第千八百二十四話
想起するのは、相手の感情。
多くの人たちを勝手に取り入れて、あらゆる霊子を吸いこんで、なんなら邪さえも飲みこんでまでして隠れるなにか。
ぷちたちは推し量っているのか、共感しているのか。
どちらか私にはわからない。
佐藤さんの言うように、姿が見えないんじゃあ出方を選ぶどころじゃない。
対話するのなら、必要な前提がいくつかある。
そもそも対話が可能なのかどうか。いきものじゃない可能性さえある。私が化かしても、いきものとして振る舞ってくれるのかは疑問だ。
いきものでも、コミュニケーションにはハードルがあるよ?
人でもそう。
霊子が枯渇して飢えきっていて敵意剥き出しだった頃の教授よりもやばい精神状況だったら?
むずかしいぞ?
「やればできる!」
「やってみなきゃわからない!」
「「「 ごー! 」」」
なのに、ぷちたちは私の背中に強く呼びかける。
丸まりそうな弱腰の私に、しゃんとしろと訴える。
つらいかな! みんなに言ったことばが自分に返ってくる。
鼻で思いきり息を吸って、吐いた。
悩むぶんだけ転化して、思いきりやってみろだ!
「いけえっ!」
瓦礫の山へと金色をありったけ放出する。
目の前が眩く煌めく一色に染まって見えるくらいに。
それだけ出したからなのか。よほど対象がお腹ぺこぺこで霊子に飢えていたからなのか。
両手から放出されたときとは異なるベクトルで、金色が瓦礫へと吸い寄せられていく。
「転化を忘れるな!」
「もち!」
カナタの呼びかけに答えながらも、正直びびっていた。
めっちゃ吸うやん!
金色が瓦礫の山を中心にして、渦を巻き始める。
え。なに。回ってんの? そういう吸い方なの?
お風呂のお湯がいっぱいの一番風呂に入ったとき、あふれた水が排水口に吸われていくときのような。親戚のおうちで見た、おトイレの水の渦のような?
いや、ここは鳴門海峡の大潮がいいのでは? 見たことないけど、有名だっていうじゃん?
あとはー。
なんて、考えている場合ではないぞ?
これは「そんなにエネルギーが欲しけりゃくれてやる! ありったけをなあ!」とばかりに、エネルギーをたらふく食わせて「は、は、破裂しちゃううう!」って風船が弾けるように酸素を送る作戦じゃない。
私の金色を材料に、相手を化かそうというのだ。
ところで。
あのさ。
「ど、どうやって転化しよう!」
「「「 は!? 」」」
金色を出し続けながらも問いかける私に全員のきりりと引き締まった顔から、緊張が抜けた。
「「「 え!? いま!? 」」」
やばい。
ガチのトーンで怒りを感じるぞ?
そりゃあそうだぞ?
事前に確認しておけよって話だぞ?
でも、ほら。
あるじゃん?
勢いってやつが。
場の空気になんか飲まれちゃった的なやつが!
言えるわけがない。言えるわけがないよ?
そういうことほど、言わないとまずいことになっちゃうんだぞ?
身に染みて体感してるよ? 特におとな三人の視線のきつさといったら!
おしっこちびりそうなくらい怖いんだぞ?
「う、うそうそ! なんとかやってみるから!」
「「「 ほんとにぃ!? 」」」
カナタは心配しまくり、おとな三人は半ギレで、ぷちたちみんなはだめだっつってんのに尻尾から楽しそうに呼びかけてくる。
冗談だって! 一割くらいはね?
放出した金色の密度が減っていく。相手が吸うほうが早いんだ。無尽蔵に出せるってわけじゃない。急いだほうがいい。私まで狙われかねないのだ。
「んーっ!」
「「「 いま考えてない!? 」」」
おとなたちがうるさい!
気持ちはわかるけど、待って!
金色ごと転化する。私が握り、相手が食らいつく。
魂と魂の綱引きだ! おぉいちにぃのさんよいどぉ! じゃなくて!
綱引きだと分が悪い。一対一でも、化け術を使えばどうにかなる仕組みがいい。
そうなると? どうなるの?
「釣りだああ!」
放出した金色まるごと凝縮させて化かす。
まずは釣り竿に糸、渦巻く中に吸われて漂う金色は針に。
お父さんが持っていて、十兵衞と遊びにでかけたときに使っていたやつ。私は正直、ちっとも詳しくない! それでもリールがあって、釣り竿や糸は材質やバネだなんだが大事だっていうことくらいは知ってるぞ? 糸だってめちゃくちゃ長くていいはずだ。
なのに、物凄い勢いでリールの中の糸が巻き取られていく。
「あっ、青澄くん、引いて引いて!」
真っ先にシュウさんが指示をくれた。
それに反応してか、佐藤さんが急いで私の手を止める。
「いや待ってください! 引きがあまりに強すぎる! まず、電動式のがいい!」
電動式ぃ!?
「知らないので画像ください!」
「は、え!?」
「検索して! はやく!」
「けっ、検索!? えっと、え!? 見りゃ作れるのか!?」
「できません! 仕組みがわからないので!」
「なら検索しても無駄だろうが!」
「よしわかった!」
私にツッコミを入れる佐藤さんを片腕で下がらせて、シュウさんが私の握る釣り竿のリールに手をかざす。糸とリールが光り輝き形状を変えていく。刀鍛冶の力で急ぎ工作してくれているんだ。それでも糸が減る速度がやばい。なくなってしまいそう。
「金色を! 糸に変え続けて!」
「はっ、はい!」
シュウさんに命じられるままに、急いで糸を増やす。
それでも糸は吸われ続ける。
「カナタ! 針を頑丈に!」
「そ、そんな急に言われても」
「俺が教えます!」
「よし、佐藤くん頼む! それから柊くんは釣り竿を固定して、強く引ける仕組みを!」
私よりもシュウさんと佐藤さんの顔が生き生きとしてきた。
なんでなの?
釣りが好きなの?
カナタに負けじとあねらぎさんもついていけずに立ちつくしてる。
「え、え、私もあの、釣りってやったことがなくて」
「船だ! 車でもいい! 糸を引けるものであればいい!」
「じゃあ糸は太く鋼のワイヤーにして、クレーン車かなにかで引きます?」
「「 いやここは釣りだろう! 」」
おとなの男ふたりがハモるけど、待って?
別にあの。釣りをしたいんじゃないので!
「あの! 早くしたいんで! あねらぎさんの案で!」
「妙な呼び名!?」
ショックを受けるのはあとにしてもらえると!
リールが巻き取られる速度がどんどん増していく。
なんの加工もせずに出すより手間がかかるけど、ものが糸ならそれほどたいした労力じゃない。それでも、出すより吸われる速度のほうがね。このままじゃ間に合わなくなりそうだ。
どれほどシュウさんが糸を変えてくれていたとしても、この回転を手で止める勇気が出ない。焼き切れちゃいそうなくらいなんだ。
「くう! 面白い遊びだと思ったのに!」
「こういうこともできると盛りあがっちゃったのに!」
「弟くん、針を巨大な鉄製のフックに! 課長、気張って変えてください! 佐藤さんは運転席に!」
駄々をこねるおとなふたりに構わず、あねらぎさんがテキパキと指示を出す。
そこからが早かった。シュウさんがいっしょに持ってくれた釣り竿がどんどん巨大化して、糸も五十センチはありそうな金属製のワイヤーに早変わり。
細く凝縮した私の霊子があねらぎさんとシュウさんによって、拡張されながら変えられていく。針はちょっとしたクルーザーのイカリほどのサイズに、釣り竿は鉄柱のように。ふたりに指示されるまま、さきほどシュウさんが寄りかかっていた車の荷台に巨大化していく釣り竿をくっつける。
あねらぎさんがセダンの荷台をトレーラーの荷台のデザインに変えて、鉄柱釣り竿をくっつけた。それだけじゃなくて、車の左右に安定用の脚と重石をつける。
「エンジンつけて!」
「了解!」
佐藤さんが答えてすぐに車が振動した。
アクセルを踏んだのか、景気のいい排気音がする。
「ふかさない!」
「気分があがるだろうが!」
ふたりの掛け合いににやにやしている暇がない。
ワイヤーになったぶん、金色で余剰分を補給する手間がかかっている。
それでもいまだに瓦礫の下にいるなにかは針ごと引っ張り続けている。
口を挟む隙間もないけれど、そもそも余裕がない。
「課長、引きますよ!?」
「やってくれ! カナタ、車と瓦礫の間にいるな! こっちにくるんだ!」
「わかってる!」
カナタがすぐに荷台に飛び乗ろうとして「あなたは助手席!」とあねらぎさんにダメ出しされちゃう。けどごねる暇はない。すぐに助手席に乗って、扉が閉まる。その音を合図に、
「みんな、捕まって!」
「佐藤くん、重量調整とワイヤーの巻き取り操作を! こちらは青澄くんのフォローに回る!」
「いい感じにめちゃくちゃやってんなあ!」
おとな三人が私とカナタよりもご機嫌に。
すぐに巻き取る音がして、次にワイヤーが張った。車が引きずられる。ずず、ずず。最初はのろく。けど、急にアスファルトを擦れる音が鳴る。すぐさま音が低くなる。
「青年! やれ!」
「お、俺!?」
「こっちは車の制御をする! ワイヤーはお前がやれ!」
佐藤さんがブレーキを踏みながら、左右の脚についた重石の制御をして抗っている。
それで手いっぱいだというのだろう。カナタへの無茶ぶりは。
「カナタ!」
シュウさんが圧たっぷりに名前を呼んだ。
「こんなの聞いてない!」
悲鳴をあげるカナタに、きっと四人みんなが思っていたはずだ。
私たちも聞いてないし、言ってない。
そして発端は私なのだった。
ボケのひとつもお見舞いしたいところだけど、余裕がない。
ワイヤーが張る。シュウさんが急ぎワイヤーの構造を耐久性の高いものに加工していくんだけど、間に合わなかったり、私の霊子が薄い部分が「もう無理っす!」と根を上げて千切れてしまう。あねらぎさんはその修復を、私はひたすら霊子を足すので忙しい。
車がいまもまだ引きよせられる。瓦礫の山が近づいてくる。
いまやワイヤーは右図の中心に向かっていた。瓦礫の山の中に、なにかがいるのだ。
勘違いしちゃいけない。
つり上げるのは?
なにかを化かした、そのあとだ。
「ごはんがないから、怒ってるのかも?」
「これって荒っぽいよね?」
「こここここ、これってぷちたちみんな食べられちゃわない!?」
尻尾が賑やか!
ぷちたちったら、だめっていっても出てきちゃうんだから!
でも、そんなもんだ!
綱引きは徐々に均衡を保つ。押すも引くもならぬ状況に近づいていく。
みんなががんばればがんばるほどね。
なのに、引き抜けない。ワイヤーが張る。佐藤さんがカナタに言って、ワイヤーを送ってみる。釣りだとテンションっていうんだっけ? 釣り糸が張る状態だと、負荷がかかる。その負荷のことじゃなかったかな? あまりに張りつめた状態になると、やがて千切れてしまう。
佐藤さんの釣り師の勘を頼りにカナタが抗うのだけど、進展が見込めない。
だというのに、私もシュウさんもあねらぎさんも、三人して額に汗がにじむ。たぶん脇もやばい。正直ずっとはもたない。どれだけの長さのワイヤーが吸われたのか、先端のフックは無事なのかもわからないまま、この状況を維持できるとでも?
思えるはずがない!
次の一手がいる。どうしたって、必要だ。
あちらはお腹が空いている。霊子をたらふくご所望だ。
正直、私はまだ転化をものにしきれていない。
閃きに頼っている。このやばさときたら!
なにかを感じなきゃだめ。
どうしたいか思いつかなきゃだめだ。
距離を取っていたらできない。ただ、ワイヤーは引っ張られている。それはまるで、対象へと続く道標に見える。そういう風に見えてくる。
この状況はずっとは続かない。続けられないんだ。
そして刺激してしまった以上、対象は私たちさえ引きずり込もうとするかもしれない。
なにをするにせよ、このままじゃいられない。
けど、シュウさんもあねらぎさんも、声を発さない。顔にははっきり書いてあるぞ? やばいって。私も正直、青ざめている。
ふり返った。
お願いはしたけど届かず。
ぷちたちは尻尾から顔をだして、みんなして私を見ている。
怖がっていたり、わくわくしていたり、むすっとしていたり、泣きそうだったり。
ほんと、いろいろだ。
鼻で思いきり息を吸う。
恐怖にさえも、鞘を。
気を抜くと垂れ流しにしてしまう私の憂うつにも。ぷりぷりして苛立ちを言葉にせずにはいられない私の怒りにも。
ぜんぶきちんとしまうべきところにしまったうえで、問いかけて。
いま、なにができる?
「みんな!」
「「「 尻尾の中に入る! 」」」
「「「 そしてママは行く! 」」」
ぷちたちはみんな、それぞれちがう感情でいるようだ。
けど、わかっていた。
直ちに尻尾の中に引っ込んだ。
急ごう。
「ふたりとも、ワイヤーを持たせてください。私が引っ張ってきます」
「「 は!? 」」
シュウさんもあねらぎさんもキレ散らかした声をあげる。
それでも行かなきゃ。
「ずっとはもたないでしょ?」
金色を身体中に散らして、変える。
どでかいおっきな着ぐるみに。
尻尾さえも収納した、デフォルメされたラブカに。
正直に告白する。窮地でシンゴジラの第二形態しか浮かばなかった!
「シャチにしとこうか。サメよりも強く、イルカよりも早い」
シュウさんが着ぐるみに手を触れると、一瞬でシャチに早変わり。
たぶん、したんだろう。着てるからよくわかんないけど!
脚が出ている部分がなくて、バランスが保てず倒れそうになるけどね。
すぐさま金色雲を出して、そこに乗っかる。
加えて着ぐるみ越しにベルトを装着。そしてベルトとワイヤーを這わせて、別のワイヤーで繋ぐ。命綱変わりになるし? 私をつり上げることはできるようにしておかなきゃ。
今日は金色大放出だ。出が悪くなるまで、たぶん、あまり猶予がない。
「危ないと思ったらすぐに脱出を」
「一分、じゃ短すぎるから、三分ください! 行ってきます!」
車の荷台から飛び上がり、真っ直ぐ目指す。
瓦礫の山へ。引きずり込まれるワイヤーの先へ。
「瓦礫にぶつかったらどうするの!」
後ろからあねらぎさんの悲鳴が聞こえた。
ぐん、と金色雲が瓦礫へと引かれる。やばい!
「考えてなぁああああああああああああああい!」
負けじと悲鳴をあげる。
瓦礫の山が間近に迫ってきた。
「ああやばい!」
思わず目を閉じた。
来たるべき衝撃に備えて、なんて殊勝な心構え?
あるわけないじゃん!
あるのは金色雲と着ぐるみスーツ!
身を守るようにくるむのが精いっぱい。
おぅっ! と、ぶつかる羽目になるのか、どうかは神頼み!
果たして!?
つづく!




