあ妾はさせる方が好きじゃがのう』
頭の中が残念系。でも、二人の声を聞いて私も気持ちを改めたよ。
「一緒に行く。私ももっとちゃんと、刀のこと知りたいし……話を聞いたからには、ご一緒したいです」
「エンジェぅ」
「ツバキちゃんはお留守番ね」
頭を撫でてから立ち上がったら、カゲくんの後ろの席の男の子も立ち上がった。
「いっ、いい加減、声を掛けるタイミングがなくて困っているんだが!」
ややふり返ってみせた男の子はシロくんで、そのほっぺたは真っ赤っかで。
「八葉! みっ、水くさいぞ、お、おおお、同じクラスメイトじゃないか!」
「……お前、結城」
立ち聞きはどうかと思うぞ、とツッコミを入れつつカゲくんが笑った時だった。
「待て。二人だけでいい雰囲気になりやがって」「俺たちもいるのを忘れてもらっちゃ困るぜ」
疎らだった学食で、座っている人が一人、また一人立ち上がる。
みんなうちのクラスの男の子だった。
なんていうか、もう。ほんとに……ばかばっかり。愛しい大好きなばかばっかりだ。
「てめえら! 最初に声をかけろよ!」
思わずカゲくんが大声でツッコミを入れたし私も同意なんだけど、
「なにやら思わせぶりな顔で我がクラスの唯一の花を連れ去り」「だが浮かれもせず青春の悩みを口にする」「そんな思春期男子に! その気持ちがわかる俺たちに、何が出来る!」
みんなそれぞれが集中線を背負って、ひどく残念なことを言っている。
あと花とか言わなくていいからね。私は草みたいなものですよ。
「えーと。つまり、みんなもいきたいの?」
「「「「当然だ!」」」」
私の問いに異口同音に頷くみんなを見渡して、ばつが悪そうに頭を掻いてからカゲくんは俯いて……不意に笑った。
「シロ、お前頭がいいんだよな」
「え? あ、ああ、学力ならな。一応、学年主席だが」
急に呼ばれて赤面しながら、シロくんがメガネのツルを押し上げる。
「なら知恵を出せ。ライオン先生の説得は任せたぞ。それから、ハル」
「は、はいっ」
「あとお前ら!」
「「「「おう!」」」」
「ちょっと付き合ってくれや」
無邪気に笑うカゲくんに、みんなで頷き……職員室へ向かった。
クラスのみんなで押しかけ、カゲくんを中心にしてシロくんが説明すると、ライオン先生は一瞬物凄く嬉しそうな顔をして、そばにいるおじいさん先生の咳払いで居住まいを正した。
「気持ちは嬉しい。男児の決意、クラスが一丸となったこの瞬間に応えずして何が担任か」
では? と意気込むシロくんに、ライオン先生は笑顔――というには獰猛すぎる笑みを浮かべて、宣言した。
「俺の特別指導は厳しいぞ」
聞いただけでぞっとするような声なのに、私たちの目は燃えていた。
だって、だってこれって、なんだかすっごく……青春っぽい!
つづく。




