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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百八十五話

 



 卵を勢いよく空へと投げた!

 なんてもったいないことを! って、ちがうちがう。食べものの卵じゃないんだって!

 じゃああれはいったいなに?

 身構える私に構わず、彼は叫んだ。


「出ろぉおおおおおお!」


 渾身の号令と共に指を鳴らす。

 まさか! なんかロボットが出てきたりするのか!?

 いくらなんでもネタ元が古いのでは!? お父さんが大好きなアニメでかぶる作品がいくつか浮かぶぞ!?

 動揺しながら見上げた先で、卵が破裂した。

 白い煙があたり一面に降り注ぐ。私を中心にして。

 ぎょっとしたけど、もう遅い。


「けほっ! けほっ!」


 め、目がぁ!

 ちょっぴりしみるんですけど!

 なにこの煙!

 匂いはない。すこし刺激を感じる。

 ほんのちょっぴりすぎて、違和感が。

 自分をなだめて冷静にまばたきを繰り返すと落ち着いてきた。

 冷たいんだ。この煙。霧かなにか? 細かい水滴を散らした的な?

 なんの意味が!? ねえ!


「高速ぅ! 九連玉ぁ!」


 動揺している間に彼は繰り返し、卵を出しては空へと投げた。

 数えて九回。別に高速でもなんでもなく、なんなら焦り気味に。

 要するに煙幕卵は目くらましによる時間稼ぎに過ぎなかった。

 そういう勢い任せなところを見て痛感した。

 烏天狗の館は忠実に再現している。私のあほっぷりをね!

 だけど当の本人は、やっている最中には気づかないんだ。最後の一玉を投げ終えた彼は満足げに指拳銃を作る。

 空に留まり、ふわふわと浮かぶ九つの卵たち。

 手前にあるひとつを狙って、


「いけぇ!」


 金色で丸い玉を造り、指拳銃で撃った。

 脳内で「れっ、れいが――……」とある技名が浮かんだけど自重する。

 できてない。ほとんど言ってるって!

 年代がお父さんたちのこども時代なんだけど、ねえ。

 撃たれて卵へと向かっていく金色の球が途中で九つに分かれて、それぞれ卵に衝突。

 同時に弾けた。

 またしても煙幕か。そう思ったけど違った。

 花びらだ。一枚一枚が輝いている。赤く色づいた花の鮮やかさそのままに、光を発している。


「照明さん! オーフ!」


 調子に乗って彼が指を鳴らすと、白一色の空間がぱっと暗くなった。

 いや待って!? 烏天狗の館さん!? 試練のお部屋さんよう! そりゃないでしょ!

 彼は私の設定した試練なのであって、空間の操作の権利は私にあってもいいのでは? なんて。

 驕り? かもしれない。

 一気に暗くなったから、九つの卵があった場所から無限に散って落ちてくる、赤く光る花びらたちに目を奪われる。

 ここまで戦闘っぽさがまるでない。

 ただし視界が悪くなったから、ここから攻められるとまずい。


「たぁまぁも! ブレぇーいどぅんッ!」


 妙に巻いた口調で宣言したかと思ったら、どうやら彼は刀を抜いたらしい。

 鞘から抜けた途端、金ぴかに光り輝いた自己主張の強い刀を持った彼が見えた。照らされている! 刀に! それじゃライトセーバーやん……っ! ビームソードでもサーベルでもなんでもいいけど!

 恐る恐る私もタマちゃんの刀を僅かに抜いてみた。彼とちがって、私のほうは光っていない。

 安心した。なのになぜかな。負けた気がする。明るさ比べのバトルじゃないのに。


「うぅうううう! いぇええええええええええええええええんぬぁっ!」


 ひゅんひゅん横に回してギターのように構えた。

 直ちに刀が化けてギターに早変わり。甲高い音を猛烈なボリュームで放つ。

 ギター単品で出る音量じゃねえぞ!? と顔をしかめながら、狐耳をたたみ、人耳を両手で塞ぐ。構わず彼はご機嫌に弦を指先で弾きながら、ぴかぴか輝く金色のギターに照らされてシャウトを続ける。

 正直いえば、うまいとは思えない。

 ただ、相当気持ちよくなっているみたい。テンション上昇、制限なし。彼があがればあがるほど、舞い散る花びらの輝きが増していく。深い赤から淡く桜色に。

 あいつなにがしたいんだ! と身構えてばかりいる私は、とっくに花びらの結界のただ中に閉じ込められていた。気にせず、ずんずん歩いていけばいいんだろう。

 ひとりで気持ちよくなってんじゃねえ、と。そう雄叫びをあげて突っ込んでいってもいいし?

 そんなにひとりで楽しいなら、どうぞご自由に! と。そう愛想を尽かして部屋を出て、設定を見直してもいい。

 それでも見ちゃう。

 自分と同じ力の可能性を見てみたい。それがどんなに阿呆で、どんなに的外れであろうとも。

 それが見るに堪えるかどうかは別の話。

 崩れ落ちて、膝下で座り、のけぞって仰向けになってギターを弾いていたら、あまりに無茶して弾いていたのか、あるいはテンションがあがりすぎて化け術調整が雑になったか? とにかく弦が切れた。ぷつんって。

 音が徐々に小さくなって、とうとう聞こえなくなる。

 訝しみながら、私は耳から手を外した。それでもなにも起きず、たまらず狐耳を立てて、めいっぱい耳を澄ませてようやく、彼が唸る。


「――……おぅ」


 いや「おぅ」じゃないんだが?


「一緒にセッションしない?」

「どういう誘い方なの」


 いけない。思わず突っ込んじゃった。


「え。無理? 戦いたい感じ? おけぇ。そういう感じなら、うんうんうんうんうん! やらないでもない! やらないでもない、かぁわぁりぃに!」


 話し方がうっとうしいなあ!

 うんうんうんのくだりで何度もうなずくのも、かわりにの部分で一気に声を大きくするのも!


「ストレッチ代わりに歌わない? 歌わないと調子が出なくて。ほら。こんなに綺麗な舞台にしたんだぞ? 花びらちるちる満ちて煌めいちゃうこの感じ? 雅!」


 切れた弦を摘まんで、ボディに近づける。ひとりでに弦が元通りに修復される。

 そう見えるだけで、ちまちま化け術つかってるだけなんだろう。

 冷静に考えると「私が設定した部屋。私の設定した相手。つまりこれは壮大なるソロプレイ」だ。まだまだ冷静になりきれてないので、言い換えよう。「私が設定した部屋、設定した相手。それを再現してくれた試練の部屋に協力してもらう、私の修行タイム」である。

 気を抜くと、私ひとりでなにやってんだろう? と我に返るつもりで、たんに自分を責めたくなっちゃうのでやばい。どうどう。落ち着け。いまは修行中。

 ただ、いままでのやり方に固執する必要もないかも。

 煙幕卵は使える。

 アイディアを縛りすぎてる。

 正直、ネタが欲しくて仕方ない。

 別に今日一度きりってわけじゃなし!

 開き直って、なんでもやってみよう。


「いいよ。ただし私が弾くから、キミは歌うこと」

「ええ!? 金ぴかギターが泣いちゃうぜぇ?」


 そう訴える彼はいまだにのけぞり姿勢のまま。

 頭も背中も床についていないから、地味に筋肉に効いてそう。

 顔だけこちらに向けてこられても困る。あとけっこう気持ち悪いから、せめて私を見るなら立ってからにしてほしい。

 あと、これも言っておきたい。


「せっかく艶やかなライトなんだから。シャウトするより、しんみり歌いたいじゃない?」

「じゃあシャウトするならどういうライトがいいのか、ちゃんと提案してくださいよおいおいおいおい! わかりますぅ!? 自分だけ満たされようとするの、よくないと思うんだよ、おいおいおい!」


 うるさいし圧がうっとうしい。

 しかも圧のかけかたが下手に思えてならない。

 なまじ私のもうひとつの可能性みたいに、私を軸にした相手を出したせい?

 私の脳内サゲ判定が止まらないんだけど!

 やめたい!

 生きづらい!


「待って。わかった。もうちょっと落ち着いて話さない?」

「あふれるパッションの行き場を探しているのに!?」

「私まだそこまで元気じゃないの」

「やむなし!」


 いいんかい。

 助かるけど。融通きかせてくれるのありがたいけど。

 試練の部屋がいい塩梅にしてくれているのかな。

 戦いの練習はどこいった状態なの自覚しながらも、助かるのだし。

 ま。

 いっか。

 いいんかい?

 いいんだい!


「ううん」


 腕を組んで、彼を見ようと試みる。

 ギターの煌めき半端ない。ただ、眩しすぎて直視しにくい。

 なので。


「お部屋さん、ライトアップお願いします」

「えええっ!」


 ふわあ、と。明るさをバーでゆっくりと調整するように部屋が明るくなっていく。

 最初の状態に戻った。こうでなきゃ困る。見えにくいんだもの。


「ううん」

「なんすか」


 身体を起こしてギターを抱き、座ったままの彼を見る。

 延々と降り注いでくる花びらの雨を抜けて、近づいて確かめてもみた。

 私の内から現われて私自身を殺したくてたまらず、いくらでも刀を抜いては貫こうとしていた姿にそっくりだ。瓜二つ。部屋は忠実に再現してくれた。

 けどステージ照明を作り出して、ライトの設定を変えて、刀をギターに化かして歌い出すあたりは、先日の振る舞いとかけ離れている。

 敵意剥き出しに殺しにかかってくるのかとばかり思っていたのに。

 へんてこさはあっても尖り切れてなくて、顔に負けじとまんまるい。いや、そこまで丸くない? どうだろ。顔は丸いけど。

 丸くないもんね!?


『なにをやっているんだ、お前は』


 十兵衞に呆れられてしまいました。

 それはそう! 十兵衞の言うとおり!

 私のNGワードなんだ。つい過剰に反応しちゃった。

 自分で連想しておきながら。丸さに敏感すぎて、つい。

 びかびか主張を忘れない金色玉藻ギターを眺めようとして、目を逸らす。

 眩しすぎて痛い。まぶたにちらつく輝きの暴力!


「そのギターの輝き、もうちょっとおとなしくならない? よく見えないんだけど」

「俺の玉藻は輝いてんの。輝きとまらねえの。輝きおさまらないの。わかる? 輝きをさげるなんていうのは、もはや暴力なの」

「そ、そっすか」

「サングラスでもかけりゃよくね?」

「――……なるほど!」


 めんどく――……ごほん。

 グローブから金色転化の卵を出して、卵をサングラスに化かす。

 ここまできてふと「銃の意味は」と思ったけど、これは後ほどノンちゃんと詰めるとして。

 サングラス越しにギターを見ようとしたけど、


「おうっ」


 輝きが貫通してきた。変わらず眩しい。

 なんでと思って外して確認したら、レンズの部分が溶けていた。


「玉藻は遮られることをきらうんだが、まさかそこまでするとは思わなかった」

「……そっすか」

「わり。触ってみるか?」

「いいっす」


 なんかいまの私にはいろいろ早すぎる一品なのだと感じたから。

 だいきらいだっていうメッセージのようで、怯んだ。

 逆に、こんな眩しさものともしないくらい、なんとかなれって背中を叩かれているようでもあり。

 どちらであろうと、私にはまだ、多くのものが足りなくて尻込みする。


「歌わねえの? 楽器は?」

「え、と」


 タマちゃんの刀の柄に触れる。

 彼のようにギターに化かす?

 彼のギターほどには輝いていないのに。

 問題は私にある。タマちゃんにはない。

 それは罪のようだ。

 彼の刀の輝きは、罪を暴き責めているのではないかと錯覚するくらい眩しい。

 けれど錯覚に過ぎない。

 罪だと感じるのも、そしてそれを責められていると感じるのも、どちらも私。

 罪を責めたい気持ち。とりわけ、自己に対するそういう感覚を罪責感と呼ぶそうだ。

 重大な過失を犯した。あれは罪だったと自分を責める。そういう感情。

 ただし「これはしてはいけない」や「これをして」という前提に背いて行ない、重大な過失を犯したと感じるとした場合、いかなる問いが想定されるのか。

 まずは「してはならない」禁止、「して」という要求がどのようなものか。応対する相手、属する集団、環境、時代によってたやすく変化する。禁止も要求もね。だから、ここは具体的に読み解いて、それがどういう性質のものかと、罪責感に苛まれる本人にとってどういう感覚のものかと、どういう脅かし・脅かされ度が存在していたか。他にも調べるパラメーターはたくさんありそうな、最初の問いとして考えておきたい。

 次に重大な過失を犯した、という点。禁止と要求と照らし合わせ、環境や状況、集団や相手との関係性など、調査して考慮すべきパラメーターがいくつもあるから、こちらも明らかにしておきたい大事な問いの対象となるだろう。

 そして、それらが本人にとってどれほどの罪責感になっているのかが気になる。5W1Hで問い、罪責感がどのように生じて、本人を苛んでいるのかを探るのだ。

 実のところ責める責めないは問題の解決そのものに直接的には寄与しない、ないし、寄与しがたい。

 今回でいえば、刀が煌めく理由はなにかという問い。煌めくのがタマちゃんにとって、私にとって、どういうメリット・デメリットがあるのかという問い。選択し、切りかえるために必要な情報はなにかという問い。これらの問いの答えを得るために、私を責めることは役に立たない。せいぜい、私のモチベーションが下がり、自己肯定感が低下して、しばらく私がろくに楽しく過ごせなくなるくらいだし? それによってぷちたちは拒否したい影響を受けざるを得なくなる。元気のない私というね。

 勉強不足の私ながら率直に思うのだけど、罪責感は目的達成のモチベ作りに関して役立たない。むしろ自分の心のしんどさをたぐる道標であり、同時に心のしんどさに対する刺激物なのかな、と。ならば道標を頼りに自分を癒やす旅をして、正体を突き止めて「もう脅かし度をあげて「危ないよ!」って知らせなくても、だいじょうぶだよ」って言えるくらいになりたいところ。だけど癒やしの旅なんていいつつ実際はつらいだけだし、専門家の指導がないままやったら知識ゼロの装備なしで、どでかくて危険な山に登るような自殺行為になりそうだ。

 だめ、ぜったい。

 けどたぶん、あるときはあるもの。普遍的でさえあるかも。

 心が叫びたがっているんだっていう映画で、パパの不倫をママに気づかず暴露しちゃった娘が、離婚して家を出る父親から「お前のせいじゃないか」と責められて以来、おしゃべりを封印する。ことばは人を傷つける。取り返しのつかないことにだってなる。

 作中じゃそこに不思議な魔法が絡んでくるけれど、それにも理由がある。かなり好きな作品だし、同時にかなりきつくてぐろめな話でもあるよなあとも感じる。どうでもいいけど野球部の彼と主人公の先を想像せずにはいられない。大好き。

 主人公の中にはあったんだろう。

 ニチアサ特撮の、ライダー枠。ドラマに大河に映画に歌に大忙しの人が昔でていた作品の決めぜりふ、お母さんがスーパーでお酒を買い込もうとしたり、ネットで予約した商品がだぶって二個も三個も届いたとき、決まってお父さんによくいうの。「さあ、お前の罪を数えろ」って。

 司法の場で裁かれる罪とは別にして「ああ。あれは自分のせいだ」と自分を苛むもの。それを罪と呼ぶとき、人の中にはそれぞれに罪があるのだろうと感じる。

 ぷちたちに対して感じているよ。

 キラリに対しても。結ちゃんにも、それなりに。

 他にもいる。いくらでも思い浮かぶ。

 それらがまるごとぜんぶ「私を責めるために、私が利用せずにはいられない材料であり、力であり、意欲であり、衝動である」から、困る。

 あまりに多くて多方面で訴えてくる刺激物。

 耐えきれないから逃げたい。だけど、この刺激物は最初の煙幕よりも空気中に溶け込んでいる。相性の悪い、ことばの感覚がちがう人や集団、環境と接すると? 濃度が極端に高まることがある。

 戦闘は私にとって、避けたい高濃度環境のひとつだ。

 濃度が高く感じ取れるなにかは避ける。

 脅かされない安全な場所で、罪責感をひとつずつ、丁寧に解除していきたい。

 手段は罪責感そのものにアプローチするんじゃなくて、安心して交流するスキルや縁、環境の構築に向かっている。脅かされ度も脅かし度も、どちらも減らすもの。安全と安心は、どちらも増やすもの。ここを見誤ると、いくらでも追いつめられて、やがてはとうとう参ってしまう。

 たまっていく罪責感は、新たな罪責感を産むんだ。

 刀が輝かない理由を罪として捉えて私を責めても始まらないのに。責めなきゃいけない気さえする。だいぶ危うい。そんなことしなくていいんだよ?

 輝かせたいのなら、そうしてみたいのなら、輝かせるためにできることをすればいい。そこに自分自身の安全と安心を脅かす必要性など欠片もない。どちらも増していくものだ。そして私を責めることで脅かし度をあげる必要も、あるいはなにかのせいにしたくて脅かし度をあげる必要もまた、どちらもない。だって、それらは減らしていくものだ。ゼロを目指してね。

 すごーくむずかしいタイミングだってあるさ。

 落ち着いてやっていけばいい。

 なのでやっぱり、激しい曲より、しっとりめで歌わせてよ。

 罪はその人の中に、その人の形として芽吹く。

 けどその人が影響を受けながら、なにが罪であるかを考え、産みだしていく。

 ぷちたちがだれに影響を受けるかっていったら、私だ。

 参っていて余裕のない私が声に出さずとも「いまのストレス!」って顔や言動に出ると、それだけでぷちたちは傷つく。まるで私の反応が罰であり、自分たちには罪があるかのように感じてしまう子もいる。

 いまのやだ、とか。ママそういうのやめて! とか。そういう主張ができたり。あるいは私の反応に傷ついたことをそのまま言えなくても、かんしゃくを起こしたり、怒ったり、めちゃくちゃ甘えたりして、行動で「いまなんかちがうの!」とアピールできるといい。

 けど小さな大人を強要されたり、自分に強いてしまうと?

 傷つき、自分の中での痛みが表に出せない。成功体験が得られないまま、痛みを抱え続けるばかりだと? どんどん脅かされ度か脅かし度、あるいは両方ともが増えていく。それらは罪責感の芽と相互に作用し合い、育って、手に負えなくなっていく。

 戦場から帰還したアメリカンスナイパーも。最初はともだち同士のノリだったはずが抜け出せなくなってしまう物質依存への常習者も。幼い頃に養育者から性的な、あるいはそうでなくとも虐待を受けていた人も。学校でいじめられた子も。結婚相手が殴る蹴るに留まらないあらゆる暴力のどれかを気にせず振るうタイプだった人も。災害に見舞われて、人によって大きく異なる多種多様な被害に苦しんでいる方たちも。学校のクラスに部活、職場などでもそう。

 あらゆる立場で起こりえるもの。

 私の中でも、そう。

 だれにも言えずにいる傷つきは、いっぱいある。

 結ちゃんに教えてもらった本である「赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア」によれば、回復の定義は次の通りだ。


『回復とは、被害者でも加害者でもなくなり、サバイバーでもなくなり、そういう一般的な名前ではくくれない「他の誰ともちがう、私でしかない私」になることです』


 ではサバイバーとはなんだろう。

 厚生労働省のホームページによれば?


『精神科医療によって、辛い経験をしたり、被害を受けた人達のことを言う“精神医療サバイバー”(生還者)という呼称は、世界の公式用語です』


 サバイバーの潜在的な数はどれほどあるのだろう。

 それは増えているのか。減っているのか。増減を語るなら、基準となる人数は?

 こどもを対象に調べるなら、クラスでみんなに、用紙かなにかで答えてもらう?

 きっと親に伝える子が出てきて、繊細な話題を無神経に答えさせたと怒る親が出てきて、大炎上するんじゃないかな。その可能性はいつだってゼロにはならないな?

 するといくつもの学校で足並みをそろえてやる、なんてことはできそうにないんじゃない?

 クラスでやったら、クラスメイトに知られちゃうかもしれない怖さだってあるのに。こどもの側だって答えがたい。

 じゃあ大人を対象にしたらどうか。

 みんながみんな、真正直に「自分はきっとサバイバー!」なんて答える?

 どうかなあ。むしろかつてそうした側面があっても「なんかめんどくさ」とか「精神科にかかるなんて!」とか、いろいろなことが「ちがいます」と答えさせるんじゃないかな。

 さかのぼって、こども向けに「こども六法」という本が出るくらいだし? こどもの頃から、早い内に人として大事な権利をきちんと教えるべきだという動きも多い。そこを軸にして、自分の権利を侵害された痛みとして認知して治療したり、侵害したり傷つけたりする要素をあぶり出して、まずはこどもの安全を確保する制度を整備できやしないか――……そこまでいったらいきなり求めすぎかもしれないし、対象を広げるほどゆっくりと変化する傾向が強くなる――……困難が多く予想されるし、実際になかなか進まない。おまけに「こどもが言うことを聞かなくなる」という声もあるそうだ。親や学校に余裕があるかというと? そうでもない。

 おとなはちゃんとそのへん、しっかりしてるかっていうと? そんなこと! まさか! ないない! お仕事し始めて実感した。だからせめてこどもの頃から、とか。こどもはなんとかして、とか。そういう視点があるし? 対象を広げるほど、変化は急には起こせない。

 諦め、諦念から「おとなになったらもう変わらない」みたいな言説があるのかな、とさえ感じる。

 世の中わりと手づまりだ。

 そんな見方で「はい終了!」とはならないから、実は手づまりで終わらせるのは早とちり。

 病院に行ったときに「僭越ながら」といろいろ教えてもらえたんだ。どこそこに自助グループがいるから、ぷちたちと一緒に遊びにいってごらんとか。こういう支援があるみたいだから、頼ってみたら、とか。霜月先生が根回しして言ってくれていたから、なのかもしれない。あるいは担当してくれた先生が気を回してくれたから、なのかもしれない。

 自分で探さなければ見つからず、参加するにはまだまだハードルがいくつもある、という段階もあって、知れば済むわけじゃないから大変だ。

 橋が欲しい。道も、交通も、整備されてほしい。

 マジョリティの生き方、ないし社会的優越者に向けた生き方は利益が循環しやすいよう、どんどん整備されていく。潜在的に人数が多いだけでは整備されがたい。不便なく生活できるし、お勉強したり、お仕事したりできるっていうだけで、既に整備された道を進めている。

 一方で、こうも言える。

 マジョリティかマイノリティか、ではない。ひとりの中にマジョリティである面も、マイノリティである面も存在する。それは年齢だったり、環境だったり、状況だったりが変化するだけで、合わせてたやすく変化しやすい性質を持つ。

 恐れと共に理解している優越者は権力勾配を利用して、支配をなるべく強化しようとする。

 ぷちたちに対する私さえ含めて、きっと人に備わる普遍的な願望なのだろうと感じるよ?

 でも、問題ばかりだからね。

 止めたい。やめたい。なくしたい、だ。

 思い出して。

 刀をどうしたいか。

 比べて自分を責める気持ちぜんぶ転化して、遊んじゃえ。

 私だけのものじゃないのなら?

 タマちゃんの刀なら、タマちゃんと一緒に。

 十兵衞の刀なら、十兵衞と一緒に。

 ぷちたちとの過ごし方は? ぷちたちと一緒に。

 だけどそれはあくまで、痛みがないとき。もしも痛みがあるのなら、安全が最優先。

 ぷちたちにとって、私が痛みの元になるのなら、私が私がっていうのはぷちたちの痛みを増やすばかりだ。

 暴力が生じると、加害と被害が生じる。そこから生還することになるとき、回復はよりずっと先にある。繰り返し引用するよ?


『回復とは、被害者でも加害者でもなくなり、サバイバーでもなくなり、そういう一般的な名前ではくくれない「他の誰ともちがう、私でしかない私」になることです』


 場合によっては途方もなく長い旅路になる。

 仮に戦争となれば、人生が終わるそのときまでサバイバーであって、そこから脱することができない人も多くいる。加えて、恐らくだけど、この場合のサバイバーは戦争から戻ってきたというだけであって、心身のいずれか、あるいは双方がひどく傷ついたまま、回復を必要とする状態だと言える。それは戦争に勝とうと負けようと、起こりえる。生きていればそれでいい、では済まない面もまた、存在する。

 ああ。

 認めちゃえ。

 戦いなんかごめんだし、暴力なんかごめんだ。

 そんなのないとこで生きていたいよ。そんなのないようにこそ、気をつけていきたいよ? また、そうはいっても生じてしまうものだとも感じるよ? となれば癒やす術も、回復の場も、繋がりやすさも、いくらでもほしいよ。

 加害も被害もどちらも人がするのだからね。

 意図していなくても、生じてしまうことさえあるしさ。

 意図している相手や環境と出くわすこともあれば、そこから生還した人と、そうと気づかず出会っていることだってあるしさ?

 生還も、回復も。それを閉ざすことも。みんなが同じことを同じように知る、というのはとても困難なことなのだから。

 うちが好きな物語のように罪と罰を別の種族だとか、人から変わったなにかに例える必要なんて一切ない。わかりやすく楽しめる装置は、現世にも隔離世にも存在しない。ただ、そうしたくなる私たち人の意識があるだけだ。

 装置のルーツは過ぎれば第二次大戦でナチスドイツがやったり、世界で社会運動になった人種にまつわる話題に向かっていくのだろうし? 結局のところ、今日もあらゆるものを題材にして現世で実際に闘争の種になったり、差別の材料になったりする。

 私たちは獣憑きや妖怪みたいになれるからこそ、小楠ちゃん先輩がハリセンと共に示してくれたことを思い出して、大事にしよう。

 どんなに隔離世で力を得ても、人だ。

 私たちは人なのだ。

 そのうえで問いかけて。

 刀の輝きをもって、どうしたいの?

 それを見つけてからでも遅くないよ。焦るのも、あわてるのもね。

 ざわつく心が静まった。

 待たせてごめんと言うつもりで隣を見る。

 思いきり噴き出した。


「ぶふっ! な、なんで狸になってんの!?」


 彼の獣耳は狐から狸のものへ。九尾は一尾のまんまる尻尾になっていた。

 半身であるとさえ感じる彼が悔しいくらい丸顔にぴったり似合いの狸憑きになっている!


「狐が狸に化けてなにがわるい」

「おおぅ――……わ、悪くはないかな。ぜんぜん悪くない」


 いやあの。必要性をね、気にしてたんだけども。

 ないか。そんなの。


「暇を持てあましてた?」

「聞こえてくるから、聞いてた」

「え。声に出てた?」

「わりと」


 まじかよ。

 なっがいなっがい考えごとを隣で聞いて、狸に化けてたの?

 ぜんぜん気づかなかったし、なんやこいつ感があるんだけど、私も人のこと言えないな!


「――……楽しい? 狸」

「尻尾が軽い」

「へえ」


 こんな空気になるよ! もう。


「……私も化けてみようかな、狸」

「尻尾かるくてオススメ」

「尻尾以外にないの?」

「鏡を見たら、新たな自分と出会える――……かもしれない」


 さんざん丸顔だの狸顔だの言われてきた私だ。

 実際に似合うかどうか見てやろうじゃないか、という気にもなる。

 気にもなるのだけど、どうしよう。

 似合いすぎていたらどうしよう!

 自意識過剰か。

 はあ。

 化けてみるか。狸に。

 あれ? でもねえ、待って!?


「九尾のまま尻尾が狸になったら、どうしよう!」

「それはそれで面白いからありじゃない?」


 かっる!

 もうひとりの私、かっる!




 つづく!

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