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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

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第百八十四話

 



 それは彼が彼女の家をバイクで訪れるよりも少し前の時間帯。

 シオリのおごりを食べ終えて解散した後、真中メイは深いため息を吐いた。


「ええ? 来てくれないの?」

「……カナタ、部活のホームページにご機嫌な写真が貼ってあるんですけど」


 彼氏いる勢の会話がなんだかもーって感じ。

 シオリはサユと一緒に先に帰った。実家の方向が違うからね。

 でも同時に羨ましくも思う。

 恋人のためにアピールして、気を引いたり怒ったり。

 素直に羨ましい。

 そこへいくと私はどうだろう。決められない。

 ラビは私のためになんでもしてくれる。けど……私はできない。

 体育祭で一緒に走るのだって、ルルコに背中を押されなきゃ無理だった。

 恥ずかしいだけ? 照れくさいだけ?

 たぶん違う。怖いから。戸惑ってしまうから。

 どうしていいかわからない。

 私の刀をみんなは太陽のようだと、みんなの神さまのようだという態度で見てくれる。

 けど私にとって眩しいのはラビだった。

 ラビといると、私の暗い部分が浮き彫りになる。

 それでもなんとかしたいと思っていた。

 ラビが素性を打ち明けるまでは。

 アメリカでの討伐も一区切りついて帰る前、呼び出したラビは教えてくれたよ。

 自分の過去のこと。

 ロシアから来たスパイ、緋迎家に救われて今があるって。

 別にそれ自体に思うところはない。

 ただ思ったの。

 ラビは隠し事をする。なんでもわかった顔をして、何でもやり遂げてしまう。

 それは時に人を振り回す。どういう思いにさせるかを意識せずに。

 他のみんなからは見えないだろうけど、私にはそれが幼い無邪気さを孕んでいるように思える。

 ずっとそこだけは気に入らなかった。

 隠し事しないで、と怒ったことだって何度もある。部活で面倒を見たのは私だから。

 でもラビは変わらなかった。教えてくれたことさえない。

 だから。

 私では……ラビは変わらない。

 私では……ラビの信念に触れられない。

 私では……ラビの本心さえわからない。

 それを思い知らされたような気がして、すごく……落ち込んだ。

 ルルコの言うとおりかもしれない。

 私とラビに感じる運命の小ささに、私は気づかされてしまった。

 答えはとうに出ている。

 それでも立ち向かうか、力をつけるために離れるか……諦めるか。その三択でしかないって。

 逃げてばかりじゃいられない。

 侍候補生なら、侍候補生らしく……逃げずに挑もう。

 ケリをつけるんだ。


「ごめん、ちょっと用事できたから」

「あ、は、はい」

「メイ……?」

「またね!」


 スマホを出して連絡した私は二人に別れを告げて、やってきた電車に乗らずにホームを離れるのだった。


 ◆


 呼び出した場所に……タワーのそばに来たラビを見て意外な気持ちだった。

 ラビがつらそうな顔をして私を見ていた。

 ……今まで一度だってそんな顔を見せたことなかったのに。


「ラビ? どうしたの、その顔」

「……いえ。別れ話かと思いまして」


 その返事も意外だった。

 いつもなら自分の望む方向へ話を誘導する彼が、核心に触れてきた。

 ずっとずっと隠し事をしてきた彼が、私に。

 なんで?

 胸の内で疑問と嫌な気持ちが膨らんでいく。

 よせばいいのに。


「……誰かに相談したの?」

「コナちゃんと会って、それで」


 聞いてしまった。

 それで……感じずにはいられなかった。なんで? って。

 私のことではあるけれど、私ではできない顔をラビがしてきた原因に何かが決定的に遠ざかる音がしたような……そんな気さえした。

 ……私じゃないんだ。

 そっか。

 ……コナちゃんか。

 心が砕ける音がした。


「話した方がいいって言ったのも彼女で。前に進まなきゃいけないと思ったんですが」


 ラビの傷ついた心から溢れてくる。真実、一つずつすべて。

 やめて。

 そこにいるのは私じゃない。

 顔中が強ばる。泣きそうだった。喚き出したくて仕方なかった。

 なんで、そこにいるのは私じゃないんだろうって。

 わかってる。

 私が追い詰めた。だからラビは私にはこなかった。それだけだ。

 わかってる。それでも……ワガママすぎても思わずにはいられなかった。

 なんで、そこにいるのは私じゃないんだろうって。


「……こんなことになるなら、もっと早く話せばよかった」


 そうだね。

 あなたが誰かに言われる前に、話してくれていたら。

 ……いま、私は違う気持ちになっていたと思う。

 先輩の件で立ち直る前ならさ。

 泣きわめいてぶち切れて、怒鳴っていたと思う。

 なんで他の子の名前を出すの? あなたほどの男の子が、なんでって。

 でもできない。

 今の私は彼のおかげで冷静になるくらいは強くなってしまって。

 気づいてしまうから。

 私の気持ちさえ見えないくらい、ラビは傷ついて弱っているだけだって。

 私が原因だ。そうさせてしまっただけだ。

 歯車の一つが錆びていて、私たちはずっとそれから目を背けていただけだ。

 瞼を伏せて未来を思う。

 今のまま付き合っても、同じ気持ちになる機会はきっとまたくる。

 彼は隠し事をする人。

 そして……今の私はそれを許せない。

 それだけのことが、私たちをここまで追い込んでいるのだから。


「……ねえ」


 好きだよ。私のためになんでもしてくれたことよりも。

 一途に思ってくれたあなたが大好きだった。


「ラビ」


 でも……今あなたの心のそばにいるのは、私じゃない。

 それは……きっと、幸せには繋がらないよ。

 いつかきっと、もっと悲しいことになるよ。

 だからさ。


「いったん、さよならしよう」


 ラビの顔が歪んだ。

 いつもなら帽子で隠す目元を私に晒したまま、立ち尽くしていた。

 吹き出してくる。

 思い出も、大好きもすべて。

 こうなったのは……お互いの弱さのせいだと思う。

 呪いをかけるか。

 背中を押すか。

 怒りや悲しみが叫ぶ。あなたのせいだって。

 けどそれを飲み込んだ。

 ラビは本当に……私を支え続けてくれたから。

 せめて今できることをしたい。


「今の私じゃ……ラビを笑顔にできない」


 笑う。目元をぎゅっと閉じた。

 溢れていくけれど、構わない。


「だから一度、お別れしよう」

「――……、」


 怖くて目を開けられない。

 傷つけている自覚しかない。

 でも……それでも。

 今のあなたでもいい、愛するって……言えない弱さが私を縛り付けている。

 それ以上の弱さが身体中を震わせている。

 あなたが隠し事をするのがいけないの、私よりコナちゃんに気を許してなにそれって怒りと悲しみが叫んでる。

 ああ……それなのにラビが支えて育ててくれた私の強さが口を閉ざす。

 ラビにそうさせてきたのは紛れもなく私。ラビの心に本当の意味で近づこうとしなかったのも、私。誰より自然でいたコナちゃんに罪だってない。

 羨ましいけど。羨ましくてしょうがないけど。

 私は笑って許せない。ラビが一番近くにきてくれたから。ずっと二人でやってきたから。

 私には……どうしても。

 ずっと一緒にいる未来を夢見るのなら……許すことができない。

 だから結末はこれ以外あり得ない。

 彼が好きだから。

 かける願いは一つだけ。


「幸せになって」


 踵を返す。そこにいたらすべて打ち消して、何をするかわからないから。

 かつての私なら泣いてなじって、でも理不尽に抱きついて甘えようとさえしたと思う。

 それは……ラビを縛るだけだ。

 思えばずっと、煮え切らない私は縛り付けていただけだ。

 そう思わないと……そう、思わないと。

 大好きなのに嫌いになりそうで。

 今まで積み重ねたすべてが反転しそうで。

 それだけはいやだった。どうしても、それだけはいやだったの。

 気がついたら走りだしていて、ラビは追い掛けてこなくて。

 ふり返っても来てはくれなくて。

 それが……私がしたことの意味で。

 崩れ落ちて、街中なのにみっともなく泣いてしまった。

 だから……不意に抱き締められて。

 見上げるとルルコがいて。


「ほっとけなくてきちゃった」


 近づいたらばれそうだから、待ってた。

 そんなことを言う友達の服にこれでもかと染みを付ける。


「……がんばったね。メイは、がんばったよ」


 もうだめだった。

 溢れてくる。

 好きだって気持ちが山ほど涙になって、次から次へ。とめどなく。

 こんなに好きならいいじゃないって思う。

 でも……こんなに好きだからだめなんだとも思う。

 だから、これは彼が彼女の家をバイクで訪れるよりも少し前の時間帯。

 既に終わった恋の話でしかないんだ。




 つづく。

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