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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百三十一話

 



 春灯たちが食事の用意をするために離れていった。

 恋人の後ろ姿を見送るのは、それがなにげない瞬間でもさみしい。

 あれ?

 甘えたいのかな?

 春灯からも、春灯のお母さんからも「結局さー。男のほうが甘えん坊だよ」と言われる。それはドラマを見ていたり、なにげない話をしていたりする中で。

 緋迎カナタはそのたびにドキドキしちゃう。

 え。もしかして、それ俺の話をしています? って。

 どうなんだろう。性別っていうよりも、性別を理由に受けた教育とか、浴びたり触れてきた価値観とか、経験によるのでは?

 あと性差で考えつくのは、生理。春灯がピルを飲むようになるまでは特に顕著で、大層ビビった。コバトにもいつかくるとしても、うちの男衆で心構えがしっかりできていたとは言えない俺だ。その度合いには個人差もあるそうだけど、傍から見ているとかなりきつそうだ。

 春灯に見せてもらったことがある。世界の果てまでいく冒険バラエティ番組で、中年のお笑い芸人さんがアメリカの病院で生理痛や出産時の痛みを体験できる病院に行き、試した場面を。

 子宮の中に増殖した内膜が月経期には壊死して、剥がれ落ちていく。すると? 血液と内膜が出てくることになる。

 壊死して剥がれ落ちる過程で生じる痛みって。想像しがたい。ただ、芸人さんのリアクションを見て、再認識した。あれは、ぜったいに、めちゃくちゃ痛い。

 なんとそれが毎月、起きる。健康にまつわる大事なトピックスだ。

 春灯がちょいちょい見ているファッション誌の動画に、どういう感じかを示すものがあった。毎回、卵巣で卵子がひとつ成長する。やがて卵巣を出て卵管に吸いあげられて、子宮へ。いわゆる排卵だ。卵巣も卵管も左右にあるけれど、どちらから出てくるかは決まっていないという。謎だよなあ。男の場合、精巣はどっちかだけが精子を作っているのかな。謎。

 その間に子宮の内膜はせっせと、受精卵を受け入れる準備をする。受精していなければ? 内膜は不要だから、出す。その仕組みをして「神さま、もうちょいなんとかならんかったんか」と嘆く呟きがあったと春灯が言っていた。たしかに、準備はしたけど使わなかったから捨てる、そのたび激痛が走るってなんだよってなりそうだ。

 迂闊に言えない。言っていいのかどうかがわからない。繊細な話題でもあるし? ただ、理解はしてほしいと言われて、改めて学んでみたけど。

 まずもって、月経さえ、人それぞれちがうという。実のところ月経でつらいとき、理解のない男性よりも、月経が軽い女性のほうが辛辣で冷酷みたいな言説も目にする。

 ドラマ、BONESだと?

 研究所の所長の後任となる女性が、ある事件で元恋人の娘を養子にすることに。娘さんが成長して、いよいよ高校で彼氏とちょいちょいふたりで遊ぶようになってきたら? そりゃあ、いよいよセックスだってするかもしれない。けど、その手の話題は繊細だ。なので女性は「自分には直接はなしにくいだろうし。ほら、こどもにとって、親って。ねえ?」として、娘さんに婦人科医のかかりつけを決めるよう提案する。実際には一悶着あるんだけど割愛。

 日本の保健体育だと? 男子だらけで女子の生理。いかにも茶化してはやして終わりそうだ。そういう学校もいくつもありそうだとさえ思う。実際、生殖だの、母親になる準備だの、その後の人生プランを強固に結びつける文脈で言うと? なんだか。どうなんだ。それって。

 でも、待て。

 いいや待て。

 毎月のように身体に起きる月経は、健康にまつわる大事な話だ。毎月でなく、不定期だったら? 自分はともだちとちょっとちがうかも。あまりに痛すぎるけど、それは? 個人差があるっていうけど、じゃあ、どうすれば?

 そりゃあ、かかりつけ医を決めるのも納得だ。

 同性である女性医がいいっていうのも。そうでないとしても、本人の選択について外野が評価したり野次を飛ばすのは間違ってる。

 気持ちが身体の変化に影響を受ける。そんなのざらだ。当たり前。

 月経もそういう流れのようで、ファッション誌の動画を見ると、憂うつな時期もあれば疲れやすい時期もあるし、生理痛に悩まされる間はかなりつらそうだ。それが過ぎて、元気が出てくると? 肌つやに影響が出たり、やる気がみなぎってきたりして、めっちゃ前向きに。しかし、それも卵子が排出されると、ホルモンが暴れはじめる。やがて無理はいつも以上にやめとくときが来て? そして、最初に戻る。その繰り返し。

 動画だと「あなたならだいじょうぶ!」と応援して締めていた。

 春灯の好きなビッグバンセオリーの登場人物に「私はホルモンを飼い慣らしている!」と断言する学者さんがいたっけ。主要女性メンバーで。そうはいっても旦那が背中や足のマッサージをしていた。

 個人差があるとして、心身それぞれにきつくなるときに「セックス! セックス!」と男が自分の欲望しか見向きもしなかったら?

 そりゃあ、身勝手だし。

 捨てられたうえで文句を言われるのみならず、怨みを買ったとしても不思議じゃない。

 ただ、でも。

 自分とはちがうという、その他者性を心から重んじることができるのか。

 正直、自信はない。

 薬を飲めば抑制できるから、気にしなくていいんでしょ? じゃあないよなあ。

 自分の中にある推測で済ませるより、相手を見よってなるだろ。そこは。

 いずれにせよ、大きな違いがある。それは結局、先に話した体験に組み込まれるものだ。

 個人差があるし? 先ほど述べた仕組みを言えるとして、体験との間には埋めようのない溝があることも忘れずにいなければならない。加えていえば繊細な領域の話題だから? よほど親しい仲でも、持ち出せない。男がそれを語るなと怒る人だっていそうで。実際、身体的な領域の話題は触れるべからず、に感じる。性的なニュアンスがあると感じるし、それを話すこと自体に、意味が生まれることさえあるのだから。迂闊に持ち出すべからず。

 ほら。NG話題にあるだろ? 政治、宗教、あと野球だっけ? 他にも容姿、年齢、家庭環境、こどもなど。特定の主義主張も入るかな。野球と限定せずに、スポーツと言ってもいいかもしれない。

 個人的な領域にまつわる話題だから、他者性を重んじて付き合える距離感を構築できるまでは? 迂闊にすべきじゃない、という、例のあれ。

 デリカシーの領域にも重なる。ので? ますますもって、繊細。

 いまは正直、春灯に頼っている。あれしてこれしてと言ってもらえたほうが助かるまである。

 そうなるまでに紆余曲折あったのは、たしか。未来から双子が尋ねてくるすこし前からずっと、春灯がもの憂げなのも? たしかだ。

 コミュニケーションに依存している。

 しゃべらなくなったり、会話が成立しなくなったら? どうすることもできない。

 そういうとき、相手のメッセージを求める者は、どこまでしていいのだろう。

 観察、分析、推定。BONESに出てくる、こども向け科学番組の学者の決めぜりふのひとつだ。ちなみにもうひとつの決めぜりふは? すんばらしぃ! だそうだ。

 相手を研究対象のようにみるのなら?

 科学者の合言葉はなにかな?

 観察、分析、推定。

 実験をして?

 観察、分析、推定。

 繰り返して、明らかにしていく。

 それを人にするかって?

 ビッグバンセオリーのシェルドンみたいだ。

 人を実験対象にする。それって、選ばれた側としては? 正直、あんまり気持ちのいいことじゃない。

 じゃあ、どういうアプローチがいいんだろう。

 俺たちは医者じゃない。なにかの専門家ってわけでもない。

 そう思って、伝えたんだ。

 山吹が二年生の方針を教えてくれたときに、小楠やラビたちに向けて。

 おまけに相手は現場の警官や消防隊の人間を吸いこんでいる可能性が高い。救助が必要な状況だ。彼らを捕まえたであろう空間を相手にしているのだから、迂闊なことはするべきじゃない。

 なにかを試すにしても、よく観察して、分析して、推定を立ててからでも遅くはない。

 ちなみに大手家具メーカーだと、観察、分析、判断。

 他にもビジネスにはいろんな手法があるそうだ。

 PDCA、つまるところ計画、実行、検証、再行動をループして行なうとか。

 OODA、観察、状況判断、意思決定、実行のループとか。

 肝心なのは?

 いきなり行動しない。少なくとも準備ができるのなら、整えてからでも遅くはない。

 なのに。


「ユウリ! もうちょっと、こう。悩ましいのがいいな!」

「なにが悲しくて警察が見ているまえで水のふたに美女を描かなきゃいけないんだよ」


 ユウリを筆頭に、三年男子の刀鍛冶が集まっている。

 瓦礫の山のうえに流した水のふたに糸を浸して、その形で全裸の女性を描いている。

 ラビが指揮を執って描いた曲線はミロのビーナスみたいだ。

 昔々の曲線だなあ。同じクラスの美術部の仲間に聞いた話じゃ、大昔は彫像にさえポルノな要素があったんだとか。女性の乳房が露出していても不思議のない時代だったか、男性の性器がついていても当たり前な時代だったのかまでは知らない。

 当時の風俗を学ぶほうが、その時代に暮らしていた人たちの感覚を身近に感じて、歴史に残る人たちの実像への共感も増すような気がするんだけど。

 でもなあ。

 これはどうなんだろう。


「空間が食べものを欲しているかどうかなんて、まだ決まってないだろ?」

「美女がだめなら、次はイケメンか? 不毛だろ! なんだ? 馬並みのでかいのでも作るか?」

「じゃあ水に食材を浮かべてみるかい?」

「それも不毛だ! なあ、中に入ればいいだろ?」


 ユウリの主張は単純だ。

 春灯のように中に入り、霊子を調べればいい。

 吸われてしまう可能性は否定できないものの、春灯が戻ってきたんだから、なにか手があるはずだ。それを探るためにできることをするべきではないのか? という。

 そうすれば空間への理解が深まり、救助の仕方が見つかるかもしれない。春灯の願う、空間を魂として見たときの癒やし方だって見つかるかもしれない。

 すごくよくわかる。

 わかるんだけども。

 危ないし? 先生たちの許可が出るはずもない。

 かといって。


「変化がないなあ。くびれが足りないのかな?」

「なあ、もうやめねえ?」

「なんでさ」

「みんなの視線が痛いんだよ! そのわりに成果もねえし!」


 ふたりを筆頭に、水のふたにあれこれ沈めて遊んでもなあ。

 腕を組んで鼻で深く呼吸した。


「なにやってんだか」


 小楠たちは早々に見切りをつけて、山吹、住良木、そして一年生のフットワークの軽い人たちを集めて話し合いの真っ最中。刀鍛冶でもある俺が黙ってあきれ果てながら見ている理由は?

 小楠に言われたから。


『いざとなったら、声をあげて』


 お目付役だ。要するに。

 水のふたをしてから不思議とだれも吸われていない。

 タイミングはいつからか。兄さんたちが来てから? それとも、春灯を吸いこんでから? だれもがなるべく近づかないようにしたから?

 近づかないようにしたとしたら、いま水のふたのそばで紐絵遊びをしている奴らが無事な理由はなんだ?


「さっぱりわからん」


 わからないのは空間だけじゃない。

 この現場もそうだ。

 いったいだれが、なんのために爆破を?

 調べようにも瓦礫から得られる情報は特になし。どんな借主がいたのか、貸主はだれで、利用客は? そのあたり、警察から教えてもらえそうにないのだから?

 俺たちになにかがわかろうはずもなく。

 シオリは二年の柊と一緒になって、柊の姉で兄さんの部下である女性にがっつり捕まっていて頼れそうにない。こちらの手の内なんて兄さんはお見通しだ。

 春灯の視点だと?


「甘えたいのかな?」


 なにげなく呟く。

 この偏見を点として置いて、なにをどう試せるだろう。

 そもそも、試すという発想でいいのか?

 どうせそれぞれにいろんな視点を持って、あれこれ考えているんだ。

 俺はどう考えたいのか。

 知りたいのか。

 それとも、自分のやり方を証明したいのか。

 俺たちはすごいって、それを明らかにしたいだけなのか?

 相手が軸か。自分が軸か。

 春灯とぷちたちは、空間をいきものとして捉えて、お腹を空かせているなんて! ご飯をあげなきゃって、そう考えている。なにを食べられるのか、どのくらい食べられるのか。空間を調べる筋と合わせて説明している。

 対してラビは、恐らくはユウリが調べに行きかねず、そうすると最悪の場合は生徒に被害が出そうだから、ばかなことをして引き留めているのかもしれない。

 土足で踏みこむのか。

 傷ついているかもしれない心に。

 なにも優しくしなきゃ、というだけの話じゃない。

 限界を来した心に土足で踏みこんだら、刺激する。つらくてきびしいときほど、些細な刺激も心をひどく揺さぶる。怪我をした場所は、痛みが落ちつくまでは敏感だ。転んだ痛みはやがて落ちつくけれど、骨が折れていたら? ひどい擦り傷だったら? 当然、長引く。適切な処置を受けることができても。それが心なら? 見えないぶん、本人さえ気づかず刺激してしまいかねないし? 周囲はもっとわかりにくいから、刺激してしまいやすい。

 すると、どういう状況が想定される?

 吸われた人たちの無事が危うくなる。

 だから、なるべく刺激しないでおきたい。

 ハグで済むなら、それに越したことはないのだ。

 そのためにも知りたい。

 どういう存在なのか。

 その術がない。

 ユウリよりももっと、相手にとって刺激の少ない手段はないか。むしろ刺激そのものがなければ、そのほうがいいのだ。

 こっそり探るよりも、まずコミュニケーションが取れればいいのだが。

 できない。

 この問いを読み解くには、どうすればいい。

 観察、分析、推定。

 観察しようにも瓦礫の山は瓦礫の山でしかない。兄さんの話じゃ、残骸と、崩れた建物の跡しかない。目に見えないなにかが、地中にあるのか。二十一世紀の猫型ロボットの道具のように、プリンをすくうスプーンのように地面を掘れる超巨大なスコップで、ビルの一画をまるごとすくって持ちあげてみせたら? そこになにかがあるのだろうか。

 観察とは、なんだ。

 春灯は新明解と大辞林派。で、俺は他にも見る。たとえば、広辞苑。


『物事の真の姿を間違いなく理解しようとよく見る』


 三省堂国語辞典なら?


『ありのままの状態を、注意深く見ること』


 そして新明解なら?


『そのものがどうなる(どういう状態である)かありのままの姿を、注意して見ること』


 最後に大辞林なら?


『物事の様相をありのままにくわしく見極め、そこにある種々の事情を知ること』


 蛇足だが種々はしゅじゅと読む。同じ大辞林から引用すると「いろいろのものがあること。また、種類・方法などの多いさま。いろいろ。さまざま」だそう。

 これはドラマ「SHERLOCK」でホームズが人を観察するときに出てくる情報演出がイメージに近いかもしれない。

 あるいは春灯が好きな、専門家とゲームでさんぽする動画に出てきた精神科医が言っていた「偏見を持つ」ことを意識する、そういう感覚に近いかもしれないな。

 常に受け身で対象を見ていればいいか。いや。どの辞書においても観察は意図と意識の存在を打ち出している。注意して、とか。注意深く、とか。見極め、とか。よく見る、とか。

 観察は意識的に、能動的に行なう。

 主体的であればいいか。それはどうだろう。持論に縋るようじゃ意味がない。

 自分はひらいていたほうがいい。情報を閉じた自分が取捨選択するとき、それが無意識であるほど無自覚な偏見によって、認識が歪んでしまう。とじるより、ひらいていたほうがいい。

 忘れずにおく。

 自分の知っていることには限界があること。体験や経験は、世界のすべてを言い当てることはできないこと。かといって、偏見だからと捨て去るようなゼロイチ思考も極端で危ういこと。

 どんな偏見も意識的に構えを変えるように切りかえていけばいい。

 執着があると? むずかしい。

 心に怪我を負うと? それがむずかしくなる。

 構えようとしても、どうしたって怪我を庇おうとする。痛みを感じないで済むように、無理をする。肉体における怪我にしても、痛いときには他のことをする余裕が失われる。目に見えて、痛みを和らげることができたり、治療できたりするのならいい。けど心はそうはいかない。

 とはいえ、空間の心と言われても。

 建築デザイナーでもあるまいし。

 正直、もうちょっと、その。いきものに近づけられはしないのか。

 これじゃ映画CUBEの序盤で「ここどこ、なに!?」って言ってるような感じなんだけどな。果たして問題は不思議な施設を作り、自分たちを誘拐してきた組織なのか。それとも、施設そのものなのか。


「――……」


 まずい。

 なんにもわからない。

 有効な手も浮かばない。

 いや。いきなりそこまで絶望しなくても、春灯がいろいろ情報を持ち帰ってくれた。

 霊子を吸う。少なくとも内部は巨大な洞穴のよう。恐らく壁か床、あるいは双方が動く。

 で、それが意味することとは?


「……」


 わからない!

 邪にせよ、黒い御珠にせよ、あるいはこれまで対峙してきた人たちにせよ、基本的には姿形が目に見える形でわかった。虫に例えるなら、俺たちも、相手も、蟻だ。けど今度の敵は砂場の穴。底にアリジゴクがいるかどうか、俺たちには観測できない。飛び込まない限りは。

 春灯の話を聞く限りじゃ、飛び込むのは控えたほうがいい。

 すくなくとも相手が落ち着くまでは。いや、空間が落ちつくってなんだよ。

 あの空間に飛び込んだ春灯は、胃袋みたいだと言っていた。

 よりにもよって、臓器?

 それはそれで捉えようがないというか、むずかしいというか!

 なんとかわかりやすいいきものになりませんかね?

 でもなあ。空間そのものに転化を試みて、シンゴジラ版のゴジラみたいになられても困るしなあ。


「どう?」


 悩みに耽っていたら、ユリアに呼びかけられた。

 小楠に言われて様子を見に来たのかもしれない。


「どうもなにも――……」


 ふり返ると、チーズ牛丼をもそもそと食べていた。

 そういえば一画にあったな。牛丼チェーン店が。


「……おいしそうだな」

「とろとろになるほどチーズは味覚を刺激する」


 どや顔で言われても。

 道のど真ん中でチーズ牛丼をつまみながらじゃ、どんな気持ちで見たらいいのかわからない。


「知らない? カロリーって、おいしいんだよ」


 聞いてないから。

 ついついカロリーとは脂肪である、みたいに変換しがちだけど。

 いちおう、ちがう。

 カロリーとは? 再び引用にいこう。今回は広辞苑から。


『熱量の単位。計量法では一カロリーを四・一八六○五ジュールと定めるが、国際単位系(SI)では推奨しがたい単位とする。通常、一カロリーは一気圧下で一グラムの純粋の温度をセ氏一四・五度から一五・五度に高めるのに要する熱量と定義される。記号cal→ジュール』

『栄養学ではふつう一キロカロリー(一○○○カロリー)のこと。栄養価を燃焼熱で表す際に用いる。記号Cal』


 栄養価を燃焼熱で表す際に用いるもの。

 高カロリーなものほどおいしいと感じるときがある。

 こってりした食べものに惹かれることが。

 別にいつもじゃない。

 身体が弱っているとき、雑炊が欲しいときだってある。

 そういうときでも味気ないものはいやだったりして、味覚は頭よりもずっと正直だ。

 春灯の水は、あの空間のお気に召さなかった。盛大に吐きだされてしまったのだから。

 でも空間に好き嫌いがあるってなんだ。

 部屋は人を選ぶ、みたいな話か?

 なにそれ。安土桃山時代か江戸時代の茶室かなにかなの?

 さっぱりわからん。


「なあ、ユリア。牛丼を瓦礫の山に近づけたら、消えたりしないかな」

「やだ」

「試す価値はあるかもしれないだろ?」

「これ、私のだもん。あげない」


 小楠に進展なしって伝えてくると呟いて、そそくさと立ち去った。

 牛丼屋にじゃない。言葉通り、小楠たちのほうへ。

 食いしん坊が過ぎる、八岐大蛇を御霊に宿すあのユリアが。

 おとなしく、一人前のチーズ牛丼を食べて済ませる?

 まさかと思って、小走りで牛丼屋を覗いた。

 現世じゃなくても罪悪感があるけど「失礼します」と呟いて、現世で働いているのだろう、動き回る霊子体を避けながらキッチンへ。鍋を覗くと、見事に空っぽになっていた。現世には影響がない。それに問題はそこじゃない。


「ぜんぶ食べたの?」


 うそでしょ。

 どんな胃袋してるんだよ!

 まるで春灯が飛び込んだ空間みたいじゃないか――……ん?




 つづく!

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