第千八百八十一話
どうしたらいいのかわからないときの解決方法って、どうやって覚えるの?
あるいはいつ、どうやって覚えた?
これはだめなんだ、これはしたことないからわからない。
結果、どうしたらいいのかわからない! みたいになったら困る。
けどじゃあ、どうしたらいいの?
ぷちたちは私に聞く。ずっと前はちがった。聞けずに抱え込んでいた。でもいまは、私になんでも聞く。成長したら、そういう機会は減っていくんだろうけど、いまはちがう。
最初はなんでも答えていたし、教えていた。
本を読んでいくうちに、いっしょに考えたほうが面白いことに気づいた。そのために問いかけてみるのがひとつの手だと知った。
楽しむコツはいろいろある。失敗やまちがいを学習する段階だと捉えるのか、してはならない世界破滅スイッチだと捉えるのか。前者がコツ。後者は悪い例。
どうしたらいいのか。
わからない。
そりゃあそうだ。
わからないことまみれの赤ん坊から、わかることを地道に増やしていく。
けど、なんでもかんでも体験するかっていったら、そんなことはない。
必然、世の中わかっていることのほうがよほどすくない。
ひとりにわかること、見えることだってそう。
だからって、自分ひとりの体験を上げ下げする必要性もまた、存在しない。だって別の話だから。
わかりたくなって、あれこれする。
試すべきでないこと、いまはまだそのときではないこともある。
たんに行為だけに着目するのなら、人の身体に刃を立てることは試すべきではない。けれど外科医となって、手術を執刀するときには、メスを使う必要が生じることがある。ただし、手術は基本的にひとりでするものじゃない。担当分野を分けて、万全の態勢を目指すほど、ひとりじゃ成り立ちがたい。
麻酔、輸血、呼吸。手術中に患者さんの状態をチェックし、ショックを与えないよう、情報を確認するし、状態をできる限り管理する。執刀医のアシスタントもいるよね? そして、どれも高度な技術と知識、願わくば安心できる現場経験もあるといい。
けれど大概は試すべきではないし、するべきでもない。だから、産まれてから死ぬまで無縁という人もいるだろう。それも大勢ね。
そういうことがあるし、試すべきでもすべきでもないことを養育者は「待った」と止める。止める理由は他にもある。お金がかかりそう。付きあうのが面倒そう。続けられるのか、やらかして失敗するんじゃないか。自分は失敗を世界滅亡スイッチくらい恐ろしいものだと思うから、こどもに失敗させたくないぞ? とか。ほんとに、いろいろな理由で止める。
ビッグバンセオリーのシェルドンは、ちいさい頃に地元テキサスに無料の電気を提供するべく原子炉を開発しようとした。テキサスの少年がプルトニウムを所有しているはずもない。しかし彼は諦めずに、ネットで注文しようとした。その結果、政府のえらぁい人たちが来て「ネットでプルトニウムを買おうとするのはいけないことなんだよ」と説明したそうだ。怒ったシェルドンは人体破壊電波装置みたいなものを作ろうとした。近所のこどもに効かずにボコボコにされたそう。あと、おうちの犬がおかしくなっちゃったそうだ。
神経質な親御さんなら、シェルドンの振る舞いに「あああああああああ!?」って身悶えしっぱなしじゃないかな。しんどそうだから、私は見ているだけがいいな。
ペンギンハイウェイのぼくくんは、ごくごく真っ当に研究している。歯科医のお姉さんのおっぱいも含めて、いたく真剣に考えている。すけべ! と思いながらも、トウヤが一時期、私がお世話になってる親戚のお姉ちゃんのおっぱいにドキドキしていたことを思い出した。はあ。
それはさておき。
シェルドンとぼくくんのふたりに共通するのは、わからないからわかろうとするし、そのための行動力も、観察力も分析力も高いところ。好奇心が土台かな。
ぼくくんはおっぱいを除けば見守っていたいもの。シェルドンは「ちょいちょい!」と焦ることが多い。ハーバードに飛び級っていう、アメリカドラマの天才児設定あるあるなタイプじゃなかったっけ。ちなみにレナードの出身校はゴーストバスターズ一作目の大学じゃなかったかな。話が逸れてきた。えーっと。なんだっけ?
あ、そうそう!
わからない。だからわかろうとする。けど、わかろうとするとき、危険が伴う可能性がある。
実際に行動する際、あるいは刺激する際、どうやったら危険を回避できるのかを調べておく。
失敗は学習の段階だとしても、事前にわかっていて、試す必要性がないのなら避ける。
お父さんが魚釣りでけっこうな釣果を持ち帰り、干物を作ろうとした。
さて! ここで問題です!
おうちで干物を作る方法は?
答えはこちら。
頭と内臓を取り、開きにしてから、調味液につける。くさやでも、市販のアジの干物でもそう。だけど家だと手軽なのが、塩水。濃度は大事。そのあと水気を綺麗に拭ったら?
天日干しは、ざっと三十分ほどお日さまに当てたら、涼しくて暗くて、風通しのいい場所に。
一夜干しなら、涼しくて暗い、風通しのいい場所に。
どちらも半日くらい、干すのだそう。
お魚臭がけっこうする。虫も鳥も、当然寄ってくる。なので、網目の細いザルをかぶせたり、防虫網の中に入れたりするし?
そもそも真夏にはやらない。
単純に、痛んじゃう。悪くしたら、腐っちゃう。
なにせ日本の夏は高温多湿。涼しい風なんて冷房と扇風機がなきゃ無理でしょ。
風の強い海沿いの涼しい日影があるのなら使えそうだけど。ないよなー。うちにはない。
そんなわけでリビングでエアコンつけて一夜干しを試したんだよね、うちのお父さんは。おかげさまで朝、リビングに行ったら魚臭くてもう! 家族中から大ブーイング。味はおいしかったし、虫も増えなかったけど。代わりに消臭剤がごそっとなくなった。
やってみなきゃわからない。
あ、失敗したところがあった! なんていうのも、よくある。
永遠にゼロにはならない。
なら、せめて精度をあげたい。そのために、ある程度の道筋がほしい。
干物なら干物屋、レシピなら料理研究家みたいに餅は餅屋で調べられるからいい。まさに、道筋! って感じがする。けど情報の渦はいろいろ混じる。「ほんとに専門家?」とか「ちゃんとした専門家?」とかって人もいる。そもそも基本的にノイズがあるものだ。
伝聞も。経験者は語る、的なのも。業界の大御所が語る、的なのもそう。
なので、大勢がやらないとか、ばかにしてることだから「やらない」のがいいかっていったら、そんなことはない。声の大きな人の言うことが正しいなんてこともない。
自分の体験が紐づかないからね。わからないことのままなんだよね。調べている段階では。
なんでも体験すればいいやと、無思慮かつ無配慮に好き勝手していたら?
その振る舞いが暴力になっています、なんてこともある。
言動には責任が伴う。体験にもね。
ぷちたちみたいに幼い頃は、まだ、そのあたりがよくわかっていない。言ってしまえば高校生の私が責任について、どれほど理解できているかって話もある。
おとなだから理解している、とは思わないし思えない。
無責任、言いたい放題、お金になればおっけー! って人もけっこういそうだ。
大いなる力には? 大いなる責任が伴う。
常套句。
でも響くフレーズ。
ぷちたちと接するとき、私とぷちたちとだと、どうしたって力的に勾配が存在する。そういう面での責任がある。あれこれと思い悩みもするよ。
均等なのは自分に対してだけ、なのかな。
どうだろ。
「うーん」
金色雲で狸街からお屋敷へと向かう。
万福さんからもキュウさんからも、いろいろとお土産をもらった。
あれ持っていきなさい、これ持っていくといいって。お屋敷の神使のおイヌさまたちに「もらってきました!」って渡そう。私ひとり、寝起きまで間もないのに食べきれないほどたくさんの食べものを雲にのっけて移動中。
脅かされ度が高い。減らせない。脅かされ経験がのしかかる。残る。
これまで戦った人たちの感情を、自分なりに感じて膨らませていた。それがとてもつらい。
どうしたらいいのか、わからない。
挑戦を。行動を。
ただ、ものは考えよう。
どうせ、なにをどう選ぼうと絡まれるときは絡まれるのだ。
どうせなら、好きなようにしたいじゃない?
そういう発想で考えるのなら、いまになっていろんな人たちに尋ねるまでもない。
これまでもいろいろ話してきた中に情報が眠ってる。
つらくて、しんどくて、どうにもならなくて「わー!」ってなって行き詰まり、暴力に依存する相手のやり方に合わせる必要性は?
ない。
握手をするように、一緒に進んでいかないとできないこともあるよ?
それにしたって、大暴れ中の相手に流されて自分もつらい感情を増やしてばかりじゃ、できないぞ?
ややこしい話じゃない。いますぐやるとなると、むずかしいかもしれないけどね。
それでも、ややこしい話じゃないんだ。
つらい感情がどうしても増えちゃうのなら?
それをうまく利用すればいい。どうせ増えちゃうのならね。
じゃあ、どうしよっか。
「ううん」
答えがすぐにわかるのなら楽なんだけど。
ないなー。答え。
出すしかないなー。
唐突だけど、刑事モノのドラマはかなり好き。
ボッシュの話はさっきしたけど、刑事も警官もいろいろいる。アメリカドラマだと多いのが、悪党との協力や見返りを利用して小銭を稼いだり、身体目当ての女性を調達させたりするケース。証拠物保管庫からお金や薬物をくすねたりする例もある。職務に忠実だと見かけて、たんに警察の立場で気に入らない相手に暴力を振るいたいだけという例もある。警察は強くて権力があって正しいのだからと、自分の暴力を正しいことにする。
ボッシュだと、新人の女性の警官がまさにそれだった。彼の上司もまた女性だけど、彼女は真っ当で優秀でタフな人。新人もまたそういう立場になろうとしているように見えたけど、実際に見せた振る舞いは別物。自分の過失を被害者の責任にでっち上げようとした。「どうせ悪党に決まっているからいいでしょ!」とまで言った。
警察官としては、許されない行為だ。
自分の振る舞いに自問し、自分の状態を疑えず、過失をきちんと認めて改められて、ついでにうまぁくごまかして職務に忠実な範囲で、ずるい。
一例に過ぎないけど、これくらいちょうどいいみたいなタイプが、刑事モノのドラマにちょいちょいいる。ボッシュも仲間たちも、そういうタイプ。NCISやクリミナル・マインド、FBI。BONESにホワイトカラー。ルシファーにも。デクスターにさえ、よくいる。もしかすると王道なのかな?
あれくらい、うまくやれたらいいなあ。
感情の矛先に利用するのは? なしだ。
礼節が。
人を。
つくる。
いいよね。キングスマンのセリフなんだけど。
感情の刃はむやみやたらと振り回さず、振り回してしまっても気づいて鞘に戻す。
そうして守るのだ。
自分も。自分の大事な人たちも。礼節を通して。
ボッシュにはある。クリミナル・マインドのギデオンにも。NCISのギブスもそう。ホワイトカラーのピーターも。
行きすぎるとホームランドのキャリーや24のジャックみたいに目的達成のために加速しまくる。他のだれもついていけないくらいの超スピードで向かっていく。
彼らは一見、アウトローのようにも見える。
そういうタイプは日本の刑事ドラマでもちょいちょい見かける。
けど、そこまで過剰にならないのなら?
ボッシュたちのような人なら、刑事ドラマに限らず、よく見かける。
NCISに出演し、別ドラマで主演になった、ブルもそういうタイプ。
弁護士ドラマでいえば、スーツのハービーもそうかな。さっきは言及しなかったけど、ホワイトカラーのニールもそうかも。
ニールとハービーを除いて、基本的に華やかさはあまりない。
あえていえば、質実剛健。基本に忠実で、離れ業は基本の延長線上にあり、しかも極めて技術力が高く、深い洞察力がある。結論にすぐに飛びつかず、柔軟さもある。洒落がわかるし、ユーモアもある。多くはないけどね。
ざっと並べた人物たちの中でも、ボッシュはかなり気難しくて、だれとでも打ち解けるタイプじゃない。だけど最近じゃかなりの推し。
滅多なことじゃ気を許さない孤高の狼みたいな人なんだ。牙を見せることに躊躇いはないけど、決してひけらかすことはない。そこがいい。
脱線してるがな!
彼らの一面は習得していったもののように感じる。
丁寧に、意欲的に育てていったものだし? 自分ひとりで得られるものでもない。
心に傷を負う、過酷な体験を経ている人物たちが多い。
消えなくて困難が伴うから、どうせ無理だとうなだれるのか。はたまた、どうせなら自分の人生に向かっていこうとするのか。振り切れる話じゃないよなあ。ひとりでも、無理だ。環境もいるし? 彼らは実際、素敵な人たちとの縁がある。なにより、素敵な自分でいようと心がけている。
そういう気持ちなら、私にだってある。縁だって。ひとりじゃ無理っていうことも咀嚼し始めている。
素敵な自分でいようと心がけているかどうかでいえば、微妙。
最近、曇りがち。
ここは改めよう。
その先に、結ちゃんとレンちゃんが言ってた自分の戦い方があるのかも。
ぷちたちが見ている私として、選べるものは?
それなら前にも考えた。
ひとつひとつが結びついていく。
どうしたって、きつい感情を浴びせたり、浴びせられたりする。人生、長くなるほど可能性が増していく。
せっかくなら、それを自分の戦い方に活かしたい。
実際にどうやればいいんだろうね?
胃袋空間への突入でも、自分の戦い方が定まっていなかった。決めたものはぜい弱で、対する相手は巨大な空間で、対応しきれなかった。目標設定でミスってた、まである。
事前の調査と分析、ほんとに大事。
作戦を立てるのだってそう。
どうせ一緒に感じようとしちゃうのなら、そのまま育てられないかな?
知ろうとする気持ちが力になったら、調査と分析に役立つんじゃないかな?
私ばかり金色をだすんじゃなくて、相手から金色が出てきたらいいのにな。
あるいは相手の霊子をちゅうちゅう吸って、私から出た金色を調べるとか?
「ううん!」
ぴんとこない!
いいや。制限なしにアイディアを出しまくって、いちど俯瞰して眺めてみよう。
方向性自体は、悪くない気がする。
チーム全体で動くにしても、場当たり的なのいい加減かえたいなあ。
どんなに編成しても、どんなに備えても、毎度まいど、それを上回る状況が迫ってくるのもきついよなあ。訓練を上回らないでもらえると! って言いたいけど、どこにクレーム出したらいいんだろ。ないな。そんな窓口、どこにもないや。
腹を割って考えるのなら?
もういっそ、どんなやばいのがきても対応できるくらい訓練メニューを見直すレベルじゃない?
かといって先生たちに丸投げで、そこまで対応できるのかっていったら、どう?
きつそうだ。先生業って、激務っていうし。
ハリポタの不死鳥の騎士団あたりで、生徒たちが自主的に訓練し始めたシーンを連想する。
けどハリーたちとちがって、うちの学校は先生たちと協力できる。
烏天狗の館なんか、訓練にうってつけだし?
なんならちょうすごいようかい! とか、ばけもの! とかと対峙する訓練なんかしてもいいかもね? 倒す一択じゃない感じでさ。
答えは? 教えてくれるだれかは?
いない。
いつでも先駆者がいるとは限らない。いても話せるとは限らないし? その先駆者が頼れるかどうかも別。
となれば?
自分で、自分たちでやっちゃえ。
礼節と責任を忘れずにね。
まだ、忙しくて頭がわーってなった状態のままだけど。
ゆっくりとがんばり状態を解いていこう。アダムや教授にくっついている私の感情も、おおきく膨らんだ風船だけど、手放してみよう。まだまだとても痛いから。
風船で見えない視界の先には世界が広がっている。
どんどんやっちゃえと思える範囲が見えてくるはずだ。
私に告ぐ。
抱え込まなくていいよ?
もうだいじょうぶ。
つづく!




