第百九十八話
夏休み明け、寮から学校に向かう道すがらトモと二人で夏休みの話をしてたの。
私の夏休みはほぼほぼカナタと緋迎家とあったせいかなあ。
「ほとんど通い妻だよね」
トモにご指摘いただいちゃいました。いたた。でも否定できない。
別に事実婚を狙っているわけではないのですよ。ほんとに。
「夏休みイベントの定番、花火や水着はなし?」
「んー。プールに遊びに行ったりはしたけど。トモたちが討伐隊で忙しかったのもあるし、今年はしゃんとして強くなりたかったから。あんまりはしゃぐイベントなかったかも」
もちろんお盆は幸せいっぱいでしたけど!
「そっかあ。なんか必殺技とか手に入れたりした?」
「んー。ソウイチさんに鍛えられたけど、特にそう言うのは」
強いて言えば空を歩けるようになったことかな。
霊子も金から黒にいつの間にか戻っていたし、なかなか少年漫画の主人公のように一気に強くはなれないみたいです。
校舎に入りながらぼやきました。
「強くなるイベントでもあればいいんだけどなあ」
「強くなってもらうイベントなら、あるよ」
笑顔のトモがぴっと指差す先には学内掲示板があります。
そこに人が集まっていました。一年から三年まで、たくさんの人がいるの。
なんだろう? トモに手を引かれるままに人だかりにまぎれこんで、掲示板を見る。
そこには生徒会からのお知らせが掲示されていました。
『来たれ! 侍希望者!』
なんだろう、と思って中身を読んでみた。なになに?
「刀を抜いてみないか。来る後期学内トーナメントに向けて、侍候補生と全力で遊戯に挑む。もしかしたら……刀を抜けるチャンスかも?」
落ち着いた文章はきっとコナちゃん先輩以外の誰かが書いたものに違いない。
「ねえトモ、この侍候補生は誰になるの?」
「生徒会が参加を呼びかけるんだって。直接声を掛ける生徒も何人かいるみたい」
「ふうん……」
それはちょっと大変そうだなあ、なんてのほほんと考えていた私です。
当然、それで済むはずなかったのにね。
◆
夏休み明け一発目のホームルームが終わった。
ライオン先生から席替えの提案があったけど、別に今のままでいいよねっていう空気だったのでみんなで辞退。
それよりもみんなの意識は一人の女の子に集中してました。
そう! 誰あろう茨くん! いや、今は茨ちゃんか。
スカート姿なの。開き直ったのか、それとも岡島くんが口説き落としたのか。女子の制服姿で落ち着かなさそうな顔で座ってました。
女子が一人から二人に増えました。ただし顔ぶれは変わってない。これってなかなかにすごい状況なのでは? そう思いはしたけど、井之頭くんと岡島くんが前と変わらず自然に茨ちゃんと接していたのでみんなも私も余り気にしない方向性でいくことになりました。たぶん、きっと、みんなの脳内で!
結果、ほほえましい顔で見守る私たちのあたたかい視線に耐えきれなくなった茨ちゃんが自ら、触れないならそっとしておけ、それが無理なら絡め! と怒ったので、みんなでもみくちゃにしましたよ。なにちょっと可愛いんですけど! ってね!
そうしてさんざんわいわいやった一日目が無事に終わって、さあ士道誠心お助け部に行こうかな! って思った私の元にやってきたのはコナちゃん先輩だった。
「ハル! ハルはいる!?」
「は、はい!」
ここに、と言いつつ扉の方へ歩いて行くと、やってきたコナちゃん先輩に首根っこをがっと掴まれて引きずられていきました。
あれ。なんだろう。既視感あるよ、この状況。
ずりずり引きずられて向かった先は生徒会室だ。
同じ部活のラビ先輩もシオリ先輩もいる。
生徒会、強制招集。
なんとなく嫌な予感を抱きながら、私は首根っこを解放したコナちゃん先輩に尋ねました。
「あ、あのう。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「刀を抜くゲームの参加者になってもらうわ!」
ああ、やっぱり。
ですよね。それしかないですよね、と内心で思いながらも。
「え、えっと。適任者は他にもいるのでは?」
無駄な抵抗を試みた。
「あなたがいちばん適任だわ!」
無駄でした。早いよ! 即座にオチがついちゃったよ!
「コナ、それじゃわからないよ」
シオリ先輩がしょうがないなあコナは、と慈愛に満ちた顔をしているのが解せない。
「ハル……こほん! 説明すると、鬼ごっこに幾つかルールを足したゲームをするんだ」
カナタが咳払いをしてから話してくれた。
ラビ先輩とユリア先輩はカナタに委ねる姿勢。コナちゃん先輩はずっときらきらした目で私を見つめている。
「鬼ごっこ?」
「ああ。刀を抜きたい参加希望者には鈴をつけて逃げてもらう。侍候補生は鬼となって、その鈴を奪う」
「……ほう」
「鈴を奪われても、鬼から鈴を奪い返してもいい」
え。え。アウトになるとかじゃないの?
「戦う意志、あらがう意思を剥き出しにすることで自我を露出させ、心そのものである刀を抜く行為に繋げる。後期最初の目玉行事だ」
「……え、ええと。待って? 士道誠心の御珠は二つだよね? 天守閣と神社にあるのだけ……なのに場所を制限しないで刀って抜けるの?」
「もちろん会場は御珠のある特別体育館で、しかも霊子の漂う隔離世で行う」
そ、それだけでなんとかなるものなの? 私と九組のみんなが抜いた時は神社のそばだった記憶があるのですが。
そんな私の疑問をお見通しなのだろう。カナタは眼鏡のツルを中指でくいっとあげて言いました。
「刀鍛冶の生徒総出で、支給された御珠を解放する。いわば特別体育館の中を御珠の力で満たすんだ」
「……だから、抜刀できる?」
「ああ」
頷いたカナタの言葉を引き取るように、ラビ先輩が言うの。
「侍候補生、とりわけ身体能力が高い者を選抜して、参加希望者を追い込んでもらいたい」
「……なるほど」
そうなると、タマちゃんの身体能力を持つ私は確かに適役かもしれない。
「で、でも。参加希望者って多いんですか?」
「士道誠心は元々侍候補生と刀鍛冶の育成学校だからな。志望率は高いよ」
「例年では刀を持たない生徒の九割が参加する」
ラビ先輩の言葉に続けて説明をしてくれたシオリ先輩に目を見開く。
「きゅ、九割ですか? それは多すぎなのでは」
「ああ。だから学年別に実施する」
しれっと言ったラビ先輩に思わずぎょっとした。
「ま、まってください。一年生の侍候補生とそうでない生徒の割合ってぶっちゃけ一対九なんですけど! まさか鬼まで学年別とかいいませんよね?」
「それも面白そうじゃない?」
にこにこ笑顔で、また、そんな無茶を! しれっと言うなあ! ずるい! ラビ先輩! そこも好き!
「どうする? 後ほど一年生の鬼になってくれる生徒に確認はするが、まず士道誠心お助け部に選んだハルちゃんに聞きたいね」
ラビ先輩だけじゃない。士道誠心高等部生徒会一同が、楽しそうな顔で私を見つめていた。
なんとなく思いついちゃったよ。きっと今回の鬼ごっこは学校の恒例行事だ。
なら、ラビ先輩の提案は今年初かな? ううん、去年もきっとラビ先輩たちの誰かが呼び出されて同じ説明をされたんだろう。
「一つ確認なのですが……去年はラビ先輩が呼び出されたんですか?」
「シオリも一緒だったよね」
ラビ先輩が呼びかけると、シオリ先輩が涼しい顔で頷いた。
「ボクとラビの二人。別に一年の総意を尋ねてるんじゃなくて、形式的なものだから固くならずに君の気持ちを素直に答えて」
「あなたなら、どうしたい?」
かぶせてきたコナちゃん先輩の問い掛けに悩む。
私自身はどうしたいか。みんなの気持ちはさておいて、私自身の願望はなにか。
一年生と対峙するべき生徒は、だれ?
脳裏を過ぎるのは、私の知っている一年生のみんな。
ギン、タツくんにレオくん、狛火野くん。
そしてトモと、うちのクラスのみんなだ。
姫宮さんにユリカちゃん、山吹さんにフブキくんたち青組の仲間たちは刀を持ってない。
どうだろう。私が刀を求めていたら。掴める機会に立ちふさがるのが上級生だったら。
ちょっと思ってしまうかもしれない。敵うわけがないって。
刀を手にする前の私だったら、弱音を吐いてしまうかもしれない。
でも刀を手にした今の私は思わずにはいられない。
刀とはどんな障害があろうとも伸ばすからこそ、与えられる力の結晶なのだと。
……だめだ。これだと考えがまとまらない。
もっと素直に考えてみよう。
鬼ごっこってどんな遊びだろう。大勢でやるけど、鬼は一人だ。タッチされたら交代。鬼は常に一人。でも今回のルールを聞く限り、鬼は交代しない。鬼は鬼のまま。大人数を相手にするのに、一人は無理。少なくとも一年生だけでやるなら、最低限いま刀を持っているみんなの力が必要だ。
そして今回の目的は何か。
刀を持っていない人たちを窮地に追い詰めること。そして抗おうという気持ちを誘発すること。
刀持ちの侍候補生の先輩たちはみんな、すっごくつよい。それは胸を張って言えることだけど、でも……同時にあきらめを呼んでしまいそうだ。
それじゃあだめだ。抗おうと思えるだけの気持ちにさせるなら、先輩たちが出るのなら手加減してもらうことになる。それは……参加希望者が本気なら、ちょっともやもやする。
本気を引き出すのは、いつだって本気しかないと思う。
それなら……じゃあ、もう。答えは一つだ。
「私なら、一年生だけがいいと思います」
私の答えにカナタとコナちゃん先輩がそろって口元を手で隠した。
シオリ先輩とユリア先輩は二人して目を伏せる。
そんななか、ラビ先輩がきらきらした目で私を見つめて尋ねるの。
「なぜかな」
「だって。遊びは本気でやるから楽しいものですよね?」
それが成立するのは、入学して同じ月日を過ごした学年だと思うから。
「一年生と本気で遊びでぶつかれるのは、まずは同じ一年生だと思います」
私の言葉に何度も頷いて、ラビ先輩が帽子を目深にかぶった。
「よろしい。生徒会の方針が決まった。コナちゃん、一年の侍候補生と佳村さんを呼び出してもらえるかい?」
「元からそのつもりだった」
ラビ先輩に嬉しそうに答えて走り去るコナちゃん先輩におろおろしていたら、カナタが私に言うの。
「明日、実施する」
「え、え」
待って、待ってくだしあ。
「に、二年生と三年生はどうなってるの? 明日って急すぎませんか?」
「そうでもない。既にホームルームで回って周知済みだ。一年生だけだな、明日案内するのは」
「なんですとー!」
まさかの急展開!
「じゃあ、会議ができる教室へ移動しようか」
微笑むラビ先輩に肩を叩かれました。
会議って、あれですか。これから一年の侍候補生が全員集まって、鬼ごっこの話を聞いて参加を呼びかけられるということです?
も、もしかしなくても私発信?
どきどきする私に悪戯っぽく笑って、最後に部屋を出るユリア先輩に手を引かれました。
「去年のラビとシオリも、その前の年のメイ先輩とルルコ先輩も……ハルちゃんと同じ答えだったみたい」
それは、どういう。
戸惑う私を白銀の君と呼ばれる先輩は連れて行くのです。
つづく。




