第千八百九十八話
トモとシロくん、ファリンちゃんと麗ちゃんという、なんとも不思議な組み合わせの四人組がうちを訪れたのは、ちょうど昼を過ぎてひと息ついたころだった。
二年生の近況をいろいろ教えてもらったんだ。
授業の進捗も。宝島で聞いた話も。
ルーツというと大げさかもしれないけれど、農村や宿場町で作られ、売られていた伝統工芸品を作る過程で霊子を練り込む技術を活用し、学ぶことができるという。
最初、その話が出たときに「うわ、地味!」や「ふっる!」という声もあがったそうだ。そうした声にうんざりしたり、辟易したり、なにか言いたそうな生徒もけっこういたという。
ところでここで、経済のお話!
去年、2016年における日本の貿易における輸出入総額。ご存じ?
輸出が七十兆とちょっとになる。
輸入が六十六兆とちょっと。財務省貿易統計によればね。
数字が大きすぎてなにがなんだかって感じ!
差し引きで、四兆円。ざっくりとだけど! これを黒字として勘定する。
輸出入。言い換えると? 貿易。
大辞林によれば?
『外国と商品の売買をすること。国際間の商業取引。交易』
である。
古く、東海道やお遍路さんなど、世の中が落ち着いて旅に出かけることができるようになってきた時代に、農業の閑散期のようにお休みの時期に工芸品を作って宿場町で売るということをしていた地域もあったんじゃないかな。世界でみても、そうしたお金稼ぎはわりとあるというよね。いまでは高級なものとして扱われる絨毯にしてもそうじゃなかったっけ?
コミュニティとコミュニティを行き来する売買。そしてコミュニティと、そこを訪ねた個人との間で行なわれる売買。
それよりもっと大きく大ざっぱな単位でみるときの、売買。
日本はいろんな国と輸出入で取引をしている。輸出の主力品目は、自動車。半導体などの電子部品。自動車の部分品や鉄鋼、半導体などの製造装置。
FTCきっず★サイトさんを見ると、そうある。
ええ。
きっずですが! なにか!?
こほん。
一般社団法人の日本自動車工業会によれば、自動車の輸出額は七十兆のうち、十五兆千百七十五億。輸入額は六十六兆のうち、二兆一千億ちょい。
世界に名だたる自動車会社は他にもある。半導体産業、鉄鋼業が強い国もそう。追いつけ追い越せの競争で、より多く海外市場の輸出額を稼ぐ。
それほどニュースを見ない私でも、中国の経済成長が著しいことは知っている。アメリカでホワイトカラーとブルーカラー、製造業で働く人たちとオフィスで働く人たちとの間に賃金格差が生じて、歯止めがかからず、大統領選挙で思いがけない結果に繋がった、みたいな言説も聞いたよ。中流層がいなくなることによる恐怖、みたいな話。
ここから先は完全なる与太話だけど、中流層がいなくなり、貧富の格差が拡大しすぎると、その先になにが待ち受けるのか。アメリカで起きているデモに混じる、暴力的な集団の発生。そこに世界大戦で悪名を轟かせたナチスのような潮流を見て取る人もいるという。ジョーカーでも貧しさは強いテーマのひとつだったよね。実力は運のうちだとしても、それがあまりにも強大な力となって、貧富の格差による人生の生きにくさを決定的なものとし、かつ維持するとしたら? それを押しのける最大の行動はなにか。デモに混じって行なわれた略奪や暴力による破壊行為。それが拡大したら、人はなにを、どこまでやるか。歴史に刻みつけられている。なので格差は是正し、共同富裕を目指すという国も出てきた。なぜか。体制を脅かすから。まあ、それが中国みたいなんだけどさ。
それはさておき。
日本車はハリウッドやアメリカドラマで悪役が乗ったり、犯罪者が利用している車として会社の名前があがるようになって久しい。大統領選挙でも、自国の車が最も売れるべきだという主張があったように思うの。
ところで自動車産業でみるとき、国別の新車登録・販売台数ランキングだと中国が圧倒的に多い。二千八百万とちょっとの台数が出ている。次点でアメリカ、千八百万に二十万届かない台数だ。三位が意外に日本で、桁が落ちて五百万に三万届かないくらい。四位がドイツ、つづけてインド、イギリス、フランス、ブラジル、イタリア、カナダ、韓国と続いていく。
生産台数にしても中国、米国、日本、ドイツ、インドと続く。意外にここで韓国が出てくる。
自動車産業は、台数が増えるほど環境への影響が無視できなくなっていく。排気ガス問題だ。中国は電気自動車の普及推進に補助金を出して、推し進めようとしているみたいな話を聞いた。
どうしたって自動車とガソリンはいまはまだ抱き合わせ。オイルマネーとの繋がりは深く、強く依存せざるを得ない。エネルギーがガソリン依存から電気になって、選択肢が増えるほど、依存度の軽減を狙える。それは輸出している側にとっては困りもの。
だけどこの関係は、すごくわかりやすい。
ずっと「ぶあつ! むずかしそ!」と敬遠していたマンキュー入門経済学の本で調べてみると、輸出入についての記述が意外とわかりやすかった。
日本とアメリカにおける貿易で、食糧と車を作る能力の比較をしている。食糧生産で多湿、草が生えまくる日本は苦労する。一方、アメリカは肥沃な土地を持ち、やまほど作れる。規模がちがうのだ。仮に車の生産において、日本とアメリカとで両国の技量が同じだとしたとき、食糧生産において日本が一としたとき、アメリカは二倍つくれるとしたら? 逆にいえばアメリカの二分の一の食糧生産の力で日本は車を作れる。だったら日本が車を多く作ってアメリカに売り、アメリカは余剰食糧を日本に売ったらどうなのさ、という話があるのだそう。比較優位の原理っていうみたいだ。
特化することで、お互いの強みを生かして貿易をすれば?
みんなで物を分け合える。
ただ、そう説明されても疑問はいっぱいあるぞ?
文中にこういう記述がある。
『国際貿易は、一国全体をより豊かにすると同時に、国民の一部分を貧しくすることがある』
『アメリカが食料を輸出して自動車を輸入する場合、アメリカの農夫への影響とアメリカの自動車産業の労働者への影響は違うものになる』
他にも問題がある。
けどそれは一旦おいておくとして、目的を見いだせそうな記述もちゃんとある。
『いまやあなたは、相互に依存しあう経済に暮らしていることのメリットをかなりしっかりと理解することができるはずだ』
いま引用している記述は九十二ページからだから、だいぶすっ飛ばしているので、正直自信がないです! すみません!
だけど続けちゃう。中略!
『相互依存が望ましいものであることがわかると、どのようにすれば相互依存が可能なのかという疑問が自然に浮かんでくることだろう』
『自由な社会は、その経済に関わるすべての人々の活動をどのようにして調整するのだろうか』
『財やサービスは、どのようにしてそれらをつくるべき人々からそれを消費すべき人々へと確実に渡されるのだろうか』
問いはある。
この先を読んで学んでいきましょう、と案内されているんだけど。そちらはのびのび続けるとして!
最後に要約から引用を。
『人は、国内のみならず世界中の多くの人々によって生産された財やサービスを消費している。相互依存と交易(貿易)は、より多くて多様な財・サービスをすべての人々が享受できるようになるので、望ましいことである』
としている。
ここで大事なのは? すべての人々が、より多くて多様な財・サービスを享受できる、というのが目的であること。
実際には? そうなっていない。
格差は広がるばかりだ。
そこがアメリカを二分した大統領選挙に見る、狂騒の火種なのだろうし?
それについて示唆するような記述が同じページにある。
『政治家や評論家がしばしば述べる意見とはまったく反対に、国際貿易は戦争ではない。戦争は勝利する国と敗北する国を生み出すが、国際貿易はすべての国をより繁栄させるのである』
そうあるべきだ、という理念として読むよ?
現実としてそうだ、と断言するには格差の拡大があまりにもひどすぎるもの。
ゴミさえ輸出あれ、その行く末は?
世界中のゴミが集まる場所で暮らす人々が、再利用したり処理したりする業者に売れるゴミを探せる地域を生み出す。福祉も保障も行き届かないところへと追いやられていく。パラサイト半地下の家族にみるように?
水は高いところから、低いところへと流れる。
そうして高いところから低いところへ、汚泥やゴミが流れていく。
上流に登ることはできない。格差が広がるほど、その溝を埋めることはできない。
さきほどいった問題のひとつだ。
他にもあるよ?
戦争がなく、また貿易によるパワーゲームが起きなければ? ただただ貿易によって利益をみんなで相互に依存しながら分け合うっていうだけで完結している社会じゃない。
戦争がなかろうと、たとえば。
海外の部品がなければ作れない商品があるとする。その商品を売るためには、どうしたって海外からの輸入が円滑に行なわれなければならない。しかし、輸入先の国で災害が発生し、向こう一年は輸入の目処が立たなくなったら? 途端に破綻する。
すっごく雑な例だけどね。
日本の外食、特に安価が売りのチェーン店は輸入食品や食材の値上げがダイレクトに売り上げに響く。切り詰めてやっているほど、黒字分が影響を受ける。一番下げやすい予算が人件費だとしたら? サービスの低下に留まらず、事故が起きてしまいかねなくなる。
小麦や乳製品、食肉などなど。値段があがると煽りを食らう。
ひとり残さず、ホームレスになってもぜったいに回復できるくらい整った社会保障と、カムバック余裕で教育ばっちりな社会で、みんながお金を稼げていたら? 値上げしようが「まま、これまで無理してたのわかってるし。だいじょぶだいじょぶー!」と受け入れることができるだろうけど。がんがんお給料が下がる、受けられる福祉も頼りなくなっていく、なんて状況下で値上げ、値上げときたら? まるで生きる権利を攻撃されているようにさえ、感じるかもしれない。
そのあたりがアメリカで起きた力学のひとつなのかなーなんて考えちゃう。
日本は農業たいへんすぎ、という話を聞くけれど。じゃあなくなっていい、なんて話はもちろん一切ない。まずそもそも農家さんに失礼だし。自国でまかなえなくなった産業ができる、ということは、海外に強く依存せざるを得ない、ということになる。そして、その取引が穏やかに、適切に維持されるかっていったら? そんな保障は一切ない。
交易で、たくさん作れて安くていいよーっていう食料品を海外からばんばん受け入れると? 国内で働く人たちの生活が脅かされていく。魅力があって、意欲を持てない産業に残る人はそう多くない。どんどん減っていってしまう。
なんでもかんでも基準ではかれば「おっけー! ばっちりー!」とはいかない。
すごぉく、複雑な話なんだ。
その複雑な複雑な経済のお話を踏まえて、日本全体でみたら、どうか。
百万円未満、四百万から五百万にある中央値四百二十七万までの世帯比率が五十六パーセント。平均値五百四十五万四千円より所得金額が少ない割合は六十一パーセント。
厚生労働省のホームページにある。中央値は変わらず、平均はあがっているけど、むしろ少ないところにおける割合はどんどん増している。
実はかなり多くの人がそんなに儲かってない。
押せ押せの中国のほうが、日本人よりよっぽどお金持ってるまであるかもよ? まあ、中国でっかいし、地域差もありそうだけどね! バブル期の日本よりもにょきにょきビルが建ってるのかなあ。気になるところ。
韓国は貧富の格差を題材にした作品が増えている。
もっと西に行って「きっと、うまくいく」のインドやドバイまでいくと? 特に首都部は華やかそうだ。ドバイはどこもかしこも「金すげー!」ってなりそうな印象がある。
停滞し、後退し、後進国になっている日本は?
世界からみたらもともと田舎。極めて東の島国。国内の状況は悪化の一途を辿るなか、なにをするしないみたいな意見も飛び交う中で、世界から見た日本ってどんなもんじゃ? みたいな話はあんまり触れない。歴史の授業にしても、いろんな国から見た日本の話も入れたほうが、より深い内容になるし、議論が活性化すると思うけど? 一切ない。サイパンに行って感じたことだけど、大戦で日本が残したなにかは海外にけっこう残っているだろうから、それを見ることくらいしていいと思うんだけどなあ。ないよね、そういうの。一切ない。
貿易にせよ、戦争にせよ、いつもの日常を変える。暴力とは絶対に切り離されることのない、むしろ積極的に振る舞われる戦争は特にそう。あらゆる人々の日常をズタズタに破壊する。それは戦争を仕掛けた国に住む人々さえ含めて。だれひとり、余すことなく含めて、破壊する。
貿易は戦争ほど劇的には見えないだけで、やっぱり人々の生活に直結し、繋がっていると思うの。ときに暴力にさえ感じられるくらいに。じわりじわりと浸透する。それに複雑で多層的。捉えるのもむずかしい。そうしていまもまだ、格差は広がり続けている。
それはそれとして、営みもまた続いている。
そこに魅力を感じて、意欲を持ち、取り組む人々がいる。
交易に支配されるのではなく。交易の手段に落とし込まれてしまうのではなく。
自分と生活の先に交易があるとして、緩やかに活動する生き方も。
そのひとつが、職人なのかなあと考える。
青天を衝けで、栄一たちの人生を追いかけた。彼の出身地では、蚕を育てていた。お父さんの仕事についていき、いろんな村の人々と話をつけ、みんなに笑顔が広がるよう、利益が広がるよう、なんとかできないもんかと知恵を絞っている時期は特に記憶に残っている。
そういうことができる人がどれほどいるか、よりも。
そういう人たちの振る舞いから、いかに手段に落とし込んで、みんなで共有するか、に意識が向く。きっとあるんだろうなあ。大河に選ばれる人なわけでしょ? さらに磨きがかかっていたりして。ありそう。時は流れているのだし。
でも、いま広がる格差に対して、栄一みたいな橋渡しをするにはどうするかっていったら?
それはまた別。
マンキューで語られている交易と相互依存の理想を踏まえるなら?
大勢が自分たちのできることで噛みあっていけたらいい。
けど、それはいまの格差問題にみるに、意図的に歯車が外されているか、さもなければだれもできないでいるかって感じに思える。そこにある不満は、ときに選挙に利用されることさえあるんだろうから、やるせない。
絵画、陶芸もそう。
いろんな人たちが刺激しあい、噛みあうことで活性化していく面もあるんじゃないかな。
仕組みがあれば。
環境を作れれば。
人に留めず、止めることもせずに。
交易についてよくいいすぎなくらい理想を書いてあるように思えるけれど、言い換えれば目的として目指す価値のある地点ともいえる。
それを忘れずに見出せるのなら?
既存の別のフィールドの視点を加えると、途端に新たななにかに思えたりするように、面白いことになるかもしれないじゃない?
ふてくされないでー。さげないでー。
って、思うわけ。
『長いわ!』
タマちゃんブチギレー!
でもね? 大事なことなのよ。
相互依存が可能なようにする、とマンキューでは書いている。
経済学ではどのように考えるのか、記されていくんだろうと思う。
それはそれとして、自分の中にある感情も、手段も、だれかとするなにかも、相互に依存しあうなにかがあるんじゃないかな。単独で完結することって、そうそうない。
その点でマンキューにあるように、既に海外と切り離して生きることなんか考えられないくらいに世界は繋がっているんじゃないかな。たとえば、交易でね。
それってつまりさ?
単独でなにかを表現しようとすること自体が無理筋なんじゃない?
転化にしても、転化する対象がなきゃだめだからさ。
その思いつきをファリンちゃんに話したの。
来てくれたんだもん。転化を学ばなきゃ損でしょ? だからお願いしてあったの。
思いがけずトモに次いでぷちたちが絡むので、しばらく考えごとに耽ったけども!
ケーキを出して隙間時間を無理矢理つくって、なんとか伝えたわけ!
そしたらさ?
「私はどんな敵のどんな攻撃だろうと、おいしいお菓子にして食べてやるの。あなたたちの敵意も悩みも私にしてみれば、甘くておいしいお菓子に過ぎないのだとしてね」
「お、おお」
「実際には対象の感情を砂糖や糖蜜でコーティングして、おいしく食べられるように煮詰めたり味つけしながら転化している。素材は殺せない」
つまり。
「私ひとりの思いで完結できる手段ではない。転化はそういう手段。相手の心からわき出たものを食べる、というのは、相手の心を味わうということでもある。あなたの言うとおり、単独ではできない」
「相互に依存しあうように表現する?」
「表現が転化の方向性という意味なら、そう」
肯定してくれた彼女はいま、ミルフィーユのクリームが僅かに残るお皿をじーっと眺めている。すごく真面目で堅めなお話の最中もずっとだ。
舐めたいのかな。
「和紙を作るにしても、編み物をするにしても、ものと依存しあい表現する。せざるを得ない。団体でやるスポーツも、ひとりでは表現しきれない。最高のプレイは、試合の中で生まれる」
意外にもスポーツ見る派?
なにが好きなんだろう。あと、クリームどうする気なんだろう。
フォークで撫でれば取れると思うんだけど、言うべきかな。
違っていたら申し訳ないもんな。
「陰陽で、五行で。そうしたいと言っていたけれど、相手の心がなにかをあなたが表現しようとしても、それはやはり、あなたの中にある表現。相手の心がなにかを言い当てるものではない」
「それは、そうだね」
むしろそう規定できたほうが、いいのかも。
溶けあうことなく、境界線を引いたうえで相手を感じようとできそうだから。
「けど、相手がいなければ表現できない、とも言える。どこを目指すのか次第じゃない?」
どうなろうと教えられることはまだまだたくさんあるから、構わないと答えてくれた。
言い終えてからすぐ、じゅるっと吸う。
よだれだ。ぜったいによだれだ。
トモがこないだヒーロー活動で助けたケーキ屋さんで買ってきたおいしいケーキの詰め合わせは、みんなひとつで分けて綺麗になくなった。私も苺の入ったババロアのあるケーキをいただいたけど、苺が大きいし果汁が溢れまくりで、ほんとにおいしかった。
どれも逸品なんだろうなあ。トモに場所を教えてもらったから、絶対に近いうちに買いにいく。あと、助けたからって提供も値下げも辞退して、定価できちんと買ってくるトモさま、ほんとにしっかりしてる。だから推せるんだよなあ!
で、そのスイーツにがつんとやられているに違いないよ?
「クリーム、気になるの?」
「この名残クリームを」
名残クリームとは?
「どのように味わうかで悩んでいるの」
あ、食べるのね。
食べ方で悩んでいたのね。
え。待って? 食べ方なんてあるの!?
つづく!




