第千八百十四話
翌日、朝から高城さんの送迎を受けて仕事に向かう。
調整してもらっているとはいえ、キャンセルできるわけではない。
いただいているお仕事をキャンセルするのは結構やばいんだ。
昨夜、夢うつつのカナタさんに話した債権じゃないけどさ。「みんながこれくらいの価値がある! ってことに、ひとまずしとく」うえで回っていることって、たくさんある。
仕事を依頼する立場で考える場合は、どうだろう?
依頼しやすいこと。依頼した状態に依存できること。揉めないこと。調整が楽なこと。連絡が取りやすいこと。返信が早いこと。キャンセルの連絡は特に早いこと。
依頼する以上は、ある程度の期待値がある。期待値の枠内は満たすこと。それを超えてくること。仕事で揉めないこと。だれとも揉めないこと。いてくれたらみんながいい雰囲気になること。
その他もろもろ、いくらでも条件をあげられるけどさ?
こうした条件に、依頼する立場になると依存する。番組だと複数人のスケジュールを押さえて管理するから、事故ると困る。忙しいほど、相手に依存する比率があがるし? 慣れない頃や体調が悪い頃、気持ち的に乱れているときなんかだと? やっぱり相手に比率が向かいがち。
持ちつ持たれつ。
うまくいくときのパターンよりも、ずっとトラブルのパターンのほうが多い。
後者に対してどれだけ対応できるのか。揉めたときの対応力は、どんなもの? このあたりも信頼に繋がる部分。なきゃないにこしたことはないんだけどね。
相手が対応力があるかっていうと、どうかなー。むずかしいぞ? 信頼できる相手なら高城さんがうまく話をまとめてくれるけど、ものによるし? やっぱり、できることはやっておきたいじゃん。
ね?
どうかな。
車中で自分に言い聞かせるんだけど、微妙だ。
というのもね?
仕事だからとぷちたちには尻尾の中でのんびりしてもらうことにした。そこで、ぷちたちに朝一で叱られたの。
『ママはさ。わかってないんだよ。なにがいるのかってこと!』
『なんにもいらないってことないよね?』
『ぷちたちにはね? 暇をつぶすんなら、それ相応のものがいるんだよ?』
『わかってる? それって、ママにもひつようなものがあるってことなんだよ?』
って。
なんのことって一瞬おもっちゃったけど!
早い話、テレビだのゲーム機だの漫画だの、持ち込ませろって言いたいみたいだ。
アニメを見れるようにタブレットを持ち込ませろ、と。お父さんのアニメ円盤コレクションもだ、と。みんなしてそう言うの。
言い返せないよね。たしかにみんなの言うとおりだ。
そんなことまで気が回らないんだから、まったくもー! って朝からくどくど言われたの。
私としてはカナタとお留守番してもらっても、全然いいんだけどな……なんて。そんなこと言えないや。みんなして「置いていったら承知しない」って恨みがましくにらんでくるんだからさ。
こうなると今度は「ところでカナタはどうするの? うちで寝てる?」という微妙な提案をせざるを得なくなる。だって、ほら。私の護衛と、ぷちたちのお世話をしにきてくれたわけでしょ? だからって私の仕事についてきても、ねえ? どうするの? 暇してるの? それでもいいならってなるけども。
いやそうな顔をしながらも、カナタはついてくるって言うのでね!
三人で私の仕事現場に向かう流れになったのです。
高城さんが山岡さんに連絡をつけてくれて、せっかくなら挨拶回りをしとこうってなった。
コンスタントに仕事ができるほうがいいし、そのためには顔を売るのが大事。呑み会に参加して愉快なキャラを売るみたいなどぶ板営業の仕方もあるみたい。監督さんとか、プロデューサーさんとかの座席に果敢に向かう。そういう人はそりゃあ大勢いるだろうし、静かに飲みたいときに「おれがおれが」とか「わたしわたし!」とかって圧は御法度。
相手の出方がどんなものでも対応できるといいよね?
スケジュール調整でもそうだし。書類のやりとりでもそう。
落語家さんだと? 寄席の最中にスマホが鳴ったら、それをネタにひと笑いとっちゃう人もいるそう。昭和元禄落語心中でも取り扱っていた死神みたいな内容だったり、人柄に合うかどうかは別だ。ひと笑いとれなきゃだめ! なんてことはない。もちろんそう。
お客さまにお願いがございます。どうかどうか、事前に通知音が鳴らないように音量を調節するか設定を変えるか、電源をお切りくださいませって話だ。
クラシックのコンサートでスマホが鳴ったら致命的。映画もそう。ホラー映画ですべての音が消えて、観客の緊張が高まる瞬間に鳴ったら? そりゃあもう! 気まずいよ! ひんしゅくを買うよ。
基本的にお互いにゆるやかに、場を守る手段を依存しあう。握手するように。二人三脚をするように。
私はそこまでハマってないけど、ぷちたちは配信者さんたちの動画を見るのが好き。配信を追っかけるのも大好き。ぷちたちが見る生配信では、コメントを寄せられる。場合によっては荒れちゃうことも。そういうのも同じかな。
ゆるく、ふわっと、依存しあう。
気にしない人やどうでもいい人もいる。
通販サイトやグルメサイトのレビューもそう。
相手が楽しく気持ちよく配信してくれる状況を眺めることに依存している場合もあれば? 相手に「こうしろや」と圧をかける自分の行為そのものに依存している場合がある。
自分の行いに着目して、それが自分にどういう影響を与え、どんな栄養を与えるのかを見る。
余裕がないときほど気づかない。わからない。自分にできることを、だれかが叶えることに依存する。依存労働を求める。
それを甘えという人もいるよ?
でも多分それは、いきものとしての本能だ。
勉強すればするほど「甘えだ」と済ませる状態に不勉強さを感じずにはいられなくなる。
生まれてからモラトリアムを巣立つそのときまで。そして年老いて死ぬときまで。事故に遭ったり暴力を受けて怪我を負ったとき。病にかかったとき。
あらゆる場面で、周囲に求める依存労働は増える。
赤ちゃんに「働け。稼げ。食べものも、トイレも、なんでもかんでも自分でやれ」っていう人がいたら「お前まじかよ」ってなるじゃん。できるわけないもの。
社会も、集団も、個人の集合だ。
依存を分散させ、拡散させながら、創造し、接続したり切り離したりしながら、個人にできないことを達成していく。
ファクトフルネスの表紙をめくると、最初にグラフが表示される。貧困と平均寿命を示すもの。世界保健チャートっていうやつだ。日本は貧困レベルは四。四段階中、一番高い。平均寿命も八十才以上の高い集合の中にいる。
じゃあ日本国内に焦点を絞ると、どうなるだろ? 貧富の格差は存在せず、だれもが平均寿命あたりで亡くなっている? まさか。
ほっといても、だれもかれもが三万二千ドルよりも多い所得を獲得してる?
最近だと一ドル、百十三円くらい。だから一年あたり三百六十一万と六千円。
念のため補足すると、所得っていうのは収入から必要経費を引いて残った額。会社員ならボーナスも含めるし? フリーで働く人たちは、仕事に必要な道具や移動費、事務所費なんかを差し引いて残る金額になるのかな?
仮にさ。
週刊漫画に掲載している漫画家さんがいるとするじゃない? アシスタント代は漫画家さんが自分で経費として払うのかな。アシスタントさんがふたりつくとして、一年連載すると? ふたりの所得をさっき挙げた三百六十一万としたら? それだけで七百二十二万が一年にかかる。それはあくまで経費だ。彼らの交通費や税金、社会保証にまつわる費用まで捻出すると? もっとお金がかかる。そうだよね?
で、さらには漫画家さんも三百六十一万以上のお金を得るとする。こうなると、経費の金額だけでどえらいことになるし? それらを差っ引いて尚、三百六十一万以上の収入を得るのなら?
一年に漫画家さんが必要とする金額って、どれほどのものになるんだろうね?
収入源はなにになるのかな?
雑誌の連載? 単行本の印税? 掲載雑誌でプレゼントだサインだと求められる雑務?
けど印税は博打だ。重版がかからなければ、取らぬ狸の皮算用。しかも口座に振り込まれるまで、タイムラグがある。
出版社は本を書店に売る。書店は買いつけた本を顧客に売る。なので出版社は書店の評判が得られる本を作り、定期的に販売したい。いっぱい注文が入るほどいい。もっと作ってと求められるほどうれしい。それが重版出来。
書店の振り込みが、出版社に入る。そしてやっと出版社が漫画家さんにお金を支払う。二ヶ月とか三ヶ月かかるそうだ。お父さんやお母さんによれば。
働いても「ああ、きみの給料は三ヶ月まってね」って言われたら、どう? 三ヶ月の間、どうやって生活するの? バイトでもする? 週刊連載しながら? なんだそりゃ!
だから印税で生活するんじゃなくて、まず連載の段階で生活できないと困る。そもそも生活がむずかしくなる。
そういうイメージで考えるとき。
出版社が雑誌を作る場合、雑誌に掲載を依頼する漫画家さんたちの経費がまずかかるものとして考えると? 一冊を一週分、ないし一ヶ月分つくるのに、どれほどのお金が動くのかな。
なんだか、どえらい話になりそうだね?
出版社だって経費がかかる。社員の給与も払うし、福利厚生もある。書店が本をいっぱい、高く買ってくれたら楽ちんだけど、そうもいかないもんね?
漫画家さんと出版社で考えたけどさ。
IT企業とか、建設業界とかはどうなのかな?
正社員ではなく派遣社員に変わっていく現場はどれほどあるのかな? フリーの人が多い業界っていうのもあるんじゃないかな?
賃金と経費さきにありきなの? 会社の収益さきにありきじゃないと、無い袖は振れないんじゃない? じゃあ本当に無い袖なの? その証明は? 力関係で有利不利はどうしたって生じるだろうけど、不利な側が買いたたかれない仕組みはちゃんとあるのかな?
このあたりの雇用とお金にまつわるトラブルは世の中にどれほどあるのかな? どれくらい是正できているのかな?
わお。
実は広範囲に渡る闇深案件なのかな?
半沢直樹で出てくる工場も。あるいは同じ原作者さんの別作品で取り扱う自動車会社も。
このあたりのお金回りはけっこう大きなトピックス。
町工場。ネジ作り。うーん。半沢!
アマテラスさまと一緒に「青天を衝け」を見たんだけどさ。ネジが世界を動かす時代がくる、みたいな台詞があった。
七つの会議では?
まさにネジがストーリーの中心だった。
生産するうえで、どうしたって費用がかかる部分がある。
たとえばそれは、人件費。
国内の人件費がかさみすぎるから、海外の安い場所に移すという動きが目立つ業界がたくさんあった。自動車産業もそうじゃなかったかなー?
社員の力を削いで、正社員は減らして、いくらでも切れるし、いくらでも動かせる人材に変えていけたらいい。力も、給与も減らせれば減らせるほどいい。
で。
他にもある。
そう、ネジだ。
材料費。
大量に使用せざるを得ない材料の費用を、一円。たった一円でも減らせたら? 年間にかかる負担がどれほど減るだろう。大量に生産する商品ほど、材料費を削減できることで得られる恩恵は無視できない。
ああ! ケチりたい!
というわけで、七つの会議ではネジの材料費を削減することになった。
性能か。はたまた材料費か。それはトレードオフの関係だ。
選べるのは、どちらかだけ。
新技術で両者を達成できるようになれば話は別。半沢直樹だと? 両者を実現させたネジが、半沢の実家を救った。新技術を生みだした半沢のお父さんはネジが認められる前に自殺してしまったけれど。
どちらかだけとなるとき、問題が生じる。
発注元が発注先に、無理難題を言うんだ。
安くしろ。しかし性能は落とすな。納期は守れ。なんなら早くしろ。赤字だろうが知ったことか。できなきゃおたくとの契約を切るまでだ。
そんなやり口は下請法で禁じられてるよ?
もちろんそう。
だって、この手口はどうよ?
ただの恐喝だよ。
納期からすこしでも遅れた納品だとして代金を不当に減らしたりして、圧をかけて、発注元の都合のいいようにしようとしたら?
もうね。ただのヤクザだ。
捕まってどうぞって話なんだけどさ?
もしも、これで受ける側が利益を出そうとしたら――……さあ、どうなる?
あなたならどうする?
七つの会議では、簡単な答えが提示される。
強度を落として、問題ないものだと偽装して納品した。
材料費をけちったんだよ。
発注元がけちれというなら、製造側もけちった。
ただそれだけのことで、いったいどれほどの事故が起こりえるのか。
映画だと冒頭、ネジのついた椅子が壊れた。
本来想定した強度なら、壊れるはずのないネジが壊れたんだ。
シンプルな話、けちればけちるほど品質は落ちる。
関係性は悪化するし、モチベは下がる。
いいことがない。
価値が下がるんだよね。それも、全体の価値が下がってしまう。
集団の、社会の心臓を弱め、個人がどんどん貧していくんだ。おまけに流通する商品は悪化と安価に向かっていくだろうし、経済の活動も貧弱になっていく。悪循環!
なんか、覚えがない? この文脈。
みんなで緩やかに、リーマンショックのような坂道を転げていく流れじゃない?
あ。
こんなの、素人の私の妄想だよ?
もちろんそう。
こんな怖いことが起きてたら困るし。事態は私が考えるよりもっと複雑で、必要な情報はもっとやまほどあるだろう。なきゃ困る。
ところで。
町工場は昔に比べて、どうかな。増えた? 減った?
漫画家さんたちはどうかな。アシスタントで一年間、食べていける稼ぎが得られるのかな?
アニメ業界はどう? 低賃金が問題として叫ばれているけど。映画業界はどうなのかな?
労働法や下請法。各地域の最低賃金。問題は? 買いたたかれてないかな? 知らないことはどれだけありそうかな? 個人の問題とせずに、集団で、社会で依存しあって解決したほうがいいことって、ちゃんと見つけられているのかな? 共有できているのかな?
ただ働き同然で利用している企業はない? 優越的立場を濫用してヤクザのように恐喝してる企業はどう? このご時世、そんなのないっしょー! って、思える?
私は無理かなー。
怖いんだよ。
ただただ。
私たちの将来にはなんの希望もなくて、わりとたくさんの割合の人が苦労している社会に飛び込むことになるのかなーって思うと。
やだなーって。
だってさ。
俺はいく。だから俺にしがみつけ。できないものから死ね。だれの面倒も見ない。自己責任でなんとかしろ。ただし常に俺の役に立て。そんな社会に見えるとき、あるよ?
そんなのジャイアンでも言わないけど。昭和の歌謡曲に関白宣言っていうのがあるけど、それだってそこまで無茶かなあ? ねえ。
そんな俺様企業に「ははー」ってやってない?
DV企業と付きあってメンヘラになってない?
ちゃんと二人三脚、足並みそろえてやってる?
お前のそれは甘えだ甘えだぷんすかぷんと怒ってる相手が、全力で甘えて責任はぜんぶ押しつけてきてるみたいなこと、ない?
わかんない。
だから知りたい。
そういう構造を、国内で貧困と平均寿命のレベルを四つに分けたり、業界ごとに分けてみたりして、統計を分析することで読み取れないかな?
うわ。
今度は統計のお勉強が必要そう。
もう既に頭がいっぱいなのに!
それをやる仕事って、なんだろう。どういう人がやるんだろう。調整をとる力って、あるのかな? 成功したら、どうなるの? 失敗したら? そのときの対応は?
考えだすときりがない。
まず活動するうえで、現場レベルでだれもがくわしく知っているかって言ったら? それは別じゃない?
自分の立場で、自分の文脈で考えるので精いっぱいな人のほうがずっと多いかもしれないし? そうじゃないかもしれないけど。
なら、分布はどうなのかな?
具体的に分けるとどうなるのかな?
年齢、役職、フリーも含めてあれやこれや。統計はどうとればいいのかな?
わー。
とてもじゃないけど頭が回らないや。
それでも考える。じゃないと備えようがないもの。
いろんなパターンを想像する。
仮にカナタとの間にこどもができてさ? 産んで。
もしもシングルになるときがきたら?
歌手で稼げていたら、収入面はどうにかなるかもしれないけど。こどもと離れる時間が増えざるを得ないから、そこが怖い。シンデレラに夢見るままじゃいられないから、私を苛まずに伴走してくれる新たな出会いがあったら頼ることさえあるかもしれない。
稼げなかったら? 歌うことでお金を得ようとすることをやめていたら。
バイトで食いつなぐ? 一年の収入が百二十万に届くか届かないか、みたいな状況になったとしたら?
生活するのでやっとだ。こどもにしても義務教育過程はまだしも、高校はかなりの負担になる。大学進学を希望するのなら、奨学金に縋るしかない。返せるあてがなきゃ? それも叶わない。
ぷちたちと過ごして痛感した。
自分に投資する余裕なんて欠片もない。
いまより収入が得られる仕事に就けるアテがない。
就職はあらゆる制限が枷となる。
三十代を過ぎると一気に再就職がむずかしくなる。
ミコさんがカナタに「収入を第一にしなければ」と言っていた。なにも業界の収入分布で上位を目指さなければ、いずれ辿りつきようもあるかもしれない。
そんな話じゃない。
ファクトフルネスでいう貧富レベルの一からの脱却はほぼほぼ無理だと感じるほどの状況を想定してる。各国それぞれに国内に閉じて、貧富をレベル分けしたときのレベル一は、やっぱり同じくらい厳しい状況に置かれるものだと感じざるを得ないから。
もしも自分がそういう状況になったら?
いったい、なにができるんだろう。
さっぱりわからない。
追いつめられるままの時間が流れるんじゃないかな。
昨日か一昨日に考えた、世界のおいしいお店の話。経営者のママさんが、自分のお母さんのレシピでちっちゃな食べもの露天商をした。細々と続け、やがてだんだんと評判になり、やっと店を得るところまでいった、みたいな話。
学校に通い、資格を取って、就職する。そんな暇もお金もない。できることをした。
それはレベルを変える類いの営みじゃない。そんな余裕はない。
いまで精いっぱい。なので、実はそれができるのって、めちゃくちゃにすごい。
けど、すごいと済ませていいことでもない。
だれでもできることでもない。
生活保護のような社会保障が大事だ。コミュニティカレッジのように、だれでも無料で通えて学べる場所も欲しい。いくつからでも就職できて働ける職業も、その幅も拡充できるほどいい。
現実はむしろ逆行していくよなあ。
ただただ、逆行していく。
だって価値が下がり続けているもの。先細りし続けていくだけ。
ハリウッドに憧れて、ウェイターをしながら挑戦するのはハードルがばちくそに高い。
価値が下がるほど、依存がぶちぶちと断ちきられていく。
個人でどうにかしなきゃいけないことが増えていく。
集合であり社会の利点がどんどん減っていく。
価値が毀損されつづけると、なにが起きる?
犯罪率があがるし、犯罪に直結する類いの商売が増えていく。
そして無茶で磨り減る生き方と、そのために毀損する価値への共依存に向かっていく。
いきなりがらっとそうなるかって、そこまで極端な話じゃない。
ドラマチックに二項対立させて、悪くなっているときはとことんやばくなる妄想をしがちだけど、そこまで極端な話じゃない。
ただ、長く続く下り坂の勢いを舐めちゃいけない。
アマテラスさまと一緒に見たハイパーハードボイルドグルメレポートの、アメリカのマフィア飯の回なんかやばい。学校に通うことさえできなくても当たり前で、マフィアのこどもに産まれたらマフィアになるしかないという人生の文脈は根が深すぎる。
映画「パラサイト 半地下の家族」を雇った富豪のような世界の見え方に留まっていたら、それもやはり怖い。自分の悪意に無自覚で無防備なままだから。
なんにせよ、知らないことが多すぎる。
無自覚な暴力性だって、私の中にはきっとたくさんあるはずだ。
叱られることも多い。
それでも続けていく。世知辛さに触れることも多い。営業をかける先でもそう。羽振りがいいだけの人ってさ。その人がどれほどの人たちの依存に頼りきっているかっていう話だしなあ。そうでもないなら、大変さは切り離せないものとして。
依存先が多くて、分散できるほどいいし?
共依存になりたいですっていう繋がり方でがっつりこられたら「無理っす」ってなるぞ?
そのへんの見通しもないんだよなあ。
いまの私には。
高城さんは聞いてくれる。最近はたいへんだろうし、病院の結果待ちでもあるし、なんとか休みにしようか? って。
けど、判断するための材料がない。
ただ、なんとなく、断るに足る理由が浮かばないだけ。
断ることのほうが怖いだけ。けど怖さに対処するには、具体的になにがどう怖いのか、どう対処すればいいのかがわからないだけ。
惰性だ。こんなの。
開き直って、これをするぞと決めて行動しつづける人がいる。そこまでいきたい。
ぷちたちとの時間は、そうなりつつある。まだまだ時間はかかるだろうけどね。
仕事も、そこまでもっていきたい。
お金は欲しいし必要だけど、お金を第一目標に歌いたいのかな? それはそれで立派な動機だ。
たとえば立場は? 大御所ってよばれてさ? 年末の番組に呼ばれたり、大勢にめっちゃ気を遣われて、ちやほやされるくらいの立場になりたくて歌いたいのかな? それも動機たりえるけど? 気持ちもいいだろうけど。
そういうんじゃない。お金はほしいし、好きな人とゆるくふわっと繋がれたらいいけれど。それが別に仕事の動機の根っこってわけじゃない。
ミコさんの問いは、動機の根っこにまつわるもの。
お金がほしい! で突き進むにせよ、立場! で突き進むにせよ、それぞれに戦略は変わる。モチベの作り方、削れたときのケアの仕方も変わりそうだ。
私はどう?
なんで働くのかな。
なにがうれしいのかな?
なにがつらくて、なにをどうしていきたいのかな。
トシさんたちと一緒に、みんなとわーってやるのが楽しいぞ?
わりとそれだけでいいんだけどな。
振り切るにはまだ、未練がましくてだめだ。
ぷちたちに「私の思いどおりになれ!」っていうように、仕事や、仕事で関わる人にそう振る舞いたいの?
まさか。
すぐに答えられるのに。
開き直れない。まだ。
大事にしたい根っこを決めてさ?
それとは別に必要なものもちゃんと補っていけばいいんだけど。
定まらないときほど、ああどうしようこれがたりない、ここがやばそうかも? って不安になっちゃうんだ。なにをどう学び、どう実践したり、行動していけばいいのかも定まらない。
軸がぶれぶれだ。
車の窓ガラスをふくれ面で睨む。
『ママはさ。わかってないんだよ。なにがいるのかってこと!』
『なんにもいらないってことないよね?』
『ぷちたちにはね? 暇をつぶすんなら、それ相応のものがいるんだよ?』
『わかってる? それって、ママにもひつようなものがあるってことなんだよ?』
必要なものかあ。
なんだろね?
お金とかそういうのとは別にしてさ?
ああ、これがないと無理だっていうもの。
ここ最近の流れのままに、ややこしく考えすぎてる?
それがないと、心がくたびれちゃうもの。失われると考えるだけで心がちぎれそうになるもの。
私の土台。だれかと依存の握手をしながら、輪を広げていくその前に、まず私が立つ元気になるもの。
多くを失って、どれほど傷ついて、何度も心が折れて、それでもなお立ち上がる元気になる源ってなんだろ。
そんなの、あるのかな?
それとも、ないのかな?
黒いのには、それがあったように思える。
ミコさんみたいに長く生きるとき、どうしたって必要な気がする。
そういうのって、自分の中にあるのかな?
なさそうだ。
あ、ふたりをディスってるんじゃなくてね?
青澄家の映画鑑賞の時間で見た「キャストアウェイ」っていう映画を思い出してた。
飛行機で移動中に事故発生。無人島に漂着した男の物語。
彼はヤシの実を削って、人の頭を模して、孤独な時間の話し相手にした。ときに孤独の空しさや現状への恐怖を怒りに転化して、話し相手をただのヤシの実めって投げつけたこともあったけどね? そのあと、ちゃんと大事に元に戻していた。
居るためには、ひとりじゃ無理だ。
逆にいえば、深く繋がるかどうかは別として、だれかと居ることができるのなら?
わからない。
わからないよ。
ちっとも。さっぱり。
なにかを感じるままに、いまだせる答えとしたい。
ライブ会場には、それがあった。
生徒会長選挙の場にだって。渋谷でやったゲリラライブのときだって。
なんなら、去年の五月にシュウさんを助けたときの、あの瞬間にさえ、あったんだ。
それを知るために。
いま出せるのは、この方向性だけ。
ネガティヴ・ケイパビリティというには、私は答えを求めすぎている。
答えを求めず、学び、行動しつづけるために必要なものを探してる?
なにがなんだか!
ぷちたちの言うとおり、わかってないなあ。私め!
「仕事先では、せめて笑顔でね」
「はあい」
高城さんに叱られちゃった。
よし。営業スマイルの出番だ! 無理なら両手の人差し指で口角を持ちあげちゃえ。
あれ可愛くて好きなんだよね。自分でやるのが、じゃあないけどさ。
かわいい系の子がやるのもいいけど。
キラリみたいなつんつんで綺麗な子がやるのを見るのが好き。
思い立ってメッセージで画像を催促したらさ?
『ばーか』
って秒で返信がきた。
けど、すぐに送ってくれたんだ。マドカたちとみんなで笑顔を作ってる画像。撮影したのは虹野くんかな?
こういうので助かるんだよなあ。
好きな人たちが元気の源なのは、間違いない。
『そっちのも』
すぐにキラリから催促のお返しがきたぞ?
車が停まったら、高城さんも巻き込んで、カナタと三人で画像を撮って送っちゃえ。
つづく!




