第千八百十一話
真夜中に失礼しますね? 立沢理華です。
日本の刑事事件の裁判、その有罪率はたびたび話題になります。
なにせほぼ十割!
その絡繰りとは、いったいなにか。それこそワイドショーに出演なさる、刑事事件や裁判の元関係者をはじめ、そちら方面の雑誌記者さんなんかも解説しているのでしょうが?
解説のひとつに「立件し、裁判にて立証して有罪が確定する見込みが高いものについてのみ、手続きを進める」というものがあります。聞いたことありません?
まあ理華は警察でも検事でもなんでもないので、ネットで都市伝説やうわさをそれっぽく語る程度のノリなんですけどね。むしろ頭から信じられると困るまであるんですけども。
警察の初動が遅れる云々。裁判までいけていたら云々。いろいろあるかもしれないですね?
そこにはもしかすると拾いきれていない情報があって、その中には案外、いま進行中の事件に関わる情報があったりして? なんて猜疑心に心をくすぐられるくらいには、進展がありません。
こういうときは原点回帰。
被害者の情報を並べて、繋がりを想像してみる。被害者の行動パターンを洗い出して、犯人が犯行に至った時間帯や経緯の特定に挑む。でもこれ、警察の情報があるとないとじゃ精度に差が出る。時を超える力をもつ姫ちゃんはいまだに技術の習得に足踏み中で頼れないし、頼ると今度は悲惨な事件現場を彼女に再現させることになる。それは避けたい。
隔離世に移動して、警視庁の捜査本部に潜入を、なんていうのも考えた。しかし警視庁に常時、侍隊が詰めているので、これは不可能だ。警察に隠れて警視庁に潜入って、露骨にアウト。緋迎さんや佐藤さんに連絡を繋げてもらえたとしても、彼らにがっつり叱られるのが目に見えている。コネがあっても、ごり押し危険。まだ彼らの信頼を得ているとは言いがたい。
いいなー。漫画やドラマの探偵は。そう安易に言って、前に鮫塚さんにたしなめられたことがある。ばか、フィクションの探偵だろうと、苦労してるヤツはしてるぞ? って。いや、いまそんな話してねーしって思ったんですけど。たしかに彼の言うとおり。
ところで鮫塚さんといえば、鷲頭先輩のご実家の稼業にがっつり絡んでいて、危ない界隈の噂もご存じだ。下手に隔離世だなんだと、慣れないまま増えていく手札に迷っていないで、これまでの自分の手順に立ち返ってみるのもいい。私なりに組み立ててきた方法論なのだから。
そういうわけで、放課後にさっそく連絡をつけた。聖歌と美華を連れて先生に依頼して、現世に連れていってもらう。謝肉祭遊園地の一件で高等部はすっかり厳戒態勢でぴりついていた。現世に連れていってもらうのも一苦労だし、管理態勢が強化されてしまったから勝手に抜け出すのもままならない。
「瑠衣たちじゃなくてよかったの?」
ふたりと渋谷を目指す電車移動中に、並んで座る。右隣の美華が尋ねてくるし、左隣の聖歌はガチ寝の真っ最中。全体重を押しつけてくるので、地味に重い。
春灯ちゃんに認めてもらえるよう、がんばる! と意気込んで、二年生の途中編入組の先輩たちに混じって特訓を始めているのだ。
激動の事件続きで「あれやります!」からの「それどころじゃねえ!」からの「そういえば、あれってどうなってたっけ?」という試みが多すぎる。生徒会バッシングをしはじめる人も出てきているくらいだ。個人的には「いや、こんなん普通は対処できんて」と感じる。同意見ないし、生徒会を責めてもどうにもならんと達観している人たちは、おとなしくいまできることに注力しているのだが。
その施策のひとつに縦割りチーム編成がある。私たちの多くはすでに「いまさら構築するなら、それこそ余裕のある自分たちが旗を振って率先して動かなきゃ無理だよなあ」という感じでいるのだけど、聖歌はぶれずにいつか絶対にチームになれると信じているのだ。
もしかするとうちのクラス、ううん、うちの学校で一番、ガンコで一途な人かもしれない。
そりゃあ、応援する。
なんなら、全力で手を貸す。
一年生の体制作りは現在進行形で進めている。生徒会に提案できるように草案をまとめてもらっている最中だ。どうせ隔離世の技術にしたって、自習でできることはまだまだたかがしれてるのだし?
生徒会? それがなんだ。
こっちは一年で作戦部を立てて今後に備えている。
どうせ戦闘技術じゃ先輩たちに一日の長があり、敵はさらに強い可能性が高いのだ。
だったら、私たちは自己理解に努め、できることを把握する。確実性を求めるとき、なにをどこまでできて、急場になるとどれほどの失敗が生じるのかを調べている。
その方向性さえ、ぶれない。
聖歌が詩保やツバキちゃんたちと決めた。
お祭りを。楽しく。最後はハグで終われるような方法で。
じゃなきゃ春灯ちゃんとチームを組む意味がないとまで聖歌は断言した。
なら、親友の決意に則ってやるだけだ。
しかし世の中だれもかれもが聖歌と同じスタイルかといったら、そんなはずはない。現に連続殺人事件が巷を騒がせている。今回は謝肉祭遊園地の一件もあって、とても危険な状況だといえる。
美華の言うとおり、戦力は多いに越したことはないのだが。
「鮫塚さんに会わせられる人数で、理華が安心できる最大の人数が美華と聖歌なんです。仕方ないんですよ」
「噂のヤクザ?」
「それだと鷲頭先輩の家が現役ってことになっちゃいますって。いまは会社を経営してるそうですよ?」
鷲頭先輩のご実家はゼネコンや警備会社、IT企業、パチスロ企業からスマホゲームのパブリッシャーまで、いろいろやっているそうで。
そりゃあ鮫塚さんもお金持ってるはずですよね。
いわゆるフロント企業なのかと思いきや、現世における荒事はだいぶ前に撤退しているそうで。少なくとも表向き、鷲頭家も鮫塚さんも真っ当な社会人なんですよね。そのわりにキャバだソープだなんだの店員さんたちに知り合いも多く、経営にもこっそり関わっているんじゃないかな。
このあたり、きちんと背景を調べてみたら闇の深い話に行き着きそうだ。
ゼネコン、それも日本の名だたるカースト上位の企業は一時期、四社が有名だったという。いまだと五社になるのかな? 準大手も含めるとけっこう増える。建設需要で成長した業種もバブル崩壊後に低迷したりなんだりで紆余曲折があったようだから。
鷲頭先輩のご実家も検索してみればなんてことなくて、海外での施行実績もある、それなりに規模のでかい会社だ。住良木グループに比べると、物足りないけどね。両家に繋がりがあるというのだから、家族や一族の経営ってやつは。
そういう時代じゃないという潮流があるけれど、いまのところ変動はない。
どうだろ。鷲頭先輩は家業を継ぐのか。それとも鮫塚さんが引き継ぐのか。住良木は?
それはいまの私の懸案事項じゃない。
「彼って男子には刺激が強すぎるんで」
「私たちはいいのか」
「あんまり? ただ、もっともマシなんです」
「いやな言い方」
他に言い方が思い浮かばない。
瑠衣もスバルも、キサブロウやワトソンくんも。
姫ちゃんたちにだって、ちょっと勧められない。
割のいい仕事なら紹介してくれそうだけど。それって漏れなく夜職だ。ナイトワーク。あるいは、お水? 刺激的な夜の世界の窓口みたいな人だから、あんまりね。気が進まない。
「まるでひとりで来たかったみたいだ」
「あっはっはー! やっだなあ! まっさかあ!」
そのとおり。ひとりで来れたら、それがベストだった。
けど先生相手に私ひとりで外出なんて、許可が下りるはずがない。
「図星かよ」
「まあまあまあ! のんびりいきましょうよ。ね? 情報収集! 大事でしょ?」
「私はお姉さまたちと合流して仕事がしたいだけなんだけどな」
聖歌はやる気に満ちあふれているけど、美華はこのところサボタージュ気味。
アイドル活動がぜんぜんできないからだ。
気分転換になるかなーって思ったんだけどなあ。
鮫塚さんが相手だとスキャンダルになりかねない? まさか。
『いいのか?』
鮫塚さん指定の、個室がある飲食店へこっそり入店。
事情を話してみるだけ。
『情報をもらうのではないのか?』
そこまでいけたら御の字。加点式なら、それが期待値の中での最大点。
けれど鮫塚さんは私の知る中でも指折りのこわい大人だ。借りを作るべきじゃない人だ。
取引できる情報を提供して、反応を見る。
それをもって収穫とするのが、現状の希望ラインだ。
『儚い希望だな』
こどもの希望としては大きいほうですよ?
私たち三人の隔離世の戦闘能力なら自信はあるんですけどね。現世じゃただの高校生三人組に過ぎないので、過大評価はしません。三人の安全が最優先。そうでしょ?
『敵の戦力評価がままならない間は慎重をもってよしとせよ、か』
そんなところです。
『謝肉祭遊園地の招待状、連続殺人鬼。どちらもごめんだものな?』
ね?
それにしても、電車って退屈。
早く自分で運転できるようになりたい。
なにかをしている間は、退屈しすぎるということもなくなるにちがいないのだ。
なんて思うんですけどね?
私たちが見つけられないだけで、犯人はいまもどこかで過ごしているはず。
そいつには退屈していてもらいたいのだけど、まるで見えてこないから困る。
◆
そーしょお。そしょお。そーしょお。
ゆうざい!
そーしょお。そしょお。
ばいしょーきん!
調子外れで音程の外れた男の歌声が反響する。擦られて塗装の剥げたラジオカセットプレーヤーのスピーカーから漏れ出る音に、表情を緩めて男がうなずく。
裸電球の揺れる、六畳一間。白い塗土の壁から真新しい合成洗剤の香りがぷんぷん漂う。それよりも咽せそうな、血の香り。壁一面に張られたガラス窓の向こうに、東京の夜景が一望できた。東京タワーの照明を確認して、男は蕩けそうな顔で拍手する。
足を曲げて屈み、小さな桐の椅子に乗せたラジカセ越しに人の営みを見おろすのだ。
拍手をやめて、男はゆっくりとうなずく。
「うんうん。やっぱりさ! オーケストラって大事だと思わない?」
歌声と同じ陽気な声で、そのまま男が饒舌に語ろうとするのだが、唇の動きがはたと止まった。彼の首筋にカミソリの刃が当てられたのだ。
「おいおい。切り裂く人間を間違えちゃだめだろ?」
しかし男は動じずに手を伸ばす。刃を二本の指で摘まんで、押し返した。
そしてふり返る。
全裸の少女が目元を歪ませて、男を睨みつけていた。眉間も、目元も、不規則に引きつる。唇にかかる力は不均等。身体中ににじむ汗が、天井からつり下がる裸電球の光を浴びて薄い裸身を怪しく照らす。細く華奢なこどもの腕や足に、ぱんぱんに張った筋肉。目元のクマ、顔にできた十を超えるにきび、かひゅうと鳴る呼吸。
疲れ果て、憎悪を男に向けているのは明らかだった。
しかし少女はカミソリを持つ手を渋々と下ろして、男のようにふり返る。
スーツ姿の男が、壁際に立てかけられた大の字の台に縛りつけられていた。
足元に体液が流れ出ている。血と汗と尿。スラックスが濡れて染みができていた。少女がふり返ったことに気づいて男が悲鳴をあげる。いや、あげようとした。だが、果たせなかった。激しく痙攣するほど怯え、恐れて、声にならなかったのだ。涙を流し、鼻水を垂れ流しながら、男が必死に声を絞り出そうとするけれど、できない。
袖も裾もめくり上げられており、規則的に赤い線を刻みつけられている。鋭く短く。それを行なった獲物なのだろう。少女が持つカミソリは血に汚れていた。首筋に当てられて掴んだ指を、調子外れの歌の主である男は確かめる。
血で汚れてしまっているではないか。
胸ポケットの白いハンカチで手を拭いながら、彼は怯えきった男に呼びかけた。
「あー。お兄さん? 喜んでほしいなあ。うちの献体になれたこと。それからね?」
少女が遂に壁際に到達する。
「隣の部屋にあるパーツは見たよね? 見てない? 念のため、見てみるぅ?」
彼は肩を立てて、弾む足取りに合わせて腕を振り、隣室への扉のそばへと歩いていく。
くるりと右回りにターンを決めて、扉の先を示した。
ドアはずっと、開いている。
この部屋には血の匂いが充満しているが、隣室はもっとひどい。
ゴミ屋敷さながらに、手足、頭、臓器が散らばっている。それらから腐臭が漂ってくる。
「ひとつ詫びるよ。すまない。この階は掃除が行き届いてなくって。なにせ、死体ってやつは気持ちが悪いだろう? だけど、この子にも、うちにも必要なんだ。実験ってやつさ。いやあ、ごめんね?」
「話、ずれてる」
枯れて疲れ果てた声で少女が男に反省を促した。
それだけで磔にされた哀れな男の身体が恐怖に跳ねる。しかし、逃げることは叶わない。手首に足首、腹部、首元、至るところにベルトを巻かれて、台に縛りつけられている。仮に台から離れられたとして、それで、どうなる?
この部屋に連れてこられるまでの間に痛感した。すべての階が、ふざけた男の所有物だ。地下の駐車場もそう。このビルすべてが加工場に違いなかった。
なんの? 人体の。死を利用するための場所。
彼らは今日一日をかけて、死体が置かれていない部屋がないことを自分に丁寧に見せた。希望など、彼らに捕まった時点で消え失せてしまったことを、楽しそうに。穏やかに。
「歌詞の理由だったっけ?」
「ちがう。ぜんぜんちがう」
「それじゃなんの話をしていたのかわからないじゃないか」
少女が聞こえよがしにため息を吐いた。
カミソリの刃を持ちあげて、近づけてくる。あれで、切り刻まれるのか。いっそひと思いに。どうせ望みがないのなら。そんな言葉さえ、出せない。
出せる限りの水分は出し尽くしたはずなのに、脂汗がにじむ。涙も鼻水も止まらない。なんで。なんで。仕事に出かける途中で、目の前の少女とぶつかって。詫びて、気づけばこのビルに向かう車の中にいた。意味なんかない。答えなんかないんだ。
「うちの会社はね? 大々的に儲けようとしてたんだけどさ。人体実験がばれちゃってねー。いやあ! 法律に反したことって、ばれるねー!? あ、それじゃこれもばれる? うっわ! また有罪なんじゃなーい?」
「……勝訴か敗訴は」
「どっちでもいーじゃん。そんなことはさ!」
笑顔で思いきり腕を開いてから、幼児向けのおもちゃの人形がタンバリンを鳴らすように滑稽な拍手をする。
「キミは死ぬ。痛くしないと実験に使えないんだよね。でも彼女はすごく腕がいいよ? 前はもっとすごい部下がいたんだけど。いやあ! 逃げられちゃって! 困っちゃうね? これはもう賠償金ものだね!?」
「がんばると……疲れるから。ひと息か。長いのか。選んで。ひと息がいい?」
どんどん声が大きく、笑うような響きになっていく男に構うことを諦めたようだ。
少女が自分を見あげて尋ねてくる。
瞳に力はない。言葉を使って尋ねかけてきてはいるけれど蟻に話しかけるような無関心さだった。しかし、見てしまった。虫が肉を食べ、消化する死の農場を。隣室の肉塊もやがて農場に運ばれるのだろう。そこに、自分も加わるのだ。
どれほどの時間をかけたのか。なにが去来したのか。
磔の男の決断を、少女はただ見つめた。
表情の変化を。
男の香りを。筋肉の動きを。流れ出る体液を。
間近で浴びながら、少女は待った。調子外れの歌が頭にがんがんと響く。特別不快だった。
不意に、少女ははじめて顔を和らげた。
「わかった」
迷わず少女は行なった。
◆
私たちが指定された料理店の個室に案内されると、テーブルにタブレットが置かれていた。
鮫塚さんはいない。しかしタブレットに彼の姿があった。
右の頬を張らして、ふて腐れた男がバスローブ姿で不景気そうに画面越しに私たちを見ている。
「わお。どうしたんです?」
『どうもこうも。高嶺の花だと思って口説いた女にビンタされちまってなあ』
こんな面で外に出られないんだわ、と情けないことを言う。
美華と聖歌を紹介することになるからどうしようとか、やりとりに関してどう対応しようとか、そういうのが諸々と吹き飛んでしまった。
こういう自分をさげる形での不意打ちに、私は脆い。
「あーのー」
『いい。店の支払いは俺もち。俺がいけない貸しは飯でチャラってことで頼む。いまや新米とはいえアイドルなんだ。不用意におっさんと会うのもオススメできん』
「お説教は勘弁してください」
『つまり、それでもあえて会って話したいことがあったわけか。理華ちゃんがこういうことをするときは決まってトラブル絡みだ。だが頼む。殺人事件の件なんて言うなよ?』
「まさにそれなんです」
『ったくよう』
タブレットの中で鮫塚さんが本気でうっとうしそうに顔を歪めた。
両腕を組んじゃうから、隠れていた頬が露わになる。
なんとまあ。綺麗な紅葉がくっきりと!
「乱暴したの?」
聖歌がタブレットのカメラに顔をぐっと寄せながら問いかける。
圧をかけたいのかもしれないけど、たぶん鼻の穴しか映らないぞ? まずいアングルだ。
美華が黙って聖歌の肩を取り、後ろに引く。その間に、
『いや。まさか! 誓ってしていない。ただ、昔馴染みの憧れの相手が実ははじめてで、入れた瞬間に痛えぞばか野郎がって――……いくら夜でも、高校生の女の子たちにする話じゃねえな』
ええ。それはもう。
ただし、いまの答えで聖歌は納得したようだ。
よくよく見ればタブレットの画面で、鮫塚さんの隣に女性が寝ているのが見える。規則正しく上下する身体よりも、いっそ「ぐご」とか「ふが」とか聞こえる元気ないびきのほうが、女性のガチ寝ぶりを感じ取るサインになった。
『ありゃあやばい。手出しするな。俺はごめんだ。うちのオヤジにもやめとけって言われてんだ』
意外。鷲頭には情報があるのか。
忍びにも教団にも、警察にもなにも手がかりさえ見つけられていないというのに。
ミナト先輩は知っているのだろうか。
『だめだ、やめろ。その顔は。いいか? 現実の犯罪を相手にガキができることなんてないんだ。あっちゃあいけないのさ。そのために大人が汗水ながしていろんな愚痴をこぼしてがんばってんだ。ガキのやる気は、大人のケツを叩くために使え』
「理華のコミュニティの仲間が殺されたんです」
『なら尚更やめとけ。悔しさのぶんだけ、死を悼み、弔ってやれ。ただし解決は真っ当な奴らに任せるんだ』
「警察の捜査は進展していないと聞きます」
『俺の耳に入るようなことだぞ? 今ごろ警察に伝わっているはずさ。それをだれもキミに知らせる義理も義務もないがね。特に、頭に血が上って、ダメージも自覚していないガキ相手には』
はっきりと言われる。かちんとくることを。
『うまいもん食って。被害者の思い出を語り。めいっぱい泣いて。身の回りで同じようなことが起きないように気を配り。帰って、寝るんだ』
いやだ。
ふたりきりで会えたのなら、いくらでも衝動をぶつけられた。
けれどいまは美華と聖歌がそばにいて、ふたりの前でそんな自分は見せられなかった。
悔しいけど、鮫塚さんの言葉が私の衝動より、よほど真っ当だとさえ感じた。
けれどブレーキを踏んだって、ここまで加速してきた怒りも憎しみも、急に止まれるはずはない。加熱し続けて沸騰した心の泉は、いま加熱をやめても急に常温に戻れやしない。
『キミの弱点だ。不愉快なことを正さずにはいられない。この負荷に、キミは一切の耐性がない。ま、そんなもん俺にもないがね? キミの場合、自覚症状がないところがいけない』
肩が強ばる。
冷房で冷えた部屋の空気を鼻一杯に吸いこんで、ゆっくりと吐きだす。
『自分の感情を殺すな。かといって、飲みこまれるな。認めて、受け入れて、許して、自分自身のことが見えるようになれなきゃあ、キミが求めたい情報を持っている人たちは、だれもキミを信用できない。たとえどれほど残酷な目に遭おうとも。とりわけ、今回のような危険な事件となれば尚更だ。わかるな?』
「――……ご飯は食べずに帰ります。いまの話で貸し借りなしで」
『ほんと、おごられるのきらいだよな?』
「安くないんで」
行こうとふたりに目で促して、部屋を出る。
収穫がないとはいわない。ただ、大人の説教に言い負かされてうなだれるほどには、私は従順じゃいられない。たとえそれが正しい面がどれだけあるとしても。
はい、そうですね。じゃあやめます。なんて風にはできない。
「ああ、ちょっと! せっかくここまで来て寄り道なしで帰る気!?」
「ひさしぶりに渋谷でご飯たべたい」
店の外に出てすぐに、ふたりが自分を挟んで腕を組んできた。
有無を言わさずに「なんかよくわかんない用事に付きあわせた罰ね!」と美華が仕切り始める。こういうとき、聖歌は絶対に私を離さない。ましてや美華が持論を曲げることもない。
気を遣われているのはわかる。いまはそれに乗るべきときだということも。
けど、振り上げて誓いに掲げた拳をどうすればいいのか、私はまだ考えたくない。
つづく!




