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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十五章 お盆御霊祭り

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第百八十七話

 



 喫茶店でドリンクを飲み干したトモがため息と共に言いました。


「……というわけで、政治家から生み出された邪ってのが手強かったわけ」

「なるほどなあ」


 相づちを打つ私はよくわかっていません。

 でもしょうがない。討伐隊には結局参加できなかったんだもの。

 こうしてトモの話を聞くことでしかイメージできないし、邪はもともとイメージの範囲外にあるので具体的な像が出てこないよ。


「龍みたいなやつ?」

「そんなかっこいいもんじゃなかった。獅子の頭をしたお腹が真っ黒いヘビにまみれた団子だった」

「……うわあ」

「足が最高に気持ち悪くて。地面から生えたおびただしい手が支えてるの」

「……ちょっと想像したくないかも」

「しない方がいいよ。アメリカ帰りのエース! みたいな扱いされて回されたけど、議事堂の討伐は正直もうこりごりだわ。正気を失いそうになる」


 背もたれに身体を預けて長々と息を吐くトモですが、なんだかすごいなあ。随分と差がついちゃった気がします。アメリカ行って、日本でも活躍してるんだもん。すごい。


「ハルはどうなの?」

「え? 私?」

「緋迎ソウイチに修行つけてもらってるんでしょ? そっちのが何倍も凄いと思うんだけど」

「そんなことないって言ったらあれだけど、トモみたいに暴れ回ってるわけじゃないよ?」

「あたしはできることやってるだけだから。限界値あげる修行してるわけじゃないから聞きたいわけ。どんな修行してんの?」

「んー」


 顎に手を置く。


「先週まではずっと鬼ごっこだったんだけど、カナタや妹のコバトちゃんにタッチできるようになってから組み手を始めたの」

「あの緋迎ソウイチと!?」

「うん」


 ずず、とジュースを啜る。


「で、どうなの?」

「……それがさ」


 深いため息を吐いてから、私は修行の内容を思い返してみる。


 ◆


 迫り来る剣筋を避けるだけ。

 理屈は単純だ。けれどその剣筋がどれも人体の急所を的確に貫く必殺で、何段にも重ね積み上げられた技でくみ上げられた本物の侍の攻撃となれば、普段の戦いとは本質が異なる。

 殺す意思をどこまでかわせるか。

 木刀でありながら、ソウイチさんのそれは真剣よりもよほど迫力があった。

 事実、全身に冷や汗がにじむ。尻尾が縮こまる。もういやだと内股に潜り込もうとしてくる。

 けどそんな暇はない。

 右目に見える未来を信じて必死に身体を動かす。

 もう何分? 十何分? いや、ひょっとしたら数十分はこうしているかもしれない。

 或いは……そう感じられるくらい、短い時間を長く感じているのかもしれない。むしろそっちのが信憑性ありそう。

 とにかく怖い。

 一瞬で汗だくになった私は足の裏が滑りそうで、なのにソウイチさんは苛烈に打ち込んでくる。

 避けることができているのは十兵衞のおかげだ。

 タマちゃんがくれる身体能力のおかげだ。

 その二つがなければ一撃目を食らって伸びていたはずだ。

 だとしても、二人がいてくれてもそろそろ限界だ。

 せめて刀を持つ許可をくれていたら受け止められるのに。

 切り返して追い払えるのに。

 なのにソウイチさんは言った。何も持たず、避けてみせろと。

 実際に避けてはいるけれど、武器もなしじゃこんなの限界が来る。

 十兵衞を信じられないわけじゃない。身体を疑うわけじゃない。

 ただ――……怖い。恐ろしい。一緒に暮らすソウイチさんの必殺の刀が怖くてたまらない。

 だから、試されているのは勇気。

 そしてそれももうそろそろ限界だった。

 のど元に突きつけられた木刀に堪えきれず瞼を伏せてしまった。

 当たると思っていた衝撃はこなかった。寸前で止められていたから。


「カナタ、何分経った?」


 ずっと見守っていたカナタがなんともいえない顔で言った。


「……ちょうど三分だ」


 うそ! と悲鳴をあげたのは言うまでもありません。


 ◆


「って感じです」

「……うわあ。ハルは刀の声が聞こえるんでしょ? 十兵衞はなんて言ってた? 緋迎ソウイチの剣はどうなの?」

「生きていた頃に出会っていたら、なんて楽しそうに言うの」

「そんな相手に本気で斬りかかられる三分か……うわあ、ご愁傷様」


 渋い顔をするトモにもっと言いたいんですよ。


「まだ修行についてのエピソードあるから!」

「なに?」


 前のめりになってくれるトモに私は声を荒げて言うんです。


「それがさあ!」


 ◆


「ふん!」


 思い切り振り下ろした刀は当たらない。


「せい!」


 横に薙いでも同じ。


「やあ!」


 突いても駄目。ソウイチさんには当たらない。

 まるで小学生か幼稚園児に戻って大人に立ち向かっているような無謀さを感じています……!

 今まで積み重ねた経験値で必死に、私なりの理想の軌跡でソウイチさんを狙うんだけど、まるで当たる気配がありません。


「だめですね」

「ですよね……はあ、はあ」


 憐れみすら感じさせる笑顔を向けられて軽く絶望する私です。

 十兵衞の力を借りず、タマちゃんと一緒にカナタが私から御霊を取り出したの。

 それで木刀を手に戦いを挑んでいるのですが……まあ当たらない。

 尻尾がないから重心が狂うし、バネがもう一つどころかだいぶ足りない。

 二人がいてくれて得た動きや速度が今はない……と落ち込む私にソウイチさんは頭を振る。私の考えなんてお見通しなのだと思う。


「避ける動作を見て思いました。あなたの行動には無駄が多い。その状態であれば見えてくるでしょう?」


 悔しいけど言い返せない。本当は……二人がいないから露骨にわかってしまう。

 タマちゃんの身体能力と十兵衞の技術と知識、先読みで私はだいぶごまかしてたんだって。

 けどそのどちらもなくなってしまったら、私はただの女子高生だ。それもたぶん、だいぶ足りない女子高生なのだ。


「通じ合えるなら、宿した御霊ともっとわかりあうべきでしょうし……頼るばかりでなく、共に歩めるように研鑽を積むべきだ。もし、あなたが侍になろうとするのなら」

「はい……」


 刀を手にした時に見えた未来を目指すなら、もっと強くならなきゃだめなんだ。

 とほほ……わかってはいたけど、こうして体感すると私はまだまだです。


「十兵衞は人として望むなら素晴らしい御霊でしょう。けれど玉藻の前の身体能力と重ねるとなると、あなたが目指す高みは……二人を超えたところにあるのかもしれません」


 二人を超えたところ……。


「では二人を宿してもう一度迫ってみてください。まずは三分からまいりましょう」


 微笑むソウイチさんに、ぷちな二人を膝に乗せたカナタが立ち上がる。


 ◆


「それで、結果は?」

「だめ。むり。あの人に攻撃なんて当たる気配がないよ」

「ええ!? あんたの御霊でもだめなの?」


 しょんぼりしながら頷く私です。


「事前にノーマルな私で打ち込んだから実感したんだけど、私の動きに無駄があって。ソウイチさんに言わせれば、それがある内はそもそも受ける必要性がないって」

「うわきつ」

「カナタへの訓練ほどじゃないよ」


 どういうこと? と私を見るトモに私は渋い顔になります。


「私より長年しごかれてるからなのか、カナタはソウイチさんに木刀で受けてもらえるくらいにはなってるんだけど」

「ほう……」

「足を払われるわ、容赦なく打ち込まれるわ。アザだらけだよ」

「実の息子ゆえに厳しいのかな……なんか、大変そうだね」

「そうなの。大変なの」


 頑張って修行していったら、いつか私も同じ目に遭うのかと思うとちょっと憂鬱です。

 痛みから逃げるために手を抜くなんてつもりは毛頭ないけど。


「大変といえばもいっこ大変なことがありましてん」

「なに? そういえばファミレスに呼んで用事って愚痴話?」

「違うんですよ。私の服に的確な教えをくれたトモにお願いが!」

「……服ね。なに?」


 警戒の目をするトモに思わず両手を伸ばして言いました。


「彼氏の家だと気を抜いた格好ができなくてつらいんです……!」

「ああ……なるほど」


 しみじみと頷くトモ。


「つまりあれか。実家ほど気が抜けないから苦しいわけか」

「うちだとパンツ一丁で歩けるんですが」

「それはそれでどうかと思うよ。あんた弟いるでしょ」

「それに何か問題が?」

「……まあいいわ。そこは深掘りしないでおくとして」


 ジュースの残りを飲み干したトモは仕方ないと笑って言いました。


「つまりあれ? 私の討伐隊のお盆休みに呼び出したのは、お買い物のお誘いだったわけ?」

「服を買いに行きませんか? っていうかぜひ助けてくだしい……!」

「どんだけ極まってるんだか。いいけど、それなら早く行こ」

「いいの?」

「むしろだめな理由があるの?」


 トモ……!


「ほら。ドリンクバーで粘ってるのも限界あるし、時間ももったいないし、行くよ」

「やった!」


 歓喜の声をあげつつ私はトモとファミレスを出ました。

 ところでふと気になったのですが。


「お盆休みって、邪は大丈夫なの?」

「静まるみたいだよ、だから学生はお休みなんだってさ」

「ふうん……」


 お盆は邪さえもお休みなのかな……。


「学生で大変だったのはこないだの有明の方かも」

「どういうこと?」


 南先輩のコスプレ手伝いに行ってきましたけど。


「邪が大量発生するんだって。沢城くんとかが行ったみたいだけど、彼、大活躍だったみたい」

「さすがはギン!」


 誇らしいことですね!


「それよりハル、お盆は実家に帰らなくていいの?」

「お母さんに聞いたけど、好きにしていいって言うからこのままお邪魔するつもり。お盆に帰ると、なんか……寂しいかもって思って」

「そっか」


 トモの何気ない返事を聞きながら私は思い出してた。

 ソウイチさんにもトモに聞かれたように確認されたの。

 それでおうちに電話した後だった。コバトちゃんが駆け寄ってきて、かえっちゃうの? って寂しそうに言うの。

 そんなの無理じゃん! 帰れるわけないよ! むしろそばにいたいよ!

 というわけでこのままいくと、夏休みはずっと緋迎家にお世話になりそうです。


「それじゃあバリエーション増やせる方がいいね。綺麗な金髪だから派手目にする?」

「んー」


 あんまり派手なのは、と言おうと思ったんだけど。


「派手目もいいの! いろいろ見たいぞ!」


 言えませんでした。代わりに私の身体の自由を奪ったタマちゃんが言いました。もうね。乗っ取りが自然過ぎて何も言えないよね。


「じゃあ原宿から行こうか」


 にっと微笑むトモの腕に抱きついて、おー! と喝采をあげるタマちゃんに震えます!

 だ、大丈夫かなあ!

 いきなり不安だよ!

 けれどそんな私の不安をよそに、タマちゃんは私よりもカナタやシュウさん、ソウイチさんの好みを分析していて、布地が薄い・少ないで攻めるのかと思いきや、トモとしっかりお洋服を選んでくれたのでした。意外!

 トモと別れた私は買い込んだお洋服を見下ろして感慨に耽ります。尻尾穴つけてくれるオプションあるのに驚いたよね。私が知らないだけでとっくに浸透してるのかな、侍って。


『ふふん。攻め手は無数にあるから強いんじゃ』

『選択肢が多いに超したことはない、か』

『まあ適切に選ぶ必要があるがのう! おぬしの恋人はたまの素肌にももちろん弱いが、清楚なのも好みとみたぞ』


 ……そうなの?


『こないだテレビのドラマでそういうおなごをじっと見ておった』


 えっ。


『家主も同じじゃのう。親子じゃのう!』


 ええっ。


『そこへいくと兄君はすこし活発な方が好みそうじゃ。少し油断を誘う服装がいける気がする』


 えええっ。

 ちょっと待って。いろいろ追いつかないしショックなんだけど。


『何を言うておる。お主もそうじゃろ。男も女も他人を見れば好みがどんな形であれ心に出るものじゃ』


 う……まあ、それはそうなのかも?


『あの手この手で攻めていかんとな!』

『やれやれ……』

『これ、十兵衞! 少しはやる気を出さんか! 男女関係なし、こういうのは互いに苦心するべきことじゃぞ?』

『魔性の女の言葉とは思えんな』

『ええい、やかましい!』


 わ、わかったわかった。私がんばるから! それでひとまず矛を収めてよ!


『仕方ないのう』


 ふう。

 それにしてもお盆の隔離世はどんななんだろう。


『どうした?』

『なにか考えておったのかの?』


 んー。どうせなら修行しに行くのも悪くないかなあって思ってたんだけど。邪もお休みならしょうがないかなあ。


『無茶をしたらカナタに心配をかけるぞ?』


 だよね。

 ちょっと気になるけど。あとで話してみようかな。


『それより、ハル。夕餉はどうする?』

『これ、十兵衛! 食い気ばかり出しよって! ハルが料理に苦心するようになってから、お主はそればかりじゃの!』

『うまいのだから仕方ない』


 えへへ。

 ようし。お洋服も買ったし、元気充填したし!

 今日も夕ご飯、頑張っていくぞう!




 つづく。

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