第千八百八十四話
医療ドラマじゃ手術シーンが入る。
よく聞く噂だと「ブタを使う」というよね。手術シーンの人体部分。
役者さんは医療の資格も知識もないのが基本。手元のカットは別撮りってことも。それは演奏シーンにおいても一緒で、ピアノ他、楽器を演奏している振りをする。いずれにせよ「わかる人にはわかる」し、想定する視聴者の大多数が「わからない」側。
ラ・ラ・ランドでは主演の俳優さんがトレーニングを受けて、演奏シーンを自分で弾いたのが話題のひとつになった。ハリウッドで動くお金はすごくて、演者さんの出演料もかなりのもの。なので? トレーニングを自腹で受ける余裕もあるのかも。先行投資としても。
車を奪われ犬を殺され家を爆破されて仕返しをする、元暗殺者を演じた俳優さんをはじめ、軍や銃のインストラクター指導のもと、実際の銃で狙撃や射撃の訓練を受けたというし?
不可能なミッションばっかりこなすイーサン・ハントを演じる俳優さんは、スタントシーンをすべて自分でやるという。それで怪我をすることも、もちろんある。スタント絡みはきちんと賞を設けて光を当てるべきだという動きもあるくらい、専門性の高いお仕事だ。
手元のシーンを撮影する際に出演するプロたちもね。
いずれにせよ本物である必要性はないし、真実に添ってなきゃいけないわけでもない。
じゃなきゃ医療ドラマの手術シーンに本物である必要性が生じる。待て待て。そんなの流せないって! さすがに!
ならせめて、映像をリアルにするべき?
いやいや。トラウマになるって!
韓国ドラマからはじまって、日本でもアメリカでも製作された医療ドラマの「グッド・ドクター」。私はアメリカ版を見ているんだけど、シーズン1の早い内にバスの横転事故で患者が二十人とすこし、運ばれてくる回がある。
片足が完全に潰れて、骨が複雑骨折をした患者を主人公が救急で担当するのだけど、かなりえぐい状況だった。出血が止まらないけど予断を許さない状況で、主人公は動脈を塞ぐバルーンを自作して対処してた。たしか、だいたい、そんな感じ。
でもそれをリアルじゃなきゃっていうなら、人の足をどうこうすることに。
だめでしょ。それは。
ある程度の嘘がある。大前提として。
なので、冒頭のノルマンディ上陸作戦の映像が絶賛されたプライベートライアンにしても、って。この話、前にもしたっけ。軍人さんたちに言わせれば「いやいや」となるそう。
他のジャンルにしてもそう。あらゆるジャンルでツッコミどころはあるもの。人が作中で死んだり殺されたりする作品の製作に関わった人たちが、その手の経験者かっていったら、そんなことはないもの。医療もそうだし、恋愛もそう。えっちなやつでも、そうじゃないかな。経験者といったって、いろいろあるし。
前置きを並べてみたものの、実際に戦死を遂げた大勢の骸を前にするとね。
これまで見てきたどんな映像よりも現実味がない。
弔いの儀式を続ける。
アマテラスさまが教えてくれる力の感覚に意識を向けるんだけど、光の球に変えて散らせるようになってくると、今度は散らばる光が照らす光景に意識が向いていく。
安らいだ顔なんてひとつもない。
死に顔はどれも悲惨なものだ。怒り、恐怖。嘆き、悲しみ。恐れや痛みのあまりに失禁したのか、それとも死後に緩んで出てきたのか。いずれにせよ、匂いは紛れもなく地獄だった。肉が腐るだけじゃなく、内から漏れ出たものの匂いにこそ、虫たちは誘われてくるんじゃないか。
綺麗なまま送る。それには必要なことがやまほどあるんだろう。
葬儀で働くと知ることになるんだろうし、昔の邦画にまさしくそのものずばりなおくりびとっていうのがあったっけ。火葬場で亡くなった方が入るとき、みんなで手を合わせて離れる。けど、燃えているときに火の反応でご遺体が動くという話もあるのだそう。それを遺族の方々が直接、目にしないように離れるという意味もあるのかな。
ここではどうだろう。
いっそ燃やしてしまったほうがいいのでは、なんて。
あまりに惨いじゃないか。このまま放っておくなんてさ。
いっときは狩られそうだったけど、一緒に弔いをした、あのお坊さんが放っておかなかった理由をいま噛みしめている。
獣が集まり、肉を啄む。ただ埋めても掘り起こされる。
ここにいる人たちを偲ぶ人たちもまたいるはず。
『夜盗がひと組だけとも限らない。獣も集まってくるでしょう。それでも骸を伴いたいと?』
鼻の奥までこびりついて取れそうにない、充満した匂いの中で、それでもいやだと感じるの。
だめですか?
『止めはしない。起きればいつもの朝へと戻る。危ういとみたら放ってはおかない。ただ心配なだけ』
私も。
それでも放っておけないと伝えて、最後の儀式を終えたら鳥居の転化を解いた。
金色を出しては遺体を浮かべ、並べていく。
なるべく敵味方の立場で分ける。実際には基準を見いだしがたくて、混ざりそう。
並べながら考える。お経は。現世での弔いの儀式は。私にはろくに知識がない。
金色をやまほど扱う。アマテラスさまの力の一端を感じとるのに集中したのもあって、かなり疲れてる。汗がにじんで、頭痛もしてきた。匂いが本当にきつい。涙が止まらない。
「こりゃあまた」
足音ひとつ聞こえなかったのに、背後からの声にぎょっとする。
急いでふり返ると、いつかのお坊さんが岩に腰掛けて私を見ていた。
膝に立てた肘の手でアゴを支えて、悠長に。
「天女が死者をどうする腹づもりか。そのまま天に連れていくのかい?」
残り火が減っていく中で見えるお坊さんは、相変わらずお腹がでっぷりと出ていた。服もまたずいぶんと汗と埃で汚れていそうだ。
「ああ、よしたほうがいい。殺し殺されあった連中だ。血と共に地の底に流れ落ちて土に還るのがいい。やめな。集めるんなら、燃やしちまえ」
腰に携えた徳利を手に、背の荷から器を出して、中身を注ぐ。
実においしそうに飲み干した。歓声まであげる。水じゃないな。きっとお酒だ。
「そんなことを言いにきたのか」
居丈高に問いかけると、彼はにっと笑った。
大河じゃみんな、綺麗な歯をしてる。でもおじさんの歯はところどころ欠けてるし、たぶんかなり黄ばんでる。そんなもんだよなあ。
「なにをしにきた」
「化けて出たら厄介だ。成仏してもらわなきゃあ忙しない。命を張るのは、そろそろくたびれた。ここで弔い、俺は寺に帰る」
「帰る場所があるのか、お前にも」
「だれにでもあるわな。骸にさえならなきゃあ、いつだって帰れるもんさ。どこかには」
徳利を逆さまにして、中身をすべてだすと覗き込む。
舌打ちをしてから、最後の酒を惜しむようにゆっくりと飲み干して、荷物をまとめた。
岩から立ち上がり、近づいてくる。
「妖怪だろうが天女だろうが、本当のところはどうでもいいんだが。綺麗なあんたが汚れるのを見るのは忍びない。あとは任せて、とっとと帰んな」
「前は手伝わせたではないか」
「殺された村人の供養になるなら、狐にも縋るさ」
綺麗に並べたもんだなあ! と豪快に笑う。
私のそばにきて、おじさんは私を一瞥した。
「荒れた世で戦をする連中なんか、どうでもいい。こんなのはな。見ないで済むのが一番なのさ。既に弔ったろう? あれで十分よ」
私の並べた骸の列に向かっていく。私が近づこうとしたら「帰んな」ときつく言ってきた。
火種、火種と声をあげ、林へと向かっていく。
どこからか矢が飛んできておじさんを、なんてこともなく。
前にやってみせてくれたように、死者を焼く準備をする。
火は神聖なもの、という信仰の形が世界中にあるというけれど、火葬の慣習と結びつけると? 民俗学として語られる学びがいっぱいありそうな予感。
『彼の言うとおりにして、帰る?』
放っておけないよ。
手出しをしようとすると、おじさんがいちいち睨んできたり、叱責してくる。
なので、おじさんと入れ違いに岩に腰掛けて見守ることにした。
枯れ草や樹の枝を集め、ときには細い樹を鉈で切り落としていく。腕を膨らませて、ハルクのなりかけみたいに巨大化させたかと思ったら、樹を引っこ抜いたり、ちぎったりして、薪をせっせと用意する。
「――……くう、あああ、歳かな」
腰が痛むらしい。
「手伝うぞ」
「いいんだよ。こいつはな。人の仕事だ」
私も人なんだけどなあ。
それに妖怪たちの力を利用しちゃうお坊さんって時点でさ?
「ぬしも人をやめていそうだが」
「いやあ。なにをしようと人さ。だから悲しくてやりきれないが、狐に任せちゃならないのさ」
盗人や武士たちへの嫌悪感があるのかと思ったら、どうやら使命感もあるみたいだ。
「一度に燃やせる数に限りがある。必要な薪を用意するのもな。時間が経つほど危なくなるが、こりゃあべらぼうに時間がかかる。ひとしきり済ませたら、近所の寺に顔を出さなきゃあなあ」
追いつかねえやと愚痴る。
おじさんさえ、ひとりでやれるとは思っていないみたいだし?
頼る予定があるみたいだ。
「意外。孤独ではなかったのか」
「化け物どもを狩り、畜生どもを狩る。憑きものとみれば特にな。ろくなもんじゃあねえから、仲間がいるのさ」
「ふうん」
「ここにいる連中だってそうだろ? ひとりじゃいけねえのよ」
あの世にさえ、かな。
送る人がいなかったら。
「あんたは毒だ。お日さまみてえに眩しいから、あんたがいちゃあ安心していられねえ。頼むよ。手ぇ合わせて、それで満足してくれ」
迷惑だとはっきり言われてしまう。
ここは私の生まれた時代じゃないし、居るべき場所じゃないってことなんだろう。
わかっているけど、やるせない。
手を合わせる。それしかできないなんて。
「こいつらの代わりに礼を言っとくよ。他の連中が浮かばれないと思っちまうくらい、ありがたいよ」
心底うんざりした声で、おじさんがかろうじて絞り出した感謝の響きは複雑すぎて、受け止めきれなかった。いつもそばにいるわけじゃない。おじさんにとって、もっと私の振るまいが適当な人がいたのかもしれないし? 私の振る舞いをもっとちゃんと、大勢にと思うところもあるのかもしれない。
『戻りなさい。追いつめたくないのであれば』
意地を張る理由がもう、なくなってしまった。
まばたきをしたら、もう自分の部屋に戻っていた。
一生拭い取れなさそうな、あの匂いはどこにもなかった。
ただただ日常を過ごしやすくするよう、心地いい匂いだけがあった。
だれが望んでやるか、こんなこと。だけど、だれもができるわけじゃないし、自分はやらずにいられないから続けているだけだ。おじさんの背中は私にそう語っていた。
たしかに活路は見た。
だけど、それさえときに呪いになる。
武士たちの末路によく出てる。
ひとつの基準ですべてがどうにかなるわけない。つくづくそう思う。
それでも選ぶのなら?
せめて末路は承知の上で。そういきたいものだけど。
結局、ほんとに承知してるのかどうかなんてさ? 怯えたり怖がったり、こんなはずじゃなかったと泣いたり怒ったりするかどうかなんてさ。そのときがこなきゃわからないんだろう。
もう大丈夫ってことはないなあ。
それでも続ける?
気持ちは変わらない。
ただ、消え失せたはずの匂いは。初めてじゃない、あの匂いは私に訴え続けるのだ。
なんどでも蘇っては、悪臭を放つ源に私もまた、いくらでもなり得るのだと。
ゆめゆめ忘れるな、と。
気を抜くな。どこまでやるにせよ、終わり方を選べるとは限らないんだぞ? とね。
烏天狗の館があってよかった。
めいっぱい試そう。
◆
翌日、夕暮れ。
ノノカたちと宝島で合流してぷちたちの相手をお任せして、試練の部屋へと入る。
設定は選び放題だけど、どうせ選ぶのなら難易度は初級から。
じゃあ初級の難易度として適切なのは、どれ?
思いつかない。
いつも必死だった。
自分を相手にしよう。そう決めたはずだ。
意識した途端に、地平線の向こうから色が増えた。
七色の光が凝縮して、ひとりの人間へと変化していく。
男だ。丸顔で、九尾の尻尾を生やした、もうひとりの私。
制服姿だ。男子のもの。腰に二本の刀。両手はノンちゃん特製のグローブ。ノンちゃん特製の卵銃だってきちんとホルスターに収まっている。
悲しいかな、カナタたちに比べると身長がちっちゃい。せめて男子なら背が高くなってもよさそうなものだけど! そうはいかないみたいだ。
私にとっての帯刀男子さま。
これまで会ったどんな敵でも、ましてやカナタでもなく。
自分自身の可能性のひとつ。
黒いのでも白いのでも、赤いのでもなく。
私の中にありふれたヒーローの形をして、彼はストレッチを始める。
彼とのちがいといったら、女子の制服を着ていることくらいかな。彼のほうが身長がやや高い。
岡島くんと茨ちゃんが相手なら瞬殺されちゃいそうだ。ユリア先輩の大蛇が相手でも一緒。暴走シュウさんと再戦したって、去年の五月に比べたら、ろくな成果が出せないかも。
だからやっぱり、初戦は私自身を相手にしたい。
そうはいっても、正直自信がない!
負けまくるぞ? しばらくは。
ここが烏天狗の館じゃないのなら、昨夜みた骸に自分がなるのだろう。
何度も繰り返し。
「じゃあ、やるか」
彼が言う。自己紹介なんか必要ないだろって言いたげだ。
その場で二度、飛んだ。とても高いジャンプだった。
力んでない。対する私は?
いまさらめちゃくちゃ緊張してる!
「せめて腕試しくらいにはしたいよな?」
部屋が作り出す私の設定なのに、そうとは思えないほど小憎たらしい顔でアゴを突きだす。しかも右の人差し指を突きつけて。
そして見下しまくろうとするのだ。
ただ、顔の作りが基本的に私と瓜二つなので、正直かちんとくるより恥ずかしさが上回る。
黒いのとか白いのとか、赤いのとか。別次元の私と会って免疫でもついたのか、私の似姿であることに対する嫌悪感みたいなものは特別なかった。
なんていえばいいんだろう。
ひたすらコメディまっしぐらなドラマで作る変顔と、過剰な演技を見ているような感覚がいちばん近いかも。ドラマに出演するほどならまだしも、私の場合は演技は素人なのよ。
おかげで死ぬほど恥ずかしい。
ちがう。待って。こういう流れじゃないじゃん。
あと特撮ドラマのジェスチャーっぽくない? ねえ。ほんと無理なんだけど!
「俺様が許可してやる! お前からこい!」
ちがうちがう! お部屋さん、待って!?
こういうキャラ付けは求めてないから!
「それとも俺様から行ってやろうか!」
出会ったばかりのギンをふと思い浮かべた。
いや。ちがうから。
そういうんじゃないから! そういうのがなんなのかもよくわかんないけど!
「ちょ、待って」
「いいや! 待たないね!」
さっきの提案なんだったんだよ!
愕然とする私に構わず、彼は突きつけていた右手を開いて天井へと掲げた。
真っ白い卵がぽんと出てくる。
なんだ! なにをする気だ!
身構える私の前で、彼は卵を両手で包み、大きく振りかぶって――……。
つづく!




