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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
1874/2984

第千八百七十四話

 



 掘っ立て小屋に亡骸が並んでいる。

 あたたかな血を全身に浴びながら、刃を滑らせる裸の老若男女たち。

 眺めていることもろくにできない社員が実は多い。

 アリやミミズを意図せず踏み潰し、夏は身体に止まった蚊を水から進んで叩く。忌避される虫にいたっては殺虫剤で仕留めたり? 慣れると新聞紙やスリッパなどで叩いては、外へと放り捨てる。地域によって、さらにいえば築数十年の古い家屋に住めば? ムカデやナメクジが出没しては、悩ませる。蜂の巣ができたり、シロアリに喰われたら? 市区町村の役所に相談し、役所伝いで業者に頼る。水道の修理と同じだ。

 境目はあるものの、こと昆虫が相手となると? 話題にはなるが、そこまで。

 けれどこれが鳥類や近隣の犬、猫に及ぶと話が変わってくる。

 鶏、牛、ブタ。地域によっては羊、ほかに馬、あるいはクマやイノシシなどになってくると? 食肉に加工する、いわばさばく行為は人の目から遠ざけられる。

 魚は別だ。

 食事を提供する店でさばくことさえ自然に行なわれる。

 だが、肉はちがう。

 ステーキ店に入ると、奥から牛の悲鳴が聞こえてくるようなことはない。焼き肉店や串焼き屋などは大変だ。大騒ぎになる。

 遊牧民は羊を飼う。食べるときにはハンマーを振り下ろして殺すそうだ。頭を落とすか、首筋を切って逆さまにぶら下げて、血を抜く。

 これが鶏でも同じで、やはり頭を落として足を掴み、血を抜くのだという。

 皮から生えた毛をそり落とすと、皮を裂いて内臓をすべて取り出す。

 映画「ロッキー」では冷凍庫で頭と内臓を取った状態の生肉を吊り下げ、それをサンドバッグに見たててトレーニングを行なっていた。

 あの光景を、もしここにあるもので再現したらどうなるだろうと考える。


「社長、いいんですか? こんなことして」


 いいわけないだろう。

 付き添いで来ている中でも慣れている社員が小声で尋ねてきた。


「いいもわるいもないさ。彼らにとっては、これがなきゃだめなんだから」


 生きるために必要だからする。

 たとえ歪んでいようと、彼らは行為に及んだ。

 他のあらゆることを拒絶され、心が折れたからか。

 あるいは耐えに耐えてとうとう耐えかねてことに及んだか。

 肯定も否定も、彼らを止めるにはあまりにも儚く脆い。

 とどのつまり、あれだ。

 彼らには間に合わなかった。


「で、でも」

「例のロシア人に彼らを引き渡し、我々は支援を受ける。そして次なる旅路へ向かうために必要なことさ」

「え。渡しちゃうんですか?」


 驚くところはそこかよ。


「いやなの?」

「そ、そりゃあ、自分は入社して間もないですが、付き合いも長くなってきたので」

「さっきの言い分は、じゃあなに」

「だから、日本から逃げていきなりこれって」

「ああ、そういうこと? いいのいいの。なるようになるのさ」


 留めて身内同士か社員を狙われても困る。

 あるいは街中、それも目立つところでことに及ばれても困る。

 彼らは常習者だ。

 現状、止める術はない。

 見つける気?

 ない。

 とうにない。

 あったら彼らは拒んでいた。

 倫理観、やさしさ、その他もろもろ。止める理由はある。

 しかし社会を生きる痛みをはね除けるように、敵対する社会に反撃に出るように、社会性を得る機会も、育む機会もとうとう得られないまま行動した彼らを止める?

 いまさら?

 過去はやり直せないのに?

 傷は消えないし、記憶は鮮明に残っているし、そもそも行為に陶酔しているのに?

 それを、自分たちのビジネスに利用した自分が?

 なぜ?


「いいのいいの」


 だれも止めないし、だれも止めてこなかった。

 もはや止めに出るやつがいたとしたら、そいつは銃器を構えた連中くらいのものだ。

 生きるか死ぬか。

 死なれちゃ困る。大事な商売仲間だ。


「だいじょぶだいじょぶー」

「またいつもみたいに適当に言って! 嘘みたいにスムーズに来てますけど、だいじょうぶなんですか? ここから足がついたりは」

「肝っ玉は太くしなきゃ。じゃないと、飲みこまれちゃうよ」


 若い青年社員の眉間にホクロがある。見かけると、ついつい押したくなる。

 ボタンに見える。押しちゃいけない類いのやつだ。そんなの、押さずにいられるか。


「ちょ、やめてくださいよ」


 うっとうしがる青年を笑い飛ばして、再び解体現場を眺めた。

 手慣れた者を軸に、技術と知識が普及して、最初の頃に比べて本当に手際がよくなった。

 万感の思いだ。手放すのが惜しい。未練は執着。好きならいっそ、開き直って認めて利用してしまえばいい。

 しかし現状、どこでなにができるかという話になる。

 具体性に乏しければ?

 彼らと行動を取るのが困難になる。

 あらゆる方法で人は刺激を感じて、負荷を分散し、軽減して、人生を過ごす。しかし分散、軽減する術をついに見つけられず、ようやく見つけたのが解体なのだとしたら?

 うまいものを食べ、仲のいい人間と交流し、娯楽を楽しむ。自分たちのあらゆる策を、彼らは使えない。溶け込めない以上は負荷が一般の中央値にあたる生活に比べて高い。ますます、解体を求める。

 こう述べることができるかもしれない。

 望ましくない環境、馴染めぬどころか敵だと感じるほど共感できない集団を前にしたら?

 耐えきれなくなるまで耐えるのか。はたまたいっそ、大きく変えようとするのか。耐える選択肢を経て、環境と付きあっていけるのならいい。

 しかし、彼らにそれは望めない。そういう人物だからこそ、集めた。

 いやはや。やまほどの素材を集めることができた。彼らのおかげだ。やはり惜しい。

 むしろ第二、第三の彼らを見つけ、定期的に先方に提供するほうがお互いにとって望ましくはないか? ああ、それがいい。

 そもそも。

 ロシア人に彼らを渡す、というのも本決まりじゃない。こちらの青写真に過ぎない。

 むしろ今回の要は彼が求める狼少女たちのレシピと改良法。彼らを素材にするよう提案し、加工すれば達成できる内容だ。


「ロシアなんですね。中国でもアメリカでもなく」

「どこかの過激派組織でもなくね。なにか気になる?」

「あ、いえ。イケイケで怖いのは中国なのかなー、みたいな?」

「適当なこと言ってないで、いつもどおりちゃんと後片づけしてよ?」

「はあい」


 渋々離れていく青年を見送って、ため息を吐く。

 たやすくはない。綱渡り。どこまでもつかはわからない。

 だからこそ何事も無い顔をして、余裕を示す。

 それはそれとして、もっと手広く活動したり、機動性を高めても問題はないのだなあと痛感する。水から手を狭めるな。愉快な世界の自警団気取りの連中がきっと、押し寄せてくる。そうでなくても、取引先がまともな相手じゃない。いつ寝首を掻かれてもおかしくないのだ。直近でいえばロシア人も怪しいものだ。

 なにせこちらは学生の寄り合いみたいなゆるさだ。

 あっという間に制圧されてしまいかねない。

 警戒するがゆえに手はある。いつだって用意は周到に。

 秘宝はいくつあっても困らない。

 それこそ秘宝の製造さえ可能になるのなら? それが一番、望ましい。

 ゆえに日本のニュースからして学生連中が活躍したというのは鼻持ちならないが、好きにすればいいさ。現世において、彼らはただの学生に過ぎない。

 日本できちんと社会に流される勉強をしなきゃあな。暮れゆく国といえども将来があるだろうさ。未成年は文に触れず学びを知らずに、おとなしくいまだけをやり過ごしていればいい。おとなたちという見本がいるだろう? お手本には困らないはずさ。おっと、だれもかれもがそうとはいわないさ。あくまで、そういう連中がいるというだけの話さ。

 個人的には?

 そんなの反吐が出るんだが!


 ◆


 お鼻がむず痒くなってくしゃみをする。

 眠っている現世の私もくしゃみをするのだろうか。謎だ。いっそ、寝ている時間帯をモニターできるアプリでも入れちゃう? 録音しちゃう?

 聞くの死ぬほどめんどくさそう。


「だいじょうぶ?」

「ゆあうぇるかむ!」

「は?」

「ごめん、なんでもない」


 レンちゃんと天国の道を歩く。

 そういうとすごく情感たっぷり? そんなことないか。ひと息でしゃべれちゃうし。

 実際、森の中を移動中なだけだしなあ。

 彼女は御霊の金長狸が繰り広げるビジネスネットワークのお手伝い中。狸街でも金長ちゃんのお店はたくさんあって、なにかと仕事を言いつけられがちだという。金長ちゃんもいちおう、狸街じゃ名の知れた神さま狸なのだとか。ほんまかいな。ちょこざいな商人狸なのに。


『よし! もっといえ!』


 タマちゃん、ライバル心が剥き出しになりすぎてない?


『狸ごとき!』


 語るに落ちてるのよ。ごときっていうところが特に。

 やれやれ。


「レンちゃんなら戦いか、日常どっちにする?」

「それ、レンにとっては選ぶものじゃないな」

「どういうこと?」

「なんていうんだろ。過ごす時間すべてが日常なら、戦いはその一部かなって」

「おぅ……」


 そういう考え方もあるのかっ!


「だから日常から戦いを遠ざけたいか、なのかなって。どう?」

「そうかも」


 いやむしろ、そうだ。

 いろんな感情がわき上がる。

 もうやだ。無理。勘弁して。ほっといて!


「そういうとき、あるよ。仕事でやらかしたとき、結や仲間とケンカしたとき。あと、お気に入りの期間限定アイスがコンビニから消えたとき!」

「わかる!」


 特定のチェーン限定のアイスとか、たまんないよね!

 そればっかり食べたくなるくらいおいしいのにさ? 気づくとなくなってるの!

 再販を希望せずにはいられない魅力的なアイスがいなくなるなんて!

 もうがんばれないよ。絶望だよ。


「もっとひどいときなんか、ますますいや。だけど刀を持って過ごしていたら、邪と無縁じゃいられない。隔離世を知って、ここにくることを知ったら? ますます、無関係でいられない」

「――……うん」

「だってもう、それは自分の一部だから。捨てるってことは、そういう自分を切り離すってこと」

「でも、切り離せない一部は、痛みやしんどさと繋がってる」

「やめたいならやめる、やめたくないなら? 大好きになる……?」

「なれるところだけね。ならないほうがいいこともたくさんあるもの」


 無理して好きになろうとしたら、暴力を振るってくる相手を好きにならなきゃいけなくなっちゃう。自分を傷つけちゃうし、相手は暴力を振るい続ける。連鎖は止まらないし、負荷は増え続ける。実際の被害も、被害を増やす加害も、やまほど。増えれば増えるほど、止まれなくなっていく。ドミノは不幸だけじゃない。痛みと傷のドミノだってある。


「レンも正直、悩んでた。けど、なにせ相棒があの結だからさ? 邪が相手だろうと、厄介なだれかが相手だろうと、自分がやりたい意地を通す。いやなことはしないし、させない」

「もしも、されたら?」

「何倍にも増して、結のやりたいように引き戻す。レンたちと協力してね」

「け、ケンカしてんね」

「ただし戦略的にね。北斗の精鋭は明坂ミコだけじゃない。あのさ?」


 先を歩きながら、レンちゃんがふり返る。

 ろくに見えていないはずなのに、でこぼこの森の道を平然と進んでいく。地味にすごい。

 細かく覚えてるのかな?


「砂浜で、砂山を作るじゃない? で、山の真ん中をくりぬいて、砂のお盆にする。そこに水を流し込んだら?」

「あふれちゃうか、砂が崩れちゃう?」

「じゃあ、水の通り道を作ってから水を流したら?」

「通り道に向かって流れていく。あと、量次第で通り道の周囲が崩れる?」

「そ。作戦も行動も、そうやって相手に通り道を作ると?」

「相手は通り道に向かっていく?」

「邪は乗せやすいけど、人はけっこうたいへん。でも、結は諦めない。ただ暴力でやり返すとか、むかつくから殴るとかじゃあなくね」

「おぅ……」

「あなたと天使で学んだって言ってた。一年生の頃は、それでもめっちゃ苦労してたけど、最近になってようやくかな? 形になってきたの」

「おお」

「で、たびたびいまのあなたみたいに、もうやだ! とか。向いてない、とか。やめたほうがいいの、私なんて! とかなってた」

「お、おう」


 結ちゃん、がんばってたんだなあ。


「あ! がんばってなんとかした、じゃあないんだよ?」

「そうなの?」


 見透かされてどきっとした!

 私、わかりやすすぎ?

 右足を軸にターンを決めて、レンちゃんは再び前を向く。


「みんなと過ごす時間が好きだから。レンもみんなも結が好きだから。好きを育てることを続けただけ。みんなでね」

「みんな、で」

「そ! レンだって、他のともだちだって、へこんだり傷ついたり諦めそうになったり、心が折れたりの連続だもの。北斗で討伐する邪は本州のとはひと味もふた味もちがうんだから」

「なのに、結ちゃんもレンちゃんも、みんなも、続けたの?」

「気に入らないやつらに自分たちの好きが潰されるなんて、なしでしょ。そんなの構わず続けるでしょ」

「そりゃあ、まあ」


 そうなのかな。

 つまずきそうだ。私は、いまも。


「結もともだちも好きで、人だからハマるところとそうじゃないところがあるのも当たり前。そんなところでつまずいていられないでしょ?」


 清々しいくらい、軸を通してる。


「全部はうまくいかないの。思いどおりにいくことって、すごいことなの。だからって、そんな風にすべてがキラキラじゃなきゃ諦めろだなんて。それこそ許せないじゃない?」

「――……たしかに」


 一瞬かもしれないけど、ささやかかもしれないけど、たしかに感じた喜びも、やったっていう実感も、すべてがキラキラじゃなきゃ意味がないなんて。

 そんなのたしかに、許せない。


「だとしたら、いつだって飛び出す勇気から始まるんだ」


 勇気から。


「勇気で始めつづけるの。作戦や事前準備は欠かさずに。だけど勇気をだすのも、作戦を立てるのも元気がいるでしょ? 自分の元気の支えって、たくさんあるほどいいでしょ? 支えを育てて増やすターンがいるよ」

「支えターン」

「あなたはいま。結もレンも、わりとしょっちゅう。支えはいくらあっても困らないもの」


 たしかにぃ!?


「ここじゃ主に子狸ッズと遊んだり、あなたと歩いたり? 御霊の頼みを聞いたりかな。心がわくわくすることが、わかりやすく支えになる」

「わくわくが循環するところ?」

「そ。ぼっちになって、ひとりを掘り下げてもね? 循環しないでしょ。わくわくがなきゃ」

「だから誘ってくれたの?」

「見覚えがあるって言わなかった?」


 歩みを進めて隣に並んだ。横顔を確かめたら、涼しい顔してた。


「ひとりで戦うのはたいへん。そこにわくわくがないなら? わくわくに向かうの」


 向かえないとき、言えるかな。

 立てって。

 たすけてって。

 言えるかな。

 届かないかもしれない。もう、そんな元気ないかもしれない。

 不安で。義務ばかり思い浮かぶかもしれない。だれかや自分が声高に叫ぶ義務が、自分を押しつぶそうとする。すでに倒れているとき。傷だらけで瀕死のとき。それでも「やれよ」とのしかかられそうなとき。

 わくわくを知らなかったら。向かえなかったら。

 世界中のだれもが敵に思える状況だって、ある。出会ったばかりのカナタみたいに。

 だれも理解してくれない。だれも、自分さえも愛してくれないと思えるときがある。

 まずは自分を味方にしたい。

 わくわくは人に限らない。出会いはいろいろ。支えてくれるわくわくは、いろいろ。

 歌とか。映画や漫画とか。推しとか。

 制限するなんてもったいない! あ、もちろん公序良俗の範囲でね。

 そういうことを知らなかった私も、知っていたはずの私も、うまく繋がれなかった。わくわくに向かえなかった。


「ありがと、誘ってくれて」


 じゃなきゃ、わくわくのない私をずーっと、延々と掘り下げてた。


「たいしたことしてないけどー? どういたしましてって言っとく」


 気づかいモードの優しさに出会う前の、勝ち気で挑戦したがりなレンちゃんの笑顔と久しぶりの再会を果たす。勇気を持って、内側ぐるぐるから一歩を踏み出すと? こうした瞬間に触れることができる。


「じゃ、探し物に向かうよー」

「今日はなにを探してるの?」

「んー? 鳥のうんちだらけの樹の根本に生えてるきのこ」

「――……おぅ」


 ねえ。最近、安易な下ネタ多くない?

 ここってそういうところなのかな。


「え。食べるの?」

「それか、薬にでもするんじゃない?」

「ばっちくない?」

「さすがに洗うでしょ」


 いやいや!

 洗えばいいってことにはならないでしょ! うんちまみれぞ!?


「え。私たちいま、うんちまみれのきのこ探しに行ってるの?」

「言わなかった?」

「聞いてない! 聞いたら覚えてるもん!」


 なにせ、うんちまみれだよ!?

 忘れないでしょ!


「じゃあいま言った」

「ええ……」

「傘を出す準備しといてね?」

「えええ!?」


 ぜったい降り注いでるじゃん!

 天国なのにぃ!? うんちの雨が降るの!?

 そんな情感もとめてないよ! なんなの、うんちの情感!

 三歳児に戻ったら、笑えるのかな?

 ちょうどいま、それくらいの背丈だし。

 あっはっは!

 とかなんないよ!

 うんちめ!




 つづく!

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