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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百四十四話

 



 ステージで溺れている。

 息が吸える。空気は豊富。なのに吸っても吸っても、間に合わない。

 トシさんが支えてくれる。マイクスタンドを掴んで、踏んばろうとする。

 膝が揺れた。力がろくに入らない。

 なのに身体中の水分が抜け出していく。冷たく、じっとりと。身体中をどんどん冷やす。

 真夏なのに凍えそうだ。

 金色はもはや私の意思と関係なく、身体中から勝手に飛び出していく。

 量に限界はないのか。

 なにもないところから生まれていくものなのか。

 ちがう。

 出ていけばいくほど、意識が遠のいていく。力がどんどん抜けていく。

 ファリンちゃんは。金色は使えているのか。術は成っているのか。

 見えない。眩しくて。

 まともな状況とは思えない。

 あと、気が遠くなりそうなのに、それでも匂う。

 おならみたいな匂いなのがふざけてる。

 気が抜けてて笑える。


「――……ふんばれ」


 呟いて、歯を噛みしめた。

 鼻で思いきり息を吸う。めっちゃくさい!

 それでも気合いを入れ直して、姿勢を正す。

 全身からさらに汗が噴き出た。

 構うものか。


「ふんばれ、私。だいじょうぶ、できる」


 だからふんばれ。

 自分に檄を飛ばして、気合いをさらに込める。

 丹田に力を。

 呼吸を整えろ。恐怖に惑わされるな。気持ちはわかる。

 でもだいじょうぶ。ふんばれば、だいじょうぶだ。

 根拠はないけど、ある。

 ふんばればできる私を信じて、リズムを数えながら呼吸する。

 音ならあるんだ。だいじょうぶ。

 遅れてずきんと胸が痛む。心臓のあたりが、猛烈に疼く。

 トシさんがすぐそばで一瞥をくれる。

 うなずいてみせた。

 それですこし、距離を置いてくれた。

 蛇口の栓が全開になって噴出するような勢いで、金色が出ていく。

 いますぐ栓を閉めて制御下に置かないと、曲の終わりまでもたない。

 なんで壊れた? 知るか。

 どうしたい? 止めたいんだ。

 どうしようか。

 まるごと変える?


『どうせ変えるなら、注文がある』

『よせ』

『時がない。刀にせよ』

『急くな』


 タマちゃんが笑うような声で提案し、十兵衞がことのほか必死に止める。

 いつもなら、十兵衞に問う。

 けどいまはだめだ。急がないと気を失う。

 お膳立てがすべて無駄になる。

 それはいい。

 正直、それくらいで済むならいい。

 怖いのは気を失っても金色が出続けることだ。

 心の力が勝手に出ていくいまの状況で気を失ったら? どれほど周囲にみんながいても、助からない気がする。私が無事でも、ぷちたちに悲惨な影響が出るかもしれない。

 だめだ。絶対に。


『やめろ!』

「変われ!」


 ごめん!

 刀になれと、そう願った瞬間に、身体中が貫かれた。

 錯覚だ。ただ、胸に三本、右目に一本。首回りに二本、太股や脇腹、両腕に九尾の尻尾まで、刀が私を傷つけていた。

 痛くない。けど、理解した途端に悲鳴が出た。

 出たはずだったんだ。なのに、息さえまともに出ない。

 おならのような匂いが一気に血の香りに変わる。

 金色はでなくなった。代わりに私の身体中から鮮血が噴き出ていく。

 ステージも、その周辺さえも染め上げた金色が、一気に赤い血に変わるんだ。

 致死量だ。どう見ても。人ひとりに存在する血液量を超えている。

 喉元からせり上がって咳をした。口の中が液体でいっぱいになる。なのに咳が止まらない。

 背中を反射的に丸めようとした途端に、激痛が走った。

 遅れてくるのか。出血量がさらに増す。


「――……」


 現世のできごとじゃない。

 これは、私が、変えたんだ。こういうイメージなんだと。

 刀に変えたら私に刺さってるって、なんだ。

 息をしようにも、入ってこない。喉に刺さった刀のせいだ。

 実際に刺さっているんじゃない。

 アマテラスさまがお世話してくださっているからって、私は人間だ。

 そこかしこが鮮血に染まり、おならの匂いは消え失せて咽せるような鉄の香りに包まれる。

 おならで済ませておけばよかった、というには手遅れ。

 貫かれた箇所が熱い。それに、かゆい。疼痛に似てる。かきむしりたいのに、僅かでも動くと痛む。じっとしているのもつらい。支えを求めて、スタンドに手を伸ばそうとした。重たい。それにわずかに動かしただけでも激痛が走る。

 気を失いそうだ。なのに痛みで意識が繋がっているのか。

 よくわからないし、わかりたくもない。

 気がついたらスタンドが遠い。血で汚れてしまった。

 ごめん。

 それでもどうか、持たせて。

 そう願って手を伸ばす。震えが止まらない。

 あと、すこし。

 あと、ちょっと。

 指先がかかる、その直前。

 ステージを濡らす血だまりから、刀が数えきれないほど生えてきて、腕を、手を、そして身体や尻尾のまだ無事な部分を貫く。貫くことができなかった刀が、寄れば斬るぞと刃を私に向けていた。

 身動きが取れない。

 さらに血が飛び散る。

 我ながら、まだ生きてることが不思議で仕方ない。

 痛みさえ勘違いかもしれないと期待して指先を動かしたら、さらに刀が増えた。今度は足元の血だまりから。もうどこにどんな形で刺さったのか、その本数はどれほどかを考える気にもなれなかった。

 動けない。

 それに、ほんと、嘘みたいに痛い。

 息ができない。

 ステージの上で、溺れている。

 真夏なのに、凍えるよ。

 熱がどんどん出ていってしまう。

 右の視界がない。左目で見ると鍔と柄が見える。よほど深く貫かれたわりに、生きている。

 けれどその上をやられたら? 私は考えられるのだろうか。

 曲はどうなった。

 耳鳴りがする。よく聞こえないんだ。


「――……」


 声が出ない。

 ああでも、やっぱり現世のできごとじゃないぞ?

 悠長に考えてるもの。

 ただ、痛みはある。それは本物だ。

 血は? 金色を化かしたもの。

 血から飛び出る刀は? それもやっぱり、私の心にある思いだ。

 すると、なんだ。

 私はここまで自分がきらいか?

 おいおいおい。冗談じゃないよ。

 左目がかすむ。目をぎゅっと瞑り、時間を置いてから開ける。それでもぼやけるからまばたきを繰り返して、周囲を見ようと努める。

 それでわずかに、見えた。

 血相を変えたカナタたちの顔が見える。ファリンちゃんも。

 頭だけ動かして、ふり返ろうと試みた。ろくに動けない。それでも、トシさんとナチュさんの姿がかろうじて見えた。ふたりとも無事だ。周囲に見える他の人だって。血に濡れてしまったけれど、でも、刀はただ私だけを刺していた。

 カナタたちのそばにぷちたちが見える。みんな無事だ。

 ほんとによかった。

 ほんとに。

 みんなの向こう、テーブルあたりに赤い壁が見えた。カナタが食べものを咄嗟に庇ったのかも。正直、たすかる。

 私だけが貫かれている。

 動くと?

 刀が出てくる。

 動けば?

 痛みを感じる。

 自分がきらいなだけじゃない。

 ここまでへこんでたなんて。

 気づかなかった。

 便利使いしていた金色がよもや!

 もう無理だって悲鳴でできていたなんて!

 考えもしなかった。

 でも、これは、たしかに私の心だ。

 引きこもりたくて仕方なくて、下手なこともできず、挑戦なんかろくにできやしなくなって、萎縮しきった私の心そのものだ。

 あらゆる行動が自分をきらう材料となって、あらゆる行動に痛みを感じる。

 私の心持ち次第というなら? それはそう。

 だけど、でも、事実、痛いのだ。つらくてたまらないのだ。

 心を動かそうとすればするほど、もう無理だと動けなくなる。つらくて痛くてたまらなくなる。


「――……」


 唇を動かそうとした。

 しゃべりたかった。けど、声にならなかった。

 恥ずかしくて情けない、呼吸にならない音がするくらい。

 それさえろくに聞こえない。


「――……」


 だが、続ける。

 ふんばれ。

 だいじょうぶ。


「――……」


 できるよ。

 だいじょうぶ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 涙も鼻水もよだれも、ほかにももろもろ出てそうだ。

 ぷちたちがこっちに駆けつけようとしているけれど、キラリやマドカたちが集まって必死に抱き留めていた。止めてくれて助かる。いま来られたら、どうなるのかわからない。

 あまりにショッキングな光景だろう。

 それに死にかねない状態だ。

 十兵衞が止めるのもわかる。

 だけど、タマちゃんが促した理由だって、あえて教えてもらわずともわかる。


「――……」


 喉がだめ。声が出ない。歌えない。

 自信がないから。

 ことばを選ぶ、そのセンスも。

 それを伝える抑揚や語り方も。

 情感、情念。こめて歌い上げる、その歌唱力も。

 なにもかも、自信がない。

 痛みがそこら中から私を苛む。そう感じるから、身動きが取れない。

 そして事実、すこしでも動いてみたら? だいたい、いやなことが起きる。

 思いこみに過ぎないとしても、ね。

 拭い去れない。

 この感覚は、簡単にはゼロにならない。

 見た目は派手。ほんとに死にそう。

 でも、こんなみじめな自傷を続けていたいわけじゃないんだ。


「――……」


 ふんばれ。

 だいじょうぶ。

 できるよ、私なら。

 左目を閉じる。


『鞘よな?』


 タマちゃんの呼び声に、ふんばる力が増す。

 そう。私を貫く刀に鞘を。恐れて自分を痛みで繋ぎ止めようとする刀に、どうか鞘を。

 まともに見たら、つらくて怖くてたまらないことばかりだ。

 痛くてたまらない傷口も。直視したら気絶しそうな惨状も。

 痛みに繋がるよりも、だいじょうぶなことに繋がろう。

 道筋ならもう、何度だって考えた。

 飽きるくらい繰り返して、おかげですぐに思い出せるんだ。


「エンジェぅー!」


 ツバキちゃんの声が、最初に聞こえた。

 どんなにめげても、どんなにしんどくても、あの子が好きでいてくれた。

 それがどれほど私を救ってくれたろう。

 おかげで学べたよ?

 つらいけど、いまこんなんなるくらい無理してきたけど!

 よーく!

 がんばった!

 すごいじゃん、私!

 じゃあさ?

 無理するんじゃなく、したくてたまらないことをして、みんなとつながれることをしたら?

 もっとすごいことができるよ?

 だいじょぶさ!

 そう確信できるの。

 この思いが、自己嫌悪の刀をしまう鞘だ。


「――……ふぅ」


 息が、できた。

 つらいことやしんどいことよりも、自分をきらいにならずにいられないことよりもね?

 うれしいことをしよう。

 たのしいことをもとめよう。

 自分を好きになれることから始めていくぞ。

 みんなを好きになることを始めていくぞ?

 準備はいい?

 ふんばれる?

 愚問でしょ!


「こどもの頃に夢を見たの」


 両目を開けた。

 右目を穿つ刃は消えていた。

 マイクに近づくべく、足を前に踏み出す。

 血だまりから刀は出る。私を留めようとする。

 不安は簡単には消えない。恐れも、怒りもそうだ。

 そのとおり!

 認める!

 そうして私がもうこれ以上きずつかないように、守ってくれていたんだ。

 私がもう二度とつらい目に遭わないようにしてくれていた。

 過保護だと怒る気にはなれない。

 ありがとう。

 助かったよ。

 でももう、疲れたでしょ?

 いいよ。どうか休んでいて。

 ここからは私に任せて。

 そう、恐れや不安をなだめて、構わず足を前に踏み出す。

 刀が割れて、溶けていく。

 飴細工のように。見た目の割りにもろく、パリパリと音を立てて砕け散り、最後は金色に戻っていく。

 いまや視界は開けた。


「つらくて涙する誰かを助けるヒーロー」


 もはやステージで溺れることはない。


「英雄に憧れすぎて諦める。現実だけが否定する」


 マイクのスイッチは入っていない。

 血に変わったときにショートしたのか。

 構わないさ。

 どんなにだめだと、自分自身が恐怖し止めようと私は進むんだ。

 だって、見えているから。


「なれるよ! たった一言が僕を何かに変えてくれるから」


 思いきり息を吸いこむ。

 トシさんが「おい!」と怒鳴る。

 楽器類もやられちゃったかも。スペアに切りかえるくらいの準備はしてあるさ。

 いい。最後までアカペラだろうと突っ走るぞ?


「お願い金色! 光って星を届けて!」


 右手を掲げる。あたりを濡らす血だまりすべて、刀になって私を刺してみろ。

 そう念じて化かしてみせると、待ってましたとばかりにあたり一面の血が空中に浮かんだ。

 みるみるうちにおびただしい数の刀へと変わっていく。

 漏れなくすべてが私の右手を目指して、勢いよく放たれる。

 けれど穿つことはない。

 けっこう、すっきりしちゃったんだ。

 納得できた。

 自分を自分で殺さずにいられない、刀畑を見て。


「僕は変われるって叫びたい心、どうか伝えて」


 まずは自分自身に伝えられなきゃ、だれかに伝えるどころじゃないや。


「お願い金色! 光って星を届けて!」


 みるみるうちに、血が消えていく。

 右手にやまほど衝撃を感じるけれど、でも、痛くはない。

 勝手に砕け散って、金色に戻っていくだけ。


「ひとりぼっちな僕から始めるから」


 どうか。


「見守っていて」


 願いながら、今度こそと意識して指鉄砲を作る。

 けど、鉄砲を撃つ気はない。

 ファリンちゃんに目配せをした。

 たぶん、これまでの金色じゃろくに役に立たなかったんじゃないかな。

 だから私が独り相撲をした格好で、ろくに変化はない。

 おかげでめっちゃ恥ずかしい!

 おまけにめっちゃ情けない!

 ついでにいえば、勝手に瀕死になって勝手に元気になってる私、忙しいやつだなあ!? めんどくさいやつだぞ!?

 でも、いいんだ!

 スマートにやれることじゃなかったさ!

 いっつも突貫すぎるんだけども。

 いいのさ。

 タマちゃん、ぜったい狙ってたでしょ。いつか機会がきたら、仕掛けようって。


『唆したな?』

『さてさて』


 十兵衞がだいぶ抑えた声を出している。

 対してタマちゃんは上機嫌。

 ふたりとも揉めないでよ?

 これまでしてきた考えごとも、勉強も、今日の土台になったとわかった。

 めっちゃ得した! だからだいじょぶ。

 さあ、急ごう。

 替えの楽器の用意が間に合わない。

 間奏がないのに黙っていちゃあ締まらないでしょ?


「これなら使えるかな!?」


 ファリンちゃんに向けて、指鉄砲を作って立てた親指を、前に突きだした人差し指につけた。

 私のイメージ通り、人差し指から金色が液体のように放出される。

 じょわーとファリンちゃんの手前に無事、放水できた。

 よしよし!

 この霊子なら、きっといけると思うんだ。

 気が晴れた!

 情けなさも恥ずかしさもわかったさ! 自己嫌悪分もね!

 ちょっとはマシになったはずさ!

 そう思ってドヤっていたんだけど、なんでかな?

 みんなの顔が引きつっていた。

 どこを見渡してもそう。

 替えのギターを引き取っていたトシさんが、ドン引きの表情でずかずか近づいてきてさ?

 顔を寄せてささやくの。


「金色の水って、それもうしょんべんにしか見えねえから! 他のにしろ!」

「――……」


 あっ!




 つづく!

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