第百八十一話
カナタが霊子刀剣部の活動に参加する日の訓練は私とコバトちゃんによるかくれんぼになる。
けどコバトちゃんが小学校の登校日で出かけてしまうとひとりぼっち。
ちなみに登校を嫌がるコバトちゃんをシュウさんが見事に言いくるめて連れて行ったよ。
決め技は、
「ご褒美に終わったあと、一緒にチョコを買いに行こう」
でした。
甘い物には抗えないよね……!
がんばるぞい! と決意した訓練ができない私は帰国した南先輩に誘われるまま、夏の有明に行きました。
つくなり後悔しました。
人! 人! また人!!!
忘れてた、そうだ年に二回の同人即売会の日だ。
指定された会場の広場へ向かう。制服に狐耳と九つの尻尾が生えた私もこの日ばかりはまぎれるよね。たまに写真撮影を持ちかけられるけど、カナタの地元の商店街に比べたら可愛いものです。
時に人混みに押され、時に押されながら辿り着いた広場の一角の熱気に顔が引きつりました。
どや顔のコスプレ姿の南先輩がアスファルトに腰を下ろして写真をばちばち撮られてる。
サーバルキャットのキャラのだ。
っていうか角度がきわどいのもあるのですが。それは。
でもルルコ先輩はそういう人にもきちんと笑みを向けている。
そしてしっかりとポーズを修正するの。
あんまりきわどいラインを攻められないように。具体的にはパンツガードです。
絶対見られても困らないの履いてるに違いないけども。
「楽しそうでしょ。年に二回、めちゃめちゃ輝くんだぜ……ルルコは」
「ぶえ!?」
耳元で聞こえた声にあわてて飛び退くと、そこにはメイ先輩がいたの。
メイ先輩は普通に飾り気のないTシャツとハーフパンツ姿だ。
待って。メイ先輩がいるとなると、北野先輩もいるのでは?
きょろきょろする私にメイ先輩は苦笑い。
「サユはルルコと自分の買い物しに走り回ってるよ」
「おう……」
いわゆる一つのファンネルですね。
「羽村くんに写真を送ろうかな」
「自撮りならさっき送ってたよ」
「ぬかりないなあ」
さすがルルコ先輩。
「それで、あのう……今日はどうしたんです? 私、呼ばれてきたんですけど」
「そうだった。ついてきて」
「へ?」
がしっと手を握られたかと思うと「ルルコ! ハルちゃんきたよ!」なんてすぐにメイ先輩が声を上げた。
すっと立ち上がって深々とお辞儀をすると「着替えてきまぁす! またお目にかかれたら幸いです」と告げてルルコ先輩が駆けてくる。
そして真顔で、それも蘭々と輝く瞳で私を見つめて言うの。
「よし、いくよ! 東の方へ!」
「へ?」
「せっかく九尾なんだからやらないと! さあ! さあ!」
ぐいぐい背中を押される私の運命やいかに!
◆
コスプレさせられました。
いや、ちがうの。説明させて。
一、有無を言わさず更衣室へ連行される。
二、脱がされ着せられてメイクまでされる。
三、気がついたら終わってた。
……あれ!? 一瞬過ぎません!?
私を着替えさせた張本人はお色直しをしてましたよ?
いや、本当は違うの。
ちがうんだってば。
一瞬なんかじゃ済まなかったよ。
すっごくあっつい中、地獄のような更衣室の待ち時間を体感したので気が遠くなって、一瞬だと認識したがっているのかもしれません。
待っている間にスマホでぽちぽち検索したらみんな言ってるね。二着は無謀だって。
私もそう思うよ……。
それを成し遂げちゃうバイタリティとか準備力がルルコ先輩にはあるんだろうね。
聞けばサークルチケットもらって入ってるんだって。午前中はちょっとだけ売り子の手伝いもやってたみたいだよ。分刻みのスケジュール組んでそうです。
そんなルルコ先輩、私に着せたくてしょうがなかった衣装があるそうで。
当然、その準備だってぬかりないの。
着せてもらったワンピースの裏側には冷えピタが貼ってありました。やまほど!
もっと夢と希望でできてると思ってた。ちがうんだ……夢を見せるのかな……でもきらきらした顔でつけ尻尾で私と一緒に並ぶルルコ先輩は絶対夢を見てる顔してる。
会場に辿り着いた時に見たようなきわきわなポーズはまったくとらずに、二人で楽しく歩き回るだけ。
それでルルコ先輩がチケットもらったサークルさんに挨拶に行って、売り子のお手伝い。
聞けばルルコ先輩のお兄さんのサークルなんだって。
えっちなのだったら倫理的にまずいのでは、とはらはらしましたが、全年齢向けでした。
よかった……。
「って、ちがうよ」
我に返る。
なぜに私は夏の祭りでコスプレをして先輩のお兄さんのサークルの売り子をやっているの?
「なぜなのでしょうか」
「ハルちゃんと思い出作りしたくて」
「……それで、夏の祭典に?」
「これが一番私らしい時間だから……お願い、大事な後輩として付き合って」
「う」
そう言われちゃうと拒めない。
でもまって。まってくだしあ。
「シオリ先輩は?」
「別サークルでルルコプロデュースのコス着てゲーム売ってるよ」
「意外と高いぜ生徒会のヲタ率!」
「メイはそうでもないけどねー。気晴らしさせたくてさ」
「……えっと?」
気晴らしってなんだろう。
さっき会ったメイ先輩は別にいつも通りだったけど。
「アメリカ行った時にラビくんと別れたの」
「え」
思考が停止する。
通りを歩く人たちに愛想を振りまき、たまにやってくる人に本を薦めるルルコ先輩の囁き声に頭の中が真っ白になった。
別れた。誰が? ……メイ先輩と、ラビ先輩が? どうして? なんで?
「ハルちゃん、笑顔! あとで話すけど、メイが来たら」
ふ、普通でいろっていうのだろうか。とても無理だ。ただでさえ平静でいられないのに。
「いつも通りでいて」
「い、いつも通りですか?」
なんか構えたり気を遣ったりするところなのかと思ったけど、ルルコ先輩の願いは別にあった。
「おろおろしたハルちゃん相手になら、メイも意地はってらんないだろうから」
意地はって……ああ。
いかにもメイ先輩っぽい。強くて気高い、けど……メイ先輩の弱さを私はそんなに知らない。
だとしても、おろおろって。おろおろした私って。
「ほ、ほめられているのでしょうか」
「まーねー。気を遣うやり方を知らないからこその強さだね。天然?」
「褒められている気がしません……」
まあまあ、と背中を叩かれたので、売り子に意識を戻します。
私に話しかけながらも如才なく対応しているルルコ先輩と違い、経験のない私は集中しないとできません。
だから人がはけて終了の挨拶が流れてみんなが拍手していた頃にあらわれたシオリ先輩と北野先輩、そしてメイ先輩を見て頭が一瞬で真っ白になった。
「あっ、あっ」
私いまカオナシみたいになってる!
「……はあ」
心底恨めしそうな顔でメイ先輩がルルコ先輩を見た。
睨まれたルルコ先輩は素知らぬ顔で、お兄さんと荷物をまとめている。
「しゃあない。集まったみんなで打ち上げいこっか」
「荷物の輸送手続きしてくる」
北野先輩がルルコ先輩に歩み寄り荷物をまとめる手伝いをしはじめた。
静かに俯いて顔を片手で隠す、魂の震える気高き王のポーズをとるシオリ先輩はどや顔で言いましたよ。
「黒字。ゆえに! おごり!」
おおおお! かっこよし!
◆
お魚料理がとってもおいしいお店に連れていってもらいました。
活気のあるそこは居酒屋なのですが、もちろんお酒はNGです。
それにメニューのどれもが高校生には手が届かないレベルなのですが。
「これとこれとこれ、全部人数分ください」
「サシ盛り六点といくらうに丼、それから蛤の味噌汁ですね! かしこまりましたぁー!」
大声をあげる店員さんにびくっとしつつ、私は注文したシオリ先輩に恐る恐る尋ねる。
「お支払いだいじょうぶなのでしょうか?」
「黒地! ゆえに!」
あれ。どうしたんだろう。シオリ先輩に変なスイッチ入ってるよ!
「全部おごりだって。シオリの作ったゲーム妙に人気あって、シリーズ重ねる毎に地味に売れ行き伸びてるから大丈夫だよ。あ、店員さん黒いウーロンください!」
ドリンクをしれっと頼むルルコ先輩は気にしない様子です。
走り回って疲れたのかもたれかかって寝る北野先輩を膝に寝かせたメイ先輩が咳払いをした。
「で。あんたはどう伝えたの」
「んー? 別れたんでしょー?」
「違うって何度も言ってるでしょ」
えええ!
「ち、ちがうんですか!?」
「そ、そこまで前のめりになられると困るんだけど」
珍しくメイ先輩が引いてる……!
「ただちょっと距離を置いてるだけ」
「嘘だね」
ルルコ先輩はメイ先輩に容赦ない。
「連絡きても無視して、会いに来られても逃げて。今日だってこれまで年に二回とも一緒に来てたのに、わざわざラビは誘うなって言ってきて。別れたようなもんじゃん」
「……気まずいだけだもん」
そして現に気まずい空気が広がっているのですが、それは!
ルルコ先輩が頭を振った。ついつい強めにあたっちゃう自覚があるのかもしれない。
私を見てきたの。え、ここで!? と思ったけど。
「嫌いになっちゃったんですか?」
そうそう先輩とコイバナする機会なんてなかったから、恐る恐る聞いてみるとメイ先輩は頭を振った。
「隠し事されてたのがなんか許せなかったの」
ルルコ先輩は沈黙を保っている。
北野先輩は気持ちよさそうに寝ている。
シオリ先輩は自分の管轄外って顔してるし、反応するのは私しかいないのでした。
「なんかって……具体的に、なんでしょうか?」
「隠し事するってことはさ。言ったらどうにかなる関係かもって、怖がって……恐れて。信じられないってことでしょ?」
ラビ先輩の味方したいし、二人に仲良くなってほしいなあって思うけど。
メイ先輩の返しは鋭く心をえぐってきて、何も言い返せなかった。
だってへこたれる。
もしカナタが……もしだよ?
もし、霊子刀剣部の女子部員と二人きりで帰って告白されたりとかして。
それを私に隠していたら……やっぱりちょっともやる。
「アメリカで呼び出されて聞かされたの。ラビがロシアから来たうんちゃらかんちゃらって。なんでだまってたのか……隠し事が、それをしちゃう不安が許せなくて気がついたら責めちゃった」
「メイ先輩……」
「その時思ったの。ああ、ラビは勇気を出してくれたのに私なんで怒ってんだろうって」
ルルコ先輩は短く息を吐いた。
「そっか」
呟く言葉の先を聞くのが怖かった。
「受け止められないくらいにしか、ラビくんのことを思えてなかったって気づかされたのがショックだったんだ?」
ルルコ先輩の声はむしろメイ先輩を労るものだった。
「……だから今は会えないし、話せない。ちょっとの切っ掛けで、取り返しのつかないほど壊れちゃうのが目に見えてて……今の私には無理」
「じゃあうにといくらとお刺身食べましょう」
シオリ先輩がお水のグラスでごんとテーブルを叩いて宣言したの。
みんなの視線が集まる中、据わった目つきでみんなを睨むの。
「悩んだ時はたらふく食べる。コナならそう言います。幸せ充填して考えればいいんです」
い、いかにもコナちゃん先輩が言いそうです!
「だいたい祭りの後なんだから、祭りの話をするべきです! メイ先輩、私のゲームやってくれますよね?」
「え、ええ?」
「やってくれますよね?」
「や、やるけど……毎回もらってるし、感想はちゃんと言うようにしてるし」
「じゃあこの話はお終いです」
うにといくらがまってるんです! と据わった目つきでおたけぶシオリ先輩、絶対にコナちゃん先輩の影響を受けている……!
「おごるんですから、気持ちよくおごらせてくださいよ! いいですか? ボクの頼んだごはんを素直に楽しむターンですからね? 無理してあげる必要もないですけど、だからって無理してさげる必要もないんです! いいですか、この料理店ではずっとボクのターンですから!」
ふううう! どんどんテンションがあがるシオリ先輩を、まあまあと慣れた調子でなだめるルルコ先輩。
ルルコ先輩はメイクばっちりすぎてよくわからないけど、シオリ先輩はコスプレのメイクが少し落ちてて目元のクマが見える。
寝不足ハイテンションなのかもしれない。
「シオリの言うとおりだわ。ご飯たべるかー!」
からっからの眩しい笑顔で声を上げるメイ先輩に北野先輩がしょぼしょぼした目を開けた。
運ばれてきた料理はどれも美味しくて、タガが外れたシオリ先輩がこれでもかといろんなご飯を注文したの。みんなで肥えるー、訓練はかどるわあ、と投げやりに笑いながらたらふく食べたのでした。
ご飯食べて帰ると連絡した私は帰り道、一人の電車移動中に考えたの。
幸せな時ばかりじゃない。
いつだってみんなが満たされているわけでもない。
ラビ先輩とメイ先輩がそれぞれに納得できるゴールにたどり着けますように。
祈らずにはいられなかった。
私はだいじょうぶかな。
カナタは……だいじょうぶかな。
つづく。




