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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三章 九組の抜刀、高校の生活

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第十九話

 



 翌朝のことでした。

 部屋へ戻った時にトモが渡してくれた制服に着替えていた時、『むう』とおじさんの声が聞こえたのは。


『貧相でも女の身体は目に毒だ』


 貧相って。

 貧相ってやめてもらえます?

 事実だから傷つくじゃないですか……。


『娘、眼帯のようなものはないか?』

「眼帯? っていうか宿主とかいうなら、名前で呼んでくださいよ」


 ぶつくさ言いながらも、箪笥から医療用眼帯を取り出す。

 そしてすぐ「はっ!?」としたよ。病がぶり返しているって。中学生の頃にこじらせた自意識が!


 ……や、違うの。違うって。つける予定はなかったって。

 ただ置いてないと不安だから常備しているだけで。違うって。


「こ、これをどうすればいいんです?」

『右目につけてくれ』

「はあ」


 言われるままに右目に装着したら、おじさんは満足げに『これでいい』と言ってきた。

 見えないからマシとかそういうことかな。

 見えないならマシな身体ってことなのかな。

 凹む……凹むわあ。


『肉体もない男に女体は毒よなあ。案外可愛いところがあるものよ』

『否定はせん。女体は女体だからな』


 ちょ、困る。

 っていうか自然に脳内会議しないでもらえます?

 あとおじさん、待って。こちとら経験なし子さんですよ。


『それじゃよ、それそれ!』


 ちょ、なにエンジンかかってんのかな、このお姉さんは!


『積極的に経験を積んでいかんとな。いい経験を定期的にすればするほど肌つやがよくなるからのう。何よりきもちいいしのう』


 ……そ、そうなの?


『興味があるのか?』


 そ、そりゃあ、ほら。私はそのへんの興味が本棚の小説とかに溢れちゃってる系女子ですので!


『ようわからんが。ならば妾が導いてやらんとな!』

『いやな予感がするなあ』


 頭の中がすっごく賑やかですし。


「二人ともちょっとお静かにしてくだしい。情報を受け止められないよ」

『なんじゃ、情けない』

『ふ……おいおい、慣れていけ』

『まあ仲良くしていきたいからの。我慢するか。いつでも呼んでええんじゃぞ?』


 あ、ありがとう。二人とも思ったよりとっても優しいね。

 それにしても困ったな。


「眼帯つけてメガネ、は……さすがに掛けられないよね。ううん」


 トモがくれたメガネ気に入ってたんだけどなあ……。

 だからうんうん唸って、途中で気づいたよね。

 着替えの時は右目を閉じればいいんじゃない? って。


 ◆


 現国、数学と普通の授業を経て歴史に入った時、様子が変わったの。

 ライオン先生と仲のいいあの白衣だったメガネのお姉さんが着物姿で登場し、教壇に乗りました。


 ……乗ったの。乗ったよ? その上、正座までしたよ。

 え、なに。なんだろう。妙に似合っているから困る。


「はじめまして、国崎(くにさき)ニナです。地理歴史を担当しております」


 深々とお辞儀したから、誰も異論を挟めずにお辞儀を返したよ。

 つ、突っ込んでもいいのかな?

 みんなが受け止めきれていないよ。


「さて、本来よりも多めに一コマもらっているのは、皆さんにこの学院にまつわる歴史も教えていくことになるからです」


 そ、そうなんだ。

 っていうか降りないんだ……。

 だからマジマジと見ちゃう。


 ポニーテールの似合う日本美人さんだ。

 ゆったりした桜の着物姿なんだけど『あれくらいの肉付きになりたいものよ』とお姉さんが脳内で言うあたり、ひょっとしたら隠れいいぼでーなのかもしれない。


「そも……刀とはなんであるか。青澄(あおすみ)さん、一振りでいいので抜いてごらんなさい」

「はあ……」


 言われるままに席から立って、床に置いといた内の一本を手に取る。

 鞘から抜き放った刀は闇色の闘気をまとっていた。


「玉藻前ね。その刀で机を斬ってごらんなさい」

「は、はあ……え? いいんですか?」

「どうぞ。思い切り」


 にっこり笑顔で言われたから、思い切って全力で振り下ろしてみた。

 ぶん! と机を素通りする刀……机は無事だ。


 あれ?


「なぜ、斬れないかおわかり?」

「い、いえ……まったく」

「それは刀身が霊的な存在だからなのですよ」


 れ、霊的?


「え、実体ないんですか?」

「その通りです。まあ霊子を練り込まれて作られた竹刀などは時と場合によって別ですが」


 私の間抜けな問い掛けにお姉さん……ニナ先生は満足そうに頷いた。


「あ、あのう。その割りには重たいんですけど」

「あなたの魂が感じているだけ。鞘と柄は実体ゆえに重たいでしょうけど、刀自体はそうでもないの。刀の重さは御霊の重さ。あなたが解放出来る力の重さなのよ」

「……え、と」

「どうぞ、お座りなさい」


 理解が追いつかない私は刀を鞘に戻して素直に座る。

 手にする重さは結構なものです。これはじゃあ、物理的に重たいのは鞘のせいなの?


「なぜこんな刀があるのか……誰かわかるものはいるかしら?」


 顔を見合わせて黙り込むクラスの中で、真っ先にシロくんが手を挙げて、続いてカゲくんが恐る恐る手を挙げた。


「先にあがったのは結城くんね。なぜかしら」


 はい、と自慢げにシロくんが立ち上がったよ。


「人が手にした木の棒にも御霊が宿っていた。そも、万物すべてに御霊が宿っている。八百万の神として信仰してきたのもまた、その思想に通じている……です」

「入学前に学べる範囲としては、ええ、そう。信仰の話はもっともっと複雑で濃密な学問にあたるから、適切に説明するならば違うのだけれど」


 疑問符を浮かべまくる私をはじめとした生徒を見渡して、ニナ先生は両手をぽんと合わせた。


「今はよしておきましょうか。それで? その思想と刀にどんな関係があるのかしら?」

「それは……えっと」


 あ、あれ? シロくんが言いよどんでいる。

 さっきはどやっと話してくれたから、さらっと答えちゃうのかと思ったのに。

 座っちゃうシロくんの代わりにカゲくんが続けた。


「邪なる御霊を切り裂くため、成敗するために人は御霊を用いている。その形が刀です。だからただの机とかは斬れない。用途が違うから、刀の霊子は素通りする」

「正解よ、八葉くん。西洋には西洋の、日本では士道誠心高等部をはじめ……実はごく一部の学舎で、資質がある者に正しくその力を与えています」


 そこまで説明したニナ先生は、その懐から小刀を出した。


「さて、刀身は霊的なものだと説明したわね。この中に、先ほど青澄さんが抜いた刀や」


 鞘から引き抜いた青白い刀身を全員に見えるようにかざす。


「この刀身が見えない者は? どうぞ素直に手を挙げてください」


 ニナ先生の呼びかけに誰も手を挙げない。

 それどころか、不安げにそれぞれの顔を見合わせる。


「いや、見えるよな」「ああ」


 口々に言い合うみんなの中で唯一、カゲくんだけが凄い目つきでニナ先生の柄を見ていた。


「霊子を知覚し目にする霊視が出来ない者に刀身は見えません。ですから、刀持ちとなった生徒が外で刀を抜いても一般の方に見えるのは柄までです。では次」


 小刀を鞘に戻したニナ先生は、ゆるやかに立ち上がる。


「獅子王先生たってのお願いがあったので、特別にお披露目します。他言無用に願いますよ? それでは失礼します」


 そうして私たちにお尻を向けた。

 そこには不自然な穴が空いていて、綺麗な割れ目が……あれ?


 どよめく男の子達。そりゃあそうだよね。

 でもその割れ目が見えたのは一瞬だけ。


「犬神」


 ニナ先生が呟いた途端に、割れ目から綺麗な白い毛並みの尻尾が生えた。

 尻尾だけじゃない。頭頂部から白い毛並みのケモミミも。


「さて……この耳と尻尾は、実体でしょうか? それとも刀身同様、霊体でしょうか?」


 再び前を向いて教壇の上に正座するニナ先生に誰も何も言わない。

 その代わりに私へ視線を向けてくる。

 そりゃあそうだよね。私にも尻尾が生えているんだもん。


「え、と……実体、ですか?」


 じゃないと穴を開けたりしなきゃいけない理由がない。

 果たして当てずっぽうな私の答えは正解だったようで。


「その通り。青澄さんや私のような御霊を引き当てない限り、このような人にあらざる変化は起きないのですが……それでも、想像してみてください」


 笑顔のニナ先生が私を見つめて言うのは、


「こんな身体で日常世界に出て行って、大丈夫でしょうか?」


 誰も答えられないような問いかけ。


「暗い顔にならないで、青澄さん――……」


 ニナ先生が何かを囁いた途端、耳も尻尾も消え去った。


「この通り、あなたの霊核が御霊につりあうまで成長すれば消せます」

「……れいかく、って」

「あなたの心の強さですよ」


 心の、強さ……。


「もっとも、それには高校生活を終えるくらいの時間がかかるかもしれませんが……さておき。それでは歴史の雑学の問題です。犬神をご存じの方は挙手を」


 にこーっと笑顔で手を重ねるニナ先生に、男の子達の数人が魅了されている……。

 そんな中で、汚名返上だとばかりにシロくんが再び挙手した。


「はい、結城くん」

「犬の御霊の憑きものです。人に憑いて繁栄を与える代わりに子孫まで受け継がれるもの。抗えば酷い呪いが降りかかる……あと、女性に受け継がれていく、と、いわ、れ」


 話している途中でシロくんがどんどん言いよどんでいく。

 なんでだろう、と思った時に、ニナ先生は笑顔で「結構ですよ」と話を引き取った。


「国崎ニナ。旧姓、犬井ニナ。呪いにより既に亭主は他界して久しいですが、犬神憑きの一族です。大昔に斬られた犬神の魂が宿った刀を手にしたのは、運命かもしれません」


 どういうこと……なのかな。


「御霊の性質は現実のものとなる。もしあなたが刀を手にできたなら、よくよく気をつけなければなりません……さて!」


 てんぱる私の迷いを打ち払うような、手を叩く音。

 ニナ先生は柔らかい笑顔で、私を、みんなを見つめていた。


「刀に宿った魂の歴史を紐解くことこそ、刀を手にした者に求められる資質です。理解できなければ、誰かを傷つけることになるでしょう。けれど、理解できれば刀はあなたに力を授け、邪を切り裂く強さを手に入れることが出来るでしょう」


 いいですか? と、みんなの背筋を正し。


「皆さん。どうか歴史を大事に学んでください。それは引いてはあなたの本質に語りかける言葉になります。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」


 深々と頭を下げるニナ先生にみんながお辞儀を返した。

 そこまでして初めて、


「それでは授業をはじめましょうか」


 先生は教壇から降りてチョークを手にした。

 誰も私語を挟む気なんてなく、ニナ先生の授業に意識を傾ける。


 だから……私は自分がひどく浮いているように感じてならなかった。


 御霊の性質は現実のものとなる。


 なら……ニナ先生の刀は?

 犬神って言っていたよね。

 しかも先生自身、犬神憑きっていってた。

 じゃあ呪いって、あったの?


 なんだろう。

 なんで……旦那さんが亡くなってしまったんだろう。


 もし、もし……呪いと旦那さんに関係があるのなら。

 じゃあ……刀を手にした私は?


 私は……大丈夫なんだろうか。


『失礼なヤツじゃのう。超絶美女を相手に何を心配する必要がある』

『ふん……』


 お姉さんが鼻で笑い、おじさんが否定してくれないところに不安を感じます。

 気になって、考え込んで……授業時間があっという間に過ぎてしまって。


「ご静聴いただき誠にありがとうございました。さて……青澄さん、ちょっといいかしら」


 授業終わりにニナ先生に呼ばれてやっと我に返った。

 連れ出されるままに廊下に出ると、ニナ先生は労るような目つきで見てくる。


「青澄さん。あなた……刀の声は聞こえる?」

「声って……頭の中に響くやつですか?」

「そう」


 頷いてから、私の目を覗き込んで囁いた。


「正しく声を聞き、正しく付き合えばその声は力になる。詳細が聞きたければいつでもいらっしゃい。出来る限り教えてあげるから」


 励まして、助言をくれているんだ。

 そうわかっていたのに。


「先生は……先生の、呪いは?」


 そんなことを聞いてしまう私は不安でたまらなくて。


「何かあったらすぐに知らせて」


 その不安を否定せず、力になると示す先生にはきっと、深い傷跡があるんだと。

 だから私に微笑みかけてから立ち去る背中を見送ることしか出来なかったの。


 垂れ下がる尻尾をあげる力なんて、今の私にはなかったよ。


『なんか重たい話じゃのう、肩が凝るのは胸の重さだけで十分じゃぞう。そんなことより男を弄りにいかんかの? たとえばたとえばぁ~、隣にいたメガネがいいかのう! あれはういヤツの予感がするぞう!』

『眼帯を外してもらうべきだったか……残念だ。教師の声……あれは昨日見た、いい女のものだった』


 訂正。


 ちょっと元気出てきた。

 脳天気な二人を前にへこたれていてもしょうがない。


 シロくんでも弄りに戻ろう。


「って、ちがうちがう」


 お姉さんに毒されてきている気がするぞっ。

 気をつけないと。




 つづく。

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