第千八百三十三話
課長、と呼ばれて指示を出す。
十二の区でそれぞれ十二箇所の爆破。
けれど人が消えているのは、ひとつの区につき一箇所のみ。
侍隊の配置も整っていくし、変わっていく。
「隊長、いいんですか? 学生たちがなにかやっていますが」
「邪とも人ともつかない、奇妙な反応がありますが。彼ら、気づいてませんよ?」
「釣り糸を垂らして内部の霊子を探るって、俺たち呑気すぎやしませんか?」
警視庁から来た馴染みの部下たちが「止めたい」「忠告すべきだ」と訴えてくる。
ブラフの十二区十一箇所は、侍隊が動く必要性はない。
肝心なのは、残った十二箇所だ。
通信での報告を重ねて確認した限り、霊子は同一のものから生じている。
徐々に情報が集まり、精度が上がってきた。
青澄春灯に協力して釣り糸を垂らした際に、手を尽くして情報収集に勤しんだ。
弟は気づいていない。恋人の現状を心配するのに忙しくて。
青いなあ。まだ。
「いいっていいって。他の十一箇所に関しても、手出しは無用だ。現世で人を近づけないようにしておけばいいさ」
「それで済むんですか?」
「隔離世の監視は?」
「心配で不安なのはわかるが、今回は学生たち向けなんだよ。だいじょうぶ。見守ればいい」
全員に不要な干渉をしないように徹底させておく。
ようやく仕組みの全体像が見えてきた。
それでもまだ足りない。どう考えても異常だ。だいたいだれがどこから爆破物を持ち込んだ。発破の技術は? さかのぼって、建築はそもそも妥当だったのか?
そんなに長期的な計画が? 陰謀論者にでもなったつもりか。
どうして止められなかった、防げなかったのだと大荒れだ。こんな状況が「偶発的な事故」だなどと言われたところで、仮にそれが事実だったとしても納得できるはずもない。
そこまでぜい弱じゃあないだろう。
昨夜、待ったがかかった件も、ビルの発破によって意味合いが変わってくる。
今ごろ大騒ぎになっているんだろうなあ。
自分たちが関わるとしたら? 隔離世でのトラブルが前提に組み込まれたときだけ。
出世が花道なら、ほど遠い位置にいる。
ま、いいさ。構わない。
仕事に集中するとしよう。
『シュウ。春灯の子たちの訴えのとおりだけど、私たちにはそれがどれほど切実なものかがわかっている。なのに、伝えないの?』
腰に帯びた刀の魂が語りかけてくる。
禍津日神は予兆に備えている。
東京の隔離世、その地下に潜むけもの。
自分たちが日頃の任務で、かつて一度たりとも気づかなかった奇妙な霊子。
それはひとつに繋がっている。範囲は二十三区に限らない。東京都を中心に神奈川、埼玉、東京湾にかけて千葉の西部に。なんなら山梨にもすこし手が届くほど。
どれほど巨大な怪異なのかと身構えているから、部下たちは身構えている。
けれど禍津日神が自分に言ったように、彼女と私には聞こえている。
足りぬ、ひもじい、助けて、と。
もののけ姫の頭を失ったシシガミが、どんどん巨大化しながら最初に死をまき散らしたシーンを思い浮かべる。あれよりも、もっと巨大だ。しかし、その状態を維持するのに、どれほどの霊子が必要になるのか。
明らかに間に合わなくなってきている。
青澄くんがけものの腹に飛び込んで、桁外れの範囲に拡散した霊子が収束しつつある。
彼女が潜らなければ、あまりに希薄すぎて感じ取れなかった。それがいまじゃ、うちの隊員も、士道誠心学院高等部の教師たちもみな気づくほど密度が濃くなっている。
知らぬは生徒ばかりなりか?
いや、数名は訝しんでいる。カナタも是非ともその中に入ってほしいのに、その気配がない。
『シュウはカナタを厳しく見すぎている。他の学生たちも気づいていないのに、冷たく当たっちゃ可哀想だよ』
気をつけてはいるんだけど、どうしてもね。つい、望んでしまうんだ。
立派さを。頼もしさを。
『春灯たちならやってくれるよ。それを期待するとき、みんなに大事な情報なら知らせるでしょ?』
自分が言わずとも、彼らなら気づくだろう。
生徒会長やラビにユリアは気づいている。わかっていて、ラビはピエロを演じている。
『じゃあ、ほんとに黙って見ているつもりなの?』
学生たちの経験の場を、おとなが出しゃばって奪うのもね?
『侍隊がどうにかするべき事態じゃないの? それはどうかと思うよ?』
そうは言ってもね。
自分たちでは、ご飯をあげて和解するなんて手段は選べないわけで。
『誘拐されている人がいる、と見たら当然じゃない?』
危険があるのなら、救助。人命優先、第一に。
そのために乗り込んで制圧を?
いいや。できないし、すべきでない。望まぬ相手は拒む場所で、尚且つ人が挑むには巨大すぎる存在だから。
『尻込みしてるだけじゃないかって、部下のみなさんご立腹だよ?』
いいのいいの。このままで。
『でもさあ。問題あるんじゃない? 警察が学生頼りって』
そうはいっても、最良の手札が切れるのは私たちではなく彼らだからね。
任せればいいでしょ。
『いいのかなあ』
いいのいいの。
それにね? 相手が腹ぺこなだけのけものなら、まずはご飯をあげとこう。
謝肉祭遊園地と近頃さわがれていたものと思しき存在だとみている。関東を覆えそうなほど巨大な霊子の存在が、人々を招き入れ、そして帰していた。
では招き入れてなにをしていたのか。なぜ帰すのか。帰った人々はなぜ再び戻るのか。
学生や、かつて警察署や交番に相談に来た人たちの話を総合して考えると?
『ど、どうなるの?』
霊子を吸っていた。
邪さえ吸いこむことを踏まえて考えると?
ままならない複雑な感情から生じる霊子を、かな。
『え、と。つまり?』
気分良くなって帰ってたんじゃないかな。
吸い寄せられた人々は。
『学校の卒業生さんの話だと、かなりおっかない場所に思えたそうだよ?』
暗闇の間。忍びの子たちが調査に入った現場は、お世辞にもまともな場所には見えなかったそうだ。
『東京と星蘭の凄腕の忍びの子たちにも調べきれなかった場所だよ? そんな場所が体内にある怪異を相手にするんでしょ? ほんとにだいじょうぶ?』
だいじょぶなんじゃない?
『そんな適当な!』
ビルを爆破した連中に比べたらね。
うちの隊員たちが連れ去られたとされる人物たちに会ったけれど、不自然なくらいなにごともなかった。邪さえ見つからない。まるで、邪が生まれる根本的な原因がなくなったかのように。
一方、士道誠心学院高等部の学生の友人は学校に通わなくなったという。不登校だ。そのわりに気軽に引きこもっているという。そっちのほうがずっと気が楽だと言わんばかりに。
それはそれでもちろん問題だ。
ただ、そういう我慢を強いる行いから生じる類いの霊子を食らうけものなら?
それほど騒がれないのもわかる。
SNSで「昨今の社会問題となっている!」みたいに訴えだしている気配もない。
患うことがなくなった。霊子を食われて。言い方を変えるのなら? 患う気持ちを食われることで、解放された。さらに言い方を変えると? 解放されることによって、社会生活で新たな問題が生じるだろうけど。まあ、それもやっぱり、対象に霊子を食われて患うことがなくなるのだろう。
なんなら清々しい気持ちで行動できる居場所を探すかもしれない。新たな職探しをするか。不愉快な家族関係を解消するか。その他諸々。
けど、それだけ。
ゲゲゲっていうより、なんたらウォッチのノリだ。
もちろん大いに問題だが、現状の情報を土台に立てられる推測でいけば?
誘拐された人たちはみな無事だ。
『ほんとかなあ』
忍びの子たちも、そりゃあ腕が立つのはたしかだろうが、無事に帰ってこれているだろう?
『卒業生の話によれば、逃げる際にはかなり怖い目に遭ったって』
思いどおりにいかなくなると危険が生じる。
それを前提に考えるのなら?
誘拐された人たちと合流してからでなくては、刺激できないし、するべきではない。
『それで結局、任せるの?』
お腹すかしてるんだよ?
ご飯あげるくらい、いいんじゃない?
『シュウ……真面目にやってる?』
わりとね。
この場よりもむしろ、気になるのは別。
道具は使いようだ。
現状でも既に多くの影響が出ていそうな謝肉祭遊園地だが、やりようによっては侍隊が異変に気づくための邪を秘密裏に処理できるともいえる。
ストレスから生じる邪は、ときに現世の人よりも多くのことを赤裸々に語る。
だから侍隊以外に邪を討伐――……いや、消せる存在がいたら?
把握できないことが出てくる。
たとえばそう。
ビルの爆破くらい、大それたことのように。
ここへ来て、謝肉祭遊園地の意味合いは変わった。
だれが、そこで、霊子を食われたのか。そこにだれが、どのように、どんな意図を持って関わったのか。もっといえば、どのような狙いをもって謝肉祭遊園地を利用したのか。
佐藤、柊の二名に任せるにはハイカロリーな捜査だ。
注力したい。
『なら自分たちが関わって、しっかり達成しなきゃってならない?』
だからさ。
だいじょぶなんじゃない?
怯えている存在を相手に、怯えている集団が向かうのは悪手だよ。
学生たちのほうがずっと、肩から力が抜けている。
うちの隊員が出向いたら、戦闘になるのが目に見えている。
被害を避けられるのなら、その可能性が高いのなら、そちらを選ぶだろ?
『でもなあ。人質がさ?』
ま、そこはね。
手がないでもないんだけど。
『まさか、また隠しごとしてるの!?』
いやいや。
青澄くんたちがうまくやってくれれば済む話さ。
『済まなかったらどうなるの!?』
プランB。ちょいと無茶して人々を連れ出す。
ただし警察が関与していたら?
なにかと問題があるから、忍びに頼ることになる。
『うっわ! そこまで準備してあるの!?』
さっきね。連絡しておいた。
『――……彼らがおとなしく言うこと聞いてくれるのかな?』
それは微妙なラインだね。
だから結局、危険な状況になったら自分たちが出向くことになる。
そのために戦力配備も順次進行中。
『その戦力で突っ込まなくていいの?』
心配?
『いろいろね。このままでいいのかなって、不安』
なら、待ってみよう。
知っているよ? それが一番きついストレスになり得ることを。
だからこそ深呼吸して、それから任せてみよう。
出番が来たらすべきことをしよう。
それまでは?
出しゃばるなかれだ。
『そこまで踏まえて、春灯を呼んだの?』
いーや! それはない。
なにかが起きると信じて呼んだだけ。
実際に起きて、状況が変化した。そして新たな知見を得て、勝ち筋が僅かながら見えた。
彼らの行いが更なる変化を起こすかもしれない。
いいことだけとも限らない。
それにも備えているよ。
ただ、なんだろうな。お腹がすいているからご飯を、なんて思いつかないからさ?
任せてみたいんだよ。
◆
巨大な雲で鍋を作る。
水をめいっぱい入れて、火をそばに近づけて熱する。
その間に、ありったけの野菜やありったけのお肉を投入する。
ざっくりいうと、コンソメスープを作ってるんだ。
下地に使えるでしょ?
和っていうより洋だけど。
雲形移動キッチンは空を行く。水道も電気もガスもない。おかげでとっても不便。
不足だらけだから、その場その場で付けたして改良を試みている。
やってみてわかった。
やってみるまでもなかったけどね。
それでも進めるしかないので、調理を続けているんだけどね?
「なんか地味ー」
「もっとわくわくするのがいい」
「ねえステーキは!?」
「いやピザでしょー!」
尻尾から出てきて、上下に揺さぶってくるぷちたちは気に入らないみたい。
地味に要求内容かわってきてない? ねえ。
「みんなで焼いて食べる具材は、いま用意してるからね?」
私はいま、鍋の下に集まった火を出す係としてお仕事中。
狐火を出して、刀鍛冶のみんなが作ってくれた雲鍋に延々と熱している。
岡島くんは調理場にいるけど、いつも一緒の茨ちゃんは鬼火を出していた。
私と一緒の係なんだ。
他にもね。電気ガス水道がないのを、自前でカバーしている。
まさか道路に穴を開けてガス管をどうにかするわけにもいかないし?
霊子体に遠慮せずに、当初の予定通りスタジオを使っておけばよかったかもしれない。
アイアンマンの映画監督さんが監督脚本主演をやってたシェフっていう映画で、フードトラックを使っていた。あれって見事にパッケージされてたんだね。勉強になるわあ。
ありません?
やってみる前は「意外といけるっしょ」って思ってたのに、いざやってみると「あ、あれ?」ってなること。
今回がそればかり。
いいねえ。挑戦してるねえ。
できれば事前の計画をしておきたかったけど、こんな予行演習したことなかった。
いざっていうとき、いきなり作り出すんじゃなくて、日頃からあれこれ作っておくのがいいんだね? これは大きな学び。
日頃から将来に向けて、わかりやすく利益に繋がらないとしても投資するのが大事。
実感するわー。
「なんか雑じゃない!? ねえ、ママ! 聞いてる!?」
「好きなのになる感じしないよ!?」
「聞いてるよ。お料理の最初は、わりと地味なんだよ? そこをねー。大事にやるの。基本がしっかり作れるほど、みんなおいしくなっていくんだよ? 最初の一歩なのさ」
「「「 んんんん! 」」」
そういう話がしたいんじゃねえんだわ! とばかりに、ぷちたちがそろって九尾のうえで弾む。毛をがっしり掴んで、足で尾を挟んでやるものだから、痛いし重心がぶれるしで、大変だ。
この抗議手段がいまのところ効果抜群なので、みんなして真似するし、一度はじめると繰り返す。大きな声を上げ始めるようになったら、要注意。
全力だし、声が甲高くて耳にきんと響く。
ちっちゃい頃をふり返って考えると「こっちをみて!」とか「ちゃんと愛して!」とか、そういう類いの訴えに思えちゃうから、ますますめげる。
そうなる前に?
「どしたい?」
ラフに話しかけながら、一度手を止めた。
みんなにふり返る。狐火はそのままずっと燃えている。火加減の調節が必要とはいえ、いまはもういわゆる中火でとろとろ煮込む段階なので、熱量を維持できればいい。
その場に屈んで、みんなの話を聞く。
こういうとき、忘れずにいたい。
みんなに意見を言わせて、ひとまず聞いた体にして「済ませたい」という態度って、相手に露骨に伝わる。大人でも、だれでもそうだ。
済ませたい会話スタイルって、相手にされるととにかくきつい。
済ませるために「こう話せや、おら」って圧をかけてくる人もいる。
だいたいそういう人って余裕も余白もない。
そのツケを相手に払わせようとする身勝手なところが、まずいんだけどね。
そうは言っても「済ませたい」だけで自分に都合のいい話しかしない亭主、育ち盛りで話を聞いてほしいこどもに挟まれたお母さんみたいに孤立無援で余裕も余白もなく、がんがん振り回されて削られる立場になると? そこで新たに余裕や余白を作ることなんてできやしないよなあ。
今回は亭主としたけど、別に亭主に限らない。
そういう男性が多そうな印象を持つけどね。SNSみてるとさ。ついね。
でも、きっとどんな人でもやりがちなんじゃないかな。
済ませたいときには特にそう。
テトリスみたいな感じかな。相手の話題が自分の土台に当てはまるかどうかを判定する。噛みあえば「どうぞ続けて」、噛みあわなければ「もうちょっとさあ。相手のこと考えな?」と突き放す。
これとは別のスタイルがあってさ?
ひとまず空いているフィールドに相手の話題というブロックを置いてみて、話に相づちを打ちながら相手のことばを積み重ねていって、相手のことを理解しようと努める。
そういうスタイルとは真逆。
相手のことを尋ねたり、知ろうとしたり、どういう思いなのか共感できるところはないかを探るのか。それとも自分の土台で相手を判断して、自分の価値観のもとで「話をするのは理由がある」ならば「理由を解決すればいい」として、答えを出すことに注力するのか。
家族で判断、判定、解決してやるトークをされるのめっちゃしんどいし、ただただつらい。支配的に相手の会話に干渉していくところもきつい。侵略的だ。無理。
でも、ぷちたちが甲高い声でわあわあ言いだすと「静かにしてよ!」って怒鳴り散らかして、挙げ句に「そんなのたいしたことじゃない!」と、私の土台で雑に済ませようとしてしまう。
仮に私に余裕がなくて、みんなのことを知ろうという気持ちの余白もないとしても。ね?
そんなのきつい。ぷちたちがまず深く傷つくし、回り回って私も自分を許せなくなるし、結局は傷つくことになる。
好きなら知りたいと思うでしょ、なんて一般論が人を追いつめることさえあり得るけどさ。
それでも知りたいと思えるところで、まずは留まりたい。
「作業で頭がいっぱいだったね。ごめんね」
どうか教えて? と、みんなの話を聞く。
それぞれにいろんなアイディアを話すし、私が耳を貸さなかったことを怒ってくる。
感情を引きずる子もいて、ずっと興奮していたり、ずっとへこんでいたりする。傷ついているんだ。ただちょっと、狐火を燃やすのに集中していただけで。
でも、そんなもんだよなあ。
心が大きく結びついているよね。
当たり前すぎて、大事なことすぎて、頭から抜け落ちては、こういう機会に思い出すんだ。
忘れずにいられたらいいのに、むずかしい。
自己嫌悪の機会がいくらでも増えてしまう。
そりゃあ、余裕だの余白だのいってられない。
そういうときほど、余裕だの余白だのが大事なのに。
何度目だろう。
これから何度も繰り返すのかも。
みんなが教えてくれたのに、もっと耳を傾けられたはずなのに。
まだまだ初心者だ。私は。ちゃんと練習しよう。ちゃんと工夫していこう。
それがなにか思いつかないから困る。悩むのは後にして、まず話を聞くけれど、間に合わないことばかりだ。
赤ちゃんを産んだら、もっと意思疎通が取れないし? おまけにあまりにも儚すぎて心配でたまらないという。ちょっとしたことで死んでしまう恐れがあると聞く。
それが何年も続くんだよ? めまいがしちゃう。
そんなときに自分に向けて「済ませる」会話しかできないパートナーと一緒だったら?
正直、ぞっとする。
「「「 聞いてる!? 」」」
「ご、ごめん!」
それどころじゃない私は、怒られながら現地に向かっている。
しょ、精進します……っ!
つづく!




