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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百六十六話

 



 すぐに休憩時間だから、お仕事がひと区切りつくまで待っててと言われて待機。

 狸たちの通院は、意外と多め。老狸たちが目立つ。みんな、ほけーっとしたのんびり顔で団らん中。たまに呼ばれて、よっこいせと丸い背中と体重を杖で支えながら進んでいく。巨大な病院の正面フロアで呼ばれるといえば、たいがいお会計。病院によっては、お会計のすぐそばに薬局や処方箋のお薬を提供する窓口もある。ここは地域と病院によるんじゃない? 処方箋は病院のそばにいくつもある各薬局を自分で選んで通ってね、というケースも多いと思うので。

 ここは併設されてるパターンだ。そんな場所で結ちゃんがなにをしているかといえば、居座っている狸たちにお声がけして、悩みごとはないかを尋ね、そうでなければ解散を促している。ここではお茶もでませんが、そばにオススメの場所がありますよ、と提案してる。この街になにがあるかは狸たちのほうがよほど詳しい。けれどだいたいの狸たちは「今日はどこがいいかなあ」と尋ねるから、話がうまく進んでいく。

 のほほんとしていた。だいたいの狸たちはそう。お医者さんも狸なら、近況の相談がてら通っているのかも。そうでない狸は、だから目立つ。落ちつかない顔をしていたり、ひとりでだまーって、おとなしくしていたりする。見ている私もこわくなるほど震えている狸もいる。そういう狸にも、結ちゃんは声をかけていく。話を聞くところまではするけど、具体的なアドバイスや相談事は専門の窓口があるから、そちらへどうぞと促すだけ。

 それでなくてもここを訪れる狸たちは多いみたいだ。そもそもこの街自体、私が思うよりもずっと巨大なのかもしれない。

 待っている間、レンちゃんの話を聞いていた。結ちゃんだけ、人のサイズのままなのはなぜか。それは私とレンちゃんが獣憑きで、結ちゃんはちがうからなのではないか。


「じゃなきゃ納得いかない。まるでレンたちがこどもで、結だけおとなみたいじゃない!」

「たしかに!」

「そうなのかもよー?」


 胸を張って歩いてきた結ちゃんは私たちと同じ格好に着替えていた。

 なのに私とレンちゃんが七五三みたいで、結ちゃんが立派な巫女さんに見えるのが解せない。

 なんだ。この差は。どういうことだ!


「ふたりとも、だっこしてあげよっか」

「「 けっこうです 」」

「肩にのっけてあげよっか?」

「「 けっこうです! あるけますので! 」」

「ちびっこが背伸びしてるぅ~」

「「 くうっ! 」」


 あなどられている!

 歯がみする私たちの反応に上半身をぶるぶるっと震わせて「ああ! やば!」と言う結ちゃんを、私は初めて見ました。

 え。なに。北斗で新たな扉でも開いちゃったの?

 知らない。知らないよ! そんな結ちゃん!


「はあ。満足した。レン、金長ちゃんが店で困ってるみたい。また探し物してほしくて、言伝にきたよ」

「ええ!? 迎えに行く前に顔だしたのに!」

「ほら。抜けてるところがあるから。ねえ?」

「ったくもう、しょうがないなあ」


 またねと私に告げて、駆け出していく。

 ふたりとも忙しくしてるんだなあ。

 同じ神使、あるいはその見習いだとしても、私と大違いだ。

 正直かなりうらやましい。最近の私はっていうと、お屋敷でのんびりドラマみたり本を読んだりしてるだけだもん。


「行こう。いいお店があるの。おごるよ」

「う、うん」

「うわ。緊張してる! 初めて春灯に認知してもらった気分」

「認知って」


 そんな、おおげさな。


「それくらい言うよ? 私が話しかけても春灯はいつも柳に風。おかげで私は暖簾に腕押しって感じ」

「ごめんて」


 おおげさじゃなかった。

 実際、私と結ちゃんの中学時代って大体そんなだった。

 でも、それで終わりじゃない。


「結ちゃんにいろんなことに巻き込んでもらった」

「まるで私が悪いみたい」

「ひ、引っ張ってもらって、おかげでそれなりに楽しくはあったわけで」

「それなりなんだ」


 ううううう。

 キラリがいないとだめだ! 私ひとりでは太刀打ちできない!

 正直ちょっと苦手まである。

 トモよりもマドカよりも距離感が近いんだ。しかも私の知るだれよりも、ぐいぐい距離を詰めてくる。気がついたらゼロ距離に詰められていて、そんなの私ろくに経験してこなかったから、どうしていいのかいつもわからなくなる。

 そういうところ、出会ったばかりの頃のギンにすこし似てる。

 ただ、ギンよりも言葉巧みに攻めてくるので防げない。


「い、いや、あの」

「ま、実際に私が悪いんだけどね!」


 あっはっはーと笑い飛ばすと、遠慮なく私を抱き上げた。


「ちょっ」

「でも、これくらいしないと逃げちゃうでしょー? 人見知りで陰キャで、そのくせ、さあ構え! といわんばかりの格好で毎日かよってくる春灯は!」

「うっ」


 実際何度も何度も逃げてた。

 じゃないと捕まって、弄られるか構われるんだ。延々と。結ちゃんのペースで!

 ずっと結ちゃんのターンになるから、慣れない私は落ちつかなくて、なんなら怖いまであって、逃げ続けていた。なのに彼女は必ず私を見つけ出す。

 どんなに気張って隠れても、だめ。かくれんぼなら常勝無敗の彼女に、私は必ず補足される。

 あんまりにも見つかって落ちつかなくて、ついひどいことを言っても絶対にくる。彼女はくるんだ。

 こんなはずじゃなかった、とね。思ったこともありました。

 キラリたちに目をつけられて、いじめられているのでは!? と。憤りのままにキラリたちをバッシングした当時の私にとって、結ちゃんはもっとこう、おとなしくて、物静かで、窓際に座っていたら「おお」と見つめちゃうくらいの雰囲気のある子に思えたから。

 それがどうよ。蓋を開けてみたら! ぜんぜんちがうでやんの!

 がっつり付きあってみたって、人のことなんてそうそうわからない。

 だっていうのに、昔の私は!


「結ちゃん、圧が強いんだもん」

「春灯がなにもせずに気楽に返してくれてたら、私だって圧は強くしなかったぞ?」

「ほんとにい!?」

「キラリも春灯も、そのへん引きすぎなんだよ」

「いやいや、結ちゃんが押しすぎなんだって」

「ふたりは自分で手いっぱいだったけど、私はそうでもなかったし。どうせクラスメイトになって、興味をもった相手なら、仲良くしたいなーって思っただけ」


 くっ! まぶしい! これが陽キャの圧なのでは!

 まずい! 浄化されてしまう!

 なんて、当時の私は本気で怯えていた。あほか。そんなことにはならない。

 ただ、当時は言えなかったんだよなあ。


「わかるけどさ。それこそ前は手いっぱいだったから、やだったの。もうちょっとそっとしておいてほしかったというか。むしろ結ちゃんの押しの強さなら、私とキラリの仲裁だってできたのでは?」

「無理」

「えっ、なんで!」


 高校に進んで引きあわせてくれたの結ちゃんじゃん!


「春灯はへんてこな格好とへんてこなキャラ付けでこじらせてたけど、キラリは自分に嘘をつくので必死な意味でこじらせてた。春灯はキラリのほんとに触れたかったの、見ててわかったし? キラリはそれ、絶対いやだったろうし。無理でしょ」


 ズバッと言うなあ!?


「それに私も私で、自分のしたいことしか考えてなかった。迷惑の押し売りばっかりだった」

「そ、それ自分で言うんだ」

「春灯はそういうの、人に言えないでしょ。苦手なのかな」


 うっ。


「あの頃の私たちは、あれが精いっぱいだった」

「それは、そう、かも」


 行こっか、と結ちゃんが私を抱き締めて歩きだす。

 マジで下ろしてくれないみたいだ。ちびっこが好きだなんて話、あったっけ?

 聞いた覚えがないような。中学時代にちびっこだったトウヤのことを話した記憶もそんなにない。いや、圧に怯えて耳から耳に通り抜けて残っていないだけかもしれない。


「嘘ってさ。先延ばしじゃん。その先延ばしが必要なこともあるけど、消えない傷を嘘で先延ばしにしているときって、触れるな危険って状態なんだよね」

「キラリが、そうだったってこと?」

「春灯も。小学校時代がたいへんだったって話、春灯と学校が同じだった子と塾で知りあって聞いたよ」

「――……ああ」

「キラリもねー。母親モデルで、本人あの見た目でしょ? しかも外面は気が強いし、かっとなったらいろいろ言っちゃうタイプだし」


 私の昔の話を掘り下げるより、キラリの話に切りかわってほっとする。

 この手の話、高校になるとさすがにもう出ないけど。でも、中学だとね。けっこう無視できない問題だった。少なくとも私にとっては。


「私も私でこんな性分だからさー。いろいろあったけど。心折れてふたりがいない北海道に進学したわけだけど」

「ご、ごめんて」

「春灯が謝ることないでしょ。みんな、当時はあれが精いっぱいだっただけ。レンたちと過ごして、やっぱあのままは気持ち悪いなーと思ったし、結局は自分の性分なんだと開き直ったら? 動かずにいられなくて、みんなを集めちゃった」

「うれしかったし、感謝してるよ? みんなも絶対そう」

「がんばった甲斐があった」


 そう呟いて、結ちゃんが立ち止まる。

 ふり返って巨大樹の幹に生えたキノコの病院を見つめる。


「消化したかったんだよね。ああ、これでよかったんだって。納得したかった。同じ気持ちの人がいないか尋ねて回ったら、昔の私が思いもよらないくらいスムーズに進んでいった」

「キラリとも、連絡がすぐについたって言ってたね?」

「いちばん最後に回して、みんなの同意の圧かけちゃったけど。癖なんだろうなあ。ただ、キラリには全然通じなかったけどね」

「そうなの?」

「消化したい気持ちでいっぱいだった。怖いとさ。それを放ってはおけないんだよ」


 だから病院に行く狸さんがいるんだよ、と。

 彼女はそう囁く。現世でも聞いたことある。それに歳を重ねるほど定期的にメンテナンスしなきゃいけなくなってくるとも。

 でも、それだけじゃないよね。

 気持ちの面でも一緒だ。


「時間が解決する、というのは不正確。何年、何十年経とうと鮮明に思い出すことがある。痛くて怖い強烈な刺激なのに、なにが引き金になるのかわからない。おまけに怖くてたまらないから、気持ちが昂ぶって一向に落ちつかない。感情がね? ぐっと破裂しやすくなる」

「破裂って、怒ったり?」

「怒鳴ったりね。私の御霊の勧めで、いまはあそこの病院のお手伝いしてる。どれくらいになるかな。その間、けっこう見たの」

「つらくて参っている狸さん?」

「そ。切りかえて考えてみた。へんてこな格好、へんてこなキャラ付けで通う春灯に、それだけの防御がなきゃ落ちつかないこととか。派手な子たちにつるまれて、流されて、一緒にいるのが楽しいように見えて、実際は必死で周囲に合わせるのに必死なキラリが、なんでそこまで怯えていたのか、とかね」


 めちゃくちゃ分析されてません? ねえ。


「高校受験が近づいて進路先を決めるとき、隔離世について知ってさ。士道誠心か、それとも北斗か星蘭か、はたまた山都にするかーって悩んだときには、まだ、だれかのそういう傷を治せるはず、癒やせるはずって信じてた」

「――……うん」


 まるで同じようなこと考えてた。私も。

 それこそ隔離世の力だけで、どうにかなるんじゃないかって。

 私の金色がすごくなれば、放てば放つほど楽になる人が出てくるのでは? なんて。

 そんなはず、ないのにね。


「春灯とキラリ、ふたりは無理。春灯により興味をもってたから、私なりにやってみたけど空振り。むしろ怖がられてた」

「そ、それはその」


 その通りなんだけど、そんな深刻な意味でもないというか。

 説明しきれない。言っていいのかどうかで、まずすごく悩んじゃう。決めれない。


「いいって。私は私で怖かったんだ」

「結ちゃんが!?」


 怖いものなしにしか見えないんだけど!


「露骨に意外って顔するなあ?」

「ごめんて!」

「いいけど! そう、いいんだよ。素直でいてほしいのに、私は私の思うとおりの円満さに春灯やキラリ、うちのクラスを当てはめるので必死だった。はた迷惑だけど、私は私の怖さから逃げたくて、そうしたかった。あ、重たい過去話はないよ?」


 突っ込みにくいよ……っ!


「ただ、春灯かキラリ、あるいはふたりがある日同時に爆発して、クラスがめちゃくちゃになるんじゃないかなーって思ってた」

「めちゃくちゃやってましたからね! 主に私が!」

「私に主導権を握らせたら詰められると思って、必死に回避しようとしてたりね?」


 いろいろあったんです。ほんとに。

 結ちゃんの性格と押しの強さをキラリを取り巻く子たちはずっと露骨に嫌ってたし。

 私は私で我を貫いたし? なにも起きないはずもなく。

 ことなかれでは進められなかった。一事が万事そんな調子なのに崩壊しなかったのは、どうしてなのか。どうしてなんだろうね?


「春灯が暴れて、私が押して、クラスはだいたい素直に反応してたけど、キラリだけはずっと我慢してた」

「うん」


 そんなキラリをどうにかしたくて。

 徹頭徹尾、余計なお世話なんだけど。

 うざくてうざくて仕方ないことしてた自覚はあるんだけど。

 中学の三年間では到底、消化できなかった。

 いまでもそうなのかもしれない。


「結ちゃんは消化できたの?」

「どうかなー。自分のいやなところ、だめなところ、そういうの引っくるめて、これが私! と飲み込めてからだと思うの。消化し始めるのって。でも、そこまでは達観できてないな」

「そうなんだ」


 私にはめちゃくちゃ達観してるように見えるよ?

 レンちゃんがかけてくれたあたたかいことばと思慮は、結ちゃんと関わることで醸成されたものなのかなって思うくらい。


「たとえばさ。さっき言ったようにね? 時間がどれほどかかろうとも当時のつらさが鮮明によみがえったり、気が昂ぶったり、引き金がわからないから怖くてたまらない状態を飲み込める?」

「――……ううん」

「一生かかる人もいる。どうにもならずに亡くなることもある。じゃあ対処すればいいというほど、生半可な痛さじゃない。だから引き金になりそうなことさえまとめて忘れてしまうことさえある」

「そういうこと、飲み込めるかっていったら、どうだろ」

「飲み込まなきゃいけない、だなんて人に言われてできることじゃない。ぜったいに。飲み込みたくない、どうにもできない。そして嘘をつく。先送りループの維持が精いっぱい。じゃあ、その間、その人が関わる人は? 忘れられてしまってつらかったり、そこに人生の一大事が関わっている人は?」

「う、ううん」

「消化はきっと、人生まるごとかかること。すぐには無理。すぐに終わらせる手段でどうにかなる、なんてこともないんじゃないかな」

「……無理なのかな」

「過去はなくならないし、変えられないからね。傷も一緒。で! 傷のあるいまを、どう生きるか。どうしたいのか。そのために必要なことが、消化になることだってあるんじゃない?」

「傷の消化は、傷がなくなることじゃなくて、傷がある自分で、これからどうしたいか見つけて行動していくこと?」

「そういうことだとするのなら、私はいま消化している真っ最中。キラリからも、そして春灯からも、たまの連絡で聞く近況からすると? 消化してんなあって感じるよ?」

「ほんとに!?」

「先延ばしにする理由、ある?」


 ない!


「いろんなことが起きるけどさ。さあ、どうしよっか? という問いに尽きるのだと思うの」

「結ちゃんは、答えを見つけたの?」

「見つけて見失って、見つけた気がしたらだめで、めげたりへこんだりしながら、問い続けて、答えを出し続けて。その繰り返しかな」

「そっか……」


 そうそうこれってことはないのかもしれないなあ。


「これ全部、中学時代に春灯のやり方とか、話とかから引っ張ってきたんだから」

「うっそだあ」

「ほんと。春灯はキラリに一途だった」

「私の思うキラリに、だよ。現実のキラリに、理想どおりに振る舞わせようとしてただけ」

「そのままいまのことばを借りるけど、私は春灯にそうしてた」


 ケリをつけるように、結ちゃんは道へと振り向いて歩きだす。


「人見知り、陰キャ。その他もろもろ、ひどいキャラ付けをして、なのにその当時の春灯のしたいことがなにか、一緒に見ようとしなかった。話を聞くより、ずっと話してた」


 これは懺悔なのかもしれない。


「レンちゃんとは、どう?」

「がんばってる」

「すごいじゃん」

「――……ぼちぼちね」


 私を胸に抱き締めたまま、彼女は進んでいく。

 なのに私の向きはというと、進行方向。見あげようとしたって、彼女の顔を見るのはむずかしい。

 ぽたぽたと、雨が降る。私の頭の上だけに、ささやかに、熱く。

 小さくてよかったのかもしれない。


「すごいよ。結ちゃんが今日はなしてくれたこともだけど。話せるまでの土台に、結ちゃんがどうしてきたのか、いっぱい伝わったよ」


 でも、結ちゃんとふたりでいて初めてさみしいと思ったんだ。

 押しが強くて絶対に私を見つけ出す達人だった、かつての同級生で、私を最後までほっとかなかった親友は、寒そうに私を抱き締める力を強めてさ?

 同じサイズだったら、抱き締め返せるのに。

 頭の上に雨が降り続ける。

 しばらくやみそうもない雨が。




 つづく!

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