第千八百八十九話
聖歌ちゃんたちがうちに来た。
理華ちゃんは控えめ。美華ちゃんはハラハラ。
主役は聖歌ちゃん。うちに来て、お土産をくれて、うちの親はもちろんのこと、ぷちたちにあいさつをする。ぷちたちが好きなものをお土産に選んでいるあたりがぬかりない。そうは言っても、事前に「どういうのがいいですか」って聞かれて私が答えた手軽なスイーツを選んでる。
ぬかりなさは理華ちゃんの采配かな。
瑠衣くんやスバルくんたちもついてきている。
一年九組はみんなして、いっときぷちたちと過ごしたことがあるそうな。美希さんから指南を受けたとも。最初はどうかなと気になっていたけど、すぐに馴染んだし、任せてよさそうだと安心できた。人見知りする子も含めて、岡田くんの手品に沸いていたからさ。
積もる話があった。主に聖歌ちゃんにとって。
学校で最近、なにをしているのか。どんなことを覚えたのか。先生がどんな感じか。クラスでどんなことがあったのか。
理華ちゃんがこっそり調べ物していることとか、ワトソンくんに詩保ちゃんが訓練を受けていることとか。他にも、彼の教団の仕事に詩保ちゃんがついていこうとすることとか。
ツバキちゃんが自分の修行のために作った歌がいっぱいあることも。あるいは理華ちゃんと美華ちゃんと三人で明坂の仕事をちょこちょこっとしているときのできごとも。
不思議に思う。
いくらでも聞いていたい。
こちらが喜ぶと、すごくいい顔をしてくれる。
聞くことのほうが、話すことよりもずっと、喜んでもらいやすいと感じる。
聖歌ちゃんは、果てなく話し続ける。ぷちたちもそうだ。
私の心の中での独白にも重なる。
そこにはきっと、みっつの欲がある。
とめどなく、どこまでも発したい。
だれかに聞いてもらいたい。
気持ちを鞘に収めるか、とどまるか、先に進むのか、どれであろうと安らぎたい。
みっつはそれぞれ、別々のもの。きっと、ちっちゃい頃からあるもの。それこそ赤ちゃんの頃からね。トモたちに聞くところによれば、すくなくとも犬にも猫にも、似たようなところがあるのだそう。
自分を受け止めてくれる存在がいる。
自分を受け入れてくれる存在がいる。
ふたつは似て非なるもの。だけど共通項もある。
安心できる、安全な居場所。
自分にとって安定した居場所があるとき、初めて「お互いのペースで、お互いにキャッチボールをしよう」という話に向かっていけそうだ。けど、だれもが安らげる会話の居場所をもっているわけじゃないし? 知らないまま大人になってしまうことさえある。
そういう階層の話として捉えることもできちゃうからさ?
端的に話をまとめたキャッチボールは、難易度が高いなあと感じるの。
いま、それを求める気にならないのもね?
聖歌ちゃんが求めてくれているんだなあ、さみしかったんだなあ。私相手にずっと、そう感じてくれていたのだなあと実感しているから。
うれしいじゃんね?
なので、不安そうにしている美華ちゃんに何度か気を配りながら、それでも主には聖歌ちゃんの話を聞く。
普遍的な要求なのかもしれないね?
自分を受け止めて。どうか私を受け入れて。
これだけ並べると厄介さを感じないでもないけどね。でもさ。基本、日常は連続するものじゃない? なにが起きても、明日になれば落ち着いた一日がやってくるはずじゃない? だけどそれが揺らいだとき、脅かされるのはなに?
受け止めてくれて、受け入れてくれる土台。
それは話を聞いてくれる人だけじゃない。穏やかで変わらない日常でもある。
十兵衞から教わる禅や仏の教えのみならず、折に触れて知る。人生は孤独だって。孤独を土台にすると「話を聞いてくれる? 穏やかで変わらない毎日が続く? すごい贅沢でいいな!」って気になってくるんだけど、でも求めずにはいられない。人はひとりで生きられない。
ひとりだからふたりを願う。
だれかを求めずにはいられない。
ハグして、すべて分かち合えるほど近くなくてもいいんだ。
せめて、どうか。
だれかの世界に、私の居場所を。
切実に願う。
ほら。あれだよ。リメンバーミーとか、そんな感じじゃない? メキシコの死者の日がモチーフになってるやつ。
あなたをずっと忘れないよ、と語り継いでいくの。
死したものたちの、相手を変えることはできない現実を徹底的に突きつめた関係性からの願いなんだよね。
私たちはまだ、会える。話せる。
うまく繋がることができるとは限らない。
いま聖歌ちゃんの話を聞けるっていう、それだけのことが「すげえなあ」と感じる。
ぷちたちの話にしても、一緒。
話さずにいられないのは、どうか居場所をくださいという訴えで。
聞かずにいられないのは、どうかこの繋がりが必要だと教えてくださいという願いのよう。
ただ、ぷちたちと違う点がある。
ねえどう? どう思う? とか。春灯ちゃんならどうする? とか。
意見をどんどん求められること。
最初は話すばかりだったけど、でも「聞きたかったリスト」みたいなものがきっと聖歌ちゃんの中にあったんだろうね? いろいろ求めてくる。だけど本当は答えが欲しいんじゃない。それを話題にいろいろ話したいんだ。一方的に言うだけじゃなくて。
御霊との縁に似てるなあと感じた。
心の中に、お互いにスペースを作る。
窮屈じゃ、つらいよね。
居場所がなくなったり、繋がりが弱まったりしたらさ?
さみしいよなあ。
とびきり濃密な時間は驚くほどゆっくりと、味わうように流れていく。入れ替わり立ち替わり、後輩たちが話し相手を変わっていくのに、聖歌ちゃんはずっとだ。本当はぷちたちと過ごせるようにして、私の負担を減らすのを口実に私といっぱいいようとしたのだそうだけど、本末転倒。
聖歌ちゃんのそういうところ、去年の生徒会長選挙の自分と重なる。
夕方になって、みんなを見送った。聖歌ちゃんは泊まりたそうにしていたけど、理華ちゃんが「今日は引き際」と促して退散した。あんなに元気いっぱいなぷちたちが、ご飯を食べてお風呂に入ったら即寝だったし? 何人かはげっそりしながら帰っていったし、実際に引き際だったのかも。すっかり疲れちゃって!
みんなが来てくれてよかった。
学校でもなんとかなるかもしれないと、心からそう思えた。
ここまでされなきゃ、みんなの中に私の居場所があるんだってわからないのも、見つけられないのも、どうなんだろうね?
どう思う? 十兵衞、タマちゃん。
『さてなあ?』
『ずいぶんと長い間、妾たちの居場所が窮屈ゆえになあ?』
すみません!
ほんとにね!
自分でいっぱいいっぱいになって、溢れてたんだ。
私の中に、みんなの居場所、いっぱい作れるかな?
『願うなら、行なってみればいい』
『すくなくとも妾たちの居場所は守っておくれよ? あの子らのもな』
あいっ!
◆
さてさて、思いがけない休みになった。
気が晴れた翌日に心が洗われるなんて、リフレッシュにしちゃ最高すぎません?
どうせ元気ならばと芝居のお稽古から帰ってきたカナタとふたりで隔離世へ。
日に日にお母さんのお腹が大きくなってくるし、こどもができるってやっぱりすっごく大変だ。お父さんと手分けして家事に勤しむのはもはや当たり前レベル。私たちが動かないと、お母さんはなにかせずにはいられないからさ? 止められないのだ。
止められないといえば、愛生先輩の忙しさも止められない。連絡するはずが後手後手に。わんこになってたマドカの話をするなら、直接、顔を合わせてしたい。場合によっちゃあ繊細な話題になるかもしれないし? 笑い話になるなら、ますますそばでしたいじゃない? ね!
そんなわけで開き直って真夜中お稽古タイムだ。
家の前の通りに出て、ふたりで並ぶ。
「それで、なにやるって?」
カナタさんの声は、たとえば瑠衣くんたち男子の「俺ら体力もうないっす」というくたびれ度にかなり近い。今日のお稽古でも、めいっぱいがんばってきた証! かもしれないし? ルミナとの差を痛感して、やっぱりへこたれてきたっす! ということなのかもしれない。
疲れてるなら送ってくれるだけでいいのよって言ったんだけどね。
うまいこと言おうとして出てきたセリフが「相棒だろ?」だったし、休むくらいなら一緒にいたいそう。
カナタの居場所も最近の私にはぜんぜん足りてなかったんだろうなあ。実感!
それでも修行はするけどね!
「やっぱ最初は真似っこからかなって」
十兵衞の刀を抜いて、柄を握る手から金色を出す。
だけど刀に纏わせる、というのがまず無理。
霧状にするのも、雫になるほど凝縮させるのもだめ。
「んんっ!」
「道のり、長そうだな」
「木火土金水の水に寄せられなきゃだめなのかな」
「五行の?」
「そ」
金色を出すのをやめて鞘に戻す。
今度はタマちゃんの刀で試してみるけど結果は変わらない。
雑なんだよなあ! 我ながら!
基本、フィーリングだ。言語化して伝えられるような感じじゃない。
なにをするにしてもフィーリングで掴めなきゃ、進みようがない。
そのイメージが木火土金水。
「やっぱファリンちゃんに頼らなきゃ始まらないかなー」
「ふふふ。春灯、だれかお忘れじゃあないかな?」
「……どしたの」
なんか急に胸を張ってドヤり始めたんだけど。
「カナタさんはファリンに教えてもらっています!」
「……なにか名案があるの?」
「それはありません!」
いまの時間なんだったのぉ!?
ねえ! そこまで疲れちゃってるの!?
「だいじょうぶ? 現世に戻って寝る?」
「ごめん!」
いや。あの。
元気いっぱい謝れば無罪って話でもないのよ?
タマちゃんの刀も鞘に収めて、両手を空へとかざす。
金色を思いきり出してから、すべてを花びらへと変えてみる。
もうひとりの私とちがって、出した金色のぶんしか散らない花びらの雨。
あまりにも儚い。できれば降り注いでほしいんだけど、そうもいかないみたいだ。
花びらシャワーにもなにか仕組みがあるようだ。
ところで花びらシャワーってなにか響きが卑猥じゃない? なんて。落ち着け。発想が官能小説の足元にも及ばない下ネタだって。どうでもいいけど官能小説の表現ってすごいらしいね。
なんの話だ。
私は私で疲れてるってか?
まあ、憑かれてはいますけど! 狐にね!
はあ。
「帰ろっか」
だめだ。
進捗だしようがないことがわかっただけだ。
確認できてよかったけど、それにしても真似するだけでも必要な技術がやまほどありそうだなんて。困る。簡単そうに見えたのに。得てしてそういうものほど、難しいってことか。
あーあ!
諦める私の横で、カナタが腕を組んでそわそわと身じろぎを始めた。
「ああ。いやあ。それはちょっと、早いんじゃないかなあ」
ん?
「ほら。なんか、久々にちょっと元気がある夜だろ?」
お? お? なんだ?
誘い方へたくそか?
そういうところまで疲れてなくていいんだよ?
「……なんすか」
「夜のお散歩というか。天使と虹野は朝に散歩でデートするっていうし。俺たちは夜に隔離世でお散歩デートっていうのは、どうだろう」
なんの提案もないまま「教わった!」ってだけ言うくらい疲れちゃってる人が?
やるだけやってみて、なんのアイディアもないまま「今夜は撤退!」ってあっさり折れちゃうほど疲れちゃってる人と?
それこそ、どうだろう。
いまの脳内だと「早く寝る!」と「だらだら寝る」と「風呂でぷかぷか浮かぶ」の三択が競ってるんだけど。そうだなあ。
「ふたりで和室で動画を見るのは?」
「途中で寝ちゃうだろ。春灯も俺も」
疲れ具合に関する認識は一致してるの、なかなか切ない。
あと、どれだけ疲れているのかわかったうえでのお誘いのゴールはなにか、だいたい察する。
「元気だねえ」
「だって! いちゃいちゃしたいから! 愛を感じ合いたいから!」
「オブラートを外すと?」
「――……えっちが! したいです!」
隔離世でよかったよね。
この人ほんきでなに言ってんだろうと内心でツッコミ入れちゃうよ。
叫ぶほどにか。
そこまで本音でしゃべれるようになったんだなーっていう感慨を、最低な発言に対して抱いていいのだろうか。
悩むなあ。
「はぐでよくない?」
「むらむらします!」
はあ。
どうしよう。
初めて「はあ以外の感想が出ない」ぞ?
こんな初めて求めてなかったんだけども。
「今夜は気分じゃないですか……っ!」
そんな。目を閉じて歯を食いしばって、拳を握りしめて言わなくても。
滂沱の勢いなの? そこまでド直球で誘ってくる勢いなの?
引いちゃうなあ。
そこまで求められると?
引いちゃう。
「んー、気分じゃないというか、面倒というか。寝たいですねえ」
「……かしこまりました!」
あ。引いてはくれるんだ。カナタも。そこは受け入れるんだ。
じゃあすぐにでも、漫画なら見開きになりそうな立ち姿でいるのをやめてほしいんだけど。
あと、なぜに敬語?
「あああああ。その、ほら。耳かきしてあげよっか」
「いいとです! 罪悪感でさせてはならないことがあるとです!」
わかっているならいいんだけどさ。
待って? どういうスイッチが入ってるの?
ねえ。そこまで妙なテンションになるほど疲れちゃってるの?
私よりもよっぽど寝たほうがいいって。
たぶんどっちかが、あるいはお互いが途中で寝るって。
ショックだよー? それはかなり。
あとで気を遣うよー? 気まずくなるよ?
面倒だからしないけど。
「話、聞こっか」
背中に手を当てたら、カナタがめそめそと愚痴り始めた。
お前もか。
そう思いはしたけど、現世に戻って和室で話を聞いたよ。
現場でカナタを可愛がってくれる先輩は名だたる役者さんだ。でも、それを気に入らない人もいる。芝居がちっともできないのは、カナタも自覚しているからね。下手っぴなのをやり玉にあげて攻めてくる人がいるのがすごくつらいのだそう。
演出家さんたちに鍛えられているし、現場はやっぱり容赦なさめで厳しめなので、攻めてくる人は聞こえよがしのため息とか、舌打ちとかで留まっているそう。
可愛がってくれる人たちのほうが多いぶん、きつい態度の人が目立つ。自信のないカナタは敏感になる。食事会でもなんでも、実力はこれからっていう話も含めて明るく笑い飛ばしてくれる人たちに可愛がられるほどに、実力のなさが許せない態度の人が気になってくる。
カナタはちゃんとわかってる。
望むと応えてくれる人たちが可愛がってくれていて、そっちでがんばるのが大事だって。育つことのできる世界は、そっちなんだって。
だけどできなさ加減を気にするほど、それを責めて、なじり叱りたがる人が気になってしまう。そっちで育つことはできないって。
わかってるんだけど、ね。
刺激を痛く感じちゃうのは別の話だもんなあ。
ひっついて話を聞いていたら、だいたい気が済んだみたいだ。
それでも止まらない欲がある模様。ひっついて寝転がって話していたんだけど、なかなか離してくれない。せめて今夜は一緒に寝たいと甘えてくるくらい、参っているみたいだ。
構わず離れましたけどね。
ずるずる惰性でしちゃうと、いろいろぐだぐだになるからあんまり好きじゃない。
タマちゃんが「相手に触れて居場所を確かめたいという甘え方だ」と評した。
その甘え方なら覚えがある。
自分に刺さるブーメランになるけど「こどもが親に甘える」やり方と、行為は違えど方向性は同じだ。
そんなことしなくても、ちゃんと居場所があるって伝え合えることを知ってる。
「そろそろ喫茶店に思い出の品をひとつ、入れたいな」
「――……あああ」
お互いに大切にしたいものを増やしていきたい。
だけど自分が求めるものに相手を利用するのは、悲しいよ。
それはちっとも甘くなんかない。
「ふたりでめいっぱい楽しめるようになるまで、ゆっくり休んでね」
「そうする」
ごめんと、おやすみのキスをしてもいい? と聞いてくる。
離れた距離を急いで詰めるより、心細さに無茶をするよりも、大切なことだからこそ、ふたりで堪能できるように楽しみたい。
疲れているときは無理せずどうか、ゆっくりと休んで。
話したいことがあるのなら、どうか聞かせて。
ふたりの居場所に甘さを増やしていきたいから、今夜はキスでおやすみを。
つづく!




