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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百九十六話

 



 春灯に倣って夢うつつ。

 地獄で目覚める。やることはそう多くない。

 十兵衞を指南役に、男臭いのに揉まれて剣術指南か。

 はたまた玉藻の店で丁稚奉公か。

 春灯たちは天国で神使という立場で神々のもと、修行に勤しんでいるというが俺はどうか。

 地獄でアルバイトしたり、部活したりしているような気分だ。

 春灯から聞く天国よりも、よほど俗っぽい店も多い。なんなら玉藻の店にしたって、客と店員が楽しむ部屋がある。いかがわしいことこのうえないが、地獄勤めはストレスが溜まるらしく繁盛している。店の前で「かわいい子そろってますよー」という類いの店舗だけに、慣れることはない。一階は基本、居酒屋で飲食店。ユウリに話したらガールズバーとか、キャバクラとかに、もうちょい飲食要素増しした場所なのだそう。あいつは行ったことがあるのか? それとも興味があるだけ? そういえばシオリもゲームでそういうの楽しめるやつがあるとか言っていたような。

 いずれにせよ、俺のすることといったら配膳、片付け、洗い物。あと店員の愚痴を聞いたり、話し相手に「少年、なんか話してみ?」といじられるくらい。海千山千のお姉さんしかいないし酒が入っていると最悪な頃の兄さんが十人集まっているくらい容赦がないので、正直しんどい。

 天国修行、いいなあ。ここはまさに地獄なんだが。

 今日に限って「宝島旅行もありだな」と言いだすお姉さんがいて、全員で烏天狗の館へ行くことになった。肝心なのは、その先だ。


「カナタくぅん、ほら。だーせ! だーせ!」

「尻尾世界、だしてみ?」

「ぼうずー、がんばれー!」


 試練の部屋に入るなり、熱燗をちびちび呑みながら、出店の食べものをやまほど買い込んだ袋を手にはやし立ててくる。

 渋々ながらに試す。春灯が何度か見せてくれたし、学校のみんなと大勢で片付けもした。現在進行形で、別次元の春灯がこの世界で収集した秘宝と目録の整理を続けている。おまけにぷちたちの住処がある。

 お姉さん方の目的は、ぷちたちにある。

 春灯の、ではなく。俺の、だけど。

 ろくなことにならない気がするから、正直あまりやりたくない。

 かといって、女郎蜘蛛に雪女、妖狐もいれば鬼女もいて、他にもいろいろな妖怪のみなさんが勢揃い。みなさんお酒が入っていて、めんどくさーく酔っている。俺が口で勝てるはずもないので、諦める。

 尻尾の霊子を解析して、部屋に願い奉ると真っ白く明るい部屋に変化が生じる。

 途端になにかが空から降ってきた。もわ、と煙り、目や鼻が猛烈に痒くなる。


「「「 ぶわっ!? 」」」

「「 うえっ! 」」

「ちょ、おい! ほこりくせえぞ!」


 お姉さん方から悲鳴と叱責が飛ぶ。

 けど、すぐにくしゃみをしたり、身悶えたりで忙しくなる。

 動いたらもわもわと舞い散るそれは、埃だ。

 およそ幅二十メートルもの道が、真っ白くなっていた。なにか小さなものが、ぴょんぴょんと飛んでいる。どこからか、かさかさ音も聞こえてくる。


「「「 カナタくぅん!? 」」」


 いやいや。

 初めて来たわけで。ほら。

 知らんし。ここがどうなっているのかなんてさ。

 味方になってくれそうなだれかを探すなんて、無駄だ。十兵衞も、お世話になってる男衆も、面倒そうな予感を感じてとっとと逃げた。ひどい。推しの子がいても引き下がるとか、あまりにひどい。ねばって!? くれないから、仕方ない。

 知らんよ? 知らんけど。

 来なかった。

 怖かったもんな。

 春灯と出会って、憧れに出会って、ずっと追いかけてきた。

 だけどペースもわからなければ、憧れがどういうものなのかも考えずにきたから、自分の足跡さえ見つけられない。どこへどうやって、どんな気持ちで向かえばいいのかわからない。

 ほったらかしてた場所だ。

 うちみたいだ。


「みんな、口を布で覆ったほうがいいね」

「熱燗ぜんぶだめだー。酒瓶かっといて正解だわ」

「いったん燃やす?」

「だめだめ、窓さがして開けたほうがいい」

「少年、窓つくれる?」


 比較的酔いの浅いお姉さんがたのしきりに急いで従い、通路端にある壁に触れる。

 木目調の壁にも、ほこりが垂れ下がって揺れていた。虫もちらほらと。

 都心の広い道のように大きな通路は、どこもかしこも汚れている。しかしその汚れは、人がなにかをすることで起きるものじゃない。人があえてなにもしないでほったらかしにしていた汚れだった。

 お姉さんがたと手分けして埃を逃がし、はたき掃除をしながら進んだ先に扉がある。開けると、埃は少ないものの、掃除や洗い物が雑なキッチン付きのワンルームになっていた。明らかに万年床のマットレスが乗っかっているベッドに、俺のぷちたちが集まってすやすやと眠っている。春灯のぷちたちと過ごす時間が増えたから、いまならよくわかる。俺のぷちたちは彼女のぷちたちに比べて、小さくて幼い。ただ、栄養不足なのか、かなり華奢に見えた。

 そもそも通路よりも極端に狭い。六畳間くらいのワンルームに、生活必需品を詰め込んでいる。ゴミ箱はパンパンで、妖狐のお姉さんが開けた冷蔵庫からは若干の異臭がした。

 春灯も自分の尻尾の中に入ったときには途方に暮れたし、知らずに傷つけていたし、放置してきたことを突きつけられて心がどうにかなりそうだったと言っていた。

 俺もいま、どうしていいのかわからずにいる。

 ただ実感を抱いた。

 自分にできることもできないことも、すべて自分の地続きになっていて、かけ離れたものは得られないし、だれかやなにかで代替することはできないんだって。

 ひとりにできることはたかがしれている。共生し、共同体になることで発展してきた社会を思う。どこまでいっても、ひとりには限界がある。それこそが人としての基本的な事実なのかもしれない。

 もしも戦いの中で腕を失うとき、義手を、義腕を望むことになるとして。侍には実際にそうして前線を去る人もいるのだけど。俺にもこの先、いつかそういう日が訪れたとして。これまで義手、義腕に関わってきたすべての人たちの恩恵に授かるのみでは済まない。自分自身が望み、リハビリやトレーニングを重ねて学ぶことになるんだろう。

 心が望み、求めない限り、できない。引いてしまう。面倒を省きたくなる。心が、身体が痛むのなら、避けようとしたくなる。

 以前の兄さんが俺にあれこれ言うときは決まって「なんとかしてこの時間が終わらないか」や「もう二度とこんな風に絡まれないようにしたい」ということばかり考えていた。兄さんの指摘や叱りがどれほど兄さんにとって的確だろうと、関係ない。時間そのものが苦痛だから、いかに時間が生じないかにばかり意識を向けていた。

 後輩の丈の指導をしていると、兄さんのもどかしさを理解できてしまいそうになるところが自分にはつらく、どこか距離を置いてしまっていた。小楠ほど後輩との時間を大事にできなかった。

 自分の地続きになっている世界に意欲を持てる目的地を見つけられるのか。

 たとえば春灯と一緒に居たいという目的を見つけたのなら? 光世やみんなの指摘のように、よく尋ね、よく聞き、味方として支え続ける。俺の振る舞いに「それつらいの、やめて」と春灯が言うのなら、まずそのことばをよく聞き、そう思っているのだということを変えようとせず、自分が相手を脅かしている現状を受け入れてから「さあ、変わってみよう」だ。

 人間関係にはいろんな状況があり得るから、将来を誓い寄り添い生きていても余裕を失いすぎて攻撃してしまうという過ちを犯す場合さえあるのだろうし。なんでもかんでも「さあ変われ」じゃない。ケースバイケース。逃げ口上のようだけど、そうじゃなく、お互いに自分の地続きに意欲を持てるのか、それともそれどころでない脅かしだったのかなど、ようく見極めなきゃなって話だ。

 この場所も、そう。

 受け入れようが受け入れまいが、埃だらけの通路の先にある、俺に放っておかれた式神たちの生存を脅かされている部屋は変わらない。

 あまりにも辛辣な事実として。

 もしかして式神を心のどこかに宿しながらも、外に生み出さず、放任という虐待を繰り返し、とうとう消えてしまった侍もかつてはいたのではないか。

 春灯は言及してこなかったけれど。俺もこの現場を見るまで思いつきもしなかったけれど。

 放っておいたらあっさりと、ぷちたちという尊い存在は消えてしまったんじゃないか。

 去年の五月に春灯が兄さんにかけたことばを、俺はいまも覚えている。

 つらいなら手放していい。手放したくないなら愛せばいい。

 いまの春灯なら、ちがう言い方をしそうだ。

 内容もすこし変わっているだろう。

 なにせあいつは経験し、学んだと言っていた。思ったよりも家で苦しんでいる子はいる。みんなと同じに見えて、その実ほんとにきつい時間を過ごしている子だっている。子は人と言い換えていい。おとなはより、悲惨が多様。愛しているけど、手放したくないけど、つらくてたまらないという状況だってある。

 結局それぞれが、それぞれの地続きに進んでいくほかない。

 どんなに美しいことばも、なにかを言い表したようなことばも、目の前のだれかやなにか、状況や環境を押し込める箱にはならないんだ。

 だからこそ、問いかける。

 どうしたいの? つらいなら無理しないで。ひとりで抱え込まないで。大事にしたいんなら、それでいいよ。大事にしかたがわからないなら、一緒に考えることだってできるよ。

 大意はむしろ、そういうところにあったんだろうと考えるし、兄さんの中には既に答えがあったんだろう。

 俺もいま、自分に問いかけている。

 自分の地続きの可能性として「どんな自分になりたいか」。

 黒ずんだタオルケットで寝ているぷちたちを見るのはつらい。

 こんなのはいやだ。

 自分なりにでいい。できることからこつこつと、しかできなくてもいい。

 地続きに進んでいく。意欲が大事。

 そういう社会になっているかっていったら? それはまた話は別。だから、いまの考えを話したところで、そもそもまともに取り合わない人もいるだろうし? 一笑に付す人もいるだろうし。逆に引くほどそうなんだってうなずく人もいるかもしれない。その手の話にまで膨らませて春灯はこのところ、ずうっと悩んでいるけれど。

 今夜ふたりで話したら、どうやら今日一日で光明が見えたそうだ。

 ほんとによかった。


「大掃除だな、これは」

「ここよくないなあ」

「飲み直すにしても、ここどうにかしてからだわ」

「いやいや、家主次第でしょ。どうすんのー? 少年」


 お姉さん方には頭が上がらない。

 お世話になり倒している。振り回されることも多いけど。


「その。ぷちたちを連れて、でます。みなさんはどうぞ、呑みにいってください。片付けは明日にして、俺はぷちたちが過ごせる場所を探します」

「片付け、明日ねえ。たいへんだぞ? これは」

「ぷちたちをほったらかしにしていて、なんですが。自分でしっかりやりたいんです」


 決意を語ると、お姉さん方がしょっぱい顔して俺を睨む。

 最初に口を開こうとしたお姉さんの腕に、もうひとりが手を当てて止めた。

 妖狐のお姉さんが「じゃあ地獄に戻ろう」と提案し、他のお姉さん方も続く。

 いやいや。え。なんで?


「あ、あの。なぜに地獄?」

「あんた彼女んちが大変なのに、さらにこども連れていくって? やめなやめな」

「今夜はうちんとこで預かるよ。シンママんちにシンパパんちが合流する、イン、シンママ実家! そんなのたいへんすぎるって。ろくにお金もないんでしょうが」

「やめな? 今夜は休んで、明日かんがえような?」


 ろくに声も出なかった。

 打ちのめされすぎて。ここ最近、実感しているのだけど。身の回りの女性陣の強さに俺はすこしも追いつけていない。今日は特に痛感してる。

 そ、そっすか。いまの春灯と俺はそれぞれシンママシンパパ状態っすか。

 いやあ。こどもというより式神だし、生まれたといってもふたりからじゃなくてひとりからだし。別れた相手がいるわけでもないし? もろもろ条件が違いすぎて、比較自体がみなさんに対して失礼な気がするのですが。


「なあに、この子たち。着の身着のままか? 洗濯してんの?」

「いや嗅ぐまでもなく臭いって。お風呂いれたほうがいいでしょ」

「パジャマも必要だね」

「少年、いろいろ教えるからついてきな」

「つか自分で勉強せえよ」


 追い打ち半端ない。

 おまけになにも言えない。

 そのひまがあったら学び、やりなさいってところだろう。

 ぐうの音も出ない。

 ほんと、みなさんの言うとおり!

 寝ているぷちたちの元へいき、屈んで触れる。

 髪は油でぺったりしていて、埃で汚れてしまっている。

 尻尾からでるときは、そんなことなかったのに。でてくるときは、身ぎれいにしてきてたのか。そんなこと、教えていないのに。それがまた、痛い。

 この子たちが素直に俺にいろいろ言えるほどの安心をすこしも渡せてない。

 なにものかにはなれないし、なにかにもなれない。けど、なりたい自分を目的に、できることを増やす挑戦はできる。失敗するだろうけど、経験値に変えて、成功に繋げていくことも。それにはつらい気持ちや、自分を責める気持ちは重荷になる。

 読み解いて、分解して、学びに変えられたらいいけど、それができることってそうそうない。


「ごめんな」


 できないを並べてふたをしていた。自分のこと。みんなのこと。

 ここを見るのも知るのも、本音をいえばずっと怖かった。

 春灯の話を聞いて、春灯の尻尾の中を見て、恐れていた。

 できないを体感するのも、直視するのも、怖い。

 自分のできないぶんだけ、春灯に対して重石にのせて押しつけてしまいがちだ。

 そんな俺相手だと、春灯は安心できない。話せない。

 自分でやってみよう。できないことにふたをせず、だけどぷちたちが安心できるよう。

 できないの先に目的があるときは多い。

 ふたをしていたら進めない。迂回もできない。

 旅の準備をしよう。

 この空間の調査もしたい。春灯の尻尾の中との違いから、なにか法則や発展の可能性が見つけられるかもしれない。

 だけど、ぷちたちの生活が最優先だ。

 できるにせよ、できないにせよ、よく知ろうとすることがむずかしい。

 でも、知らなければやっぱり、見通しのたてようもない。

 知ることで否定せずにはいられないなにかを知ってしまうことさえあるかもしれない。

 そういう箱になにかを押し込めるかっていう話ではなく。

 心から浮かんだ感情を頭にのぼらせて苦しむよりも。いまは心の池を鎮めることに努めながら、この子たちのことを、自分自身を、よく見つめて。安心に繋がる「できる」を循環させていこう。ひとまずは、衣食住からだ。

 しゃんとしろ。内省するのはあとだ。

 思いを寄せようとすればするほど、今日までの日々に俺が続けた選択が祟るだろう。

 たとえ妥協であろうと。逃避であろうと。無意識であろうと。

 関係ない。

 それでも、ここに来たのだ。

 居場所はだれにも必要なのに。六畳間の最低限の家具と埃をかぶった部屋を見渡して、洗濯や掃除をされたことのない、だれかが関わろうとしてこなかった事実をゆっくりと飲みこむ。

 しっかり自分を大事にしきって、やっとだれかに自分の居場所を渡せるのかもしれない。それさえ怠れば、自分の居心地は悪くなり、ぷちたちの居場所はますます窮屈で放置され、淀んでしまう。

 言い換えるのなら?

 自分を大事にして。ぷちたちの居場所を自分の中に、ちゃんと作っていこう。

 意欲はあるのか自分に問いかけるのももどかしく、お姉さんたちと一緒にぷちを抱き上げる。

 自分は自分として。ぷちたちはぷちたちとして。

 きちんと切りわけて、どちらも大事にしていく。意欲なら、あるに決まっている。

 ずっと求めていたことだ。

 兄さんが、母さんが、でもなく。コバトが、春灯が、でもなく。

 自分の地続きにあるもので、努めてみよう。

 育つ余地ばかり、見つかるはずだ。




 つづく!

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