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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百六十八話

 



 仕事を終えたレンちゃんも合流して、三人でさんざん話していたら朝がきた。

 目覚めの時間の訪れは思いのほか、晴れやかな気持ちで迎えることができた。

 今日も今日とてぷちたち大集合だ。身体の周りをびっちり固めている。冷房が切れていたらと考えるだけでぞっとするくらい、暑い。

 いまはまだ小さいけれど、この子たちもやがては大きくなる。思っているよりも早いかもしれない。あるいはまさかのまさか、小さくなっちゃう可能性も。赤ちゃんからやり直す的な展開がないともいえない。式神のこと、ろくに知らないのだから。

 もしも小学生くらいの大きさになったら? さすがにもう、密集するような寝方はできない。無理だ。潰れてしまう。私の身長の半分くらいになったら? いやいや。無理だよ! さすがに。

 なんとかして眠り方を変えよう、っていうのは前にも考えた。

 堂々巡りながら、確認のために繰り返すのなら、ぷちたちのさみしさや不安の表われなのかも。あるいはたんにそういう寝相なのかも?

 寝ているときの動きなんて制御できないもの。いびきなんか最たるもの。

 夢判断はフロイトだっけ。知らないまま評価なんてできるわけがない。まんがで読める系の書籍からあたって学びたいところだけど、いまはさすがに無理。

 睡眠中の脳の働きとか、心理とか、関係性とか、まるごと含めてなんともいえないや。

 日常的にしていることなら、なんとなく把握していそうな気がする。

 簡単なことのようにさえ思える。

 でもそれは勘違いだ。

 人の身体で過ごしていても、人体について熟知しているとは言えないようにね。

 この子たちの不安についてもそう。

 ぷちたちの不安の引き金がなんであるのかも、まだよくわからない。

 そう、引き金だ。

 結ちゃんと話して学んだこと。

 いわゆるトラウマ形成と、トラウマが刺激される引き金がなんであるのか。思っているよりも単純ではない可能性を教えてもらうことができたのは、すごい収穫だった。

 精神の医学でいうトラウマの定義がなんであるのか、心理の領域ではどのような定義がなされているのか。どちらも私は知らない。おまけに、定義は前後や歴史の資料と情報と、それらの織りなす文脈を経て学び、活用するものじゃない?

 となると?

 なんもわからん!

 ド素人なので、頭の片隅に置いておくくらいにしておいて。やば! って状況にすこしでもなりそうなら、迷わず専門家に相談するとして。

 それでも引き金について思いを馳せる。

 そのためにはどうしたってトラウマについて触れなきゃね。ということで、さっそく持っている本から引用してみよう。

 トラウマとアディクションからの回復より。


『トラウマとは「傷」のこと』

『トラウマの語源は傷を意味するギリシア語であり、それがどのように感じられるかを見事に表現しています。それは望まずして起こる深刻で有害な出来事であり、永続的な痛みをもたらす可能性があります』

『傷は、身体に負ったものかもしれませんし、心に負ったものかもしれません。あるいは、その両方に負ったものかもしれません』

『たいていの人は生涯に少なくともひとつはそうした傷をもち、耐えています。なかにはたくさんの傷を抱えている人もいます』


 具体的にはなにか。まずは身体的なものから。


『米国精神医学会によるトラウマの定義(2013)では、生命や身体的安全を脅かす出来事として以下のことが挙げられています』

『自動車事故/性的暴行/戦闘/身体的暴力/火災/ハリケーンや竜巻などの自然災害/テロ事件/生命に関わる病気や負傷/近親者の急死/労働災害/家庭内暴力』


 次に心理的なものを。


『身体はいっさい傷つかなくても、心を強烈にかき乱すような体験があればトラウマとされることもあります』

『精神的虐待/いじめ/精神疾患のある両親のもとでの成長/ネグレクト/育自放棄/ホームレス生活/大きな損害/厳しい社会的排除/慢性痛、貧困、差別など持続的で深刻なストレス』


 次に「トラウマを負ったことはありますか?」という問いへ。


『トラウマがどのようにして起きるかも重要です。トラウマは……』

『◆個人にもコミュニティ全体にも起きます。民族の大量虐殺や奴隷制度によって文化全体がトラウマを負い、それが世代を越えて受け継がれることもあります』

『◆援護的な関わりの中でも、残虐な行為によっても、起きます。恥辱や沈黙、裏切り、非難はトラウマの影響を悪化させます』

『◆直接的な被害に限らず、脅されたり、被害を目撃したりすることによっても起きます。たとえば、子どもが両親の暴力行為を目撃するなど』

『◆一度だけ起きることも、繰り返し起きることもあります。なかには、「頻繁すぎて憶えていられない」と言う人もいます』

『あなたのトラウマがどのようなものであれ、うまく対処する方法を学ぶことはできます。過去を書き直すことはできませんが、過去との付き合い方は変えることができるのです』


 ここまでがトラウマの説明ね?

 次に本の題に利用されているアディクションについて。

 これまで何度か反芻してきた概念だ。こちらの解説もあるから引用するよ?


『アディクションとは「やめられない」ということ』

『アディクションは奴隷状態を意味するラテン語に由来し、これは深刻なアディクションがどのような感覚をもたらすかを完璧に表現しています』

『ただ、アディクションには軽度、中程度、重度とさまざまなレベルがあり、必ずしも常習者アディクトが深刻な状態にあるとは限らないので、気づかないうちにあなたにも忍び寄っている可能性があります』

『あなたより先に周りの人がそれに気づいているかもしれません。本格的なアディクションの段階に至っていないだけで、すでになんらかの問題が始まっているかもしれません』


 ここでひと区切り。


『大ざっぱに言えば、アディクションとは、有害であるにもかかわらずその行為をつづけているということです』

『たとえば、医師から禁酒を言いわたされているのに飲みつづけている、借金があるのに賭け事を続けている、パートナーとの関係を犠牲にしても浮気相手との情事をやめられない、というようなことです』

『アディクションのない人なら有害な行為をやめて健康や財力や人間関係を維持しようとしますが、アディクションのある人はその行為を繰り返します』

『やめたいと思っているのかもしれませんがやめることはできず、自分ではどうしようもないという気持ちが膨れ上がっていきます』

『あるいは、本人はそれが問題だと思っていないのかもしれませんが、現実はそれが問題であることを示しています』


 実際に、アメリカではどうなっているのか。


『アルコールや薬物などの物質嗜癖は、アディクションの中で最も一般的であり、研究も進んでいます。医学的な正式名称は物質使用障害で、生涯有病率は15パーセントです。アメリカでは、抑うつ障害に次いで2番目に多い心理的な問題です。最近では、薬物の過剰摂取によるアメリカ人の死亡数は自動車や銃による死亡数を上回っています』

『けれども、人はあらゆる種類の行動に嗜癖する可能性があります』

『たとえば、ギャンブル、ポルノ、セックス、仕事、食べ物、消費や買い物、エレクトロニクス(テレビ、インターネット、メールのやり取り、ゲームなど)、憤怒、暴力、自傷(切る、火をつけるなど)の他に、身体関連の行動として、美容整形手術やタトゥー、日焼け、運動なども常習する可能性があります』

『最近、このような行動嗜癖と物質嗜癖には同じ特徴が数多くあることが次々と理解されるようになってきています』


 以上がアディクションについて。

 では、トラウマとアディクションの関係は?


『近年、トラウマとアディクション両方が同一人物に起きるというのがいかにありふれたことであるか理解あれるようになってきました。これはとても大きな前進です』

『トラウマがアディクションを引き起こすこともあれば、アディクションがトラウマを引き起こすこともあり、双方が同時に起きることもあります』

『大半の人は、トラウマが先でそのあとにアディクションが生じます』

『このパターンは、トラウマによる心の痛みや身体の痛みになんとか対処しようとする試みとしてアディクションが生じるというもので、はるか昔から存在していました』


 トラウマ、いわば傷がつらいからアディクション、やめられない行為が生じる。

 もうすこし続けるね?


『気持ちが落ち込んでいる時、元気になろうとして何かに手を伸ばすのは、実にもっともな話です』

『トラウマの痛みに耐えて生きている人は、酒を飲んで悪夢と折り合いをつけ、飲んで騒いで内的な痛みをやわらげるのかもしれません』

『人が物質を乱用し、ギャンブルで金をはたき、過食し、むやみに働き、やたらに浪費するのは、気持ちを変えたいからです』

『たとえば、エネルギーや喜びや平安といった感覚や感情を増やし、激しい怒りや苦痛、孤独、自己嫌悪といった感覚や感情を減らしたいのかもしれません』


 よくある話だ。とても身近な話でもある。


『感覚や感情はトラウマのせいでバランスを崩します』

『感情が麻痺したように何も感じなくなったり、強すぎる感情に圧倒されてしまったり、その両方を行ったり来たりすることもあるでしょう』

『嗜癖行為は、短期的にトラウマの問題を解決してくれるかもしれませんが、やはり長期的には破壊をもたらします』


 他者に対して支配的に振る舞うのも、暴力を選択するのも、そう。


『よくわかっていない人々はしばしばアディクションをただ単に悪いこととみなし、より深い水準での対処行動として捉えることはありません』


 トラウマについて思いを馳せず、短期的にアディクションの問題を解決しようとすると?

 長期的には破壊をもたらすんじゃないかな。

 トラウマと同じでさ。


『しかし、嗜癖行為が結果的に問題を引き起こすとしても、少なくともその行為を行なった時点では他の手段より安全だったのかもしれない、というのが本当のところなのです』

『実際、物質乱用のおかげで、気持ちが落ち着いて自殺しないですんだ、逃れようのない虐待を耐えてなんとか生き抜くことができた、などと言う人もいるほどです』

『今の目標は、トラウマにうまく対処する方法を見つけて、嗜癖行為を手放せるようになることです』


 アルコールに依存するアディクションなら、お酒を呑まずに済むように。薬物なら使わないようにし、恋愛や不倫ならひとりでだいじょうぶなようになり、暴力ならそれを行なわず、賭け事やガチャならスマホやカジノに近づかない、とかね。


『ただ、感情的もしくは身体的に生き抜くためには嗜癖行為が必要だったのかもしれないという考えを大切にしてください』


 やめられない行為がある。トラウマを引き起こすような状況もセットで。

 たしかにアディクションは大勢を傷つけ、日常を長期的に破壊していく。けれど、トラウマから自分を守るための行為という側面もまたある。それ以外の手段が安全に行えず、繋がれない断絶もまた、社会には多く存在する。

 あなたがあなたを守るために必要だった、という視点があることを忘れてはいけない。

 当事者でなく、当事者と接するうえでもまた、大事だ。

 アディクションだけをやめさせようと固執しても、それがトラウマから自分を守るための行為であったのなら? 痛みを防ぐ行為がなくなったら、耐えきれない痛みが継続的に襲いかかることになる。耐えきれずにさらにアディクションが過剰なものになってしまうかも。それか、生き抜くために必要だった行為が奪い去られて命を絶つか、あるいは奪おうとする可能性さえある。

 アディクションの苦しみを知らないほど「やめればいい」と単に考えるけれど、ちがう。あらゆる術の中で、いま安らげる手段が他にない。世にある娯楽や休息が、当事者にとって手段になりえない状況を改善しない限り「やめればいい」とはならないし、そうはいかない。

 それは当事者が自身の治療を想起するときも同じ。

 焦るなかれ。

 二十五ページ「スタートを切る」にこうした記述がある。


『あなたはいつでも自分自身で目標を設定することができます』

『たとえば、アディクションの問題がある人の中には、自分の嗜癖行為を完全になくさなければならないと考える人がいます(完全断薬・断酒)』

『一方で、嗜癖行為を減らすところから始めたいと思う人もいれば(ハームリダクション)、以前の安全な使い方に戻りたいと願う人もいます(コントロール使用)』

『まだ目標がはっきり定まらず、自分にとって何がベストなのかを見つけ出すのに助けを必要としている人もいます』


 専門家と相談しながら目標を設定する。

 あらゆる痛みをただひとつ、お酒に強く依存して対応していたら? いきなり完全断酒を目指すのはハードルが高いかもしれない。これまでの痛みも積み重なっている状況で、その痛みに耐えるための術でもあるのだから。

 お薬でもそう。賭け事や浮気、買い物でもね。

 頻度を減らすハームリダクション。前に思い描いたものほど理想的な手段でもない。アメリカで薬物から医師の処方する薬に切りかえるとしても、その薬が常習性と依存性の高いものでかなりの中毒者が出ている、という話もあるという。短絡的にも、単に低減できればいいということでもなく、和らげて低減していくにはどうするかが肝要なのかもしれない。

 そこででてくるのが意図的に使って、コントロールできるようになる、という発想なのかな。

 いずれにせよ、日常的に継続するものであって、これをやれば解決っていう類いの話じゃない。

 さて。

 ここでようやく引き金の話だ。三十三ページより。


『引き金はトラウマやアディクションを想起させ、強烈な感情を引き起こします』

『そうした感情には、怒りや悲しみといったネガティブなものもありますし、興奮や称賛といったポジティブなものもあります』

『アディクションの引き金は、人がお酒を飲むのを見たり、酒場やカジノの前を通りすぎたりすることかもしれません』

『一方、トラウマの引き金は、トラウマを思い出させる音や匂いであるかもしれません』

『本書では、引き金になりそうな表現をなるべく使わないようにしています』

『アディクションの生々しい描写やトラウマのイメージのほか、混乱の原因になるような表現はしないようにしています』

『けれども、いかなるものも引き金になる可能性があり、引き金は人によって異なるものでもあるので、自分自身を引き金から守るためにできるだけのことをしてください』

『その一方で、回復途上においては、引き金に反応してしまうことが陶然ありうることも承知しておいてください』

『トラウマやアディクションのことを思い出すと、強烈な反応が起きるかもしれません』

『あるいはその逆で、麻痺したようになり、何も感じないかもしれませんが、これも一種の反応なのです』

『引き金に対する反応には両面があり、無感覚はその裏面といえます』

『引き起こされた感情があまり強烈すぎるために、あなたを守る一種の安全弁として、感情自体がスイッチを切ってしまうのです』

『引き金に出会ってしまったと感じたら、その反応から身を守るために、その時点で役立つことはなんでもしてください』

『もし可能であるなら、引き金となったものからは距離を置くようにしましょう』


 以上。

 一ページ前に戻っておきたい。それは「トラウマは嗜癖行為が起きる原因のひとつではあるが、言い訳にすべきではない」という内容だからだ。


『本書では、トラウマやアディクションに対する共感的なまなざしを大切にしています。しかし、トラウマがアディクションの原因になりえるとしても、その言い訳にはしてほしくないのです』

『つまり、トラウマは、アディクションがどのようにして起きているのか理解する助けにはなっても、アディクションを続ける言い訳にはならないということです』

『アディクションの問題を抱えた人はみんな、どんなことも理由になりうることをよく知っています』

『たとえば、「今日はきつい一日だった」、「楽しんでもいいよね」、「パートナーがグチグチ小言を言うんだ」、「レッドソックスがワールドシリーズで勝ったぞ」、「昇進したぞ」、「子どもたちがうるさすぎる」、「今日は誕生日なの」などです』


 あるいは「最近、恋人(あるいは伴侶)とうまくいってなくて」とかね!

 ぷちたちと過ごすのがうまくいかない私にも、同じようなことがいえる。


『トラウマの問題は嗜癖行為につながる――これは現実的で重要な事実です』

『けれども、トラウマの問題は嗜癖行為を続ける理論的根拠にはなりません』

『嗜癖行為以外の対処法を身につけていきましょう』

『また、トラウマの問題が解決したら、かつての嗜癖行為とうまく付き合えるようになるという単純なものでもありません』

『その付き合い方については慎重に考えていかねばならないでしょう』


 以上! 引用おわり!

 外でごくたまに見かける、激情的に当たり散らしている人はまさに引き金が引かれた状態なのかな、と推測するの。アディクションで維持できなくなったか、あるいはアディクションそのものが継続できなくなったのか。そうした状況って、でも、起こりえる。

 たとえば、貧困が広がると増えるよ?

 貧困対策が必要なのは、すべての人の大事な権利を守り育むためとか、人が生み出す価値を向上させることだけでなく、治安の維持っていう側面もあるんだよ。

 格差が広がるのが恐ろしい理由でもある。

 大勢がアディクションでかろうじて維持する状況になり、それがケアも治療もされないままだと? 長期的に破壊される日常は、どれほど厳しいものになってしまうだろう。

 個人に注目してもそう。

 だからといってアディクションの言い訳にすべきではない。

 それでもまだまだ、足りないのも事実。

 ほんとにままならない。

 願いと諦めのコイントス。

 願いは自分が嗜癖行為以外の対処法を身につけることに。諦めは、そういうことが起きる世の中であることに。

 ぷちたちの頭を撫でながら、しみじみと息を吐く。

 産声をあげて、依存労働を求める時期を経て、おとなになっていく。けれど、こどもが願うすべてを養育者は叶えられないし、また、叶えるべきでもない。

 こどもは失敗を経験するし、恥ずかしい思いもすれば、願いが叶わないことも経験する。

 パパが、ママが、世界を自分の思いどおりにしてくれないことを知る。いやなこと全部がなくなるわけではないことも。失敗はなくせないことも。恥ずかしいことがゼロになる日はこないことも。

 自転車なんか、わかりやすいかも。

 補助輪なしの自転車に乗れるようになるには、練習がいる。転ぶと痛い。支えてくれたら転ばないけど、でも自分でこげるようにはならない。別にそれでいいじゃんって転んで痛い思いをするたびに思う。キレ散らかす子もいるそうだ。

 だけど、それじゃひとりで自転車をこげるようになったときの喜びは得られない。

 徐々に「自分でやっていいんだ」とか「自分にはできることがあるんだ」とか、そういう体験が増えていく。こども時代って、そういうものがやまほどぎゅっと濃縮されてるとおとなたちは言う。あれこれ勉強してみると、おとなだって、おじいちゃんやおばあちゃんになってからだって、その気になれば体験できる。いくらでも。ペースはちがうかもしれないけど、そこは問題じゃない。

 ゆーはぶこんとろーる?

 あいはぶ!

 自分で自分の人生の舵取りができるようになっていく。

 それはきっと、世の中がきつく言うほど当たり前なんかじゃない。

 ぜんぜん、当たり前じゃない。

 猛烈な嵐や巨大な波に襲われて難破することなんか、ざらにある。

 舵取りができれば楽勝ってわけでもない。

 ひとりを越えるには、ほんとにたくさんのものと繋がっておかなきゃ間に合わない。アディクションになっていることから、他のたくさんの趣味や、いろんな人との縁にほどいて、開いていくように。

 いろんな人の引き金を思い浮かべては、私を想う。

 この子たちを想う。

 ただただ願う。

 愛せる私になりたい。

 愛されるかどうか、決めるのは私じゃない。そこは諦める。

 願うのはまず、愛したい気持ちを強く抱くこと。

 私の目標。

 まぶたを伏せる。自分の引き金がなにか。考えたくない。

 それはまだ、無理だ。

 密室の人質の顔、教授の喝采。悪趣味な拘束、獣耳から流し込まれる汚濁。


「――……」


 息が浅くなる。

 ありありと思い浮かべることができてしまえるから、深呼吸を繰り返す。

 私には、傷がある。

 カナタとの行為に逃げる。

 それじゃ振り切れないほど、心を深く抉る傷が私にはある。

 認めたくない。

 あんな目になんか、遭いたくなかった。

 だれにも言えない。言っても困らせるだけだ。

 ああ。つらいんだ。いまもまだ。

 どんなにごまかしたって、ごまかせない。

 長期的には、結局、日常を破壊し続ける。

 私は私を維持できなくなる。

 消したくても消せない。それが、過去。

 結ちゃんは「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」という本から引用したことばを教えてくれた。


『「過去の傷」を治すのではない。「傷に影響を受ける今」を変える』


 痛みは症状であって、その人がだめって話じゃない。

 症状なのだから、それに影響を受ける今を変えるのだという。

 アディクションに走るとき、これは症状なのだと気づくこと。

 そうせずにはいられないとき、過去の傷をありありと思い出すとき、痛みは過去のもの。

 思い出したように感じる症状に、自分を委ねなくていい。

 引き金が引かれるとフラッシュバックが起きる。

 過去のことを鮮明に思い出す。再体験するような感覚さえあるという。

 止めたい。けど止められない。厄介な、アディクション。

 そんなものに自分を殺させちゃだめだ。

 言うは易く行うは難し。

 簡単じゃないからさ?

 増やしていく。防波堤を。

 なりたい自分になるために。

 過ごしたい日常に変えていくために。

 さらに深く時を遡れば更なる痛みが噴き出してくる。

 心にそっとふたをして、深呼吸を。

 焦るなかれ。急ぐなかれ。

 私には傷がある。

 癒やしていくぞ?

 どうせ時間がかかるんだ。

 ならいいさ。

 いまを自分の手に掴むだけさ。

 今日を生きる準備はいい?


「あー」


 どうどう! 焦るな!

 ぷちたちが起きたらできるかな!


「ほんとあっつい!」


 冷房つかってるのに汗だくなんだけどぉ!? ねえ!




 つづく!

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