第千八百六十一話
寝起きにユメを剥がして、頭の横に寝かせる。
胸に抱き締め直そうにも、ヒナタががっちりキープしてる。そのそばにサキが寄り添う。
ニコにココロ、モアは左腕に。右腕にはルナとノゾミ、カリンが。
ミュウがちょうど足の間にいて、なんだかもうって感じだ。
腕や足に乗っかるように抱きつかれているときは、がっちり痺れてしまって動かない。
今朝は無事だった。
日に日に重たく育つこの子たちの体重が、どんどん人と変わらなくなっていく。
現世の食べものを食べるから? たんに成長しているから?
「ううん」
うなってから、ぷちたちに触れないように思いきり伸びをした。
ばつの字を意識して、右腕と左足、左腕と右足を交互に上げ下げする。
背筋を伸ばしたい。
次は両手を前に突きだして、組み合わせる。二の腕を意識して。
仰向けに寝転がったままでももあげを緩やかにしては、交互にあげた膝を抱き締める。
両手を真横に伸ばして、膝を反対側の足のほうへ真横に倒す。左と右、入れ替えて。
動いていたら、滑り落ちそうになったヒナタがおもむろに私のお乳を掴んだ。
よりにもよって、先端まわりを全力で!
「んんっ!」
ち、ちぎれてまうで!?
痛い痛い痛い! めちゃくちゃ痛いがな!
あわててちっちゃなお手々を外す。
涙目になるわ! 朝から!
やばい。ナイトブラつけないで寝た罰か。薄手の寝巻きでは防御力が皆無!
もうちょっと生地がしっかりしたTシャツやパジャマが必須!
でも暑いんだよなあ。
「く、くう」
痛みに身悶えながら私は朝からなにを考えているのか。
どっと疲れた。
たっぷり寝たはずなのに、身体の節々がいまも痛い。
時間ごとの疲労と大変さと忙しさとめまぐるしさとみんなのやんちゃの濃度はめちゃくちゃ高いのに、私だけの時間はろくにないので一瞬で過ぎる。私のことをする暇なんて欠片もないまま一日が終わる。その繰り返し。
いつまで続くんだろう。
幼稚園や保育園は? 学校は? ぷちたちが式神として教育を受ける、その間に解放されるみたいなことは? いやいや。思い出せ。小中と、どれだけ大変だったかを! お父さんもお母さんもなにかと奔走してた。
私とトウヤが全寮制の士道誠心に入学して家を離れて、やっとじゃない?
お姉ちゃんが地獄から来ても、結局は私と同じ学校に通ってるのだし、家に居続けるわけじゃないから、ほんと、いまになってやっと。そうは言っても、うちの学校の学費を思えば、仕事で忙しくなっただけともいう。
仕事のほうが子育てのうん十倍、いやうん百倍は楽という噂も聞いたことがある。
となれば?
今日も一瞬で、夜になるのでは?
◆
寝る前にぷちたちに、天国で見た景色の話をしていたら寝てたね。
え。今日一日はどうだったかって? そろそろ病院に行く頃じゃないのかって?
明日いくよ、病院は。
ぷちたちのコース作りも進行中。
ケンカも起きれば、ご飯もお風呂もハミガキも毎度おおさわぎだし、夜なんかお話ききたい子たちと一緒に寝そべって話していたら?
気づいたら天国ですよ。
あ、比喩とかじゃなく。
アマテラスさまのお屋敷で目覚めた。畳に敷かれた座布団のうえでね。
私の天国のベッドみたいだ。不思議と寝心地がいいんだけど、でもうちの座布団と大差ない。
身体がちっちゃくなるからかな? なんでだろうね?
「んんっ!」
思いきり伸びをする。
現世の身体とちがってどこも痛くない。
涼しいものだ。
障子が開けられていて、夏の庭園から風が吹き込んでくる。
おおきなヒマワリにミツバチがいる。どこかに巣があるのか、あるいはここの神使のみなさんがお世話しているのか。ありそうだ。
ハチミツおいしいよね。
乳幼児にはとても危険だから、食べさせちゃだめ。
たしか、一歳を過ぎてからだったかな? 厚生労働省のホームページに紹介記事がある。
なんなら商品にも表示されている。万が一の事故を防ぐために。
一歳未満の赤ちゃんが食べると、乳児ボツリヌス症にかかることがあるそうだ。そしてボツリヌス菌は熱に強いため、通常の加熱や調理では処理できない。
一歳以上の場合、リスクの高い商品ではないと記事にある。しかし、一歳未満の赤ちゃんの場合、症状が出る。適切な治療を受けることで、ほとんどの場合は治癒するけれど、まれに亡くなることもあるという。
そんなリスクのあるものを食べさせてはいけない。
だけど私は一歳以上なので、食べるのだ。
カロリー高め。炭水化物、それも糖類。ブドウ糖と果糖が主成分。もうこれ以上分解する必要のない単糖類ってやつだ。すぐにエネルギーとして使えるから、高負荷の運動をたっぷりする人や疲れた人の補給にばっちりなのかもしれないね?
よく洗ったレモンのスライスをハチミツに漬けるのがおすすめレシピだそう。
トウヤが小学生時代にやってた地元のスポーツのクラブでお母さんに持たされてた。
日本のハチミツメーカーのページじゃあ、お砂糖より二割ほどカロリー抑えめなのだとか。
学校で毎日めちゃくちゃ動き回ってる私なら食べてよし。
だけどうちでてんてこ舞いな私が、学校のときと同じペースでとると? たぶんカロリー取り過ぎちゃうかな。
いわゆる低糖質ダイエットみたいなのはしてない。
ルルコ先輩は高等部に在学中、ろくに食べてなかったけど、おかげで貧血で保健室に運ばれてた。
炭水化物だけじゃなくて、タンパク質もビタミンもぜんぜん足りてなかったから。
なのに、うちの学校のきつめの運動をばりばりやっていたから。
そりゃあ、身体がもたないよ。
結局のところ、筋肉が大事なんだってね?
一日の消費カロリーは代謝で見えてくる。
筋肉量を増やすと、代謝があがる。だけど身体は筋肉を分解しやすいのだとか。
筋肉は脂肪より体積がすくなくて重たい。脂肪は筋肉より体積が多くて軽い。
トレーニングをして筋肉を増やして、貯蓄すると? 代謝を保つことになる。
逆にトレーニングしなかったら? 筋肉は落ちていく。貯蓄が切り崩されていく。
その状態で食べる量をただただ減らしたら?
身体はびびるし焦る。
あかん! どこまで食べものが得られないの?
こりゃ脂肪を増やしてきびしい状況に備えなきゃ! ちょっとでも食べることができたら、ぜんぶ脂肪に回せ! みたいな感じで。
なので、体脂肪量と筋肉量が肝心。
どんな運動をするのか。
うちの学校は走り回ったり、長く歩いたりする。それと同時に踏んばったり、力を使ったりもする。あ、隔離世的な意味じゃなく、たんに身体の筋肉ね?
有酸素運動と、瞬間的な筋肉への負荷が多い。
ダイエットで運動っていうと、真っ先に有酸素運動が思い浮かぶ。
キラリはよく歩いているし、ジョギングも欠かさない。そういうのは、有酸素運動だ。
過酷に見えるほど負荷を増して極めた先の競技が、たぶんマラソンじゃないかな?
マラソン選手の肉体を見ると、どう?
徹底的にそぎ落とされてない?
長距離を走るのに、重たい筋肉がめいっぱいついていたら? 疲れちゃいそうだ。
走りきったマラソン選手の肉体って、もう極限って感じだ。ほんとにすごいよね。
高負荷になるほど有酸素運動は肉をそぎ落としていくのかな、とさえ思う。
それとは別に、筋トレは?
筋肉の部位を刺激して、育てるもの。負荷を感じると「やば、筋肉いるわ!」と身体が作り出すのだそう。けれど筋肉の貯蓄は儚い。筋肉の元になるタンパク質を摂取してないと、分解されちゃうまである。
じゃあ、どうするの?
タンパク質を食べましょう。お肉にお魚、野菜にも含まれているものがあるよ?
それだけでいいの?
栄養はどれも食べすぎたら貯蓄に回すか排泄されるか両方になるし、足りなかったら支障をきたす。まさにルルコ先輩がなったように。
大航海時代に船乗りたちがビタミン不足でひどい病になっていた。
適量を知って、きちんと食べるのが、やっぱり一番てがたい。
ボディビルダーさんたちはプロテインを愛している印象がある。私の大好きなマッチョな映画スターも愛飲してそうだ。あれは、タンパク質を抽出したもの。
脂身のついたステーキ肉を食べたり、いろんな調味料をかけて塩分たかめになったお肉やお魚を食べるよりも、タンパク質を集中的に摂取できる。塩分を控えめにして。
塩分が高くなると? 将来的に血圧に響く。腎臓に負荷もかかる。
逆にきちんと栄養素の計算ができて、調整ができるのなら?
ラーメンを食べたって気にしない。
運動習慣で調整できるのなら?
焼き肉食べ放題だって、甘味処一日堪能ツアーだって罪悪感なくいける。
『うむ!』
タマちゃんの喝采に苦笑い。
こういうこと、すっごく興味をもってるんだ。
どういう食べものがいいか。スーパーフードの噂があるなら、それはどんなものか。
私よりよっぽど現世の変化に敏感なんだよね。
しつこく言われて、アプリも入れてる。食べもの記録、運動記録アプリ。体重や体型の変化も入力できる。競合企業があれこれ出しているなか、住良木のアプリは楽ちん操作で管理がしやすいから便利。りんごさんから出てる健康がらみのアプリはデリケートな部分まで網羅できていて、それと連携できるようになってるから助かる。
まあ、そうはいっても競合他社も機能的にはだいたい似たり寄ったりなんだけどね。強いて言えば無料と有料によっての機能と入力データに差があるくらい。
『本来ならば専属とれえなあ、とやらをつけて徹底的な管理をさせたいところよ』
やだよ。高いもん。
『美は労がかかる!』
かかりすぎなんだってば!
月うん十万も取られるんだよ!?
やだよ!
もうそんなの、給料を相手に直払いしてるようなものじゃん!
二十万じゃ済まないんだって? 三十万以上だっけ?
ないわー!
ないない!
それだけの費用があるのなら、貯蓄と投資と、ぷちたちの生活に当てるよ!
雇う余裕なんかないよ! そんなの!
ぷちたちの生活だけで腰が抜けるほどお金が出ていくのに!
それするくらいなら、自分で栄養学と運動絡みの勉強がっつりやるか、ジムに通って器具やプールを利用するかがいいよ?
その手のトレーニングって、契約するといい具合に叱られるし管理されるっていうもの。
むりむり!
いまでじゅうぶん維持できてるんだから、いいじゃない。
『加齢によって落ちるぞ、代謝が』
いいもんね!
筋肉維持するもん!
あれこれ数値のでる体組成計だってあるし。毎日はかってるし? 記録してるし。
だいじょぶだいじょぶ。
『いつまでも、あるとおもうな、健康体』
待って!? それ最後は「親と金」じゃなかった!?
怖いんだけど! やめてよ!
『飛んで消え、不幸が沁みる、元気と金』
やめてぇ!?
お金を追加して生々しさを足さないで!?
ちゃんとやってっから!
ぷちたちの肉体年齢も推測して、ちゃんとおいしく料理を調整しながら出してるから!
私が受けてるところを見て、タマちゃんが参考にしたいだけでしょー?
『うむ!』
ち、力一杯うなずくのね。
『どこぞの鬼や閻魔のように気軽に現世に行けるわけでなし。見たいじゃろ』
それにしたって、不吉なこと言うのはどうかと思うの。
『事実よな?』
……まあ、ね。
栄養のこと、運動のこと、ちょっとでも探してみると?
まー!
市場になるからかな? しかも規模がでかいからかな?
すっごい情報の渦よ。
変な情報も多いよ?
おまけにビジネスになるからこそ、強迫性を刺激したり、強いことばが多いの。
調べるだけで非常に疲れる。
批判の皮をかぶって、自説と異なるものを引き合いにだして、自説の素晴らしさをアピールするみたいな文脈も多いんだけど、前提として知識がないと化けの皮をはがせなくて困る。
バズってなんぼ。売れてなんぼ。
商業主義の狂信者は倫理を靴底についたガムみたいに思ってそうだ。踏んづけたくはない、面倒なゴミ扱い。
健康にダイエット、栄養と運動。
ここに売り上げやバズリ、お金が絡むと?
とことん厄介。
インフラが公共事業である必要性と一緒で、健康まわりが商業主義に飲みこまれると?
どんどんお金が出ていく。
実のところ品質の保証は別。
取り締まる制度がないのなら? 法律がないのなら、好きなようにする人たちの割合は増える。だって、取り締まる制度があっても、ひどいことする人たちなんていくらでもいるんだから。そりゃあ、野放図になっていたら、好き放題する人が増えるでしょ。儲かるのなら、特にそう。
お金はほしい。苦労したくないし、怖い目に遭いたくないから。
おまけに、お金で買われたいわけでもない。むしろいやだね。
取引をする。成立したら、納得したうえで交換する。ただ、それだけ。その手段にお金が利用されるだけ。やむにやまれぬ理由があってもなお、自分を担保にしたくない。
そりゃ法律に明記されるわけだよって思うしさ?
依存労働の一ヵ月の費用の見積りが、仮に一ヵ月で三十万とか四十万だったら?
亭主関白なんてイキりちらかしていた昔の男性たちは、どれだけ支払えたんだろうね? 支払えなかったら即離婚なんてしてたら、どれだけの夫婦が別れていただろう。
『待ち合わせ場所に向かわなくていいのか』
十兵衞に指摘されて我に返る。
そうだった。レンちゃんと会うんだ!
一日が過ぎると、もうそれだけでいつもの私に戻ってる。
彼女がかけてくれたことばの意味を咀嚼する暇もなかった。
ぷちたちと過ごすのは貴重な時間だ。わかってる。だけど、あまりにも忙しすぎる。
あっという間に考え込んじゃう私になってた。
『それがいまの春灯の構えなのだろう』
悪いよねえ。これ。
『いいも悪いもあるまい。己の有り様を肯定しようと否定しようと、構えは変わらぬ』
う。たしかに。
『悪いと感じる理由を掘り下げると、長いぞ?』
だろうなあ。
立ち上がって、金色雲をだす。
飛び乗って、すいーっと外へ飛んでいく。
釣りおじさんは今日もいた。あいさつをして横を通りすぎていく。
ねえ、十兵衞。
レンちゃんが教えてくれた、集中力があるっていうのも構えになるのかな?
『で、あれば?』
切りかえられるようになりたいな。
集中するのと、やめるのを自分でできるようになりたいよ?
レンちゃんにつつかれたけど、いま思えばアレ、私はいろんな人にやられてる。
執着し、囚われる。
自分の思考の中に潜り込んで、黙っちゃう。ぼーっとしちゃう。
最近は多い。
おまけにこれ、かなり疲れる。
私がどんな顔をしてるのか、自分でさっぱりわからない。
愛し愛されたい。
その対象に自分を含めないまま、レンちゃんの言うような深みにはまって、沼の底へと落ちていく。ずっとずっと、その繰り返しだ。ここ最近は、特にそう。
早い話さ?
まず自分のお世話ができてない。
育てるどころじゃない。
なのに身近に成長中のぷちたちがいて、一日のほとんど? いやもう全部がみっちり、ぷちたちのことで過ぎていく。夜になったら、気力なんて微塵も残ってない。元気なんてあるわけない。
ないない尽くしだ。
「はっ!?」
危なっ。
またしても沼地に踏みこんでた!
じゅうべえ!
『試せ。挑戦して、失敗するのだろう?』
うう。
『失敗を積み重ねた先にしか、成功はないぞ』
わかってるぅ……。
『博打で得る成功は身につかんからな。お前の考えていた、幸福と幸運だ』
私が欲しいのは一瞬の幸運じゃない。
日常を彩る幸福だ。
集中力があるのなら、その切りかえも学ぶのなら?
幸福のために活用したいな!
ついついカナタに物足りなさを感じがちだけど、めいっぱいやってくれてる。
足りないと感じる理由は私の中にある。もっと強力してほしい部分がないわけじゃないけど、いまの関係性を鑑みると求めすぎだ。明らかに。
言いだしたらきりのない「こういうことして」は、実のところ現状「これはやめて」じゃない。気づいていないだけかもしれないけどね。
そして私にできないことを、カナタで解決しようとしているのはさ。
横着だ。
仮にカナタがなにかをしてくれたとして、博打で得る成功と大差ない。
それじゃ私の身にならない。
逆もまた然り。
ふたりで一緒に求めるのは幸福であって、幸運じゃない。
相手で解決しようとしはじめたら、もうそれは恋でも愛でもないんだ。
等しく、ふたりで。
それって途方もなく遠い未来の話のよう。
曲がりくねった道をのぼっていく。
『横着者で悪かったな?』
あはは! タマちゃんのお誘いはともだちのわがまま範囲で、全然あり。
ぜったいやって、じゃなきゃ妾すねちゃう! みたいになってくると? 話は別。
不機嫌になって、私をどうにかしようとしてきたら? だいぶ問題ありだ。
けど、そういうんじゃないもの。
興味があるって最初に言ってくれたらなあとは思うけど。
それとは別に、タマちゃんが私に体感してもらいたいものがあるんだなあと感じるくらい、一緒にやってきてるからさ?
だいじょぶ。
横着者だなんて思ってないよ。
『ならばよい』
『いや、いいのか?』
いいんだって、十兵衞。
ぷちたちのことでカナタに不機嫌になる私は、タマちゃんとちがって甘えられないの。
不機嫌になる。イライラする。当たり散らす。
そういう私になりかけるの。
堪えてるけど。
それがとても疲れるの。
原因をカナタに求めて、さらに苛つくの。
カナタに。私に。ぷちたちにさえも。
なんていえばいいんだろ。
タマちゃんは言えるの。だけど、私には言えないの。
『なにをだ?』
困ってるって。助けてほしいなって。
あれいってみたいな、したいなって。
カナタにデートに行きたいって言えない私。
それもそれで、構えなんだ。
良い悪いもさておき、それがいまの私。
どうせそんな自分を切り離せないし、否定したって変わらないのなら?
そういうもんだと受け入れられたらいいな。
最初はきっと、苦くて痛い。そういうお薬。
だったら、めいっぱいあまいものでくるんでおこう。
情けないけど、いまはまだ、苦いお薬を飲む元気がないの。
なんなら飲みやすいほうがいいからさ?
それで、とびきり沁みたんだなあ。
レンちゃんのことば。
やさしくてあたたかいオブラートに包んだお薬をもらった。
沁みたなあ。
私が私を否定する、その心の風向きをやんわりとゼロに近づけてくれた。
あ、そっか。
集中力があるんだ、って。
すごく楽になった反面、逆に言えばこれまですごくつらかったんだって。
そう気づくきっかけをもらえたから、すごくうれしかった。とても楽になった。
ガスがぷしゅーっと抜けて、ふり返るとね?
これまでの人生でかなり長いこと、そういうノリで生きてた。ままならなくなるほど、私はぼーっとする。できることがあるなら、そればかりする。どっちかだ。どっちかに、傾きすぎちゃう。余白はどちらにも、ない。
楽しいときはいいの。
だけど、つらくなると、深みにはまったまま、抜け出せなくなっちゃう。
行動していようと、ぼーっとするくらい考えちゃおうと、だれかに言えない。
助けてって。
困ってるって。
苦手だ。ほんとに。すごく、苦手。
だからほっとけない。自分みたいに、言えずに苦しみ抜いて、沼の底に沈みそうな人を見たら。自分を投影しているだろうし、単純に手を伸ばさずにいられない。
でも、失敗の数が増えた。けっこうな人数の人たちの、もはやどうにもならない傷を知った。
そこへ来て、ぷちたちと共同生活だもん。
無理だって。
どんどん「助けて」とか「困ってるの、やばい!」とか言ってかなきゃ、間に合わないよ。
沈んじゃうよ?
それは困るなあ。
幸運くらいじゃもはや、どうにもならないぞ?
幸福を積み上げていく。
あ。
妙な教えだとか、集団とか、そういうんじゃなくね?
レンちゃんが言ってたとおりだ。どんな人と、どんな時間を過ごすかは大事。
対等であれ。
既にもういろんな縁がある。仕事もあるぞ?
それで十分。
いまの私のつらさを補うものを、外から持ってきて当てはめるんじゃあないの。
仮に途絶えたり離れたりする縁があろうとも。仕事がうまくいかなくなろうとも。
やっぱり同じ。
なにかを当てはめて、それに対して「私の不足をどうにかして」ってなるのが危うい。
レンちゃんに押しつけるなんていうのは?
もちろん、なしだ。
一緒にさ? 楽しく過ごせばいいの。
ぷちたちとしてること。カナタとしてること。キラリやみんなとしてることと、一緒だ。
ひとりじゃできないことがあるよ。
いっぱいある。
その微妙なさじ加減の話を、いまの私ではまだ語ることができない。
十兵衞もタマちゃんも、まだ教えないでね?
『ふん』
『ああ』
ありがと。
自分で気づきたいの。
足りないから学ぶんでしょ?
わからないから調べるんだよね。
そして、試したい実験の要件を固めて、挑戦する。
失敗を積み重ねながら、そのつど修正して、成功へと歩み続けていく。
その積み重ねが、幸福への道なのだと思うんだ。
大学や研究所で研究してる学者さんがもう、そういう進み方をしてると思うのね?
こどもだって、毎日なにげなくやってることだ。
ぷちたちが、私のそばでめいっぱい見せてくれてることなんだ。
ね? 幸福っていうのはさ。そう、大げさな話じゃないの。
ただ、それだけのことなの。
大事すぎて、当たり前すぎて、ありふれていて、つい忘れてしまうようなこと。
三方壁についた。
空へとのぼりながら、清々しい気持ちで見あげる。
レンちゃんが待っているのだ。
狸たちの街へ案内してくれる。忙しすぎる一日だったけど、私はそれを楽しみにしていたんだ。
つづく!




