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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十五章 お盆御霊祭り

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第百九十二話

 



 サクラさんと二人で料理をするのはとびきり楽しかった。

 作った料理を振る舞ってみんなで笑顔の食卓を囲めたのも幸せに尽きるもの。

 夜は積もる話もあるだろうソウイチさんと部屋へ引き込む前に、サクラさんは私に耳打ちしたの。

 あとで少しいいかしら、って。

 なんだろう? と思っていたら、真夜中になってノックの音がした。

 サクラさんが布の塊を背負ってやってきたの。手招きされるから近づいて屈む私をぎゅっと抱き締めて、サクラさんが唱えたよ。


「さあ、冒険の時は来た!」


 身体から魂が引きはがされて、気がついたら隔離世にいた。

 サクラさんは私の手を引いて、家の外へと向かうの。


「どこへいくんですか?」

「しーっ」


 静かに、と訴えるサクラさんの顔は悪戯っぽい笑顔だから、誘われるままについていく。

 寝巻き姿なのに靴を履いて外にお出かけするのなんだか不思議な気持ちだ。

 扉を開けると、不思議なの。

 ふわふわした霊子が蛍の光のように舞い飛んでいる。

 それだけじゃない。獣耳が捉えるの。


「――ふふ、ふふふ」「あはは!」


 祭り囃子にまぎれた人々の笑い声だ。


「おいで」


 私に呼びかけて、サクラさんが歩く。

 夜は短いのだ、だから乙女は歩くのよ、と。まるで大好きな小説のタイトルみたいに言うの。

 進む。進む。淡い光の舞う夜を二人で進む。

 空を見た。月にウサギがいる。家々から飛び出る霊子の塊は人の形をしていて、みんなが幸せそうな顔をしている。


「あまり見つめてはいけないわ」

「え――」

「尻尾が一本ならあなたが見つめすぎない限り、彼らはあなたのすばらしさに捕われないで済む」


 それって、どういうことだろう。


「だいじょうぶ。私がついているから、さあ前を見て」


 サクラさんが周囲の蛍に手をかざした。それらをまるで操るように片手を振って、光を自分の身体に取り込むの。

 するとみるみる内にぷちモードから大人モードへと変わる。


「さあ、花びらの道を歩きましょう」


 微笑みを浮かべて右手を振るうだけで、ふわふわ漂う霊子たちが桜の花びらへと姿を変えて夜のアスファルトの上に道を作る。それは空へと浮かんで、アーチを描いて都心に向かっていく。

 ふわふわ漂う花びらが舞い散る道は、なんて不思議な歩き心地だろう。

 夢でも見ているみたい。ふかふかの絨毯のようだ。


『サクラだ。サクラがきたぞ』『みんなに伝えよう』『夜がきた』『夜がきた』


 漂う蛍が声をあげる。

 微笑みたっぷりでいるサクラさんは歌うように教えてくれた。


「お盆の間に霊子は霊界へと繋がり、あちらの魂を引き寄せるの。彼らもその一人」


 蛍はサクラさんの花びらロードを創り出す力に反応したんだろうね、嬉しそうに私たちの周囲を飛びまわっている。


「霊界から帰ってきたみんなは現世に戻れるわけじゃない。だから……何をすると思う?」


 舞い散る桜の道の先にあるのは、お店だ。たくさんのお店に明かりが灯っている。


「みんなで月を見て楽しむの。帰った家の様子を思い、お供えものを持ち寄って隔離世から現世を思って盛り上がるのよ」


 私たちを出迎えるように、大勢の霊体がお店の中から出てきて手招きしてくれた。

 不思議な光景だった。人であった存在が、人として戻ってきた。それを出迎えるはずの人たちは存在を知覚できる世界にはいない。けれど、それを嘆かず、怒らず、へこたれずに楽しもうとする。

 出迎えてくれた人たちの――大人はだいたい杯を持っていた。子供もジュースのグラスを持っている。みんな笑顔なの。


「サクラさん! 待ってたよ!」「べっぴんさんが増えるのは毎年の楽しみだでな!」「あっちで呑む酒もそりゃあ美味いが、現世の酒もまた格別よ」「ちげえねえ!」


 出来上がったおじさんたちが大声で笑い合う。


「サクラさん! 待ってたよ」「今年は息子さんのおそばある?」「えーステーキとかの方がいい!」


 子供たちが料理を強請って近づいてきた。


「待ってね? 持ってきたから――……それっ」


 布の塊を広げると、中身は料理の詰め合わせだった。中には仏壇で見かけた料理だらけ。ということは、全部お供え物なのかな?

 子供たちが歓声を上げて手を伸ばす。おじさんたちはもちろん、にこにこして見守っていたおばさんたちとかも混じっていく。


「あ、山田さんところの奥さん。今年の旦那さんの手料理はどう?」「相変わらずよ」


 なんてサクラさんと話してるくらいだ。

 みんな……死んで、この世から離れた人たちなのに。

 ここに悲嘆なんて一つもない。

 不思議だ。不思議でいっぱいだった。なのに胸が昂揚せずにはいられない。そんな不思議に満ちていた。


「さあ、今年も呑むわよ!」

「「「「 おー! 」」」」


 サクラさんのかけ声にみんなが一斉に声をあげる。そのみんなには、周囲を漂う蛍も含まれていた。


『なるほど……霊体のお祭り、か。悪くないのう!』

『ふ……ならば借りるぞ、ハル』


 嬉しそうな声を上げるタマちゃんをよそに、十兵衞が私の身体の自由をそっと引き取る。

 懐から取り出されたのは、笛だった。って、いつの間に!?


「一曲、奏でても?」


 十兵衞の呼びかけにその場に集まる霊体のみなさんは笑顔で言いました。

 どうぞどうぞって。

 笛を加えて音色を響かせる。誰かがどこからか太鼓を持ってきて打ち鳴らす。

 すると今度は誰かが歌い出す。そうして賑やかさは広がっていく。

 こんなに素敵な夜が毎年あったなんて、ずるい。

 それと、十兵衞! 素敵な芸を隠してたの、ずるい!


『まったくじゃ!』


 これはもう、真夜中だろうと私も飲むし食べなきゃもったいないよね!

 ようし、騒ぐぞう!




 つづく。

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