第千八百四十三話
神さまを呼び寄せる。
おまじないなら、いろいろある。
日本各地のお祭りの様式も、神さまをお招きする作法に則っていることがあるという。
すべてではないにせよね。
福がだれにあるのか、競い合うのが目玉のお祭りもある。ふんどし一丁の男たちが「せーの」で走りだして、だれが一番になれるのか! とか。男性の大きなイチモツを象った像の上に女性がまたがって、安産祈願をするのとかね。
競い合い、奪いあい「おー、よくやった!」と熱戦を肴に盛りあがったり。
おそろしいものを身に纏って「わるいものはたべちゃうぞー!」と、人やこどもをかみかみしたり。
死者が出ることもある人間の塔。日本でも学校で組み体操をやっている世代だと、二段や三段くらいを作るし? スペインのカタルーニャ地方だと、もっと高い。世界の果てまでいく冒険バラエティ番組で、お祭り男が土台かなにかに挑戦してたかなー! それを、竹の柱にとび職の職人さんが乗っかって、高い場所で演技を見せるお祭りもあるとか。
祇園祭にだんじり祭り。青森のねぷたに、日立風流物! 山車が見事なお祭りも。
人が行進することもあれば? お酒が欠かせないものもあるよね。
江戸時代はお祭りが出会い系、マッチングアプリならぬ盛り場だったとする説を聞いたことがある。場合によっては、その場でえいやとやっちゃうまで盛りあがっていたのかな? すごっ。
いまでもフェスとか、クラブとかで一夜の相手を探すっていう手はあるのかも? 求めるとしたら、その手の出会いかな。
長く付きあう人をっていうより、セフレとか、遊び相手との出会い目当てみたいなの。
ながぁく人生を共にしようというより、パートナーがいないのなら、まあ、そういうところで出会った相手と遊ぶのもいいでしょーみたいなノリかな?
どうじゃろ。
人が変われば大きく変わる。ましてや時代が変われば? 常識なんてもっと大きく変わるのでは。
お酒を自分の許容量の範囲で呑んで、ほどよく酩酊。まあいいかなって相手とそこそこ話があって、嫌悪感がなくて、相手のリードがよかったら? いっか、みたいなノリ。
遊び慣れていてトラブルはごめんだっていうタイプで割り切れそうなら、とね。
人間関係のトラブルは生じやすいし、肌を重ねるとますます調子づいたり揉めがちになるから、そこに目をつむれるか。相手がきちんと避妊をするか。こっちは相手が避妊をしなかったら、どうできるのか。お薬を飲んでいても性病や感染症に感染するリスクは高い。相手が避妊しなかったら? セックスの前にちゃんと身体を洗い、歯を磨かずにいたら? ますますおっかない。
遊ぶにしても相手に「清潔感が大事!」っていうだけの理由はあるよね。やっぱりさ。
日頃の突き合いから交際に発展して、初めてってときでもそう。
なので結局、やっぱり、なかなかリスキーな遊び。
現代ではそうだけど、江戸時代ではどうだったのかな?
お酒で舞い上がってたり、注意したほうがいいって知らなかったりすると?
失敗に気づいて離れられるかどうかは危ういし? そもそもベッドがOKって判断はどんどん慎重になっていきそうだし。破滅的な精神状況に陥ったら、その判断が雑になりそうで、そういうときにつけいってくる相手はどんなによさそうに思えても「断じてNO!」としておきたい。
お祭りが台無しになっちゃうからね。さらにいえば人生まで台無しになっちゃう。
だれかにとっては特別な神事も、だれかにとっては? 一夜の遊びのきっかけ。
ひとりにとっては今夜さみしくなく、安心して気持ちよくなれればいい一日。そのひとりを狙うひとりにとっては、自分の欲を思いきり発散できるかもしれない一日。
おじいさんキャラが言いそうじゃない? 「おお、なんと嘆かわしい!」って。
お祭りを取り巻く人間模様はさまざまだ。
ひとつのお祭りでそうなのだから、開催する祭りの数が増えて、あらゆる場所で行なわれるほど、お祭りもいろいろと変化していく。
日本に枠組みを閉じずに世界に広げてみたら?
もっともっと多様な様相を呈してくる。
神さまを呼び寄せる手段も、様々だ。
もしかすると、ある一定の法則性さえ、あるのかもしれない。たとえば、ゾンビ。ウォーキングデッドに限らず、バイオハザードやゾンビランドサガとか。さかのぼるとロメロ監督作品に行き着き、元をたどるとゾンビパウダーの話まで行き着く、かもしれない。
あらゆるフィクションもそう。
時代をさかのぼれば結局は影響を受けた作品であったり、類例として読み取れる作品が存在する。
アーティストの楽曲にしたって、そう。
影響を受けながら変化し、生み出され、成長するか、枯れていくのか。新たに芽吹くのか、土壌の栄養になるのか。
ついつい同じ土壌の同じ種類のものの影響のみを探してしまいがちだけど、社会の中で生きる以上は必ずなにかしらの影響を受けるし、与える。そうして過ごしていく。
ひとつのお祭りに集まる人たちもそう。
夜のお供を探すにしても、お祭りの出し物を楽しむだけにしても、催しに参加するのだとしても、理由はさまざま。そうなる過程もいろいろだ。
読み取れないし、わからない。
そう。さっぱりだ!
読み取れない物語が、ひとつの催しに集まった人々の中にある。
催しでなくてもそう。
お母さんが連れていってくれた神保町の、あの本まみれの場所には、そうした読み取れない物語がやまほど収められている。総量が膨大すぎて、だれも読めない物語ばかり。
未来ちゃんに教えてもらった、心に元気がなくて初めて訪ねる病院でも? すべての病院のすべてのお医者さんが、漏れなく常に際限なしに元気がなくなる過程の物語を聞いてくれるかっていったら、そんなことはない。だいいち、そんなことになったら、待合室に人が溢れかえっちゃう。一日に診察できる患者さんが四、五人だけみたいになったら? おおきな病院ほど困っちゃうんじゃないかな。
物語はゆっくりと。のんびりと。
織り上げるにしても、耳を傾け、なにより心を傾けるにしても。
焦らず、ゆるゆると。
「――……」
深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。
暴くな。さらすな。
相手をどうにかしようとするな。
手を差し伸べるところまでだ。
無遠慮に触れるな。刺激を与えるな。
なにかと世間知らずの甘ちゃんのうえ、知らないことまみれだ。
好奇心で踏み荒らすのも、警戒心で立ち止まるのもなし。
気をつけて進めといこうじゃない? ね!
『それでは、第一回、人を吸っちゃう謎の生物呼び出し祭りを開催します』
「第一回ってなに!? 二回目以降があるの!?」
「人を吸っちゃうって雑じゃね!?」
「そもそも呼び出し祭りがいやなんだけど! 呼び出したくないんだけど!?」
小楠ちゃん先輩の声が拡声器で伝わる。
負けじといろんな人たちが苦言を呈する。
どれもまったくごもっとも!
『無視していきまーす。それではまず、三年生刀鍛冶有志による神水の贈呈!』
それいけと小楠ちゃん先輩が煽り、声の聞こえた場所から足音が複数、近づいてくる。私たちのいるステージと瓦礫の山の間にあるテーブルへと向かっていくんだ。神水を捧げるために。
生憎、ステージは幕で覆われていてなにも見えないけどね。
すこしして、とぽとぽとぽと液体が注がれる音がする。十秒、二十秒とけっこうな時間をかけて。いっそ酒樽ごと捧げたほうがいいかもしれないよ? それくらいの時間がかかって、ようやく終わったようだ。水音がやんだ。
『はいはい! 有志はそのまま待機! 料理班のみなさん、準備はいい? できてるね? じゃあ、ぷちちゃんたち、ピザをどうぞ!』
小楠ちゃん先輩がアナウンスした途端、香ってきた。
生地に火が入り、トマトソースとチーズが泡立ち、サラミは汗をたっぷり掻いた濃厚な香り。バジルや多様なチーズ、カットされた小さなトマトの半身に目玉焼き。他にも具材はあれこれと。パイ生地で作られたお城からは炭火で焼いたお肉の香りが、華やいだコーナーからはスイーツピザ仕様となっていて甘い果実の香りがする。
ごろごろと動くキャスターの音がいくつも重なって聞こえたし? ぷちたちが夢中になって「わっせ、わっせ」と押しているかけ声だって。
「――……腹へったな」
「これ終わったら食えるんかな。どうなの、春灯ちゃん」
「ま、まあ?」
胃袋さんが食べなければ、ピザはいけるかも。
無理なら料理班で作ったご飯がめいっぱいあるはずだから。
そう答えるべきか迷った。
ふたりして、匂いのする幕の向こう側を目で追っていた。
見えるんか。食欲のなせるわざ?
「気をつけてね」
「ここからはみんなで、せーので台を持ちあげるよ?」
「ゆっくりいくぞー、皿ごとな。刀鍛冶のみんなが作ってくれたカートの補助があるから、気負わなくていいぞー」
カートと言いつつ重機みたいになってるのかな。
お皿にどでかいピザをのせて、お皿ごと上に持ちあげるフォークリフトみたいになってるとか?
あり得る。
持ちあげると言いつつ、気分だけやる真似をする感じかも。
「「「 せーのっ! 」」」
「「「 よいしょーっ! 」」」
いや。鏡開きじゃあるまいし!
うぃーんって聞こえた。明らかにリフトの作動音だ。
だけど「おー!」と歓声があがる。
いいんか! ならいいか!
『みなさん、盛大な拍手を! 立派なピザを作りあげた、ぷちちゃんたちにぜひとも!』
「「「 おー! 」」」
ノリのいい人たちを筆頭に拍手が広がる。
『よぉっ!』
ぱん! ぱぱぱん! と、小楠ちゃん先輩の呼びかけに応じて拍手が止まる。
いつの間に打ち合わせを。
前説にだれか話したのかな? そこまでやる?
やりかねないか。うちの学校なら。
『ファリン! 準備は?』
「いつでも!」
『よろしい! ピザにも神水にも未だ反応なし! 春灯! 頼む!』
ピザにも神水にも反応ないんかい!
いや、反応するようならそもそも料理班のごはん提供の段階で、なにかが起きるはずだ。
しかし起きない。なにも起きてない。
なにかがいる。
歌だけでも足りないぞ?
わかっていたじゃんか。
「金色、できるだけ出して!」
幕の向こう側からファリンちゃんの声がする。
ピザと神水の置かれたテーブルとステージの間から。
ステージのすぐそばに、彼女がいてくれる。
鼻からめいっぱい息を吸って、吐いた。
トシさんたちと目配せする。
スタッフさんがカウントを始める。カックンさんがスティックを回し、トシさんがギターの弦を景気よく弾いた。ステージ上に設置されたスピーカーから圧めいっぱい強めに音が出る。
マイクを握った。
私が届けるなんてことなんて、特にないや。
ぷちたちがみんなと込めた霊子がある。カナタたち刀鍛冶のみんなが込めた霊子だって。
ピザと神水に、やまほどこもってる。
「いくよ」
ささやいて、心に点火する。
歌え。
◆
幕が上がる。
『天使が星を運んできたの』
まるで手加減無用の音圧で青澄春灯の歌が始まる。
よく声が出ている。それどころか全身がぞわぞわっと沸き立つ。
久しぶりに聴いたけれど、心配の必要などない。
『受け止める勇気が僕にはなかった』
クラスメイトの歌いっぷりを確認して、影の下へ。
八葉カゲロウには使命がある。
生徒会からも侍隊の隊長からも別々に打診があった。
自分の盗む力は、言い換えるなら指定したものを引きよせる力だ。
さらわれた人たちを救い出すのに都合がいい。影渡りという地道な隠密移動もそう。
未だに弱点が見つかっていない。ゲームなら都合がいいけど、現実だとこれほど恐ろしいものはない。どういう問題があるのか、なにがどう脆くて危ういのかがわかっていないのだから。
それでもいく。
よっぽど真っ当で、意欲が持てるというものだ。
『暗闇に心よせて傷つける』
『さよならだけを連れてくる』
一番の出だしはだいぶ暗い。
二番のほうが好みだ。
それでも苦しみにもがくような詩ばかり続く。
もがいているヤツだから、必死だ。
滑稽ささえ自覚していて、なのに足掻くしかない自分の情けなさ。
そこに沁みる言葉をあいつは歌ってる。
そう理解している。
青臭いよなあ。自分にもある青臭さで、苦笑い。
立ち止まってもいられないから、瓦礫の山へと飛び込む。
落ちていく。どこまでも。
『カゲ、聞こえてる?』
『こちらでモニターしている限り、吸われた人の霊子反応を認めず』
『もっと深く潜れる?』
うちのバックアップ班の不安げな声がヘルメットから聞こえてくる。
同時に、青澄の歌も。
『嫌いだった、みんなのこと。そんな自分がなによりみじめで汚くて』
『明るみに心みせて涙する。かなしさだけを感じてる』
一年のころ、そりゃあいろいろと事件があった。
それでも曇らないくらい、楽しいこともやまほどあったはずだ。
いい縁にも恵まれた。自分だけじゃなく、彼女もそう見えた。
みんなの中でだれより笑って楽しそうだった青澄だ。
なのにあいつが書いた詩にしちゃ、きつい。
どんなしんどい体験してきたよ、お前!
正直、けっこうビビった。
『愛してる、たった一言できみと一緒に笑えたのに』
縋るような詩にいろんな情念がこもっているのだろう。
その答えはカナタ先輩が出すんでもなきゃ、青澄が愛してやまない天使が出すのでもない。
あいつから生まれたこどもになってるぷちたちでもなきゃ、学校でも仕事でも歌でもない。
あいつの心の中にしか、ないんだろうなあと感じる。
そういう構図の問題だと捉えるのなら?
自分自身もそうだ。
浮遊感の中、どこまでも落ちていく。
『スーツの霊子に変化なし』
『カゲの力なら、干渉は受けないみたいだね』
『どう、ですかね』
三人が忙しなく自分についての情報を逐次確認してくれている。
変化があれば知らせてくれるだろう。
危うければ逃げるまで。けれど、ひとまずは先に進めそうだ。
空間は青澄に反応したという。恐らくは邪も分解しているのではないかと生徒会も侍隊も考えているようだった。この空間の意味は、なにか。答え合わせはまだできていない。
あとに回して進め。
願わくば彼女の歌が終わる前に、やり遂げて、無事に戻るために。
◆
身体の内側が熱い。
なのに中心から離れていくほど寒い。
震えている。止まらない。それでも歌う。
『お願い金色』
ありったけの金色を放ちながら。
やまほど懸念材料があるけれど。
いちどでも詰まったら、もう二度と声が出なくなりそうで。
それほど怖くてたまらなくて、歌い続ける。
『光って星を届けて』
願いをこめて前へと右手を伸ばす。
差し伸べても受けとってくれる手がない。
めまいがする。空気ってこんなに薄かったっけと夢うつつに思う。
震えをごまかすために、ステップを踏んでいた。
なのに膝に力が入らなくて倒れそうになる。
だれかが背中を支えてくれる。
トシさんが寄り添ってくれていた。背中合わせに。
それでなんとか膝に力を入れて踏んばる。
座りたい。お尻をつけて、寝そべってしまいたい。
そんな状態で歌うフレーズじゃない。
『きみが好きだよって叫びたい心、僕らに教えて』
心の中に引きこもって、自分の易しさに包まれて耳を塞いじゃう。
そんなときに頭の中を埋めつくしちゃう、こうしたかったのにって気持ち。
やり方を間違えちゃって、人を傷つけたり。傷つけられちゃったり。
そうしてどんどん追い込まれてしまうこともあるけれど。
苛立つほど、捨てきれないほど、執着せずにはいられないほど存在する好きだよって気持ちから、どうか教えて。
『お願い金色、光って星を届けて。ひとりぼっちな僕らの手を繋ぐ魔法をください』
いまならくださいじゃなくて、授けてにする。
さっき悶々としていたとき、そう考えた。
とどけてとさずけてなら、くださいよりは韻が踏めるから。
でもだれかに授けてもらうまで、待ってなきゃいけないような話じゃない。
手を伸ばしてるよ。だからどうか、手を伸ばして。
繋ぐところから始めようよって、そういう筋の話だから。
あなたの「好きだよ」と「でもうまくいかないの」を分けてさ? じゃあどうやったらうまくいくか、どう間違っていたのか、一緒にやってみようよって話だからさ?
授けてじゃ、だめなんだ。
ああほんと、未熟でいやになる。
『ひとりにしないよ。きみも、僕も』
そんな私がなにいってんだろ。
『ひとりにしないよ。離さないから』
なのに願わずにはいられないんだ。
なにが実力だよ。運ばっかりじゃないか。私にあるのって。
それってひとりじゃどうにもならないものなんだ。
みんなといなきゃ、意味がないんだ。
私に向けて私が歌ってる。
恥ずかしくて、みじめで、情けなくてたまらない。
だからやっぱり、これが私にとって、ほんとにはじめての歌なんだ。
こんな自分なんだと受け入れてようやく、スタート地点に立ってんだ。
だからもし、あなたがなにかをやらかしたり、やらかされてつらかったりしてもね?
どんとこい!
しくじりまくりの恥ばかりの私だけど。
みんなといなきゃ意味がないって、しみじみ痛感してる以上ね?
ひとりにしないって歌い続けるからさ。
いまがどん詰まりなら、どうかみんなでなんとかしてみませんか?
星に願いをこめて、二番へ。
つづく!




