第千八百三十九話
精密さが削がれるとか、作戦成功率をあげるべくシンクロできるようにするべきなのにとか、粘りを見せて言ってくる。同性だしどうのこうの、スキンシップの範ちゅうだの。研究のためでもあるし、とか。好奇心があるのは否めないけど、とか。
もうね。
言えば言うほどだめなんよ!
ならせめてと固持した彼女が提案した妥協案が、スーツの解除、そして再度の展開。
下に着てるし、まあそれならと思って承諾したら、何食わぬ顔でどこからともなく三脚を置いて、スマホを固定する。
「動画を撮る気か!?」
「だって普通、試作品の稼働は検証材料となる情報を増やして、いろんな観点から改良点を探るものじゃない?」
もっともらしいことを言いやがって!
「だめ! むり! 撮影はなし!」
「それじゃあ、いったいなんのために着脱するの?」
おうおう。言いよる! 言いよるで!?
「この国で不思議な力を使う少女は脱ぐんじゃないの?」
「アニメの話だから、それは!」
時代を重ねるに連れて全裸まで脱がないことも増えてるよ?
すべては追えてないし検証しているわけじゃないから保証はできないけど!
「日本人にとって大事な様式美だと思っていたけど、ちがうの?」
「いやだからアニメの話ぃ! だっ、だいたい、様式美を取り入れるのならファリンちゃんも脱ぐ羽目になるのでは?」
だからやめない?
「別に構わないけど。私は自信を持っているもの」
ばかな!
「さすがにデリケートゾーンは隠すけど。滞在先の国で捕まりたくないし」
ちがうちがう! そこじゃない!
もうちょっと手前にラインがあるからいますぐ戻ってきて!?
でも言えない! なんか勝てる気しないから!
「私は気にしないけど。あなたはどうなの?」
圧!
圧倒的な! 圧!
ことばのうえでは、単純!
私はやる! あなたはどうする!
ただ、それだけ!
しかし! だがしかし、どうだろう!
言外に込められたニュアンス……っ!
って、勝手に盛りあがるなってば。
「検討するけどさ? 撮影は別だと思うの」
「ちっ」
おいぃ! 露骨に舌打ちするなよぉ!
「見て覚えてもらえると」
「一回で覚えきれるかわからないし、やっぱり撮影が無難」
「しれっと録画開始しない!」
「隣で真似るから。石ならあるし? 脱ぐのはあなただけじゃない」
いやいやいや。
そういう問題じゃあないんだよ!
ないよね? ねえ、ないよね!?
ここまで押し切られると、えらいもんで、だんだん自信がなくなってきたよ!
待って?
「石ならあるの!?」
「忍びも教団も、そしてもちろん私も無償で協力しているわけじゃない。得られるものがあれば得るし? 私はあなたと活動を共にすると決めて滞在しているのだから必要に応じて用意する」
「なるほど」
必要に応じて用意する。
だから、ここにファリンちゃんの石がある。
――……ん?
「石があって用意ができているのなら、私のスーツを調べなくてもいいのでは?」
「じゃ、スーツの着脱してね」
おうおうおう!
旗色が悪くなったら途端に無視か!?
上等だよ!
「ぜったいばっちり仕上げてあるでしょ! うそつき!」
「霊子のシンクロができるほどうまくいくっていうことに嘘はついてない!」
「触る必要はあったんですか!? 録画の必要性はどうなんですか!」
「――……私のモチベが上がる!」
目を見開いて胸を張って言うことじゃないんだよ!
◆
一悶着はあったけど、ふたりでビルの外に出た。
ファリンちゃんもまた、ふたつの石を持っていた。
台座も石も、ノンちゃんとノノカがくれた私の石と微妙にちがう。台座はファリンちゃんの組織のお手製で、石は彼女が好きなタンザナイトだと教えてもらった。
ふたつの別々の石を組み合わせて活用する術はまだ見つかっていないそう。
おまけに石の選択も一緒。なんでもいいわけではないみたい。
そういう点で私のも、ファリンちゃんのも、ピーキーで使用者を限定する試作品。
運用時にまだどんな問題が起きるか調べ尽くせていないそう。その点はノンちゃんとノノカも私に言っていた気がする。
だから情報はなるべく収集したいそうだ。それは本当だそう。
それでも触るのはなし。胸はまだしも、下はさすがにどうなんだ! でもって録画もぜったいなし! 許可を出すと思うなよ! ってね!
固持する私を彼女はなだめて言うのだ。
『アイオライトは宝石名。鉱物名では、菫青石。英名でコーディエライト。通常、四角柱状なんだけど、みっつの結晶が互いに貫通しあう双晶を形成すると六角柱に。菫青石の結晶が分解するとき、白雲母や緑泥石に変化して、その断面が花びらに見えるから、桜石と呼ばれる』
『えっと?』
『つまり、まったく同じというわけじゃない。だけど、あなたが持つ石は見事にあなたのスーツに変わった。そこが気になるから調べたいの』
『おおぅ』
石の組み合わせでノノカとノンちゃんがくれた私の石は、かなりすごい品物みたいだ。
どうすごいのか探るべく、あれこれ調べたいという気持ちはわかったけどさ。
だったらもうちょっと管理がちゃんとできるようにしてからじゃないと、ね。
隣を歩くファリンちゃんを見る。
浅い黄色で統一されたスーツ姿から、ふたりで相談した制服姿に変わっている。
石の仕上がりは上々のようだ。ファリンちゃんも、彼女の組織も抜け目ないなあ。
しっかり準備してたんだから!
それでもまだまだ足りないっていうんだからさ?
貪欲ぅ! いやいや。試作品なんだから、よくしていくためにはあらゆる情報がほしいよね。
脱がないけど。ふたりきりでの撮影は謹んで辞退するけど。
さて!
切りかえていこう!
胃袋さんを神として捉え、ぷちたちがお供えしたら、私たちふたりで神を招く。
白い衣に赤い袴とか、鈴がいっぱいついている祭具とか、そういうのはなし。
学生なので制服で。冠婚葬祭でも学生で制服があるなら、それを着ての出席ってありというし? 突発の仕掛けで今後も繰り返すことになるかもしれないお招き用の衣装まで、さすがに気持ちが回らない。
『妾が仕立てた衣は』
タマちゃんが私の曲のジャケ写用に衣装さんたちとこだわって決めてくれた衣装?
あれは私ひとりで着たいの。わがままだとわかっているけど、譲れない一線なの。
『では次に備えて仕立てるか』
仕方ないと呆れているようだけど、タマちゃんの声は若干! わずかに! うれしそう。
でも今回は制服で。
外に出ると料理班とクラスごとに有志が集まって、食事の準備の真っ最中だった。
食べものが振る舞われていて、お腹がすく匂いと賑わいにあふれていた。
侍隊のみなさんも体育祭をやるときに設置しがちなテントを仮設して、そこでご飯をいただくようだ。現世からの干渉がないってことは、シュウさんが現世の警察のみなさんと連絡を取っているのかな?
ビルの瓦礫の山の前には祭壇ならぬ、巨大なテーブルが用意されていた。
幅は軽く見積もっても十メートル以上はありそうだ。
予定では巨大テーブルの上に、一回り小さな直径のお皿が乗っかる予定だ。ぷちたち渾身のピザをのせてね!
いまは燭台や花が飾りつけてあるだけ。
ピザだけじゃなくて、カナタたちが仕込んでいる神水を大量に注いだ、酒樽みたいなドリンク用の容器を設置予定。
お皿は白い陶器で、縁は緑色に塗られて、そこに花柄模様のあるデザイン。対する飲料容器は木製の巨大な杯。ヴァイキングのような荒くれに似合うイメージだ。持ち手まで木製。
私たちの想定では、胃袋さんは超巨大。
正直、このサイズ感で足りるかどうかもわからない。
やってみるまでだ。
テーブルの手前、五メートルほどに仮説のステージが見える。グルメグランプリとか、地域の催しで街中に設置する規模のもの。照明や音響は特になし。
近づきながら、ファリンちゃんにぼそっとこぼす。
「なんか、質素だね」
「神道に則る? それとも法衣を着て経を唱える? 相手が入る神輿を用意して、入れたらダッシュで担ぐ?」
「――……決め手がないね」
みんなの宗教、それぞれちがう。
日本人は熱心じゃない、という意識でいるという。けど海外から見たら法事にせよ、年末年始にせよ、お盆にせよ夏祭りにせよね。律儀にやってて十分熱心だ、なんて意見もあるという。
実際どうかって?
わからん!
わからんけど統一はできないなあ。
角が立つじゃん。
やっぱさ。
私たちがまとまれないのなら、そこは切り離す。
で、じゃあ、どうする?
クリスマスとか、バレンタインデーみたいに、都合良くやっちゃう?
んー。
雑にごった煮にするのが精いっぱいだ。
私たち正直そこまで詳しくないし。
「飾りつけたかったら、ご自由にどうぞ。あなたの式神たちが丹精込めて作った食事を捧げ、刀鍛冶がおいしくなるよう願いと霊子のこもった水を捧げ、さらに私たちが呼び寄せる。あなたが歌に舞い霊子を捧げ、私は補佐をしながら転化を試みる」
「つまり芸事は私の担当だから、私の都合のいいようにしろってこと?」
「そういうこと」
丸投げきた!
実感するなあ。
ほんとのほんとに、初の試みじゃん。
お祭りの由来や伝統には、似たような状況がいっぱいあるよね?
そりゃあ胃袋さん相手じゃないけどさ。荒ぶる人や神をなだめるという類いの神事。転じてお祭りになるってことが!
もしも隔離世も霊子もない世界なら? 民俗学に学ぶところなのかな。
で、私たちの世界はそうじゃないから、弱り目に祟るような厄介なことが重なって、だからこそ陽気さで乗り越えようとした人もいたのかな。いまの私たちみたいに。
そういう話さえ?
戦争で資料がもろもろ焼けて、残ってない! と。
泣けるなあ。どこかのお寺や神社にこそっと残ってたりしないかな?
しないからいま、苦労してるのかなあ。
ええい! 上等だ!
ならこれまでのライブやゲリラライブに負けじと飾りつけてみようじゃないか!
でさ。
「うるさくしていいのかな」
「ロックよりは、しっとりした曲のほうがいいんじゃない?」
「――……それもそっか」
待って?
「そもそも、こういうときの歌って、どういうのがいいの?」
「知らない」
ばっさり斬るなあ!
「だいたい食事中に聞く歌って、BGMじゃない?」
「ま、まあね」
外食くらいだよね。
歌を聴きながら食べる、身近な状況って。
ほら。店内で流れてるじゃない?
だけど、歌がメインじゃない。
食事をすると共に、一緒に食べる人との会話がメイン。
「でも今回は誘い招く歌だから」
「そ、そっか」
それって、あの。
「どういうのがいいのかな」
「歌手のあなたが私にそれを聞くとは」
なにげなく尋ねたつもりなんだけどな!
ファリンちゃんが青ざめていた。
「え、と。こういうとき、あなたはだいたい、なんとかしてきたじゃない?」
目が泳いでるぞ!?
あれあれあれ!?
「わかれば答えるんだけど、ほら。私の守備範囲じゃないから」
顔まで背けはじめたぞ?
待って? ねえ。
まさかとは思うけど。
「そ、そこもわりと丸投げな感じ?」
「今回の転化は私も気合いがいるの。なんとかなると思えばこそ頼んだの。いまになって、歌う曲がないなんて言わないで」
お、おおう。
そう来ましたか!
通話じゃ自信満々だったじゃない……っ!
おいぃ! プロぉ!
って、丸投げしてる場合じゃないぞ?
「ファリンちゃんが転化を。私が招く。学校のみんながいて、侍隊もいる。もしかすると忍びのみなさんも。失敗しても大丈夫になるように整った環境に、私たちはいる」
「――……そう」
だからやってくれよと彼女は顔を私に向け直した。
ここに至ってようやく、彼女もかなり緊張しているのだと気づいた。
マイペースで私を振り回していたように見えたし、実際そうだと思うけどさ?
それだけじゃあ、ないんだなあ。
彼女なりのテンションの上下、いっぱいいっぱいぶりを悟るには、一緒に過ごした時間が短すぎるんだ。だめだなー! 自分ばっかりみてちゃ、見逃しちゃうことばっかりだね!
さてと!
挑戦ができて、経験値に変えられて、粘られる状況下にある。
そう再認識したところで、全力を尽くそうか。
「ピザの焼き上がりまで、あとすこしかかるみたい」
「なにせ大きいから、焼きむらが出ないように焼くとなるとどうしてもね」
うまく焼き上がるよう、岡島くんがあの手この手を考えてくれているんだけどさ。
やっぱりどうしたって、時間がいる。その間に、相談しておきたい。
「歌と舞いっていっていたけど、どっちも私がやるとして、ファリンちゃんは合わせられる?」
「舞いなら心得があるから」
時間に限りがある。
急ごう。と、決めちゃうその前に。
「事前に歌で呼びかけられるか試せない? 相手の好みがわかるとやりやすいんだけど」
「アンケートみたいな?」
「取れない?」
「できれば一曲入魂でお願いしたいんだけどな。それこそ、あなたの鉄板曲ないの?」
「あー」
そうくる?
「一番最初の曲とかどう?」
「――……ううん!」
時間が経ってふり返ると、いろいろね!
恥ずかしいやら、粗が目立つやら! おまけに前とじゃ価値観がちょっとずつ変化しているから複雑で!
「うん。あれがいい。あれなら私も合わせやすい。決定!」
いや決めちゃうんかい!
まじかー。
ほんとにー?
ここへきての金光星?
気持ちが作れてない。
恥ずかしいやら、いまの自分が情けないやら。
できれば他のが、と喉から出かかる。
だからこそ、いまの自分がますますしょうもなく思えちゃう。
めげちゃうなー!
めげるなー?
育っていく歌とか、原点とか、そういう視点が当時の私にあっただろうか。
さっぱりわからん!
正直、欠片も自信がない!
「ああああああああああ」
「顔が崩れているところわるいんだけど、早く準備して? 曲が決まればステージも整えやすいでしょ? ライブでも歌っていたじゃない? ほら! 簡単!」
軽く言うなよおお!
言うほど簡単じゃないんだよ!?
久々にあれをガチで歌うことになると思っていたら、もっと準備したりトレーニングしてきたのに! いや、どんな曲でもちゃんとしろって話なんだけど!
「歌うと決まったら、思いの丈を込めてね? おいでって願いを込めて、手を差し伸べて。相手の反応があればあるほど、私が転化をしやすくなる」
くうう……っ!
まさにいま未熟を痛感しているところなのに!
トシさんたちがいる!
「ちょっ、ちょっと、あの、バンドメンバーを呼んでも?」
「さすがに守れる自信がない。けど、必要なら考えよう」
なら、いますぐ呼ぶぞ?
仕事で無理とか、ギャラは? とか、そんな話になるかもしれないけど!
隔離世に来れる人たちだってわかっているんだ。
ステージの準備だって、そもそもステージそのものだって変わってくるかも!
あるいは?
私ひとりでやる羽目になるかも……。
い、いいから連絡しよう!
高城さんにも相談して。もっと、こう、私のモチベになるようなことをありったけ集めてみよう。
バンドメンバーだけで足りる?
正直、ぜんぜんだ。
もっともっと、私の気持ちががちっと切りかわるスイッチを入れていきたい。
無茶であろうと、動いてみよう。
道路上に設置された簡素なステージは、あまりにもハードルが高くて勇気が出ない!
わがままだ! ああ、甘えていますとも!
知ったことか!
いまの私には必要なんだ!
やるぞ!? 私は!
さあ! みんなに連絡だ!
つづく!




