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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百四十八話

 



 心に浮かぶ「こうだったらいいのに」っていう執着は、まるで借金だ。

 執着のぶんだけ、心の元気が利子として奪われる。

 借金が増えたら? 利子も増える。

 日常でこつこつ稼ぐのも、借金で首が回らなくて膨らんだ利子を用意するので精いっぱいだと?

 もう無理だ。

 なら執着しなきゃいいって、簡単に言えるか。

 そりゃあ、言うのは簡単だ。やるのはどうか。人と執着によるんだろうね? 人と執着を指定してもさ? 環境や出会いでふっと楽になったり。あるいはぐっと重たくなるかも。どちらもあり得る。なにもしないでいたら? 執着は存在し続けるだけ。

 そうはいっても、執着ってどういう性質のもの?

 ただただ悪いの?

 そこさえ、結局やっぱり人によるんだろうね。

 時が流れて価値観が変容していく中で「それって、こうしたら楽になるよ?」とか「楽にはならないかもしれないけど、ひとまず解決できるよ?」とか、その逆でひどくなったりするかもしれない。

 執着とにらめっこしていようと、自分以外の人はそれぞれに生きているのだから。

 前に調べたような、調べてないような曖昧な気持ちでいるのも気持ちが悪い。それぞれの辞書が示す定義を確認してみよう。

 私にとっての執着は? 自分の意志ではどうにもならない考え。価値観。

 新明解なら? その事ばかり心に思い、忘れられないこと。

 三省堂なら? それがほしい、それをはなしたくないと、見苦しいほど強く考えること。

 広辞苑だと「しゅうじゃく」に意味が書いてある。曰く、強く心をひかれ、それにとらわれること。深く思い込んで忘れられないこと。

 最後に大辞林だと? ある物事に強く心がひかれること。心がとらわれて、思いきれないこと。

 大辞林いわく、古くは「しゅうじゃく」と読んだそう。

 広辞苑は古い用例を守っているんだね?

 さてと。

 借金のように「貯めたくないもの」、「ゼロにしたいもの」としての執着ばかりかな?

 四つの辞書の解説を並べてみせたら、必ずしも内容は限定的じゃない。

 いや、まあ、執着という言葉の語源と時代の変遷でずれただけかもしれないけどね!

 元はどこから生じた言葉なのかな? このあたりがまとまっている辞書って、なんだろう。私に買えるのなら、買っておきたい。

 話がずれてんね?

 かつてパトロンに恵まれなかった多くの画家たち。彼らが貧しくとも絵筆を手放さなかった場面を見て、そこに執着を他者が勝手に見いだすとき。他者は絵筆を手放さない執着を借金として捉えるかもしれないけれど、絵筆を持つ人たちにとってはどうか。

 自己の執着の定義について観測できるのは本人だけ。

 仮にそういう前提をおいたら? 周囲にとっては借金でも、本人にとってちがう執着の定義はどれほどあるのかな。

 周囲がもしも、本人が執着と向きあう時間を無駄だと捉えたら? 執着を手放すのは本人の義務であり、周囲にとって必要で行使されるべき権利にさえ思えるかもしれない。

 そんなことはない。

 そんなことはないんだけど、でも、他者に向けて「こうするべきだ」と履行されるべき権利と捉えるとき、あらゆる暴力は色を失い、己に同化する。相手に義務を果たさせるべく、どこまでもエスカレートする。

 そのあたり、やらかさないように注意したうえで考えてみる。

 ここでは本来、むずかしい話も絡むんだよ? 定義について観測できるのは本人だけと私はしたけれど、でもきっかけは本人の内側には存在しないと考えているの。

 さっき考えたシャワーやトイレのときに思いつく、みたいなノリ。

 だれかと交流する。悩みとはまったく無縁の楽しい時間を過ごすだけで「あっ!」と閃くことさえある。

 きっかけは世界にあると、私は考える。

 ややこしい話になっちゃうんだけどさ?

 話を進めるべく、執着について考える。

 執着はだれが強いるのか。

 私は自分の選択だと考える。おまけに自分が無意識に強いるものだとも。

 自分にとって果たすことのできない義務なのだと強く迫られるような感覚。物事について、そう考えなくてはならないとする義務としての感覚。

 社会の規範とは別の、自分の中にある規範を義務として強く守ろうとする感覚とも。

 これはこういうものなんだよぉ! と声を荒げちゃうこととかね。もしも、仮に私とカナタが味噌汁の味つけや具でめっちゃ揉めたら? それもそれで、執着とも言えるのでは? それぞれの自分にとっての好みと、好みを守ることばかりを強く考えるか。あるいは相手が自分の好みを否定したことへのショックか。他にもあるかも。そのすべてを大事に抱えて、離すことができなかったら? 揉める。ただただ揉める。

 自分の安寧のために、守られるべき義務がある。

 それを周囲の人は遵守すべきだ。尊重し、守るべきだ。

 自分にはそれを訴える権利がある!

 と。

 それで、ふたりしてずっとそばにいるのに、食事のたびに味噌汁ひとつで大げんかしてたら、どう?

 同じテーマで揉めている人たちが集まって「味噌汁の味噌は何派」だとか「具材は何種類まで」とかで、延々と話しては? 自分の安寧を損ねる意見をバッシングしあう。どの立場の人も漏れなく。

 そこにある執着って、どうかな?

 ポジティブなイメージ? それとも、ネガティブ?

 いや待て。結局、味噌汁で揉める状況は変わらない。自分好みの味噌汁は相手が否定し、相手が作る味噌汁は好みじゃないから飲むのがしんどい。苦手どころか、きらい。

 こういう状況、どうする?

 自分が折れて、相手の好みの味噌汁を出す? で、相手がいないときに自分好みの味噌汁を作る? それとも相手が出す味噌汁を我慢して飲む?

 対等な条件で好みを飲めるよう執着して、ルールを作る?

 あるいはお互いに好みの味噌汁は日頃はなるべく作らず、ふたりの好みを模索する? そんで、ごくたまに自分好みの味噌汁と相手好みの味噌汁を飲む日を作る? ふたりの味噌汁記念日みたいにして。

 この手の話は面倒。

 揉めている状況をスタートにするから、余計にそう。

 だけど相手と一緒にいたい。その権利があるはずだ。お互いに、権利が意味をなくすくらい揉めちゃあしょうがない。意味もない。相手が喜んでくれるようなことが、一番そばでできる権利がある。それを味噌汁ひとつで手放すなんて!

 そう思うとき、相手に執着がある。

 そんなしんどい相手は捨てちゃえば? って振り切れるとき、あるいは危機予測してすぱっと離せるとき、自分の幸福への執着が勝るのかもしれない。

 生々しい話が続くけどさ。

 一緒にいる時間に義務が増えると?

 正直、心の安全度合いがみるみる減っていく。義務として課される執着は自分のものでもしんどいのに、だれかが課してきたら? それはもう拷問であり暴力だと感じる。

 人といるとき、それがともだちでも、好きな人でも、親でも、こどもでも、身近であるほどつらくなる。学校や仕事で会う人相手でも一緒。人と関わるとき、義務じゃ無理だ。

 そのあたりの心得は個人的なもの。

 義務じゃ無理だっていってるのに、だれかに守らせようと義務を振りかざすんじゃ本末転倒だからね。

 なので。

 そこんところの勘所は大事にしたい。

 そうは言ってもきっと、私はあらゆることを義務に捉えてた。

 私には楽しみ愉快に乗り越える権利があるぞ?

 遊動と定住の切り替えと、掃除の話を思い出す。私たちは結局、遊動民のままだとしたら、掃除という技術を習得しないと使いこなせない。

 料理もそう。洗濯もそう。

 一からできるように学んでみなきゃ、なかなか板につかない。

 掃除イコール押し入れに押し込む! なんて定義になってた時期もあるくらいだ。

 そういう身の回りのことを義務として捉えると、まあしんどい。

 かといって個人の感覚を義務から権利にうつせばぁ? なんて、ネットの記事に百万遍も書かれていそうな文句じゃあ?

 無理!

 断言する。

 そんなんで変わるわけないじゃん!

 なんなら「意識をうつせないやつがだめ! おまえのせいな! はい自己責任!」みたいに義務を負いかぶせて、しかもダメージを与えようとする文面なんてね?

 求めてないんだわ。

 義務じゃ無理だっていってんの!

 だれかに守らせようと義務を振りかざすんじゃ本末転倒なの!

 だれかにはもちろん自分だって含まれてんの!

 なので、だめだ。なし。

 そうじゃあ、ないな?

 なんでもさ。

 楽しめるようにやりたいし、自分のペースを守ってモチベを育てながら学びたいし、その権利があるぞ?

 じゃなきゃ結局、身につかないじゃん。

 つまらないのにやらされなきゃならない。その義務が、ひとりひとりの心の元気を破壊しまくるうえに、ひとりひとりの権利を破壊して、大事にされるべきーなんて。

 ごめんだぞ?

 そのしわ寄せは、いつだって隔離世に出てくるもの。

 私たちが出会った人たち、それにいまじゃ私自身が大いにやらかした!

 いろんな時間に影響が出る。人生にはもろに。

 ぷちたちと過ごす時間にだって。

 考え方に活用するくらいじゃ、太刀打ちできないくらいあるぞ?

 それがお前の義務だから、やれよっていう構図の環境。

 どこかで信じてたし、願っていた。

 みんなに機会がちゃんと与えられて、人がきちんと公平に扱われる世の中だって。

 んなこたあ! ない! 悲しいし、しんどいけど!

 そういう世の中でいてよと、いろんな人に義務を振りかざしても、ね?

 なかなかそうはいかないよね。

 偉くなったら? 世の中の偉くてだめな類いのおじさんたちみたいに、自分より立場の弱い人たちにしわ寄せばかり食らわせちゃうんじゃないかな?

 それはまずいよなあ。

 義務状態のものごとは一時停止! 接する人のペースで意欲的にできるといいし、楽しさは大事だと思うし? 権利を諦めず、むしろ育てていけるように切りかえたい。そんなの、ひとりで完結するはず? ない!

 いきなりがらりと変えられないことのほうが、きっと割合的に多いはず。

 しんどい義務の歯車まみれで、利子は膨らむばかり。ひとつを外すと、他の歯車が悲鳴をあげる。そういうところが厄介。

 結局、身近なことからこつこつとっていう、ありふれた結論に軟着陸する。

 だって心が囚われる執着を減らして、それでも手放せない執着を見つけて、比較するとね?

 ひとまず、ふたつに分かれるの。

 ひとつは? こうじゃなきゃだめ、仕方ないからやらなきゃだめ。

 もうひとつは? こうしたいな。こういう風になりたいな。

 どっちも自分の中にある感覚だ。だれかやなにかが絡むときは? 意思疎通を図って、相手はどうしたいのか聞くし、一緒に考えて、一緒に決めればいい。そして大体のことは、そうやってやるものだ。

 ちなみに今日の私ね?

 ぜんぜんできてないね!

 あとでお尻百叩きだってさ! やっべえぞ……。

 失敗から学んだまであるぞ? って間奏中にキラリに伝えたらね?

 笑顔で言うわけ。「尻尾ビンタ百連発な」って。

 まさかの追加メニューに戦慄が止まらねえぞ!

 つらい義務まみれになっているとき、離れることを考えるよう提案する言説を見かけるけどさ? その通りだと思うの。思うんだよ? 思うんだけどさ。

 お尻叩きと尻尾ビンタは、避けられないのかなあ。

 無理かなあ。

 気の抜けた話はさておき。

 自分でしたいと始めたこととか、みんなでやりたいと集まってしていたことが、気がついたら義務に変わってしまった、みたいなテーマで考えると?

 いろいろと覚えがある。

 義務で一緒に生きるのはむずかしい。自分が相手でもそう。

 痛みやストレスが上回ると、いつか諦めてしまう。

 諦めが増える環境では過ごせない。諦めを感じてしまう相手とも。

 そんな状況に繋がっていられないから、離れる。

 ここまで義務をこき下ろしたけれど、権利ならいいかっていう問題でもない。

 四冊の辞書で説明が微妙に異なる。これが人ならもっと幅が増える。

 正解はこれだ! と執着しても、それは執着した人にとっての考え。そうでない考えもまたあるからさ? 定まらない。定まるべきだと執着する人もいるだろうけど、そうでない人もいる。

 面倒と考える?

 実は自由なんじゃね? と考える?

 どちらであっても、人によって異なる。いろいろだ。

 だからまとまるために義務がいるって声を荒げる人もいるだろうけど、それがいいとか必要だとか思わない人もいる。凝り固まった執着と内向きの選択と結論にアプローチしたくて、執着する人の属さない別の場所の話を持ち込む人もいる。執着と義務を解きほぐすかっていうと微妙だ。

 本人が、するかどうかだから。

 周囲がお前の義務だと迫っても。それが周囲にとっての権利だとなじっても。

 本人次第だ。

 なのにね?

 心に浮かぶ「こうだったらいいのに」っていう執着は、まるで借金だ。

 執着のぶんだけ、心の元気が利子として奪われる。

 周囲の義務だという抑圧に対する「こうだったらいいのに」という執着も、そう。

 心の元気がないと?

 ご飯がおいしく食べられない。

 夜は気持ちよく眠れない。熟睡できないどころか、そもそも眠れないかもしれない。

 そうして利子が膨らんでいく。

 抑圧してくる周囲の暴力から自分を守る元気さえ、失ってしまいかねない。

 それでなにか挑戦すると?

 今日の私みたいになるわけだ!

 納得!

 気持ちが晴れて、見通しが立っていくほど、ファリンちゃんの転化の作業に活用される金色の出が増える。転化の進みも早くなる。

 結局のところ、私は金色に――……自分の願いにさえ、義務を課していた。

 願いって、義務じゃない。

 権利だ。大事だし、当たり前にある権利。

 言葉の力が強すぎて、身構えちゃうほどの単語だけどさ?

 好きにしていいのだ。

 願わなきゃいけないと自分に迫るんじゃなくて、どうしてみよっかなあと気軽に考えたり、強く恋い焦がれるほど思ったりしていい。

 ぷちたちと過ごす時間もそう。

 責任がある。けど、負けじと大きな権利がある。みんなが成長していく時間を見守ることができる、立ち会うことのできる権利が。みんながなにを考え、どう感じ、どう過ごしていくのかをそばで見つめる権利があるぞ?

 私はそっちを大事にしたいぞ?

 義務で私の視野を狭めて、私の中にある義務にぷちたちを押し込めるのは?

 しんどいな。

 つらいぞ?

 あんまりだ。

 カナタと過ごす時間も。キラリと一緒にいる時間だって。だれが相手でもそうだ。

 お前には義務があり、自分にはお前にそれをさせる権利がある! みたいな文脈は? なし!

 そこまで考えると?

 ともだちは気楽でいい。

 家族は重たい。

 恋人や結婚相手はその狭間。

 だけど、こどもができたら? ややこしくなる。

 こどものために義務を受け入れるかどうか、みたいなの。

 ラジオのお仕事をするようになったから勉強するべく、別のラジオ番組もちょいちょい聞くようになってさ? 悩んでいる人が思っているよりずっと多いことを知った。

 こどもの幸せを前提にすると、どうか。落ち度は。お互いがそれぞれに考えている義務はなにか。権利はなにか。アドバイザーは読み取る。電話相談系の番組もけっこうあるけど、互いの相性もある。情報が少なくて、とても見通しが立たない話も多い。

 あんまり知らないだけで、四十代や五十代、いやいやもっと上の世代でも、ぜんぜん余裕で恋愛を楽しんでいる人たちもいる。となれば? 恋愛相談も多い。けど年齢が一定を過ぎると、そこに家族の問題や財産絡みの問題まで絡んでくる。

 三十代や四十代から、交際相手の家族の話も出てくる。離婚済みや、他界された相手の連れ子の話も入るようになるし? いくつになっても奔放な人とか、金遣い問題とか。

 世の中はずっとたいへんなんだなあ。

 なんか、しみじみしちゃった。

 自由に選べるのは、付きあう人。

 でもそれが一生にどれほどの影響を与えるのか。局面ごとに自分がどれくらい対処できて、どれくらいの数だけ対応しきれないケースがあるのか。

 なーんにも!

 知らない。

 こどもがいながら、義務まみれになってさ?

 最初に頭がろくに働かなくなって。次に心がどんどん麻痺して、つらさに塗られていったら?

 そういう状況をわからずに「こどもがいるなら別れちゃだめ」とか「自分勝手かよ」とかって平気で言っちゃう人のひとことに、壊れちゃうことさえある。

 いや。どう考えても心穏やかに、協働的な環境下で過ごしたほうが自分にとっていいし、それでようやくこどもにとっていい自分になれるでしょ。

 仕事ばかり、たまに家に帰ってもろくになにもせず、周囲を責めて好き勝手にする他人でいる人が輪にいたら? マジでただの邪魔だし、そんな人ならいないほうがいい。

 なんだけど。

 自分はそうなってない?

 あるいは、そうなりたがってない?

 いま自分の身の回りに感じる義務から逃げたくて。

 そういう考え方に執着してない?

 どこかにそういう気持ちがあって、心が「んー!」と悩んでない? 見通しを立てられず、支えになりそうな枠組みが「自分勝手な他人でいること」しか見つからず、だけどそれじゃまずい気がして、なにかを我慢してない?

 どうしたいか、なんだよな。


「――……」


 金色を放ちながら、願う。

 あなたはどうしたいの? どうか教えて。

 私は教えてほしいな。あなたがどういう存在で、どういう願いをもって生きているのか。

 あなたが大事にしていることも。あなたが捨てられないことも。

 それで大変なことも。うれしかったことも。

 ひとつひとつ、じっくり話してほしいな。

 私を殺したい金色の男は、結局のところ、私を縛りつけ、留めようとする義務だった。

 だから言い換えてみよう。

 義務はストレスに接したとき、どうしようかと見通しを立てるためのソナーだ。

 危険はないか調べる。周囲に危ういストレス源はないか。

 義務そのものが大事なんじゃない。

 いまの私が肝心だと捉えるのは?

 義務が生じるに至ったなにかと、それを自分の権利を守ったまま乗り越えるための術。

 この場で例えるのなら?

 胃袋さんを、いかに私たちらしくお迎えするかだ。

 手を差し伸べる。

 取るかどうかは、胃袋さん次第。


「そろそろできあがる!」


 汗を散らしてファリンちゃんが吠える。

 ならばと私も締めに入る。

 お願い金色。

 光って星を届けて。

 ありったけの願いを込めて手を差し伸べる。

 呼びかけに応えるように、静かに神棚の扉が開いた。




 つづく!

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