第千八百四十九話
仏教も神道もなじみの薄い俺としちゃ、絡んだイベントと言えば祭りに葬式。まあごくたまに結婚式もかな? あたりが入る。四十九日に一周忌、一回忌に七回忌。法事の類いもそうか。
お盆も忘れちゃいけない。縁日なんてのもあるよな?
正月には初詣をするし、七五三にお詣りなんてのもある。
なじみが薄いわりに、地味に日本人の風俗に溶け込んだままだ。
なくなることは、まあ、ないわなあ。
よほど情を失い憎悪しない限り、身内が亡くなったら葬儀を行ない、墓に入れる。この一連の流れに関わることになるわけだ。恐らく自分が死んだときもな。
自分が行かずとも毎年のように祭りが行なわれる。よほどのことがなければ。
そんなわけで意識しようとしまいと、実は身近に存在する。
そのわりに知らないことばかりだ。
馴染みの薄い親族の法事で、足が痺れてたまらないのに親に「正座!」と小声で叱られ、馴染みのある親族からはもっと容赦のないお叱りを受けて、痺れた足の痛みを我慢しながら「さっさと終わってくれ……っ!」と願う。そんな小中時代を過ごした身としては、そうした場で坊さんがする説教も聞くどころじゃない。たまに「どうぞ足を崩してください」と言ってくれる人がいるけど、そういうたびに思う。「先に言え!」と。
我ながら罰当たりだなあ。
足の弱い親族が増えると? 小さな座椅子があったり、足を崩してくださいと先に言ってくれることも増える。なんだよ、結局は人次第じゃねえかなどと思っちゃうくらい、罰当たりだ。
そんなわけで、覚えている宗教絡みのできごとで、ありがたぁい話なんてのは限られている。
葬式が済んでもう何年も経っていながら、集まって和やかにする法事の、それも足を崩して気楽にできるお経のあとの、お坊さんのする、ゆるぅい雑談くらいだな。
うろ覚えなのも含めると?
体験談を軸に、言葉を用いて話す。説法つうのか? あんなんだ。
仏教にもいろいろ宗派があるだろ?
そのあたり掘り下げると、まーたいへん。
親族によっても地味にちがう。
なので正直、さっぱり覚えてない!
二十代になって、ひとり暮らししているときに参列することになったら? ぜったいネットで調べる。そもそもなにをどうしたらいいのか。香典はいくらか、その包み方は? 服装はどうするのか。現地でやっちゃいけないことは? マナーは。もろもろ、だれも教えてくれないなら余計に念入りに。
そのくらいの不心得者なんで、さっぱりわからん。
わからんなりに覚えてる話っつうと、あれだ。
生きてりゃいろいろあって、苛立つことやしんどいことも多い。そういうとき、相手を思って心の底から祈れるような距離感を保つといいそうだ。その線を踏み越えると? 自分を苦しめるか、相手を苦しめるか、その両方になるそうな。
その線を踏み越えてもいなくても、祈れるか?
信条がちがっていたり、相反する立場にある存在のために、心から。
形だけじゃなく、ガチで。
さっぱりわからん。
そんなことする意味も、意味はさておきできるかどうかも、それをしてなにがどうなるのかも、しなくてどうなるのかも、さっぱりわからん。
うーん。
わからんから終了! というのは、いかにも雑だ。
なので、身近なことに例えてみた。
相手を思って心の底から。そういう距離感って、かなりきつい。去年の八葉カゲロウにとっちゃ沢城あたりがいい例だ。強くて刀も名のある一品。戦闘に特化した人生かと思いきや、いろいろと抱えている。なんだそれ!
ライバルで、強さの目標だった。絶対に勝つ! まで思っていたし? 気持ちが膨らみすぎて敵愾心に繋がってもいた。そんなあいつを思って、心の底から祈る?
無理だなあ。
よくわかんねえもの。
あいつが学費の問題で学校にいられるかどうかわからないって場面になっても、まず先に浮かんだのは「勝ち逃げすんのかよ」と「そういう複雑な身の上なら、もっと普段から頼ってくれよ! 事前に知っておいたら、なにかできたかもだろ!」と「あまりにプライベートな領域の話すぎて、言えるはずねえな!?」だ。
どれも結局、俺目線。俺発信。俺の理由だ。
あいつがどうかよりも、俺がどう思うか。
それって、結局あいつじゃなくていいんだよな。俺が自分の感情をあれこれ刺激できるネタさえありゃあ、それでいいんだから。そんな状況で相手を思って心の底から祈るなんて、無理だ。
自分で精いっぱい。それでいい。
だから自分自身と、自分が気持ちよくなれるか、あるいは刺激されてあれこれ言えるネタがあればいい。
人生はたやすくそれで埋めつくされる。
自分と同じ存在感の他者や世界と、気持ちを交換しあうの、心の底から相手を思って祈るくらい受け入れるの、どちらも心に余白がなきゃできない。あるいはとてもむずかしい。
ここにいる連中はみな、自分だけだ。
だれかと話し、笑い、ときに抱きあい、ときにキスをしていたりする。
だんだん夜が近づいてくる時間帯に、だれもかれもが自分のしたいことに夢中だ。
遊園地って、そういうとこあるよな。
一緒にいる相手を見つめたり、話したり。どういう乗り物が好きで、どういう時間にどういう話をしているときが楽しそうなのか。なにが好きで、なにを遠ざけるのか。相手の情報を「もっと! もっとちょうだい!」と心を開くか。
あるいは「やべえ。長時間まちそう。なに話せばいいんだよ!」とか「き、きまずー。黙ったまま五分くらい経ってますけど!?」とか「めっちゃスマホいじるじゃん!」とか、自分の焦りでいっぱいいっぱいになっちまうのか。
他にもあるし? 自分と相手の相性や、その日のコンディションなど、気づけるかどうかの分かれ目になる要素がやまほどあるけれど。
ここじゃみんな、自分で埋めつくされてない。
ただし、相手について心を寄せようって感じでもない。
全員と話をしているようで、いつ自分の話題に引きずり込むかで集中しているような飲食店の会話。出店やカートの飯を待つ列でスマホで時間を潰す、黙りこくったカップル。家族連れはそれぞれ自分の遊びたい場所へと別れて向かい、出会いを楽しむ奴らも合わないとみるやさっさと別れて次へ行く。
良し悪しあるだろうし、一概に言えない。
これでいいと思う人もいるだろう。こんなの無理だと考える人もいそうだ。
遊園地のマスコットキャラクターなのか、二本足で歩く人間サイズの犬たちが統一された服を着て、あちこちでせっせと働いている。キャストってやつかな? 従業員の彼らは、汗水たらして動いている。横柄な態度をされているヤツばかり目立つ。
邪を吸われ、現世のしがらみから解き放たれた人たちのわがままをぶつける対象になっている。言っちまえば「俺様はお客さま」というゲスト、いわば客ばかり目立つ。腰を落ちつかせてしゃべることに熱中している奴らの声は一様に大きい。怒鳴りあっているようだ。
一緒くたにして雑に「こういう評価な!」とまとめるのは無茶。
そうとわかっていても、ひとくくりにして言いたくなる。
他者や世界よりも、まず自分。
そうなるくらい、ここにいるゲストにとってのしがらみは他者や世界が起因となっているものなのかもしれない。
学校をさぼったり、会社を辞めたり、家族を捨てたり。
そのひとつひとつ、掘り下げて、どういう問題がどれほど多層的に入り組んで厄介な状態になっているのかを調べない限り、なにも言及すべきじゃない。
けど、どうなんだろうなあ。
「不健康な場所だなあ、おい」
思わず愚痴る。
時雨ちゃんは無反応。
星蘭の子が歩く速度を緩めて隣に並ぶ。
「自分の利益のためになにかを利用するのは、いきものの本能じゃない?」
「いや、俺、生物学者じゃねえし。知らねえ」
「萎える返しするなあ」
つまんないヤツだと鼻で笑われる。
「楽しんでいるんだから、いいんじゃない? 水を差すと祟られるよ?」
「ってもなあ」
「現代人はストレス社会にめげてる。逃避先となるコンテンツや場所が必要なの。現実なんて、だれもみたくないんだよ?」
「――……そうですか」
俺にはそれが不健康の元だと思うがね。
特に、それしかなくなったら?
やばいだろ。
世の中、仮に商売で逃避先が稼げるのだとしても。
そんなん、原因放置して稼ぎまくるだけなら?
それこそどうかしてるだろ。
ガキの意見だけど、大事に忘れずにいたい気持ちでもあるわな。
いまの俺から見た気持ちは、やがてだれかが俺の背中に見る気持ちになるから。
「なら、あんたはここで遊びたいのか?」
「現世の舞浜のほうが、キャストもゲストも楽しそうに見える。そっちのほうが好みだから、ここはいや。横柄なヤツばかりいたんじゃ、楽しむどころじゃないし」
お前ね!
「夢はみんなで見るもの。だから水を差す人がいると冷める。場合によっては祟る。そういうものじゃない?」
「じゃ、キャストも夢見れなきゃな」
言い返すと彼女は蕩けるような顔で微笑んだ。
そうして俺の顔を覗き込んでくる。
「素顔が知りたくなった」
「彼女がいるんで。アプローチなら他を当たってもらえると」
「遊びはだめ?」
「人が関心もって関わるのに遊びもなにもねえだろ。だめだ」
「切れないって思ってるんだ?」
「あんたがどう思っているか俺にはわからないし、興味をもってうなずくとしてもあんたに失礼だろ? 彼女に失礼ってのは言うまでもなくさ」
「かたぁ」
「いやいや」
「ふぅん? へぇ? ほぉ?」
じろじろと見られて気まずいことこのうえない。
「愛するふたりの出会いの機会って、何度あるか知ってる?」
「唐突になんだよ」
「聞きたいなあ。教えてほしいなあ?」
「言わせたいだけだろうが――……あああ」
時雨ちゃんを筆頭に三人で向かう先には巨大な城がある。
そこがゴールなのかもしれない。だが、歩きじゃまだすこしかかりそうだ。
星蘭の子の問いは、何度あるか、だから彼女にとっての答えは一度じゃないのか。
それともブラフか。なんのだよ。
あー、そうだなあ。
「出会いの定義によるか。人柄ってことなら、そうだな。最初の出会いだろ? 付きあうようになったときの、こういう人だと気づく出会い。日常の時間を共にするようになって、恋愛成分が抜けたときの人柄との出会い」
まだあるな。
「同棲するなら、そのとき。結婚したら、そのとき。そんで、こどもができてから。生まれてから。メッキで乗りきるタイプほど、剥がれていくだろうし? 育児で大変なときに、旦那が奥さんに丸投げしたら? メッキが剥がれて地金が露出する意味での出会いもあるわな」
そうなると?
「相手の家族んちに行ったときに見える地金もあるだろうし。悲惨な状況に陥ったときに露わになる地金もあるな? 俺らの年でもある」
「何度かセックスして、ゴムなしでやりたがるような?」
生々しいこと言うなあ!
まあ、でも、あるわなあ。いるよなあ。そういうヤツ。
「できるってときまで、てめえの気持ちよさ優先したりな」
石橋を叩いて渡るような精神で考えるなら?
避妊しても妊娠する可能性がある。
避妊しなきゃ? 言わずもがな。
「で、そういうときに逃げる。女の子のせいにする。認知しない。婦人科検診に関わらない。日本じゃまだ手術がえげつないのに、知ろうともせずに女の子に全部押しつける。けど、そうなるまではいい顔して、メッキまみれでヤることヤりたい放題。そんで、月経が遅れるか、妊娠したとわかった途端に地金が出ると」
いるよ。いる。
うちの学校じゃ、そこまでいってる話は聞いてない。
けど、小中時代の知り合いや、別のクラスにいたヤツがどうのこうのって噂は聞く。
いまのずさんで浅い性教育じゃ起きるよな。
人の権利とか、生きることとか、そういうことまで包括した教育がないんじゃ。
ヤれりゃあいい、というヤツが出てきちまうことを能動的に教育の段階で防いでないんだ。
ガバガバだ。
それはそれとして、クソッタレなことを選んでやるヤツがだめだけどな。
教育うんぬんがだめってのと、クソッタレなことをしたヤツがだめってのは、別で対処しなきゃならない話だ。一緒くたにはしない。どっちもどうにかしなきゃって話な。
とにかく。
「そういう機会さえ含めちまうと、ふたりの生き方次第だけど。そりゃあ、やまほど出会いの機会があるんじゃねえか? 相手の人となりとの出会いってやつはさ」
いいとこばかりとは限らない。
取り繕わなくなるタイプは? 幻滅される機会が増えることも。メッキ次第かな。
「付きあう限り増えるだろ。知ろうとする限り、見つかるんじゃねえ? 相手をきらいになってもお金だなんだのために離婚せずにいたら? きらいなところが増えるかもな」
カップルはさ。
いやなとこ見つかったら、別れやすい。
ともだちもそうな。
結婚しても、仕事を辞めていなかったら?
逆にこどもが生まれて、仕事を辞めたり、あるいは待遇が悪化していたら?
人生を人質に取られて、青澄のいうところの依存労働をさせられる羽目になる。
男と女で前提条件が、世の中まだまだ違いすぎる。とびきり悪辣な意味で。
だから、結婚してからの状況まで想定してみると?
離れるのはけっこう、エネルギーがいる。
でも人生がやっぱ大事だろ。
それこそ相手のことを心の底から思って祈れる距離感じゃないなら、離れることも、その先の人生も、助けがあるほどいいだろ。
事前に知っておけるほどいいよな。老若男女問わずさ。
いいとこも悪いとこも、長く過ごすほど見えてくる。
きらいになっても続く。離れて縁が切れない限り。
だからまあ、ヤれりゃあいいっていうんじゃあ保たないわけだ。
自分の利益のために利用してやれっていうのなら、利益の切れ目が縁の切れ目。
自分にとって都合がいいだけの関係もそう。
人生をかけて何十年もメッキを保ち続けるなんてのは、まあ無理な話だよな。
「自分の地金の傷だの歪みだのを、相手でどうにかしようっていうヤツもいるしなあ。条件を考えるときりがないし、一定の回数を示すことはできねえんじゃね?」
「そ」
みじかっ。
リアクションすくなっ!
その割に彼女は満足そうに、うれしそうに弾んだ足取りで進む。
なにがそんなに気に入ったのか。
「そろそろつくよ」
時雨ちゃんがふり返らずに言う。
彼女も彼女で、ここまでノーリアクションだったの謎じゃないか?
読めねえ人たちだなあ。
それから程なく、城についた。正門が開いていて、さらに正面の扉も開放してある。
テーマパークで城といえば、内部を探索するツアーがありそうだが。
「連れてこられた人たちがここにいるのか?」
「恐らくは。お城で冒険するツアーに参加すると、この遊園地の仕組みがわかるの」
モロじゃん!
なにがとは言わないけどぉ!
「それからキャスト用の通路があって、城の地下に放送室がある」
「私たちはツアーを追いかけて上へ。キミは地下。よろしい?」
なんか損しているような気がするの、俺だけ?
まあいいけども。
「おうよ」
「キャストはどこでどう話そうと、親切に対応してくれる。追い出されることもない。どこか聞けば教えてくれる」
「さすがに入ってきちゃ困りますくらいは言うけど。押し切って?」
ざつぅ。
まあいいや。
「わぁった」
「「 じゃ、地上で 」」
ふたりはさっさと走りだす。
二階まで吹き抜けの広々としたフロアに赤くてふわふわのカーペット。
足跡が目立ってもおかしくないのに見当たらない。それにゴミひとつない。
巨大なシャンデリアのみならず、明かりが至るところに設置されているし、順路がどこかの表示もあれば、そもそもツアーに参加するための窓口だってある。
見渡してみるとポールとロープのパーティションで塞がれた通路がいくつか見えた。
見学している振りをしながら歩いて観察してみると、城のデザインを損ねない年の取った深い色づきの木製のドアがある。
フロア全体を見渡して監視カメラはないかを探るが、見当たらない。
フルフェイスのヘルメットをかぶるライダースーツの男って、それだけで目立ちそうなのに、だれも気に留めていない。ゲストは自分に夢中だし、キャストはゲストに夢中なのだ。
どうにも奇妙だな。
ふたりの話を試すべく、窓口のキャストに呼びかける。
「よう。あの、教えてもらいたいんだけど」
「ツアーにご参加ですか?」
人型チワワ。身長はおよそ百三十センチほど。
声は高い。ほどほどにデフォルメされていて、生々しさはない。
ただ、どうにも瞳がつぶらで困る。尻尾もぱたぱたと振っていて。
マジでまんま犬やんけ。
「いや。大事な用があって、放送室に行きたいんだ。頼めるかな」
「あのう。ゲストのみなさまには、ぜひ楽しんでいただきたいのですが。手落ちがございましたか?」
「い、いや、そういうんじゃなくてさ」
小首を傾げられて、口を開いて舌をべろんと出される。
はふはふはふはふ。息づかいまで、マジでまんま、犬。
非常にやりづらい。
「大事なことなんだ。教えてくれないかな」
「くぅん」
やりづれえなあ! もう!
「では、わたくしめが用件をお伺いいたしますが」
「いやっ、それには及ばない。キミにはキミの仕事があるんだろ? 邪魔したいんじゃないんだ。だめかな? だめなら他を当たるよ」
敵地ならとっ捕まりそうだし、現世の遊園地なら不審に思われてそうだ。警備員さん、こちらです! ってな状況にまではならないか? どうだろ。試す気はない。
とにかく、相手にとって妙なことを言っている自覚はあるので、あまり粘りたくない。
さすがに簡単にはいかないかと思っていたら、チワワキャストが窓口の机の引き出しを開けて、紙を取り出した。そしてガラス越しに差しだしてくる。
「あのう。園内でトラブルが発生しますと、自動的に通路に出されてしまうので。ご容赦ねがいます。こちらが地図になっておりますので、お気をつけて」
教えてくれるんかい!
紙を手に取ると、地下の詳細な地図が記してある。
至れり尽くせりじゃねえか!
拒んでないってことか?
なんだよ。
ますます妙じゃねえか。
「わかった。ありがとな」
「くぅん」
なんでそこで哀切たっぷりの鳴き声を!?
「なに。どうしたよ」
「い、いえ。わたくしめ、実に百年ぶりにお客さまにお礼を言われましてね?」
つぶらな瞳をゆっくりと閉じて溢れた涙が毛を濡らす。
「どうぞ。あなたのようなゲストはいつでも大歓迎でございます」
「そ、そいつはどうも」
「きっと来てくださいね? 明日といわず、一時間後くらいに!」
「間がねえよ!」
「くぅん」
「いいいいい、いつかくるよ! 近いうちに!」
「三十分後ですか!?」
「短くするなよ! ああああぁ、明日な!?」
「待ってますからね!」
またなと手を振って、なるはやで退散。
尻尾を全力で振っている。
親切っていうのとも、ちがう。人なつこいけど、それだけじゃない。
迷惑を掛けたら強制排除。でも、横柄な客くらいじゃ、追い出さない。
ただしお礼とは無縁。
ゲストは自分に夢中。自分のことしか考えてないまである。
そうなる背景がある、という想像も忘れずにするのなら?
やっぱり、こんなの不健康だろ。
どっちにとっても。
不健康ってのはさ。長く続けると、ますますやばくなるぞ?
どんな大義名分を掲げようと、心も体も持たない。
パーティションのロープを乗り越えて、その先へ。
ドアノブの上に円形に飛び出た鍵穴が見える。けど、普通に開いた。
強制排除の仕組みが盤石だからこそ、このあたりが緩いのか。
自分のことに夢中というわりに、ゲストはルールの内側で遊んでいる? マナー良く?
なんだよ、それ。
よくわからないながら、苛立ち、止まらなくなってくる。
途中で何度か、キャストに出くわす。
だれもがみな親切だ。ちょっとどうかと思うくらい、礼を伝えると喜ばれる。犬の尻尾は感情表現が激しい。それでますます、たまらない気持ちになってくる。
地図は正確だった。
一切迷うことなく、放送室に辿りつくことができた。
セントバーナードと柴犬が「今日こそ延長を」と「いやいや今日こそ早めに終業を」と意見を戦わせている。かたやゲストのため。かたやキャストのため。
割って入って、いつもの終業時間を確かめると、本来は一部は二十時まで。二部は深夜から昼までだそうだ。聞けば夜職のゲストを迎えるための決まりなのだとか。
ここまでくると、もはや泣けてくる。
ふたりに事情を話して、いまから終業を願う。
遊園地の外で異変が起きており、この遊園地もゲストも助けるために力を貸して欲しいと。
それで納得しちまうんだ。
ここのキャストの連中は。
こんな場所を、ここに働くキャストたちを、だれかが利用した。ろくでもない目的のために。
集まる連中もそうだ。
たまんない気持ちで胸がいっぱいだし、なにかに向けて吠えたい。
いまここですべきじゃない。
ヘルメットで顔が隠れていてよかった。
それでも気遣わしげに見てくるキャストたちにだいじょうぶだと伝えて、放送を始める。
問題はやまほどあるだろう。それぞれに。
だけどそろそろ、いちど、現世に戻る時間だ。
どうか退園を。
これだけのことが、どうしてつらくてたまらないんだ。
答えはわからなかった。
学校の奴らの元に戻りたい。
なによりもいま、マモリちゃんの笑顔を見たい。
つづく!




