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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百四十六話

 



 ゲートを抜けた先は明かりがひとつもない。

 暗いと訴えると、忍びである彼女たちは「霊子を視覚化する機能はないのか」と尋ねてきた。

 覚えがない。が、待て。住良木の実家が開発した撮影技術ではないか。

 それならあったはずだと機能を作動させると、どうか。


「――……うおお」


 黒い御珠がそこら中に浮かんでいた。

 のみならず、彼女たちからも、八葉カゲロウの身体からも黒いモヤが噴き出ては、御珠へと吸いこまれていく。

 ひとつで討伐に侍隊が総出で出動しかねないほどの厄災。

 だというのに、ここにはどうだ。

 数えきれないほどの御珠が浮かんでいるではないか。


「言うなれば邪の浄化通路」

「通路を抜けるものはもちろん、外に漂う邪と、それに連なる霊子を吸いこむの」

「さっき、大量の血とおぼしき液体がここに流れこんできた。それも瞬く間に、御珠に吸われていたけれど」


 まじか、と唸る。

 青澄の金色が血に変わった。

 それはここに流れ込み、御珠に吸収されたという。

 この空間が青澄の霊子を変えたというのなら、思い浮かぶ情報に限りが出る。しかし、青澄自身の振る舞いが契機となっていたのなら?

 青澄の金色は、邪に連なる可能性を示す。

 以前から、その兆候があったというのなら、だれかが気づいたはずだ。それこそ青澄の自宅に宿泊させてもらっているというカナタ先輩が、真っ先に突き止める。

 けど、そうはならなかった。

 なぜだ。わからない。

 それに血がここに流れて、俺が途中で通路に放り出されたのはなぜか。

 邪判定されなかったからか?

 だったらもうちょっと、丁寧に通路に運んで欲しかったのだが。

 だれに文句を言えばいいのかもよくわからないな。

 見方を変えれば、この空間に放り出されないよう助けられたとも言えるかもしれない。

 意思があるのかどうかもよくわからないのだし、いまここで態度を決める必要もないか。


「しっかし、多いな」

「何年分か。何人分の邪が結集しているのか。正直、見当もつかない」

「ビルの爆破がもしも、この空間にまで影響を与えていたら――……東京は火の海になっていたかも」


 笑えない。

 黒い御珠がひとつ出没しただけで、現世の犯罪率が地味にあがる。

 人の欲を刺激する。場にいる人たちに影響を与えるもの。

 だから侍隊は邪を討伐し、黒い御珠ができないように隔離世を警備する。

 けど、もしも黒い御珠の貯蔵庫があったなら?

 これは爆弾とは別種の兵器になり得るのではないのか。

 だったらビルの爆破などしておいて、なぜこれを確実に世に放たなかった?

 わからない。

 この空間の意味もそうだ。


「遊園地、なんだよな?」

「トンネルなの、ここは。言うなれば境界線」

「日常と非日常を分けるライン。現代でいえば、トンネル、あるいは川。周囲を山に囲まれた土地で暮らす人なら、山。その先に、別世界がある」


 星蘭の子はご機嫌だった。

 饒舌に続ける。


「空間をデザインする建築家たちは遊園地に仕掛けを施す。空間の分け目、変化。それが観客の心を誘導する。キミ、彼女いる? 遊園地デート、したことない?」


 煽るし掘ってくるねー! おい!


「あるけど、分け目ねえ。長時間待たされる遊園地に、待機する時間の区切りをつける演出だろ?」


 扉を抜ける。道を曲がる。明るい場所から暗い場所へ。あるいは、その逆も。ほかにも、曲が流れる。切りかわる。キャストやロボットが語りかける。他にも、いろいろと。

 コースター系は先客の悲鳴もいいスパイスだ。

 のぼる、くだる。スモークを抜ける。

 屋内型コースターは設計がしやすそうだ。屋外じゃ無理かというと、そうでもない。コースターの周辺のデザイン次第だ。そもそもコースターそのものだって、そう。速度、高低、切り替わりは人に緊張を与え、次の変化で緊張を刺激する。

 激しいコースターはすべてが終わったあとの緩和が、得も言われぬ感覚になる。そういうコースターで、激しい動きが始まる前に延々と、果てしなくさえ思える高さにゆっくりのぼっていくときの緊張感はたまらない。それはうねりを見せる連続スライドに突入したときの緊張感とも、急カーブに身体が押し流されて感じるGへの緊張感ともちがう。味わい方次第だけどな。

 そういうのを楽しみたいヤツもいれば、そうじゃないヤツもいる。

 コースターそのものに緊張するふたりがいて、ひとりは乗りたいし楽しみたいヤツ、もうひとりはそもそも乗りたくないし生理的に無理なヤツ。ふたりの緊張が同じとは思わない。

 空間の切りかえによる緊張もそう。


「短いと助かるんだが」


 好みではないぞ?

 わくわくする気持ちは永遠に続くわけじゃないからな。


「すこし歩く」

「ちゃんとついてきてよ?」

「へいへい」


 ふたりに続いて進むが、黒い御珠の数は減らない。

 数える気にもなれなかった。

 天井から吊るされたカゴに山のように積み上げられていたり。ふわふわと漂っているものがずらりと並んでいたり。たったひとつでも刺激して、ここで暴れられたら困るというのに、星の数ほど存在するのだから。

 この空間に漂う霊子は漏れなく邪なのか。

 暗く見えているだけで、ただただ欲望の霊子が凝縮された場所というだけではないか。

 いずれにせよ気味が悪い。


「貯めこみすぎじゃねえのか?」

「こんなに大量の黒い御珠を抱えているのに、いきなり開けっぴろげになられても困る」

「そりゃあ――……そうだけどよ」


 時雨はつれない。星蘭の子もそうだ。

 さっきまでご機嫌だったんだし、もうちょっと気軽に軽口を叩いてほしい。


「じゃあ、ここはどうなるんだよ」

「さあ」

「私たちの任務じゃないから、知らない」


 おいって声が出かかるけど、言っても意味がない。

 俺たち三人そろって、この空間を訪ねてきただけだ。


「あえて想像するなら、ひとつ出して壊すという作業を繰り返すしかない」

「そんなの愉快じゃないでしょ? なら、考えない」

「あるいはこれだけ凝縮された欲望を、現世の人に戻すか。それならここは片づく」

「そんなことしたら、それはそれで大騒ぎになるだけだって」

「それもそっか」


 しんどさを貯めこんだ場所。

 だれかのままならず、叶えられなかった思いの集まる場所。

 そもそも、御珠の数が多すぎる。

 もう既にこの世にいない人の霊子や、年老いて忘れ去った人の霊子さえ、行き場も帰る場所もないままここに留まっているかもしれない。

 悩みが尽きないな、このあたりで留まると。

 視点を変えよう。

 この場所の特性を知っていたら、自分はどう扱うだろう。

 ビルを爆破するような連中なら、どう扱おうとするのだろう。

 用途は単純。周囲の邪を吸い取る。

 言うなれば、空気清浄機ならぬ霊子清浄機だ。

 こいつがあれば?

 周囲の邪が吸われていく。侍隊に気づかれる可能性が、ぐっと減る。

 侍隊に気づかれるような、邪が継続的に発生するようなことをするとき、なんと! これさえあれば! 隠れて作業ができますよ!

 犯罪者向けの通販番組があったら、誘い文句はこんなところか。

 では一歩、先へ進めてみよう。

 邪が発生しなきゃおかしい規模の犯罪ね。

 巷を騒がせる連続殺人事件に、似たような情報を聞いた。

 でも、それだけか? そもそも現状で殺人事件と結びつけるのは安易すぎる。繋がりを示す情報がない。調べてみる動機にはなるが、決め手に欠ける。

 ただし、もしもこの空間が関係しているのなら?

 ビルの爆破はどういう意味を示す?

 なぜこの空間を残していく?

 意味はあるのか。それとも挑発か?

 それらにこの空間を置いていき、なんなら破壊するだけの利点があるのか。

 もしもないのなら、どういう人物像が思い浮かぶのか。

 結局、決め手がないなあ。

 この空間がなにをしているのかはわかったが、生きているのか?

 俺の呼びかけに応えてくれたが。

 そういうことなのか?

 黒い御珠が数えきれないほどある危険な場所だからいますぐ出たいが、同時に心のどこかで「放っておいていいのかよ」と思わずにいられない。

 さりとて、ふたりの言うようにいますぐどうにかする術が浮かばない。

 悩みを抱えるとき、とっととだれかに話しちまえっていうのはさ。

 だって、この場所みたいに心がどうにかなっちまうからだろ?

 なら、やっぱ。

 放っとけないよな。


「早くきて」

「連れ込まれた人を助けるのが先」

「たしかに」


 優先順位は忘れずに。

 下調べと思っておこう。

 状況をつぶさに報告したいが、ヘルメットから聞こえる音声は相変わらずループし続けている。遊園地にお入りの際は現実との通信をお切りくださいってか?

 いや、それだけじゃないな。

 現世の欲望としがらみはどうぞ、こちらに置いていってくださいってとこか。

 じゃあ、置いていかれた欲望やしがらみは、だれが、どうするんだよ。

 おっかねえぞ?


 ◆


 立って、歌う。

 それだけでいろんな感情が噴き出てくる。

 歌うだけで、陰口は叩かれる。ぽっと出のくせに、とか。会社のごり押しがなきゃ、とか。それでなくてもバンドメンバーの三人がいなかったら、話題性がないとか。歌だって、実際にはしょうもなくてたいしたことないとか。

 ちっちゃい頃にはドラマで目にする新人アーティストへの陰口の矛先が、いまじゃ自分に向かう。

 記憶のぶんだけ、心に障った刺激のぶんだけ、刀が出てきて私に斬りかかる。

 だれより私がわかってる。私が自分を認められないのだから、だれかの陰口は私をうたがう私の武器になる。材料になる。

 ぽっと出なのにそこそこ売れて、ぽっと出なのに大きなハコでライブをやって。席もきちんと売れて。当日は満員御礼で。でも、それ全部、私ひとりじゃとてもできないことだから。

 私を斬る刀は尽きない。

 停滞も、やや下がる数字も、それだけで一気呵成の勢いを刀に与える。

 その刀を、私じゃないだれかが持っているのなら。

 もしも大勢が上へとあがっていけない環境のせいなら?

 私が私を殺すんじゃないということにして、自分から切り離せる気がする。

 ずっと自分が敵なんて、そんなのつらくてたまらないからさ?

 切り離したい。

 だれかのせいにして、それを責めていたい。

 地雷原の中、自分を貫く刀まみれになりながら生きていたくない。

 こんなの、居るのがつらくてたまらないよ。

 仕事をしているだけでもそう。学校でも。

 放つ金色の中に人の輪郭が浮かぶ。

 男の人だ。だれの顔ともつかない。ただ、攻撃手段が刀だけじゃなくなる。

 より激しさを増す軌跡。本数を増やし続ける刀。

 繊細な飴細工のように割れるとしても、当たれば痛い。

 構わず、抗う。

 歌い続ける。

 よせって、だれかが制止する。

 でも、聞けない。

 私はいま、真剣勝負の真っ最中なんだ。

 あいつが悪い。これがだめ。だから自分は悪くない。それで済ませてしまいたい。ああ。それでいいじゃんか。そう思うほど、苛烈に男が責めてくる。時折、顔が私によく似て見えた。私を殺し、飲みこんで、成り代わろうとする逆位置の自分。逆位相の私。歌うのが私なら、彼は侍だ。武士で、男だった。

 まるで私の欲望そのものだ。

 刀を持て。攻めてしまえ。壊してしまえばいい。自分の思うように変えてしまえばいいじゃないか。支配してしまえば、それが一時であろうと、己の思うままになるのだから。

 さあ。さあ。さあ。さあ!

 従え、と。

 彼は刀を振るい、私を責めつづける。


『春灯!』


 心に宿る十兵衞が訴える。

 堪えられぬ。見過ごしておけぬ。

 助けさせてくれ。せめてかわすか、いっとき消してしまおう。

 見ていられぬ。あまりに惨いではないか。

 彼は私を動かそうとする。


『ならぬ!』


 タマちゃんは止める。

 決して貫かれることはない。そんなことは断じて許さない。

 痛かろうと、つらかろうと、ここは意地の張り時だと訴える。

 悩むほど、考えるほど、男の姿が鮮明に変わっていく。私と変わらず尻尾を生やした狐憑きの男。陽が陰を責める。執拗に居場所を奪おうとする。

 彼は天に浮かび、地に立つ私を圧迫しようとさえ試みる。

 砕け散った刀は数知れず。地面に落ちて木となり、燃えて火を生み、灰となって土へと変わり、金色や朽ちた刀の破片に吹かれて鈍く輝く金属を残し、水滴が浮かぶ。その水が、新たに生えた木を育てていく。

 隔離世のひとときのまやかしに過ぎない。

 わかっている。

 けれど、なにをしているのだろうと悩む。

 歌詞に込めたことばのひとつひとつに連鎖して浮かぶ世の無常や私の未熟を武器に、私の弱さを彼が責めてくる。


「さすがにこれは――……」

「トシさん、さすがに!」

「止められねえだろ! あいつが歌ってる限りは!」


 ナチュさんとカックンさんの悲鳴が聞こえる。

 それでもトシさんは意地を通している。悩みのあまりにか細くなる意地でも、いまは頼りだ。

 止まれない。ここで止まったら、私が露わにしつつある目の前の別の自分に打ち負かされて、二度と立てない気がして。

 ふんばれ、ふんばれ、と自分に言い聞かせる。

 それもどんどん限界に近づいてくる。

 金色の向こうで、ファリンちゃんが舞いを続けていた。彼女の両手の指先に追随していくように金色が二股に分かれ、瓦礫の山へと向かう途中で編み込まれていく。

 太くて巨大な金色の綱が、ビルの跡地を囲っていく。のみならず、柱を立て、複雑な文字を描いた箱を作ろうとしていた。

 金色は無駄じゃない。

 私の意地は、絶対に、無駄なんかじゃない。

 金色の全部が全部、私を責めるだけのものでもない。

 無駄じゃないから、届くなにかがあるから、ファリンちゃんは舞いを続けている。瓦礫の山に、その先にいる胃袋さんをお迎えするためのものができあがっている。

 ここは。

 意地の。

 張りどころ。


『だがな!』


 十兵衞が焦れて怒鳴る。

 わかる。

 いまにも折れそうだ。痛くてたまらない。

 目の前に見える陽の私が、彼が、声を発したら?

 どれほど私は自分をなじるだろう。

 見苦しくて、みんなの力がなきゃろくなことひとつできやしない。

 恥ずかしい失敗をする。頭でっかちになって人の話が頭に入ってこなくなる。

 唐突に行動し始めて、周囲を驚かせる。悪い意味で、とつくことばかりしてきた。

 みっともないから、やめろ。

 もういいだろ。だらだらと。こんなの。

 意地を張って、そんな自分を続けてなんになる。

 愚かな自分を曝すばかりじゃないか。

 いい加減やめろ。うんざりだ。

 そう、彼が私を苛烈に責めてくる。

 折れても折れても、私の頭めがけて執拗に刀を振り下ろす。

 おでこで受けながら、めまいがするし、だんだん目の前がよく見えなくなってくるけれど、それでも留まる。

 だって。

 どんなに見苦しくても、情けなくても、これが私なんだもの。

 痛くて、みっともなくて、恥ずかしくて、ださくて、気持ち悪いとこがやまほど見つかっても。

 結局やっぱり、自分を諦めきれないんだもの。

 手放せないよ。

 無理だ。

 選べない。

 だったらもう、とことん愛するしかないでしょ。

 現世で執拗にしばかれてるのなら? 早く助けて! ってなるけどさ。

 ここは隔離世。心が形になる場所。

 私が出した自分の心の力の一部が私を責めてるだけ。

 自己嫌悪。責めずにいられない気持ち。他にもいろいろと。

 そういう欠片が集まって、私に刀を振り下ろす。陽の姿となって。

 いまの自分の未熟も。いまの自分の不満や怒りも。

 私を否定するために武器になりそうなものなら、それこそ顔も知らないだれかの悪口や陰口という形でのストレス解消依存でさえも、刀に変えて私を責める。苛もうと必死になるんだ。

 ありったけの力で、自分をきらおうとするの。

 怯える心はどんどん縮こまる。

 元気を失う。なにもできなくなる。

 そりゃあ、つらいよ。

 でも、そんな声に自分を委ねられないよ。任せたくないよ?

 いてもたってもいられなくなったともだちがひとり、またひとり、ステージにあがってくる。刀を止めようと。私の歌はそのままに、どうにかできないかと近づいてくる。

 笑って、だいじょうぶだからとジェスチャーをするけど、みんなが不安そうだ。遠くでぷちたちの泣き叫ぶ声さえ聞こえる。

 ごめん。ひどくてしんどいもの見せて。こわいよね。不安だよね。

 だいじょうぶだって、笑ってみせるけど。

 こんなのじゃ、ぜんぜん足りないよね。

 そんな気持ちさえ、彼は私を責める材料にする。

 下ろせないんだ。

 一度かかげたら。

 責める気持ちも。刀も。

 ひとりじゃ下ろせない。

 そっちのほうがよほど悲劇だ。

 ただ責めることに依存して、それで保てる自分って、なあに?

 それが本当に望みなのかな。

 私にはとても、そう思えないよ。

 じゃあ、責めることで、いったいなにから目を逸らしているのかな。

 愛せる自信がないこと?

 愛されそうになくて不安なの?

 あるいは、愛するに足りることばかりじゃないって?

 愛されるにはもう、やり直せないようなことをしてしまったから?

 どうだろう。

 全部ありそうだ。全部なさそうでもある。

 どうでもいいんだ。

 怖くて泣いているこどもみたいに、責めなきゃ守れないものを抱えている。

 自分自身を相手に。自分自身で勝手に躍っているようなものだから、どれほど間抜けに見えるだろう。

 自傷行為に似ていて、滑稽よりも奇異で怖くさえあるかもしれない。

 それでもみんな、駆けつけている。

 私の意地を感じて、演奏し続けてくれている人もいる。

 歌はやめない。

 意地を通すほど、彼の攻撃が大振りになっていく。

 金色から生じる刀は増えるけれど、彼が掴めず取りこぼす本数が増えていく。

 目に猛烈な刺激を感じて片手で拭ったら、血だった。

 気づけばキラリやカナタに両脇を抱えられて、支えてもらっていた。

 ふたりとも、私をマイクから遠ざけられたはずなのに、強く男を睨んでいる。

 負けないぞって。

 エモさに流されちゃってるのかな!

 いいや。いいさ。こんなことに付きあわなくて。うれしいし、助かるけど。危ないよ。

 そう思った途端に、彼は癇癪を起こしたように両手を振り回した。

 彼の手から噴き出た金色が、キラリとカナタを吹き飛ばす。すぐさまトモとマドカが変わった。うるさい、邪魔だと彼はまたしても金色を放出する。

 心が悲鳴をあげる。胸が痛くてたまらない。

 ああ。うん。

 そうだ。

 みんなが好きで、大事なのに。

 どこかで頼り切れなかったり、繋がろうとしきれない私は弱いよ。

 彼が私の陽じゃなくても、私が私をきらう心なのだとしたら、そうするだろう。

 人を拒絶する。ひとりにして、と願う。

 だめなの。

 自分を嫌うのに必死で、夢中で、みんなのささやかな言動を武器にしちゃうんだ。

 そういう瞬間が、たまにある。心がくたびれてるとき、大きなやらかしをしたとき。

 私の実力は、だいたいが運のうちなんだと気づいたとき。

 それぞれの運や気持ちを軸に集った人たちの気持ち次第なんだと気づいたとき、私を嫌わずにいられない私自身が囁くんだ。

 こんな私のそばに、ずっといてくれるはずがないって。

 でも、それで追い払うのはちがう。

 暴走した心は、だけど、理屈もなにもなく、暴力的に支配しようと試みる。

 そう考える私の暴力性の化身なのだから、彼はだれかが私に触れるたびに暴れる。

 ひとり、またひとり、来てくれても、彼はそのことごとくを退けた。


『それでも、なのか!』


 それでもね、十兵衞。

 私は彼を斬らないよ。

 だってそれは私の中にある執着なんだ。

 私が囚われているもの、ひとつひとつの集まりに過ぎないんだ。

 いまのだめで情けなくて恥ずかしいとこがやまほどあるのに、見苦しく続ける私自身を「まあ、そんなもんだ!」と受け入れるのなら?

 もしかすると、叶わない願いがそこにあるだけなのかもしれない。

 私の歌がすごくて、聞いた人だれもが聞き惚れて、それは音源になっても一緒で。だから飛ぶように売れたとか。広告なんかなくても、だれもなにもしなくてもライブのチケットが売れたとか。

 そういうちびの頃に夢見たカリスマには、なれなかった。

 学校にたくさんのファンが押しかけてくるとか、ないし。

 仕事で出会う人たちみんなが優しくて、ちやほやしてくれてさ?

 がっぽがっぽの収入で! みたいな。

 そんな、夢がさ。

 たくさんの人に知られるって、たくさんの人が漏れなく愛してくれること! みたいな。

 そんな、希望がさ?

 叶わなかった。

 みんなの現実の一瞬一瞬が重なっていて、たくさんの人の時間と思いが集まってできることがあるとしてもさ? その中には「なんでこんなことしてんのかなあ」とか「あー、めんど」とかもあるし。

 会社はみんなにお金をがっぽりくれるべき! なんて、そんなこともなく。慣習や縛り、売り上げに右往左往してたり、もっとひどい状態になってるとこもあったりする。

 当たり前のことに、わりとがっつりショックを受けてた。

 ひとつひとつを飲みこんで、それでも仕事をするし、してきたよ?

 こんなもんだよなあと思ってもきた。

 もっと世の中、マシだと思ってたのに、そんなことない! ってうんざりしてもきた。でもしょうがないと思ってもきた。

 でも、これなら変わるかも? とか。私がうまくいった、ならあの人だって! とか。

 うまくいかなかった。

 そういう当たり前にある失望の中には、無視できないものもある。

 大事に思うほど、強く願わずにいられないことがあるよ。

 うまくいかないほど、自分がいやになるんだ。

 ぷちたちとの時間を長い間、受け入れられなかったせいで、あの子たちをどれほど傷つけてきたか。いまだって、私はあの子たちに駆け寄るより、意地を通している。

 私が私を捨てられなくて、止められない。

 理想どおりにいかない。無理だ。その事実が、地味に私を打ちのめす。

 自分がぷちたちを傷つけ続けていることから受けるダメージは、語れない。

 それでも、ここを離れられない。

 なんでもすべて、完璧にはできやしない。

 思いどおりにしようとするのが、そもそもむりだ。筋がちがう。

 私は私ひとりでできてるんじゃない。人がひとり生きるのに、どれほど多くの依存が必要か。

 彼が下ろせずに振るう刀は、暴力にのみ依存している。

 学んできたから、見えてくる。

 だれかが記してくれた本。多くのだれかが集まってできあがる、書籍。だれかが運び、だれかが紹介し、だれかがいいねと教えてくれる学びに触れて、知ったんだ。

 いいじゃん。べつに。

 運に抱き締められた、いまの私のささやかな実力くらい。

 いいじゃん。べつに。

 私ひとりでなんでもできるはずのない、みんなと繋がってやっとできるのって。

 だからいいよ、べつに。

 振り下ろさずにいられない思いがあっても。

 みんなと繋がっていると、ふとした瞬間に、ふっと溶けてなくなっちゃう日がくるよ。

 ひとりになったときに姿を現して、心を乱してきたとしても。だれかといて、なにかが起きて刺激されて心が暴れ出したとしても。

 だいじょうぶだよ。やがて、過ぎるよ。

 刀を手にして、だれかに斬りかからないで。

 そういう気持ちがあっていいよ。認めていいし、許していいよ。

 自分の心の鞘におさめて、深呼吸してしまおう。

 いつか話せたらいい。

 そう思い浮かべたら、気持ちがどんどん和らいできた。


「春灯!」


 カナタが叫ぶ。

 大上段に構えた陽の彼が、刀を振り下ろす。

 笑って見つめた。

 頭をかち割って殺す気迫に満ちた一撃は、私の額に当たる前に砕けて散った。

 彼の姿さえも、霧状に散って消え失せる。

 刀の破片が起こす木火土金水の相生の変化も。


「だいじょうぶ」


 そう告げて、歌い続ける。

 私が嫌いでもいいよ。許せないことがあってもいいよ。

 ひとりでできないことがある。そんなのいやな私でいいよ。

 ままならないけど、ひどいこともどこかで起きているけど、それでもこの世界が好きだよ。

 ひどいことをするし、みっともなくて恥ずかしいことをする私だけど、それがいまの自分だ。

 もっとできるはず、そうならなきゃだめ。焦って否定するほど、自分を責めちゃう私だ。

 なにかを斬り、血を求める刀の私を納める鞘は?

 だいじょうぶだよと留まれる場所。心の置き所。構え。その、ひとつひとつだ。

 願い求めるほど、執着が生まれ、囚われる。

 納得した。

 会得にはほど遠い。

 ただ、鞘を扱う術のひとつを見つけた。


『こんな場で試さずとも』


 十兵衞、ごめんね。気を揉んだよね。

 タマちゃんはどう? 信じてた?


『五分』


 意味はあるまいがと彼女はつれない。

 けど、実はいまだれより安心しているかもしれない。

 けしかけて、だめだったら、きつい。

 私は信じてくれてたと感じるから、気にならない。

 さて。

 ほんの少しだけど、吹っ切れた。


「ファリンちゃん! キラリたちの霊子も必要!?」

「あれば助かる!」

「だって! ほらほら! 話はあとで! 仕上げに景気よくお願い!」


 みんなに願う。

 私よりもよほど感情が沸騰しているだろう顔が目立つ。

 それだけ心配してくれたのだと感じるよ。

 いつも、ごめん。

 振り回してばかりで、ほんとに。

 ただ、ごめんよりももっと伝えたいことばがあるから、そっちを言わせて?

 ありがとうって。何度言ったって、足りないからさ?

 何度だって言っていきたいんだ。

 そのためにも、まずは胃袋さんをお迎えして!

 ばちっと幕引きしとかないとね!




 つづく!

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