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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百十九話

 



 阪和高速道路を南西に向かうバンの車中で、ハンドルを握る運転手が呼びかける。


「社長。そろそろつきますけど。ほんとに大丈夫なんですか?」

「心配なら、きみ。コントラバスかなにか大きな楽器のケースの中にでも入るかい?」

「なんですか、それ。冗談きついですって」

「じゃあ気にせずついておいでよ。大丈夫だって!」


 社長と呼ばれた男は笑いながら朝の大阪の景色を眺める。

 座席に座る顔ぶれにはひとりの欠けもない。周囲の車列にも怪しいところはなにもない。

 気がかりといえば?


「それより何度も言うようだけど、昨日の発破は過激すぎじゃない?」

「こっちだって何度も言いますけどね。例の遊園地のパーツだの、工場の機器だのをバラして隠滅するなら、ある程度の規模が必要だって聞きましたよ?」

「だれに」

「湯波さんに。本人に聞いてくださいよ、隣にいるんですから」

「無理。彼ったらずっと寝てるんだよ。ゆうべも緊張が解けたって、深酒しちゃってさ? ぜったいに二日酔いするよ? きみが面倒みてよ」

「いやですよ」

「それより本人ねてるんだから、きみが答えてよ? 発破の数は」

「意味を持たせたほうが現場が混乱するって。社長が気に入るはずだって言ってましたけど」

「なるほど?」


 それは正解と男は足を組んで膝をリズミカルに叩く。

 たたたた、たん、たん。

 隣に座る湯波はいびきを掻いて寝ていた。後ろの座席に座るこどもたちも、朝早く起こされたせいか、とても眠そうだ。


「普通、これだけのことをしたら、国内でなにかしません?」

「しないよ。用事も納品も、みんなががんばってくれたんだもの。済んだ場所に未練は不要さ」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ」


 パッケージの完成を見たら?

 国内に執着する必要はない。


「時限爆弾はちゃんと作動するんだね?」

「ええ。そりゃあ、もう。遊園地、もったいないと思うんだけどなあ」

「執着が捜査の助けになるんだよ? 断捨離なさいよ、きみぃ」


 足をぷらぷらぷらぷらと揺らしながら笑う。

 高飛びをしようとしている。できれば自由。果たせなければ? アウト。

 資産にせよ活動拠点にせよ、いずれも問題はない。

 海外展開を念頭に置いて行動してきた。

 根回しは済ませているのだ。


「教団とか、その筋の人たちとかが邪魔してきたりはしないんですか?」

「どちらも手が出せないよ? そういうことになっているんだから」

「よくわかんないんだよなあ、それが」

「だいじょうぶだって!」


 心配性が多い。そういう特性は見落としの再確認に利用させてもらう。


「教団は遊園地を放置できない。日本にはまだ団員が僅かにしかいない。ここは極東の島国だから」

「警察はビル爆破と殺人で、ってことなんですよね? じゃあ」

「話は通っているんだなあ、これが」

「そこから先は内緒ですか」

「そういうこと」


 運転手のイントネーションを真似して言うが、詳細は語らない。

 それが気になるとばかりに、運転手は座り直す。

 だけどもう尋ねてはこない。

 駐車場に到着する。指定された場所に同じ車種のバンが二台待っていた。

 緩やかに停車すると、見慣れた部下たちと一緒に見慣れないアロハシャツの男たちがバンからでてくる。

 全員で降りて、運転手に命じて鍵を男たちに委ねた。

 忘れ物はないようにと念押しされて、全員で車内を確認。問題ないので、空港へ。

 緊張している者もいるが、滞りなくプライベートジェット機に全員で搭乗することに成功した。妨害は一切なく、飛行機が飛び立つ。


「あああ」

「マジで日本でちゃうの?」

「なんだかんだ海外はじめてなんだよね」


 沸き立つ社員たち。悲喜こもごもが聞こえてくるが、まあ、すぐに飽きるだろう。


「教団ってのや、オカルトな組織は空を飛ぶ乗り物を持ってるって話だろ?」

「そのオカルトな空間じゃない限り、できないこともあるって話でもあるの」

「あれだけのことをしたんだから、もうちょっと暴れたいよな」

「捕まるのがオチだって」


 早く飽きてほしいまである。

 修学旅行の学生じゃないんだから。いい大人たちがはしゃいじゃって。

 滅多にできない体験だから、仕方ないとも言えるのだが?

 これからが仕事として熱くなる時間だ。バケーションという面もあるが?

 正規の手続きで出国し、正規に到着して、悪いことはこっそり行なう。

 持続可能な稼ぎ方を構築し続けようというのだ。

 日本に留まる理由などない。

 失うものを奪われ、壊され、与えられずにいた者たちを集めた。

 自分もまた、そのひとりだ。

 ヘビは脱皮をするという。仕事も、成果も、なにもかも脱ぎ捨てて次へいこう。

 人が育てばできることが増える。

 そっと立ち上がり、機内を見渡した。

 十二名もの頼りになる用心棒も、彼らを育てたノウハウも自分たちにはある。

 ノウハウの強度はもう「試してきた」から、問題はない。精度は着実に向上している。

 望むことがあるとしたら?

 もっとオカルトを味わいたかったところだが、なに。世界中に溢れているんだ。

 日本に固執する必要もないさ。

 それでもあえてひねり出すのなら?

 二の矢が作動して混乱に陥る現場で、だれが、どのように解決へと導いていくのかを目撃したかった。

 やらないけど。

 捕まる可能性が高まるし。


 ◆


 朝に目覚めて、顔にへばりついて寝ているユメをそっと離した。

 身体中にぷちたちが抱きついていて、寝起きなのに既に暑い。

 子育てに疲れ果てた動物の親御さんの写真なんかを最近はちょくちょく見ちゃう。

 子猫が群がっている中、仰向けで白目を剥いて、口も半開きになって寝ている母猫とか。歩こうにもお乳を咥えて離さないこどもたちに「どないすんねん……なあ……」と途方にくれた顔したわんちゃんとか。めっちゃはしゃぐこどもたちを相手に自分だけでお世話をしようと悪戦苦闘するわんちゃんとか? こどもたちが身体のうえによじ登って、頭をばしばし叩いてきたり、尻尾で顔をくすぐられて目が据わっている親猫ちゃんとか。遊ぼうと催促するこどもたちが、寝そべる身体を自由にのぼっておりてを繰り返してるなか、虚無顔のわんちゃんとか。

 前ならきっと笑ってた。

 かわいー! なんていってさ? 

 大爆笑だ。

 いまはどうかって?

 虚無。

 スマホを確認しようと腕を伸ばすだけでつりそうになるし、ぷちたちの抵抗を受ける。

 重たい。日に日に体重が増えていく。霜月先生によると「いずれ普通のこどもと同じになるんじゃないか? 質量的な意味で」だそう。まじか。霞のようだった最初に比べると、すごい変化じゃん。

 わーっ! すっごーい!

 なんて、言わないよ? 言えないんだよ。朝は。

 重たいんだもの。

 早急になにか手を考えるべきじゃないかな?

 私、そのうち潰れて死んじゃうんじゃない?

 スマホを取るのも一苦労。一事が万事、この調子。

 こんなときに「いつも寝ていていいね」とか「休めてるだろ?」とか言われたら? そりゃあ一生ものの怨みになるなあ。

 だっていまの私よりえぐい状況になるんでしょ? ぷちたちが赤ちゃんに「成る」ときがきたとしたら? ぞっとする。死んじゃう。

 しかもだよ?

 手伝いしない、女がやるのが当然、ママ業は女だけのものみたいなノリできたら?

 怨みますね。そりゃあ。祟りますよね。もう。

 天国で読んだのかなー。現世のいろんな時代の本が読めるんだ。「禍いの科学 正義が愚行に変わるとき」、第四章、人権を蹂躙した優生学に興味深い記述があるの。

 アドルフ・ヒトラーに関する段にさ?


『フランシス・ゴルトン、チャールズ・ダベンポート、ハリー・ラフリン、マディソン・グラント、そしてアドルフ・ヒトラーには、いくつかの共通点がある。彼らの定義するところによれば、全員が北方人種であり、全員が北方人種は自由に子孫を残すべきだが、それ以外の人種が子孫を残すことは阻止すべきだと信じており』


 ここからがポイントだ。


『そして誰にも子供がいなかった』


 ヒトラーは「我が闘争」という本を書いた。

 その第二巻で、マディソン・グラントの「偉大な人種の消滅」という本の内容を「いくつかの箇所で(中略)ほとんどそっくりそのまま引用している」部分がかなりあるのだそう。

 グラントの説は五十年以上も昔に完全に否定されている。

 けど血と生まれに対して、社会的立場や成功は因果関係があるべきであり、正しく相関関係として結ばれるべきだという考え自体は?

 んー。

 なぁんか。そう、珍しい話じゃない気がするね?

 カナタんちに関しても、うちに関してもそう。家族経営の企業もそうだし?

 お母さんがおばあちゃんと実家のお年寄り連中に批判的な文脈のテーマのひとつでもある。

 血と生まれが別のものにすり替わっているだけだ、という文脈もあるよね。

 たとえば「実力も運のうち 能力主義は正義か?」で語られる、養育環境の貧富の差が与える環境的要因は、こどもに多大な影響を与える。ファクトフルネスにおける世界保健チャートの貧富のレベル分けでみてもそう。奨学金制度にしたって、結局は貧しい立場よりも比較的裕福な子たちが選ばれやすい傾向があるという。

 完全に否定されながらも、姿を変え、形を変えて、いまもまだ根強く残っているのではないか? と考える人もけっこういるんじゃないかなあ。

 性差も大きなトピックス。

 たとえば。

 いかに優れた人にするか? という問いはさ?

 だれにとって、どういう立場において、優れたということになるの?

 その優れたということばでくるまれたものは、結局のところ、だれかにとって都合がいいだけじゃない?

 だいじょうぶ?

 なんて、考えるんだけど。


「はあ」


 朝からなにカロリー高いこと考えちゃってるんだ。


「ふう」


 ため息は尽きないけど、スマホを弄って時間を確認する。

 まだ六時過ぎ。もっと寝たいけど、お腹に下ろしたはずのユメが「んんん」と低音で唸りながら私の顔をめがけてよじのぼってくる。

 ぷちたちと過ごすようになって、パジャマが伸ばされる機会が一気に増えた。いずれこのパジャマはだるんだるんになるにちがいない。

 メッセージアプリの通知数が増えているけど、予測の範囲内。ニュースに続報はないかとサイトをいくつか当たる。国内のニュースサイト、新聞を発行してるサイト。海外の日本語版サイト、ないところはそのまま原語で。

 欧米圏のサイトで日本の扱いは正直それなり。アメリカでさえそう。最近はむしろ中国か韓国が話題にあがりやすい印象まである。

 中国や韓国あたりはフォローぜんぜんできてない。そっちだと、どういう論調なのかな? なぞ。地味に気になるところだ。

 ただ、ビルの連続爆破事件を扱っているところは多い。

 情報の内容は寝る前とさほど変わらない。

 瓦礫の撤去作業は夜を徹して行なわれているそうだが、特にめぼしい進展はないそうだ。

 連続殺人事件にも続報はない。新たな被害者が発見された、ということも、捜査に進展が、ということもない。

 なので国内のニュースサイトのコメント欄が荒れていた。元々いつでも荒れている印象があるので見ないで終わり。

 呟きアプリの別アカで学者さんとか面白呟きしてる人とか、子育て系の呟きしてる人とかの呟きをひととおり流し見。気になるものにはイイねをして、見返したいものは自分のタイムラインに表示されるリアクションボタンを押しておく。

 ユメののそのそ進軍がとうとう胸元を通りすぎた。ゾンビか! ってツッコみたいくらい、見事な執念だ。ぐずるんでも起きちゃうんでもなく、動いちゃうのがすごい。なんか妙な状態なんじゃないかな。不安になってきた。霜月先生か、次の診察に行くときに相談してみよう。


「――……」


 お鼻で深呼吸をしながら、スマホを枕元に置く。

 ユメを止めるか撫でるかしようと思うのに、動かした腕を求めて他の子たちが「んんん」と不機嫌そうにうなる。

 きみら、起きてない? ねえ。

 諦めて腕を戻すと、待ってましたとばかりにひっついてくるし? ちょっと動かした間に冷えたと感じたのか、不機嫌なうなり声がもう一度聞こえた。その間もユメが首を容赦なく足で踏んで、顔によじのぼってくる。手が鼻をつぶし、まぶた越しに目を押してきて、もうさんざん。

 寝ている間にされてるんだろうなあ。これ。

 痣ができてないのが不思議。いつかできる日がくるんだろうか。

 動物の親御さんがのしかかられてる画像に見る、親御さんたちの虚無顔を思い出す。

 つづくぞー?

 いずれ終わるのだとしても。

 つづくぞー?

 やがて、過ぎるけどね。

 学ぶほど、行なうほど、挑戦するほど、知らないのだと気づく。世界は広がり続ける。深まり続ける。彩度も解像度も変わる。暗いと思った先も、まばゆいと思った先もある。

 だからできると思ったり、そういう自分なのだという一種のナルシシズムに浸りながらも、あらゆる面で実は初心者状態でいるし?

 未熟さと共に生きている。

 それ自体はありふれた、ごくごく当たり前のこと。

 生まれや血、親の立場によって未熟なままでできる依存の数が増減する。それはひどく能力主義やかつての優生学にみる思想と親和性があるように思える。

 その前提を踏まえたうえでさ。

 未熟さの殻を破るときの手段は。そのための依存の数は?

 お料理初心者が便利なキッチンで、豊富な食材と、懇切丁寧に教えてくれる教師がいるのと。ガスも電気もない野原で、食材は自分で調達しなきゃならず、だれの補助も、情報もなにもない状態でやるのとじゃ、ぜんぜんちがうじゃない?

 殻を破るにせよ、補佐があればやりやすく、なければ大変だ。そして補佐がある人からは、ない人の苦労は想像も理解もしがたい。同じ体験をしてもなおね。

 貧困も、あるいは失敗したり、苦しんでいる人も、みんな、殻を破る前の状態にあるとして。しかも破れないことで不利益を被っているとして。

 優生学も、それを土台にした価値観も、能力主義さえも、困難に苛まれている人を執拗に叩く。傍観し、嘲り、罵る。そういう風潮は、発信しやすく反撃されがたく逃げやすい場ほど顕著になる気がする。

 青天を衝けに見る、仲間内での会話のように価値観は循環する。その流れが当たり前になるほど、異物を押し流し、強烈に当たる気がしてならない。

 なんて。

 だから、朝っぱらからハイカロリーなんだってば。


「うえ」


 ユメの膝が顔に当たる。

 軽めの膝蹴りだ。髪の毛を掴まれるくらいは覚悟のうえ。

 それでも痛いものは痛い。

 腕にひっつきなおしたけど落ちつかないのか、お腹によじのぼってくる子も出てくる。圧迫され放題。ユメの身体の下で、私はいま虚無顔。

 呟きアプリで見かけたことがある。

 キラキラと輝く理想的な育児をせっせとアップロードしてる人には近寄るな! って。

 その理由のほんのわずかな一端をいま、まさに、実感してる。

 たとえば、みんなが輪になっておんなじ姿勢ですやすや寝ていたら? それを撮影してアップしたら、そりゃあもう! やまほどイイねがつくかもしれない。ハートでも可。

 でも、この状況よ。

 やらせでもしなきゃ無理。

 協力をお願いする時点で、どれほどの依頼料を要求されるか。

 お菓子じゃ済まない。人数分のゲーム機とソフト代まである。

 功名心のツケは高いぞぅ?

 やらないけど。

 どうせ撮影するなら「毎朝こんな感じっす」と、いまの状況を選べばいい。

 なんならハッシュタグをつけて「ぐっすり眠れる方法求む」とでも付けたせばいい。

 求めてるのはイイねじゃない。ハートでもない。寝心地の良さだ!

 なんちゃって。

 いや、ほんと、切実なんだけど。

 白鳥のように足をばたばたさせながら、水面の上は優雅に見えるようなスタイルか。いや、白鳥が自覚的にどう振る舞っているのかは知らないけどさ!

 かわいいキラキラ子育てスタイルが本人のみならず、なによりこどもたちが楽しんでやれることならいいんだけど。

 うちは、そうじゃない。

 ユメの「ここは私の!」っていうこだわりと執着の文脈は、元をたどると小さなおとなにしてしまった私の不足にたどりつく。いまの、そしていままでの私にとってはね? 恐らくはこれからも当分はそう。

 そしてなにをどう思うのかという感じ方も循環する。

 自分とはちがう人、だれかと衝突したとき、なにかしらの負荷を感じた瞬間、循環は途切れる。それは最初はストレスなんだけどさ。でもすこしだけでいい、殻を破って外の情報を取り入れるきっかけでもある。自分の世界を広げるチャンスだ。

 ユメの現状、私は大いに反省するべき点がある。

 素直に気持ちのまま循環させないと、痛みで流れる血の量は減らない。川に痛みが増えていく。痛みが循環するのは、さすがにつらい。

 明日がくるのがこわくなる。

 こわがるときほど、こわくなる情報を集めちゃうところもある。

 やだやだ!

 たとえ集めた情報が信ぴょう性が高いものでも、こわがっているときは判断力が鈍るじゃない?


「「「 んんんん 」」」


 ぷちたちと一緒に低くうなりながら、諦めて目を閉じた。

 いまね?

 めっちゃこわい。

 願わくば、こう言いたいな?

 どうせこわがるのなら、すやすやと眠れて、起きたら離れたところでこの子たちがすやすやと眠れている、そんな朝がいちばんこわい。




 つづく!

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