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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百七十五話

 



 こども時代に見かけるうんちの多さって、不思議。

 ちびの頃になんか笑っちゃう下ネタランキング、堂々の殿堂入りを果たすうんち。

 そのためか、うんちのドリルや、うんちのこども向け生物学の本さえある。絵本だっていっぱいだ。

 食べものとの繋がりで考えても、まったくの無縁とはいかない。

 エビの背わたに詰まっているものの中には、エビのうんちが含まれる。お魚をさばくときに取り出す内臓には腸があって、そこにはお魚のうんちが詰まってる。内臓ごと食べるとき、お魚のうんちも一緒に食べていることになる。

 じゃあ焼き肉、焼き鳥のホルモンは? こっちはさすがに綺麗に処理済み。

 なんならエビにしてもお魚にしても、処理するっちゃする。エビの背わたは雑味になるし、お魚の場合は苦味になる。お魚のうんちは、苦いみたい。

 世界広し、食は深し。そういうかどうかは知らないけれど、多種多様な食があるなかで、うんちを食べる文化はそうそう見当たらない。ゼロとはいわないけど。でも人間以外の動物だと? わりとある。飼育しているイヌやウサギがうんちを食べて「ぎゃああ!」と驚く飼い主さんがいるという。でも、身体を通って出てきたうんちに必要な栄養があるから食べる、みたいな動物もいるというし? 幼い頃は親のうんちを食べて成長する種もいるという。

 うんち、意外と奥が深い。

 ただし人間は食べ物として摂取する習慣をもたずにきたので、やめよう! ぜったい! 状態なのだとか。人によっては性癖にあるそうだけど、触れないよ? 念のため。

 単純に食べると危険という事実が文化を見かけない理由なのかもね。

 飼育をするか、あるいは依存労働にかかるとき、自分以外のうんちとの距離感が近づく。犬は散歩でうんちを片付けるし? 猫はおうちのうんちを片付ける。人は赤ちゃん時代、そして老いたり病気の症状によって、依存相手に処理してもらう。

 あるいは動物学者さんがフィールドワークで、うんちを分析してる印象がある。それか動物園とか? 自然公園の保護活動をしている人たちとかね。

 なにを食べているのか、消化はどれくらいか、出してからどれくらい経っているのかを読み取れそうな印象がある。犯罪捜査系のドラマで車のボンネットに触れて「まだあたたかい」ってやるのを、うんち相手にやって「目当ての動物まで、近づいてきたぞ」ってやるイメージがある。

 他にも、うんちの学びはあってさ?

 ペンギンたちのコロニーや、海鳥たちのコロニーは?

 彼らのうんちでべっとりだ。

 引いては彼らのうんちの匂いで縄張りを示しているのかもしれない。

 それはどこの野生動物でも同じみたいだね? 匂いが縄張りとして活用されるか、あるいは狙われる可能性があるから土をかけて匂いを消すのか。

 逆にゾウやキリンあたりは、出しっぱなしな印象がある。大きくて強くて、走れば速い彼らは健康で、群れている大人ほど、ライオンたちでもかなりの脅威じゃない?

 狙われやすく生存率が高いとはいいがたい生きものほど、うんちさえ生存戦略に活用されている印象がある。でも、そういうのって後天的に教わるんじゃなく、先天的に行なう印象があるのだ。人間の赤ちゃんよりもずっとずっと早く、野生の、たとえば馬やキリンはすぐに立ち上がる。立ち上がることができなければ食われてしまう。栄養が足りなかったか、とうとう立ち上がる前に捕食されてしまうかすることも起きるそう。

 牧場の漫画にせよ、ドキュメンタリーにせよ、生まれた子馬の立ち上がるまでを、周囲は応援し、手助けせず祈るように見守っているイメージがあるけれど、見たものに対して勉強したことはないなあ。だから実際、先天的っていうことばの意味も、学術的な知識もないわけで。

 謎っちゃあ謎なのだけど。

 トイレの仕方は後天的に学ぶ。出すだけなら自然とぷりぷりだす。人間さえトイレトレーニングをするのだし? 犬だってそう。トイレトレーニングに失敗した室内犬は、あちこちでうんちする。おしっこだってそう。

 じゃあ野生で活動するいきものは、うんちを生存戦略に活用するとき、それをどう体得しているんだろう。

 なぞ。

 うんちひとつで謎いっぱい。

 草ばかり食べている動物のうんちは、消化しきれない繊維質、平たくいうと草がいっぱい。

 食べるものによって、うんちの匂いも形も様々。鳥のうんちはべちゃっとしていて、哺乳類のうんちは形があるよね。

 さらに踏みこむと?

 コピ・ルアクというコーヒーはすごく有名じゃない?

 コーヒー豆を食べたジャコウネコのうんちから、未消化のコーヒー豆を取りだして利用するんじゃなかったっけ。もちろん綺麗に洗って、使えるように加工するそうだけど。

 一時期かなりの高額だったから、ジャコウネコをやまほど捕まえて無理矢理コーヒー豆を食べさせて、そのうんちを加工して売る商売人が登場。ビジネスとなれば、そういう輩も出てくる。こちらは明るみになって、禁止されたとか。

 うんちから離れるけど、キャビアがお金になるからチョウザメを乱獲したり。フォアグラの流通がお金になるから、ガチョウを人為的に太らせたり。毛皮が金になるから希少動物を密猟したり。

 お金になるから。

 たったそれだけを理由にして、人はなんでもする。企業の中でもそう。転売まわりもそう。

 ハチミツを水で薄めたりね。調理具材を偽って出したりね。

 いろいろやるよー。派遣や下請けいじめなんかもね。

 だから止めるし、罰則を設けるし、監視監督をするし、防ぐための手段や環境作りを整えていくんだけど。

 それは、うんちを通じて加工できるコーヒー豆さえ含まれる。

 奥深いぜ、うんち。

 だからといって、浴びたいはずもなく。踏みたいわけもなければ? 近づきたいわけでもない。

 そりゃあ生存戦略や縄張りアピールで使われるわけだよ。

 学名を初めて聞いたら吹いちゃう率が高めのゴリラはうんちを投げるという。

 動物園でぶちかますゴリラもいるのだとか。ゴリラやべえ、じゃなく、なんでゴリラはそういうことをするのかな? に視点を向けたい話だけどさ。

 かと思えばスカラベ、いわゆるフンコロガシは? ころころうんちを転がしていく。なんでかな?

 問いが多いぜ、うんち。


『長い。汚物の話が長い!』


 タマちゃんがお怒りなので、そろそろやめるけど。

 なんで長いこと、うんちについて考えているかって?

 うんちまみれになりながら、レンちゃんとうんざり気分で街に向かってるから。

 キノコは取れた。無事に取れた。平たく広い傘をしたり、ぼんやりと発光していたり、桐箱に飾ってあるので見覚えのある松茸など、立派な立派なキノコをいくつか採取することに成功した。代わりに、キノコのある区域に入るやいなや木々のうえで大荒れに荒れた鳥たちが、豪雨のようにうんちを降らせてきた。傘なんか役に立たない。台風の暴風圏内みたいに、横殴りのうんちだった。

 くさい。きもちわるい。真夏の灼熱みたいに、考えるほど不快指数が増していく。

 離れようとすればするほど、うんちのことばっかり考えちゃう。

 レンちゃんも私もしゃべらない。

 ふたりして、マスクをつけている。

 お鼻にぶっとい鼻栓をして、なるべく口呼吸を心がけている。

 なんでかって?

 匂いを嗅いだら吐きそうになるからだよ!

 問いたい。

 問い詰めたい。

 ここは本当に天国なのかと。

 うんちまみれやぞ? どんな天国!? ねえ。

 街に戻る途中のことだった。

 先を行くレンちゃんがふり返り、指先で横道を示す。先導されるままについていくと、木々の合間に開けた泉があった。

 キノコをやまほど詰め込んだ籠を下ろして、レンちゃんは迷わず服を脱ぐ。意図を察して周囲を見渡した。しかし、うんちまみれの不快さから逃れたい気持ちが一瞬で組み伏せた。

 私もさっさと脱ぎ散らかして、泉に飛び込む。

 冷たい。全身がぶるぶるっと震えちゃうくらい冷たい。けど、さんざん歩いて火照った身体にとても気持ちいい温度。慣れればなんてことない。

 髪や尻尾の汚れも水の中で落として、最後にマスクに服や下駄。

 鼻栓を取るまですこしかかったけど、ようやくひと息ついた!


「はーっ! 思った以上にうんち!」

「逃げずによく付きあってくれたね?」

「レンちゃんにはお世話になってるしー」


 構わない。

 手伝うよ?

 ただ、うんちを洗い落としたい気持ちは別ってだけ。

 透明度の高い水に服を沈めると、白く濁っていく。そう、白いうんちなのである。

 だからなんやねん。


「それよりここ、だれにも見られない?」

「お風呂も温泉も街にいいのがあるし? 神使も見習いも、わざわざこないよ。へんぴなとこだから」

「じゃあ、レンちゃんはなんでここに?」

「付近一帯を歩き尽くしてたら見つけて、気に入ってるから」

「はあ」

「ここ、シシガミが出そうな泉じゃない?」

「おお」


 それほど深くない、大樹の森の中にある泉。面積は広く、数キロ先まで広がっていそうだ。

 なかなかよくわからない立地。

 透明度が高いからこそ、魚や昆虫が見当たらないのが謎。

 隠れているのかな?

 シシガミというけれど、たとえば他にも一角獣あたり出そうじゃない?

 ユニコーン的なの。

 私が相手じゃ無理か! あっはっは!

 はーあ! だいきらい!


「ま、見たことないけどね」

「そっすか」

「さくっと洗ったら、火を出すから乾かそう」

「んー。キノコは?」

「そのままで。鳥のうんちも使えるんだって」

「ええ……」

「気持ちはわかるけど、そういう依頼なの」

「薬かなにかにするの?」

「というより、うんちの霊子を解析して、このあたりの鳥の健康チェックがメインかな」

「キノコと健康チェックが一度にできて便利ってこと?」

「そ。おかげでレンたちはまみれたわけ」


 あんまりだ。


「思いつかなかったけど、次があるならさ? 雨合羽とかにしよ」

「――……あっ」


 ええ?

 思いつかなかったの?

 そっかあ。

 頼むぜえ! って気持ちがわき出てくるけど、私も思いつかなかったからいいや。

 済んだことだし、経験を抽出したらひと区切りがいいや。

 もしもまた似たようなシチュエーションに出会ったら? ぜったい雨合羽一択でいこう。


 ◆


 街に戻ってレンちゃんと一緒に金長ちゃんのいる店を訪ねる。

 うんちの匂いがきつくて、入り口から入ろうとしたら店内から店員さんが急いで出てきて「裏口! 搬入は! 常識でしょ!」って怒ってきた。もー。しらん!

 知らんけど、食事処でお客さんが入っているお店にうんちの匂いのするキノコをやまほどのけたカゴを背負って入るのは、たしかにやばい。

 さくっと納品。とことんお使いクエストっぽい。

 店員さんが数を確認してくれた。ごついマスクをつけてだ。そりゃそっか。


「いつもありがとうございます。レンさんは結さんが病院でお呼びですよ。それから、狐さんは社長がご挨拶をしたいとのことです」


 私とレンちゃんのカゴを持ちあげて、作業服の狸のおじさんが極めて事務的に知らせてくれた。では、と会釈をして、とっとと裏口からバックヤードに向かっていく。


「じゃ、レンは先に結のところに行くね。ちっちゃくて細々とした仕事がいっぱいあるだろうから」

「神使って、たいへんだったんだね」


 ときにはうんちまみれになることもあるんだもの。


「やってくうちに街や地域のことがわかってくるし? 現世とちがうところも体感できるし。向き不向きはあるだろうけど、慣れもあるし。肌に合えば、けっこう楽しいかな」

「おお」


 なんかできる人っぽい!


「結とレンじゃやることちがうし。あなたもそうだよ。同じじゃない」

「比べることないって?」

「意味ないもの。あなたはあなた。レンはレンってこと! 今日は忙しいから無理かもだけど、結は病院にいるからさ。暇なら会いに行くのもありかもよ」


 じゃあね、と駆け出していく。

 タフでバイタリティあふれる人だ。

 それくらいじゃなきゃ結ちゃんと肩を並べられないのかも。

 ふたりが相棒っていうのも、なんだか腑に落ちてきた。

 両手を空に向かって大きく伸ばして、ぐっと背伸びをする。尻尾も先までぴんと、ね。

 背筋が気持ちよくなるくらいの、ゆるいストレッチを済ませてから裏口に入る。

 通路を進むと、キッチンや休憩所を横切る。どこも活気に溢れていた。おいしい匂いが充満している。途中ですれ違う狸さんに尋ねて、社長室に案内してもらった。事務室があって、その先にある扉を抜けたら六畳間の社長室。内装に凝るとか、絵画を飾るとか、そういう飾り気はない。品格を示すようなものも一切ない。

 ごつい樫のテーブルに台帳や端末をどんどんと並べて、ちっちゃな子狸が分厚いレンズのメガネを掛けて、台帳の数字を睨んでいたんだ。ピリピリした緊張感に黙って待っていると、ページの最後まで目を通してから、子狸はメガネを外した。

 ぎゅうと閉じて、深呼吸をする。よほど目を酷使したのか、息苦しそうだ。付けたされたため息が重たい。いましていることの目処はまだ立っていないみたい。

 ふと顔をあげて私を見るなり、かぱっと口を開ける。


「おや! 生意気な狐女が本当に宝島でなく天国にいるとは! どうしました? 狐が狸にたかりに来ました?」


 相変わらず口が悪いなあ。


「ちがうよ。レンちゃんと会って、誘ってもらったの。結ちゃんもいるし、ともだちふたりに会いに通っているだけ」

「かの太陽神の神使にしては、またずいぶんとのんびりされてるようで。尻尾を九つも生やして

情けない」


 危うくかちんときそうになった。

 落ち着け。金長ちゃんは宝島で会ったときから、なかなか言い過ぎちゃう狸さんだったじゃないか。


「狐たちが出迎えにくるでなし。狸の街でのびのびと骨休めですか。不自由はしていませんか?」

「快適だよ? よくしてくれるね、狸さんたち」

「いまだに大昔の狸の感覚のままのもいますがね」


 ぶらぶらさせてる狸さんたちのことかな?


「商いと、人間用にこんな姿をしちゃあいますが、古株なので。なにかご不明な点があったら、レン伝いにお知らせを」

「そういう優しいところもあるんだから、口が悪いのやめてみない?」

「偽らざる本音なのでね」


 にこおと、粘度たかめに微笑まれてしまった。やらしいなあ。


「尻尾の本数は自慢にならない。特に天国では」


 返事がしにくい話題だ。

 九尾を大事に想う私にとっては特に。

 けれど金長ちゃんの言うこともわかるのだ。


「そしてここでその名に力がありすぎる神の元で神使をするのなら? 見習いや、地位を望む神使にとって、のんびり過ごすあなたは目障りだ」


 ほんと、言いにくいことをはっきり言うなあ。

 宝島で出会ったときは腹黒いけど、もっとかわいくて、レンちゃんがいつも振る舞っているようなおばかなノリだったのに。仕事をする場所での彼女は厳しくて恐ろしい。


「狐の街に急ぐより、ここで慣れてからでもいいかもしれない。でも、レンと結のふたりとちがって、ここはあなたのための場所じゃない」

「わお。みにくいアヒルの気分」

「狸になりたいのなら、歓迎しますよ。あなたの丸顔はお似合いだもの」


 顔のことは言うな……っ!


「けど、あなたは狐をお選びになった。足を運びたくなったら、店の者にお願いなさい。狐たちの街につれていかせます」

「出てけって、言ってる?」

「いいえ? あなたのしたいようになさい。かの神がご指示をくださらないということは、そういうことなのでしょう?」


 そう、なのかな。


「この街に滞在したい、また訪れたいというのなら、それもお好きにどうぞ。いつでも歓迎しますよ。ただ」


 ただ、の先がいつだって肝心だ。


「僭越ながら初心忘るべからず、と申し上げているまでですよ。意欲は育てるもの」


 レンちゃんも、同じことを言っていた。


「慣れてからでもいいのです。ただ、こちらにはあなたに提供できる選択肢があるからお伝えしたまで」

「……私のこと、実はかなりきらい?」

「実はかなり、どうでもいいです。宝島の一件で興味はありますけど。ささやか」


 あえて指先でちょっとを示される。


「なので実をいえば、期待もなにもありません」

「とことんズバッというよね」

「本心ですから。この金長、レンに集中しています。複数人の御霊になろうとする奇特な神もいますが、私はひとりに夢中でいたいたちでして」

「はあ」

「あなたはどうですか? 御霊ふたつの縁なれど、先に強く響き合った縁に思いを寄せることは?」


 タマちゃんに会いたくないのか、と。


「――……いまのは、親切な教え?」

「たんに歯がゆいだけです。じゃ、伝えるべきことは伝えましたし、仕事があるので。それと質問があれば、いまなら伺いますよ?」

「え、お、え?」

「ウカさまほどじゃありませんが、私も多忙の身ゆえ。なければ退室を」


 ここでの金長ちゃんは、徹底的に事務的だ。

 お仕事中だからなのかもしれない。フラットに、いろいろと伝えてくれた。

 さっきのウェットな笑顔は皮肉たっぷりだったけどね!

 だけど、質問していいんだって。


「金長ちゃんは、お仕事してるんだよね。稼いでる」

「それはもう」

「なんで?」

「ハマっちゃったから」


 即座に答えが返ってきた。


「長い長いときを過ごす、その無頼を慰めるにはね? 続けたいことを続けるのが一番ですからね。それに長らくこれが一番、縁と共に過ごせる手でして」

「金長ちゃんにとって?」

「そうですとも」

「じゃあ、そのためなら、なんでもする? 疲れちゃって、休みたくなったら、どうするの?」

「続けたいことを続ける、となれば安定感は欠かせず、休みがいる。係争の種は潰すものであって、増やすものではない。突きつめれば、なんでもするじゃあ進まないな、と気づきまして」


 いつの頃のことだろう。

 掘り下げて聞きたいけれど、話の腰は折りたくない。


「縁が増えれば増えるほど、関わる縁がみな心地よく回るよう循環せねばならないことに気づく。すると、日常の作り方が如何に肝要であるかを思い知ることになる――……」


 ゆっくりと語られる内容は、レンちゃんが私に教えてくれたことばを凝縮したような内容だった。


「関わる者すべての営みが穏やかに向かっていけばこそ。ときに発散する遊びあればこそ。けれどいずれも循環して困る内容であったなら? ある人間の詩にありましたね。雨ニモマケズ」

「――……困っている人がいたら駆けつけて話を聞くし、ケンカしている人がいたら止めるみたいなやつ?」

「そうです。ただ、それだけのことを続けるのだから、休みもするし、なんでもはしません」

「そっかあ」


 私はかなり、ビジネスを揶揄する。

 おじさん文化をバッシングしがちだ。このところは、特に。

 ぷちたちと過ごすようになって、いままで見聞きしてきたことに繋がる文脈の中に、子育てしらんふりおじさんたちの影響を見て取るから。でももちろん、世の中そういう父親ばかりじゃない。ごそっとまとめてバッシングして、それでいったいなにが変わるのかって話だ。

 揶揄するビジネスにしても、そう。

 なにごとも問題がないってことはない。ないってことにされてる環境さえ含めて、だれにでも、どこにでも、なにかしらあるもの。

 加害があったと、被害の傷口から感じとるとき、感情的にならずにはいられない。

 それはもう反射的なものだから、いっそ距離を置いて刺激を感じないようにしたい。

 ビジネスも、そう。

 いくつもの段階を経て、さかのぼってみると?

 もっと私を愛して、という願望に行き着くような気がする。

 かなり飛躍しているし、間にある段階をきちんと捉えて言語化しないことには? 自分自身、よくわからないことなんだけど。

 金長ちゃんも、そしてレンちゃんも、自分の中にある愛してほしいっていう気持ちをなだめて、世界に与える愛の育て方、循環のさせ方を意識しているような気がする。

 もっと平易な言い方をするなら、いっしょにいて楽しいとか、あれこれ話しあってふたりで盛りあがっちゃうのとか、そういう素敵な時間の循環を増やすための過ごし方の話だ。これは。

 そんなの考えないでできるわーってほうがいいなー。

 憧れる。

 でも、私はそうはならなかった。

 じゃ、学べばいいや。


「もう終わりですか?」

「ごめん! あと、もういっこ! いいかな?」

「どうぞ?」


 ずっと私を見てくれている。

 焦らせるでも、退室を促すジェスチャーをするでもなく。

 そういうところはやっぱり、親身な狸さんなのだなあと感じる。


「戦いって、どうすればいいのかな」

「どうしたいのか次第です。戦いといっても、様々ですし? 手段に過ぎません。定義もそれぞれ多種多様。神力結は、己の戦いはこうだと定義づけ、貫いています」

「でも、じゃあ、相手が相手の望む戦いに引きずり込んできたら?」

「付きあいたいのでなければ、付きあうことはないんです。それぞれの戦いがあるのだから、自分の戦いを貫くというやりようもまた、ある。戦いが多種多様なら? その収め方もまた、多種多様でしょう」

「そ、それでいいの?」

「いいもなにも、そういうものでは? どうしたいのかの答えは、常にあなたの中にあります。ですが愉快なことに、それは大勢と触れ、縁や経験の中で気づかされるもの。刺激によって輪郭が浮かびあがるものですから」

「はあ……」

「環境で循環する刺激によって、輪郭が浮き出てきます。循環する要素が変われば輪郭もまた変化していく。続ければ続けるだけ、変化していきますね?」

「そんなの、捉えようがないのでは?」

「ですから、ご自身が望むほうへと向かってみては?」

「したいようにしていいってこと?」

「どうぞ」

「いいのかな」

「あなたはだめだとお考えに?」

「う、ううん。だめなのかなあ? くらいだけど」

「だめなんですか?」

「――……ええ、と。だめじゃない、かな?」

「では、どうぞ」


 金長ちゃんは狸で、私が狐なのに。

 変なの。狐につままれたよう。


「ご友人が既に選ばれた道ですし? 相談してみるのもいいかもしれませんね」

「おぅ……」


 そっか! 結ちゃんだ。


「さて、他になにか質問は?」


 もうなかった。

 いちばん痒かった気持ちをがつんと射貫かれた。

 同時に怖い答えだとも感じた。

 私は金長ちゃんの「なんでもはしない」という答えにすごく納得したけれど、そう考えずにひどいことして稼いだり、なにかを踏みつけて利用する人も、そりゃあけっこういるのだ。

 それが自分のやり方なのだという開き直りは、ただそれだけじゃ暴走を許す免罪符になってしまう。

 いろいろと組み合わせて、やっと。

 これだと思える気持ちいいことばだけじゃ、ちっとも足りないんだ。

 よく考えて。よく学んで。循環する日常、かなり大事。


「ありがとうございました」


 お辞儀をして、退室する。

 あいさつは返ってこなかった。

 ただ、扉を閉めるまで金長ちゃんは視線を向けていた。

 気を抜かずにね、と。声にださずに見送られた気がした。

 お店の外に出て、ふと気づく。


「あっ」


 すごくいい話ができたから、すっかり忘れてた。

 あのキノコ、どうするの?

 うわ! いまさらすごく気になってきた!

 これだけ聞きに戻れないよ!? くうっ! やっちまったぜ!




 つづく!

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