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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百十五話

 



 カナタが昨日のミコさんとの話を引きずってるし?

 私も私で悩みの種ではある。なのでいっそ、高城さんを巻き込んだ。

 同じ事務所のタレントさんが本を出すこともある。高城さんも経験済み。写真集の出版もあるし? キラリはモデル業に挑戦中。

 出版が決まる。営業部で数字の分析をして、とうとう何部ほど最初に刷るのか決める。漫画原作でドラマも面白かった重版出来だと、雑誌や単行本の刷り部数で会議をしてた。熱いシーンだった!

 よし刷るぞ! 最初は一万部じゃい! そう決まると、ようやく印税収入の費用が固まる。本の価格かける刷り部数かける印税率が、書いた人に入ってくる。重版がかかると、重版で刷る部数のぶんだけ、同じ計算で入ってくる。

 出せばヒットのベストセラー作家や、大ヒット連載の漫画家さんは経験してるだろうけど重版がかかるほど、刷って納品する時点で収入が増える。どちらもドラマ、映画、アニメになると、原作が売れるから? 漫画家さんの場合、巻数が増えるほど一巻が売れる。ファンになってくれたら、続きの巻数も売れていく。

 注文が続々きたら? こりゃ売れる! 商品が足りないから刷ってばんばん売るぞう! と盛りあがる。編集部が推したくても、あるいは育てたくてもお金まわりの会議で「いや。そんな予算ねえから!」と言われちゃうとむずかしい。

 お母さんの話を鵜呑みにして、実際にどうなっているかを調べないままに、昨日のカナタがミコさんにそうしてみせたように、ぷりぷり怒ったところで、ねえ?

 お金は構造の話に向かっていくから、だいぶややこしい。

 流れを理解しないと、とんちんかんな怒り方をする。

 私の思うより、印税回りも複雑かもでしょ?

 ぜんぜんあり得るよね。

 テレビの収入源は? ネット配信サービス企業の企画で番組を作る場合のお金の流れは?

 お金は多くの人に栄養を含んで流れれば流れるほど、大勢が元気になっていく。華やかになっていく。

 けど、そうなるように循環させて育てていくのは、ただごとじゃない。

 華やかにみえる現場とは裏腹に、末端の人ほど買いたたかれている業界なんてごまんとあるのだし。ファストファッションで生産された洋服はやがてゴミとなり、発展途上国の土地を汚す。環境汚染で問題視されてる部分でもある。歪みは、どこにだってある。珍しい話じゃない。

 経費で申請して、収入とのバランスを取り、今後の教育や投資を踏まえつつ活動すべし! って言うのなら?

 いまある問題はどれほどあるのか把握して、ひとつひとつ対処して、社内の人々の政治や生活のバランスを調整して、社外との契約を安定で強固なものに整えていかなきゃいけないし? まず前提として、維持しなきゃ。じゃないと周囲の協力は得られない。みんなを振り回そうとするだけの人に、だれもついていかない。

 ひとりじゃとてもできやしない。

 青臭く、ぷりぷり怒って、あまりに買いたたきすぎだろと言うんじゃ?

 もちろん足りない。明後日に吠えるようなものだ。

 世界保健チャートの日本の個人平均GDPは三万二千ドル越え。日本円で三百六十一万ちょい。非正規雇用で働く人の収入の中央値は? 二百二十万ちょい。正規になると、四百万ちょい。業種、性別、年齢。その他諸々、条件を変えるとそれぞれの中央値も変わってくる。

 貧富の格差は是正されるどころか、ますます拡大していく一方だ。

 ひとりがひとりに、あるいは社会にぷりぷり怒ってどうにかなるような段階はとうに超えている。あと、単純に、怒ってどうにかなることを是とするのは、けっこう怖い。泣いてるこどもに「泣くなっつってんだろうがよぉ!」って怒って黙らせる大人がいたら、ドン引きだ。なるべくそんな大人からこどもを離して、さっさと逃げなきゃってなる。

 やるなら戦略的に。

 いまの私があっさい知識のまま、聞きかじりの内側でぷりぷり怒りながら立てられる戦略なんて、たかがしれてる。昨日のカナタがミコさんにアタックしたときより悲惨なことになる。カナタだって自覚的だ。そのあたりに。恥ずかしいやら情けないやらって気持ちなんだってさ。今朝、ぼそっと言ってた。

 自分だけに問題があるわけじゃない。

 怒ったり、戦ったりしないと身を守れないときだって当然ある。

 だけど、それらと自分を育てるってことは別だ。

 忘れちゃいけないこともある。それでも自分ひとりで抱え込むことはない。

 ひとりでできないことだらけ。そもそも、そういうものだ。なので、同じ目的を共有できる仲間たちと一緒になって集団を形成し、大きな集合体になって、より依存手段を増やして、できることを増やしていく。そこが、大前提。

 なので「自分を育ててないからだめなんだよ」って言って暴力を振るってくる人に耐え忍ぶことはない。

 スポーツに似てる。

 ゲームでもいいかな。ぷちたちを見ていると、しょっちゅう思うんだ。

 なんにも知らない人がなんのサポートもなしにやるのと、メンターやトレーナーと一緒にやるのとだと、ほんとに差が出るなあって。

 いたほうがいいね? やる気も大事だね? やる気を攻撃しちゃうのよくないね?

 あとは、なんだろなー。

 人がいつか死ぬと知って、親や自分のことを考えて怖くなって「ああああああああ!」って泣いちゃうような、あの感覚に似てるとこある。ああいう「将来が怖い!」とか「大事な人がどうにかなっちゃう!」とか、あともちろん「私いつか死ぬ!」とか? そういうのにビビり散らかして、だれかどうにかして!? ってなっちゃう。そういう感覚に似てる。

 あ! もちろん、私はねってことなんだけどさ。

 前にも考えたことだけど、そのときはお母さんのお布団でくっつい寝た。

 ビビったときの安心できる安全な場所での休息って、すごく大事。

 いい年して、そんなの自分で見つけられへんのかーい! って言う人もいるけど、いろんな養育環境があり得るのだから「見つけられへん人も、そりゃあぎょうさんおるやろ」って思うかなー。

 養育環境の安心感や安全さに分布を作って、ぎょうさんおる中でしんどいグループの人が、いくつでも、どんなアディクションに苦しんでいても、回復できて、愛着という接続を学べる環境ってあるのかな?

 私には正直、思いつかない。

 だれかに傷つけられた人は、自分を傷つけた人間とおよそ同じグループにいそうだと感じただれかが、もしも仮に養育環境でしんどかったとして、呟きアプリとかで否応なしに見ちゃうと? 痛みが噴出しそうだ。繋がる必要性はないにせよ、傷が、痛みが、放っておけないかもしれない。

 痛みがそこにあるとしらなかったり、気づかなかったりするままに「いやなら見なきゃいいじゃん」と言う人もいるかもしれないけど、それじゃ済まないんだよね。済んでるんなら、たびたびトラブルが起きることもないわけでさ。

 ルナさまがしんどい人にとって生きにくさを感じさせる身近な敵は、ルナさまが軽くて楽で、しかもそれは根性でなんとかなると発信しちゃう同性だ、みたいな呟きも前に見かけたことがある。

 同じグループの中でさえも揉めそうだ。

 安心感や安全さ。そのレシピは?

 暴力がない。暴言が飛び交わない。自分を否定されない。傾聴してもらえる。抑圧されていない。しっかりと対話を通じて教えてくれる。

 そういう内容になっていくのかな?

 答えありき。こどもがいるとき、大人は自分を答えに当てはめるのが正解。ケースバイケースの状況ばかりあって、具体的な例が示されているわけでもないのに「こどもを否定しない」とか、泣いたら「なにかを伝えたいのだろうから、ずっとそばで寄り添う」とか?

 そんなの頭がおかしくなっちゃうよ。ぷちたちが一斉にみんなで泣いたら私はもう、どうすればいいのかさっぱりわからなくて途方に暮れるし、泣かせてしまった自責もあれば、泣かせたいわけじゃないのにどうやっても手に負えない現状に尋常じゃないストレスを感じるもの。

 理想的な親はそんなこと感じない! とか、こどもがどう訴えても無償で無限の愛で包み込むのです! とか? そういう答えや正しさって、ただただ親を追いつめていくよね。できないとき、どうすればいいのかわからなくてしくじり連発してるときには特にそう。

 支援がほしい。完璧も万全もないのだし、あればあるほど困らないのは明らかなんだから、そこに際限はない。もっといえば、あらゆる人生の文脈が存在する以上は、もっともしんどい状態におかれた人を想定して組み立てるとなると? けちってる暇はない。

 UP&UP。ただそれだけが目標だ。

 それが得られないという答えを意識する、ただそれだけで痛みを刺激される状況だって当たり前にある。そのとき、だれもが自分を安心させられるかっていったら?

 んなわきゃない。そうだったらいいんだけど、そんなことはない。

 仮にさ。

 ぷちたちが入れる幼稚園があって、全員を三年間かよわせるとなると尋常じゃないお金がかかるから稼ぎがほしくてたまらなくて、日々のストレスでいらついてさ? 控え室で高城さんやメイクさんとか、呼びにきてくれたADさんとかにキレちらかしたら?

 なんっでやっすい仕事せなあかんねん! って。暴言まで吐くかも。

 その感情を抱えているだけでストレスフル。心配が尽きることはない。ぷちたちが三年間、無事に幼稚園を通えたとして、すぐ次に小学校、中学高校、果ては大学に就職、なんなら結婚までずっと「わー」ってなり続けるかも。神経質な十数年。

 唯一自分が楽になれるのが、お酒を呑んでいるときだけだったら?

 私がキレちらかす相手の立場で考えると、どんなフォローをしてもきれられるわけでしょ? まさか自分の立場でギャラをあげることなんてできるわけもなく。ギャラって基本的には仕事によるじゃん。ねえ? 徹頭徹尾「そんなん自分に言われましても」って感じだ。気を遣うとしても正解がわからない。私がなにを不安に思って、どうしてキレちらかしているのかなんてわからない。知ろうとするなら覚悟がいる。

 悩みにアプローチするのは、実はシンプルに大変だ。

 自分が相手で、だいぶしんどい。それが自分以外のだれかになると? ハードルがめっちゃあがる。

 じゃあ私の立場で考えるとどうだろう。焦燥感も不安も、自分の内側にある。だけど目標は自分の外にある。なんなら自分が掌握できないし、変えることもできないものだ。ただただ年月だけを視野に入れるようになるかもしれないし? 月日が経つごとに、どんどん神経質になっていくのなら、ぷちたちはたまったものじゃないだろう。

 そんな現在進行形だと「産まなきゃよかった」とか、逃げ出したいとか、追いつめられた末に衝動的なことをしてしまうかもしれない。

 それは非道徳的だ! なんて人でなし! とバッシングする人もいるだろうし、そういう親に振り回されて複雑な思いで過ごしていらっしゃる方もいるだろう。複雑どころじゃ済まないかもしれない。

 いままさに追いつめられてぎりぎりで保っている方もいらっしゃるかもしれない。

 そこまで追いつめられるのって、なんだ。

 だれも得してない。なのに、それを止められず、ふわっとゆるっとした「愛せば」なんて絵空事が叶わない。人生や現実のつらさなんて知らずに済むならよかった、産んで後悔した気持ちが一瞬の気の迷いでも、本気だとしても、そんな思いせずに済みたかった、とか。逆にそんな風にさえ思えなかった、みたいなの。

 なんだ。

 そこまで追いつめられるのって。

 私の御珠の核は、その根っこは「愛したいし愛されたい」気持ちなのだとよくふり返っている。大事な初心だ。

 けどこれはこれで厄介。

 親だから愛さなきゃ。こどもだから愛されなきゃ。そういう形になると、つらい。

 抑圧の形だから。

 このまま「AだからBしなきゃ」構文で過ごした時間と痛みのぶんだけ、憎しみが増える。これだけがんばったのに、なんで? ってなりやすいし。

 叶わないほど憎しみが増す。

 愛せないから憎む。愛されないから憎む。

 満たされないから、許せなさが増して、怨む。

 具体的な行動として「否定される」とか「相手の思い描く型にはめられる」とか「一貫しない言動で振り回される」とか「暴力を振るわれる」とかすると? 憎しみや怨みが刺激される。

 徹底的に抗うか、声を荒げて威嚇する、かもしれない。だって自分を傷つけるものたちだから。そんなものに近づいてこられちゃ困る。そんなものが主流派になられても困る。だから唸る。

 いずれにせよ原点での「本当はこうしたかった」という気持ちは埋もれて隠れてしまって、自分を攻撃しそうなものにどんどん敏感になっていってしまう。

 素直におしゃべりできないぞ? そんなの無理だ。

 もちろん自分のお世話なんて不可能だ。

 そういうとき、なにかやだれかに共依存すると?

 共依存の対象に自分の感情がぐらぐらと揺さぶられる。対象のちょっとした動きや変化に、自分がひどく脆く敏感になりすぎちゃう。感度三千倍ってやつだ。

 それに似た危うさが、お金回りの話にも、仕事回りの話にも絡み合う。

 自然なことじゃないかな?

 将来設計に結びついているもの。

 雪山で滑走することに例えるのなら? 産まれてから働き出して安定するまで、ずーっとトレーナーやメンターがついている人もいれば、ずーっと失敗をねちねちバッシングされ続けてもう滑らなくなる人もいるし、だれも見向きもせず、どうしていいのかわからずにずっと泣いている人もいる。

 そこまで悲観的にしないとして。

 平成狸合戦ぽんぽこのラストのたぬきたちの過ごし方にも似てる。人と社会に化かされて不動産業で土地を転がすたぬきもいれば、満員電車に揺られてうんざりしながら日々を過ごすたぬきもいるし、人に化けられないで少ない自然と餌の中をサバイバルしているたぬきたちもいる。

 ファクトフルネスで記されていたけどさ。貧富のレベル、いちばん上の四からではレベル一から三の現実はまるで知らない、理解できないもの。苦労も、大変さも、まるで想像できない。自分たちの当たり前は、ちっとも当たり前じゃないということも気づけないで「できて当たり前。できないのはがんばれてないから」だとしちゃう。

 そうした話さえも絡んでくるのが?

 お金の話。

 たいへんだよなー。

 関わる人数の規模に応じて、変化はさせにくい。業界をひとりの提言で変えるほうが無茶だ。混乱が生じるのは必至。それで慎重になったり、現状維持が美徳になると? 今度はだれもがその状態のまま、身動きが取れなくなっていく。枠の内側でなんとかしようとする。

 それはそれでしんどい。

 昭和元禄落語心中で、八雲師匠の昔話に出てくる若手ばかりで集まってやる芝居。ああいう試みを有志でやったりさ? いまだと動画配信を始めてみたり。そういうご時世でない頃だって、いろんな挑戦の仕方がある。

 執着せずにはいられないほど、自分にとって大事すぎる初心だったりさ?

 固執せずにはいられないほど、自分にとって欠かせないなにかだったり。

 そういうものから一旦離れて、学んでみるのはいい手。

 ノンちゃんが教えてくれたことだ。愛について学ぶんなら、別のことをしてみる。

 ミコさんがカナタの追求をかわしながら伝えてもいた。なにが大事なのか。自分が仕事をするうえで、根っことして必要なものはなにか。

 やっと、ここに辿りつく。

 回り道をしたような気がするけど、私にとっては曲がりくねったこの道が順路。他の人がどうかは他の人にお任せするとして。

 どうだい。

 環境に問題があるというのなら、むしろ全力を尽くして、仕事のぜんぶを降り注いで、仲間を大勢あつめて、みんなで変えていくくらいでも? まずむずかしいくらいの難易度なんじゃないかな?

 それをしたいのかい?

 どうだい。

 たぶんそれ、政治家になって、最大派閥に取り込まれながらも、神経磨り減らして、政治でなんとか道筋をつけて、やーっと改革できるかどうかくらいのルートじゃないのかい?

 それをしたいのかい?

 どうなんだい。

 ミコさんやルルコ先輩みたいに、会社を立ち上げて、自社に集まる仲間たちと実現を目指す? そういうコミック企業もなかったっけ。外注だと、めちゃくちゃ買いたたかれやすいし、それだと不安定で育ちにくい。ならいっそ、みんな雇って企業として利益を稼ぎ、みんなで儲けるってのはどうよ? みたいなの。実際には全然そんなんじゃないかもしれないけど、まあいいじゃん。そういう例を思い描くくらいは!

 で、それをしたいのかい?

 業界にアプローチするのとは別の苦労がきっと待ち構えている。

 正義の御旗を掲げるとき、だれかの正義に宣戦布告してるまである。どういう形で関わるのか。攻撃的なほど、しんどい。そういう人が自分にぶつかってくることを考えるとね。やっぱりどうしても、しんどい。宿題あるー、やだーってもやもやしているときに「宿題やった?」って言われるよりもしんどい。その人がそばにいる間、ずーっと言われている気がするくらいの負担がかかることをイメージすると? やだなあ。できれば離れたいまであるぞ?

 中学時代の私に逆戻りだ。

 キラリに圧をかける私に戻るのは、できれば避けたい。二度とやりたくない。

 ぷちたちを相手にするのでも。

 だれかといるときに負荷を感じる私でいるときも。

 うまくいかないときも。

 戦略的にね? いまはまだ、たかがしれてるけどね?

 仲間を増やすので忙しいね? 楽しいことしかしてる暇がないね? でも楽しいことだけで生きていくのはハードル高すぎレベルフォー。遠くて届かないうちは、どうやって楽しさに繋げられるか、ささっとかわせるかが気になるね? まだまだレベルは、わん。どこまでいっても、わん、わん、わん。

 泣いてる気分だ。わぁんわんわんわん。

 そりゃあ、引きずるよ。

 めげちゃいそうになるよ?


「ま、焦らない、焦らない」


 高城さんはひととおりお話してくれたうえで、次のように結んだ。


「ふたりそれぞれに、大事にしたい人たちがいて、大事にしてくれてる人たちがいる。一緒になって、なにをやりたいかを考えて、挑戦してからでもいいんじゃないかな」


 私は高城さんたちの事務所で、なにをしたいんだろう。

 トシさんたちと私とで、なにをしたいんだろう?

 お金や生活の話はすっごく大事。なにをするにしても、過ごす時間の土台になるものだから。

 それとは別に、なにをしたいのかを探していくのも大事。なにをしていくにしても、気持ちの土台になるものだから。

 価値は増やしていくもの。流れる血に健やかさへ導く栄養を。栄養だけじゃなくて、おいしく感じられて、心が弾んじゃうような味つけを。

 塞いでいた気持ちがだいぶ楽になってきた。あとすこしで目的地に到着するとナビが知らせてくれたときだ。


『『『 ――……して先送りかよ 』』』


 憎悪に満ちた声がたくさん重なって聞こえた気がして。


「だれかいま、なにか言った?」

「「 なにも? 」」


 カナタも高城さんも「ハモっちゃった」とてれてれしている。

 いや。ふたりに恥じらわれても。反応にめっちゃ困るんですけど。

 先送り。たしかにそう聞こえた。

 言い返せることはない。

 そう。たしかに先送りだ。いまの私にはできないと結論づけて。私がしたいことはそこじゃないぞと切りかえて。問題だと感じているのに、先送りだ。

 答えが出ないことで、無理に解決しようとするのではなく、耐えるとして。本でさらっと読んだ程度のあっさい知識で、耐えながら学ぶとしての、先送りだ。

 いままさに苦しんでいる人の助けにはなれない。いまの自分が苦しんでいる部分でもあるのに、手出しができない。そうして、先送りになるんだ。

 見えること、どうやらこうなのでは? という推測。そうした情報は膨大すぎるほどあって、いつでもアクセスできる。けど、いまの自分が現実にアクセスできる範囲とイコールではないとして、先送り。

 思ひせく心のうちの滝なれや、おつちは見れど音のきこえぬ。

 古今和歌集より。

 よしとはしない。する気はない。

 ただ、己を見失うとたやすくあふれる激情に足元をすくわれて留まれない。

 見えなくても心に降りしきる気持ちの滝は流れて、大地を削る。水が打ち響かせる音は威嚇するようでもあり、怖がりなときほど心に障る。

 できれば風流を楽しめるようになりたい。順序というものがある。

 焦るな。急くな。見失うな。

 やがて、過ぎる。

 きっと、うまくいく。




 つづく!

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