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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百九十一話

 



 証明されていないことを言うのはたやすい。

 けれど、証明されていないことを証明することはとてもむずかしい。

 だから慎重に、正確さを期し、現実的に語ろうとするほど放言を控え、また放言を好む者のことばに耳を貸さない。

 けれど放言のように証明されていようがいまいが、気持ちよさげに語る者のことばは耳障りがよく、理解がたやすく思えて、かつ「いまのままでいいのだ」と日常の連続性を保証してくれるように響く。

 このとき、愚か者は二者。ひとりは言うまでもなく放言を行なう者であり、もうひとりはなんの疑いもなく放言を聞いて「これでよし」と済ませる者である。

 そう断じるのは早計かもしれない。

 昨日と同じ今日が続き、問題は自分とは関わりのないことだと一線を引いたつもりでいて、耳障りのいいことをただ受け入れて、そうでないものを冷笑する。そのほうが、昨日と同じ今日が続きそうだと錯覚するような日常さえ溢れている。

 昨日と同じ今日が明日も変わりなく続く。そのために揺さぶるものは排除する。考えないでいいように済ませるための答えだけがあればいい。

 そのために、なにを対象に、どのように煽動するべきかを考える。

 狙いは高校生の少女ひとり。青澄春灯。オカルトそのものと言わんばかりの尻尾を生やした奇妙な少女だ。憑きもの。話には聞くが、日常で見かける機会は決して多くない。盲導犬を見かけるよりもよほど少ない。

 社員が収集している情報をタブレットで眺めながら、夜景に視線を移す。

 人差し指でタブレットの端をなぞり、電源ボタンのそばで止める。とん、とん、とん。鼓動に合わせて三度、叩きながら夜景に見える光を数える。

 科学者であり、商人である。取引する商材は表社会では到底扱えない類いのものばかり。

 願わくば戦を。仄暗い悪徳を。巡るほどに利益が生まれるのだから、人には堕ちてもらわなければ。大勢でなくていい。既にこの世に溢れる外道たちを相手にするので十分。けれど彼らの欲が刺激されるようにならなければ困る。今日のロシア人のように。

 魔術師はその点で、期待外れだった。

 彼から聞いていた教授とやらのほうが、よほど好ましい客になったろうに。


「あいつめ。紹介しないで我に返るだなんて」


 尽きる需要に用はない。

 その点で軍需産業は世界のどこかで戦いが起きていないと困る。武器を流すために代理戦争を行なう地域と勢力がなければ。

 持続可能でなければ産業は成り立たない。

 自分たちの生み出すものは混沌であり、個人の欲に帰するもの。

 仮に青澄春灯をはじめ、世界に存在するオカルト領域の秩序を望む者たちをひとつの勢力と捉えるのなら? 彼らが望まない混沌をこそ望む者たちを見いだして、是非とも衝突していただきたい。

 ロシア人は評価しなかったが、たとえば強欲で、力の誇示に執着する浅ましくも金のある男を狂わせ、少女たちの敵に仕立て上げることができたなら? 敵をどんどん増やすことができたなら? 彼らが自分たちの技術に大枚を叩くように促せたなら。

 無論、直接的に関与はできない。

 狙われてしまうもの。それじゃあ困る。

 オピオイドを売り広げるように、施しを与える善人の面をかぶらなければ。

 商売として成立するよう、望ましい作用が必要だ。最終的には。

 けれど全世界を対象に無償で通信し放題のSIMカードを提供するほどの資産はない。さすがにそこまでの力はない。ゆくゆくは目指したい境地だが、ゆくゆくはという程度の速度では到底たどりつけないほど遠くにある。


「お金もうけたいじゃない?」


 儲けたいよなあ。

 血筋、権力、資産。みっつの柱が太くなればなるほど、利益は子孫にかけて循環していく。そうでない者たちの権利と資産を貪りながら成長する大樹の根。

 寄生し、腐らせ、実りはすべていただきたい。

 有力者であり資産家たちを狙う商人としての欲がある。

 昔に比べて知識が腕力に成り代わり、力の座に居座るようになった。

 脅かすなと知識の循環さえ妨げられるようになる世界だ。日常の連続性を望む人の性質につけいるように、日々の負荷の低減に思い悩む資産家への伝手があり、彼らをたぶらかす手腕のある人物が必要だ。

 人物の知識と技術は手段に落とし込み、大勢で共有できれば循環する規模が一気に拡大する。

 手腕を我が社のものとして、彼らを焚きつけ、少女たちが戦わざるを得ない状況を演出すれば? 持続可能な事業はより太くなる。

 終わらせてもらっては困る。

 戦いは続けてもらわなければ。

 じゃないと儲からないし、投資もしがたいし、そうなれば技術力をあげにくいし、福利厚生が悪化すれば社員の士気と成果に影響が出る。後者に移るほど体力が失われて現状維持に精いっぱいになり、人材を社外に依存するようになればもはや死に体。自社でできることがほとんどなくなり、外部に依存する度合いが増す。

 それは困る。ロシア人以外にも顧客はいるが、もっと欲を滾らせて戦略的に顧客の開拓と持続可能な事業開発を行なうとしよう。

 差し迫って少女の遺伝子情報の獲得と、今日のロシア人のようにオカルト領域で少女たちと対立し、商品を求める人物たちの目星をより意欲的につけていこう。他にも、少女たちの敵になりうる存在と、少女たちの抗争を促す要素が欲しい。火種は際限なく欲しい。

 日本の顧客である注文ばかり多く居丈高なご老人たちの相手にうんざりして、海外に逃れたという理由もあるのだが。


「見切り、早すぎたなあ」


 失敗した。

 まあ、戻れば済む話だ。

 容易にはいくまい。爆破について目星をつけたヤツがいないとも限らない。

 そんなことを考えると、思わず身体中が興奮で震えてしまう。

 方針を絞り、計画を立てよう。

 お金を儲けて、やまほど実験しよう。

 先立つものも必要そうだ。どんな国にいこうと、DIYの精神を忘れずに。

 幸い、殺しを愛する者たちが素材をやまほど用意してくれた。

 さあて。

 なにを作ろうかな?


 ◆


 寝起きは予想したより疲れていた。

 迂闊。弱さや流れに任せて、えっちをするべきじゃない。ビッグバンセオリーのペニーがうなだれていた自己嫌悪の朝に自分を重ねる。

 身体中が悲鳴をあげる。

 ぷちたちが密集していて、あちこちが痺れてもいる。

 ゆっくり痺れをなだめながら、ぷちたちを下ろす。

 金色をいっぱい出して、大きな狐のぬいぐるみに化かして私の代わりに布団に寝かせておく。

 一階に降りて、和室の前を横切ったときにカナタの気持ちよさげないびきが聞こえた。そりゃあそうですよねえと無情を噛みしめながら、リビングに移動する。お父さんもお母さんもまだ寝ていた。カーテンも開けずに、そっとストレッチ開始だ。

 体力が追いつく追いつかないは別にして、とにかく身体をよく動かすことになる。

 だから準備運動は欠かせない。お母さんに話したら「若いなあ」って、うんざり顔で言われたし? 美希さんも、いとこのお姉ちゃんも、みんなおんなじような反応だった。

 違いがあるとしたら、やっぱり出産経験の有無だよなあ。ホルモンバランスが乱れに乱れ、体力はごっそり持っていかれるし、十ヶ月かけての変化で消耗したあれやこれやを最低でも同じ期間、願わくば二倍か三倍くらいかけてのんびり癒やしたいのに「さあ子育て開始な?」と始まる挙げ句、世の中にはなんと「お父さんも家ではお子さまなの! 面倒みて!」という主張をそれっぽく言い換えただけの亭主もいるのだそう。

 仲間になれえ!

 勉強せえ!

 消耗してるんだから、お前がそのぶんなんとかせえ!

 と、いうのが本音。

 でもね。じゃあ「勉強したっす」「きみのやり方間違いっす」「これが正しいっす」と逐一ねちねちされたら? 仮にこどもに対して望ましくても、自分に対してきついから、やっぱりままならなさそうだ。

 それくらい、心身ともに疲弊しきると聞いている。

 だって出産自体、そもそも命がけだ。帝王切開もかなりきつい。そりゃあそう。メスを入れて身体を切るんだもの。麻酔していれば楽なんてことにはならない。手術したあとから、完全に治療し終わるまでずーっと麻酔しつづける、なんてことはできないもの。そうでしょ? 体力だって消耗する。

 病み上がりの状態の中でもとびきりハードな状況になるとしたら? これでもかなり低く見積もっているけれど。個人差もあるというし。その幅がどれくらいのものかなんて、私はろくに知らないけれど。

 ううん。インフルエンザにかかって熱が三十九度を越えている二日目や三日目を仮に想定してみると? 朝にストレッチや準備運動なんて、とんでもない! 頼むから寝かせてってなるなあ。

 そこに加えて、赤ちゃんのお世話でしょ?

 特によく聞くのは二時間から三時間おきの授乳。母乳じゃなくて粉でもいいとしたって、無理だ。満足に睡眠が取れない。授乳期間はWHOだと二歳を推奨とし、日本では一歳で卒乳を目指す人が多いという。このあたり、意地でも母乳、いやいや粉を使うかで宗教論になっているそう。

 ところで満足に睡眠が取れないと人は病むよ?

 記憶が飛び飛びになったり、冷静な判断力がなくなったりするよ?

 だから眠らせないという拷問も世の中にはあるそうだよ?

 だけど真夜中の授乳が、ふたりを眠らせなくするよ。

 仕事があるからと男が女に押しつける振る舞いは徐々に、ゆるやかに、時代錯誤になっていっているけれど、まだまだいまでもそれする人がいるそうだよ?

 なにせ育児休暇も、家族みんなで子育ても、まだまだちっとも当たり前じゃない。あってもまだまだ踏みこみが足りない。これじゃだめだと開拓していった人たちの足跡を、勢いを借りて受けられる助けは増えているけど、もっともっと欲しいところだし、だから主張しつづける人たちがいるよ?

 キテイの依存労働にまつわる記述とか、家族の中で循環するケアとか、いろいろ思いを馳せるとね。身体が命の一大できごとに挑み、結果がどうなろうと消耗しきるとき、心だって当然のように引きずられるわけでさ?

 私は体験していないのに、いまでもがっつり心と体がお互いを引きずり合っている。そのうえさらに、と考えると、とびきり怖くなってくる。

 それでもつい感情に流されて。はあ。

 やっちまったなあ。

 ラジオ体操第一、第二。ストレッチ、あれこれ。立位体前屈なんて高校に入る前はつま先どころか、膝に届くといいくらいだったのに、いまじゃ上半身と足をくっつけられる。Y字バランスだってあり得ん無理ってレベルだったのに、目指せI字って勢いだ。

 ひとしきりしっかりやるだけで汗だくになるし、身体のこわばりや痛む箇所もわかってくる。今日はあちこちが痛い。暖まるけど、同時に「ああ、体力なくなってる」と自覚もするし、息が上がる。タマちゃんメニューは過酷だから、後半はバテるまである。

 今度はだれも起こさないように、そそくさとシャワーへ。

 汗いっぱいのパジャマや下着を脱いで脱衣カゴに入れながら「そういえば、彼女の下着を盗んだつもりが、彼女のおばあちゃんの下着を盗んでいた最低男のお間抜けコメディシーンがあったっけ」とふり返る。あれは映画だと思うんだけど、タイトルはなんだったかな。

 思い出せないなー! 朝はだめだ。

 それに汗を吸った服の貼りつく感触が残っている。

 動いて汗を掻くのは好きになってきたけど、汗だくの服は好きじゃない。

 夏場は四十度から四十二度の間をいったりきたりする我が家の湯温は、シャワーだとより高め。ぷちたちも入るから、お風呂は高くても四十度まで。今日のシャワーは四十一度。正直けっこう熱いけど、しばらく浴びて慣れてくると気持ちがいい。

 大事に選ぶシャンプー類の香りと泡の感触に助けられて、いくらか気持ちを持ち直す。

 ひとりで浴びるシャワーは心の癒やし。たとえ髪と尻尾を濡らしてしまったとしても、浴びる価値がある。私にはね。

 いろんな考えや悩みが脳裏を過ぎって、昨日の決意も一昨日の悔恨も一昨昨日の学習も、ぜんぶ溶かして境目をなくしてしまう。いま私がいったいなにに取り組み、挑むべきなのか、見えなくなっていく。

 油絵に、油を溶かして液体にする薬剤でも垂らしてごちゃ混ぜにしちゃうくらいの暴力が、私の頭をぐちゃぐちゃにする。整理しようとするには、必要なひとりの時間が長すぎるけど、私にはその余裕がない。

 折り合いをつけても、何度となく繰り返しても、そんなの無理だと悩んでいた時期と溶けあって、混ざり合い、境目がなくなって、整理がつけられなくなっていく。

 眠れているはずなのになあ。

 本当はそうじゃないのかも。

 どうなのかな。わかんない。

 もうなにもかも、さっぱり。

 朝からなんでこんなに絶望的な気持ちに?

 自己嫌悪スイッチが入っている。いくつも。ひとつずつオフにしたいけど、その元気が朝だからこそない。

 こういうときは?

 朝ご飯!

 いっそどこかに注文したり、インスタントで揃えたりしたくなるのに、ひとつずつ思い浮かべると意欲がどんどん減っていく。結局、一から作る料理が食べたい。その欲求をごまかせない。

 だけど朝の低いモチベーションでできることは少ないし、多くは求めない。

 髪の毛を絞り、尻尾も一尾ずつ丁寧に水気を落としてから出る。実家の癖で着替えを忘れた。というか朝のだるさで手を抜いた。いいや。バスタオルで身体を覆って、二階の自室へ。さくっと着替えを済ませてから、キッチンに戻る。途中、玄関から出て新聞を入れておく。

 リビングのカーテンを開けて、テーブルに新聞を置いた。チェックはしない。

 キッチンに入り、冷蔵庫の卵パックを全部だす。大量に安く。そうしないと、ぷちたち全員のぶんをカバーするには食費がかかりすぎる。ガラスボウルにひとつずつ割り入れて、お砂糖とお塩で味つけを。大勢の料理をするなら、調味料だって贅沢は言っていられない。

 業務用とかねー。海外拠点の、大量にお安く系がいい。

 バターなんかもそう。たっぷり使うのが、やっぱりおいしい。

 カロリーと味は正義だよ。だから計算して、おいしくいただきたい。

 私が好きで、優先したいっていうだけで、好きじゃなかったり、優先するほどじゃなかったら? 雑にしてた。別にどっちでもいいんだ。

 一日三食。一食ごとに、一汁一菜でもええんやでって話もある。作り置きの料理がいっぱいあれば、たしかに便利。でも、その作り置きの量を作るのがそもそも面倒で無理って話もある。

 自分はどうか。それ次第。

 今朝の私はできる範囲でやっちゃいたいノリみたい。

 シュガーバタートーストを用意する手もあるけれど、それならスクランブルエッグをバタートーストにのせるのがいいな。ベーコンも炒めよう。柔らかめがいい。スクランブルエッグと食感を合わせて、トーストと合わせたときの喜びに集中したい。だとしたら焼き加減も同じくらい、ほどほどがいいかも。ふっくらトーストに溶かしバターを塗るくらいがいいかな。

 ああでもカリカリトーストに目玉焼きをのせて、ベーコンのせたい日ってありません? レタス一枚、トマトの薄切りのせてもいい。チーズもうれしいなあ!

 フランスパンを焼いて作るのもいいし、あれくらい厚みとかみ応えのあるパンなら、濃厚さらさらなスープと組み合わせるのがいい。コンソメ激推しだけど、トマトも悪くない。

 やりたいことが増えてくるから困る。

 なにを食べたいのかに集中していると、余計なことを考えずに済む。

 食べそびれたバゲットを刻んでクルトンみたいにスープに入れちゃうのも手。

 作る料理が増えると、必要な素材も増える。

 だけど素材を使い切れるほど、毎回、気持ちが元気いっぱいとは限らない。

 計画的に具材を使うのは、かなりハードルが高い。すくなくともだれでも楽勝ってほどじゃない。うまく使い切れなかったとき用のレシピを使えばいいのよってサクラさんが教えてくれた。逆に教えてもらえるまで気づかなかったし、腐ることなく消費できてたうちの両親の使い切りスキル半端ない。私が鈍感なだけで、おみそ汁やなにかに使っていたかも。

 そろそろ調理して食べるにはきついお肉やお魚、野菜はスープの出汁にする。あるいは粉物料理に刻んで入れちゃう。他にも、つみれや団子にして、具材に変えちゃう。調理すれば、いろんな手が打てる。

 好きなように試してみればいいし? だれかが試して開拓したレシピを利用すればいい。

 調べてみれば、自分の外に足跡を見つけることができる。

 経験が、どういう味かを予期させる。挑戦の回数だけ、見通しが開けていく。

 卵とクリームと調味料とで作った卵液に四枚切りくらい分厚いパンを浸しておいて、フレンチトーストっていう手もあるけれど、ゆうべ仕込んでないから無理。そもそもクリームを使い切るのが大変。まあ、うちの人数なら楽勝な気もするね!

 バニラアイスとの合わせ技っていう手もあるけどなー! 糖質たっぷりすぎて怯むね!

 大事なんだけどさ。頭の栄養になるもの。

 一度に食べ過ぎるの、よくないだけ。

 あ。大食い競技は別ね? 大好きなんだよね、動画で見るの。気持ちのいい食べっぷりが!

 競技者さんがどういう体調管理をしているのか知らないから、それも含めて別ね?


「甘いの食べたいな」


 あれこれ考えていたら、どんどん甘みへの欲求が増してきた。

 いまの私ならおっきな箱のアイス、半分くらいはいけるのでは?

 それはさすがに一度に食べすぎだ。いろんな栄養を三食、バランスよく分けて食べるのが鉄板。まあ、それも大変なんだけどさ。


「お腹すいたなー」


 菜箸でボウルの中の卵をかき混ぜながら、食欲で頭がいっぱいになっていく。

 朝にジューシーなお野菜料理とかないかな。

 トマトの頭を切り落として、チーズと調味料とをかけて、オーブンで焼くのはどうかな?

 焼いたトマトの汁気のうまさは一度覚えたらやみつきになるよ?

 ただ、ぷちたちにはトマトの受けがあまりよくない。私も小さい頃、苦手だった。お口の中がかゆくなるんだよなあ。いまじゃ平気だけどさ。

 グラタン系は野菜が入っていても受けがいい。苦手な子は、それでもやっぱりよける。舌に、鼻に感じるっていうよね。これもやっぱり、自分の小さな頃を思い出すとよくわかる。入っているのが食べる前にわかるんだ。

 好きなものときらいなものとが、はっきり分かれている。

 食べたことのあるものの中にそのふたつがあって、食わず嫌いになるか、そうじゃないかもまた別の基準としてあってさ。食べたことのないものを食べるきっかけ作りが厄介だ。むずかしいんだもの。

 それも歳を重ねていくにつれて、境目が曖昧になっていく。

 不思議だなあ。境界線の謎だ。それは絶対的なものじゃなくて、溶けあっていく変化のあるもの。相対的とも言いがたいんだ。なんでなんだろうね?

 朝にトーストする料理やグラタンを思いつくとか。そんな自分にさえ驚く。

 できるできないの境界線だって、ほんとはずっと曖昧だ。

 地域によっては朝にラーメンを食べるというし? 朝に食べるラーメンは、これくらいのあっさりめがいいみたいな基準もあるのかもしれない。

 知らない枠組みで焦らずに。もっと枠組みの外に目を向けよう。


「ハムを何枚も重ねて挟んじゃうのも手かも?」


 もったいなくてハムの使用は毎度、ひとりに一枚で済ませがち。

 厚みがあるハムがうれしい。アメリカだと、かなりたっぷり使うそう。

 フランスやイタリア、スペインあたりを旅する番組で見かけるサンドも、たっぷりめだった印象があるぞ?

 厚みがほしいなら、スクランブルエッグじゃなくて厚焼き卵にする? そこに具材を混ぜる手もある。厚焼き卵にしなくても、たっぷりの固めスクランブルエッグともろもろ焼きを挟む手もあるなあ。

 ぷちたちが食べたら?

 具がこぼれて服を汚すね!

 間違いない!


「味見用に私の作っちゃうかな!」


 だれも起きてこないからこそ、いまなら好きに食べ放題。

 やっちゃう?

 やるしかねえな!

 私の食欲はだれにも止められねえもんなあ!


『ほう?』


 やだなあ、タマちゃん!

 あくまでも私ひとり用だよ? 文量は守るって!


『なるほど?』


 ほんとだよ?


『そうかそうか』


 ほんとだってば!


『卵、いつまで混ぜる気か』


 あ、やっべ。




 つづく!

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