第千八百十八話
どんどん整理されていく情報によれば?
発破されたビルは十二の区で、それぞれ十二棟ずつ。
合計で百四十四棟。
商業用のビルが七割。マンションが三割。
瓦礫の撤去にはかなりの日数がかかりそうだとのこと。
話題は他にもある。
発破を実現するために必要な火薬は? 日本国内で、それだけのものを準備できるのか? また、今回の発破をなし得た技術はいかほどのものか。
近所のコンビニなどの監視カメラの映像や、そばにいた人たちがスマホで撮影した動画が資料提供として利用されて、何度も繰り返し放送されている。
映像を元にして、それとおぼしき専門家が局に呼び込まれて、なるべく解説に努めるけれど「海の水はしょっぱいですねえ」くらいの話しかできない。海水の成分がなんで、それはどやって生じるもので、どの海域だとどういう形で影響を与えているのか~みたいな具体性には乏しい。けど、しょうがない。映像を元に話すだけじゃ、限界は近い。
国内にこれほどのことをしでかしかねない過激派はいるのか。海外の犯罪組織か。はたまた極道がなんかすごいことやっちゃったのか。いずれにしても、日本で、なぜ、こんなことを?
憶測だの妄想だの、語ろうにも材料がない。
声明は出ていない。
日本の刑事ドラマでスペシャルエピソードが劇場化されて出てくる犯罪組織だって、堂々と発表しそうなものだ。自らの主張のために、だれもが注目せざるを得ないことをする。とりわけ攻撃行為は、自分たちを無視するとより悲惨なことが起きるという脅迫であり、示威行為となる。
なのに、声明は出ていない。
発破されたビルの周辺の建物に住んでいた人が突然のことに驚いたり、発破の影響を受けて窓にヒビが入ったりしたそうだ。被害者の情報も出るけれど、でも、現状で報道の注目は「だれが、なぜ、どうしてこんなことを?」に向かっていた。
東京湾に出た巨人に絡めて、化け物が出たのでは? なんて言いだす局も出てきた。ちらっと話してすぐに流れたけどね。
発破された跡地は瓦礫がうずたかく積まれていた。いまでも警察や消防隊、工事車両が集まっていて、撤去作業が続いている。ガス管などに影響を与えて二次災害が起きたら困る、という論調で語る番組もあったけど、それよりなにより発破されたビルに人がいたかどうかだ。
マンションにせよ、商業ビルにせよ、いずれもまだ被害者は見つかっていない。
また、商業ビルはどんな施設が入っているか確認作業が進んでいるようだ。関わっている警察のみなさん、もしかするとしばらくまともに眠れないかもしれないくらいの激務になるのでは。
起きたことに対する人的な被害があまりにも軽微なまま、対応が進んでいく。
晩ご飯に、ぷちたちのお風呂とハミガキを済ませて一階に降りると、パジャマ姿でうちの親とカナタが再びテレビを眺めていた。私は「こわくて眠れない」って子を抱いて、ホットミルクでも作るべとキッチンに向かう。
「お兄さんから知らせはなかった?」
「さっききたんですけど、どうも隔離世で邪がかなり発生しているそうです。不安が刺激されたせいかな。起きたことのわりには数が少なくて妙だってありましたけど」
「「 ふうん 」」
うちの親がハモリ返事で返した。
たしかに、なんとも言いがたいなあ。
ただ、やっぱりシュウさんや侍隊のみなさんもてんやわんやな状況みたいだ。
片腕で抱きながらゆっくり揺らして鼻歌混じりに、コンロの前へ。煮込み用のお鍋を出して、冷蔵庫に。飲み物を並べて入れる棚から紙パックの牛乳を取る。
ふたりや三人なら瓶牛乳はありだけど、大勢になったら紙パックでいい。
瓶は好きで、味で選んでるけどね。紙パックだっておいしいのがあるし。
お鍋に牛乳をとぽとぽと注ぐ。
本当なら? 調味料などの小物入れの横に置いた蜂蜜の容器を取って、牛乳の中に注いでさ? ほんのお気持ちで砂糖を少々いれて、あまいハニーミルクといきたい。
けど夜にお砂糖系はあんまりね。
コンロの火をつける。中火でいいかな。
木製のヘラがあるので、それでのんびりぐるぐるかき混ぜる。
あまくてあったかいホットミルクは、食後のスイーツ感覚でいただける。
たとえばバニラスティックを沈めて一緒に煮ると、香りがつくそうだ。スイーツを作ったことがあんまりないんだよなあ。食後の楽しみが増えるから、覚えてみるのもありだ。
自分で作ると、第一に自分好みに作れる。
家族で食べる料理で、みんなが食べられるっていう水準にすると? みんなそれぞれに妥協するラインができる。そのラインをどうするかはご家庭によって、いろいろある。
カレーライスをどう食べるか、なんかでもわかりやすいかも。カレーにあれこれ入れたり、ご飯とルーをぐちゃぐちゃに混ぜたりね。
納豆ご飯なら、納豆はご飯に乗せるのか。はたまたご飯と納豆をぐちゃぐちゃに混ぜるのか? とか。
唐揚げレモン勝手にどばどば問題にしても、家でそれが当たり前で知らないっていう人もいるだろうし?
そもそもお惣菜はひとり用にお皿を分ける家もあれば、大皿に盛りつけるから取ってねっていう家もある。取るにしても直箸OKの家もあれば、取るため用に別に置いている家もある。
加えて唐揚げレモンやカレーになにをちょい足しするかのように? 食卓に並んだものをそのまま食べるか、それとも自分好みに味つけするかも家によって違う。
そのへんのさじ加減はご家庭によって、様々。
正しさで語ると揉めるセンシティブな領域。
日本の汁物、麺類は「啜るの!」派もいれば「啜る音が無理」だと生理的にきつい人もいる。このあたりも地味にね。揉めるとこだよね。食レポで「音を立てるべき」なのか「お行儀優先して静かに食べるべき」なのか、とね。
カラオケもそういうとこあるよね。
みんながわかる曲だけしかNG、だってどうせみんなでいくなら盛りあがりたくない? っていう人たちもいれば?
自分の好きな曲をみんなそれぞれに入れあって、知らない曲を知ったり、一緒に行った人の知らない一面を知ったりするのが好きっていう人もいる。
事前に話せば済むけど。
でも、話すだけで揉めちゃうこともあるから、たいへん。
そういうのカラオケならひとりで行けば気にせずに済む。みんなの歌は聴けないけど。
料理なら? 自分で作って食べれば、同じく気兼ねない。
このあたり、自分と他者性の切りわけであったり、共感するための窓口の話であったりする。
いらいらしながら「自分の好みに入るようにしろ」なのか。「仕方ないから自分からだれかの好みに合わせる」なのか。「みんな好みはちがうから、そもそも期待なんかしない」なのか。あるいは「好みはそもそもちがうから、知っていけばいいや」なのか。「知っていく過程で合う合わないがあるけど、自分次第やんなー」となるのか。
どれも自分次第と考えるのか。環境次第とするか。両方と捉えるのか。割合や比率の問題とする? きりないな、この類いの問いは。
基本的にみんなちがう。
おまけに主観的なものだ。
差異を前に、自分好みにしろと他者性の領域を踏み越えて、自分に合わせるよう強要したり暴力を振るうなんてもってのほかだ。
お外で言うのはどうかと思うけど、ネットならよくない? っていう仕草もある。ストレスを感じやすい領域の話かなーとも。
家庭の中でも揉めている人はけっこういそうだ。
大昔から親は子に、子は親に、自分好みにしようと領域を踏み越えて争うもの。
みんなちがう。
となると?
ぷちたちはそれぞれに、夜に飲むものはどういうのが好みなのかだって、もちろんちがう。
いろいろ試していく中で、好みがだんだん見えてくる。
試さないうちにあれこれ考えたり、調べたりするより、飲んでみるほうが早そうだ。アレルギーがあったら困るから、そういう意味で調べることや学ぶことも大事だとも感じるけどね。
試行錯誤の行動。
自分ひとりでやるとき、好みの枠内で留まるのか、それともどんどん外へと開拓していくためにまず自分で試したいからなのか。矢印の方向性にちがいがある。
心が元気じゃなきゃ、参っているほど、内向きになるし? 行動の幅も狭まる。
へこたれてくたびれて、一日を過ごすだけで精いっぱいな人にできる犯行じゃない。ビルの発破は、周到に準備された計画に思えてならない。すると、これだけのことを長期的に準備して行ないながら過ごせる日常を過ごしていた人がいたということになる。ひとりやふたりじゃできることじゃない。
なるべく人のいないビルをいっぱい発破したかった、なんて動機、さっぱりわからないし。謎だ。
って、だめだ。事件のことを考えてる場合じゃないぞ?
私たちの不安を感じとっている子は多い。みんなを寝かしつけるとき、一緒に寝そべって絵本を読んだり、子守歌を歌ったりした。けっこう苦労したんだよ。今夜はみんな、どこか興奮気味でさ。
それでも寝つけない子を抱いているわけだけど!
いとこのお姉ちゃんが前に言ってたっけ。一緒に寝るときの親の寝息に誘われて寝ることもけっこうあるんだよって。
それなら覚えがある。私も怖いことがあって、お母さんと一緒に寝るときにはさ? 先に寝ちゃったお母さんの寝息を聞いて、だいぶ安心したものだった。なんか眠たくなるんだよね。不思議とさ。
同棲を始めたばかりのカナタをベッドに誘ったのも、そのあたりを無意識に利用したかったのかも。同室で暮らす人が寝られないで気を張っていたら、私も疲れちゃうし。
一緒にいる人の緊張って、伝播する。
縛り多く過ごしている人と居るのも似てる。
恐怖もね。緊張を生む。怒りもそう。
依存労働は緩衝材としての役割も担う気がしてる。このあたり勉強中だから、私の偏見だと前置きを入れるけど。上手な人は行動している気がする。
居るのはつらいよで登場してきたセンターの職員さんたちがそう。センターに集まる人たちもそう。ケアは循環する。おそらく緊張もきっと、循環する。
青天を衝けで、序盤の栄一たちも、薩長の人たちもみな、倒幕ありきの感情と価値観ばかりを循環させていた。最後の将軍となる徳川と、仕えていた平岡さまは? 国内と世界の動向を捉えてどうすればいいかという未来で循環させていた。薩長の側にしても倒幕を踏まえたうえで、先を見据えて内々に循環させていた人もいたろうけど、やっぱり倒幕ありきだけに留まっていた人たちが多いように見えたなあ。それは栄一たちが海を渡って経験を積む際に、武士たちが既存の価値観の内側に留まり、刺激されるほど内向きの矢印へのベクトルを強めていたのと同じでさ。
不安になるとき、恐れるとき、きっとまずは安全だとわかる、安心できる、既知の枠内に回帰しようとするんだろうね。
本能のようでもあり。当たり前のようでもある。
枠の外に出るにはどうすればいいんだろ。
やっぱり、安心安全の確保?
がんばるほど反発を感じて内向きになっちゃうのなら、いっそがんばらないとか?
出せずにいる結果を出そうともがき苦しみ悩み、がんばり続けるのか。はたまた、長期戦になっても過ごせるように、まずは笑顔とモチベの確保が先か。
それにしたって、怖くなるほど内向きに回帰したがる働きと影響しあうと?
動きようがなくなってしまう。
頭がバグっちゃうんだ。
だれでも起こりえる頭と心の動きなんじゃないかな? ね。
ぷちたちにとっては、まず内側に私がいられるようになりたいなあ。それには私がビビったり怖がったり、ピリピリしてちゃあだめなんだ。
せやかて青澄ぃ。
感情にふたはできないし?
私は嘘が下手くそだぞ?
だったら、自分のご機嫌取りが大事だ。まずはそこから。
だれかに取ってもらうんじゃない。自分で取る。
当たり前だろ? なんて腐らない!
だれかが機嫌を損ねてきてるって思っても? それはそれ!
なんて、なあ。
「ん~」
いまだから言えるだけかもなあ。
だって眠れてるもの。
思い返すとアマテラスさまが修行らしい修行をつけないのも、そこまでしたら私が潰れるってわかってたからかもなあ。スサノオさまが私にちょっかいをかけなかったら、いちいち天国に呼ばないまである。
鞘に収めていく。そういうスタイル。
スサノオさまとふたりで話したけど、いますぐできそうにもない。
戦闘に関しては。
自分の不安を刀に変えて、鞘に入れるにはどうしたらいいのかな?
ぷちたちの不安は?
「どれどれ?」
ふつふつと泡立ってきた。沸騰させちゃう前に火を弱める。
ヘラを取って、すこし冷ましてからぺろっと味見。
「よしよし」
牛乳をあたためるだけで甘くて落ちつく味になるんだから、お乳すきすぎか。
まだ熱いから、極限まで火を弱めた。
ぷちを抱きかかえ直してから、キッチンを見渡す。
ハニーミルクが好き。でも他にもアレンジがいっぱいできる。
たとえば、フランスパン。あるいはトースト? 四枚切りくらいの厚みがいい。
火を入れてカリカリにするか、それともちぎるかして、ここに投入すると?
これがまた、うまい!
チーズもいいなあ。乳製品同士、相性が合う。仕上げに黒コショウの粗いのをぱらぱらと散らしてもいい。バニラの風味を入れちゃうと、スイーツに傾きすぎちゃうけど? おかずにだってできる。
炊いたお米をいったん水で洗ってぬめりを落としてから、鍋に入れて炊いておかゆにするのも手だ。
それとは別にね?
逆に、甘くしたミルクを冷やして、切ったフルーツを投入していただくのもいいなあ。寒天とか、杏仁豆腐なんか浮かべてさ? あー。いいわあ!
紅茶を煮だして、タピオカを投入するっていうのも手。タピオカに限らず、お餅とミルクの相性も実はいい。
夢が膨らむなあ。
けど、ぷちの胃には重たくなっちゃうから考えものだ。
ふっかふかのパンに吸わせて、ちびちび食べるくらいならありかな。
生クリームは重たいけど、なにかしらの装飾がしたいな?
チョコペンでなにかを書くとか?
ああでも寝る前で、うとうとしてるのにハミガキさせるのもなあ。
入眠を邪魔しないようにと思って、ホットミルクにしたんだし、甘くするのはなしだ。
体温くらいに冷まして哺乳瓶に入れて、飲ませてみるとか?
ぷちたちは経験してない。お乳を飲むことを。
さすがにいまお鍋で温めているミルクは甘すぎるから、やるなら作ることから考えたほうがいいとして。一回もそういうことしてないの、さすがに問題あるかな?
いや、よそう。
「あったかミルク作ったけど、一緒に飲む?」
「……ん」
「もちろん」
「のむよ?」
抱っこした子だけじゃない。他にもぷちの声が続くからぎょっとしたら、足元にも、キッチンの入り口にも、眠たい目をこすりながら待っている子たちがいた。
抜け駆け許すまじっていうより、せっかくなら自分だって飲みたいぞっていうやつ!
量、足りるかな。
ちょこっとずつにしたらなんとかなるか。
「ひとくち飲んだら、みんなで寝ようね?」
「「「 はあい 」」」
しょうがねえなあと言わんばかりの返事だ。
まあ、よし!
ぷちたちが飲めるちっちゃいカップを並べて、お鍋のミルクを注いでいく。
ひとりずつ渡しながら、つくづくお砂糖系は控えて正解だとほっとした。
人数を数えたら? 全員いた。白目を剥いて寝てる子まで、他の子のズボンをがしっと掴んで引きずられるようにしてついてきていた。どんだけだよぉ!
ちびちび飲んだ子が、それぞれにカップを差し出してくる。それを受けとって、さくっと流しで洗って置いておく。みんなが飲み終わり、洗い終わってから「二階にいくよー」と促した。
リビングのカナタたちに「先にねるねー。おやすみー」って呼びかけると、かろうじて元気なぷちたちも「おやすみー」と続く。
テレビからはいまも都内で起きた事件の報道が続いているけれど、目新しい進展はないみたいだ。新たになにかが起きる、というようなこともなく。ますます不気味さを増していく。
主義主張のない、あるいは見えてこないか、感じられない破壊。
振り回されている。大勢が。
逆にこの事態を歓迎する人たちはいるのかな?
事件で得をする人がいたとしたら、それはどういう人物なのかな?
それってまるで、利益目的のようで。ビルを破壊して利益を得るって、どういうこと?
なぞ。
夜に土台のない分野について考えても、ね。
わかることには限界があるからなあ。
今夜は寝るぞ!
ホットミルクを飲むも階段に辿りつく前に寝ちゃった子を抱き上げていくと、ひとり、またひとり、当たり前のように尻尾にしがみついてくる。ユメに至っては、パジャマがずり落ちるって言うのに、それでもよじのぼって、私の後頭部といういつもの場所を取る。
全員がくっついているか数えて確認してから、無心で階段をのぼった。
部屋についたらひとり、またひとりと布団に寝かせていく。
全員を寝かせ終わったら、金色を出して、布団の下に集めた。金色雲に化かして、布団をふかふかにしてから私も寝そべる。不安がっている子から抱き寄せて、みんなを集めた。
暑い。
エアコンは動いている。
ホットミルク効果も手伝ってぽかぽかだ。
パジャマのズボンを引き上げてから、諦めて目を閉じる。
寝ちゃえばきっとなんとかなるさ。
「まま」
「お話して」
おーぅ。
「お歌じゃだめ?」
せめてもの抵抗を試みる私だよ!
「お話がいい」
「おもしろいのがいい」
「オチがついてるの」
「わらえるやつね」
「あと、泣けるのがいい」
「わかりやすくなきゃやだ」
おーぅ。
儚い抵抗だったよ……。
「えーっと。それじゃあ、むかしむかし」
「あるところにっていうはじまり、安直じゃない?」
「あるあるだよねー」
きみたち、意外と元気だね?
しょうがない! 絞り出してみるか。
力尽きて寝るのが先かもしれないけど!
つづく!




