第二話
「遅刻遅刻ーっ」
まさか人生でこんなベタな台詞を言う日が来るなんて。
けどしょうがない。本当に遅刻しちゃうぞ、ピンチだぞ。
入学式に遅れて入るとか高校生活がまるごと黒歴史化しちゃうぞ、ピンチだぞ。
そんな思いでバスに乗ろうとしたら、まさか満員で無理だなんて。
しょうがないから校門前まで走って、やっと辿り着いた時にはもうすっかり息が上がっていたんです。
こんなことなら、実家飯との別れを惜しんで食べたうちのご飯……大盛りにしてもらうんじゃなかった! 姿見と見つめ合いすぎたことといい、舞い上がり過ぎですね。てへ!
……おかげで横っ腹が痛すぎるつらい。私のばか。
「はあ、はあ……」
ちょっと、待って。せめて息を整えて――そう思った時だった。
ぱからんっ、ぱからんっ、ぱからんっ。
ひひーん! ぶるるるるるる!
「え」
テレビやゲームでおなじみの蹄の音に馬のいななき。
恐る恐る顔を上げると、いた。
「おいそこの。のんびりしていると遅刻するぜ」
左に四本、右に四本。合計八本の刀を帯びた親方さ……もとい、野性味のある男の子が。
……もう驚かない。もう驚かないぞ。ほら、昔から言うじゃない?
二度あることは三度あるって。
そうとも、今はそれよりも遅刻だ――ひどい現実逃避だ――負けるな青澄春灯!
「い、急ぎます、けど、ちょっと、その。息が上がっている、といいますか」
でも無理。刀から目が離せないどころの騒ぎじゃない。
白馬に跨がってる。なんで。白馬なんで。
気になりすぎて頭が真っ白です。
「しょうがねえなあ……」
そう言うなり白馬から降りると、伊達でいなせな男の子は「ちょいと失礼」私の腰を抱えて白馬に腰掛けさせた。
強引だけど、痛くないし……男の人に接近されてどっきり。
いや違う、そうじゃない。そうじゃないだろ。
でも無理だ。白馬と八本でそれどころじゃない。
「いくぜ」
「へ?」
「ハリアッ」
伊達男が言うなり白馬が前足を高く上げた。
身体を保てない私を抱き留め、伊達男が向かった先は体育館で、目を白黒させている私をそっと地面に下ろしてくれる。
「いきな。聞いた話じゃ新入生は並んだ座席に適当に座ればいいらしい」
「ど、どうも」
「あばよ」
唇の右端をつり上げて笑うと、伊達男は行ってしまった。
な、なんだったんだろう、あれは……。
きーんこーん、かーんこーん。
「あっ」
いけない、遅刻するところだったんだ!
私はあわてて体育館に入りました。先生達や上級生の方に誘導されて、伊達男が言っていた通りステージ前に並んだ座席に腰掛けます。
ふう、危ない……ぎりぎり間に合ったみたい。
ほっとしていたのもつかの間で、すぐに入学式が始まったよ。
つつがなく進行していく式のプログラムの中で、
「我が私立士道誠心学院高等部は、諸君ら若き学徒を迎え入れることに相成った。我が校の精神、それは男女とも強くあれ、という単純にして困難な道を乗り越える力をつけてもらうことにある――」
妙に仰々しい挨拶をする学院長先生の話の後、新入生の挨拶になったの。
「通年、一名しか出なかった刀の御霊に認められし侍候補生が四名出ました。四名は壇上へ」
あれ? 進行係の人のスピーチ内容がおかしくない?
なんだろう、刀の御霊って。侍ってなに?
私と同じ一年生たちがみんな、ざわつきながらステージを見る。
そこには三人の生徒が並んでいた。
痴漢から助けてくれた犬っぽいイケメン、王子さまみたいな人、伊達男。
「あれ? 一人……足りない?」
そう呟いた時だった。
「ふゎ……ああ……今、なにやってんの?」
隣に座っている男の子が欠伸をかみ殺しながら私を見つめてくる。
くしゃくしゃの髪で、死んだ魚のような目で、退屈そうな顔をしていて。
けれど腰には、あの三人と同じ刀がさしてあった。
「ええと……新入生の挨拶です、けど」
「じゃあ出番か。マジめんどい……それよりお前、なんかいい匂いするのな」
死んだような目に光が灯った。
私を見る視線に異様な力がこもる。
「うまそうな匂いだ……お前、食っていいか?」
「あ、あの?」
初めて浴びせられた強い感情にどう答えればいいのかもわからず、戸惑っていた時だった。
「新入生代表、早く壇上へ」
「ちっ、うるせーな……はいはい、わかりましたよ」
進行係の人の声にため息をついて立ち上がると、彼はゆっくりとステージに歩いて行ったの。
みんなが見守る中、ひょいっと本当に軽々ジャンプしてステージにあがってしまったよ。
「今年の生徒を紹介いたします。まず、狛火野ユウ」
犬っぽいイケメンが緊張した顔で慌て気味に頭を下げたの。
なんとなく、親近感。
あんなところで名前を呼ばれてもどうしていいのか、私ならわからないもの。
「住良木レオ」
王子さまみたいな男の子が優雅に会釈した途端、女の子たちが見ほれていた。
香水かな……あの時感じた匂いも素敵だったけど、振る舞いから何から生まれ持ったオーラみたいなのがあるの。
背景に自然と華とか光が飾られそうな、そんなきらびやかな雰囲気があるの。
「月見島タツキ」
伊達男は会釈する気がないようです。
犬歯の目立つ、凄味のある笑顔で会場を――ううん、先輩達を睨んでいたよ。
ず、頭上に火花が。火花が散っていませんか?
「沢城ギン」
あの死んだ目の人、呼ばれたのにどうでもよさそうな顔でけだるそうに突っ立っている。
ううん、待って。誰かを探して視線をさ迷わせて……にい、と笑って。
それからすぐ、私の方をちらっと横目で見た……ような?
「新入生の皆さん。この学院の生徒には特例として、帯刀が認められております。その刀が斬るは肉にあらず、邪なる心なり」
その言葉に上級生達の席から妙な圧力を感じた。ひ、ひええ。
「しかし刀は誰もが持てるものではありません。刀に見初められし者にのみ許された特権です。入試の時に、御珠に触れる機会があったことを覚えておいででしょうか」
ええと……どうだったかな。
思い出してみると、そんなことがあったような気もするよ。
テストが終わった時、受験生が一人ずつ占い師さんが使うような水晶玉に似た、透明の珠に触れたんだ。
ちかっと光ったような気がしたけど、それだけだったから……すぐに忘れちゃったの。
「彼らは選ばれたのです。しかし臆することはありません。御珠に触れ、認められる機会はまだあります。そも、素質があったゆえに入学出来たのです。それに何も道は侍候補生になる、その一つだけではありません」
選ばれ……認められる。じゃああの光は、なんだったのかな。
「ともあれ力を認められた者には学費や寮生活など、様々な特権が与えられる可能性があります。なので学院長が仰られたこの学校の精神を忘れず、日々を過ごしてください」
その挨拶は凄いインパクトだったの。
つまりあの四人は、なにかすごいものに選ばれた人なんだ。
御珠っていうのが何か、刀に見初められるっていうのがどういうことなのか理解できないけど、それでも……刀を差しているあの四人が特別なのはわかる。
だって刀だよ? この現代に。
そりゃあ人気を博したのは事実だろうし、刀の展示が盛り上がっているらしいのも事実だけど。
だからって男の人が刀を持って歩かないでしょ。コスプレ会場じゃあるまいし。
むしろ女性の綺麗だったりかっこいい人がやるイメージ……あれ!? もしかして私ってば、偏ってる!?
お、おほん! 落ち着け、落ち着くんだ私……と、とにかく!
この学校によってはこれが自然なんだ。
そしてその特別感が、私にはたまらない。
私もまたこの学院の生徒に認められた……ってことなのかな?
ううん、困ったぞ。
ちょっとどころじゃなく全然自信ないの。
決して私は勉強が得意じゃない。それこそ中学時代は下から数えて一番目でした。えへ! ……死にたい。
だ、だから頑張ったの!
来る日も来る日も勉強して、三つ年下の弟に指導される屈辱さえ乗り越えてやっとの思いでこの学校に受かった時には、両親ともども泣いて喜んだくらいのレベルなんです。
私は受かりたくて、通いたくて受験したの。
この学校以外受けていなかったくらい、不退転の覚悟だったの。
だって、もう特別があふれてるよ? それは私にとって喉から手が出るほど欲しいものだったから……もっと確かめておいてもよかったけどね。
しょうがないんや。勉強でいっぱいいっぱいだったんです。
悲しいけど、私……どちらかといえばばかな方でした。
だめだ! こりゃ!
いやいや、そんな自分を変えるためでもあるだろ。
がんばれ、私。
「むん!」
意気込んで、先生に案内されるまま辿り着いたクラスを見て、私の頭は真っ白になった。
「え……なんで男の子だらけなの?」
女子が一人もいない教室を前に私は頭を抱えた。
あれ、あれ。
これからどうなる、私の学生生活――!
つづく。




