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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百七十八話

 



 単一の指標で万能なものはない。

 それを扱う人の数が増えるほど、万能さとはただのまやかしだと気づく。

 脅かされ度の高まりに気を取られるときほど、脅かし度の高まりに無頓着になる。

 脅かされ度を感じる刺激についても、難解だ。

 疲れがたまってくる時間帯に、ぷちたちがわあああって騒ぐと? それだけで私は脅かされ度が高まる。いますぐ迅速に脅かされ度を下げようと、私がわあああってぷちたちを叱りつけると? 今度はぷちたちが脅かされ度の高まりを感じるはずだ。

 脅かされ経験はいわば、コップにたまる塊。小さなものから、大きなものまで。形も様々。

 アメスナで描かれていた戦地と兵士たちのストレスも、家での依存労働と責任をすべて押しつけるのみならず学習も、社会的地位も、仕事もなにもかも塞がれた女性たちのストレスも? コップが塊であふれそう。いや、溢れている。コップが破壊されたら自分の心が壊れてしまう。だから脅かされ度に極めて敏感になるし? コップが限界を超えてしまっているのだから、冷静に対処したり、考えごとをしたりするどころではない。

 しかも、コップの中身を捨てることもろくにできないんだ。

 日常は待ったなしにつづいていく。それが戦地なのか、はたまただれもかれもが自分にケアをさせる一方で、だれも自分をケアしてくれない環境なのか。いずれにせよ、コップに塊が入り続ける日常がつづく。

 そんな状況で過ごしていたら? 負荷に滅入って、いつもできることができなくなる。眠れなくなったり、自分の衛生面にまるで気を遣えなくなったり。そうしてますます追いつめられていくと? 傍から見たら、人が変わったように。知ってしまえばなんてことはない、ひたすら追いつめられているだけ。

 民俗学に詳しい人に尋ねたらいろいろ教えてくれそうな、鬼とか妖怪とかの話に重ねて、単純に精神的に耐えきれなくなって健康を損ない、暴れた人もいただろうし? 罪悪感を抱こうが抱くまいが「あれは鬼だ」と声高に叫んだ不届き者も大勢いただろう。

 結ちゃんとの通話で化け狐になる、なんて冗談を言ったけれど?

 小楠ちゃん先輩が喝破したように、私は人だ。

 鬼に般若、菩薩。たしか他にもあったと思うけど、面を使う伝統芸能では、そうした切り替えがあるのだそう。

 とはいえ?

 創作。

 鬼と叫ぼうが、鬼になったことにしたかろうが、人だ。

 だれもかれも、人なのだ。

 グレイテストショーマンではマジョリティに馴染めない人たちがサーカスで居場所を見つける、という文脈で描かれていた。と同時にバッシングは多く、化け物どもだの、怪物たちだの、さんざんな言われようだった。彼らは集まる以前、どういう生活を送っていたか。どう描かれていただろうか。

 あるいは、バスターのバラード。四肢のない男が、渡り歩く見世物車で歌い、物語を聞かせる。見事なものだった。しかし男と旅をして、あちこちを渡り歩く御者は立派な鶏を手に入れた。新たな見世物になり得て、かつ、世話をするのに手がかからない鶏を。雪降る山道を移動中に御者はふと馬車を止めて、男を川に捨て去った。

 魔女狩りのエピソードはどうか。

 近所にユダヤ人がいるかどうかと尋ねられた地域の密告者たちの住まう街。かつて自分の家だった場所を訪ねたユダヤ人のご婦人があいさつをする、というドキュメンタリーにしてもかなりきびしい動画もある。彼女はなにを語ったか。

 アメリカ軍が撮影した、収容所奪還直後の映像は。現場を近所に住んでいるドイツ人たちに見せ、さらに撮影していた。人々はだれもかれもが「知らなかったんだ」と言い、収容所で痩せ細り、餓死寸前に思える程ほそくなった人たちは「いいや。知っていたはずだ」と返したという。

 こどもを殺す母親。この構図にまつわる怪談や妖怪話もまた存在する。現代でも毎年、けっこうな件数が存在する。日本に留めずに換算するなら、かなりの人数になってしまうのではないか。彼女たちがどれほど追いつめられていて、どれほど袋小路に追いつめられているのか。「自己責任だ」と誹るのか。それとも「知らなかったんだ」と言うのか。知らないはずなんて、ないのに。

 隔離世の力は私たちの姿形をちょっとばかり、ユニークにする。

 けれど、それでも私たちは人だ。

 鬼も般若も、なにもない。

 人の振るまいが、鬼のようだと形容するに過ぎない。怪物だと恐れようと、独裁者さえただの人に過ぎないし? 富める者も貧しい者も、やはりどちらもまた同じ人なのだ。

 どういう精神状態であろうと、どういう身体になろうと。

 どういう病になろうとも、どういう嗜癖をもとうとも? みな、人だ。

 環境が、ちがう。

 状況が、ちがう。

 見え方も、感じ方も、ちがう。

 みな人ではあるけれど、噛みあうとは限らない。

 どれほど接しても、納得できなかったり、受け入れられなかったり、繋がりたくなくなったりすることもある。

 脅かされると感じるとね。

 高城さんから教えてもらったことがあるんだ。

 奥さんのマネージャーとして働いていた若かりし頃の高城さんは、とにかく仕事が忙しくて、時間に追われていた。時間に怯えていたし、脅かされていた。ただ過ぎてしまう時間に耐えられなくて「できるだけ簡潔にわかりやすく言ってくれよ」と、相手の話を聞くより、自分が望む話をするよう割って入っては、脅かして回っていたことさえあった。自分より下だと意識していようと、無意識にであろうと、下だとみるや、かなりきつい態度を取ってしまったこともあるという。あまつさえ、愚痴るときには「あいつはだめだ」なんて言っちゃってたそう。

 話すんじゃなくて、自分が納得できるよう強制していたし、矯正していたし、支配しようと躍起だった。

 それでとうとう絶頂期の奥さんにド派手に叱られて、自分の担当から外れるか、それとも改めるべく一緒にやり直すか迫られたそう。こっそり付きあっていた時期があってなお、関係が終わるかどうかの瀬戸際になったそうだし? その頃には高城さんの評判がた落ち、社長からのお叱り、後輩からの陰口などなど、さんざんな状況だったそうで、心を入れ替えたのだという。

 人に歴史あり。

 でもいまの話で肝心なのは、脅かされ度をなにに感じるか、というところ。

 やらかした昔の高城さんにとっては、時間だった。さかのぼれば、奥さんが仕事で勢いが増している時期に、もっともっとと焦っていた。焦っていた理由はいろいろ。交際を黙って続けていたことの罪悪感とか、このままでいいのか、こんなことしていいのかっていう自責もあるだろうし? 奥さんがすごくなるほど、自分はどうなんだろうっていう悩みもあったろう。

 ギンなら「そんなんで周りに当たり散らすだの、迷惑かけるだののほうが情けねえ」とか言いそうだし? シロくんなら「そもそも付きあう付きあわないで悩むのなら、もうちょっと、なにかないのか」とか言いそう。

 ハリウッドのセレブたちなら恋愛はむしろ仕事に利用する人もいるくらい。だけど、日本だとかなりユニコーン教みたいなのが多そうで「だれかのものになる」という感覚が強い印象があるよ?

 いや。

 だれかのものもなにも。

 そのだれかはそのだれか自身のものでしかないが?

 付きあう人がいようと、それは変わらないが?

 結婚しようとこどもができようと、そこは変わらないが?

 こどもはこども自身のものなんだが?

 なんて私は思うんだけどね。

 所有物にするっていう発想が見え隠れするのと、そもそも「物扱い」っていう感覚が見え隠れするからなあ。正直にいって「だれかのものになる」っていう感覚、個人的には生理的に無理。

 だけど、これも私の指標であって、だれかの指標かどうかはだれか次第。

 そこはさ?

 人それぞれ、考え方があるものだ。

 実際に迷惑をかけず、純粋に推し活動をするとか、ひとりで興奮したときに盛りあがるネタであって、SNSに投稿するわけでなし、やばい人たちに加わって燃やすのでもなく個人で楽しむならいいでしょって感じる人のほうが多いまであるし? 私もその一員でもある。

 私の指標でだれかを計ろうとしたら?

 それこそ暴力。

 脅かされ経験が高まると、余裕のなさと経験が燃料と火種を増やすから、無意識に、無自覚に脅かされ予測率が高まってみえてしまう。

 そうなると怖くて、いやで、つらくて、単一の指標で計ってしまうこともある。

 ままならないなあ。ほんとに。

 だから近しい人ではなく、人気商売で、独身の芸能人とかセレブを対象にして、彼らを人に対する安全基地にするっていう手もあって。あるいは水商売で身近に接することがサービスになっていたり、ふれあいがサービスになっていたりする人を安全基地にするっていうケースさえもあって。

 仕事でやっているのだし、しっかりしているだろうと思えたけれど、でも過ぎれば彼らの仕事でしたっていうところが抜け落ちてしまう。情の高まりは理性じゃどうにもならないもの。

 それで、彼らがお店を辞めたり、あるいは芸能人が交際や結婚の報道があると? 一大事に。

 だれかはやく救ってくれ……っ! という地獄の様相を呈することさえあるし?

 こっそり内縁の伴侶を見つけていたり、結婚している人もいれば?

 とことん相手を作らずにいて、結婚したくないわけじゃないのに、気がついたらいわゆる適齢期を過ぎていて「はやくだれか結婚して」とファンが熱望するまでになっちゃうことも。

 繰り返す。

 だれかはやく救ってくれ……っ! という地獄の様相を呈することさえある。

 まあ。

 そもそも。

 結婚だけが幸せじゃないし。

 こどもを産んで育てることだけが幸せでもない。

 どちらも、その先があるもの。

 仕事もそう。

 人といるのもそう。

 幸せも、いろんな指標を指し示しているのであって、単一のものじゃない。

 定義が人それぞれいろいろある。

 そんな中で仕事に影響するとなると?

 慎重にならざるを得ない、という人はいる。

 だから心は後手、感情は後回し、留めるのが「おとな」だと言っちゃえる人もいるけど、頭で考えたようにいかないのが心だからね。気温が下がっても凍っちゃだめなんて水に諭すようなものだよ。無駄だって。意味ないんだよ、そんな済ませ方は無理だ。

 無理だから、だれかを安全基地に利用しても、ままならない。

 女は家でと依存していた男たちによって、女たちがどれほどきつかったのか。親がこどもに自分の理想を依存して、こどもたちがどれほどきつかったのか。貧しい者を使ってやっていると富める者たちが依存して、貧しい者たちがどれほどきつかったのか。

 その先に、どういった悲劇が起きるのか。

 強く儚い者たちという歌が好きなお母さんが、カラオケでちょいちょい歌う。その歌詞にこうある。「宝島に着いた頃、あなたのお姫様は誰かと腰を振ってるわ」そして「人は強いものよ。とても強いものよ」と続く。この続きのフレーズは歌の進行に合わせて変化していく。最初は「弱いもの」で「とても弱いもの」。次がいまあげた「強いもの」で「とても強いもの」。最後に「強いもの」で「そして儚いもの」となる。

 引きずるかどうか。契約が永遠であるに縋るよりも、それより自分を生きるのだわと振り払って好きな人が新たにできたら、その人と結ばれだってするよ。

 それが強さかもしれないし、弱さかもしれない。

 いずれにせよ、儚いもの。

 お姫様のほうが大事だったなら、そばにいればいい。

 宝探しとか、自分の仕事が大事なら? そちらに集中したっていい。

 どちらであろうとも、お姫様は自分の大事なものへと向かっていく。

 おとぎ話のようにはいかない。

 みんなそれぞれ、自分の人生を生きている。約束も契約もひとつの指標であって、すべてを支えるほど万能な土台にはならない。

 それに、土台にしなくていい。

 自分の幸せに向かっていくのが、大事。

 この指標だってやっぱり、万能じゃないけどね。

 袋小路にはまって、高城さんが脅かされ度を感じるのはなんだったのかな?

 自分が思いどおりにできる時間が減ることだったんじゃないかな。

 でもこの感覚自体は、けっこう大事な要素じゃない?

 思いどおりに過ごせる時間って、だれにとっても必要なものなんじゃない?

 私はいま、切実にほしいもの。

 呟きアプリでこっそりリストで眺めているアカウントで、育児でたいへんな人たちの意見にも本当によく見かけるもの。

 じゃあ、思いどおりに過ごせるようにするためにどうするの?

 やらかし高城さんのように、だれかに圧をかける? 苛立ちをアピールする? 自分の納得できるような形に矯正したり、罵倒したりする? だから仕事ができないとか、成功しないとかどや顔で言っちゃう? 半沢直樹のアウトな人たちが大好きそうな仕草だけど。

 制度や構造への日々の労力を割いて、好きなようにしたくて、好きなようにさせてくれない人たちにわがままを言う? あるいは不満のはけ口に利用する?

 気持ちいいもんなあ。

 それじゃ自分は納得いかない。だから納得いくようにやれ! って求めるのは。

 でも、これじゃあ脅かしてるんだよなあ。

 おまけに人は言って動かない。どう伝えてもそう。ムリムリ。ないない。そういう風になったように見えるとき、相手が付きあってくれているだけだ。

 そういうのを自分の力だと感じたり、都合よく遠ざけることができたと感じたりするのもやばい。

 昔は呪文があった。

 あいつは魔女だって。

 あいつは鬼なんだ! って。

 言葉を変えて、伝え方を変えて、似たような文脈は溢れかえっている。

 人が、それを利用している。

 そこまで考えてコップに神経質になったり、強迫観念をもったりするとたいへんだ。

 それがわかっているから「なんてことないさ」や「けせらせら~」と流す。

 直視すると、心がくたびれちゃう。

 塊をカウントしていたら、きりがない。参っちゃう。

 でもそれで済ませられているうちはマジョリティで、済ませられなくなって抜け出せる術がマジョリティの動きなしに得られないことをマイノリティになって知るようだと?

 間に合ってない。間に合わない。

 人はみな、いろんな面がある。そしてそれぞれに、マジョリティだったり、マイノリティだったりする。

 脅かされ度を感じる対象についてもそう。

 もちろん、脅かし度を与える対象についてもね。

 高校に入って過ごした一年は怒濤だった。私にとって、隔離世絡みで人と戦うすべてが脅かされ度を感じる刺激の元。二年生になっても戦いは起きるし、ぷちたちと過ごすことになったし、カナタは高校卒業が迫ってるし、仕事は今後どうなるかってことだし。

 脅かされ度の高まりを感じまくりだ。

 しかも脅かされ経験と、その記憶はなくならない。

 それはある意味、脅かされ度を何倍にも高める燃焼促進剤のようなもの。それが、なくならなかったら? コップの中身が埋まる速度が、どんどん速くなってしまう。しかも負荷が日常的に発生する環境にいたら? 心があっという間に参ってしまう。

 開き直れるかな。結ちゃんのように。私が選んだことのほうが大事なんだって。かつての教授や、トウヤを人質にして私を脅したアダムのような一線を越えた相手を前にして尚、選べるかな。

 そうでなくても、この日常にすっかり私のコップは満たされてしまっているのに。開き直れるかな。

 思考は堂々巡り。

 レンちゃんの言うとおりだ。

 だれといるか。どこにいるか。どちらも重要だ。

 悲しいかな、それを自分で変えられるとは限らない。

 手があるとしても、自分に知ることができるかどうかは別だし?

 コップが溢れて、脅かされ経験や記憶と、日常の負荷で心がすっかり参っていて、頭はろくに働かなくて、知っていても行動に起こせるとは限らない。

 子殺しのみならず、介護疲れによる悲劇も。あるいは昔の老いた親を捨てることも。こどもを売り渡すことさえも。そうなるまでに必要ななにかがなかった。

 妖怪も怪物も、いない。

 いるのは人だ。

 私みたいな狐憑きだの、ユニスちゃんみたいな魔女だのもそう。

 そういう力や姿を一時的に得ているだけの人に過ぎない。

 隔離されてる。天国も地獄も地続きじゃない。素敵でかわいい狸街もそう。

 黒い私が大昔の地球にやってきて、そう仕分けた。

 ここへきて、理由をしみじみ噛みしめる。

 そうでもしなきゃ、人とそうでないものに分けたがるだろう。人が、それをする。

 戦いたがる熱気は、止めがたい。乾燥した森林に火がついたら、一気に燃え広がるくらいに。

 そうして黒いのは仲間を助けるために、自分の次元から撤退した。いろんな次元を移動して、荒ぶるままじゃだめなんだとやまほど経験して、私たちの次元にやってきて、なにをした?

 脅かされ度と脅かし度を、隔離世絡みの力で刺激しあわないよう舞台を整えた。千年単位かな。どうだろ。途方もない年月すぎて謎。ドクターストレンジのタイムストーンみたいな力があるとか? わかんないなあ。すべてを管理しようとしたって不可能だろうし、運頼りにするには長すぎる。まあいい、手段はさておこう。

 そうまでしても、脅かされ度は存在し続ける。

 ゼロにはならないよ。不便を感じたときさえ、人によってはめんどくさい度で済まずに、脅かされ度に感じることもあるんじゃないかなーって思うしさ。

 ごくごくたまの外食でカップルを見かけるとき、ひたすら沈黙に脅かされあってるふたり組もいれば、どちらもぜんぜん相手を気にしてないふたり組もいるし? 話していても、脅かしあっていたり、和みあっていたり。様々だ。なお、カップルに年齢制限を求めないことにするほど、生々しくなる。

 事務所のビルで会議室を横切るときにチラ見するときも、仕事で打ち合わせに出向くときも一緒。仕事だろうと脅かし度、脅かされ度を高めあう必要性なんて微塵もない。微塵もないんだけど、権力勾配を無意識に振りかざしては相手の脅かされ度を刺激している人も、地味にいる。

 それは家族連れでも一緒。

 ってことは? うちの親と私でも、私とぷちでもそうだし? 私とカナタでもそう。

 人の間で生じるもの。

 だれとだれの間でもね。

 ともだちだろうと恋人だろうと親子だろうと兄弟姉妹だろうと、上司と部下だろうと先輩と後輩だろうと、師匠と弟子だろうと、みーんな漏れなく生じる。

 そして脅かされ度が高まるほど、満足に活動できなくなっていく。

 大事な基準であるかのように思えるけれど、実際にはかなり厄介だ。

 結ちゃんが言っていたように、相手の脅かされ度の理由や根っこがなんなのかわかるとは限らない。

 教授やアダムは?

 さっぱり! わからなかった。

 おまけに、それをどうにかできるとは限らないし?

 教授が私に求めたことは、断じて受け入れることのできないものだった。

 そこまでいかずともね?

 依存労働の中には、下の世話も含まれる。赤ちゃんから数年、トイレを自分でできるようになるまでの間。病気や怪我でトイレに行けなくなったり、できなくなったとき。歳を重ねて自分でできなくなったとき。看護や介護のお仕事で介助をするという。お風呂なんかもそうだし? ご飯を食べることもそう。

 されてきたことだし、いずれしてもらうこと。それを社会の基本にしようとするほど、じゃあそれを受け入れるかどうか。そういう状況ないし、接する状況を受け入れるのかどうか。

 脅かされ度を感じる人さえいる。

 ぜっさん育児中のお姉ちゃんの赤ちゃんのみならず、街中で見かける赤ちゃんの泣き声、聞いたことはあるけど、なにを望んでいるかがわかったことなんてない。電車内で赤ちゃんやこどもに、じーっと見つめられたときにあやしている人って結構いると呟いている人もいるけど、私はいつだって「ど、どうしよう! なにしたらいいのかな! 泣かせちゃったら、どうしたら?」とビビってしまうし、実際わからないことだらけだ。

 相手はいったい、なにをされたら脅かされたと感じるのか。

 いつだってわかってる、なんてことはない。

 わかってることのほうが少ない。

 なので、やらかすことも多い。

 どう軌道修正するか。体験をどう活かせるか。そこに行き着く。

 みんなそうやっているのかな? と思いきや、そんなことない。特に隔離世の力絡みで戦う人たちはそうだ、なんて前は思っていたけど?

 なんてことない。

 ぷちたちもそうだし?

 むしろ、ありがちなことだ。

 そして根っこが深いことさえある。

 それは人を強く刺激して、脅かされ記憶さえ刺激してしまいかねない。

 だとしたら、そりゃあ、いろんな作品を見てきたけど、ながぁくケアしつづける場面は入りがたいよなあ。細かくしようとすればするほど、わからないし。すかっとしないし。

 ヒーローたちはもっと能力に適したことをするよなあ。アメスパ2で、こどもに「きみはママを守って。僕は彼をなんとかする」と役割分担してた。それが精いっぱいだ。

 すると結ちゃんの選択は、かなり踏みこんでる。

 みんなと役割分担をして、ひとりじゃできないことをしようとしている。

 私はどうだろう。

 既にあるものを利用できるのなら? そこに貸せる力や資源があるのなら? そっちをどうにかする、かな。映画のトニー・スタークは、そういうことを積極的にやってた。危機管理と儲けを含めて瓦礫の撤去と管理をしようとして、やっと瓦礫撤去で儲けようって人たちをごっそり追いつめていたけど。

 なんでもはできない。一度にすべて完璧になんて、無理な話。

 それがつらいところだ。

 できることを積み重ねていく。毎日、せっせと。

 ただのヒーローにできることは限られてる。だって、彼らもまた人だもの。

 発想が逆だったんだなー。

 できないこと、できなかったこと、それらでついた傷と経験による怖さで私のコップは塊いっぱいだ。脅かされ度のカウンターはあがりすぎておかしくなっていて、塊の増え方がかなり早くなっていた。体感でしかないけど! 最近やっと体感してきたくらい、遅れてるんだけど!

 簡単にわかることはないぞ?

 指標ひとつでどうにかしようなんて、そんなのはなしだ。

 わかっちゃいるんだけどもぉ!


「お。春灯に勝った!」

「も、もう一戦!」


 ぷちたちを寝かしつけて、和室でカナタとゲームの練習をして見事に負けた。

 ゲームの負けで私が脅かされていることなんてひとつもない。

 わかっているんだ。

 なのに、心穏やかでいられない!

 くうっ!


「このバギー、強いな」

「次それ私つかうから! カナタ禁止ね!」

「禁止でも別にいいけどさ。緩く走るんじゃなくて、もうすこしガチで練習するならドリフト覚えてからでもよくないか?」

「できてるもん! はいっ、侮りすぎですーっ! それくらいの操作ならできてるもん!」

「やってはいるけど、タイミングが変っていうか。ちょいちょいコースアウトしてるんだよなあ」

「そんなばかな!」


 じゃあタイムアタックでやってみるかと勝負を降りられてしまった。

 あっ、あなどるなよ!? うまくなるもんね!




 つづく!

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