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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百二十一話

 



 機内で軽食と冷やしたボトルワインやジュースが振る舞われる。

 盛りあがりも落ちついてきた頃に女性社員が近づいてきた。


「社長、先方から通話です」


 彼女はノート端末を持っていた。

 隣の座席に腰掛けて、膝に置く。画面をこちらに向けて、操作するとウィンドウが表示される。

 目元が膨らみ、顔中がむくんで見える中年男性が不機嫌さを隠しもせずに睨んでいた。


「おやまあ。銀座からわざわざご連絡いただけるだなんて! 納品のご確認ならメールでよかったんですがねえ?」


 見たくもない顔を見ずに済むから!


『設備に素材、ノウハウと例の薬剤については無事に確認が取れた。前倒しでの迅速な手配を感謝する』


 高圧的だ。苛立ちを隠そうともしない。

 彼の背後には深く艶のある木製の壁が見えるだけ。

 お高いスーツは小柄で豊満な人向け。運動といえばゴルフしかしない。金はあるが、それより強くて大きな抑圧された環境下で暮らす男の人相は、猜疑心と怨み節がよく現われている。


『だが稚拙な置き土産には感心しないな。だれにも邪魔をされることなく飛び立てるよう手配すると約束したはずだが?』

「いやね? そちらに使えるのは鼻薬まで。それじゃ犬のおまわりさんは止まれないと思いましてね。事前にお伝えしましたし、ご了承いただいたものかと」

『被害が大きすぎると言っているんだ!』


 端末のスピーカーからでる音が割れた。

 激昂する男の怒りは正直かなり見苦しいし、そもそも鬱陶しい。


「精いっぱい趣向を凝らしたつもりなんですがねえ」


 湯波くんが、だけど。


「うちの花火はお気に召しませんでした?」

『――……警察にも消防隊にも行方不明者が続出している。大ごとにされては困ると何度も念を押したはずだ。そもそも花火にしても、ビルの一室で起きるガス漏れによるものだという話だった!』


 文句が長い。


『さすがに庇いきれんぞ!』

「それで結構。うちに彼らの鼻が向くのは、そちらにとっても都合がよろしいのでは?」

『――……』

「いざとなれば、いくらでもうちを切れる。警察に命じることさえできる。両者互いにそう腹づもりをつけておけば、後腐れもない。この点を気に入っていただけていたのだとばかり思っていたのですが、こちらの気のせいだったかにゃ!?」

『つくづく不愉快な男だな、きみは』


 鼻に顔のパーツを集めるのに必死なのではないかと思えるくらい、愉快な顔つきになる。

 笑いはしないが。余計に面倒な会話が増えるだけだから。

 だって、怒っているんだもの。


「筋書き通り、我々はみな国外へ。そちらは疑われることなく手段を獲得した。あとはお好きにどうぞ。契約の報酬をいただければ満足なのでね」

『支払い済みだ。私は不満だがね。感謝したまえ』

「それは結構。“先生”がたにも、どうぞよろしく」


 返事を待たずに通話を切る。

 それでも満足できなくて、端末を畳んだ。


「ああいやだ! 人間、ああはなりたくないなあ? そう思わない?」

「どうなんでしょうね? 社長も私たちも悪党ですから」

「けど出世に悪を成して善の顔を見せ、善を求める人々を心で嘲るよりも、ねじれがなくて清々しいってものさ」


 だれかシャンパン持ってきてくれない? と願う。

 どうやら無事に二の矢が放たれたようだ。

 しかし構うこともない。優雅に旅をして、身を潜め、名を変えて、次の商売を始める。

 動けば運もついてくるというものだ。


「令和になってもゴルフ場で上司に媚び売ってふぁーって叫んだり、女子プロの指導を受けてデレデレして陰口たたかれてろ! ぶわぁあああああか!」


 端末に向かってべろを出したら、端末を持っていた社員が呆れていた。


「通話を切ってからやるの、みっともないですよ」

「あいつはね? 顔合わせでコースを回ってコテンパンにしたのを根に持ってるのさ」

「こどもなんだから」

「あいつのほうがね!」

「こどもだとわかっていて、その対応ができないあなたもですよ」

「うぐっ」

「付けたすと、陰口も」

「参りました!」


 一本取られてしまった。

 こりゃつらいね?

 よし、酒を飲もう!

 いまなら気持ちよく酔えそうだ。


 ◆


 ひさしぶりにいとこのお姉ちゃんに連絡した。

 あくびばかりしてる。地域のサービスを利用して面倒を見に来てもらったり、相談したり。公的施設で行なわれている新米ママさんの集いに参加してみたり。旦那さんが率先してあれこれしてくれているそうだ。お姉ちゃんいわく「令和にアップデートしてる真っ最中」なのだそう。

 私がね? ぷちたちの話をして、もしもぷちたちが赤ちゃんになったらーなんてことを話したり、赤ちゃんの時期がなかったことを不安に思っていることを伝えたら?


『そのときがきたらね? 頼っちゃえ。あなたが思うより、助けてくれる人がいるし、助け方を知らないし、助けてくれない人もいれば、助けられない人もいる』

「あんまり、ストレスを感じないように、気にしないようにしたらいいのかな?」

『それは無理。疲れは怨みの種になるの。うれしい成果は種を食べて、うんちにできるけど。そうじゃなきゃ、種は残る。疲れが癒えない時期に、種は増える。なくならない』

「……気になっちゃう?」

『世の中、ぞっとするほど冷たい結論で思考停止してる人もいる。助けを求める窓口で働く人にさえいるの。結婚した相手や長い付きあいのともだちさえ、そういう一面を見せてくるときがある』

「知らない、から?」

『どうだろ。価値観とか、性教育とか? 根が深い話かも』

「おぅ……」

『そんなだからさ? 頼っちゃえって言ったけど、とことん頼りまくっても声が届かないまま、増えて芽吹く怨みに押しつぶされちゃう人もいる。春灯は世の中うんぬんはこじらせーって言ってたけど、でも実際、そういう状況もあるよ』

「うん……」

『とことん頼るにはって、なにがいるんだろうね?』

「聞いてくれる人?」

『んー。じゃあ、春灯の恋人が聞いてくれなかったら、恋人になにを求める?』

「なん、だろ」


 正直、さっぱり思いつかなかった。


『どうして素直に話せないのかな?』

「ううん。目下、研究中。怖いからかなって、最近は思ってるの」

『怖いから?』

「うん。うまく話せたら、怖がらない。けど、失敗を重ねるほど怖くなる。それがたとえ、相手が冷たくあしらって、最初から話を聞く気がなかったとしても。ううん、むしろそういう人を相手に失敗を重ねるほど」


 親だったり。恋人や結婚した相手だったり。こどもだったり。

 信頼している相手が話を聞いてくれないと? 回数を重ねてしまう機会が必然的に多い環境だから、怨みの種は増えるばかりだ。

 乳幼児の泣くのが仕事の時期。生まれてから歯が生えそろい、固形物を食べられるようになるまでのミルクの時期。イヤイヤ期。こどもが育つうえで尋常じゃない負荷がかかる時期に、子育てに参加しないどころか責任を押しつけて当たり前っていうのが日本の父親スタイル。それは大きな問題を伴うし、そうなるに至る経緯も問題が多い。というか、問題しかない。

 眠れなくなる。産後の身体の変化と、出産の身体への負荷と、精神的な負荷も相まって、一日を過ごすだけで想像できないほど強烈な負荷がかかるという。

 未来ちゃんから教えてもらった。不眠は抑うつ状態で起こりえるもの。現代では投薬治療が基本だそう。不眠にアプローチするお薬も必要に応じて出るみたい。

 実際に体験したことがないときの想像ラインは、せいぜい徹夜したときの酩酊感や倦怠感。けど不眠に悩んでいる人たちの状態は、それよりもっとずっとひどいという。

 薬の補助がないとまったく眠れない状態もあると聞く。そこまでいくと、自発的に睡眠が取れないから、心も体もどんどん疲れるばかりだ。それに眠れないから、日中の頭の働かない加減ときたら。けれどダメージを庇ったり、防いだりすることもできなくなるほど参るから? どんどん脆くなっていく。正常な判断力の低下と、心のぜい弱さの加速。そんなのまるで拷問だ。

 実際に産後に強い抑うつ状態に置かれる人は多いとも。ダブルパンチで不眠なんて、とてもきつい。

 頼ればいいというけれど、それには体力も気力もいるとお姉ちゃんは言う。

 実際、そうなんだろうなあ。

 たとえば風邪を引いて熱が出て、病院に行くと内科にかかるじゃない? そしたら「熱は? お腹は? 喉は?」って感じに、ひとつずつ症状を確認されるじゃない? 口を大きく開いて扁桃腺がどんな状態かを見てもらうし、体温計で熱があるかどうか調べる。下痢気味かどうかまでは、さすがに実物を見たりしないけど!

 精神科でも、そういう尋ね方をされるケースがあるのだそう。未来ちゃんは自分のお母さんの診察についていって知ったみたい。眠れていますか? 食事はどうですか? 気分の落ち込みはありますか? みたいに聞かれて、答えて、そしたらお薬がでる! みたいなの。

 どの病院でも、どのお医者さんでもそうというわけではないみたい。

 ただ、たとえば「それはいつから始まりましたか?」から始まり「それはどういう体験から生じた不安ですか?」とか「どういうときに、そうした行動を取ってしまいますか?」とか聞いてくれるお医者さんばかりじゃあないそうだ。

 どこで尋ねるのか。心理士さんがいるところなのかな? 言っても心理士さんって、臨床心理士さんと公認心理士さんがいる。資格が別なんだって。職域がどうかまではさすがに知らないけど。

 体力も気力もとことん尽き果てて、周囲の理解も助けもなく、あっても足りず、それを計る基準もなければたやすく自分を責めたり、周囲を責めたりして孤立化しやすい状況下。

 ろくに眠れていない。それが何日も何日も続いている。

 そんな中で「助けを求め続けられる」のか。そして「頼り先を戦略的に探し続けられる」のか。シングルになっているケースさえ多いとして、そういう前提を踏まえて考えてみる。

 生活をしなければならない。生活保護を申請すれば済む? ううん。そうもいかない。

 自分が、あるいはこどもがバリアに苦しむ状態かもしれない。親が老いて介護が必要な状況かもしれない。持病が悪化して余命が幾ばくもない状況は?

 いくらでも想定しきれる。

 なのに、そのすべてにおいて、現状はあまりにも冷たすぎる。

 知識は届かず、広がらず、留まり、大勢が大変な状態にある。あるいは、そうした状況を経て、いまに至る。もしくは現在進行形という場合も。

 カナタのおうちはサクラさんがいなくなってしまった。邪討伐、それも黒い御珠の出現への対応で行方不明になってしまった。

 他にもあるよね。

 子育ての負荷に耐えきれずこどもを置き去りにしたり、無理心中をはかったり、結婚相手の無理解に心が耐えきれなくなって自殺してしまう人さえいたろう。

 けれど?

 現場じゃみんな、助けを求める人に心の刃の切っ先を向ける。

 刀を抜いて、突きつける。

 お前が、なんとか、するんだ。いいな? と。

 協力しあって、チームでやっていても? ままならないんだ。

 それくらい大変なことだ。子育てって。

 言えば済むだろ、なんて。

 そんなわけ、ないだろ。

 ないんだよ。


「言えなくなるよ、きっと。だって、うまくいかないんだもの」


 そして、責めが生じる。

 許されない矢印が生じて、種がどんどん増えていく。

 たとえば走っていて転んで、すり傷ができたら?

 日本医師会のホームページにある「すりむいたケガへの対応方法」だと? 「きれいな水で洗って汚れを落とす」し「よほど汚れている場合は、消毒液を流しかけきれいにします」だ。そしてばんそうこうを貼る。「傷はなるべく乾かさないようにするのがポイントです」!

 砂や砂利なんかが皮膚に食い込んでいたら? 流水で洗っても取れないときは、病院で診てもらうこと! 傷の範囲が広かったり、顔に傷ができたら、跡が気になる。汚れが取りきれていなかったり、ばい菌に感染したら? 化膿するおそれもある。きちんとした処置がいる。

 手当てをする人の手指もよく洗って清潔にして。

 心配なら? 迷わずかかりつけのお医者さんへ行く。ころんだ状況を説明するのがいい。

 昔はさ? 処置がちがったんだってね。消毒液をつけて、傷薬などをつけて、ばんそうこうを貼っていた。けど、それだと治りが遅くなり、傷痕も残りやすいことがわかってきたのだそう。

 繰り返しになるけどね?

 この手の話は私の考えなんか、あてにせずに。

 お医者さんに、ご相談を。

 土台にすべきは私の考えじゃない。ね?

 その前提を自分に言い聞かせたうえで、考える。

 だれもができそうなことほど、みんな調べずに済ませちゃう。

 ついついやっちゃう。それがどういうことか、見えないことほど考えずに。

 マジョリティの視界という枠内に内向きに閉じているようじゃ、マイノリティの痛みや苦しみは捉えられない。それがどれほどの暴力で、種を増やすとも思わずに。

 マニュアルがほしい。

 だけど、届かない。用意されていない。読んでいるもの、あるものとして「読めばいいのに」と済まされてしまう。苦しいときほど、つらいときほど、ただ居るだけでもめちゃくちゃ消耗して、憔悴しきっている。なのに、さらに「お前がなにかをしなきゃいけない」し「お前がしていないせいだ」から「お前が悪い」という文脈を感じる。

 マジョリティの立場だと?

 被害妄想に見える。それも異様なほど過剰な被害妄想だ、と。

 その指摘が既に暴力になっているケースも多い。

 その実、曖昧だ。

 マジョリティという単語を出したのは理由があってさ。

 自分がひどく傷ついて参っているとき、多くの人がそうでもない顔をしていると、どう?

 私たちが学ぶのは、どちらの立場?

 どちらになることを望まれる?

 いっしょにいる人の土台を、文脈を私たちは感じ取れない。露わにだって、しない。

 過去に失敗した文脈で自己を主張するのは? 控える。

 二者択一、二項対立。ボーダーラインが見えるとき、そもそも忌避する。

 失敗ばかりを経験してきたら? マジョリティが成功している人たちの集合で、マイノリティがそうでないように思えたら?

 もちろんもっと深刻な話だ。社会のバリアはいろんな形で存在するし、私も気づかずに加担していることもあるはず。

 でもなあ。

 バリアをそのままにする道は? バリアに苦しむのべ人数が増える道だ。バリアが増える道でもある。バリアをなくす、減らすアプローチがないのだから。

 それじゃ困る。バリアに弾かれること、思っているよりずっと身近だ。

 うまくいかないと? 憔悴していく道に差し掛かる、その時点で既に気力が尽きてるまで、全然あり得るからさ?

 いまの時点でかなり冷たい。

 率先して声をかけてくるのが怪しい集団への勧誘であって、公的な補助じゃないのはおかしいって。

 じゃあ、今度は配役変更。

 だれがどういうことでどう困っているのかを把握する仕組みが、たとえば区役所とかにはない。役所と、その土地に住んでいる人を繋ぐラインが存在しない。

 私がそこに暮らすとして、手続きだの相談だのに足繁く通ってくれる人の顔を覚えることが、場合によってできたとして。そもそも足を運んでこない人のことまではフォローできない。

 それに、来てくれた人のフォローが十分かどうかもまた別の話。

 みんながみんな、丁寧に対応する、というラインじゃなくて、問題のある対応をした人がいたらキャッチアップできるようになっているかどうか。足を運んでくれた人へのフォローがさらに必要になるし、問題のある対応をした人への長期かつ持続的な対応も必要になる。改善には手間がかかることを踏まえて想定する。

 そういう仕組みがあるかどうか。なきゃかなり苦労しそうだ。

 問題のある対応をよしとしてしまっている大勢に対して、少数の個人個人がこれじゃだめだっていう環境だと? これは苦しい。

 人数の多い少ないを土台にするのではなく、あくまでも現状はどのようなものかを把握し、現状の不足によってどういう人たちがバリアに弾かれたり、そもそも足を運ぶ気力が損なわれてしまうのかを探り、現状をどのようにすればバリアを減らしていけるのか、そしてなくせるのかを議論したい。土台はむしろ、バリアフリーを目指すこと。

 そうはいっても、その流れに行けない人になってみるとき、なにをどれほど想像できるだろう。そこに仕事があって、やるぞってできないときの理由はなんだろ。望んだ選択じゃなかったのかな。お給料かな。自宅での時間なのかな。そもそも、やるぞっていう、それがよくわからないのかな。それって、どういう文脈がどれほど想像できるかな。

 ひとりの人生にたくさんの人が関わっている。顔も知らないだれかの微かな依存の糸がいくつも重なって、私たちは日々の生活を過ごしている。

 話してみようというのも、それが成立するのも、微かだけど大事な依存の糸。

 だれもがこどものときに学べたらいい。

 けど、そんな風にはなってない。

 親が教えて当たり前、といえて、自分に問題がなく、人に問題があると感じるときほど? 自分が与えられたことに依存していることに無自覚だし、その中の教えてもらった経験をだれかに伝えられるかどうかを考慮しない。

 そう考えれば考えるほど、心がえぐられる。

 私はいま、まさに、どう伝えたらいいのかで悩んでる。

 考えているし、ひとつずつ自分のだめなところに出会っていく。毎日がその繰り返しだ。

 そして、責めが生じる。

 許されない矢印が生じて、種がどんどん増えていく。

 疲れは怨みの種。

 芽吹けば自分の元気を栄養にして、怨みに芽吹いていく。

 一日にできることが減る。

 時間ごとに感じる負荷が増していく。

 そんなにつらいのなら、手放せばいい。

 昔、私はシュウさんにそう言った。

 けどシュウさんにとっては捨てがたいものだった。警察の仕事も。仲間となにかやっているみたいな、そういう夢も。これまで積み重ねてきた研鑽も。

 私にとってもそうだ。ぷちたちと過ごす時間は、捨てがたいものだ。私の命と直結している。それくらいの重みのあるものだ。だれかに委ねて自分が死ぬか、それともいっしょに死ぬか。追いつめられたときに浮かぶ選択肢はいずれもろくなものじゃない。

 シュウさんにとっても、命と直結するくらいの重みのあるものだったんじゃないかな。

 それさえ執着と喝破するには、私には修行が足りない。

 けど学んできたから思うのは?

 その重さは、私の作り出したものだ。

 できるかできないかよりも先に「こうあるべき」だとして思い描くものの重さだ。

 ブロックおもちゃのように、分解していけないか。

 私が消化できるかどうか、本当にそれが私の願う形なのかどうか、検討するには重たくて大きな塊で、命にがしっと結びついて離れないような代物じゃ無理だ。

 シュウさんが自分の肩に入っていた力をひとつずつ外して、分解して、荷物を下ろしたり、やわらかくして食べて消化していったように。

 ぷちたちの命でも、私の命でもなく。

 怨みに芽吹く種を「あー、だめでもさ? ま、いっか! よっし、つぎいってみよー!」と切りかえてね? 元気の飯の種にできたらいい。

 現実がままならないときほど、元気の種がほしい。

 心の内燃機関に燃料以外のものを入れている余裕はないぞ?

 しょうもない場面を見て吹きだしちゃったり、遊んだり、笑い飛ばしたりする余裕のほうが必要だぞ?

 どんなにだめでもいいよ。

 どんなにできなくてもいいよ。

 元気をだして、失敗に学んで、めいっぱいがははと笑える明日に向かっていきたいの。

 楽しく学びたいぞ? 挑戦だってしていきたいぞ?

 だめでもできなくても、明日はくるんだもの。

 怨みの種にしている暇ないの。経験値にするか、しょうもねーって笑い飛ばして飯の種にしたいの。

 それができないのは?

 素直にできないのを話の種にできないのは、なぜ?


「つらいし、こわいんだもの。どうしたらいいのかわからないけど、でも、言ってもどうにもならないことがわかっていたら? 言わないよ……言えないよ」


 参っているときほど、心の獣たちは怯えてしまうから。

 自分をなだめるだけで必死なの。


『わかんない、こわい、やだ。それを伝えてもだいじょうぶなら?』


 それが、分かれ目なのかもしれない。

 ううん。

 ちがう。

 それを、欲するのかもしれない。

 参るとき、だれのそばにもいるわけじゃない。

 いっしょに人生を歩もうと誓った人でさえ。自分を産み育てた人でさえ。

 困っている人たちの窓口にいる人でさえ、なかには。

 そうじゃない、そんなことないっていう声ほど聞きたい。

 知りたいよ。私は。

 たどりつけなくて、マジョリティが作り出すバリアの暴力にやられて、そうしたら?

 悲惨な事件がいくらでも起きてしまうから。


『そうだね。こわいことがたくさんある。それを春灯はいま、私に話してくれている』

「――……そだね」

『知らないでこわいとき、知っていてこわいとき、どっちも結論を急ぎたくなる。それがすごいことのようにさえ思えたりもする。けど、大変な状況は冷酷なまでにNOと突きつけ続けてくる』

「……うん」

『でも、もう、仲間がいるんでしょ? お話の種に聞いてくれる人も増えた』

「うん」

『その意気だ、春灯』


 すっごく勇気づけられた。

 忠告があるとしたらとお姉ちゃんは続けて言うのだ。


『ぷちちゃんたちが赤ちゃんになったら、まず間違いなく眠れなさはさらにきつくなるよ? 大勢いるんだもの』


 いきなりの死の宣告!


『いまの私なら? ひとまず睡眠は取れる、寝相はひどいけど、ほんのりラッキー! で、いまに集中する。いつかその日がきたら? 待ってました! 助けて!? SOS発信、以上!』


 そしたらぁ!?


『そのときこそ教えよう! 私の秘技を!』


 そう言ってもらえて、すごく楽になった。

 見得を切ったお姉ちゃん、勢いとちがって、ささやかな声量だったけどね!

 理解してる。

 やさしいことを言ってもらうために甘えてるって。

 返事のニュアンスでバレた。けど「がははー!」と豪快に笑い飛ばされた。


『ひとりじゃできないことだらけなんだぞ? 頼ってなんぼの人生ぞ? 身動きが取れないときほど助けとなる依存の糸が必要ぞ?』


 来週にでも、また連絡してねと言ってくれた。

 ほんとなら、カナタの提案を先に検討するべきなんだけどね。

 私にとっては、こっちの連絡を優先したかった。

 元気の源なんだよね。昔からさ。

 ちょいちょい連絡しちゃう。

 お昼のお片付けが済んで、連絡して元気もチャージした!

 それからカナタの話を聞いたんだ。 

 それは、わりと致命的な内容だった。


「発破現場から人が消えてくぅ!?」

「兄さんたちによれば。まだ発表はされてないけど。間違いなく、隔離世絡みの手段だそうだ」


 それで手を貸してほしいんだって、と言われた。

 シュウさん、ほんとに変わったね!

 もうね。使えるものはなんでも使うぜ! ってノリで、依存先を増やしている。

 私も続くかー!

 手放せないなら?

 手放したくないのなら愛せばいいじゃない、と。

 かつての私は言った。たしかにそう言った。

 それがDVだのパワハラだの、暴力依存で自分に繋がろうとしてくる相手なら?

 やめとこ。

 はなれよ?

 じゃないとやばい。命が危険。心も身体もズタボロになる。

 怨みの種がどんどん増えていく。元気を吸われてしまう。寝て治るようなものじゃない。一日の負担は回復に何日もかかる。一ヶ月なら? 一年なら? もうひどいことになるよ。

 そういうんじゃなくてさ。

 自分を大事にするうえで、手放せないのならってこと。

 自分自身を除外してしまうような危機的状況だってあるだろう。それくらい追いつめられてしまう状況が、あり得る。いくらでも。

 そういうときさえ想定する。

 元気が出るように。自分を大事に。回復できる、安心できる、安全な居場所を確保して。維持して。

 じゃなきゃ、種はたやすく怨みに花咲く。


「例の遊園地絡みかもしれないそうだ。けど、な?」


 カナタがぷちたちを見る。

 ヒーロー願望で、ぷちたちを放って飛び込む?

 そういうのは、なし。


「じゃあ学校のみんなに連絡しよ。作戦を練ってから。で、私は無茶しない」

「安全を第一に。だよな?」


 念を押してくる。

 相談せざるを得ない。けど、無理もしてほしくない。

 カナタの顔にそう書いてある。


「もちろんでしょ」


 私がなんとかする! 私で止めなきゃ! そう、昔なら考えていた。

 無意識に、それがいいことだと思ってた。格好いいとさえ思ってたよ?

 ひとりでなんとかできることが。素敵で正しいんだって。

 でもちがうってわかった。

 いい加減もう、身に染みた。

 そういうのはもう卒業するよ。




 つづく!

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