第百九十一話
サクラさんを独り占めしたいコバトちゃんの要求には勝てないよね。
なので私はカナタとお使いに出かけたの。
家を出てよろけた私をカナタが慌てて抱き留めてくれた。
「大丈夫か?」
「なんでもないところで躓くなんて、いよいよ私もヒロイン街道まっしぐらですかね」
「なに馬鹿なことをいってるんだ」
「ですよね」
も、もうちょっと乗ってくれてもいいのよ?
なんて期待をこめて見つめてみたらカナタに微笑み打ち込まれたよ。爆弾のようだよ。
「心配してるんだ。本当に大丈夫なんだな?」
「……まあ」
正直普段よりも力が入らない感じはするけど。でも死んじゃうっていうほどじゃない。
「ハルの髪色が乱れると……怖くなる。お前が遠くに行ってしまいそうで」
「カナタ……」
「無理をさせてすまない。お前は大丈夫だと信じ過ぎて、たまに無茶をさせてしまうな」
「そんなことないよ。できることしかできない。私は完璧超人じゃないよ?」
そうか? と不思議がるカナタを見て私は深々と頷きました。
「いまさら清純路線は無理ですし」
「なんの心配だ」
「メシマズ属性を発揮して緋迎家の台所を混沌の渦に巻き込むこともできません」
「なにが狙いなんだ」
「結構一途なのでどんな新キャラが現われても私はカナタに焦がれて揺れないと思いますし」
「……のろけているのか?」
「そう考えると私は完璧超人ではないなあ、と」
「……ちなみに比較対象は?」
「どんなイケメンが出てきてもフラグを建築してもてまくる乙女ゲーのヒロイン?」
「お前には無理だと思うぞ」
「ひどい!」
「……まあ、いつも通りのようで安心した」
バカ言ってないでいくぞ、と私の手を引いて歩き出す。
けれどその速度は決して速すぎたりはしない。私を気遣う速度でしかない。
後ろから隣に並んで、横顔を見る。
私の視線に絶対に気づいてくれる人だ。どうかしたか? と不思議そうに聞いてくる。
なんでもない、と言って私はカナタの腕に抱きついた。
そうせずにはいられなかったの。
◆
「お狐ちゃんもお盆は忙しくて疲れちゃうのかい?」
尻尾が一本だけになっちゃった私を気遣う店員さんに声を掛けられるの、これが十回目だ。
私ってば大人気か。その都度同じ説明をするのもめんどくさ、とか思ったりはしない。
みんな本気で心配してくれるんだもの。
なかにはあれもこれも持っていきな、とお土産をくれたりするのでむしろ心苦しいレベル。
中にはお豆腐屋さんが作ったお揚げさんなんかもあって、私の中のタマちゃん大歓喜です。
買い出しを一通り済ませた時だった。カナタがふらふらと刀剣屋さんに歩いて行ったのは。
霊子刀剣部としては気になるのかな。お店の軒先には打刀の抜き身が飾ってあるの。
じーっと見つめるカナタの目つきは真剣そのものだ。真剣相手だけに……やめよう。言ったら本気で呆れた顔されるに違いないよ!
しばらく待ってみたけどカナタは動き出す気配なし。
なんだかちょっと持て余してきたので、カナタに背中を向けて尻尾が視界に入るように揺らしてみる。ゆさゆさ。どうだ。尻尾好きなカナタもこれにはたまらず私を構うに違いない!
「……」
「…………(ずうん」
反応無いよ! なんてこと! 私めっちゃばかみたいだよ……!
「か、カナタ、あのう。そろそろ、そのう」
「すまん。少し時間をくれ」
「……はい」
だめだ。勝てない。だめ! 私も見たい物があるの! とかいって引っ張ることができない。
だってカナタの顔はとっても充実していて、私にはそれを邪魔する気持ちなんて芽生えようがない。
惚れた弱みなのかなあ……うん?
『どうしたのじゃ』
私とカナタ、どっちの方が先に好きになったのかな。
『あほみたいに好き合ってるんじゃから……今更どっちでもええじゃろ』
そんなことないよ! 割と大事な問題だと思いますよ?
待って。考えさせて。
まずその一。告白はカナタからだった。
……あれ? その一の時点で結論出てない? カナタが先じゃない?
でもなあ。でもなあ……。
『なんじゃ』
体育館で出会って手を引かれて走った時にはもう、私きゅんきゅんきてたもんなあ。
『カナタも同じではないのか?』
……じゃあ同時か。同時なのか。そっか。
「えへへ」
「何を笑っているんだ?」
「なんでもないですよう」
ちょっと引いてるカナタをぺしぺし叩いてから周囲を見渡す。
「カナタ、私もちょっとぶらついてきていい?」
「なら荷物は置いていけ。俺が持つから」
「ありがと!」
え、いいの? なんてやりとりはもう今更過ぎてない。ないのってどうなんだろう。ま、まあいいか。お言葉に甘えて素直にお任せしちゃおう。
ふらふらと歩いていたらいろんな人に声を掛けられる。その中には私の写真をネットにアップしてた外人さんもいる。
「やあ、フォックス!」
金髪にそばかすの眼鏡のオタク兄さんだ。確かアメリカ人だったと思う。
「どーもー」
「今日はテイルがナインじゃないんだ」
「ちょっとがんばりすぎちゃいまして」
「地球の平和でも守っているのかい?」
いつぞやの一件からちょっと斜に構えて見ちゃいそうだけど、基本的には善意の人なんだよなあ。こそこそと小声で聞いてくるんだけど、マジなトーンで、しかも目がきらきらしているから憎めない。私は知ってる。この手の顔をした人が集まる祭りがコミ●なんだって。
「今回守ったのはおうちの平和かな」
「そいつも大事な問題だ」
「そうなんですよ」
しみじみと頷く私に金髪オタク兄さんが腕を組んで尋ねてくる。
「じゃあ……もうあまり写真とか撮らない方がいいかな。ほら、クリプトン人だってスーツを着込んだ鉄の男だって普段は社会の一員として働いてるわけで」
「ま、まあ……あんまり大々的になられてもこまるなあ、と」
あとアップするなら事前に一声かけてくだちい。
「OK、わかったよ。君は日頃は神にまつられる動物の化身として日常を過ごすんだね」
どうしよう。自己完結されている気がする。
でもどう広げたらどう返ってくるのかわからないよ。未知数すぎるよ!
「ま、まあそんな感じです」
「じゃあ広報が必要な時は呼んで。これ僕の名刺」
「ど、どうも」
差し出された名刺を受け取って目を通した。
『ブルース・スミス』
その名前の上に書いてある三文字の英文字って……あれ?
「ニュース専門だったんだけど、日本に記者として派遣されて日々おもしろいものを探してるんだ。そんな折に見つけた君のプロデュースは誰にも譲る気はないから」
「……じゃ、じゃあほ、ほんものの記者さん?」
「会社に確認してみる? すぐに連絡とれるけど」
そ、それには及びませんけど!
「侍と刀鍛冶っていう日本の仕事を探ってるんだけどさ。君はビジュアルに華があるから……個人的に気に入ってるんだ。何か用事があったらいつでも知らせて。彼氏に怒られない範囲で協力するよ」
ハハハ! と笑う。イケメン!!!! という感じのお兄さんではないけど、笑うと妙に愛嬌がある。付けひげつけてクリスマスに扮装したら立派なサンタさんになってくれそうだ。
なるほど。ブルース兄さんか。ちゃんと覚えておこう。
「ありがとうございます」
「お礼はいらないよ。勝手に君の写真を使ったのは僕だからね!」
またしてもハハハと笑う。爆笑っぷりが凄い。日本語は達者だけどアメリカ人のノリがわからない……。
「じゃあ今日はこれにて。お盆になると日本には死んだ人たちが帰ってくるっていうじゃないか。不思議な世界……カクリヨ? とやらがあるんなら、きっと本当に帰ってきてると思うから」
す、するどい!
「取材しに行くんだ。またね――……おっと、そうだ。日本にはハグの習慣がないんだ。ちょっと残念だけど、またね」
両手を広げて一度硬直したけど一人で完結して、ばい! と声を上げて去って行くブルース兄さん。嵐のようだけど爽やかだ……。
見送ってふらふらと歩いていたら、雑貨屋さんで古ぼけた笛を見つけた。
『む……』
珍しく十兵衞が反応したの意外。欲しいの?
『……少し、興味がな』
思わせぶり! でも十兵衞が気になるなら買ってみてもいいかも。そんなに高いものじゃないし。だから、ねえねえ十兵衞。
『なんだ?』
買ったら吹いてくれる?
『気に入るかは知らんぞ』
いーよー。十兵衞の一面を知れたらいいなあって思うだけだから、聞かせてくれたら私は満足なのです。
『なら、好きにしろ』
うん! 好きにする!
笛を購入した私が刀剣屋さんに戻ると、カナタは店員さんと話し終えたところのようだった。
別れを告げて出てきたカナタに迎えられる。私の手にした雑貨屋さんのレジ袋を見て目を見開くの。
「なにを買ったんだ?」
「ふふー。今夜のお楽しみですよ!」
夜吹いてもらうんだ!
「カナタはもういいの?」
「ああ……来るとつい長居してしまう。すまない」
「いーよー。その間に名刺とかもらってましたし」
「……なぜに名刺?」
それがね? と説明しながら家路につく。
二人で荷物を持って、お互いに手を繋いで。
人に妙に好かれる奴だな、と名刺を確かめたカナタが呆れた様子で肩を竦める。
「しかし拡散具合からただ者じゃないと思ったが、大手マスコミの記者とはな。そんな人が日本で何を探っているのやら」
「なんか、侍と刀鍛冶が今は熱いんだって」
「……地位向上に繋がりそうだが、一気に加熱するように広がるのは少し怖いな」
「カナタ?」
それってどういうことだろう、と思う私の不安を払拭するようにカナタは頭を振った。
「考えすぎだな。帰ろう。今夜の料理は俺たちが頑張って、母さんの帰宅を祝わないとな」
「うん!」
そうだったね!
サクラさんが気に入ってくれるように、今夜の料理も頑張るぞう!
つづく。




