第百八十六話
ユリアの運転に身を任せて向かった先はシオリの住むマンションだった。
駐車したユリアについていく。来たことは一度や二度ではないが、それにしてもお高いマンションだ。あの子は株でもやっているのか、親と離れて一人で暮らす部屋を持っている。
最上階っていうのはやりすぎだと思うけれど。
「コナ?」
ユリアの呼びかけに頭を振った。
心配して追い掛けてくれていたユリアのおかげで都心に戻ってきたけれど、家じゃなくてシオリのマンションか。
「一人でいたくないって顔してる」
「……え」
思わず頬に触れた。強ばっているような気がしないでもない。
「うちの兄がいつものように迷惑かけたから。コナの元気の源はここかな、と」
「シオリ寝てるんじゃない?」
「コナが呼んだら起きると思う。合い鍵もらってるんでしょ?」
……実はね。
やれやれだ。
鍵を使ってフロアに入り、エレベーターで最上階へ。
たった一つの大きな扉の鍵を回す。
おびただしい数の動作中のパソコンモニターだらけの壁、スナック菓子が散らばるテーブル、ソファ。奥にある寝室を覗いて見つけた。クイーンサイズのベッドに掛け布団を掛けないで、シオリが熟睡してる。
「……とても起きそうにないけど?」
どうするの、これ。ユリアを半目で睨もうとした時だった。
ベッドの上で身じろぎする音がする。
「ん、んん……コナの声がする」
それで起きるあなたもどうなの。
「あえ……なんでいんの……?」
しょぼくれた目で私とユリアを見て固まる。
寝起きだからなのか思考があまり働かないのかもしれない。
「まあいいやあ……朝まで寝かせて……寝てっていいからさあ……」
おやすみい、と睡眠に戻るシオリに息を吐く。
今日は疲れた。さすがに……ちょっと、つらい。
「お風呂入る。コナも入るなら背中流すよ」
「……お願いするわ」
ちょっと一人ではいられないので。
◆
ユニットバスからなにから、寮に入っていることがもったいないとしか思えない設備だ。
たまにこっちに戻っていたりするんだろうか、なんて夢想しながらユリアと風呂を共にする。
「……なに?」
「顔、似てるのね」
「ラビに? そりゃあ……双子だから」
「ほっぺた無性につつきたい」
「なんで、やめてよ」
慌てるユリアを見て笑ってから息を吐く。
お風呂の心地よさはちょっとしたものだ。こんなマンションを維持できるシオリはすごい。
けどそのすごさはどんなものを代償に得られたものなのだろうか。
そう考えるとちょっとばかり怖い。
「ラビに何かされた?」
「……無自覚に頼られた。あと……遠回しに昔告白したみたいな振りされた気がする」
「コナ、よく怒らないね」
「あの男が私にひどいのは今に始まったことじゃないもの」
「……コナのそれはもう愛情なんじゃない?」
「仲間だからです」
そう言って湯船に顔を沈める。ぶくぶく煙を吐き出す。
それだけじゃないのかも、という瞬間だったはず。
だけど現実に私は笑って、ラビは私を見ていなかった。それが事実だ。
「そもそもユリアがラビの愚痴聞いてくれてたら、こんなことにならなかった」
「悪いと思ったから追い掛けて見守ってたし、コナをシオリの家に送り届けたわけで」
「……見てたの?」
「線香花火とかいかにもコナっぽい。乙女」
「わ、わるい?」
「ううん……おかげでうちの兄が元気になった」
「……そ」
「コナは大事な存在だよ。みんなにとって……ね」
ラビとよく似た顔で微笑まれると、だめね。
「裏があるように見えてしまう」
「よく言われる。ラビのせい」
困ったように笑うユリアと見つめ合っていたら、扉が開いた。
シオリが眠そうな顔で私たちを見て言うのだ。
「ちょっとさあ……うちでいちゃつかないでよ……ボクも仲間にいれてよ」
眠すぎてふらふらなシオリを見ていられなくて立ち上がる。
「出ましょうか」
「そうだね」
◆
寝付きが異常にいいのがユリアだった。
横になって瞼を伏せて一呼吸したらもうガン寝。
そこへいくと私は今日、いろいろあったせいで色々と考えてしまう。
そんな私の腕の中に潜り込んできて、定位置だとばかりに安堵の息を吐くシオリが囁いた。
「何かあったの?」
「……ラビに振り回されたの」
「じゃあ……いつも通りだ」
「ええ」
頷く。
沈黙の間に考える。
「……もしラビが私のこと好きだったら、なにか変わっていたのかな」
それはシオリにだから話せた弱音だった。
「変わらないよ」
だから……シオリこそが答えをくれた。
「今年、区切りがつくまでコナはカナタしか見てなかったし。その途中でラビはメイ先輩に恋をして……だから、何も変わらなかったよ。好きだけじゃ……何も変わらないんだ。いつでも行動がボクらの未来を照らすんだから」
「うん……」
「それに恋だけが絆じゃないと思う。それはとても素敵なものだけど、他にも素敵なものあるよ」
寝返りを打って抱きついてくるシオリの身体をやんわりと抱き留めた。
真夏でもシオリのマンションは空調が適度に効いていて、決して暑苦しくはない。
それにシオリの肌はひんやりしていてどこか心地よい。
「ボクはそれをコナにあげられると思う……ユリアも、ラビも、カナタもみんなね」
「……そうね」
おつかれさま、と囁いて眠りに落ちるシオリと一緒に意識を微睡みの中へ。
ここは居心地が良すぎて怖い。
シオリの優しさに満ちた空間にいると、私はどんどん脆くなってしまう気がして……それが怖い。
それでもいまだけは浸っていたいと思った。
私の味方でいてくれる子の熱を感じながら、私はやっと安心して眠ることができたのだった。
つづく。




