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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百三十五話

 



 岡島くんがぷちたちに、どんなピザを作りたいのか書いてみようと提案する。

 具材にはどんな気持ちを込めるのかもね?

 私が画用紙とクレヨンを用意して、みんなに描いてもらう。

 正直にいえば具材だなんだを並べて「基礎はこういう組み合わせになります。さあ、どうぞ」と、フォローしながら作っていく形式になると思っていた。

 これだと自宅や幼稚園で自由に遊ぶノリだ。

 実際、そういう雰囲気になるかと思いきや、床一面に広げた巨大な画用紙にクレヨン片手に挑むぷちたちの顔はみんな真剣そのもの。私が思うよりもずっと、ぷちたちは本気でピザを作ってみたかったのか。それとも、元々これほど意欲と集中力があったのか。

 そもそも私のこの問いはおかしくないか?

 見ている私は不安だけど、ぷちたちはそれぞれに自分たちのペースで構想を描いていく。

 尻尾の中で話していたのか、それぞれ独立したピザになるかと思いきや、すべてが繋がっていた。

 というか、みんながクレヨンで描けば描くほど明らかになる形は、見覚えのあるものだった。


「なんだか、建物かなにかに見えるね?」


 私の隣に立って、一緒に見守っている岡島くんが声を潜める。

 みんなの邪魔をしないように、彼なりに気を配ってくれているみたいだ。

 獣耳があるから、耳はいいの。あまり潜める意味もない。けど、ありがたい。


「いまね? うちのブロックおもちゃで作っている遊園地があるの。サンドボックスゲームで、お姉ちゃんや弟たちが作ってる遊園地に負けないのを作ろうとしてるみたい」

「ゲームって、マイクラ?」

「そ。世界の名所やテーマパーク、ゲームの舞台を再現するクリエイターさんたちがいるんだって」

「それで?」

「――……だけどまずは、自分たちの好きなのがいいって。カナタとやったスポーツチャンバラの競技場とか、みんなで行ったブロックおもちゃのテーマパークのアトラクションとか、もうなんでもありの場所を作ってるの」

「夢があるね」

「それを作って食べさせるのって、わけわからない気がしない?」

「みんなの夢がつまっていて、よさそうな気がするよ?」


 岡島くんの返しに「お」と唸る。

 彼の言うとおりだ。実現するように考えればいいのであって、疑いも実現に向けて活用すればいいのであって、ぷちたちの希望を攻撃するなんて!


『己にかかる呪詛は周囲に広がるものだ』


 そういうことなのかな、十兵衞。


『自覚なら、あるはずだろう?』


 手厳しいなあ。

 胸が痛むよ。ぷちたちを積極的に引き上げられないとき、そこに私の問題を見つけることばかりで。

 みんなは、どうなんだろう。

 この気持ちは、どうすればいいんだろう。


『己の呪いは、己で下ろせばよいのさ』

『言うは易く行うは難し』


 私の反発よりも鋭く強くタマちゃんが言い返す。

 呪いはもはや身体と心に溶け込んでいて、気軽に外せない。

 水に溶かした砂糖や塩みたいだ。

 いったん煮沸して、水蒸気を別の容器に貯める? 蒸発させたあとに残ったものがあれば? 取り出せたことになる?

 イマジナリーシェルドンなら、何拍も間を置いてから「キミはいくつもの間違いを犯している」と指摘してくれそうだ。

 呪いは概念的な話でしかなくて、水に溶かした砂糖や塩じゃない。

 己の呪いは己で下ろせばよい。

 それはかなり、むずかしい。

 恐怖は支配の力を持つ。

 上位者から下位の物へ。教師や上司、暴力亭主や教官。あるいは、親から子へ。兄から弟へ。男から女へ。

 人対人で考えるとこうなる。

 腕力が権力に繋がりやすい場所なら、ケンカが強ければ。稼ぐことが権力に繋がりやすいのなら? より稼ぐ者が。権威のある者が、ない者を。

 人に上下を持ち込み、当てはめたがるほど、人が人を分けていく。

 恐怖で支配する。自立心を奪い、思考する力を奪う。機会があるたびに攻撃し、否定する。すると、とうとう下位の者は思考をやめ、行動をやめる。上位者は錯覚によって自己承認を満たしてますます攻撃し、否定する。心身へのダメージは甚大なものになる。上位者が求めるような行動をとる余力はどんどん上位者の振る舞いによって損なわれ、奪われ、破壊され、上位者が求める承認は過剰な行動にとってのみ得られるのだと錯誤し、悲惨な末路を迎える。周囲を巻き込みながら。

 人対人で考えるときの、一例として想像してみたんだけどさ。

 自分の心の中でも起こりえる。

 自分が恐れるものに向けて、感情が生じる。そんなものを抱いていたくないから、恐怖の対象から視線を逸らす。心の置き場を変える。

 自分以外の対象を恐怖で操作しようというとき、自分の感情の処理をだれかに処理させようとしている。

 たとえば。

 だれかをもので釣るのは卑劣だと私はお母さんに教わった。

 なにかで操ろうとするのはだめ。人としてやっちゃいけないことなんだよって。

 イイねの獲得争いとか。マウント合戦とか。強迫観念を刺激したり、脅したり。暴力を使ったり。いろいろな形で行なわれてしまう。

 みんながやっているわけじゃない。どこでもやってるわけでもない。ただ、どこかで、だれかが、やっている可能性はある。

 心の中にある懸念が刺激されるとき、私たちはどうするのだろう。

 刺激をなくしたくはならないか。

 ちがう刺激を求めずにはいられない、そんな状態にならないか。

 自分のためにだれかを操り、抑圧し、解消しようとせずにいられるか。

 それはいやだと自分を抑圧し、解消できずに鬱屈したままで過ごせるか。

 ついに耐えきれなくなったとき、自分はどういう振る舞いをしてしまうのか。

 そもそも耐えきれなくなるまでの間に、無意識にだれかや自分を傷つけていやしないか。

 ああ、こわい。

 懸念を抱くとき、ますます萎縮する。

 だったら露悪的に振る舞ってやれ、という人もいる。お母さんはそれを人としてやっちゃいけないことだと断じた。私もお母さんの言うとおりだと、いろいろ経験しながら思う。

 相手を傷つけてやっと自分を慰撫する形で暴力に依存している人もいる。依存するほど暴力の度合いが加速していく。それが正しい振る舞いだと信じる人までいるかもしれない。

 けど、それを止めるのがむずかしい。

 別の手段に切りかえて、開拓して、ちゃんと気持ちをほどいていく手を増やしていけないか。余裕がなく、余白がないほど、できない。ひとりで解決できるわけもない。

 加害者に向かっていくとき、心に生じている病とはなんだろう。

 別の軸として、もちろん忘れちゃいけない。

 被害を受けるほど向かってしまう、心に生じる病について。

 同時に思う。

 私は素人で、ちゃんと勉強できてない。だから病という単語を利用する途端に「あーもうむりむり、こわいこわい、解散!」ってしたくなる。相談したいくらいだ。実際、心理士さんに相談する案件じゃない?

 専門性に勉強せずに踏みこむなんて!

 それよりもむしろ、気にしたいのは別のこと。

 恐怖を呼び水に、なにかをする、あるいはなにかをしないことで心地よくなろうとしてないかな。自分の安心のためにだれかを抑圧してない? あいつならいいと、自分ならいいのだと、暴力を是としてない?

 だめだ。それじゃ。

 だめなんだ。わかっているはずだ。

 青天を衝けでも、お母さんが言ってた。自分だけがいいんじゃだめなんだ。みんながうれしいのが一番なんだ。

 そしてね?

 自分に決められることも、自分がわかることも、自分がうれしいことまでだ。どんなに近しい人でも、どんなに大事な人でも、どんなにわかりやすく思える相手でも、わからない。決められない。決めちゃいけないし、わかった振りも、わからないしわかりたくもなくて済ませるのも、なしだ。

 そりゃあたいへんだ。むずかしいぞ?

 自分に閉じて、内にふさいでちゃできないぞ?

 なのに呪いをそのままにしてたら、閉じるしふさぐよ。

 痛いもの。怖いもの。自分を大事にできないもの。自分を大事にできないとき、痛みをほっておいたり、だれかに押しつけたりするほど? ますます大事にできなくなるもの。

 ああ。それなのにさ?

 つらくて、むずかしくて、こわいんだ。

 しゃんとしようとするほど、気づかされるんだ。

 ほんとはずっと怖くて仕方ないんだ。だれか救いがあると私に教えてよって、金切り声で叫びながらねだりたいんだ。

 自分だけ。自分の味方をしてくれる人たちだけ。そういう枠組みだけがうれしくなるようじゃあ、だめなんだ。徹底的に、そこは、意識する。そのうえで、じゃあどういうバランス感覚で向かっていくのか。

 わからない。

 ぷちたちの幸せを願うのに、私の呪いが優先しちゃういまの私にはまだ、よくわからない。

 いつかもしこどもを産むのなら、これがその予行演習?

 まさか。

 ぷちたちはすでにいま、目の前でクレヨンを握りしめて夢中になって夢を描いているのに!

 きちんと覚悟を深めようとすればするほど、追いつかない自分が「待って!」と悲鳴をあげる。この期に及んでまだ、私は受け入れられてないのかも。

 ああ。こわいよ。

 普段は小さな声が、ふとしたときに絶叫に変わる。

 衝動を刺激する。

 むっときたときに、つい相手のいやなことばをぶつけたり。ぷんと漂うおいしい匂いに「あ、食べたい」って思ったり。素敵な雰囲気でカナタとあまあまして、触れたときに「もっと」と願ったり。そういう衝動が心を揺らす。無意識の声は、祝ったり呪ったりで忙しい。

 去年はカナタが女子と話しているのを見てかちんときた。入学したての頃にトモが見つからないだけで急速に不安になったし、体育の授業でクラスのみんながてきぱきやってるのに私だけ手こずると泣きたくなりそうなくらい焦った。授業でさっぱりわからないことを先生が問題で振ろうとしたら、必死に「私だけは当てないで!」と祈ったし? ライブのリハーサル中にお腹が冷えて「あ、やばい! トイレめっちゃ行きたくなったらどうしよう!」って気になったら、もうずっと尿意が気になってしょうがなかったっけ。

 心はとても賑やかだ。衝動ととても仲良しで、行動に結びつきやすい。

 中学の頃は理屈や知識で制御しなきゃいけないものだと思った。そんな時期もあったけど、むりむり! そういう類いのものじゃない。否定できるものでも、首輪をつけて飼い慣らすものでもない。それは自然にあるものだから。

 自分そのもののようにある衝動を、感情を、心を感じられなきゃ、認められなきゃ、すこしずつでもいいから理解していけなきゃ、ただ抑圧してるだけ。

 それじゃ結局、だれかか、自分か、あるいは両方に暴力的になっちゃう。

 刀を手にしているから。ぷちたちが求めてくれるほどに。私の気の迷いは、悲惨な結果に繋がってしまう。なんのことはない。鞘が欲しいのは、私が私を恐れるからだ。

 具体的に、どんな恐れがあるだろう。

 ぷちたちは、おいしいピザを作れるだろうか。

 まっずいピザになって、がっかりしないか。味見をして、ひどい結果に気づいて傷つかないか。

 それぞれに、だれかのせいだと揉めはじめないか。けんかにならないだろうか。

 不安でしょうがない。

 先回りをして、おいしくなるように、けんかをしないですむように、できることすべてを私がするべきじゃないのか。

 その恐れのままに「ぷちたちはたぶん失敗する」という前提をことばにしたら? それこそぷちたちがひどく傷つくんじゃないの?

 わかるでしょ。

 ああ、それでも言いたい。

 意地悪を言いたいんじゃない。そんなつもりはない。

 けど、結果的には意地悪なことばしか出ないにちがいない。

 そういう心理は私自身にも向いている。きらいな対象なら、罪悪感さえなく向けられるだろうし? そりゃあ、しんどいよなあ。

 わかっているのに、なかなかやめられない。

 岡島くんがいてくれて助かった。ほんとに。


『己の呪いはどうする』


 十兵衞の問いはきびしい。

 けど忘れちゃいけない問いだ。

 御珠の匂いと汚れ。あるいは、私がせっせと足してきた栄養分。

 安心できたらいい。そんなに恐れなくていいとわかれば安心だ。怖さに任せなくてもいいんだよと落ち着ければいい。その手段が見つからない。ふとしたことばで救われることさえあるけれど、心にすとんと落ちるフレーズが見つからない。

 焦ることばかりだ。

 どうにもならないことばかり。

 そう考えると、ますます怖くなる。

 怖いことを考えたり、悩んだりするほど、実は主観がぐっと対象に近づきすぎてる。

 執着していて、他のものが見えなくなっちゃうんだ。

 ぷちたちがみんなうれしく過ごせますように、という目標よりも「ああ! ピザ作りなんて無理だよ! まだ早いよ! ぷちたちには! こんなにまるまるかわいいこどもなんだよ!?」ってなる。

 やや盛りました。

 ここまで余裕もって考えられないよ! さすがに!

 ただ、でも、焦点がずれちゃうんだ。大目的よりも、小さな不安要素の解決に目的がスライドしちゃう。困るってわかっているのに。よくないなって痛感しているはずなのに!

 執着してしまう。

 マジでもうどれだけ難問なんだ。

 難問なのかな?

 囚われてる。やっと抜け出したー! って思っても、気がついたらまた檻の中にいる。

 この手の悩みは年単位になることもあるというし?

 あんがいあっさり解決しちゃうこともあるというし。

 どっち!?

 いまのところ、まだ無理。

 私の悩みをよそに、ぷちたちは六畳間よりも広い画用紙に色をつけていく。

 舞浜のランドやシーのように、区画ごとにテーマを決めて、いろんな冒険ができる場所にしている。いまはまだ精緻に綿密にって方向性にはいかない。きっとぷちたちの頭の中では、素敵にきらきらした空間がありありと思い描けていそうだ。それを省略して、簡潔にして描いている、と。つい思っちゃう。

 そうじゃないんだよな。

 ありったけの熱情で、好きを夢中になってクレヨンにこめて、描き続けてるんだよな。たぶん、そっちのほうがずっと、ぷちたちに近い気がする。

 印象は私の内にあるもの。それが実際にどれほど近いかは、私の内にはない。そこに答えはないし、そこにぷちたちはいない。

 何度となく自分に言い聞かせても、ついつい檻の中に戻っては、檻の中のことばで済ませようとしてしまう。

 つらいよ。苦しいし。こんなのいやだ。

 そういう思いさえ、やっぱり私の内側のもの。

 ぽいぽい投げ捨てて、ぷちたちの一瞬一瞬が入る余白を増やしたい。

 どうしたらいいんだろ。

 わからなくてこわがる自分の心をなだめながら、ぷちたちに問いかけていく。

 これはなあに、これはどういうのか教えて? って。どれも決まって私の中にないか、あっても私とはちがうからさ? 驚くし、喜ぶし、楽しくうれしい気持ちのまま、導いてもらう。それぞれの子たちの心から生じる座標に。

 聞いていると、自然と教えてもらえる。

 ぷちたちがそれぞれに、ここをピザにして食べたら、きっとこういうわくわくが伝えられるかもって考えてることを。そして、みんなそれぞれに、自分が描いた部分を自分たちで形にしたがってることも。

 どうやれるだろう。どんな風になるかな?

 すごくわくわくしてる。

 それを私たちが勝手にやっちゃったら? ひどくがっかりするだろう。傷ついちゃうし、もういいやってなるかも。そんなピザを出してなんになるというの?

 みんなの夢が詰まっている。そんなピザをお届けする。

 すごくいいじゃんね。

 今日の私には無理だ。だって、あの胃袋の中に入ってもまだ、怖くて仕方ない。ぷちたちほど、大事にお迎えしようと覚悟を決められずにいる。

 そんなに私は最近の状況がいやなのかな。受け入れがたいのかな。

 暴力を掘り下げて学んで知った世界のしんどさにめげてる?

 見え方が変わってへこんでる?

 だって、自分の延長線上にあることだから。身近に迫るしんどさもやまほどあるから。

 ああ。

 これも、何度目の問いなんだろう。


「ママ、こっち!」

「聞いて!?」


 はあいと答えて、心の傷口をふさぐかさぶたに触れるのをやめる。

 傷を意識して庇うのも、やめちゃう。

 話を聞いているとき、私の怖さはそれほど刺激されない。

 なだめられさえ、すれば。

 受け入れがたいよ。ずっと。

 傷を負っていると認めるのもきびしいし、傷痕を意識するほどつらくなるよ?

 そこに自分の限界と無理を感じとるけど、焦るな。

 カロリーと一緒。いきなり減らせない。むしろ痩せたいときさえ、ゆっくり時間をかけて落とすのがコツだって書いてあったし? いまなら理由もばっちりわかる。急ぐな、焦るな。

 楽しみながら進もう。

 私だけがどうにかするっていうんじゃあ、だめなんだ。

 それと同じでね?

 ぷちたちだけがどうにかするっていうんでも、だめだ。

 岡島くんはもうすでに、ぷちたちと一緒にやる気だ。ううん。むしろ彼はぷちたちが呼びかけたときにはもう、決めていた。

 私も加わろう。

 地獄のただ中にいる。まばたきすると、私は怪物で、地獄にしか居場所がないような気にさえなる。ふり返りたくない傷痕をたどらなきゃ、結局、いまはどうにもならない気にさえ。

 自分に反吐が出る。

 夢見ていた頃の自分が知らずに済ませていたことが、いまの私を苛んでくる。

 なにかを嫌わずにはいられなくて、その筆頭格は自分で。

 その余波でぷちたちを遠ざけたり、傷つけたりしている。

 それなのに、毎日は続いていくんだ。

 なにかを強くきらい、憎んでいる暇なんてない。

 ぷちたちは求めている。

 私よりもずっと素直に、強く願っている。

 愛し愛されることを。当たり前に得られる時間を。

 そこには私の幸せさえも含まれていて、この子たちは恐らくそれに無自覚で。

 私の熱量よりも、強くて私が溶けてしまいそうだ。

 疼くんだよ。そのたびに。

 だから意地でも私は私を諦めない。

 十兵衞の言うとおり、私の呪いは私が下ろす。

 頼ればいいし、話せばいい。話を聞けばいいし、教えてもらえばいい。

 うん? と思ったら掘り下げてもいいし、離れてもいい。

 目的は? 呪いを下ろすこと? 私を諦めないこと?

 んー。ちがう。

 それらは手段だ。

 愛し愛されることさえ、手段なのかもしれない。

 果実の成る樹の幹をたどって、根本にあるのはどんな思いだろう。

 ありふれていてもいい。

 しょうもなさすぎて笑えちゃうものでもいい。

 私は私を知りたい。

 自分で自分を掘り下げるよりもずっと、ぷちたちが教えてくれている。

 閉じず、ふさがず。

 開いて、耳を傾けて。心を寄せて。

 ぷちたちが作るピザを食べたい気持ちがふくらんでくるよ?

 合わせてふくらんでくるんだ。

 きっとうまくいくって気持ちが。




 つづく!

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